青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第十八話〉『目的 −青い残影−』

 

「…プラナちゃん、このメモリの中…どういう内容か、把握してるの?」

 

 日は地平線の先に沈み、空は完全に夜の色に支配された。

 だが、私は電気を付けることなく、スマホの画面だけが、部屋の中にぼんやりと青白い光を落としている。

 そして、スマホに向かって呼びかけてみると、プラナちゃんがホログラムとなって私の前に現れた。

 

「『…はい。そのメモリの中身は先生がお姉さんに向けた映像となっています。私とアロナ先輩は、その撮影のお手伝いをしていました。』」

 

「……そっか…」

 

 ずっと心のどこかで感じてた違和感…これだったのかな?

 本当にただ、アイツの遺品の整理だけの目的でキヴォトスに呼ばれたのかと…疑問には思っていた。

 …でも、この違和感が解ける時が来るのかと思ってもいなかった。

 

 ……だから本当は、これを見せるためだったの…?

 

「…一つ確認なんだけど、この映像っていつ撮ったのかな?」

 

「『…先生が最初に倒れてから、すぐです。本当は安静にするべきだったのですが……どうしてもと先生が仰ったため、この映像を撮ることになりました…』」

 

「そ、そうだったんだ……ねぇ?プラナちゃんも、これを一緒に見る?」

 

「『……はい。ぜひ…』」

 

 私はプラナちゃんに確認を取ると、ユウカちゃんから受け取った電卓をUSBメモリの横に置いた。

 …まぁ、これも初めて触るものだから、隣にいるプラナちゃんの指示の元に動かすことになるが…心臓が少しだけ急かされるような気がした。

 

「えーっと…このポートってところにメモリを差し込んで…その次は?」

 

「『差し込んだ後、数秒待つことで画面上にフォルダが表示されるはずです。そしてその中に、動画ファイルが保存されており、選択することによって自動的に再生が行われます。』

 

「ありがとう…本当に頼りになるよ、プラナちゃん。」

 

 機械類には疎いため、プラナちゃんの存在は本当にありがたい。

 そして私は指示通り、端子を差し込むための穴にカチリと音が鳴るまでメモリを差し込んだ。

 すると、しばらく空白の時間が過ぎた後に、青白く光る画面にメモリの中に保存されていた動画ファイルが表示される。

 

 ……動画ファイルの名前…『姉さんへ』…か…

 

「……見つけた。これがか…」

 

 表示された動画ファイルをタップしようとするが、鼓動が早くなった心臓を落ち着かせるために一旦呼吸を調える。

 その様子をプラナちゃんから見られているが…自分でも分からないな…

 

 …なんで、こんなに緊張してんだか……相手は映像の中のアイツだ。

 ここまでなる必要なんて、無いはずなのに…

 

「…ふぅーー……それじゃあ、再生するね?」

 

「『……はい。』」

 

 私は一言、プラナちゃんに向けてそう言うと、ついに動画ファイルのアイコンをタップした。

 ロード中の輪がゆっくり回るたび、呼吸が少しずつ浅くなっていく気がした。

 …まるで映像に吸い込まれるように、催眠にかかるように意識が霞んでいく。

 …見ているだけで、心が少しずつ置き去りにされていく気がした。

 

 そして、ロードが終了し、画面が一瞬固まったのかと思うと…私の目線の先に、シッテムの箱の中の椅子に座るアイツの姿が映し出された。

 

 その姿は、目を細めており、無言のままこちらを見つめている。

 けれど……もうどこにもいないはずの弟が、確かにそこにいた。

 

「(………あ…)」

 

 …画面の先のスーツを着たアイツは、私が最後に見た時と変わらない様相だ。

 強いて言えば、雰囲気が私の知るものよりも柔らかくなったくらいで…でもそれ以外は、時が止まったままの姿だ。

 少しくたびれていて…でも、ご自慢の背の高さは映えるように背中は曲がっていない。

 目元や雰囲気…たしかに、キヴォトスにいる子たちが今の私と弟を、一瞬見間違えるのも納得できるかもな…

 

「(……それじゃあ私が…アンタに寄ったのかな…)」

 

 ……それにしても、目のクマが見えて不健康そうで、少し顔色が悪いな…

 アイツは、ある日から段々体が弱っていったらしいけど、これを見ればそれが確認ができるな…

 

「『これでっ…オッケーですよ、先生!録音ボタンを押したので、撮影はもう始まっていますよ!さあさあ、いつでもどうぞ!』」

 

「『…アロナ先輩。それなら私たちは、もう何も喋らず静かにしておくべきですよ。』」

 

「『あっ…!そ、そうでした…こ、ここは後でカットでお願いしますよ、先生…!?』」

 

「……あれ?この声……まさか…」

 

 一瞬、名前が喉まで出かかったが、映っていないその姿を思い浮かべて、私はハッと息を呑んだ。

 プラナちゃんともう1人……どこか聞き覚えがある声が聞こえてきた。

 一旦、アイツが困り顔を浮かべている状態で動画を止めてプラナちゃんの方を見たが…プラナちゃんもアイツと同じような表情になっていた。

 

「『……すみません、お姉さん…先生が後で編集をしておくと言っていたので任せていたのですが、どうやら私とアロナ先輩の声が入ったままだったようです…』

 

「……いや…これ、多分弟はわざと残したんだと思うよ?」

 

 姿までは見えないが、アイツは撮影している画面に目を向けずに少し外れた方向を優しく見つめている。

 きっと、プラナちゃんとアロナちゃんのやり取りを微笑ましく見ているのだろう。

 

「『……!わざと…ですか…?』」

 

「うん……きっとこれも、弟にとっては日常の一部だったって…私に伝えるためにね……多分?」

 

 …この真実は分からないが、アイツのことだ。

 多分、何度も撮ったこの映像は確認をしたはずだ。

 それなのにも関わらず、消して欲しいと言われたこの場面を残したのは…こんな理由があるからだろうな…

 

 アロナちゃんとプラナちゃん……この2人も、アイツにとって大切な存在なんだというのが分かるよ…

 

「……止めちゃってごめんね?じゃあ…再生するよ。」

 

「『……はい…』」

 

 私はそう言うと、画面中央の再生マークをタップする。

 すると、画面の中のアイツがふたたび動き出す。

 

「『…んんっ、あー…まずは、久しぶり…姉さん?これを見つける前に、まずはあの手紙読んでくれたよね?姉さんのことだから、前にあったことを覚えて探すだろうって思って、隠し置いてたんだけど……どう?』」

 

 …笑顔を浮かべながら話すアイツの声は、少しぎこちなく照れくさそうだった。

 これを見て、一気に私の中でも、懐かしさに混じって得体の知れない緊張がさらに大きくなる。

 体中に力が入るが…私は画面に映るその姿を、ただ目で追うことしかできなかった。

 

「(……見つけてやったよ…しっかりとね。)」

 

「『それを踏まえて、これを見ているってことは…姉さんがキヴォトスにいて、多分私はもうそこにはいないんだろうね?本当は、面と向かって話したかったんだけど……どうも、時間が足りなくてさ?』」

 

「(…にしても、一人称が『私』って……もしかしてあの2人がいるから、いわゆる『先生モード』で話してるの、これ…)……似合ってないなぁ、変なのー…」

 

 私は小さく肩をすくめて、無意識に頬が緩んだのを感じる。

 そして、あまりにも見慣れない弟の口調に、思わずこんな笑い混じりの感想が溢れた。

 

「……あっ、いま俺の一人称が変だと思っただろ?」

 

「(はぁっ…!?)えっ…!な、なんで…?!」

 

 だが、すぐに心臓が一瞬飛び跳ねるような感覚が向かってきた。

 息を呑み、画面を思わず少し引き寄せるようにして見つめ直す。

 そのタイミングで画面の弟が、まるでこっちを見透かすように穏やかに笑った。

 

「はぁ……たしかに場に合わせて『私』で喋ってるけど、姉さんに対してだとやっぱり照れくさいよな…』」

 

 不意にまとっていた雰囲気が私の知っているアイツに戻った気がした。

 その声のトーンも、語尾の甘さも…ああ、やっぱりあの頃のアイツだ。

 画面の先からも私と同じように、小さく息を吐いた声が聞こえてきたが…アイツはプラナちゃんたちの前でも、態度として普段は出していないんだろうな…

 

 …にしても、私がメモリや手紙の隠し場所を当たるって予想したり、こうして一人称がおかしい事を指摘されることを察してたり…

 

 ……やってること、もうエスパーの域じゃんか…

 

「『…まっ、キヴォトスに来てからはこっちの方で過ごした時間が長いから、このままでいさせてもらうよ、姉さん?」」

 

 その声色が、ふっと変わったのが分かった。

 私が知る『弟』のまま話していた口調が、今はもう、“あの子たち”に向けていた『先生』のそれになっている。

 姿勢や目線、声のトーン…全部が、どこか作られたものに感じられて…でも、それを『演じている』とは思えなかった。

 

 …本当に、大人になるとこういう隠し事が上手くなるよなぁ…

 

 ……アンタも、私も…

 

「『…それでこういう形になったのは…このまま私がいなくなっても、このキヴォトスが…生徒たちが自分たちの力だけで、未来に続くようにしなくちゃいけないから。…だから、こうして映像として残させてもらってるんだ。』」

 

 理由はわかった。

 自分がいなくなった時のことを考えてか…

 …随分と立派な心掛けだ。

 私には到底真似できない所業だよ。

 

「『…ここ数年、姉さんと会おうともしなかったのは…本当にごめん。あの時は姉さんにあんな事言われるなんて思ってなくて、動揺して……はぁ、これは言い訳か……でも、ずっと謝りたいと思ってた。』」

 

「……っ!!」

 

「『…でも……これだけは言わせてほしい。…私は、このキヴォトスでシャーレの先生としていられて、本当に良かったって思ってる…後悔は、全くしてないよ。』」

 

「……なんでよ…」

 

 口から溢れでたのは、疑問やら理解不能やら…様々な感情が混じり合った声だった。

 自分の行く末を察して、それでもキヴォトスの生徒たちのためと動き続けたアイツのことが、分からない…

 

 それに加えて……なんで、そんなアンタが逆に私をそんな目で見れる?

 

「『…それで、姉さんをキヴォトスに読んでもらった理由だけど…姉さんには、『キヴォトスを回ってみてほしい』。…こんな理由があったから…こうして来てもらったんだ。』」

 

「……!」

 

「『……このキヴォトスには、俺が生きた証が多くある。』」

 

 映像の中で語っていた『先生』という仮面が外れ、再び雰囲気がよく知る『私の弟』の表情に戻ったように見えた。

 声の抑揚、微かな息づかい、そして目の奥にある揺らぎが、嘘をつけない人間のままそこにいる。

 

「『…ここには沢山の思い出が、俺が生徒たちと作り上げてきたものがある。そして俺だけじゃない…姉さんもきっと『望んでた』であろうものが、ここにはあるはずだ。』」

 

 …その声が、少し震えているように聞こえたのは、私の耳のせいだけじゃないと思う。

 私は息を止めて、ただ画面を見つめていた。

 まるで、その一言一言を刻み込むように、全神経を集中させている。

 

「『俺は……いや、『私は』キヴォトスで生きて、生徒たちと向き合って……その先で、やっと『何かを残せるかもしれない』って思えたんだ。』」

 

「『…だから、姉さんには見てほしいんだよ。俺がいた証を、知ってほしいんだ。』」

 

「『…それが、『姉さん』にしかできないことだと思ってるから。』」

 

 弟の声が静かに夜の空気に溶けていく。

 けれど、そのひとつひとつの言葉が、深く胸に沈んでいく感覚もある。

 …視界の端でプラナちゃんがこちらを見つめている気配を感じて、どうにか顔を上げた。

 

「(…あいつ、本当に最後まで……)……『先生』らしいこと、しやがって…」

 

「『…!……お姉さん…』」

 

 はぁ、ダメだな……私も素が溶け出てるな…

 …でも無理だろ、こんなの…『虚像を保て』なんていう方が、無理ゲーだ…

 コイツといた時の私と、今の大人もどきの私がドロドロに混ざり合って…もう言い表せないくらい、頭の中も沼みたく掻き乱されてる。

 

 …まとまるわけがない、飲み込めるわけがない。

 それでも、アイツは──

 

「『…あっ、終わる前に一つ…多分、冷蔵庫と中にクッキーが入ってると思うけど、アレはトリニティのお菓子作りが趣味の生徒が作ったものなんだ。特別に手伝ってくれたお礼で多く貰ってるから、好きなだけ食べてくれよ?』」

 

「バーカ……こちとら値段を聞いて、マジで吐きかけたんだぞ?そんないいもの、いたずらに私に残しやがって…」

 

 目を細めて、いつも心の内で留めていた声でそう吐き捨てる。

 唇の端が、呆れと懐かしさで微かにゆがんだ。

 

「『…あと、箱入りとは別に小分けになっているものもあるんだけど…それは俺が自分で作ってみたやつ。さすがに生徒が作った物と比べたら劣るけど…結構自信作だから、しっかり感想はくれよ?』」

 

「…!……分かったよ、あとでね。」

 

「『…それで、これは個人的なお願いなんだけど…実は仮眠室の棚のある場所に、俺の尊厳に関わる大事なものが入ってるから……できれば、生徒に見つかる前に回収して…』」

 

「……もうしてるよ…ったく、見つからたくないなら、自分で捨てるなりなんなりしろよな…」

 

 …分かってる。

 自分の前にいるアイツは映像で、もういない。

 

 でもなんでだよ…何でこんなつらつら返答を返してんだよ、私は…?

 

「『……じゃあ、これで本当に最後になるけど……姉さん…』」

 

 不意に弟の声の大きさが小さくなる。

 何か言い淀んでいるのは、誰も目から見ても明らかだった。

 その雰囲気のせいか、私もすぐに身構える。

 

 …そして、アイツの口から言葉が発せられた。

 

「『……1人にさせることになって…本当にごめん…』」

 

「ーーーー…」

 

 ……世界から音が消えた気がした。

 目に入れたくない、気付かないフリをしてきた現実が…私に顔を出してきた。

 

 1人……そっか…そうだよな…

 

 ……私はもう…

 

「(………1人…か…)」

 

 …そう呟いた瞬間、肺がしぼんだように呼吸が詰まり、胸の奥がじくりと痛んだ。

 

「『…でも、俺は絶対に見守ってるよ。この映像の入ったメモリと一緒に入ってる封筒の中身…まぁ、俺からのお守りだと思って持っておいてくれよ。それさえあれば、俺は姉さんの背後霊にでもなって、見守るからさ…まぁ、泣かないでくれよ?』」

 

「……!」

 

 冗談を言いながら笑う弟を横目に、私の手は近くに置いてあって開かずにいた洋封筒へ伸びていた。

 さらりとした紙の感触を感じながら、すぐに封を開ける。

 するとそこに入っていたのは…ボロボロのクレジットカードだった。

 

 ……これが形見かよ…

 

 …もう少し、長く形に残りそうなもの残せってんだ…

 

「『…それじゃあ、姉さん…』」

 

 呼ばれた声に反応して顔を向けると、そこにあったのは悲しげに笑う弟の表情。

 手を振ったりなどもしているが、無理に行っているのが一目で分かる。

 

「『……キヴォトスを、楽しんでくれよ?』」

 

 …そうして、その言葉を残して映像は途切れた。

 最後に残ったのは冷たい余韻と静かな現実の夜の空気だけ。

 再生のボタンが消えた画面に、ただ自分の無表情の顔が映っていた。

 音も消えたはずなのに…耳の奥で何かが軋んでいる…

 

「……はぁ…」

 

 私は不意に立ち上がって冷蔵庫の方に歩いていく。

 そしてその扉を開けて、奥にあった小包のクッキーを取り出した。

 …何度見ても、私がさっき食べたものと比べても不恰好で、一枚一枚の形も不揃い…

 

 ……慣れないことすんなよ…

 

「……プラナちゃん、少し…そっちに行っていいかな?……これ、一緒に食べたいんだ。」

 

「『……はい。私も、そのクッキーがどんな味がするのか…先生の思いが込められているのか、とても気になります…』」

 

「……うん…すぐ行くね?」

 

 私はそれからまたシッテムの箱に入って、プラナちゃんと一緒に中身を分けながら食べ合った。

 映像を見ていた中で、素の私が出ていた事に関しては…もうどうでも良くなっていた。

 

「……ねぇ、プラナちゃん。アイツ、最後の最後までほんとに…面倒なことするよね…」

 

「『…でも、それが『先生』でしたから。』」

 

 ふと、膝の上に乗せたプラナちゃんが、手にしたクッキーを見つめたまま、ぽつりとそう呟く。

 

「『…だから先生は最後まで、私たちに『何かを残そう』としていたんだと思います。それはたぶん、形のあるものでも言葉だけでもなくて…』」

 

「……こうして誰かと一緒に笑ったり、話したりする『時間』ってやつだろうね…」

 

「『はい…私は、今この時間もきっと『遺されたもの』のひとつだと思っています。』」

 

 …その言葉に、思わず目を伏せながらゆっくり頷く。

 

「……そうだね…そうかも…ね…?」

 

 プラナちゃんはそう言いながら、アイツの作ったクッキーを美味しそうに口へ運んだ。

 

 でも…なんか、私はプラナちゃんと違う感想が出てくるな…

 

 ……アイツ…塩と砂糖の分量、間違えただろ…

 

 なんだか、妙に甘ったるくて……後になって、塩辛さが残るなぁ…

 

 ……ったく…最後まで、ほんと……アイツらしいよ。

 

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