青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第三十話〉四つ目の椅子

 

 ーー『三位一体』。

 

 なんだか、トリニティに来てから色んな話を聞いてきたけど、妙にこの言葉がしっくり来るように感じている。

 

 私の知るこの言葉の単純な意味としては、その通りに『三つのものが一つになる』ということだった。

 

 でもこれは、とある宗教神学においては最も奥深い教義体系の一つらしい……けど、どんな内容だっけ?

 

 たしか、昔に見ていた授業ノートにこんな風に書いてあったはずで…

 

 【学術的には言葉が定義されるとすれば、それは『三つの異なる実体、あるいは要素が、本質的に一つである状態』を示す語である。】

 

 ここらへんは、この言葉通りに捉えられるね?

 

 【これは『父と子と聖霊』、すなわち創造・贖罪・霊的啓示の三位格が、分かたれない『一つの神』として共存するという教義から来ている。】

 

 あ〜、やばいやばい…

 

 なんか急に……話の内容が、神様とかのぼんやりとした次元まで飛んだ気がする。

 

 つまりこれは、噛み砕いて言えば、『『父』と『子』と『聖霊』という三つの存在が、それぞれ違う役割を持ちながらも、本質的にはひとつの神である』……っていう考え方から来ているらしい。

 

 ここで言う『父』は世界を創り出す力、『子』は人の罪を背負って償う存在、そして『聖霊』は人の心に働きかけて導いてくれるもの。

 

 そしてこの三つが、別々にあるように見えて、でも実は切り離せない『同じひとつの神』……なんだそう、うん。

 

 【神学的にはこれは単なる信条ではなく、むしろ『人間存在とは何か』、『愛と権威はいかに両立しうるか』、『関係性とは何を基盤に成り立つべきか』といった、倫理学・形而上学双方にまたがる深淵な問いへの……】

 

 くっ…!

 

 ……ごめん、さすがに頭が爆発しそうになったから切るね…

 

 いやぁ、これは……つまりだよ?

 

 ただの『信仰の教義』ってわけじゃなくてね…

 

 『人間って何? 愛って何? どうやって一緒にいられる?』

 

 そんな問いに、正面から向き合おうとしてる思想だった…らしいよ?

 

 まとめると、『三位一体』とは、三つの違う『はたらき』が、完全に一つに重なるっていう、ちょっと信じがたい構造のことを表す。

 

 ……やっぱり、小難しい。

 

 付き合いで試しに聞いてた授業の内容を思い返してみたけど、ずっと考えてると、思考が渦に巻き込まれそうで、正直ちょっと頭が痛くなってくる。

 

 まぁ、これに関してはら当時の私はその言葉をただの授業の中で聞き流して、端に置いたままだったから?

 

 神様なんてものを、自分の都合に合わせて感謝したり、恨んだりしている私には聞かされてもパッとしないものだし…

 

 それに、こういう『信仰の使い方』に、どこか白々しさを感じてしまうような人間にとっては、この教義もどこか遠い場所にある理念だったし。

 

 ……でも、今は私だって思うことはある。

 

 それは、この『トリニティ総合学園』という組織において、この言葉ほど象徴的に当てはまる構造も、他にないのじゃないか、ってね?

 

 トリニティを構成する三大派閥ーーパテル、フィリウス、サンクトゥス。

 

 この三つは、それぞれが異なる理念、異なる権威、異なる価値観を抱えながら、一つの学園という大系の中に統合されている。

 まさしく、『異なるものが異なるままに、一つであろうとする』構造だね?

 

 けれど、三者の関係は常に対等とは言えないのも事実。

 

 時に利害が衝突し、時に正しさがぶつかり、時に沈黙がその場を支配することもある。

 実際、以前のトリニティでは、サオリちゃんたちが話していた、エデン条約に関して、これを言い表すようなしがらみと混乱が起きていた。

 

 だから、この場所における『三位一体』とは、そんな小難しく理想論的な絶対不変の真理ではないはず。

 むしろ、絶えず揺らぎながら、試されて更新されつづける関係性。

 

 理想ではなく、ある種の試練の形式としての『三位一体』。

 その歪さと、儚さが形となって今に至るみたいに。

 

 そしてその形として、『アリウス』という四つめの派閥が今は存在している。

 

 確かにそれじゃ、三位一体って言葉じゃ表現できなくなる。

 

 でも、それをもう『異物』と呼ばず、『第四の可能性』として受け入れたこと。

 

 それこそが、ただ意味として語れない三位一体という言葉の外側にある、今のトリニティ(この場所)の本当の強さ、なのかもしれない。

 

*******

 

 私とアツコちゃん、サオリちゃんはゆっくりとトリニティ総合学園の校舎の中を目的地に向かって歩いていた。

 広場を抜けた先には、アーチを連ねた石造りの回廊が静かに伸びていて、柱と柱のあいだから差し込むやわらかな光が、床に模様のような影を落としている。

 静けさがまるで、ここが特別な場所であることを、言葉にしなくても教えてくれているようだった。

 

「(外も凄かったけど建物の中、もっと豪華だなぁ…)」

 

 でも、いざ足を踏み入れると私の場違い感がもっと強くなった気がする。

 周りに置いてある家具が明らかに高そうで、内心ビクついている私の一歩がかなり小さくなってるし…

 白と金色の装飾が施された長椅子やテーブル、絵画まで等間隔に並んで私を出迎えている気がした。

 

 それにしてもなんか、ロールケーキの絵が妙に多いような?

 

「…そろそろ到着だ。ここを真っ直ぐ進んで、右手に折れた先がテラス…そこに、アツコを除いたのティーパーティーの者たちがいる。」

 

「あっ、でも今回はサッちゃんも一緒だからね?」

 

 そんな私の前を歩いていたサオリちゃんが、ふと立ち止まって肩越しに振り返ってそう言ったきた。

 私は慌てて頷きながら、その背中に追いついて隣に並ぶ。

 

「あっ、本当!?ありがとうね、2人とも…私のことをここまで案内してくれて。」

 

「…構わない。これは、私たちに与えられた責務だからな。」

 

 そう言ったサオリちゃんの声はいつも通り淡々としていたけれど、その歩幅が少し、私やアツコちゃんに合わせて遅くなっているように思えた。

 たったそれだけのことなのに、胸の奥に張っていた緊張が、少しずつだけど和らいでいく気がする。

 

「はは……通話越しじゃなくて、実際に会うことになるんだね…?みんな上品そうだったし、まだ少し緊張しちゃう…」

 

「そんなに強張らなくても大丈夫だよ?そういえば、サッちゃんも最初はかなり緊張してたよね?」

 

 苦笑いしながら言うと、アツコちゃんから意外なことを聞けた。

 私が思わず反応するとらサオリちゃんはわずかに視線をこちらに向けて、口角をほんの少しだけ上げた。

 

「…たしかにあの雰囲気には、私も最初は圧倒されていた。空気だけで、まるで戦場に立っているかのようなものだったからな?」

 

「サオリちゃんが言うと、説得力が違うね…」

 

 一応のために買ってた胃薬、持ってくれば良かったかもとら思わずそう思ってしまった。

 そんな自分に内心で少し後悔をしながら、私は歩く足元を見つめる。

 きちんと綺麗に磨かれた床に、私とサオリちゃんの影がぴたりと寄り添って揺れていた。

 

「…だが、今日は明るくあなたのことを歓迎するだろう。特にミカは、あなたが来るのを心待ちにしていたからな?」

 

「ミカちゃんって、たしかあのお姫様みたいな子だよね?そうなんだ…それは、私としては嬉しいね?」

 

「ナギサさんとセイアさんもね。きっと出迎えの準備をしてると思うよ?」

 

「…そういえばアツコちゃん。あなたから見たティーパーティーって、どんな雰囲気なの?」

 

 私が来るのを楽しみにしていてくれているという事実に、思わず胸を弾ませる。

 それでもまだ少しだけ残ってる不安を紛らわせたくて、固くなりながら問いかけた。

 

「楽しい雰囲気だよ?毎日、お茶会で身の上話とかしてるしね。」

 

 笑顔でそう答えるアツコちゃん。

 するとサオリちゃんも少し足を止め、石畳の上に視線を落としたまま、静かに答えた。

 

「…あぁ。皆静かで、落ち着いている。だが、やはり『一筋縄ではいかない』、というのが正確なところだな…」

 

「あぁー…やっぱり?」

 

 私は立ち止まったまま、少し腰を曲げてサオリちゃんに顔を向ける。

 この学園の1番上の立場にいる子たちなんだ。

 きっと、オーラというか、そういった類のものが大きくなって見えるんだろうね…

 

「ティーパーティーはそれぞれが、それぞれの理念と矜持を持って動いている。これは以前から変わらずだが……今は、さらにより組織間の重なりが強固になったように感じるな?」

 

「…そうだね。」

 

 サオリちゃんの言葉を肯定するように、アツコちゃんは目を細めながら小さく頷いた。

 2人の表情からは、どこか今までの疲労感が滲んでいるようにも見える。

 

 きっと2人とも、アリウスの首長と副首長としてかなりの苦労してるんだね…

 

「そ、そうなんだ……それなら、前のティーパーティーの子たちはどんな感じだったの?ミサキちゃんたちからも、色々と話は聞いてたけど内情までは聞いてなかったからさ?」

 

 私は少し前に歩きながら、アツコちゃんの横顔をちらりと盗み見る。

 するとアツコちゃんは少し眉を伏せて、何かを思い出すように言葉を選んだ。

 

「…私も全て聞いたわけではないけど、特にエデン条約の時期は、私の想像以上にトリニティ内で騒動で入り乱れてしまっていたらしいんだ。…その原因のほとんどは、私たちのせいだけど…」

 

「……本当に迷惑をかけてしまったな…」

 

 サオリちゃんの口元は緩んでいるがそれは、自嘲のような声色だった。

 私はすぐに慌てて首を振り、手を軽く振って否定する。

 

「す、過ぎたことなら悲観せずにだよ、2人とも!とりあえず、今の話に戻ろっか……そういった騒動とかを乗り越えて、今は安定しているんでしょ?」

 

「うん。エデン条約調印式以降、トリニティでは特に横のつながりが強くなったみたい。そして今は、罪を犯した私たちアリウスも、トリニティの一つとして受け入れられているんだ。」

 

「なるほど…」

 

「…正直、まだ受け入れられる権利があっていいのか、思うことはあるけどな……こうして私たちがここにいるのも、ただのあの騒動の延長線のようなものじゃないかと…」

 

 今のトリニティの形は、良くも悪くも自分たちが引き起こした騒動によって、固まったと2人は解釈している。

 だけど、私には、ただそれだけが全てじゃないと思えた。

 

「……でもさ?トリニティに今、こんなに穏やかな空気が流れているのって…もしかしたら、サオリちゃんたち…アリウスが、この場所に『加わった』からじゃないかな?」

 

「……?」

 

「…何故、そう思う?」

 

「うーん……まあこれは、ただの話を聞いただけの私なりの解釈だけどね…」

 

 私は、ほんの少しだけ天井を仰いで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 そして、2人に向けて右手で3本の指を立てた。

 

「…『三位一体』っていう言葉があるんだ。これには『三つのものが一つになる』って言う意味があってね?でも別々のものが、ただ混ざるんじゃなくて、それぞれがそれぞれのままで、ひとつになろうとする形を表しているんだ。…なんだか、トリニティを言い表してるみたいじゃないかな?」

 

「…確かに?」

 

「…ああ。そうだな…」

 

 私自身、うまく言語化できてるか不安だけど、このまま突き進む覚悟を心の中で決める。

 さらに私は左手を挙げて、人差し指を立てて見せる。

 

「でも、いまのトリニティは、三つの組織が調和した上で『かつて拒まれていた四つめ』を迎え入れた。そういう『そのまま』で繋がろうとした、もっと繊細で、もっと『深い関係性』なんじゃないかな……って思ったんだ?」

 

 私は右手の指を一本曲げて、両手の中指と人差し指を立てて見せる。

 

「だってそれって、単なる『統合』でも、『赦し』というわけでもなくてさ…本当に『違いを違いのまま愛そうとする姿勢』に見える気がする。私には、それが……すごく、明るくて希望のあることに思えるんだ?」

 

「………」

 

 私はピースの形で立てた指をくいくいと曲げたりして、2人へ見せる。

 サオリちゃんは何も言わずに、少しだけ口を引き結んで視線を落とした。

 アツコちゃんは興味深そうな私の手を見続けている。

 

「この解釈は、初めて聞いたかも?」

 

「そ、そう?まあ、小難しく色々言っちゃったけど……ただ流れるままサオリちゃんたちが、トリニティにいるわけじゃなくて、しっかり必要とされていると思うってことを言いたかったんだ?」

 

 透明な窓から差し込んで反射した光が、その横顔をかすかに照らしていた。

 そして、サオリちゃんから溢れるように言葉が落ちてくる。

 

「……希望、か…そうだな。だが、それを口にするには少し、眩しすぎる言葉だとも思っていた……今までは…」

 

「でも私たちは、たしかにその可能性に手を伸ばせば、もう届く場所にいるのかもしれないね?」

 

 アツコちゃんの呟きにテラスの手前にかかった白いカーテンが、風もないのに少しだけ揺れた気がした。

 光が柱に反射して、床に映る模様が波のようにゆれている。

 その中に2人影が私隣で静かに、揺れずに立っていたけど、静かに私に目を向けてきた。

 

「うん……そして私は、誰かの言葉が『人生の方向』を変えることもあると思うんだ。」

 

 その言葉を聞いて、私は挙げていた手を下ろして向き直る。

 大理石で形どられた石畳。

 中央には小さな噴水と、淡い色の花が風に揺れる鉢植え。

 そしてその奥、幾つかの椅子とテーブルが並ぶ陽だまりの下に、既に数人の影が見えていた。

 

「今まで見た景色が変わると、自分の価値観もそれに合わせて大き変わる。例えば……『夢』ってものも昔はなかったけど、色々と経験していく上で自然と浮かぶようになるんだ。…私がそうだったし?」

 

「『夢』、か…」

 

「お姉さんも?」

 

 そうしてまた歩き出したけど、私はこの周りの景色とサオリちゃんたちを重ねて見ていた。

 穏やかで、美しい場所この景色の中に、アリウスの子たちがいる。

 そしてきっと、もっと先まで、この子たちは歩いていこうとしている。

 

「うん。私が先生を志したのは、こんなことがあったからで…」

 

 そんな2人の姿を見ていたら、ふと聞いてみたいことが浮かんできた。

 

「……ねぇ?サオリちゃんたちには、何か『夢』があるの?」

 

「私たちに?」

 

「……!」

 

 後ろ向きになりながら歩く私を、サオリちゃんは困ったような表情で見ていたが、少し視線を逸らした。

 

 あぁ、でもこれは……確実に何かがあるね?

 私も先生をしているせいか、こういうのには敏感なんだよねぇ?

 

「何かあるならー、私に教えてほしいなぁ?先生、気になっちゃうよ〜?」

 

 何故か頬が緩みながら振り向くと、アツコちゃんは微笑み、サオリちゃんは小さく息を吐いた。

 そして、ほんの一瞬、瞳がどこか遠くを見つめるように細められる。

 

「どうやら、隠し事はできなさそうだな…」

 

「ふふ、言っちゃったらどうかな?」

 

「…分かった。」

 

 アツコちゃんに促され、サオリちゃんはポツリと口を開いた。

 

「おかしいと思われるかもしれないが、実は私は……『先生』に、なりたいと思っているんだ…」

 

「……!?」

 

 私は立ち止まり、驚きすぎて思わずその場で固まってサオリちゃんの方を見つめる。

 サオリちゃんは、恥ずかしそうに片手で腕をさすりながら、少しだけ眉を下げていた。

 

 ……マジ?

 

「えっ、そ、それ本当…!?何かキッカケとかあるの?!」

 

 なんだか、私まで嬉しくなっちゃったなぁ…

 私と同じ夢を持っている子が目の前にいるからか。

 もしかしたら、昔を思い出すからかな…

 

「そ、そうだな……前に私が生き方に迷っていた時…先生から『いい先生になれるかもしれない』と言われた。あの時は、私なんかがと思っていたが、今は…」

 

「いや、絶対……絶対になれるよ!」

 

 私は思わず前のめりになるようにサオリちゃんへ向けてそう言う。

 言葉に力がこもっていたのは、私自身も気づくくらいだった。

 

 にしてもいい目してるなぁ、アイツも!

 

「…んん、サオリちゃんみたいな寄り添ってもらえるような人ってね?私の経験上、子どもからしたら本当にありがたい存在なんだよ。」

 

「あっ、私もお姉さんに同意だね?」

 

「ア、アツコ…」

 

 アツコちゃんの微笑みに、サオリちゃんは視線を逸らした。

 

「……子どもってさ、気持ちの変化には敏感なのに、それをうまく言葉にできないで溜め込む子がかなり多いからさ…」

 

 興奮を抑えて少しだけ声を柔らかく落とし、私は言葉をつなげる。

 

「だから…そういう子たちの『心の出口』になれる先生って、本当にすごく、大事なんだよ。」

 

「ふふ、だってさ?」

 

「…うん、それができるサオリちゃんは、きっといい先生になれるよ?」

 

「……そうか…私が、か…」

 

 サオリちゃんの声はかすかに揺れていた。

 けれど、それは不安ではなく、多分の希望の音だった。

 

「それでさ!サオリちゃんはどんな先生になりたいの!?」

 

「あ、あぁ……たとえば、ただ自分を顧みずに生徒に寄り添って、背中を押すだけでもいい。かつて、先生が私たちにしてくれたみたいに…」

 

「…うん。私もそんな『大人』になりたいな。」

 

 2人のその言葉に、私は一瞬息を呑んだ。

 胸の奥で、なにかがぎゅっと締めつけられるような気がした。

 

 アイツが、この子たちにしたみたいなことをか…

 

「今思えばあの時、私たちも同じように『先生』という言葉を『希望』として掴んでいた気がするね。」

 

「あぁ……だが、私たちが叶えられる、だろうか…?」

 

「……もちろん!これは同じ『先生』である私からも保証する!」

 

 私は笑って、親指を立てて見せる。

 

 冗談めかしたみたいな感じだけども、この言葉は本気だよ?

 

 キヴォトスの先生になるってことは、この学園でまた『誰かを守る役』になろうとしてるってことなんだろうしね?

 

「夢はねぇ…誰かに語れるようになった時、それはもう向かって歩き始めているってことなんだと思うんだ。だから私は、あなたの夢を応援するよ、サオリちゃん。」

 

「…感謝する。」

 

 サオリちゃんの口元が、少しだけほころんだように見えた。

 その瞬間、まるでそこだけ陽が差し込んだような、静かなぬくもりが空間に広がる。

 廊下に響いているのは、私たちの会話と、3人分の足音だけ。

 それでも、不思議と心は満たされていた。

 

「それで、アツコちゃんはー…」

 

「ふふ、私は秘密かな?」

 

「いやいや、気になるよ、その言い方はさ…?」

 

 三位一体って言葉が象徴するように、この場所も、みんなも、少しずつ形を変えながら一つになろうとしているのかもしれない。

 その中で人の背中を押すことで、私自身も前に進めるような気がしていた。

 

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