差し込む光に頬をくすぐられ、自然と目が覚めた。
淡い光が壁を照らし、空気も澄んでいる。
こんなにも穏やかで気持ちのいい朝を迎えることになるとはね…
にしても、昨日は久々に快眠だったな…目覚めはかなりいい感じ。
「ふぁ……んぁ……おはよ、プラナちゃん…」
シャーレの施設内にあったベットから降りて、目を擦りながらスマホに声をかけた。
すると、液晶画面の上にプラナちゃんのホログラムが現れた。
「『おはようございます、お姉さん。体の疲れは取れましたか?』」
「もちろん、バッチリだよ。とりあえず、キヴォトスにいる間は寝床に困らないのは本当にありがたいね…リンちゃんに感謝だよ。」
今の私の格好は、シャーレ内にあった、おそらくアイツが使っていたであろう部屋着を拝借している状態だ。
大きさはかなりだが、意外と着心地はいい…でも、あまり人に見せたくない格好だというのは……たしかだ。
「『それは、良かったです。表情も雰囲気も、戻ったようですね?』」
「は、はははー…あんまり昨日の私の姿、誰にも見せたくないんだけどね…?…やっぱり、家族間にだけ見せる顔ってあるでしょ?」
「『ふふ、先生もあの映像の撮影が終わった後、お姉さんと同じようなことを言っていましたね?』」
「……ほら〜…弟もそう思ってるじゃん…」
前日に取り繕うことなく、いつもなら留めていた内心の声が口から出てきてしまっていたことには若干後悔だな…
そうして私は、少し悶々としながらもスマホを手に持ち、仮眠室から出てオフィスの方へやってきた。
窓の外の青いキヴォトスの風景を見ながら歩くたびに、ペタペタと来客用のスリッパの音が反響して辺りに響く。
「『本日の予定ですが、お姉さんはどうされるつもりでしょうか?』」
「うーん……そうだねぇ…」
私は返答を考えながら、前日にこのビルの一階にあった『エンジェル24』で買い漁ったものを冷蔵庫から出してデスクに並べた。
……銃弾や爆弾っぽいものなど、明らかに危険そうなものも並んでいたことには目を瞑らないと…
それにしても、店員のソラちゃん……私を見てかなりビックリしてたな…
短くだけど、話をした限りだと、よくアイツもあのコンビニを利用してたみたいだし…
「(…またあそこに行くことになったら、何かそのお礼を持っていかなきゃね?)」
私はサンドイッチの袋を指先でいじりながら、ふと窓の外に視線をやった。
白くにじむような朝の光が、遠くのビル群の縁を優しくなぞっている。
こんな平和な時間が、アイツにもあったのかな……
「…ユウカちゃんに、借りてる電卓とセミナーのジャケットを返しにミレニアムへ行こうと思ってたんだけど…」
手に下げた袋の中のサンドイッチを取り出しながら、私はふと手を止めて小さくため息をついた。
ふと、昨日の夜に交わしたやり取りや、あの部屋の静けさが頭に浮かぶ。
「……肝心のジャケットがまだ乾いてなくてね?ちょっと微妙な状態なんだよね、アレ…だから今日は、まだ知らない景色を見てこようかなー…って思ってる。…うん、そんな気分かな…」
「『…そうでしたか。では行く先が決まり次第、私にお伝え下さい。その学園までの行き方や、知りたい生徒さんの情報などをお教えします。』」
「……うん。もう本っ当に何から何までありがとう、プラナちゃん…」
ホログラム越しのプラナちゃんは、変わらない微笑みを浮かべたままだった。
やっぱり、何度見てもかわいいな…
胸の奥にあった小さな重みが、少しだけ軽くなった気がするよ…
「(…!えっ、これ美味…!?)」
そして私は感謝の言葉を伝えると、デスクの上に出したサンドイッチの封を開けて、それを口に運ぶ。
うーん、最近具材やら大きさが減っている私の世界のコンビニと比べても、味も具材もボリューミーでとても良い。
……それにしても、かなり感動する一品だな…
エンジェル24……住んでる場所のすぐ近くに進出してくれないかな…
もしあったとしたら、毎日でも通うのに…
「(ん…そういえば、キヴォトスの状況って今どうなってるんだろ…)…プラナちゃん、少しスマホいじるね?」
「『はい、わかりました。』」
不意に疑問が頭の中に浮かんできたため、私は微糖の缶コーヒーでサンドイッチを流し込みながらスマホを操作して、キヴォトスの状況を改めて調べてみる。
ホログラムのプラナちゃんも、じっと私の手の近くで検索している様子を眺めているけど……不思議な感覚だなぁ…
「(……あっ、これは生放送か…)」
そうして検索してみて、レポーターのような生徒がニュース形式で、キヴォトスについて話している生配信動画が目はいった。
…なんか、服装がすごいな…どういう構造?
その子が画面の先では、私のことがテンション高く報道されている。
それにしても、同接の数とかコメントも凄いことになってな…
『先生にお姉さんなんていたの!?初耳なんですけど!?』
『いや、マジだったの!?じゃあ、今はどこにいるの!?』
『ミレニアムはもう接触してるらしい。そうなるなら次はどこだ…?』
『こういう時に真っ先に動くのがクロノスだろ!何してんだ!』
『クックック…』
『クロノス、急げ!これは国際的な姉案件だぞ!?』
『先生のお姉様かぁ……絶対に、顔がいいんだろうな…』
…うーん……本当に外に出て大丈夫なのかな…?
「(内容は…『先生の姉がキヴォトスに訪問中』か…)いや……正直、こんなでかでかと伝えられるとは思ってなかったよ…」
「『前日、連邦生徒会から正式にお姉さんの存在がキヴォトス全土に伝えられました。現在進行形でミレニアムのセミナーのお二人のように、お姉さんを探している生徒さんたちが多くいらっしゃいます。』」
「そ、そうなんだ……ここにあった私物とかを渡すために、私がここにいるってことを伝えよう思ってたんだけど、ダメかな?」
「『はい、やめた方がよろしいかと……おそらく、シャーレに津波のように人がやってくることが予想されます。』」
「(うわぁ……)…うん……じゃあそれならやっぱり…やめておくね…?」
そう口にしながら、私はそっと動画を落とし、スマホをデスクの上に置いた。
少しだけため息を漏らすと、缶の中に残っていたぬるくなった缶コーヒーを口に運び、最後の一口を流し込む。
ほろ苦い味が喉を通る感覚と同時に、自分でも目を細めて表情が固くなったのを感じた。
「(…えっぐいなぁ……)」
…想像以上だよ、本当に。
ここまで話題になるなんて、正直冗談だと思いたいくらい。
あいつが遺した『存在感』ってやつは、今でもこうして生きて、誰かの中で回り続けてる。
プラナちゃんのホログラムは、私の横で変わらず静かに立っていた。
目が合うわけじゃないのに、何となく気持ちを見透かされてるようで、私は静かに少しだけ視線を外す。
…それでも、こうして傍にいてくれるのはありがたいな…
たとえ仮想だとしても、心の空白に触れてくれるのは、やっぱり『誰か』の気配だしね?
「あー…そろそろ、外に出る準備をするね。少し待っててくれる?」
「『…はい、分かりました。』」
コトリと空になった缶をテーブルに置いて、私は立ち上がる。
何も特別な動作じゃないはずなのに、足元が少しだけ重く感じた。
…気にしてないつもりでも、やっぱり肩にのしかかってるんだ。
アイツのことも、アイツの『残したもの』も…
こうして軽い朝食は終わった。
そしてベットメイクをしたり、自分の身だしなみを整えたりなどしていたが…ここで一つの問題点があることに気がつく。
「(うげっ…!そうだった……私、着替えるための服持ってきてないじゃん…!)し、しまったぁ……やらかしちゃってた…」
「『…?どうしましたか、お姉さん?』」
「い、いやぁ…ちょっと自分の不手際を察してね…?」
…本当に昨日の私は、何を血迷ってスマホやら財布やらの最小限のものしか持たず、このキヴォトスへ来てしまったんだ…?
前日着ていたものは、今は洗濯機の中でグルグルと回り続けている最中。
インナーやら何やらは、前日のうちにエンジェル24で色々と買い漁ってはいた。
だけど、どうしようかな……ことごとくその上に着るものがないぞぉ…
「(こ、こうなったらやるしかないか…?)……かくなる上は…」
気分的に、やりたくなかったが……もう、そうするしかない。
私はすぐに立ち上がって昨日整理したアイツの私物の山へ近づいていく。
そしてその中に、アイツが使っていたであろう衣類が、きれいに畳まれて何着か並んでいた。
「さーて、どれにしようかな〜…」
中に並ぶシャツやジャケット、どれもサイズは一回り以上大きい。
私はその中から自分でも着れそうな黒のシャツとスラックスを一枚ずつを見繕って、上下に合わせてみる。
シャツを肩にかけ、片腕を通すたびに、くしゅっという布の音とともに、生地の重みが身体にまとわりついてくる。
幸いにも、見た目はそれなりにまとまってるけど…やっぱりサイズ感が難点だな…
「うわっ…下はいいとして、シャツでこんなに袖余るの…?はぁ…前に着た時は違和感なくいけたから、今回も結構いい感じになると思ったんだけどなぁー…」
「『先生は、かなり背の高い方でしたからね?お姉さんも身長がかなり高いですが、先生はさらに10センチほど高かったです。』」
「くっ…!中学くらいまでは、私の方がアイツを見下ろしてたのに…!もー……本当に時間の流れって、残酷だよね…」
プラナちゃんと話しながら、指先まで隠したアイツの黒シャツの袖をブラブラと揺らしてみる。
うーん…私が着てきたものと比べても、やっぱりサイズの大きさが目に見えて分かる……少し違和感があるな…
身体に馴染まないゆとり。
肩も袖も、どこか『借り物』っぽさが抜けない。
腕をまくって、ネクタイさえすれば、もう少し締まった印象になるかな?
「(ネクタイー…おっ、あったあった。)……あっ、これって…」
シャツの袖を腕まくりして、手首の骨が見えるくらいまで整えると、私はネクタイの箱に目を向けた。
そこには私がしてきたネクタイがあったが、その近くに少し似た別の色と柄のものがあることに気づく。
…これ……前に私がアイツに渡してやったやつだ…
「『どうしましたか、お姉さん?』」
「あっ…あー、いやー……私が弟に渡したネクタイを見つけてね?これもとっていたんだー…って思ってたんだ?」
苦笑混じりに答えながら、目線はネクタイから離せなかった。
「『そちらは…先生がお気に入りといってよく付けていたものですね?かなり生徒さんたちの間でも、好評なものでした。』」
「…!そ、そうなんだ…」
…学生時代にアイツがスーツとか着ることとか、あんまり無かったから私も渡したこと忘れかけてたけど、そんなに気に入ってたのか…
いくつか収集してて、そのうちの一つを渡したくらいだったんだけどな…
でも……やっぱ、こうして手渡したものを見つけると、変な気分になるな…
「…ふーん……これがねぇ…」
無意識のうちにそれを手に取り、自分の首に通してみる。
くるりと巻かれた布が、じわりと喉元に重みをのせてきた。
でも…ぱっと見では、印象の違いが分からないな?
やっぱり、私が付けてきたものと比べても、生徒の子たちに与える印象は変わらないかな?
けれど、アイツもこれを付けていたって考えると…アイツに少しだけ近づけてる感じがする。
「…まっ、今日はこの格好でいよっか。…それにしても、弟の着ていたものってだけで、少し大きさとか私に合うかとかで違和感があるね…」
「『いえ、よく似合っていますよ?』」
プラナちゃんの素直な言葉に、私は思わずふっと微笑んだ。
なんだろうな……着てる服だけで、こんなにも気持ちが変わるなんて、思ってなかったよ。
「はは、そう?プラナちゃんから見てそう言ってもらえるなら、嬉しいよ。じゃあ次は…どこに行こうかだよねー…」
私は首元のネクタイを少し余裕を持って締めると、デスクの椅子に座って窓の外を眺めながら考えを巡らせる。
空は静かで、遠くに鳥の影が舞っていた。
アイツが言っていた『キヴォトスを回ってほしい』という言葉が、静かに頭の中をめぐる。
…そして、その中に『私の望み』もあるって…
「(……私の望みか…)」
…アイツはこう言ってたけど、私も自分の望みが明確に分かっているわけじゃない。
なんだろうな…大人になりきれていない私が望むこと…
「(んーー……)」
軽く唸って首をかしげるが、やっぱり分からないな?
答えは浮かばないけれど、なぜか焦る気持ちはなかった。
たぶん、それは傍にプラナちゃんがいてくれるから……かもしれない。
「『…先生の言葉の中に、引っかかっていることがありましたか?』」
「……あっ、表情に出ちゃってたかな?そ、そうだね…色々と意味深なことだけ言って映像が終わったからさ?それについて考えててねー…」
「『…私の考えとしては、やはり実際に見てみないと答えは分からないと思います。私は…先生がどれほどお姉さんのことを思っていたのか、分からないので…』」
「…そうだよね……じゃあ、とりあえずどこに行くかだけでも…」
私は立ち上がり、少し考えてから冷蔵庫の前へと足を運ぶ。
ここで少し、私はアイツの話な中で一つ気になる事があったのを思い出した。
それは、冷蔵庫に入っていたクッキーについての話…そして、その隣にいた『誰か』。
「…プラナちゃん。弟がクッキーを作る時に手伝いをしてたって言ってたけど…その子って『トリニティ』っていうところの生徒なんだよね?」
「『はい、そうですね。』」
おっ…ならこれで、今日の私の目的地は決まったかな?
ミレニアムと並ぶ、キヴォトスの三大校の一つ、『トリニティ総合学園』。
まずはそこに行って、クッキーに対するお礼。
そして、アイツがどんなことをしてきたのか、何を残したのか…自分の目で確かめないとね?
「……プラナちゃん。今日の行き先が決まったよ。」
「『…!…分かりました。では、すぐに到着までの案内を開始します。』」
行き先を伝える前に察してくれたんだ。
本当に優秀で、頼りになるなぁ…
「ありがとう、プラナちゃん…」
私は立ち上がってストレッチをするように両手を伸ばし、肩を軽く回した。
シャツの袖が少しずれて、手首に冷たい空気が触れる。
その一瞬で、私はようやく決心が固まった気がした。
「…よし。じゃあ行こっか、『トリニティ』へ!」
……しっかり見てくるよ。
アンタのいた場所を、残したものを…この目で確かめてくるからね。