青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第四話〉勘違いからこんにちは?

 

「……うーーーん……ん…?」

 

 重い瞼の上から、薄暗い明け方のような光を浴びて目を覚ます。

 私は仰向けに寝転がっており、涼しく冷たい風が体の上を通り抜けていった。

 じんじんとまだ体中に鈍い痛みが走っているが、私は……どうなったんだ?

 

「いっ…!?つつぅ…(…うっわぁ、これ……残らなきゃいいんだけどな…)」

 

 服を捲ったりして体を見てみたところ、打撲によって所々青紫色に肌が変色していた。

 だが、幸いにもコンクリートの上をまあまあ激しく転がったわりには…それによる切り傷や銃傷はどこにもないようだ。

 ……それにしても、あれだけ動けた自分にはちょっと感動している。

 以前、生徒たちの口車に乗せられて百メートル走をしたことがあったが…あの時は、この距離を走っただけで完全に虫の息になった……懐かしい…

 

「……にしても…ここ、どこ…?」

 

 体の確認は済んで、立ち上がって周りを見てみたが、そこはまた身に覚えのない場所だった。

 まるで半壊したような教室であり、すぐ横の壊れた壁から見える先には積まれた学習机の山と延々と青い海が広がっている。

 波打つように光る青い海には、どこか現実味のない静かさが漂っていた。

 そこから再び部屋の中に視線を向けると、目の前に数個のテーブルが置かれて、あとは私もよく知るような教室の風景と似ていた。

 

「(…えっ……もしかして…私、本当死んじゃった…?)」

 

 痛みがある頭に手を置いて撫でながら周りを見ても、やはりここには私しかいない。

 それならば、やはりここは想像していたものと比べるとあまりにも小さいが、いわば天国と見るのが……いや、本当に妥当だろうか…?

 

「(……でも、なんか…やっぱり、これはなにかが違うような…)」

 

 …やはり何か、うまく言葉として言い表せない違和感がある。

 その理由として、まだ私は『生きている』という実感があるからだ。

 いや…もちろん死んだ後のことなんて分からないが、こんなにも生きていた時と変わらないことがあるのか……と思ってしまう。

 だからこれは、言い換えるとすれば……そうだ。

 これはまるで、誰かが経験したことを私自身が追体験しているような…そんな不思議な感覚だった。

 

「…ねぇー?誰かー…いないのー…」

 

 私は近くにあった椅子に座って試しに呼びかけてみるが…まあ、当然のように反応はない。

 しかしこの机や椅子…先生として見はするが、こうして実際に触れているだけで本当に学生に戻ったような気分だ。

 いっそこのまま、誰かがこの教室の中に入ってきて授業を始めたら面白いなとさえ思ってしまう。

 

「……せんせー…授業、もう始まってますよー…」

 

 机に肘を置いて頬杖をつき、目の前にある黒板をぼんやり見ながらそう言葉を口にした。

 これは、昔を思い出してほんの少し芽生えたイタズラ心をくすぐられての行動だった。

 

「(…やったし、やられたなぁー……私も…)」

 

 授業に遅れてきた先生を、生徒の誰かが揶揄うというお決まりの流れ。

 私も先生になった初めの頃、これを一度体験したことがあるが…最初に浮かび上がってきたのは懐かしさだった。

 そしてその後に、『昔も今も変わらないんだなぁ』と、なぜか嬉しさが込み上がってきたことも……今となってはいい思い出だ。

 

「………」

 

 だが、今ここにいるのは私1人だけだ。

 呆れたように、もしくは申し訳なさそうに少し息を切らして教室に入ってくる人は誰もいない。

 ……まーた、下らないことをしているなぁ…と我ながら思ってしまう。

 

「(うーーん……にしても、どーしよっかなぁ…ここがどこなのかも、本当に出られるのかすら分かってないしねぇ…?)」

 

 ゆったり色々と懐かしんだりなどしていたが、よく考えずともここへ来てからの進展もいうものは何もない……というか、何もしていない。

 それなのに、よくもまあ…私は昔のことに浸っていたものだ。

 だがここへきて、ようやく椅子の前足を浮かせ、体を上に伸ばしながらこれからのことについて考えようとする。

 ……しかし、頭を動かそうとしたのと同じタイミング。

 教室の扉がガラガラと、これまた聞き慣れた音を立てて開いた。

 

「うわぁぁっ…!?(あっ…ヤッ…バイッ…!!)」

 

 想定外の驚きに思わず体が跳ね上がり、そのまま後ろへ倒れかけた

 だが、反射的に目の前の机の掴むことで、なんとかそれは回避する。

 足音も気配もなく、突然扉が開くなんて、まるで予想していなかった。

 本当に無から突如として現れたようだった…一体誰が来たんだ?幽霊?

 

「(あ、危っぶな…かったぁ…!)は、はぁ〜〜…!」

 

 今ので胸に手を当てずとも、心拍数が異常に上がっているのを全身に感じる。

 私はすぐに驚かすように入ってきた誰かに対して、恨めしそうな目を向けた。

 すると私の向けた視線の先…そこには長い真っ白な髪に片目を隠し、真っ黒のセーラー服に身を包んだ肌白の小さな子がちょこんと立っていた。

 

「…!…申し訳ございません、先生……の、お姉さん…」

 

「……あっ…」

 

 …この子も、私の弟のことを知っているのだろうか?

 静かで落ち着きのあり、何だか以前に聞いた覚えのあるような声。

 この声だけでも、真面目でしっかり者の印象を受ける可愛らしい子だ。

 ……ただ今は、向けられた私の顔を見て驚いたためか…少し顔を伏せているのだが…

 

「(ヤ…ヤバイヤバイヤバイヤバイ…!や、やらかした…!!)ご、ごめんね…!?わ、私もそんなにビックリさせるつもりは全くなくってね…!」

 

「…!い、いえ…」

 

 私は自分のしてしまったことを察し、すぐに勢いよく椅子から立ち上がってその子の元へ足早に近づいていった。

 ……今ので、一気に嫌なことを思い出してしまった…

 私は膝を折って目線を合わせながら、ここまで脅かすつもりでは全くなかったと弁明を図る。

 しかし、下から覗き込むようにして見たこの子の表情は、依然として芳しくない……いや、こうなるのは当然か…

 

 ……私はこんな小さな子に、無意識といえあの顔をしてしまったんだ…

 

「……そんな顔させちゃって…本当にごめんね…」

 

「い、いえ…私は大丈夫です。むしろ先生のお姉さんの方が…」

 

「…!あ…いや、これは…」

 

 表情に出さないようにしていたつまりだったが、どうやら隠しきれなかったようだ…

 

 ………ここへきて本っ当に最低で、最悪だ…

 

 キヴォトスに来てから今が1番焦っているし…そして何より、自分に失望している。

 

 それほどまで、私は自分がしてしまったことを、あの顔をこの子に対して向けてしまったことに……困惑と怒りを向けていた。

 

 ……なんで、こんなタイミングで歯止めが効かずに、誰にも見せたくない昔の癖が出てきてしまったんだと……心底後悔した。

 

「…なぜ、先生のお姉さんがそのような顔を?最初に驚かせてしまったのは、私のはずです…ですので…」

 

「…私は大丈夫だよ?それに、あなたの方が怖かったでしょ…ごめんね……急に知らない人に睨まれるなんて、思わなかったよね…」

 

「…え?」

 

 視線を下に向けたまま、私はこの子の顔を見ることができなかった。

 私のことを気にかけてくれるようだが、まだ堪えるような話し方であり、罪悪感が沸々と大きくなる。

 何か言葉を紡ごうにも、続きが出てこず無言の時間が流れた。

 …しかしその空白に入り込むように、目の前の子は…そんな私の手を取ってきた。

 

「……!」

 

「あの…何か勘違いされているようですが、私は怖がってはいませんよ…?」

 

 教室の中を吹き抜ける冷たい風とは違って、この子の手は私よりも小さいのにとても暖かい。

 私は握られた手の先にいる子の顔をおそるおそる見ると、その表情は私の様子に困惑しつつも、柔らかな笑みだった。

 

「ごめんなさい…何やら私の顔を見て、焦っていらっしゃったようですが…私がそんな顔になっていたのは、あなたが先生に雰囲気や表情がよく似ていらっしゃったからです…」

 

「………え?」

 

「……先生のことを思い出してしまい、それであなたが心配してしまうような表情を……ですので、決して私は怖がっていたわけではないです…」

 

「あ…ぇ……本当…に…?」

 

 …この子の言葉を聞いて、血の気が引いて冷たくなっていた体が、今度は逆にほてって熱くなっていった。 

 目や声色から察するに、これは本心から言っている。

 つまり、本当に今のは……完全に私の早とちりだったということだ…

 

「そ…そうだったんだね…!?あ、ははは…!それなら私、変にあなたのことを困惑させちゃったんだね…?!ご、ごめんね〜…」

 

「……あの…なんだか、無理していらっしゃいませんか?先生もそうでした…特に何かを誤魔化す時は、露骨に態度が変わっていました。」

 

「…!わ、私はそんなことないよ…?!アイツ…あっ、弟は確かに誤魔化すのが下手だったけど…!私は違うから…!」

 

「………」

 

 …こうは言っているが、自分でも分かるくらいしどろもどろだ…そして、あまりにも嘘が下手すぎる…

 その証拠に、慌てて立ち上がった私のことを見つめているこの子の目は、疑いを向けたじっとりとしたものになっている。

 ……こんなんじゃ、本当にアイツのことをどうこう言えないなぁ…

 

「んんっ……はぁ…取り乱してごめんね…?えーっと…あなたの名前について、教えてもらえないかな?」

 

 …だが、私としてはあの癖が出ていなかったのが分かっただけで、お釣りが返ってくるほどだ。

 この子もまだ深く疑問には思っていないようだし……私は話題を逸らすために、すぐ別の質問に切り替えた。

 これは、初対面の人に聞くことベスト3に入るであろう、ありきたりな質問だ。

 すると、この言葉を受けてか目の前の子は背を少し伸ばし、私の顔を見上げながら口を開いた。

 

「…はい。私は『プラナ』と申します。この『シッテムの箱』を管理するOSです。」

 

「……??」

 

 ……どうしよう…いきなり聞き馴染みのない言葉が出てきたぞぉ…

 『シッテムの箱』…それは、この教室がということだろうか?

 そして管理OS…このOSとは、確か……オペレーション…システム…?の略…だったような気がする…

 …いや……システム…?

 …ということは……この子は人ではないということ…?

 

「…そのご様子だと、本当に何も聞かされていないようですね?」

 

「うっ…!……ごめんね、プラナちゃん……もう少し、詳しく教えてもらえないかなぁ…?…プラナちゃんの言う通り、私ほとんど何も知らないでキヴォトスに来たばっかりなんだ…」

 

 困惑している私を見て、プラナちゃんは私の状況を察してくれた。

 そうなのだ…確かにメールは送られてはきたが、そこに書かれていたのはキヴォトスやシャーレオフィスへの道順や、あの少しポップな注意書きくらい。

 それ以上の情報は書かれておらず、実際に私は駅を出てから銃撃戦に巻き込まれ、その過程で撃たれそうになっていた子を守るために飛びついて……そして今は、この場所にいる。

 …未だにキヴォトスについては、ほとんど知らない状態だ…

 そのため、目線を下げてプラナちゃんに説明をお願いしてみるが…少し驚いたような表情をした後に、プラナちゃんは快い返答をくれた。

 

「(……プラナちゃん…)…分かりました。私も『先輩』から、先生のお姉さんに対して何も知らせていないと伝えられています…」

 

「(……『先輩』…?)」

 

「では、私がこれから様々なことをお伝えするので、先ほどのように席について下さりませんか?」

 

「(…!……あれ?…もしかして、本当の授業形式で…?)う、うん…ありがとう、プラナちゃん…」

 

 プラナちゃんの言葉通り、私は先ほどまで座っていた席に戻り、正面にある教卓に移動するプラナちゃんのことを目で追う。

 表情はあまり変わらないけど、どこか自信ありげで嬉しそうな雰囲気で教卓に立っているなぁ…

 これは自分が先生のような立ち位置になったからだろうか……何だか、かわいい…

 

「…それではこれより、『キヴォトス』について説明を始めます。今から話す内容は、メモを取ることをオススメします。」

 

「(……あっ…しまった…)えーっと…ごめんね?ノートとかペンがないから、メモはスマホでしても大丈夫かな?」

 

「はい、問題ありません。」

 

 うーん…こうなるのなら、家から手帳とペンの一つでも持ってくるべきだったと、若干の後悔だ。

 …だが、それでも楽しそうにしていたプラナちゃんの様子を見ていると、この後悔もすぐに小さくなり、消えてなくなる。

 ……そういえば、私も小さい時にこんな風に弟に学校で習ったことを、得意げに教えたりしてたっけ…

 

 こうして始まった、授業形式でのプラナちゃんによる説明だったが…

 

ーー

ーーー

ーーーー

 

「………………」

 

「あの…大丈夫でしょうか?しっかりとついてこれていますか?」

 

「……ダ、ダイジョウブダヨ…?」

 

「…そうですか…では、このまま説明を続けていきますね?」

 

「ァッ、ハイ…」

 

 ……前言撤回だ。

 

 その内容は……私の想像を超えて、中々ボリューミーなものだった…

 

 もしこれらを書き留めるとしても、いつも使っているメモ帳では到底ページが足りないほどだ…

 

 そしてもし、ペンを走らせようものだったら……私の利き腕は、明日には絶っ対に筋肉痛か、腱鞘炎になっていただろうなぁ…

 

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