青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第二十二話〉補習生、ただいま回送中

 

 人は、電車に限らずあらゆる手段で『決められた軌道』をただ、ひたすらに進んでいく。

 

 私を含めた多くの人はそれを便利だと言い、効率的だと言うと思う。

 だけど、その『一本の道』の上にあるということは、自由であるように見えて……実は、案外不自由なことなのかもしれないね?

 

 行き先を変えられない。

 停まる場所も、走る速さも、誰かに決められたまま。

 それでも、乗ってしまえば人は安心する。

 

 でもそれは、目的地に必ず着くと分かっているからだろうね?

 『なんだか人生みたい』なんて、普段なら思わないことを考えちゃうな。

 

 『誰かにとっての正しさが、自分にとっての正しさとは限らない。』

 

 そんな言葉が口の奥に浮かんできた。

 これは昔読んだ小説の一節だったか、それとも授業の中で聞いた誰かの言葉だったか……思い出せないな?

 

 どこか、ぬるま湯のように曖昧な記憶。

 けれど、その言葉だけは不思議と、芯に残っている。

 

 でも、『先生』と呼ばれていたアイツがどれだけの選択をして、どれだけの道を進んできたのか…

 

「………」

 

 私は、まだそのほとんどを知らない。

 だけど今、私はその『通った後』の道をこうして辿っている。

 決して同じ速度ではないけれど、同じ道の上を。

 

 車窓の外では、季節外れの花が風に揺れている。

 少し小高い丘の向こう、霞がかった空を背景に電線がまるで五線譜のように並んでいた。

 私はただ、音のない譜面を横切る風景の中に、ぽつんと浮かんでいた。

 

*******

 

 何とか出発までには間に合い、私は人がほとんどいない電車の席に息を切らしながら腰を下ろした。

 顔を上げて電子板を見てみると、行き先はトリニティという文字が表示されている。

 そのまま扉が閉まり、電車は動き始めたけど…何とか目的のものには乗れたみたいだね…?

 

「はぁ〜〜……な、なんとか間に合って良かったぁ…」

 

「『お疲れ様です、お姉さん。到着次第、私がお知らせいたしますので、このままお休みになっても大丈夫ですよ?』」

 

「い、いやいやぁ……プラナちゃんばかりに任せっぱなしにはしないよ…?」

 

 体を伸ばしてベッタリと座席に背中をつけていた私に、プラナちゃんはそう言ってきてくれたが、さすがに全てを任せるわけにはいかない。

 

 でも、どうしよう?

 『連れて帰ったら、案外こっちの世界のほうが似合ってたりして?』なんて…

 

 ……冗談のつもりだったのに、気づけば少し本気で思っちゃってるよ。

 

「(…単純だなぁ、私も。)」

 

 こっそり、そんなことを考えている自分に心の中で呆れて笑って、それを打ち消すように窓の外を見た。

 

「それにしても…ここに来た時から思ってたんだけど、キヴォトスってかなり発展してるよね?」

 

 窓の外には、ゆっくりと後ろへ流れていく街の景色。

 見慣れた建物が、少しずつ見知らぬ住宅街へと変わっていき、やがて線路沿いに草むらと低い木立が増えていって……あっ、またビル群になった。

 

「『そうですね。お姉さんのいる外の世界については、あまり私も知らないのですが…キヴォトスは多くの自治区が集まっていることで、多くの景色の変化を見ることができます。』」

 

「へぇ〜、それなら色んなところを見て回ってみたいなぁ…」

 

 車内には、微かに車輪がレールを擦る音が響いている。

 規則的なその響きは、心の奥に沈んでいた不安を少しずつ洗い流すような心地さえあった。

 

「(……ん?)」

 

 ふと手に持ったスマホに目を落とすと、プラナちゃんが静かにデバイスを操作している。

 それも、何かの検索や遊びではなくて、おそらくはトリニティに着いた後の案内ルートや、関係者との接触ログの確認といった事務的な作業。

 あくまで無表情に、だけど確かに準備を進めているその様子が頼もしく感じられる。

 

「『……あの…そんなにじっと見て、どうかしましたか…お姉さん?』」

 

「んー、いや、プラナちゃんに助けられてばっかりだなぁー…って思ってね?……だからさ?トリニティについたら、なにかお菓子でも買って後で2人で食べよっか。」

 

「『……いいのですか?』」

 

「うん、もちろん……あっ、でも…!昨日と同じようなものはさすがに厳しいから、私の予算が間に合う範囲でお願いしたいな…?!」

 

「『…ふふ、もちろんです。では、トリニティに到着したら、後で2人で選びましょう。』」

 

「はは、そうだね……ーー!」

 

 こんな風にプラナちゃんとのんびりと話をしていると、先頭車両のほうから、4人の子がこちらに歩いてきた。

 

「(……誰か来る…)…ごめん、プラナちゃん。ここから、少し静かにしてるね?」

 

「『(…はい、分かりました。)』」

 

 プラナちゃんに視線と小声を向けると、コクリと相槌が返ってきた。

 そして、すぐにスマホの電源ボタンを押すとそのまま内ポケットに入れる。

 やってきた子たちは、私の座っている席から少し離れたところで立って話をしているけど……どこかで見たような気がする…

 

「(……あれ?もしかしてあの子たちって…)」

 

 …そうだ。

 見間違いでなければ、あの4人……さっき歩道橋で見かけた子たちだ。

 同じ電車に乗ってるってことは、あの子たちもトリニティに行くのかな?

 

「はぁー…や、やっと帰れるのね…昨日の夕方から朝にかけて、通して映画を観ることになるとは思わなかったわよ…」

 

「ははは…で、でも付き合っていただき、ありがとうございます…」

 

「…うん、いい時間だったな。」

 

 黒いぬいぐるみを抱いた白っぽい髪の子は、変わらず周囲を見渡して静かに歩いているし、小柄なピンク髪の子は、疲れ切った表情でため息をついている。

 その横で、背の高いピンク髪の子が微笑みながら耳を傾けていた。

 パンパンに詰められている変な鳥のバックを背負った、淡いベージュ色の髪の子は…やっぱり、ちょっと困ったように笑ってるね?

 

 それにしても、この朝の時間まで映画鑑賞なんて、ほんとに元気だね…

 気になるからこっそり耳を澄まして聞いてるけど……青春してるなぁ…

 

「……だーかーら!なんでこんな場所まで、その拘束された鳥のぬいぐるみのためだけに来たのよ!?絶対にトリニティの中で済んだわよ…!」

 

 不意に体全体を使って叫ぶ小柄なピンク髪の子の声が、朝の車内に響き渡る。

 目元にはうっすらとした寝不足のクマ、言葉の節々には疲労の刺が滲んでいた。

 

 オールで映画をハシゴしてたなら……まあ、そうなるよね…

 私も経験者だから、その気持ちはすんごい分かる。

 

「そ、そんな!映画最新作『ドクターペロロ~ミッションスパイ~』の『先着順限定・劇場販売ぬいぐるみセット(全8種+1隠し)』なんですよ!?この全てをトリニティでは、確実にゲットできるという保証はなかったんです…!」

 

 ベージュ髪の子は、焦ったような表情で映画について熱弁している。

 両腕に抱えた袋や背中のバックから、すでにいくつかの人形がぴょこぴょこと顔を出していた。

 

 …アレがペロロ様なのかな?

 でも…うん、ヒフミちゃんには申し訳ないけど、やっぱり変な鳥に見えるなぁ…

 

「(……んん?ドクター…ペロロ?…ていうかなんで、副題として主題と全く関係なさそうなミッションとかスパイが…?)」

 

 傍から聞いていた私は、脳内で疑問符が高速回転し始めていた。

 なんか…名前から清々しいほど、勝手にB級映画のイメージが浮かんでくる…

 

「『ヒフミ』の言う通りだ。ここまで来なければ、この『限定色・赤塗られた執刀医スカルマスクverぬいぐるみ』も手に入らなかっただろうからな?」

 

 小柄なピンク髪の子に対して、白髪の子がそう言いながら手にした人形の一つを掲げる。

 キリッとして表情は乏しいけど、動きにはすんごい熱意があるな…

 持っているスカルマスクの目が、赤く光るような錯覚すらあった。

 

「(なんか、もっと深い立ち位置までキャラ設定が飛んだ…!?それにそのキャラクター設定を聞く限りじゃ、スパイってよりホラーじゃん…)」

 

「そうなんですよ、『コハル』ちゃん!『アズサ』ちゃんの言った通りで、この『犯罪医療コンビセット』はトリニティでは手に入らない激レア限定だったんですよ!?」

 

 ベージュ髪の子がにこにこと力説するたびに、小柄なピンク髪の子の眉が吊り上がっていった。

 

 うわぁ…だんだん目が据わってきたなぁ…

 

「いや、意味が分からないわよ!医者とかスパイとか縛られた鳥とか、どうして全部混ぜたのよ!?映画なのに、こんなに治安悪いし…!」

 

「(そうだよね…さすがに設定が混在しすぎて、概要だけでも情報量が多すぎるよ…)」

 

「…それに変な内容すぎて、もう後半部分は私も眠くて内容あんまり覚えてないわよ…」

 

「(あっ、やっぱりそういう系統の内容の映画だったんだ…)」

 

 背の低いピンク髪の子…名前はコハルちゃんっていうのかな?

 そして、ベージュ髪の子がヒフミちゃんで、コハルちゃんに向かってまだまだ熱弁しているなぁ…

 白髪のアズサちゃんって子も、表情には出てないけど持っている人形をコハルちゃんに突き出して、熱意は伝わってくるね?

 

 いやぁ、でも……聞き耳立てて聞いてるけど、私もコハルちゃんと同じ意見だよ?

 言葉に同意して、思わず頷いちゃったし…

 

「それではおさらいですが、ドクター・ペロロ様は『裏の顔はスパイにして、表向きは外科医かつ地下アイドル』!そして、任務中に国家機密とカルテと楽譜を間違えて持ち帰る、というお話でして…」

 

「もう!説明しなくていいから!!」

 

 コハルちゃんが両手をバタつかせて止めようとするが、ヒフミちゃんのプレゼンは止まらない。

 チラッと聞いてるだけだけど、私も頭がこんがらがってきた…

 

「(な、なにそれ……いくらなんでも、属性持ちすぎでしょ…)」

 

「最終的にペロロ様が音楽と手術とスパイコードを同時に操る戦闘で、ライバルであるスカルマスクと共闘して……」

 

「(いや、もうジャンルが迷子になってんじゃん…!?意味が分からなすぎて、逆に気になるんだけど…!?)」

 

「ふふ、でもコハルちゃんはしっかり最後まで付き合ってくれましたよね?」

 

 ここで、今まで会話に入らずにニコニコと3人のやり取りを聞いていた背の高い、お淑やかな雰囲気のあるピンク髪の子が、コハルちゃんに声をかけた。

 その子の言葉に、コハルちゃんは図星そうな表情になって、必死そうに声を向けていった。

 

「そ、それは仕方なくよ…!でも、『ハナコ』だってあの映画を見て何か変だとか思わないの!?」

 

 …うん、ここまで綺麗なツンデレを久々に見たかもしれない。

 

 そしてついに、話題の矛先が静かに立っていたハナコちゃんへ向いた。

 ヒフミちゃんは驚いたように「えっ…」と短く声を漏らして、思わずコハルちゃんとハナコちゃんを交互に見ている。

 アズサちゃんは…やっぱり表情にあまり変化がないね?

 

「…………」

 

 ハナコちゃんは、変わらず微笑んだまま少しだけ首をかしげた。

 けれど、目がじっとコハルちゃん見つめていて……まるで別の世界の話をしているようだった。

 

 コハルちゃんが小さく息を飲み込んだ。

 隣にいたヒフミちゃんやアズサちゃんも、それぞれ手にしていたペロロやスカルマスクのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、ハナコちゃんを見ている。

 

「…そうですね。途中に出てきた敵組織を縛るシーン……あれは素晴らしいものでしたね?」

 

 その瞬間、コハルちゃんが表情を崩して額に汗が一滴流れる。

 私も、ハナコちゃんの話し方のトーンが変わらず健かで静かだったせいでか……なぜか背筋がゾクッとした…

 

「特に、あの縛り方は製作者のこだわりを感じてました。あの劇中の拘束演出が現実の『◯◯法(※自主規制)』を参考にしたかのようで、見ていた私の■■■も■■■してしまいそうになり、気付けば自主規制も■■■しかけていて…」

 

「……!!?」

 

「ストーーーップ!!」

 

 …ハナコちゃんって子の衝撃発言で思わず口から変な声が出そうになったが、耐えきれなかったコハルちゃんの代弁するような絶叫が、一際大きく車内に響き渡った。

 椅子を蹴りそうな勢いで前に出ると、ハナコちゃんの両腕をつかんでガクガクと揺さぶる。

 

「アウト!!それは完全にアウトォッ!!死刑ぇぇーー!!!」

 

 その声は車両全体に響き渡り、私の数席先にいた乗客がビクッと肩を跳ね上げる。

 ドア近くの掲示板が「次は……」と電子音を鳴らしてたけど、それすらBGMにしか聞こえなかった。

 それでも、ハナコちゃんは変わらず微笑んだままコハルちゃんを見たままだった。

 

「(なんか……4人とも、個性が強いなぁ…)」

 

 叫び声の余韻だけが、車内の天井に張り付いて残っており、私の乾いた笑い声もすぐに消えてなくなった。

 コハルちゃんが寝不足も相まってか、疲れて肩で息をしている。

 それを、ヒフミちゃんとアズサちゃんが困ったように、でもどこか楽しげに見つめていた。

 

「(………ん?)」

 

 …でも、その空気の中で、ハナコちゃんだけが…何も言わずに表情を変えないまま、じっと私の方へと視線を向けていた。

 

 ……まるで、最初から気づいていたように…

 

「……!!」

 

 その時、車体が急に揺れて電車が急ブレーキをかける。

 衝撃によって、色々と情報が錯綜していた頭からそれらが無理やり放り出されたような感覚になる。

 それと同時に、コハルちゃんの両手がハナコちゃんから滑り落ちて、体が大きくよろめいた。

 

「あっ…!」

 

 私は反射的に席から立ち上がって身を乗り出し、バランスを崩して近づいてきたコハルちゃんの腕を取って引き寄せた。

 

「うわわっ…!?はぁー……だ、大丈夫?」

 

 そして、倒れそうになった体を私の方へ引き寄せて、何とかふわりと落ちるようにコハルちゃんを膝の上に乗せれた。

 はぁー…今のは本当に危なかった……こういうことが時々あるから、電車って怖いんだよね…

 

「あ…ありがとうございま……ーー!!」

 

 よそよそしくなったコハルちゃんが、私の方を振り返って見てきたが、一気に表情が固まる。

 

「だ、大丈夫ですか…!?コハルちゃ…」

 

 心配して駆け寄ってきた3人の目も、次の瞬間にはまるで時間が止まったかのように開かれたまま動かなくなる。

 私の方を見て、それぞれの顔に同じ『戸惑い』が浮かんでいた

 

「えっ…!?」

 

「……あなたは…」

 

「…………」

 

 4人の視線が、私に突き刺さったまま固定されて動かない。

 さっきまでの空気が、まるで真空みたいに吸い取られていく。

 

 ……ああ、そっか。

 この子たちも、アイツと関わりのある生徒だからか?

 

 この事実が、ふいに心に落ちてきた。

 ほんの数分前まで、名前も知らなかった子たちが、今はまるで自分たちに焼き付いた過去を見つめ直しているようにこっちを見ている。

 

 知らず知らず、私も向けられた表情を見て心臓がひとつ脈打った。

 電車の音だけが、遠くから後ろに流れていたような気がした。

 

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