青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第六話〉箱の中の小さな誓い

 

「……なるほどねぇ…それで、シャーレのオフィスにいた弟が爆発に巻き込まれた…そしてそれを、プラナちゃんたちが間一髪のところで助けてくれたと…」

 

「はい…これは、『ゲマトリア』という組織の『地下生活者』と呼ばれる存在によるものでした。ですので…お姉さんも、万が一ゲマトリアと接触した際はくれぐれもご注意して下さい…」

 

「……うん…教えてくれてありがとうね、プラナちゃん…」

 

 私は膝の上に乗っているプラナちゃんの頭を撫でながら、このキヴォトスにおける注意すべき組織があるという話を聞いていた。

 …特に、念を押されるようにプラナちゃんから語られたのは…『ゲマトリア』という組織についてだ。

 そこに属している存在は皆、見た目が私やアイツとは違う…異形なものとなった『大人』だという。

 

「(……『大人』…ねぇ…)」

 

 私たちとはまるで違う、理性より狂気を宿した異形の存在。

 名前だけじゃ、何をしてくるか想像もつかないのが、余計に嫌だ…

 …だが、それぞれが自らの研究に没頭し、かなり悪辣な手段を用いて目的を遂行するという厄介な存在であることに変わりはない。

 …アイツは、何度かこのゲマトリアと相対したらしい…

 

「…………」

 

 …そして、ゲマトリアの人間の策略によって、アイツは何度か命の危機に陥った…

 

 ……本当にふざけた奴らだ…話を聞いただけでも、嫌悪感がすごいな…

 

 まず『地下生活者』って何だよ…そんな名前なら地下(そこ)から出てくるなってんだ…

 

 ……もし、ソイツらと出会うことになったのなら、『アイツに変わって御礼参りする権利くらいはあるだろ?』…なんて、冗談でも言いたくなるくらいには……正直ムカついた。

 

 …一発どころか、数発でも足りないかもしれない。

 

「(…!…あー、ダメだダメだ……落ち着けぇ、私ーー…)……今の話に聞いた限りだと、本当に怖そうな人たちなんだね……分かった。そのゲマトリアっていう人たちには、私も気をつけるね…?」

 

 いけないいけない……今度こそ、本当に表情に出かけていたな…

 さっきのプラナちゃんへの勘違いの事もあってか…なんだか、自分の表情とかに敏感になってしまっている……気がする…

 こんな私の様子を察してか、プラナちゃんはこちらに振り返ってきて下から見上げる形で私の顔を覗き込んできてくれた。

 …仕草はまるで、「大丈夫ですか?」とでも言いたげに。

 

「……あの、お姉さん…そろそろ腕や足が疲れが出てくるのではないですか?ずっとこうして座っているわけにはいきませんし…そろそろ私のことを下ろしてもらっても、大丈夫ですよ?」

 

「……んん?あぁ、特に問題ナシだよ〜…全然苦なんかじゃないし、こうしてプラナちゃんの嬉しそうな顔を見られているのにやめたら、むしろそっちの方が勿体無い気がするからね?……だからさ…私からのお願いになるんだけど、もう少しこのままでいいかな…?」

 

「…!ふふ…はい、分かりました。」

 

 よし、許可はもらった……いやぁ〜、それにしてもすんごい癒されるー…

 この小さめの笑顔といい、雰囲気といい…まるで小動物みたいだ。

 さっきまでの、ゲマトリアの奴らをどうこうとか…そういうのが消えて無くなるなぁ…

 もうなんだろう……この子、ただただ物凄くいい子でかわいい…

 

「(…ほぼ私が、プラナちゃんのこと独占状態だなぁ……でも…)…そういえばさ、プラナちゃんのことを知っている人って、私や弟の他にいたりするの?…シッテムの箱って、かなり特殊なものみたいだけど…そこら辺はどうなっているのかな?」

 

「……はい。確かに基本的には、生徒さんたちは私の存在については知りません……ですが1人、私を認知している生徒さんがいらっしゃいますね…」

  

 …おっ、どうやら生徒たちの中にもプラナちゃんの存在を知っている子がいるようだ。

 しかし、1人だけだったかぁ…まぁ、それでも私以外にプラナちゃんやシッテムの箱について、話題の共有を行える子がいるという事実に変わりはない。

 

「へぇ〜、やっぱり私以外にもいるんだねぇ…じゃあさ、その子もこの場所に来ることができたりするの?」

 

「……いえ、このシッテムの箱の中までは入ってこれず、あくまで私から接触や会話を行うくらいに留まっています。」

 

「そうなんだ…それはちょっと残念だなぁ……あっ。それなら、今度は私がプラナちゃんを連れてその子の所に直接出向いて、一緒に話すのはどうかな?人数が1人増えて3人で会話するだけでも、きっと盛り上がって楽しいと思うよ?」

 

「……!……そう、ですね…分かりました。いつかその生徒さんも含めて……私たちだけで、お話をしましょう…」

 

「………?」

 

 ……あれ?

 なんだか、プラナちゃんの雰囲気が少し悲しげで、しんみりしたように感じたが……気のせいだろうか?

 …いや、これはいいものではないな…何か口に出しにくい過去のことを思い出しているかのような……そんな様子だ…

 

「(……プラナちゃん…その子と何かあったのかな…)」

 

 思うことはある…だが、わざわざこれを直接聞くのは野暮なことだ。

 それなら、少し話題を変えようか……いや、そうは言っても…あらかただが知りたいことは大体聞き終えている状況だなぁ…

 ……しかし、まだ何か聞きそびれていることがあるような気がするような…

 

「(……あっ、そういえば…)…ねぇ、プラナちゃん。今までの話の中で、ちょくちょくっと出てきてた…『先輩』についてなんだけどね?その子はどこにいるの?」

 

「……!」

 

 会話の節々に登場はしていた、プラナちゃんの『先輩』という存在。

 話を聞く限りだと仲も良好なようで、プラナちゃんもよく慕っていたんだなというのが見て分かった。

 ……悪戯心と抜けているところがあるようだが、それもまたご愛嬌。

 だが、そんな話に出てきていたプラナちゃんの先輩だが…私はまだ出会っていない。

 

「やっぱり、私のスマホに一時的にシッテムの箱を作り出してるってことは…本来のシッテムの箱でお留守番?もしくは〜…突然現れて驚かすために、どこかで私たちのことを見ていたり…」

 

「……いえ…『アロナ先輩』は…もう、シッテムの箱にはいません…」

 

「……!?そ、そう…なんだ…」

 

 その反応を受けた私は、思わず息を飲んだ。

 そして、プラナちゃんの私の腕を掴む力が少しだけ強くなったが、これは…

 ……マ、マズイ…今度こそ、本当にやらかしてしまったかもしれない…

 これはもう取り繕うことすらできない、完全な失言になって…

 

「(……いや、少し待つんだ、私……落ち着け、落ち着け…)」

 

 …これはまた、結論を急ぎ過ぎていないか?

 決めつけで話を進めるのは不適切なことだと、さっき学んだばかりじゃないか…

 そうだ…だからまずは、プラナちゃんの言っていた『アロナちゃん先輩がシッテムの箱にはいない』という言葉。

 これには、どういう意味が含まれているのか聞くことが優先ではないだろうか?

 

「……ねぇ、プラナちゃん?念の為に聞いておきたいんだけど、プラナちゃんの先輩って子……アロナちゃんは今、この場所とは別の場所にいるってことなんだよね…?」

 

「…はい。アロナ先輩はシッテムの箱からいなくなっただけで、お姉さんの言ったように現在は別の場所にいます。独り立ち…と言えば良いのですかね…?」

 

「……!そ、そっかぁ〜…(はぁ〜…それなら良かったぁ…!)」

 

 返答を聞いた瞬間、体に入っていた力が自然と抜けた。

 一旦立ち止まってみたのは、やっぱり正解だったなぁ…

 なるほど…決して嫌な方の意味での『いなくなった』ということではないのか…

 一瞬でも想像した、嫌な方へ話の方向が傾かないでくれて、本っ当に良かったぁ…

 …しかし、イメージはしにくいが、アロナちゃん先輩がシッテムの箱から出て独り立ちした…

 

「(……それなら…そうだよねぇ…)…ねぇ、プラナちゃん?」

 

「…?なんでしょうか、お姉さん?」

 

 ……私が先ほどアロナちゃんについての質問をした時、たしかにプラナちゃんの表情は固くなり、私の腕を握る力も少し強くなった。

 あれを見るに…やはりプラナちゃんは、今の状態には少なからず『寂しさ』を感じているように思えた。

 ……まぁ、それもそのはずだ…

 ずっと一緒にいて、そして慕っていた『シャーレの先生』と『アロナ先輩』の2人は……もう、この場所にはいない…

 もちろん、こことは別の場所にいるというアロナちゃんに会うこと自体は可能だろう。

 ……だが、1人になってしまったいう事実には、変わりないはずだ…

 

「……やっぱり、1人は寂しいよね?」

 

 プラナちゃんの手のひらが私の腕を握る力を強め、少し冷たく感じた。 

 指先に、今も消えぬ寂しさが残っているようだった。

 

「……!…顔に、出てしまっていましたか?」

 

「少しね…でも、雰囲気から1番そう感じ取ったかな…?」

 

「…そうでしたか……たしかに、寂しくはありますね…」

 

 …プラナちゃんは、どれだけ時間が経とうと姿の変わらないOSという存在だ。

 だがその中身は、まだ姿に相応の感性が多くを占めている…だが、今は1人だ。

 そんな子に対して、私が向けるべき言葉は…

 

「……でもね。完全な代わりにはなれないだろうけど…今は、私がいるよ?」

 

「……!」

 

「私はまだ未熟だけど……でも、私がいるって思ってくれるといいな。私にできることがあれば、言ってほしい…プラナちゃん、私はあなた寄りかかってもらえるようになりたいんだ?」

 

 ……これは私の本心…

 この子の表情や心情を読み取り、そこから導き、探るような過程を挟んだわけではない形としての言葉。

 少しでも、寄りかかっても大丈夫だと思われたいから出たものだ。

 

「……それは…私であってもですか…?」

 

「うん、もちろん。だって私はーー…『大人』だからね?…だからさ、プラナちゃんの好きなように寄りかかって来ていいからね?」

 

 …不安だ……少し、言葉としてくどかっただろうか?

 どこか、冷や汗が背中を伝っていくのを感じた。

 言うとしても、私では適していなかっただろうか…

 …私を見ているプラナちゃんの表情は少し驚いているように見えるが……やっぱり、この時間はかなり心臓に悪い…

 

 ……本当に…何よりも緊張するなぁ…

 

「……やはりお姉さんも…先生と同じなんですね?」

 

「……んぇ?」

 

 その時、私の考えにもなかった言葉がプラナちゃんから向けられた。

 驚いて、意図せず気の抜けたような声が漏れ出てしまった…

 でも……私が…弟と同じ…?

 …それは違う、そんなわけない……だって私は…

 

「……私が弟と…いやぁ、別にそんなことはないと思うけどなぁ…」

 

「いえ…同じですよ。最初お姉さんを見た時は、姿や雰囲気まで先生とそっくりで驚かされましたが……その内面も、私や生徒を思って咄嗟に行動している部分も…先生と同じものでした。」

 

「……そう…なのかなぁ…」

 

 プラナちゃんから聞いた、シャーレの先生としてのアイツは……私の…

 ……いや…無理だな…?

 やっぱりまだ、アイツと私は…全く違うとしか思えない…

 …だが、ずっとアイツのことを近くで見てきたこの子からそう言われるのは……

 

 ………嬉しいな…

 

「……ありがとう、プラナちゃん…そこまで言ってもらえるなんて思ってなかったなぁ〜…?でも、生徒のための行動についてだけど…私はまだなにも…」

 

「……いえ…あの…お姉さんは生徒さんを守るために、自分から建物の影から飛び出していったではないですか?」

 

「(…!あれもプラナちゃんに見られてたんだ…)あっ…そ、そうだった……たしかにアレがあったから、今ここにいるんだったね…」

 

 プラナちゃんの目、またジトっとしたものになってるなぁ…かわいい。

 それにしても、中々の大事だったのにすっかり頭から抜け落ちていたなぁ…

 あの時の私…何だか自分の意思で体が動いていなかったような気がする。

 だから……そのせいだろうか…?

 こうして、プラナちゃんに指摘されるまで忘れていたのは…

 

「はい、そうです…特にあの時は、私もビックリさせられました……先生と同じように、銃弾一つが致命傷となるのに意に介さずに…無茶をし過ぎです…」 

 

「うっ……で、でも…プラナちゃんのおかげで、私にまでは銃弾が当たらなかったんだよね?…たしかに結果的に体の色んな場所を打ったりはしたけど…」

 

「……それは違います…あの時は私も突然過ぎて、防衛が間に合いませんでした…本当ならお姉さんに傷をつけないように守るのが、私の役目だったのに…銃弾が逸れてくれたから良かったものの……もし、直撃していたら…」

 

「…あっ……ご、ごめん…ね…」

 

 あぁ、こんな顔をさせるつもりはなかったのに……やっぱり未熟だな、私は…

 ……でも、これはプラナちゃんの言う通りだ。

 私が死ぬ気で飛び出したところで、あの場で変わることはあまり無かった…

 …というか、むしろ私が出たことによって、絶対さらに混乱させることになったな…

 

「…じゃあ……約束するね。」

 

 このキヴォトスは、私にとってはそれほど危険で…そんな世界を何もない状態で歩く私の方が異端なのだ。

 そして、私と同じ立ち位置のアイツをずっと近くで見てきたからこそ、プラナちゃんにここまで責任感を負わせてしまっている…

 ……本当、情けないなぁ…私…

 

「……もう、私も無茶はしないよ?プラナちゃんを心配させないためにも、自分から危ない場所に突っ込んでいったり、簡単に自分の命を差し出したり…そういうことしないようにする。」

 

「……お姉さん…」

 

「だからさ…私と指切りしよっか?…プラナちゃんとのこの約束、私が破らないようにするためにね?」

 

「…!はい…」

 

 私が差し出した小指に、プラナちゃんは曲げた自分の指を引っ掛けてきた。

 こうして指切りをしたのなんていつぶりだろうか…本当に小学校の時くらいまで遡るんじゃないか?

 ……あの時は、泣いてたアイツに私がしてあげたんだっけ…

 

「……はい、これで切れない約束がプラナちゃんと交わされたね?うーん……もし破っちゃったらどうしようっかぁ…」

 

「…その時は、私のお願いを聞いてもらいますよ、お姉さん?」

 

「……内容はお手柔らかなものでお願いするよ…プラナちゃん…?」

 

「……ふふ…」

 

 さて…キヴォトスやプラナちゃんについてなど、一通りの知りたいことについては聞けた。

 あとはここからどう出るかだが…これについては、プラナちゃんが察したように答えてくれた。

 

「…この教室から扉を潜ると、お姉さんは戻ることができます。しかし、シッテムの箱の中と外の時間の経過に誤差があるため、混乱してしまうと思います…」 

 

「…!いやいや、それが知れただけでもありがたいよ?よし……そろそろ、私も戻らないとね…」

 

 ずっと膝の上に乗っていたプラナちゃんを立たせて、私も続くように先から立ち上がった。

 ……おぉ…急激に全身に血が流れていくのを感じるぅ…

 これによって一瞬、体のバランスを崩しそうになったがなんとか踏ん張る。

 そして私は、最後にもう一度プラナちゃんの頭を撫でて、教室の扉へと向かっていく。

 ……扉の先、反対側と似たような風景だなぁ…

 

「あの、お姉さん…」

 

 そして、扉に手を掛けたタイミングでプラナちゃんから声がかけられた。

 何かあったのかと思いながら振り返って見たプラナちゃんの表情は…少し暗い?

 

「……ん?どうしたの、プラナちゃん?」

 

「……いえ…実は一度も、お姉さんから『先生についての質問』をされていないと思いまして…」

 

「(……!!)……あぁ〜…そうだね…」

 

「…このまま私から何も聞かずに、行ってしまうのですか?」

 

 ……やっぱり、プラナちゃん…気づいちゃったかぁ…

 アイツの死因やら何やら…これらについて、姉として何一つ自分の口から聞かないのは、たしかにおかしなことだろう。

 …でも、なんでかな……自分でもこの理由がよく分からないや…

 

「…うん……まだ、いいかな…?…私も整理がついていないというか…覚悟ができていないというか……まぁ、こんな感じな理由があってね…?」

 

 プラナちゃんの問いかけに、私は一瞬、言葉が詰まる。

 心の中で何度も、問いかけに答えるべきだという声が響いた。

 しかし、口を開くことができない……いや、答えられない。

 まだ、気持ちが整理できていないのだと自分に言い聞かせる。

 しかし、その気持ちの奥底には、どうしてもまだ向き合えない…

  

「そう…ですか…」

 

 プラナちゃんの目が一瞬、床に向けて沈んだように感じた。

 口をわずかに引き締め、言葉を選ぶようにしてから、ゆっくりと私を見上げてくる。

 その視線は、まるで何かを求めるような期待と不安を含んでいるようで…思わず胸が締め付けられるような気がした。

 

「……ま、またここに遊びに来るね、プラナちゃん…?だからとりあえず今は、目的地だったシャーレオフィスに行くよ…」

 

「……はい、お気をつけて…」

 

 ……ここにきて、私はまた隠し事をしてしまうか。

 いや、まぁ…実際にアイツについて踏み込まずにいる理由が、私にも分かっていないんだ。

 だから……今は、このままでいいだろう…

 

「…それにしても、目を覚まさなくて心配させちゃってるかなぁ…気を失う前に見たコノカちゃんの顔、かなり焦ってたし…」

 

「…そうですね…おそらく戻るのと同時に『怒られる』と思いますが、それは仕方ない事だと思って下さい…」

 

「……やっぱりー…そうだよねぇ……ははは…」

 

 プラナちゃんの心配そうな表情に対して、私は苦笑いを返す。

 ……さて…ここからが私の第一歩だ。

 私はこれから、アイツが生きていたこのキヴォトスを歩いていく。

 どんなことが待ち受けているか分からないが…今度こそ、向き合おう…

 

「…………」

 

 首元のシャツに巻かれ、垂れ下がっているネクタイを握りながら私は扉の先へ足を踏み出していった。

 

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