青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第二話〉Welcome to Kivotos

 

 電車の緩やかな振動が止まり、それによって目が覚めた。

 どのくらいかは分からないが、いつの間にか私は眠っていたらしい。

 それもかなり長い時間……なんだか懐かしく長い夢を見ていたような気分で、深い水底から浮上したような浮遊感に包まれていた。

 そしてぼんやりとしている視界で、扉の上についていた電子板に目を向ける。

 

「…んー……あれ…?」

 

 ふとここで、私が乗ってきたものにこんな設備などあったかと?マークが浮かんできた。

 しかも、疑問はこれだけではない。

 私が座っている座席の質感も、サビや傷が所々にあった床も…

 なんなら私の目に映る範囲の景観全てが、ガラッと一新していた。

 

 清潔で、あまりにも整然としすぎた車内は、古ぼけた記憶の中の電車とはまるで別物だ。

 乗るべきものを間違えたのかと一瞬の焦りが生じたが、最初に目に入った電子板に文字が映し出される。

 

「(んん……えーっと、ここは……『キヴォ、トス』…?!)…えっ!?本当に着いたの…!?」

 

 表示された文字を見て慌てた私は、すぐに電車が次の目的地へ向かって走り出す前にホームへと飛び出した。

 急いだことで忘れ物がないか確認のため振り返ると、私が乗ってきたはずの電車はやはり外装から中に至るまで傷や汚れすらない。

 本当に少し古ぼけていたはずの車両が、見たことない真新しい新品のものに変わっていた。

 

「(いや、いやいやいや!な、何これ……まだ夢の中…?)ちょっと待ってって……一体どうなってるのよ…」

 

 しかし、まだ頭の中が混乱している私を置いて、扉が閉じられた電車は再び動き出す。

 だが、視線を向けると、そこには電車の違和感など小さく感じる光景があった。

 

「……??」

 

 私と入れ違うように電車に乗っていたのは、二足歩行で歩く……動物?

 毛皮や耳を持ちながらも、私たちと同じように日常の動作をこなしている。

 

 さらに動き出した電車に何やらジェスチャーを向けている影が見えたが、それに至ってはよく映画などで見る……ロボット?

 

 …っていうか、なんか当たり前のように言葉を話してるし、なんで?

 

「(……やっぱり夢でしょ、これ…)」

 

 1人困惑している私を他所に、周りの時間だけが流れていく。

 こうして頭を悩ませているのは私だけで、それがまるで当たり前のような空気だ。

 

 むしろ、ただの人の形をしてここに立っている私に対して、逆に心配され、物珍しいものを見たような視線が向けられているのを感じる。

 まるで、私が世界の側ではなく、彼らの常識の側から逸脱しているかのように。

 

「(お、落ち着けぇ、私ぃ……ま、まずは状況の整理を…)ふぅ……っ!いっつつ…」

 

 何から何まで異質で、本当に夢なのではと疑った方が整合性のあることが立て続けに起こっている。

 簡単な確認として頬を力の限り引っ張ってみるが、ジリジリとする痛みを感じてすぐに手を離した。

 だけど、まだ内心周りの光景を信じられていない自分がいる。

 

「(よ、よーし、しっかり痛い……やっぱり現実かぁ…!)いや……なら、次は…」

 

 次にポケットからスマホを取り出して画面を見てみる。

 しかし、日付は変わっておらず時間のみが数時間進んでいるだけ。

 

 ならばと思い、試しに検索をかけてみるが、しっかりと画面には私の住む地域の天気情報が映し出される。

 これも、出発前にチラ見したニュースの内容と同じであった。

 さらに数日前に送られてきたメールや通話履歴もそのままで……特にこれといった変化もない。

 

「(……これも、変わらずかぁ…)……ん?」

 

 こうなってくると私もいよいよこの浮世離れした光景が、疑いようのない現実だと認めざる得なくなる。

 でもここでただ一つ、私は今までと違うところを見つけることになる。

 

「……これって…」

 

 それは、『キヴォトス』という単語を改めて調べることで起こった。

 前はこの単語を検索しても、本来の単語の意味が出てくるだけでどこかの地名という情報は一切なかった。

 

「………出て…くる…?」

 

 だけど……今は私の手の中にあるスマホの画面いっぱいに、キヴォトスという『学園都市』の情報が映し出されていた。

 まるで世界側のルールが書き換えられ、私のデバイスに接続されたかのように。

 そうして画面をスワイプすると、私の請け負うクラスの子達と同じくらいの少女たちが映る写真などが次々に流れていく。

 

 笑顔が眩しく映り、羨ましく思えてしまう。

 もう取り戻せない、純粋な輝きがそこにはあった。

 

「(……いいなぁ、これ…)……!」

 

 こうしてその内容に釘付けになってしばらく画面の上で指を滑らせるが、突如としてその動きがピタリと止まった。

 私の目は掠るように見えた画面上、特に大きな見出しとなって表示されている記事の内容へと向かう。

 日付を見る限り、どうやら約3週間ほど前に報じられた大きなものそうだ。

 

 そこには、とある文章が色塗りの大文字で目立つように書かれていた。

 

「(……『シャーレの先生…死亡』…)は、はは……あーぁ…私…」

 

 これを見た瞬間、思わず乾いた笑いが込み上げ、夢などではないこの目の前の現実をもう受け入れるしかないと察した。

 それは、目的地に到着したという安堵と、弟の死という現実を突きつけられた絶望が混ざり合った、歪な笑いだった。

 

 『シャーレの先生』。

 

 これは送られてきたメールに記載されていた、キヴォトスでの弟の呼び名だ。

 そして、名前こそないもののメールと同じようにこの記事にもそのような書き方がされている。

 

 だから私は……本当にキヴォトスへ、弟のいたという場所へ…

 

「(…本当に……来ちゃったんだ…)」

 

 この事実を素直に受け入れたためか、急に心臓の鼓動が早くなる。

 緊張……しているのからだろうが、なぜ今になってこんな風に考えるのか私も分からない。

 あの電話でも聞かされていたはずだった。

 だから、こうしてまた見ることになるのも当然のはず。

 

 ……なのに、なんで?

 

 ずっと会っていない、もういない弟を考えて、なんでここまで変に緊張している?

 

「(…っ……でも…行かなきゃね…)」

 

 まとわりついた重い空気を振り払うように、私はホームから歩き出す。

 一歩踏み出すたびに、足下のタイルが現実の硬さを伝えてきた。

 私が踏み入れた、この『キヴォトス』という世界がどうなっているかは分からない。

 しかし、ありがたく数日前に送られてきたメールには、ここから私が行くべき場所について記載されている。

 

 ……だから今は、この場所に行こう。

 

 きっと、この目的の場所に着く頃には、この緊張も無くなっているだろうから…

 

「目的地は……『D.U.地区』…?そしてそこにある『シャーレオフィス』……か…」

 

 ホームに繋がっていた階段を降りつつ、再びスマホを睨むように見る。

 ……そういえば、ここの駅板にはD.U.という文字が書かれていた気がする。

 画面を切り替えて現在地を検索してみるが、やっぱり自分がいる場所はD.U.地区で間違いないようだった。

 

 となれば、あとはシャーレオフィスにということになるけど…

 

「(……『サンク、トゥムタワー』?…が……目印…にしても、読みにっく…)んーー……あっ、分っかりやす〜…」

 

 階段を降りきってふと顔を見上げると、視線の先に高々と天を突き刺すような建物が目に飛び込んできた。

 他の建物と比べてもその大きさは一目瞭然であり、「名前通りだなぁ」と内心思ってしまう。

 同時に、あの建物から放たれている光を目で追って見て気付いたが、青空をキャンバスのようにした模様が描かれていた。

 それは、ただの照明ではなく、天空の光景を模したこの都市の中核を成す異様なまでの権威の象徴のように見える。

 

 これもまた、私のいる場所とは明確に違うのだということを表していた。

 

「(んん……えっ!?シャーレオフィス…あの建物から30キロの地点…!?……あっ、でもここの駅からだと、20分くらいの場所かぁ…)はぁ〜……タスカッタァ…」

 

 あのなんとかタワーから目的地までの距離を見て絶望しかけたが、今いる場所からだとそこまで離れてはいないらしい。

 それでも、歩く距離としては若干長いなぁと思うくらいの距離。

 私はスマホの案内に頼りに、道に沿って歩きだした。

 

「(都会だなぁ……建物も私のいた場所のものと、あまり変わらないね?)」

 

 キヴォトスの街並みはかなり発展しており、私のいる世界の『都会』と比べてみても遜色はない。

 チカチカとビルの光を受けていると、酷く憂鬱な夏の景色を思い出してしまう。

 

 その発展した光景は一見すると安心感を誘うが、人型の人間がいないことの異質さが、すぐにその安心感を薄めた。

 依然として、私のようないわゆる人間の形をした人と出会っていない。

 

「(……あっ、そういえばメール、メール……1人で飛び出して来ちゃったけど、もしかして迎えとかについて書かれて…)…あっ……やっぱり…」

 

 再度受け取っていたメールをチェックしていると、1番下の行に何やら太い文字で何か書かれていた。

 明らかに強調されていそうだったが、これは隅々見ずに見落としてしまっていた。

 もし重要な内容だったら、私に非があるため、申し訳なくなる…

 そうして目に入った文字に目を向けると、少し柔らかなフォントでこのようなメッセージが書いてあった。

 

「(どれどれー……『最後に、重要な事をお伝えしておきます!キヴォトスを歩く際は、くれぐれも『銃弾』にはご注意下さい!』……か…)…へぇ〜、なるほど。銃弾に注意して…………ん?」

 

 書かれていた文章は、強調のために使われているフォントとは打って変わって、かなり不穏なものだった。

 それもどこかポップな文体で書かれているため、一瞬違和感なく飲み込んでしまったが……中々おかしな内容だ。

 

 『遊び心を加えるにしても、さすがにやり過ぎでは?』と思うほどの内容であり……正直、反応に困ってしまう。

 

 普通に、冗談でも笑えないレベルだ。

 

「……はは、さすがにこれは〜…(……あれ?そういえばさっきの写真って…)」

 

 ここでふと、先ほど流れていたキヴォトスにいる子供たちの写真を見て感じた違和感を思い出す。

 どこかおかしな、このメッセージと似た無邪気な不安がよぎる違和感。

 それを知るために検索履歴から再度確認をしてみるが、やはり何の変哲もない日常が切り取られた子供たちの写真が画面に映し出された。

 

 ……ただ一つ、とある違和感を除いてだったが…

 

「…!……これ…背負ってるのってもしかして、本当に本物の『銃』…?」

 

 改めて見返して分かったが、それは写真でも重厚感が伝わる『銃』。

 子供が持つものにしてはあまりにもアンバランスなものだ。

 さっきは情報を取り込むために急いでスワイプしていて、完全に気付かなかった…

 

 ……いや、確かに目に入ってはいた。

 しかしそれでも、例えば部活動に必要な楽器やら、何らかのファッションの一種だと思って……というか、普通はそう思うはずだ。 

 

 でも、これは……いや、やっぱりそうだ……うん。

 

 素人までもくらいに、これは完全に本物の銃だ。

 金属の冷たい質感と、実弾を込めるための機構が、画面越しにさえ確かな現実の重みを伝えてくる。

 

「(い、いやいやいや、待って……さすがに待ってって…!?)」

 

 あまりにも見慣れない情報の暴力に頭がパンクしそうになっている

 さっと身体から血が引いたのと同時、タイミングを図ったように、持っていたスマホに警告のメッセージが流れて来た。

 

「んぇ…!?ちょっ、今度はなに…!?」

 

 これは私だけでなく、周囲にいた獣人?の人たちにも届いたようであり、すぐに慌ただしく逃げるように動き出していた。

 私もすぐにその警告文に目を向けると、そこにはどうやらこの周辺で『ヘルメット団の生徒が暴れている』という情報が書かれていて…

 

 ……いや、このヘルメット団って……何…?

 

ーーーードカァァァァァァンッ!!

 

「うわあぁぁぁぁっ…!?な、何っ…!?」

 

 刹那、私の背後で火薬の匂いが混じった凄まじい爆発が起こる。

 衝撃音で耳の奥でキーンと高い音が鳴る。

 全ての思考を遮断するその金属音は、私の頭の中で警鐘のように響き渡った。

 

 その方向を向くと、舞い上がった煙の中からヘルメットを被った背丈が低い子供達が現れる。

 そして、その手に握られていたのは……先ほど見ていた怪しく光る『銃』。

 自分の背後で起こった爆発と衝撃に動けずにいると、別の方向から何か叫ぶ声と銃声が聞こえて来た。

 

「ま、待って……な、な…なになになに…!?」

 

 すぐに背後はヘルメットを被った子たちと、やってきた警官のような格好をした子たちの銃撃戦が始まり、この場の空気は混沌と化した。

 私はすぐに周りの獣人やロボットに紛れるようにその場を離れる。

 

「(あ、ありえない…!!)」

 

 ……しかし、この目の前で起こった出来事によってメールに書かれていた文章の意味が分かった気がする。

 

 そして、あの駅のホームにいた人たちが、私に向かって心配するような目線を向けていたのかも……全部分かった。 

 

 きっと私という『無防備な人間』が、この世界の常識を知らずに足を踏み入れたことを、ただ哀れんでいたんだ…

 

「ほんっっとうに、ありえない…!!ア、アイツ……マジでこんな危険な場所にいたの…!!?」

 

 後悔しても、何もかもがもう遅い。

 時間の流れは、私が立ち止まって呆然としている間も、容赦なく銃弾と爆音を運び続けている。

 

 私は……夢なんかでは済まされない、本当にとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない…

 

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