青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第十七話〉『鍵棚』

 

 …人は皆、何かしらのかたちで、自分を隠して生きている。

 それは仮面であり、沈黙であり…ときには、記憶そのものだったりする。

 

 とりわけ大人というものは…呆れるほどまで、その術に長けているね?

 

 ……決して嘘をつくわけではない。

 ただ、『語らない』という手段を選ぶものだ。

 

 ……そしてこれは、私とて例外ではない。

 

 だからこそ思う…

 アイツの『秘密』もまた、どこかに誰にも語ることなく、ひっそりと息を潜めているのではないか…ってね?

 

 『シャーレの先生』として生きたアイツは、日々を忙しなく駆け抜けながらも、どこかで何かを『隠す』ようにして生きていただろう。

 向けていた笑顔の奥で、眼差しの裏で、ふとした仕草の中にさえ…言葉にされなかった何かがあったはずだ。

 

 その『何か』が眠っているであろう、あの場所…

 

 …さて、そこには『シャーレの先生』として生きてきたアイツの、どんなものが隠されているのだろうかね?

 

 私たちの知らないまま、ひとりきりでしまい込んだ、真昼の影のようなものが……そこには、あるのかな?

 

「まあ、隠し場所っていっても…その場所って、普通は思いつかないわけなんだけどね?実際、本当にそこに何があるか、あるとしたら何なのかは…私も正直分からないしね?」

 

 私がそう言うと、ノアちゃんとユウカちゃんは顔を見合わせる。

 ほんの少しだけ、互いに私の言葉に動揺を浮かべていた気がする。

 

「先生の、秘密の隠し場所…ですか…?」

 

「…はい、全然知らなかったです。先生のそんな場所まで…」

 

「…ふふっ、そうでしょ?私もかなり前に、たまたま弟がそこに物隠したりしてたのを見て初めて知ったからね?…何それって聞いたら、『誰にも見せたくない』って本人が言ってたくらいだから…その時以来、見たり触れたりすらしていないよ。多分、あの時と同じ…」

 

 私はそう言うと手に持っていた紙袋を自然に置き、目的の場所まで歩いていく。

 私はそのまま歩を進め、部屋の中央で立ち止まった。

 そこにあるのは、弟が生徒たちと最も多くの時間を過ごした……この部屋で最も目立つデスクだ。

 

「…この机ね、見た目は普通だけど、弟のことだからちょっとした仕掛けがあるはず……はは、もしかしたら本人ですら、そんな仕掛けをした事を忘れてたかもね?」

 

 軽く2人に冗談を飛ばしながら、私は2人にそう言った。

 そして、デスク横の椅子をそっとどけて、下段の引き出しに手をかける。

 私はそのまま、見た目には何の変哲もないその引き出しをゆっくり開けたが、中は空っぽだった。

 

「…ふーん……」

 

「…ここは、先生が亡くなる前は各学園に関する書類が入れられていたはずです。そのため、何か入っていることはもうないかと…」

 

「ノアの言う通りですね?ここは先生が亡くなる前に、整理されて何も入ってないような状態にされていましたから…」

 

「…たしかに、パッと見た感じはそうみたいだね?…でもここ、もう何もないように見えるけど……よっと。」

 

 私は指先を底に滑らせる。

 そして板の端、紙一枚分の隙間に爪が引っかかる。

 さらにそこから少し力を込めると、「コクッ」と手応えのある感触がした。

 それに合わせて、何かを隠すように取り付けられていた底板が、静かにたわむように持ち上がる。

 

 ユウカちゃんとノアちゃんが、ほんの小さく息をのむ気配がした。

 

「……ほらね。やっぱり、ちゃんと残ってた。」

 

 浮き上がった板をそっと外すと、その下にあったものが顔を出す。

 そこにポツンと置かれていたのは、ご丁寧にケースに入ったUSBメモリ。

 そして、何やら板のような硬い感触のある…『何か』が入っている、かなり小さめの洋封筒だった。

 

 ……それだけ。

 

 拍子抜けするほど、あっさりとした中身に、私は思わず息を漏らした。

 ……けれど、なぜだろう?

 それでも胸の奥に、ひどく静かだけどざわめきが残ってるな…

 

「(……あったのは、これだけか…)」

 

「これ、一体なんでしょうかね……それにUSBメモリ…先生が業務に使っていたりしたものでしょうか?」

 

 ユウカちゃんが、USBメモリを見つめながらぽつりとつぶやいた。

 その声や目は、先程の調子よりもいくぶん静かで、論理と警戒心がせめぎ合うような揺れがあった。

 

「…たしかにかなり気になるものですけど…でも、ちょっと警戒しちゃいますよね、こういうものは…」

 

 ノアちゃんが苦笑するように言ったが、その表情には明確な不安が浮かんでいた。

 手元に視線を落とし、持っていたノートをちらりと見る。

 だが、すぐにまたUSBメモリへと視線が戻っていた。

 

「……そうだね…」

 

 私も自然と頷いていた。

 USBメモリという、ごくありふれた物体ひとつに、これほど神経質になるなんて……でも、それは当然だ。

 アイツが残したであろう『何か』。

 けれど、それが『何か』である以上、好奇心だけでは踏み込めない一線もある。

 

 それに加えて、2人は電子情報に精通した学園の生徒だ。

 いくら慕っていた弟のデスクから出てきたものであっても、それが本当に危険性がないと言い切れないのなら…そうなるだろうね?

 

「…たしかに、誰かがいたずらで入れた可能性もある……でも…」

 

 私は板を元の位置に戻し、取り出した二つをにそっとデスクの上に置いた。

 洋封筒の中身は、まだ開いて見なくていいだろう。

 問題は、もう一つの白いUSBメモリ……これについてだ。

 

 だが……何となく分かる。

 一見すると意味のわからないこの二つが何なのか、それを示すものがアイツなら残しているはずだ。

 これらに向き合うには、弟自身が残した『鍵』が必要なのだと……不思議と、そう思えた。

 これも、ただの勘のはずなのに……私には、妙な確信がある。

 

「…きっと、これには『おまけ』みたいなものが近くにあるはず。……例えば…」

 

 私はこう言いながら、ふと視線をデスクの上へ滑らせる。

 指先が迷いなく向かったのは、何の変哲もない私の勤めている学校にも置かれていそうなペン立て。

 

 ――けれど、それがアイツの手元にあったとなれば話は別だ。

 

 手を伸ばし、そっとそれを持ち上げるが、重さはほとんど感じない。

 中には、いくつかの使い古されたペンや、端が削れて丸くなった定規が無造作に詰め込まれていた。

 

「多分、これも…一見ただのペン立てに見えるけど、底をねじってみると…」

 

 底面に指をかけて軽くひねる。

 するとカチリと小さな音がして、底が蓋のように開いた。

 

「……!」

 

 ノアちゃんがさらに開き、ユウカちゃんも思わず身を乗り出してくる。

 

「…ほら、この中にも何か入ってる。」

 

 底の空間から現れたのは、小さな紙片。

 丁寧に折りたたまれていたそれを少しだけ開くと、見慣れた手書きの文字が目に飛び込んできた。

 

 『もし誰かがこれを見つけたら、たぶんそれは——』

 

 途中まで書かれていた内容を目に入れるが、反射的に閉じる。

 でもこの一瞬見ただけでも、その文体から誰が書いたのから明らかだった。

 

 ……机の上に残された、弟が書いたであろうあの付箋の文体と、同じものだ。

 

「……っ!」

 

「え……こ、これって…」

 

 ノアちゃんが思わず声を詰まらせ、視線がまるで釘付けのように紙片に注がれる。

 ユウカちゃんと少しだけ震える声で呟き、その声には不安と緊張が混ざり合ったものになっていた。

 

「…2人が思った通りだと思う。…ああいう、プラモ弄ってるからかな… ?…こういうの、こっそり仕込んでおくあたりが……ほんと器用なんだから…」

 

 …軽口を叩きながらも、私は身体から熱が引いていることに気づいていた。

 私の手元の紙片に向けられる視線が、どれも静かで、けれど深くて…

 笑ってごまかしてはいるが、心の奥では、ずっとざわつきが鳴り止まない。

 言葉の続きがなかったことが、逆に何かを語っているように思えて…落ち着かなかった。

 

「……ふぅ…じゃあ、開けてみよっか。…どんなことが書いてあるかは、3人だけの秘密ってことで?」

 

 私は2人にそう言って、ペン立ての底から取り出した紙をそっと開いた。

 沈みかけて差し込む夕陽が、その文字を金色に照らしていた。

 

 ーー『もし誰かがこれを見つけたら、たぶんそれは姉さんじゃないかって思ってる。…キヴォトスに来てくれてありがとう。』

 

「……!(…どうしてピンポイントで、これを見つけるのが私って分かるんだよ…)」

 

 …まるで、私の内心を見透かしていたみたいに、この一文だけで手のひらの上で転がされた気分だった。

 

 なんでこう、何年も会ってないのに、私の行動を読めたんだか…

 

 それでも、こっちの出方くらい読めると思ってたのか。

 …懐かしさよりも、『読まれていたこと』への悔しさが喉元までせり上がったな…

 

 ーー『一応、順序が逆になってるかもしれないけど、デスクの底が二重底になっていて、そこに姉さんに渡したいものが入ってる。…そこにこうして紙に書くだけじゃ、足りなかったことを残してるよ。』

 

「…この手紙曰く、USBはしっかり弟が残したものみたいだね?」

 

「そう、ですね……じゃあ、一体このメモリの中には、何が残ってるんでしょうか?」

 

 確認を取るように、私が2人に向かってそう呟く。

 その声に、ふとノアちゃんも表情を固くさせた。

 

 ーー『…もしこれを、生徒と一緒に読んでるなら。ちょっと恥ずかしいから、もう一つの中身は姉さんだけで見てくれない?姉弟のやり取りを生徒に聞かれるのは、少し恥ずかしいからさ…』

 

「……!」

 

 続きの唐突な言葉に、私は思わず息を呑んだ。

 心のどこかに差し込むような、痛みとも冷たさともつかない感情。

 

 恥ずかしい…こうは書いているが、私にはこの言葉に『誰も入り込ませたくない』という感情が読み取れた。

 

 …きっとアイツは、あの時のことを思い返しながらこの文章を書いた。

 

 ーー『……話の続きは、またそこで。』

 

 そうして、手紙の内容は静かに終わりを告げた。

 

「…どうやら、私たちが見れるのはここまでみたいですね…」

 

「……そう、ね。」

 

 ノアちゃんの言葉に、ユウカちゃんははゆっくりと頷いた。

 2人は静かに、手紙に近づけていた身体を引いた。

 それぞれが余韻に浸っているのがわかる。

 私はその様子に小さく息を吐き、2人へと体を向け直す。

 

「……少し、申し訳ないね…?この先のこと、やっぱり気になってると思うけど…」

  

 そう言いながら、胸の内がわずかにちくりと痛んだ。

 この子たちがどれほど、この『鍵』を見つけることに意味を持たせていたか。

 ……それが伝わってくるからこそ。

 

「い、いえ!先生が四ノ崎さんのみと話したいと書いているのなら、私たちは無理に残るわけにもいきません…!それに時間も遅いですし、ここで失礼したいと思います。」

 

「…そうですね。本日は突然の訪問になったのにも関わらず、私たちと会話して下さり、本当にありがとうございます。…それに、こんなものまで…」

 

 ユウカちゃんは少し早口になりながらも、礼儀正しく言ってくれる。

 ノアちゃんも言葉を探すように視線を彷徨わせ、最後にはそっと目を伏せた。

 

「…うん。私も2人とこうして話せて、本当に良かったよ。」

 

 2人は改めて弟との過ごした証に目を向けて噛み締めるように伏せる。

 そして私は、その姿を見て、自然と微笑んでいた。

 

 …ああ、やっぱりこの子たちに残すのが正解なんだな…

 

 この様子を見ただけで、それが分かる気がするよ…

 

「……あっ!」

 

 不意に声を上げたのはユウカちゃんだった。

 その表情には何かに気づいたような驚きと焦りが混ざっていて、彼女は小さく一歩、こちらへと身を乗り出してきた。

 

「あの、一つ気になったことがあったんですが…四ノ崎さんは、USBメモリの中を見るための電子機器って持ち合わせているんですか?」

 

「…あっ、やば……持ってきてないわね、そういうの…?キヴォトスに持ってきた電子機器、スマホだけだね…」

 

 うっかりしていた…たしかにそうじゃないか。

 アイツが残していたコレを見ようにも、重要な接続するための機器は持ち合わせていないじゃん…

 私のスマホにはUSBを挿す口なんて当然ないし、変換アダプタもない…

 

 ……困ったな…たしかこの部屋に、そういう類のもの無かったよな…

 

「あの……ないのでしたら、『こちら』を使うのはどうでしょうか?」

 

 そう言ってユウカちゃんがポケットから差し出してきたのは……電卓?

 いや、しかしスマホのように電子パネルのついた近未来感に溢れてる…

 …なんだか、電卓というよりも、本当にタブレット類に近いものだ。

 さすがは生徒会の会計、物へのこだわりが感じられる…

 

「えーっと……これは?」

 

「私が愛用している電卓ですね?少し四ノ崎さんは見慣れない形をしているかもしれませんが、これには計算以外にも様々なことができる機能が備わっています。…その一つに、『動画鑑賞機能』もあるんです。」

 

「……えぇ?」

 

 思わずまじまじと見つめてしまう。

 計算機と動画鑑賞って、どう考えても目的がかけ離れてる気がするけど…この世界じゃそれが普通なのだろうか。

 いや、何よりも驚くべきことは…

 

「す、すごいんだね、キヴォトスの電卓って…?……でも、これは…」

 

 ……一目見ただけでも分かる。

 これはユウカちゃんにとっては、本当に大切なものだ。

 こうしてここに来る時も持ってきたのがいい証拠であり、肌身離さず持ち歩いているのだろう。

 だから、そんなものを私が……本当に受け取ってもいいのか?

 

「……ユウカちゃんにとっては、大事なものなんでしょ…?」

 

「大丈夫です。これはたしかに、私にとっては大切なものですが…本日は四ノ崎さんに色々と迷惑をお掛けしてしまいました。…それに、こんなものまでくださったんです…ですので、私からこちらをお貸ししますよ!」

 

 まっすぐな言葉と目に、心臓が一度大きく跳ねた。

 ……本当にありがたい…けれど、それでもやっぱり…

 

「……そっか…そこまで言ってくれるなら…」

 

 …もしこれを躊躇したら、それはユウカちゃんの気持ちごと、否定してしまう気がする…

 しっかりと受け取らなきゃ、この気持ちはきっと届かない。

 

「…それに、こうしてお話ししていて、本当に先生のお姉さんなんだって、私にも分かりました。だから、安心してお任せできます。」

 

 こう私に向けて語るユウカちゃんの表情を見せられると、とてもNOとは言えなかった。

 返ってきたものは、ただの道具以上に、胸の奥に灯るような信頼だった。

 

「…ありがとうね、ユウカちゃん…大切に扱うから、これは借りるって形で……あっ!でもこれは、絶対に傷つけないようにして返すから…!もし傷つけちゃったりしたら、自腹を切って弁償するから安心してね…!?」

 

「そ、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ…!?」

 

「ふふ…では、私たちはここでお暇させていただきますね?」

 

 ユウカちゃんと言葉の押し合いになりそうだったが、ノアちゃんがふっと間に入ってきてくれた。

 その軽やかな仕草に、少し救われた気がするよ…

 

「う、うん…今日は本当にありがとう……あっ、ユウカちゃん…!」

 

「は、はい…!?」

 

 ふと、あることを思い出して今度は私からユウカちゃんへ声をかける。

 ユウカちゃんも、声にびっくりしたように反応を返してきた。

 

「セミナーのジャケットなんだけど…私の方で洗濯して、この電卓と一緒にミレニアムに行った時に返すね?」

 

「あっ、私もうっかりしてました…ですが、大丈夫ですよ?また私がここにくれば…」

 

「何度も来てもらうのは、さすがに申し訳ないからね?だからー……あっ、でもこの時間帯は多分少し肌寒いのに、何も着ないで帰らすのは…」

 

 そう言いながら、私は部屋の中を見回す。

 視線の先で目に止まったのは、自分がこのキヴォトスに来たときに着ていた上着。

 椅子の背もたれに無造作にかけてあったそれを手に取り、思わず手のひらで生地をなぞる。

 

 うん……大きさは十分すぎるほど。

 ユウカちゃんにはぶかぶかだろうけど……それでも、風よけにはなる。

 

「…これ、せっかくだから着て行ってね?」

 

「ええ…!?これ、四ノ崎さんのものですよね!?い、いや…そこまでは…!」

 

 ユウカちゃんは両手や首を左右に振って遠慮していた。

 ならば、どうしようか……何かいい案のようなものは…

 

「んー……あっ、じゃあさ?私がミレニアムにジャケットとこの電卓を返しにいくから、これはその時に交換するのはどう?」

 

「……!そ、それは…」

 

 ぽんと提案してみせると、ユウカちゃんの表情がぱっと変わった。

 驚きと戸惑い、そしてどこか嬉しさのような色が頬に差していた。

 

「こうすれば、またユウカちゃんたちに会いにいく口実にもなるしね?まだ私は…2人と話したいことが沢山あるしね?」

 

「は、話したいことがあるのは、私もそうですが…」

 

 照れ隠しのように、ユウカちゃんは少しだけ目を逸らす。

 けれど、その唇はどこか緩んでいて、その表情を見るだけで私もほぐれる気がした。

 

「…ユウカちゃん。ここは、お姉さんのお言葉に甘えた方がいいんじゃないですか?私もお姉さんにはぜひ、ミレニアムに来ていただきたいですし?」

 

 ノアちゃんが、ひょいといたずらっぽく口を挟んでくる。

 その言葉に、ユウカちゃんも困ったように小さく笑った。

 

「ノ、ノアまで…分かりました。では、こちらは私も借りるという形で受け取らせていただきます…」

 

「はは、ありがとうね、ユウカちゃん?少し大きいと思うけど、その分寒さが抑えれるって思ってくれたら嬉しいな?」

 

「そ、そうですね…」

 

 ユウカちゃんはおずおずと、私の上着に袖を通す。

 少し肩がすぼまり、やはり袖が手をすっぽり覆うほど余ってしまった。

 けれど、その姿は不思議と馴染んでいて……ふむ、良い。

 

「うーん、かわいい!よく似合ってるね、ユウカちゃん!」

 

「い、言い過ぎですよ…!」

 

「ふふ、かわいいですよ、ユウカちゃん♪」

 

「も、もう…ノアまでからかうのはやめてよ…」

 

 少し頬を膨らませながらユウカちゃんは照れるような感情を顔に出していた。

 別にからかってるわけじゃなくて、本心なんだけどなぁ…ノアちゃんも、追い討ちってよりは多分そうだし。

 まぁ、最後にこんなやり取りがあったが、私たちは、また会う約束を交わしながら今夜の別れを迎えた。

 

 玄関の扉が静かに閉まり、ふたりの足音が廊下を遠ざかっていく。

 残された部屋には……私一人。

 静寂がゆっくりと満ちていき、窓から見える星々が点々と空から灯りを灯す時間となっていた。

 

「(……1人だと…こんなに静かなんだな…)」

 

 私はユウカちゃんから受け取った電卓を手に、再びアイツが使っていた席に着く。

 ついさっきまで暖かさを感じていた部屋が、少しだけ哀しく、肌寒く感じた。

 

「……さて、続きを見ないと。私だけに残された…話の続き。」

 

 静かにそう呟き、私はUSBメモリを手に取ってそれを眺める。

 無機物の冷たい感触とほんの少しの重量が、手の中にじんわりと広がる。

 ゆっくりと確かめるように、アイツが遺した最後の言葉に、向き合う準備をした。

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