青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第三話〉『非日常』に惑わされて

 

 時々、箸でご飯をつつきながら、どこかで銃撃が発生したというニュースを速報で見る事がある。

 

 流れていた街角インタビュー画面が切り替えられ、そこに映るのは慌ただしく話しているニュースキャスターやら現場映像やら…

 それをスマホの画面越しで眺める私は、目の前の画面の奥の様子とは対照的に「大変そうだなぁ〜」……という軽い感想しか浮かんでこなかった。

 

 まあ、でも……こうなるのは、それが実際に体験した事などない、現実からかけ離れた光景であったため。

 

 いわゆる、『非日常』だったからだ。

 

 画面の中の銃声も爆発音も、私にとっては映画の特殊効果音と何ら変わりない。

 安全な日常という分厚いガラス越しに、私は世界を眺めているだけだ。

 

 ただダラダラと時間を浪費して、しみじみと変わらない平穏を過ごす私とはまるで無縁のお話。

 故に、ペラッペラな紙切れほどの薄ーい感想が出てくる。

 

 ……でも、やっぱりこういうのを見ていると『もし自分が?』とぼんやり思う事がある。

 

 けれど、その空想も、所詮は空想。

 水面に描いた波紋のように、すぐに消え失せる程度の思考だった。

 

 だけど今は、まさか本当に……こんな風に…

 

「うぅっ……うわぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 空想は現実の熱を帯び、逃げ惑う私の背中越しにその『もしも』が巻き起こっていた。

 

*******

 

 巻き込まれないように近くの高いビルの影に隠れながら、私は突如として始まった銃撃戦を少し顔を出して眺める。

 ビル壁の冷たい感触だけが、唯一の現実との接点だった。

 

 今の私はカッチリとしたスーツなどではなく、弟からあまりとしてもらったネクタイを首に通したシャツ。

 そして、学生時代によく着ていた丈の短いMA-1をシャツの上に着たような格好だ。

 

 ……この格好で来たおかげで、私はなんとか逃げ遅れずにいれた…

 

「あ、あっぶなぁー…!(う、動きやすい格好で来てて、マジで良かったぁ〜…)」

 

 ネクタイを緩め、服の中に手で風を送っていると再び視線の先で轟音と共に爆発が巻き起こる。

 しかしこれは……あまりにも現実味のない、まさしく『非日常』な光景だ。

 まるで巨大な花火が、無邪気な子供たちの手で打ち上げられているような、歪んだ景色。

 

 あれは見た感じだと、10代くらいの子供たちだろうか?

 続いて上がった煙を裂くように至る所で銃弾が雨のように飛び交い、さらに連鎖するように発生した爆発によってビルの建物の窓が割れ、地面も舗装されていない山道のようにボコボコになる。

 そしてその爆風は、物だけでなく銃を撃つ子たちにまで影響を与えた。

 

「……!だ、大丈……」

 

 少し体を出して、私は近くまで勢いよく吹き飛ばされてきた子に声をかけようとする。

 だが、その子はまるで何事もなかったかのようにすぐに起き上がり、私に気づく事なく再び銃弾が飛び交っている場所へ向かっていった。

 その行動は、私たちには理解不能な「この世界の常識」を、無言で突きつけてくる。

 

 この時、一瞬見えた体には、今の爆発を受けたのにも関わらず特に大きく目立った外傷はない。

 そして今の子だけに留まらず、あの場にいるほとんどの子は何度も銃弾や爆風を体に受けても構わず、臆せずに銃撃を続けている。

 確かに痛がる様子は見せているけど、誰も体を貫かれるという大事にまでには至っていない…

 

「(な、何がどうなってんの、本当にこれ…)……っ!」

 

 ほんの目と鼻の先で、こうして当然のように銃撃戦が行われている。

 そのことに驚きを隠せず、息が詰まりそうになった。

 まだ動けずにいると、再度起こった爆発によって私に向かって何かが飛んでくる。

 それは小銭を地面に落とした時と似たような音を立てて落下し、私の目の前にコロコロと転がり、そのまま停止した。

 

「(……これ…本物の…?)」

 

 これは確か…薬莢…?…ってやつだよね…?

 

 もちろん、私は銃やそれに使われる弾といったものを、実際に一度も見たことも触れたことなどない。

 しかし、転がってきたこれを持ってみると、しっかりと手の中で金属の重みと感触がした。

 

 これ、たぶん……本物だ。

 火薬の生々しい匂いが、その小さな金属片から立ち上っている。

 

「(…あ……やっぱり、そうだよねぇ…!)」

 

 ……少し行き過ぎた歓迎セレモニーであって欲しかったが、その希望はあっさりと砕かれる。

 いよいよ、私の頭の中はパンク寸前だ。

 私は払いのけるように握った薬莢を遠くへ投げると、すぐにその場からさらに距離取るために走り出そうとする。

 

「(ッ……ヤッバッ…!あ、足…動かないっ…!?)うっ、ぐうっ…ぁっ!」

 

 しかし、初めて自分が『撃たれるかもしれない』という恐怖に遭遇しているためか、体は思うように動かない。

 それでも、ビルの壁に手を置いてフラフラになりながらも、なんとか立ち上がるまでになった。

 

「(グッッ……しっかり、動けよ…私の体ぁ…!)逃げなきゃ……早く、ここから離れないと…!」

 

 少しでも気を抜くと、この体を支える力はまたすぐに無くなる。

 …それほどまでに、今の私の体は恐怖という足枷によって重くなっているのだろう。

 私は誰にも気付かれないよう息を殺し、気合いでもなんでもいいから足に動くように頭から命令を向ける。

 そして、背中を向けて壁を支えにゆっくりと歩き出そうとした時……背後から私を見つめる視線を感じた。

 

「…………ぇっ…」

 

 ……これは、私が昔に何度か受けてきたものだ。

 そう……生意気にも、私よりも背が高くなった弟が見下ろし向けてきた、悪戯心が混じったようなあの視線と、よく似ている。

 

 だけど明確に違うのは、今向けられているこれにはその悪戯心など一切含まれていない。

 その視線は、過去の私を糾弾し、現在の私の逃避を許さない静かな審判のようだった。

 

 ただじっと、ここから背を向けて離れ、逃げようとしている私を眺めている…

 

 ……本当に、それだけのもので…

 

「……〇〇…?」

 

 そんなわけないと自分に言い聞かせつつも、弟の名前を呼びながらおそるおそる振りかえる。

 でも……やはり、そこには誰もいない。

 ビル挟まれた路地裏のようなこの場所に、反射した光が明るく差し込んでくるだけだった。

 

 だけど、今ので私の足にはまた力が入らなくなり……全く動かなくなった。

 

「(………なん…で…)」

 

 なぜ、最も逃げたい瞬間に、この過去の影に捕らえられなければならないのだろうか。

 

「あー、あぁー…姉御!たった今、現場に到着したっすよ!バッチリ避難誘導も完了済みで、あとはヘルメット団の制圧だけっす!」

 

「『そうか…それなら『コノカ』は早急に応援に向かってくれ!私ももう少しで現場に到着する!』」

 

「……!」

 

 動けずにいた私の正面、未だ銃撃が行われている大通りから声が聞こえてきた。

 片方は明るく溌剌(はつらつ)としており、もう片方は電話越しから責任感と落ち着きのある声。

 そのやり取りは、銃声が響く背景とはまるで不釣り合いな、日常のラジオ放送のようだった。

 

「いやぁ、そうしたいのは山々なんすけど……今日のあたし、多分使い物にならないかもしれないっすね…」

 

「『何…?それはどうしてなんだ、副局長?』」

 

「(……この声…)……誰か…いるの…?」

 

 聞こえてきた声の正体を確かめるため、私は再びなんとか立ち上がる。

 自分の存在がバレないよう口を閉じ、細心の注意を払いながらビルの影から少しだけ顔を出す。

 すると視線の先、そこにはアロハシャツの上に警官の上着を羽織るように着ている灰色の髪の少女が立っていた。

 

 そして、その手には通信機が握られていて、もう1人の声の主はあれの先にいるのはず。

 あの通信機から聞いた限りだと、あの子の名前は『コノカ』というのかな?

 そして、通信機に向かって深刻そうな顔をして話しているのを見るに……何やら根深い問題があるようだった。

 

「そうっすね?実は……なんか今日、あたしの周りにだけ異様にカラスが多いんすよ…!」

 

「(……んん?)」

 

「『なっ…?!こんな時に何を言って…!』」

 

「いやいや!今日は特に、本当にヤバいんすよ…!ここに来るまでに軽く三十羽のカラスがあたしの前に降りてきたり、めっちゃ近くからあたしに向かって鳴いてきたりしたんすよ!?不吉すぎないっすか…!?」

 

「(……確かにそれは、不吉だなぁ…って思うかも…)」

 

 銃弾が飛び交うこの一瞬の隙間。

 私はなぜか、彼女の他愛のない八方塞がりの不幸に、親近感と、そして奇妙な安堵を覚えた。

 

「それに、今朝に二つの星座占いを跨いだんすけど、どっちも堂々の最下位…!しかも、片方は『今日中に新たな出会いがないと近いうち不吉な事が起こるかも』って言ってて、もう片方では『今日は家から出ないようにしましょう』だったんすよ……どうやって不安回避すればいいんすか、これ!?」

 

「(あぁ〜……時々あるんだよねぇ〜…そういう八方塞がりの占い結果…)」

 

 何だか……急に目の前に現れたこの子と姉御?のやりとり見聞きしただけで、体の緊張がほぐれた気がする…

 私のクラスでもそうだが、やはりこういう明るい子がいてくれるだけで雰囲気というものは良くなる……そして、私も助かるし…?

 

 そして、今の話の内容から察するに目の前にいるコノカという子は、本当に警官のような立ち位置の人物らしい。

 あっ、見た目とのギャップがすごいけど、ちゃんと現場で指示を飛ばしてる…?

 

「(は、はぁ〜〜〜……でもこれなら、もう安心できるかぁ〜…)」

 

 一気にどっと押し寄せてきた安心感によって、また体から力が抜けかける。

 しかし、これは一体何なのだろうか?

 まるで1人だけ異端な私という存在を認知してもらえるという……今まで感じたことのないおかしな安心感とも言える。

 透明な異物ではなく、認識されるんだっていう確信が、心の重りを軽くした。

 

 この不思議な安心感に浸りつつも、また動けなくなる前に声をかけようとしたけど……それよりも前に、通信機からコノカという子に向けて声がかけられた。

 

「『とりあえず落ち着け、副局長…!!……たった今、連邦生徒会より緊急の連絡が入った…』」

 

「んん?連邦生徒会から直接って……どんな重要案件っすか、それ?こっちは押されてましたが、私が入る間もなくそろそろヘルメット団の制圧完了しそうっすよ?」

 

「『……いいか?現在その付近に、キヴォトスの外から来た『先生の親族』がいる!もしかすると、その銃撃に巻き込まれている可能性がある!』」

 

「……えっ!?マジっすか、姉御!?ちょ、マジでグータラ言ってらんない超重要案件じゃないっすか…!?」

 

 その声が、一瞬にして別のものへと切り替わる。

 それまでカラスの不運に悩んでいた少女が、突如として使命感に満ちた顔になった。

 

「(……ん?……あっ、私じゃんか、それ…)」

 

 全身の血の気が、一気に指先まで戻ってくる感覚がする。

 逃亡者であったはずの私が、突如として『保護対象』という役割を与えられた瞬間だった。

 この危険な世界で、初めて自分という存在が正式に認知され、求められているという事実に奇妙な安堵が込み上げた。

 

「ならやっぱり、あの駅から下手に動かないほうが良かったじゃんか……やらかした…」

 

 これは、まさに不幸中の幸いの出来事。

 『私はなんて運がいいんだ』と思いながら、変な自信に満ち足りた体に対して大きく息を吸い込んだ。

 

 しかしながら、私を探しているのなら本当に申し訳ないことをしてしまった…

 

「(……後でしっかり謝らないとなぁ…)」

 

 それにしても、キヴォトスの星座占い……これについては、後でこの子から詳しく教えてもらおうと密かに心に決めた。

 変な話、もうすでに私は『絶対に今日の運勢は一位(トップ)だったな!』という確信を持っている。

 

 まさに最悪の凶兆(占い)の後に訪れた、最高の吉報(救出)。

 この世界の運命の基準が、私にとってはとてつもなく優しいものに感じられた…

 

「(よーっし……そんじゃ、ここからこの子に目的地まで案内してもらって…)あ、あのー………っ!?」

 

 建物の間から身を乗り出して名乗り出ようとした私の目に、あるものが目に入った。

 それは、こちらに対して背を向けてまだ話しているコノカという子に対して、同じく死角から誰かが銃口を向けているの光景だ。

 

 路地裏の暗闇に沈んでいたはずの銃口が、差し込む光を反射し、不吉なほど鮮明に光っている。

 戦闘の影響で素顔が出ているが、あの服装を見る限り、あの子もヘルメット団と呼ばれていた集団の1人だろう。

 

「………あ…」

 

 今まで、目の前で行われていた銃撃戦を見た限り、この子も銃弾を受けても致命傷にはならないだろう。

 

 それがこの世界で生きる子たちにとって『日常』であり、私もそれは今の時間で理解していた。

 

 ……だから、ただ『避けて』と、そう声を掛けるだけでいいのだ。

 

 だけど……

 

「(…………………えっ?)」

 

 ……私の体は、そんな意思とは無関係に、暗いビルの影から銃口を向けられているあの子に向かって走り出していた。

 

 いや、本当に……何をしているんだ、私は?

 

 自分でも、どうしてなのか分からないままーーただ、体が動いていた。

 

 おそらくだが、この世界に来たからと言って、この子たちと違って私は銃弾1発でそれが致命傷となる。

 

 そうだ……私はこの子たちとは何もかもが違うんだ。

 

 ただの姿形が一緒なだけの、大人でも子供でもないどこまでも中途半端で、弱い人間だ。

 

 『大人』という『非日常』から逃げ、『子供』という『日常』の自由を求め続けている……そんな下らない人間。

 

 ……それが、分かっているはずだ。

 

 ……それなのに、なんで、私は…

 

「……ッ……危…ないっ…!!!」

 

 『生徒を守らなきゃ』、って……そう思ったんだ?

 

「えっ……ぐふっ…!?」

 

「……っ!!」

 

 ほぼタックルに近い形で、こちらに気がつく前に私はその子に向かって飛びついていき、体でその子を抱えるような形になる。

 そして、すぐにより鮮明に私の耳に届いた乾いた銃の音。

 その行方は一切分からず、飛びついた勢いのまま私は硬い地面を転がると身体の至る所に鈍痛が走る。

 途中で頭を強打してしまったためか、回転していた世界が正常なものに見えるようになった時には、視界がぼんやりとし始めていた。

 

「いっ、つつ……急に……誰…っすか…?」

 

 全身の関節という関節から悲鳴が上がる。

 この痛覚が今、まだ私が『生きている』ことを乱暴に証明していた。

 

 はぁ、良かった……この子は、特に怪我はしていないみたいだ…

 

「……ぇ……先、生…?」

 

 ……いやぁ…でも、私は…うん……もう、全身が……痛い…

 

 学校卒業以来、運動なんて全然していないのに……本当に無理をした…

 

 やっぱり、慣れないことはしないのが吉だな…

 

 ……しかし…もし、体にさっきの銃弾が私に直撃していたとしたら…

 この体中に生じている痛みの、どの部分に該当するのだろうかね…?

 

「(………まぁ、今は…どうでもいいかぁ…)」

 

 私は体に走る痛みではなく、こうして生徒を守る事ができたということに安心感を覚えながらそのまま目を閉じる。

 

 ……私は、今ので少しは大人らしいことができただろうか?

 

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