青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第二十四話〉『アリウススクワッド』

 

 緩やかな揺れの長い道の先、空の色がまた変わっていく。

 私は電車の窓の先の風景と、その先を少しだけ見つめていた。

 

 夜明け前の夢の名残のように、光が景色を淡く洗い流していく。

 それはまるで、世界の境目に指先が触れたようだった。

 

 ざわめきは次第に遠のき、青い風景が音もなく後ろへと溶けていく。

 段々と速度を落とし、静かな停車音だけが、まるで現実と幻想の境界をたしかに刻んでいた。

 

 進む道の左右には、手入れの行き届いた木立ち。

 風に揺れる葉が、まるで道案内のように光を跳ね返す。

 

 一枚一枚の葉脈が、時間の流れを優しく濾過しているように。

 まるで、長い夢の序章をなぞるように。

 

 ――そうして私は、トリニティに辿り着いた。

 

*******

 

「ここが、トリニティ……なんだ…」

 

 電車を降り、ヒフミちゃんたちに導かれるように歩いていくと、目の前に広がる風景が一変する。

 都市の喧騒が遠のいたかと思うと、目の前に広がるのはまるで別世界だった。

 

 その場所に足を踏み入れた瞬間、まるで空から淡い光が降り注いだように感じる。

 石畳の小道、柔らかな陽差しを反射する礼拝堂の尖塔。

 整然と並んだ街路樹が風にそよぎ、制服の生徒たちが談笑しながら行き交っている。

 白亜の建物が整然と並び、空気にはどこか神聖な気配すら漂っていた。

 

「(……『圧倒される』って、こういうことを言うのかも…)」

 

 広がる景観は、ひとつの『都市』そのものだった。

 だけどそれは、ただの都市ではない。

 窓に下げられた小さなステンドグラス、並んでいるベンチや噴水の縁に座って読書する生徒。

 噴水の水音は、静謐な都市の囁きのように響き渡る。

 

 そこかしこに、文化と秩序が丁寧に息づいているのが分かった。

 

 そして、この空気感は私の世界で例えるなら西洋の古都、もしくは大聖堂都市に近いかな…?

 それにしても、この完璧なまでの設計と演出……どこか、誰かの『理想』だけで造られたような…

 

 ガラスケースの中に閉じ込められた、繊細で壊れやすい、最高の美しさ。

 そう、祈りが結晶化したような景観だった。

 

 ーーまるで『箱庭』。

 

「(いや、これ……本当にすっごい…)」

 

 キヴォトスにおける三大学園のひとつ、『トリニティ総合学園』。

 

 プラナちゃんから聞いた話からのイメージでは、いわゆる『お嬢様学校』といったイメージが強かった。

 

 学園の敷地内には礼拝堂、古書館、音楽堂。

 至る建物がまるで宮殿のような佇まいをしている。

 その壁一つ一つが、遥か昔の物語を秘めているようだった。

 そのどれもが、絵画のような完璧さで景色の中に収まっている。

 

 この眺めを前にすれば、どんな前情報があったとしても『豪奢な学園』だと一目で分かる…

 

「では、改めまして…」

 

 本当に、現実味がないくらいだよ…

 

「ようこそ!『トリニティ総合学園』へ!」

 

 目を奪われていた私の方を振り返り、ヒフミちゃんが柔らかく笑った。

 けれど、その後ろに広がるトリニティの街並みと重なって、ヒフミちゃん自身までもが、なんだか神々しく見えてしまうよ…

 

「ほ、本当に来ちゃったんだ……なんだか夢みたいな場所だね…?こんな光景、見たことないよ…」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

「あまり気を張る必要はない。トリニティは他の学園と比べても、比較的治安の面では落ち着いた場所だ。きっと、あなたも安心できるはずだ。」

 

 流れている空気によって緊張がすごい私に向かって、アズサちゃんとコハルちゃんがそれぞれ視線や言葉を向けてくれる。

 

 こう言ってくれるのは、本当にありがたいよ…

 だけど、やっぱりどこか場違いなような感覚は拭えないよなぁ…

 

 まるで、誰かの夢の中に無断で踏み込んでしまったような、そんな感じ。

 足元の石畳が、自分の存在を異物として弾いているような錯覚に囚われる。

 この景観の中に、まだ自分が溶け込める気がしない…

 

「は、はは……そ、そうかな…?別の意味での緊張が抜けなくて…」

 

「ふふ、お姉さん。すごく周りを見てますね?」

 

「そうだねぇ…ちょっと浮いてないかな、って思ってるところかな…?ほら、私って弟の服を着てて、みんなみたいなお淑やかな服装じゃないし…」

 

「……!」

 

 私の視線は、この完璧な風景の中に自分の居場所を探すように彷徨う。

 白い制服と、私の今の服装との間には、目に見えない深い境界線があるように感じられた。

 

「先生の服装を……だから、私たちも見慣れた感じがしたんですね?」

 

「ですが、似合ってますよ?」

 

「そ、そうかな?」

 

 歩き出すのと同時、ハナコちゃんがにこりと笑う。

 その瞬間、張り詰めていた自分の輪郭が、ふわりと柔らかくなるのを感じる。

 向けられた眼差しには、この風景と同じくらい清澄な受容がある。

 

「ちなみにこちら、トリニティ名物『四色シフォン』を売っているカフェです。良ければあとで寄ってみませんか?」

 

 ハナコちゃんが指差した先には、柔らかなパステルカラーの看板。

 深い秩序のありそうな学園生活の中に、甘く可愛らしい一瞬が切り取られているようだった。

 

「四色……それってまさか、トリニティの生徒会の色分けだったり?」

 

「そ、そうです!鋭いですね…しかも、それぞれ味が違うんです!」

 

 ヒフミちゃんの声が弾む。

 この学園の厳格さの裏に、少女たち特有の楽しみが息づいていることを知り、緊張がさらに和らいだ気がした。

 

「へぇ……なんか、かわいいお菓子にもちゃんと派閥文化が浸透してるのね?興味出てきたかも。」

 

 ヒフミちゃんとコハルちゃんが簡単な案内をしてくれながら、私は自然と歩調を合わせて街を眺めていた。

 白亜の建物の隙間から、太陽の光が優しく差し込み、石畳を明るい縞模様に染めている。

 その光の中を、まるで日常という名の夢の中を歩くかのように進んだ。

 

「でも、こうやって歩いてみると、なんていうか弟がここを歩いていたってことが、あまり想像できないんだよね…?」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

「うん……はは、ちょっと失礼だけど…私の知る弟は、こういった煌びやかな風景があまり似合わないからね?」

 

 コハルちゃんにそう返すと、再び自然と目線は周りの風景に向けられた。

 視線を上げた先、校舎の白亜の壁にアイツの影を重ねようとしてみるが、どうにも景色と馴染まない。

 まるで、油絵の中に鉛筆画を無理に描き込んでいるような違和感だった。

 

「………」

 

 ぽつりと、そう呟いてしまったのは、自分でも意外だった。

 

 まぁ、でもアイツのことだ。

 

 それでも、ここでたしかに先生として過ごしていたはずなのに、こんなにも遠い世界に見えるのは、なんでだろうね?

 

「…だが、先生も同じように思っていたのかも知れない。2人は血の繋がった『家族』として、似ている部分が多いからな?」

 

 ふと、アズサちゃんが小さくそう言った。

 その言葉に私は顔を向けたが、アズサちゃんは特に何かを深く語る様子もなく、空を見上げていた。

 静かな瞳が捉える空は、私の世界と同じような分厚い青だった。

 

「はは、そっかぁー…」

 

 確かにアイツも、最初は違和感だらけだったのかもしれない。

 だけど、ここにアイツなりの生き方を見つけて、そしてこの子たちと出会ったんだ。

 

 ……私も、もう少しだけ、ここを歩いてみよう。

 

「そういえば、お姉さんは今日、どなたかと待ち合わせですか?もし案内の方がいないなら、私たちと一緒に回るのも楽しいと思いますよ。」

 

 ハナコちゃんの声は変わらず穏やかで、しかし確かな明るい誘いを含んでいた。

 確かにこの子たちの導きは、この広大すぎる箱庭の地図のように思えた。

 

 私は思わず返事をしかけたけど、先客がいるんだよね…

 

「あー……それについてなんだけどね…」

 

 本当はぜひともそうしたいけれど、すでにティーパーティーに連絡を入れてあることを伝えようとした。

 

 まさにそのとき――

 

「…っ!あれは…」

 

 前を歩いていたアズサちゃんの声と共に、微かに何かが軋む音がした気がした。

 遠くの時計塔の尖塔の上、風見鶏がゆっくりと回転する。

 風見鶏の動きが、穏やかな学園の日常が破られる予兆のように、緩やかに、そして不吉に感じられた。

 木々がざわめきを止め、まるで世界が一瞬だけ呼吸を止めたように感じた。

 

 アズサちゃんから放たれている空気が……重い。

 

「………あっ…」

 

 何気なく視線を上げたその先に、不自然に立ち止まる複数人の黒い影。

 影は、石畳に落ちたステンドグラスの光を不気味に遮断していた。

 見た限りだと、あれはトリニティの制服ではない。

 装備された武装、顔を隠すヘルメット。

 

 そして、手にしているのは…

 

 ――銃だ。

 

「伏せてッ!!」

 

 次の瞬間、空気がガラスのように砕けた。

 

 アズサちゃんの叫びとほぼ同時、すぐ近くの空気が裂ける。

 何かが私の頭のすぐ近くを通過して、背後の建物から何かを弾くような音が響く。

 全身から血の気が引く感覚…それに、あの姿をした子たちを私は昨日みたばかりだった。

 

「(あ、あれって……ヘルメット団…!?)」

 

 その内の1人から投擲された爆弾により、辺りに乾いた破裂音が耳をつんざく。

 爆発の衝撃波が街路樹の葉を激しく震わせ、一瞬で空気は硝煙の匂いに変わる。

 数メートル先の石畳が鋭く抉れ、破片が鋭い雨のように飛び散った。

 悲鳴が上がり、街角の方角から何発もの銃声が連続して響く。

 

 その場にいた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 あんなに穏やかだった景色が、文字通り一瞬で瓦解した。

 

「こっち…!」

 

「うわぁっ…!?」

 

 思わずしゃがみ込んだ私の腕を、誰かが強く引っ張った…アズサちゃんだ。

 

「こちらへ!早く遮蔽物の陰に!」

 

「お、お姉さん!こっちです!」

 

 ヒフミちゃんとハナコちゃんも、即座に動いている。

 訓練され、この日常に慣れている者の動きだった。

 

 コハルちゃんが現れたヘルメット団に向かって何か投げていたが、それが何なのか分からない。

 私はアズサちゃんに手を引かれる形で、ハナコちゃんたちと共に建物の柱の影へ飛び込んでいった。

 

「だ、大丈夫ですか、お姉さん…!?」

 

「う、うん…!な、なんとか…!」

 

「……すまない、さっきは軽く言い過ぎた。」

 

「たしかに治安は他校と比べて悪くないが……今もこんな不良生徒によるトリニティの生徒を狙った襲撃が、たまに起きてしまうんだ。」

 

「(ふ、不良生徒って言葉で収めていいのかな、これ…!?)や、やっぱり煌びやかな学校でも、それはかなり厄介な問題なんだね…!?」

 

 と、とりあえず最初に銃撃に巻き込まれた時と比べて、すぐ動くことができた自分には合格点だ……よくやったぞ、私ぃ…

 

「(で、でもこれは…)」

 

 だけど……やっぱり状況は悪い。

 目の前で展開されているのは、映画やゲームの中の出来事ではなく、肌を刺すような生々しい現実だった。

 

 昨日のこともあってか、手が無意識に震えている。

 すぐ近くでは、まだ銃声は続いていて、風が運んでくる焦げた匂いが、現実味を強く突きつけてきた。

 

「ど、どうするの…!?私たちだけならまだしも、ここには先生のお姉さんがいるのよ…!?」

 

「……たしかに迂闊には動けません。お姉さんは先生と同じで、銃弾1発でもそれが致命者に繋がってしまうはずです…」

 

「(うっ……ほんとに申し訳ない…!)」

 

 思わず、自分の運の悪さに文句を言いたくなる。

 そして、この世界の日常に自分が根本的に適合していないことを痛感させられた。

 

 ここまで、不幸体質じゃなかったはずなんだけどなぁ、私…!

 

「は、はぁ〜……もう、これで二度目だよ…?銃撃に巻き込まれるのは…」

 

 こんな状況なのに、口をついて出るのは自嘲と軽口だった。

 そうでもしないと、心が持たない気がする。

 

「えっ…!?すでに一度、巻き込まれてるんですか…!?」

 

「う、うん…」

 

 ヒフミちゃんも驚いてくれてるけど、『観光運が無さすぎじゃない?』って、思わず自分に文句を言いたくなってくるよ…

 しかも、私がいることでこの子たちも動きが制限されている…

 

「………」

 

 ……どうしよう…

 

 周囲を見渡せば、いくつかの路地が視界の端に入り込んできているけれど……動くには、迂闊でまだ早いか…

 

 いや、まず前提として下手に動くとそれこそ迷惑に…

 

「……私があれを止める。」

 

「えっ……ーー!」

 

 その時、アズサちゃんが私にスカルマンのぬいぐるみを預け、代わりに背負っていた銃火器を持ち直した。

 その目からは、人形を愛でていた少女の面影が消え、軍人のような鋭さと迫力がある。

 

 スカルマンの柔らかいぬいぐるみが手に残る。

 直前まで抱えていた可愛らしいおもちゃと、今構えた本物の武器とのコントラストが胸を締め付けた。

 

「3人はお姉さんをよろしく頼む。先生のお姉さんには、この子のことをお願いしたい。」  

 

「アズサちゃん…」

 

「……分かりました。」

 

「わ、分かったわ…!」

 

 ヒフミちゃんたちはその提案にすぐに納得したようだけど、数には明らかな差がある。

 でも、アズサちゃんを止める言葉は、誰の口からも出てこなかった。

 

「あ、アズサちゃん…!?本当に1人であの人数を…」

 

「……問題ない。」

 

 その理由は、アズサちゃんの言葉を聞いてすぐに理解できた。

 

 そう……決意が、その場の論理を上回っているのを知っているからだ。

 

 私の方を振り返って見たアズサちゃんの表情は凛としていて、「大丈夫だ」と強く訴えている。

 

「…それに、すぐにこの騒ぎを聞きつけて『正義実現委員会』がくるはずだ。」

 

 不意に風が止んだ。

 それは、嵐の前の息を飲むような静けさ。

 石畳の広場を挟んだ反対側、礼拝堂の影にヘルメット団が陣取っている状況。

 

「…それまでこっちには、誰も近づけさせないようにする。」

 

 その中間、街路樹が立ち並ぶ道を、アズサちゃんは独りで駆け抜けいった。

 細い体が一瞬で広場の奥へと消えていく。

 その残像は戦場へと向かう天使のようだった。

 

 そして次の瞬間、銃声が空気を裂いた。

 

「ぐはっ…!?」

 

「だ、誰だ…!」

 

 アズサちゃんの射撃は、何の躊躇もなく最前列のヘルメット団の装甲を撃ち抜いた。

 その一発目はただの攻撃ではなく、戦闘への強い意志の表明。

 

 爆ぜるような金属音と倒れた一人の影。

 隙を突いて、他のヘルメットの子たちも散開する。

 

「……っ!」

 

「クソッ!また来たのかよ、あの女…!」

 

 ヘルメット団の反撃はすぐに始まった。

 遮蔽物の後方から一斉に放たれる弾幕。

 けれどアズサちゃんは一歩も引かず、その細い体を軸にわずかな角度で身を翻し、避ける。

 まるで弾道を見切っているかのような回避だった。

 

「……すっご…」

 

 アズサちゃんの動きは無駄はなく、無意識のうちに感嘆の声が出た。

 一連の動作は、訓練された兵士のそれであり、つい先ほどまでモモフレンズのぬいぐるみを愛でていた少女の面影は微塵もなかった。

 

 ヘルメット団の足元を滑るように移動しながら、腰を低く落とし、次の瞬間には再び銃声。

 パァンッと乾いた音と共に、鋭い弾丸が放たれた。

 ほんの一拍後、ヘルメット団の一人が手を振り払われたように銃を落とし、甲高い金属音が空へ舞う。

 

 その一瞬の間には、さらにアズサちゃんは一気に距離を詰めていた。

 

「くっ…!?」

 

「そっちが数で来るなら、最初から撃たせないぞ?」

 

 呟いたアズサちゃんの声が、まるで音すら貫くように響く。

 ヘルメット団の握られていた銃を蹴りで弾き、流れるように至近距離での連射。

 反撃に転じたヘルメット団の動きが、一人、また一人と沈黙していく。

 ヒフミちゃんたちも私に目線を送りながら援護を行っているけど、やっぱりあっちの数が多い…

 

「な…めるなよ…!!」

 

 ヘルメット団も、このまま黙ってやられるわけではなかった。

 陣形を変えて、各方向から挟み込むように包囲し始めていた。

 さらに遮蔽物からの射撃だけでなく、スモークや陽動を仕掛けていた。

 

「うっ…!?」

 

 ドンッという破裂音と共に、視界が真白に塗り潰されて、一瞬音すら聞こえなくなる。

 周囲の景色が切り取られ、ただ光と圧だけが襲ってきた。

 

「……っ!」

 

 私の視界も白に染まり、何とか薄目で開いて、見えるようになった視界の先。

 私たちと同じように動けずにいるアズサちゃんと、そこへ迫る背後からの接近者…

 

「アズサちゃん、後ろ…!!」

 

「……!!」

 

「なっ…!?」

 

 私の声に反応して、アズサちゃんは転ぶように倒れ込み、地面を滑って回避しながら手榴弾を投げ返す。

 直後、爆発音と共に巻き上がる砂塵。

 

「はあ、はあ…」

 

 再び視界が晴れると、アズサちゃんは壁に背をつけ、銃口を真っ直ぐ前に向けていた。

 呼吸がさっきよりも上がっていき、額には汗が浮かんでいる。

 けれど、その視線だけは一点を見据えたまま、まるで痛みなど存在しないかのようだった。

 

「……行かせない…ここだけは、絶対に通さない…」

 

 アズサちゃんの引き金に再び力が込められ、銃口が閃光を放つ。

 火花が交錯し、銃撃が、煙が、怒号が交差する中でも、アズサちゃんはのまるでただ一つの感情に従って動いているみたいだった。

 

「ここには、先生の大切な家族がいるんだ…!!」

 

「(……!!)アズサ、ちゃん…」

 

 砕かれた地面の上を駆けて、背中の羽を広げて動く姿は本物の天使のようだった。

 だけどその天使は弾丸を運び、誇り高く戦う戦士。

 

 でも、時間の経過と共に銃撃の音が少しずつ間隔を空け始めた。  

 すでに始まってから数分以上が経っており、空気は焦げた薬莢の匂いに満ち、誰もがじりじりとした時間の中にいる。

 

 アズサちゃんの体は私から見ても重そうで、呼吸はさらに浅く、汗が首筋を伝って落ちる。

 少しも気を抜くことができない、そんな時間が流れる。

 

「クッソ……これでも、くらいな!」

 

「……っ!しまっ…」

 

 刹那、瓦礫の山の中から飛び出して来たヘルメット団の1人が爆弾を投擲した。

 それは、反応が遅れたアズサちゃんのすぐ近くで転がる。

 

「……!?」

 

 だけど、爆発よりも早く、白い影がアズサちゃんの体を持ち上げて爆発から逃れた。

 

「なっ……ぐはっ!?」

 

「あつっ、あっつっ…!?」

 

 それに続くように、轟音と共に爆弾を投げたヘルメット団の1人が激しく、何かに弾かれたように宙に打ち上がってふき飛ばされた。

 さらにそれに続いて、空から雨のように何かが降り注ぎ、まだ残っていたヘルメット団のいる範囲が激しく燃え広がる。

 

「遅れてすまない…よく耐えてくれた、アズサ。」

 

「(……!)…『サオリ』…?」

 

「よく、1人で頑張ってくれたね……少し、休んでて。」

 

「『アツコ』…!」

 

 アズサちゃんの方を見ると、白い上品な白の制服に身を包んだ黒髪に青のインナーカラーをした背の高い子と、フードを深く被り、同じような服装の紫色の子がいた。

 そして、紫色の髪の少女がアズサちゃんに向けて神秘的な光を放っている何かを向けると、アズサちゃんの顔色が良くなっていく。

 

「……えっ?あの子たち…」

 

 私はあの2人に見覚えがあった。

 そうだ……ナギサちゃんたちとの会話の中で一瞬だけ映っていた子にそっくりだ。

 そして、そんな3人にさらに近づいていく2人の子たちがいた。

 

「えへへ……辛いですね…?せっかくのお菓子の時間を、こうして献上することになるなんて…」

 

 1人は緑の長髪を一つに結び、片目を隠している少女。

 その背中には、背丈ほどの見たこともないほど大きな銃火器を背負っている。

 まるで口調とは裏腹に自身の存在を証明しているかのように、威圧感を放っていた。

 そしてさらにもう1人、背中に巨大なランチャーを背負い、眉間を寄せていた少女が口を開く。

 

「全く、最近は大人しくしてると思ったのに……また派手にやってくれたね?」

 

 面倒くさそうな口調でそう言ったのは、肩まで伸びた黒髪に沢山のピアスを両耳につけた暗い瞳をした少女だった。

 

「『ヒヨリ』、『ミサキ』…」

 

「(……知り合い、なのかな…)」

 

 4人とも、あの様子からアズサちゃんと面識のあるような子たちだ。

 そんな困惑している私に、ハナコちゃんがそっと近づいて声をかけてくれた。

 

「…あの方々は、現在のティーパーティーの分派の一つ『アリウス』に属している方たちです。」

 

「ティ、ティーパーティーの…!?」

 

 『ティーパーティー』。

 トリニティの生徒会で、私がここへ来た目的でもある。

 そして、目の前にはその内の一つであるアリウスの子たちが…

 

「アズサちゃんは、元々はあの4人と一緒に過ごしていました。…ですので、お互いに面識があるんです。」

 

「……!」

 

 その言葉が示すのは、過去の絆。

 私も、戦闘の中で再会した時に間で流れていた会話の意味を理解できた。

 

「は、はい……アズサの、『家族』のような人たちです…」

 

「そう、なんだ…」

 

 ハナコちゃんに続いて、ヒフミちゃんとコハルちゃんも言葉を続けてくれた。

 まるで遠い過去の記憶を呼び起こすように私に対して響く。

 

 『アリウス』。

 そして、あの子たちがアズサちゃんの…

 

「…先生のお姉さんを迎えに来ただけなのに、まさかこうして騒動に巻き込まれているなんてね?」

 

「ど、どうしましょうかね?このまま暴れられるのも困りますので、正義実現委員会の人たちが来るまでに、私たちが…」

 

 ミサキちゃんの声は皮肉めいているけど、その瞳の奥には事態の深刻さが映っているように見える。

 続けてヒヨリちゃんが慌てたように周囲を見渡した。

 視線は街並みと、石畳に広がりつつある戦火との間で揺れていた。

 

「…そうだな。周囲の安全な確保、そして平穏を脅かすことになるのなら、私たちがやることは一つだ。」

 

「そうだね、サッちゃん。」

 

 サオリちゃんの言葉には、迷いがなかった。

 それは論理や義務ではなく、過去から引き継いだ明確な『役割』を果たすための声。

 アツコちゃんもそれに同意するように、静かに頷いた。

 

「ま、待ってくれ…!」

 

 現れた4人を見て動けずにいるヘルメット団に向かって行こうとした4人を、アズサちゃんは呼び止めた。

 その目は色褪せないような、覚悟の色が馴染んでいる。

 

「私は、まだ動ける。」

 

「……本当?私たちが来るまでにあんな数を相手してたのに、無理して言ってない?」

 

 ミサキちゃんの問いにアズサちゃんは言葉を返さない。

 でも、その全身から放たれる気迫が、言葉以上の強い意志を伝えていた。

 そして、その目を見れば何を言いたいのかは明白だった。

 

「…分かった。久々の5人で動くことになるが…ついて来れるよな、アズサ?」

 

「……ああ。」

 

 サオリちゃんの確認に対して、アズサちゃんの返事は短い。

 でも、それには確かな決意に満ちていた。

 

「…ふふ、なんだか嬉しそうだね、サッちゃん?」

 

「えへへ……さ、最近は、本当に平和でしたからね……わ、私もついていけるか心配ですね…?」

 

「はぁ…」

 

 2人のやり取りを見ていた3人の表情はまさに三者三様。

 静かに微笑んだり、不安がっていたり、少しうんざりしていたり…

 

 でも、向けている視線から感じられる感情は、同じに見えた。

 

「(これが、アリウス…)」

 

 アズサちゃんは再び立ち上がって、4人と一緒に並んだ。

 

 私から見ても統率の取れたフォーメーションであり、長い時間を超えた、見えない連帯の糸が張り巡らされてみえる。

 それを見たサオリちゃん一度頬を緩めると、制服の内側からマスクを取り出してそれを装着する。

 

「……これより、トリニティ総合学園『アリウス派』…」

 

 すると一瞬の柔らかな表情は、すぐに鋼鉄のような無機質さに覆い隠された。

 マスクが顔を覆った瞬間、『部隊のリーダー』へと完全に変貌する。

 

「…もとい、『アリウススクワッド』。」

 

 同時に全員の目の色が鋭く、まるで精鋭の部隊のように一気に変化した。

 五人の少女から放たれる圧倒的な気迫が、周囲の空気を振動させる。

 

「ヒッ…!?」

 

 その様子を見て、ヘルメット団の子たちも気圧される。

 数では勝っているはずが、そのざわめきは恐怖の呻きへとすぐに変わった。

 

 かくうえ、私も思わず息を止めてしまいそうだった…

 

「ーー任務を開始する。」

 

 そうして、サオリちゃんの静かな宣告は銃声よりも重く響いた。

 

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