ただ、静かだった。
5人から放たれていた圧倒的な威圧感が、空気を研ぎ澄まされた刃のように凍りついていた。
トリニティの白亜の街並みは、さながら神殿のように荘厳で、その静寂は不気味なほどに完璧。
対峙するヘルメット団の誰一人として、引き金を引くことすらできない。
そしてそれは、この光景を見ている私たちも同じ。
息を飲む音すら罪になるかのように、世界は呼吸を止めていた。
「ミサキ、右手の遮蔽物を制圧。ヒヨリは後方から援護火力……アツコは私とアズサの援護を。」
凛とした言葉が聞こえてきた次の瞬間、トリニティの白い街並みに、サオリちゃんが走り出し、続いて白と紫の影が走る。
まるで長く張られた弓の弦が解放されたかのように、動きは一気に爆発した。
駆け出した3人を見たミサキちゃんとヒヨリちゃんも、それぞれ向けられた指示によって動き始める。
本当に5人で一つの軍隊みたいで、目を奪われて見入ってしまう。
戦場の中心で、重力すら無視しているかのように軽やかに舞った。
「了解。」
「りょ、了解です…!」
こうしてサオリちゃんの冷静な一声で、まるで止まっていた時間が再び動き出す。
硬直していた空気の層が、一瞬で砕け散る。
戦場の呼吸が、鉄砲水のように一気に大きく変わった。
言葉には風のような速さと、重みのある決意をまとっている。
「……こうなったなら、さっさと終わらせるよ。」
ミサキちゃんは静かに右手を滑るように駆け、両腕で担いだランチャーから閃光と轟音を撒く。
重厚なランチャーが放つ火炎は、白昼の空気にすら緋色の傷をつけた。
地面を踏みしめるたび、石畳の床が微かに鳴り響く。
重火器とは思えない取り回しで、周囲のヘルメット団をけん制しながら立て籠もっていた数人を殲滅していった。
「…そこ、隠れてても無駄だよ。」
「……!?」
「(う、うわっ…!すごい威力…!)」
鋭い視線の先、火花を散らす一撃が遮蔽物ごとまとめて撃ち砕く。
コンクリートの破片が、悲鳴を上げて四散する。
まるで、壊すことに慣れたような手際の良さだった。
爆音と共に生じた衝撃によって遮蔽物が吹き飛び、数人の悲鳴が上がる。
だけど、それに乗じてヘルメット団の子たちは、身を隠しながら接近してきていた。
「……ったく、またこのパターン?」
ミサキちゃんは舌打ち混じりの声とは裏腹に、動きはまるで機械のように正確だった。
視線は無駄な感情を一切排除し、ただ照準器として機能しているように見える。
遮蔽物を一つ一つ潰しながら、躊躇なくヘルメット団の懐へと踏み込む。
そして、ミサキちゃんをカバーするように、火薬混じりの砂煙の隙間から、先陣を切った3人の方角から射撃が挟み込まれた。
援護の弾道は、獲物を追い詰める牙のようにミサキちゃんの周囲を縫い合わせる。
「ほんとっ……あの2人は変わらないね…!」
私も銃撃が向かってきた方向へ目を向けると、アズサちゃんとサオリちゃんが前に向かいながら2人とも銃口を向けていた。
ミサキちゃんはそれを見て、どこか呆れつつも懐かしむような、そんな表情をしている。
それは長い時間を共にした者だけが持てる、言葉のない絆の証。
そう呟くミサキちゃんの目には迷いも焦りもなく、ただ当たり前のような信頼があるように見えた。
「……っ!?」
ミサキちゃんに視線を向けていた私に対して、鼓膜を震わせるような轟音が鳴り響いて、体を一度小さく跳ね上げた。
音のした方向を見ると、ヒヨリちゃんが高台のような崩れかけの建物に腰を落とし、無言で巨大なライフルを構えていた。
その瞳は、まるで戦場の温度すら測っているかのように冷静そのもの。
「ぐふっ…!?」
そして、重い砲身の先から吐き出された弾丸は、ヘルメット団の動きの『先』を見事に正確に貫いた。
銃弾は、運命の軌道を描く流星のように目標へ吸い込まれた。
「(う、うわっ……遠くまで吹き飛んだ…)」
……この子たちは直接体とかを撃たれても大事にはならないことは、把握してるけど…
流石に、あんなも大きな銃からの攻撃を、身一つで受けるのは大丈夫なのっては思っちゃうよ…?
「えへへ……では、このまま後ろから失礼しますねー…」
私の心配をよそに、ヒヨリちゃんはそういうと、さらに別の方向に背負っていた巨大な対物ライフルを構える。
その次の瞬間には、さらに熱を帯びた空気を切り裂く弾丸が放たれた。
放たれた弾丸の熱波が、観戦している私たちの肌を撫でる。
淡々とスコープを覗き込んで、引き金を引くことを繰り返す。
そして辺りに轟音を響かせて飛んでいった弾丸は、次々とヘルメット団の子たちの体が弾かれた。
それはまるで逃げ惑う敵影を、正確かつ確実に『追い込むように』。
「で、できるだけ動かないでいてもらえれば……特に痛みを感じることなく、気を失うだけで済みますからね…」
「(こ、怖いこと言ってる…!)で、でも……あの子もすごい…」
囁くような声の裏には私でも分かるくらい、ヒヨリちゃんからも何百という訓練の記憶が動きに滲んでいるように見える。
それを表すように、弾丸が放たれるたびに空気が熱を孕んで金属音が空に舞った。
その口調に反して射撃の正確さは熟練の狙撃手そのもの……本当に、ギャップがすごいね…?
「アズサ。まだ完全に顔色は戻ってないから無理はしないでね?」
「…問題ない。だが、アツコも…」
ミサキちゃんとヒヨリちゃんの2人が掻き乱したことで、ヘルメット団の陣形も大きく崩れた。
アツコちゃんはアズサちゃんに並走しながら、周囲に展開する胸元から紫色の光を発している。
その光は戦場を覆う硝煙の中で、一筋の清らかな泉のように見えた。
そして、その光がアズサちゃんに触れるたび、息が軽くなっていっていく。
「……大丈夫。あの頃と違ってもう守られるだけじゃない。私も、ちゃんとみんなと前に立って戦うよ。」
「…ああ!」
その言葉によって、アズサちゃんの瞳が静かに見開かれる。
そして、多くのヘルメット団が一箇所に集まりかけている場所に向けて、2人の先を駆けているサオリちゃんが、正面から向かっていった。
「く、来るっ…!」
「クソッ…ぜ、全員で迎え撃つぞ…!!」
「……このラインは、絶対に越えさせない。」
その言葉と共に、サオリちゃんの身体が一瞬だけ前傾し、構えた銃口から青い閃光が放たれる。
それは決意そのものが形になった光の矢だった。
銃声が響いた瞬間、空間が裂けて耳がつんざくように感じられた。
一撃一撃が、点ではなく面としてヘルメット団にを薙ぎ払っていく。
その動きは、まるでアズサちゃんと瓜二つに見えるくらいにそっくりだった。
二つの影は鏡に映したように呼応し、一つの完成された戦術を織り成している。
「アツコはこのまま後方からカバー。…アズサは、私とこのまま押し込むぞ!」
「了解、サッちゃん。」
「ああっ!」
アズサちゃんは軽快に地面を駆けながら銃を再装填し、弾倉を叩いて構え直す。
動作には一切の迷いがなく、ただ前進あるのみという意志が込められていた。
サオリちゃんの並んで向かっていくその表情には、どこか嬉しさが滲んでいるようだった。
そして、アズサちゃんとサオリちゃんはそのまままだ多くが残っているヘルメット団の集まりに突っ込んでいったけど…
「(ここまで、圧倒するんだ…)」
あの2人のコンビネーションは凄まじいものだった。
互いに言葉を交わさずとも、背を向けていてもその動きはまるで最適解をなぞっているように見える。
そう思えるくらい、2人の動きは早く息が合って正確だった。
そして――
「……ヘルメット団、全数戦闘不能を確認。…掃討完了だ。」
サオリちゃんの言葉が響いた瞬間、戦場に再び静けさが戻った。
まるで嵐が過ぎ去った後の海辺のように、すべてが一瞬で鎮まる。
白煙の中に、戦火の音だけが消えていく。
でも、その奥に立つ5つの影は、確かにそこに存在していた。
「久々に5人で動けたね。楽しい時間だったよ?」
「でも今ので、随分と色々壊しちゃったけどね……まっ、ヘルメット団の抵抗が想定よりも大きかったっていえば、丸く治るか。」
アツコちゃんの笑顔に、ミサキちゃんは周りの様子を見ながらそう答えた。
視線は、周囲の街路に刻まれた生々しい戦いの傷跡を静かに確認している。
そして、ヒヨリちゃんはその言葉を受けて表情を暗くしながら慌てて言葉を口にした。
「わ、私たちのおやつ代から、引かれなければ良いんですけど……だ、大丈夫ですよね…?!そんな酷い結果になりませんよね…!?」
「……それは私たちの方で、上手くやっておく…」
「ふふ、安心して任せてほしいかな?こういう時のための、『ティーパーティー』なんだからね。」
「…アツコの権力の使い方も、上手くなってきてるようで何よりだね?」
慌てているヒヨリちゃんをサオリちゃんが宥める形になった。
5人の前にいるのは、戦闘不能になって倒れているヘルメット団だけであり、もう戦えるような子は誰もいない。
街路には戦いの痕が残っているけど、無関係な人々の被害は最小限に留められていた。
「(あ、あんな人数がいたのに……本当に5人だけで…)」
私が言葉を失っている間にも白煙が薄れ、遠くから黒い制服を来た子たちがやってくる。
それは後処理のための現実に引き戻すような足音だった。
そして、騒動が過ぎ去った街の静寂の中で、誰からともなく一歩、また一歩と足音が響き出していく。
それを見る5人の表情はどこか晴れやかで、じっと眺めていた。
「………」
その中で、アズサちゃんはゆっくりと銃を背に収め、4人の姿を見渡した。
まるで、目の前の4人が現実のものかを確かめるように、一つ一つの存在を瞳に刻み込んでいる。
サオリちゃんは前を見据えたまま無言で呼吸を整え、アツコちゃんは静かに自分の胸元に手を当てていた。
ミサキちゃんは破片を払いつつ、「やれやれ」と呟き、ヒヨリちゃんはまだ余韻を引きずるように、ライフルの抱えてキョロキョロと周りに目を向けている。
…アズサちゃんはその一人一人の姿を、丁寧に確かめるように見つめ、そして、そっと言葉をこぼした。
「……みんな、ありがとう…ここに来てくれて、本当に助かった。」
「……アズサ?」
その声は小さく、けれどはっきりと届いた。
4人がその言葉を聞いて揃ってアズサちゃんの方に視線を向ける。
静寂の中で交わされた一言は、みんなの心の深層に触れているみたいだった。
「正直、押し込まれるかもしれないと思っていた。だが…」
アズサちゃんの視線が自然と、アツコちゃんに向かう。
「アツコは、そんな私を支えてくれて…」
次に、ミサキちゃんへ。
「ミサキは、無茶な前進を支援で守ってくれて…」
続けて、ヒヨリちゃんへ。
「ヒヨリは遠方から、正確に敵影を削って……これらがなければ、今も私は無事に立っていられたのか、分からない。」
そして最後に、マスクを取ったサオリちゃんをまっすぐ見つめた。
「…サオリも、私と一緒に戦ってくれて感謝する。この4人がいてくれたから最後まで意思を絶やさずに、私も戸惑うことなく向かうことができた。」
その言葉に、サオリちゃんは一瞬だけ目を伏せて、静かに頷いた。
少し間を置いてから、アズサちゃんは照れくさそうに視線を逸らしながら、ぽつりと付け加える。
「こんなことを面と向かって言うの、ちょっと慣れてないけど……でも、どうしても言いたかった…」
これを聞いたミサキちゃんが、軽く口元を歪めて肩をすくめる。
「…どうしたの、急に?アズサがこんなこと言うなんて、らしくないじゃない?ねえ、リーダー。」
「そ、それは…」
アズサちゃんがその言葉に返答を困らせていると、ミサキちゃんは小さく笑いながらサオリちゃんに目配せした。
「…そうだな。だが、そこまで私たちが深入りする必要はないんじゃないか?」
「えへへ……で、でもなんだか、真っ直ぐ改めてそう言われると、照れてしまいますね…?」
「…まあね。でも、アズサがこうして素直にお礼言ってくれるなんて、かなりのレアケースだからさ?」
「ふふ、たしかに今のは映像で取って保存しておきたいくらいかも。」
「ア、アツコ…」
アツコちゃんのからかい半分の声にも、アズサちゃんはもう何も言わず、ただわずかに口元を緩める。
それは、ほんのかすかな笑みだった……けれど、5人の関係性がまた一つ、確かになったことを証明するには、十分なものに見える。
……血は繋がっていなくても、本当に『家族』としての深い繋がりがあるように、絆というものはこんなにも強くなるんだ…
この5人を見ていると、弟が築こうとしていた世界の一端に、私も触れられている気がする。
「……そろそろ、私たちも出よっか?」
でも、だからこそ……私は少しだけ、寂しくもあった。
「は、はい…」
「…そうですね。」
アズサちゃんの感謝の言葉が余韻を残しながら、静かに場に溶けていったころ。
私たちも建物の影から身を出して5人の方へ歩き出した。
一歩踏み出すたびに、石畳の残響がこの場の厳粛さを伝える。
「ア、アズサちゃんっ!」
そして、一足先に駆け寄っていったのは、ペロロ様グッズを置いていったヒフミちゃんだった。
すぐ後ろをコハルも早足でついていき、私とハナコちゃんもそれに続いていく。
聞こえてきた声にアズサちゃんが気付き、反射的にそちらを向いたときには、もうヒフミちゃんが飛び込む勢いで抱きついていた。
「よ、よかった…!ほんとに、無事でよかったです…!」
「ヒ、ヒフミ…」
その腕に包まれながら、アズサちゃんは小さく息を吐いた。
ぎゅっと服を握る手の強さに、心の底から心配していたのだと気づく。
命綱を掴むようなその手の力は、友情の深さを物語っていた。
「す、すまない……心配をかけてしまったな…」
「い、いえ…!でも、何もないようで安心しました…」
そんな様子を見て、少し後ろにいたコハルちゃんも、少しおどおどしながらもホッと息を吐く。
ハナコちゃんは私の隣から安堵とともに複雑な表情で呟いた。
「……本当に、無理して倒れてるんじゃないかって思ったわよ…心配したんだから…」
「コハル……す、すまない…」
私は、少しだけ遅れてアズサちゃんに近づいていく。
腕の中にはスカルマンのぬいぐるみ。
言われた通り、しっかりと落とさず抱えたままだ。
戦闘の終わったばかりの場所に、言葉を探しながらただ一歩ずつ。
私の足取りは、この場面に見合う言葉を探すように慎重だった。
目の前で交わされる言葉の一つ一つが、アズサちゃんを支え、守ってきたのだと思うと…
「(私は……)」
やっぱり、私はただの『先生の姉』なんだな、と少しだけ思った。
この世界を外側から見ていた観測者であり、みんなが積み上げてきたその絆には決して立ち入れない。
「……アズサちゃん。」
それでも、伝えたいことがある。
「……!お姉さん…」
「「……!!」」
声をかけると、サオリちゃんたちの視線が私に向けられた。
やっぱり、と言うべきか……少し驚かれちゃってるね…
「(こ、この人が…!?)」
「(へぇ……先生のお姉さんなんだ。)」
「(…本当に、そっくりだね?)」
私に目を向けたアズサちゃんの表情は、銃撃戦前のように穏やかだった。
その瞳の奥には深い安堵と、言いようのない想いが滲んでいるように見える。
「…ありがとうね、アズサちゃん。あなたは本当に強いんだね?」
「……いや。私1人ではどうなっていたのか、分からない…」
「…ううん。あなたの強さは、ただ戦えるって意味だけじゃなく、誰かのために迷わずに動けるような……そんな強さなんだと思ったんだ?それに、私も助けられた…」
「………」
じっと私の目を見つめながらアズサちゃんは、そう言葉を溢した。
「あの時、アズサちゃんが動いてくれたおかげで、私たちには被害が無かったからね?だからとても強くて、頼もしくと見えた…」
私はそう言いながら、抱えていたスカルマンのぬいぐるみをアズサちゃんへ差し出す。
戦闘の間も大切に抱えていたそのぬいぐるみは、私たちが守られた証のようだった。
「私たちを守ってくれて……本当に、ありがとう。」
「…ああ。」
それを受け取ったアズサちゃんは、表情を綻ばせて笑う。
その笑みは、激しい戦いの後に差し込む、優しい陽光のようだった。