青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第二十七話〉告解

 

 トリニティの石畳は白く、歩けばカツカツと乾いた音が控えめに響く。

 建物の陰から差し込む正午が近づく陽射しが、私たちの前に長い影を落としていた。

 

「……ここから、あと少しでトリニティの中心へと入る…そのためお姉さんは、私たちから離れないでしてほしい。」

 

「う、うん…」

 

 言葉少なく進んでいるのは、私とアリウスに属している4人の子たち。

 5人で並んで歩くにはやや狭い道幅だったけど、私はほんの少し後ろをついていくような位置。

 

 けれど、4人の背中はやっぱり軍人のように揃っていて、そこに言葉では表せない一体感が漂ってる。

 

「えっと……ご、ごめんね?さっきは、変な空気にしてしちゃったね…?」

 

 私が先ほどのことを引き合いにして話をする。

 すると、まっすぐ前を見たまま、すぐ隣を歩くミサキちゃんが歩調を崩さずにゆっくりと言葉を口にした。

 

「…いや、大丈夫。浦和ハナコは、躊躇なくああいうことを言うからね?私たちはかなり慣れた方だけど、逆にお姉さんが驚いたんじゃない?」

 

「うっ……そ、そうだね…?」

 

「だから、あの言葉は別に間に受けなくていいから。…あと、アツコの言葉もね?」

 

 ミサキちゃんは、また呆れたようにため息を吐きながら私にそう言ってくれた。

 すると、前をサオリちゃんと並んで歩いていたアツコちゃんが、ひょっこりと振り返って私とミサキちゃんに視線を向けてきた。

 

「でも、面白そうな内容だったよね?お姉さんなら、『先生みたいに』私たちの知らなそうなことを教えてくれそうだからね。」

 

「私もたしかにキヴォトスの外では先生だけど、そういう授業を承ってないからね、アツコちゃん…」

 

 ……うん?

 今、アツコちゃんなんて言った?

 

「……それと、サラッと凄く気になる事が聞こえたんだけど、弟からその…そういうこと、教えてもらってたの…?」

 

「ふふ、どうだと思う?」

 

 アツコちゃんは口調に混じって、可愛らしく、そして悪戯に私に笑って見せている。

 

「………」

 

 ……仮にだよ?

 

 これが肯定だった場合、私からアイツの評価が下方向に大きく変わるよ……いや、本当に。

 

 おい。

 もしそれなら、マジで何してんだよ、アンタ…!

 

「(はぁーーー…)」

 

 ……うん、ここはいたずらだと思っておこう、絶対にその方がいい。

 

「……よし、話を変えよっか!」

 

 周りに無意識のうちにキョロキョロと目線を向けながら、私は内容を切り替えようと言葉を紡ぐ。

 ふと空を見れば、この子たちのヘイローのような巨大な模様。

 天の川を眺めるにしても、きっとあれに被ることになりそうだね?

 

 ……まあ、それもキヴォトスらしいってことなのかな?

 

「そうだね…アツコもあんまり先生のお姉さんのことを困らせないでよ…」

 

「ふふ、分かった。」

 

「(……まあ、さっきはこの話題をくれた浦和ハナコと、アツコに助けられたんだけど…)」

 

 ミサキちゃんは少し疲れたように、アツコちゃんは静かに笑みを浮かべながらそれぞれ言葉を返してくれた。

 

「んん……じゃあ、改めて。ミサキちゃんとヒヨリちゃんも、アリウスの生徒会なんでしょ?それぞれ自分の役職があるのかな?」

 

「そ、そうですね……わ、私は書記です…!」

 

 ヒヨリちゃんがそう言葉を口にした。

 

「私は会計……まあ、一応役職としてあるだけで、あんまり専門的な事をしてるわけじゃないんだけどね?」

 

「へぇ〜。」

 

 みんな、戦闘が凄いだけじゃなくて、こうして学生としての役割も果たしててしっかりしているね?

 

 それにしても、さっきの戦い……

 

「さっきのことだけど、アズサちゃんを含めて、みんなって凄くいい動きをしてたよね?どこからで訓練みたいなのをしてたの?」

 

「「………」」

 

「(……あれ…?)」

 

 ミサキちゃんとアツコちゃんの空気がサッと変わり、少し張り詰めたような気がした。

 

「えへへ…そ、そうですね?たしかに私たちは、色々と苦労をしてきましたね…」

 

 けれど、私と同じように周りのお店をキョロキョロと見ていたヒヨリちゃんが声を向けてきた。

 でも私と違うのは、目を輝かせてお店のショーケースを見ていたということ。

 視線の先にあったのは、色とりどりのお菓子と……あれは、露店の雑誌?

 

 ヒヨリちゃんって、ああいうのが好きなのかな?

 

「だ、だよね?でも、あんな息のあった連携はキヴォトスにきてから見たことがなかったよ。そのおかげで、私は助けられたし……あとで、なにかお礼をするね。」

 

「え、えぇ…!?い、いいんですか…!?」

 

「というか、させて欲しいかな?ヒヨリちゃんの好きなものを渡したいから、何かあれば言ってね。」

 

「で、ですが私にそんな…」

 

「例えば、食べ損ねてたって言ってたお菓子とか……雑誌でも?」

 

「ほ、本当に、本当に良いんですか…!?」

 

 ヒヨリちゃんは、ずいっと私の方に近づいてくる。

 おお……どうやら、私の予想は正しかったようだね?

 

「そ、それじゃあお言葉に甘えて、最近は買えていなかった『oneone』や『BiBi』の最新号を…!あ、あとは、ずっと気になっていても食べられなかった…」

 

「…ヒヨリ。お姉さんの負担になるから、あんまり沢山はやめときなよ?」

 

「あっ…!す、すみません……つい…」

 

「ははは、大丈夫だよ、ヒヨリちゃん。」

 

 小さな笑い声が風に紛れて、白い街の片隅へと溶けていく。

 一瞬流れた重い空気が、いつのまにか軽やかに変わっていた。

 

「…もちろん、3人にもお礼はしたいから、ヒヨリちゃんみたいに私に何か言ってほしいな?」

 

「いや、でも…」

 

「…ミサキ。ここは、お姉さんの言う通りにしてもらったら良いと思うよ?」

 

 私の言葉に対して、アツコちゃんは嬉しそうにそう言葉を口にする。

 それを見たミサキちゃんの返答は、ため息と肯定だった。

 

「はぁ……分かった。」

 

「…サッちゃんもね?」

 

「……あぁ…」

 

 それぞれの言葉が行き交う中、私の思うことは一つだった。

 

 こんな時間を過ごせて、本当に良いのにな、ってね?

 

*******

 

 私とヒヨリちゃんとのやりとりをきっかけに、道中の空気はすっかり和らいでいた。

 ヒヨリちゃんは「雑誌とお菓子が好き」とはにかみ、アツコちゃんは「花が好き」と微笑み、ミサキちゃんは「……人形」と視線を逸らしながらぽつりと答える。

 

「アリウス分校ね?トリニティに来たからには、みんなのいるその場所に行ってみたいな。」

 

「は、はい、ぜひ!」

 

「きっとみんな、お姉さんの授業を聞いてみたいっていうと思うよ?先生もアリウスに来た時に最初にしたのは、授業だったし。」

 

「ちゃんと先生してたんだね…なんか、安心したよ?」

 

「まぁ、釣った魚に餌をやらないような人だったけどね。」

 

「……ミサキちゃん、あとでその話詳しく聞かせてね?また、冷や汗かいちゃったよ?」

 

「冗談。」

 

「よ、よかった…!」

 

 白い街並みに笑い声が溶けていく。

 さっきまでの喧騒が嘘のような、平穏な時間が流れていた。

 

「…でも、やっぱり皆みたいな素直で良い子たちに囲まれていたなら、私としては何も心配いらないね。」

 

「………」

 

 だけど、影の下に入った瞬間、世界の色がほんのわずかに変わったような気がした。

 それは陽の加減のせいか、それともーー

 

「………あれ?」

 

 それまで軽やかに響いていた足音のひとつが、音もなく唐突に止まったせいなのか。

 

「どうしたの、サオリちゃん?」

 

 トリニティの大通りを抜けて、また建物の影に隠れる場所に差しかかったとき。

 ふと振り返ると、遅れたサオリちゃんが立ち止まっていた。

 陽の当たらない場所に立つサオリちゃんの顔には、いつもよりもずっと静かな影が落ちていた。

 

 そのまなざしが、まっすぐ私を射抜く。

 

「……私から、貴方に言わなければいけないことがある。」

 その声を聞いた瞬間、胸の奥に小さな冷たい塊が落ちるのを感じた。

 ざわざわと、理由のわからない不安が全身に広がっていく。

 

「……!」

 

「(サ、サオリ姉さん…)」

 

 ミサキちゃんは、息を止めたようにサオリちゃんを見つめている。

 ヒヨリちゃんだけが、ほんのわずかに顔を曇らせて、視線を私とサオリちゃんの間にさまよわせていた。

 

「サッちゃん…」

 

 私の横にいたアツコちゃんが、そっと声をかける。

 その横顔には、ほんのわずかに揺れるものがあった。

 

 まるで、誰よりもこの結末を避けたかった証のように。

 

「大丈夫だ……それに元々、私は『このこと』を伝えるためにここまで来たんだ…もう、覚悟はできている。」

 

「「………」」

 

 その言葉に、3人は静かに小さく目を伏せる。

 でもそれは、ただの沈黙ではなかった。

 『この告白が、サオリちゃん一人のものではない』とでも言うように…

 

 まるで、四人がずっと共有してきた『答えの出ない罪』を、私へ放とうとしている瞬間だった。

 

「どうした、の?サオリちゃん、みんな……そんな表情をして…?」

 

 私は自分でも震えているのが分かる声で、そう問いかけた。

 足元に差し込む光が、まるで一歩も近づくなと言わんばかりに、サオリちゃんの影を際立たせている。

 

「なんで、そんな怯えたような顔を…」

 

 サオリちゃんは私を見ながらしばらく沈黙を貫いた。

 そして、目の奥から光がすうっと消える。

 

「あなたは、先生を……自分の家族を『殺しかけた』人間を、どう思う…?」

 

 その言葉が、静かにサオリちゃんの口からこぼれ落ちる。

 

「えっ…?」

 

 不意に風が止まった。

 氷のように冷たい無言の時間が流れる。

 街のざわめきが、どこか遠くにかすんでいく。

 

「それって、どういうこと…?」

 

「…『私』、なんだ…」

 

 一瞬だけ、サオリちゃんは言葉を切った。

 まるでそれが、本当に声にしてよいことかどうか、自分でも迷っているかのように。

 

 それを私は、息を呑んで見つめていた。

 何か言わなければと思うのに、喉が凍りついたみたいだった…

 

「……私は…『先生を殺しかけた人間』、なんだ。」

 

 そう言ったあと、サオリちゃんは一瞬だけ顔を伏せた。

 その瞳は揺れていて、まるで自分自身すら赦せないかのように。

 

「あなたがキヴォトスに来たと知った時から、私は……ずっと、あなたに謝りたかった…」

 

 私の胸にあった温もりが、するりとこぼれていく。

 笑い声も、足音も、影の中の風すらも、今はただ……遠く。

 

 全てが音を失った。

 思わず反射的に身体がサオリちゃんから離れ、息が遠くなる。

 

 でも分かってしまう……この目は、本当のものだ。

 

「やめて、よ…」

 

 それでも私は、まだサオリちゃんの言葉を、冗談だと、そう受け取りたかった。

 信じることで、この子たちも弟を救ってくれていた存在だと思い続けたかったから。

 

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