青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第七話〉あの時、差し込んでくれた光

 

「……んん……んぁ?」

 

 プラナちゃんのいた教室から出たのと同時。

 私の視界は白い光の中に吸い込まれたと思った次の瞬間、鼻を刺すような火薬の匂いが、私の意識を現実に引き戻した。

 ここにも嗅ぎ慣れない、鉄を焦がしたような匂いが漂っていた。

 ……こうして見慣れない場所で目を覚ますのは何回目だろうか…

 

「(…これ……戻ってきたって…ことなのかな…)…!?いったぁ…!」

 

 どこか頭や体に違和感があり、体を起こそうとした瞬間、鈍い痛みが走った。

 そうだった……シッテムの箱にいた時はあまり気にしてなかったが、私色んなところに痣ができてたんだった…

 再び痛みがこないよう、ゆっくりと注意しながら違和感のある部分に目を向けてみた。

 …しかし、私はどれくらい気絶していたんだ…?

 

「…あれっ……いつの間にこんな…」

 

 見ると、私の腕や足、頬部分に湿布のようなものが貼られていた。 

 さらに頭に触れるとさらりとした感触があり…これは包帯だろうか?

 ひとまず、今の状況としては……私は気を失って、その状態のまま怪我の治療された後のようだ。

 しかしどうしようか…周りに人がいないようだし、声に出して誰か呼んだほうが…

 

「目が覚めましたか、四ノ崎さん…!?」

 

「ひぁっ…!?」

 

 突如として、焦ったように私の名前を呼んで誰かがテントの中に入ってくる。

 思わず変な声を出してしまった……恥っずい。

 しかし、これによって、私もシッテムの箱から戻ってきたのだと確信が持てた。

 そして体を震わせて驚きつつも、声のした方を向くとそこには息を切らしながら鬼気迫ったような表情の……本物の犬耳?がついた子がいた。

 

 この子が私の手当、してくれたのかな?

 

「(うわぉ……似合ってるなぁ…)…あ、あなたは…?」

 

 その子の服装は、表情に合うカッチリとした警官の上着を着ており、纏う雰囲気は完全に大人の女性だ。

 いや、もちろんこの子も生徒だということは重々理解しているよ?

 だがそれを差し引いてもこの子、私なんかよりよっぽど大人の貫禄があるなぁ…

 

「失礼…急に驚かせてしまい、申し訳ございません。私はヴァルキューレ警察学校公安局局長の『尾刃カンナ』と申します。つかぬことをお聞きしますが、先生のお姉さんご本人……でお間違い無いですか?」

 

「そ、そうだね……えーっと…ここ、どこなのかな…?」

 

「ここは銃撃戦があった場所の近くにある、仮設の医療テントです。あなたは、生徒を庇って気絶していたんですが…覚えていますでしょうか?」

 

「あー…うん、ははは……それはもうバッチリと……たぶん?うん…きっと…」

 

 うーん、この表情……やっぱり、かなり心配させていたみたいだ…

 シッテムの箱でプラナちゃんとかなり長い時間、話をしていたからなぁ……その間、私は目を覚まさないでいたわけで…

 

「……あっ。」

 

 そうだ……それなら、あの子はどうなったんだ?

 

「あの、カンナさん?あの子は…コノカちゃんはどうしてるの…?」

 

「……!」

 

「銃弾が当たらなかった気はしてるんだけど、私が……あの子に対して、吹き飛ばす勢いでぶつかっちゃった気がするから……それで、もし頭とか打ってたらって思うと…」

 

「……いえ…貴方のおかげで、彼女には特に目立った怪我はありませんのでご心配なく……現在、外に待機しているため、ここへ呼んできましょうか?」

 

「えっ、本当?…うん、それならお願いしようかな…?はぁ〜〜……それにしても、あの子に何もなかったようで、本当に良かったよ…」

 

「…!……全く…貴方も先生と…」

 

「……ん?どうかしたの、カンナさん?」

 

「あぁ、いえ……では、私はひとまず失礼いたします。」

 

 私の言葉を聞いたカンナちゃんは一礼すると、そのまま早足で外へ出ていった。

 何か言いかけていたような気がするが……でも、まぁいっか。

 

 しかしあの子、名前はカンナちゃんか…

 あの声や雰囲気を見聞きした限りだと…

 

「(やっぱり、もしかしてあの子が…)」

 

 私が飛び出す前に、コノカちゃんが話していた内容を思い出す。

 あの時に通話していた『姉御』こそが、カンナちゃんなのかもしれない。

 なんだろう……もしそうなら、たしかに雰囲気というか…?

 私も、コノカちゃんと同じように呼びたくなるような気がするなぁ…

 

「(……あれ…?そういえば上着…それに……あれっ…!?スマホも…ない…!?)」

 

 体がどこか軽く感じられた。

 まるで一枚、皮膚の上から何かが剥がれ落ちたような…

 不安になって、手を動かして物を確かめてみると、身につけていたものがなくなっていることに気づいた。

 

 着ていた上着は……まぁいい。

 あれは学生時代に古着屋で買ったものだし、似たものをまた買えばいいだけの話。

 財布や家の鍵は…これらは確かに無くしたら困るが、このキヴォトスにいる間はその重要度はワンランク下がるだろう。

 

「(ちょっ…本当にないの…!?うわっ、他のポケットにもない!うそ、嘘でしょ……あの時に無くした…?!)」

 

 だけど問題は、ワイド丈のパンツの左前ポケットの中身である。

 そこが定位置となっているはずのスマホが……どこにもない…

 先ほどの騒動の中で無くしたのかと全身の血の気が引き、他のポケットを漁ってみるが、やっぱりどこにもない。

 それならばと、私はすぐに急いで自分の周辺を見渡してみる。

 

「(マズイマズイマズイマズイ…!いきなりプラナちゃんとお別れなんてことになるのは、本当シャレにならないって…!?)」

 

 生じていた焦りは、すぐに杞憂となって終わりを告げた。

 

「……あっ!はぁ〜〜……あっっったぁ…!!」

 

 すぐ近くのテーブルに丁寧に畳まれた上着があり、さらにその上に私の私物やスマホが置いてある……本当に助かったぁ…

 ほっとして深く息を吐き、どっと疲れが襲ってきた体をなんとか動かして立ち上がる。

 そして、スマホを取ろうとテーブルに近づいたそのとき、ついさっきまで耳にしていた声がスマホから聞こえてきた。

 

「『どうやら目が覚めたようですね、お姉さん?』」

 

「えっ…!?プ、プラナちゃん…!?」

 

 示し合わせたようにスマホの暗い画面が切り替わり、そこにプラナちゃんが映し出された。

 な、なるほどぉ…先ほども話していたが、こういう形でプラナちゃんは私のスマホを通して話すことができるのか…

 しかし、さっきまですぐ目の前で話していたプラナちゃんが、こうしてスマホの画面を隔てて存在している……不思議な感覚で、少し心細い…

 

「『……ボロボロ…ですね…お姉さん……申し訳ございません…』」

 

 少し間を置いて笑いながら言ったが、プラナちゃんの声色は沈んでいた。

 うぅ……申し訳ない…

 

「は、ははは…なんだか、たしかに大事に見えるかもしれないけど…本当に重傷ってわけじゃないから安心してね…?…それにしても、私がプラナちゃんと一緒にいる間に、起こってた騒動って落ち着いたのかな?」

 

 プラナちゃんがひとまず私の姿を見て、目線を少し落とす。

 私は小さく微笑んで、何でもないよと目で合図した。

 そして上着を着直しながら、私はスマホの画面上に映っているプラナちゃんと会話を続けた。

 情報を教えてくれるということだが、やはり私の知らないことを、すぐに把握して伝えてくれるプラナちゃんの存在はありがたい…

 

「『はい、そうなります…現在の周辺の状況としては、ヴァルキューレの生徒の皆さんの尽力もあり、ヘルメット団の鎮圧が済んで安全なものとなっております。』」

 

「…そっかぁ…それならもう安心できるかな…?」

 

「『はい…しかし頻度は減少しましたが、キヴォトスはいつ、どこが戦場になるか分かりません……警戒は怠らないことを推奨します。』」

 

「うっ…そうだよねぇ…?やっぱり、常に巻き込まれるかもしれないっていう覚悟はしておかないとね…」

 

 …この世界に足を踏み入れたその瞬間から、もう私の安寧はないようなものだ。

 だから、今更足踏みをするつもりはない…アイツが生きたように、私もこの世界を歩いていくだけ…

 ……それに、もう私は1人ではないのである。

 

「『…加えて『先生のお姉さんがこのキヴォトスにいる』という情報は、すでに様々な場所に広がっています。…もしかすると、良からぬ事を考えた人たちがお姉さんを狙う可能性もあります…』」

 

「……うん、分かったよ。プラナちゃ…」

 

「失礼しま……四ノ崎さん?誰かとお話し中だったでしょうか?」

 

「あっ…!?カ、カンナちゃん!?いやぁ…ちょっと状況を整理するために色々とねぇー…ごめんね、独り言が大きくなってたみたい…!」

 

「(カ、カンナちゃん…)…いえ、そうでしたか…先ほどお伝えした通り、ヴァルキューレ警察学校副局長のコノカを連れて参りました。…お前にお話しがあるそうだぞ?」

 

 危なかった……プラナちゃんの存在は、キヴォトスの生徒にはバレてはいけないらしい…

 それが回避できたため、思わず心の中で再び安堵の息が溢れた。

 

 カンナちゃんは少し不思議そうな目を向けてきているが…大丈夫だろう……多分。

 そしてカンナちゃんの後ろ、名前が呼ばれると私があの時に飛びついていった子がおずおずとした様子でやって来た。

 

「うぅ……ご紹介に上がりました…ヴァルキューレ警察学校副局長のコノカと申します…」

 

 この言葉と共に、カンナちゃんの肩越しに開かれたドアから、コノカちゃんが顔を覗かせるように現れる。

 しかし、まぁ……これは…

 

「(い、萎縮しちゃってる…)…そ、そんなに畏まらなくて大丈夫だよ、コノカちゃん…?」

 

 なんとなく予想はしていたけど、やっぱりこういう感じになってしまったか…

 コノカちゃんから見れば、自分よりも銃弾や爆発に対して巻き込まれれば致命傷となる人間が、自分を庇うために飛び出して来たのだ。

 

 自惚れているわけではないが…しかも飛び出して来たのが、このキヴォトスの中で尊敬の念を受けていたシャーレの先生の姉だった。

 そう聞けば、誰だって萎縮してしまうか……いや、改めて考えてみても、何をしてんだ、私は…?

 本当に後先考えずに余計なことをしちゃってたんだな…

 

「…そういうわけにはいきません……私のせいで、先生のお姉さんである貴方まで亡くなっていたかもしれないんです…!本当に申し訳ございません…!」  

 

「い、いやいや…!コノカちゃんは何も…」

 

 この子に、私のせいで無駄な責任を負わせてしまっている。

 そんな必要なんてなかったのに…全ては、私の不用意さのせいだ。

 ……そうだ…違うだろ?

 この子がこんな深く思い悩む必要なんて…全くないんだ。

 だって私は、この子にーー……

 

「……顔をあげて、コノカちゃん。本当に私は気にしてないし…というか、危険に飛び込んでいったの私だったしね?だからコノカちゃんが気に病む必要は…全くないよ?」

 

「…っ…で、ですが…」

 

「……私ね。何も知らずにキヴォトスに来て、そしていきなりあんな銃撃戦に巻き込まれてね?いやぁ〜…本当にね……体が動かなくなるほど、怖かったんだ…」

 

 あれはつい数時間前のことだが、もうすでに忘れることができないくらいに脳細胞に深く刻み込まれている感覚がある。

 だから忘れるどころか、鮮明に思い出されるなぁ…

 あまりにも唐突に訪れた衝撃と、今まで感じたことのなかったあの恐怖は…

 

「………」

 

「…もうダメだと、本気で思ったねぇ?恐怖で足も動かなかったし、このまま死ぬんじゃないかってさえ思ってた……でもね?…そんな私の前に、コノカちゃんが現れてくれたんだ。」

 

「…!……えっ…」

 

「隠れて喋ってる姿を見てたんだけど…溌剌(はつらつ)としていて明るくて、『今日は厄日だー』って言ってる姿もなんだか可愛らしくて…その姿を見たおかげで、私の中にあった恐怖は薄れてくれた。…あの時に、私は一度コノカちゃんに自分の弱ってた心を救ってもらってたんだ。」

 

 …だからあの時、私の前にこの子がいてくれたおかげで…私はそれだけで救われた。

 大人気なく、すぐにでも逃げ出したいのに恐怖に動けずにいた私にとって、目の前にいたコノカちゃんの姿は…眩しくて温かった。

 

「い、いや……私は…」

 

「私があんな事したのは…多分こんなことがあったからかな?コノカちゃんが銃弾を受けたとしても、それが重傷にならないことは頭では分かってた…でも…それでも、コノカちゃんが傷付いた姿を見たくなかったから…気が付いたら、私は後先考えずに飛び出していっちゃったんだ…」

 

 勝手に救われた気になって、勝手に危なくなったのを目にしたから飛び出して…それが今に繋がっている。

 たしかに結果として、私は多少の傷を負うことにはなった。

 でも…これによる後悔は、私は全くしていない。

 

「…私は、私が受けた恩を返しただけで…こんな状態になってるのもまぁ、『名誉の傷だなぁ〜』…って思ってるしね?……だからね…」

 

 私はコノカちゃんの手を握る。

 

「……私を助けてくれてありがとう、コノカちゃん。どこも怪我をしていないみたいで本当に良かった……だからさ、そんなに自分を責めないであげて?」

 

「……っ…」

 

 ここからしばらくは、互いに無言の時間だ。

 カンナちゃんも黙って私たちの様子を眺めてくれている…この子も本当にできた子だなぁ…

 そうして離れたコノカちゃんは、私に対して笑顔を向けてくれた。

 

「……いやぁ…守るための警官なのに、少し情けない姿見せちゃったっすね…ですが、本当にありがとうございますっす…四ノ崎さん…」

 

「…あれ?別にお姉さん呼びでも大丈夫だよ?私のことを苗字呼びするのは、弟と混ざって分別しにくいでしょ?」

 

「そ、それはさすがに遠慮させてもらうっすよ…!」

  

 私がこの子たちのことを名前呼びしているのに、苗字で呼ばせるのは少し申し訳ないんだけどなぁ…

 まぁ、これはコノカちゃん本人が下した判断だ。

 それに対して、私が無理に踏み込む必要はないな…

 

「……お話しの途中で申し訳がないですが…四ノ崎さん。これから連邦生徒会から連絡を受けた際にお聞きしていたであろう場所まで、我々がお送りします。すでに車の準備はできておりますので、向かいましょう。」

 

「……!そ、そうだったね…!えーっと…シャーレオフィスってところが目的地なんだけど、この場所については…」

 

「問題ございません。私や副局長も何度かお邪魔したことがありますので…」

 

「あぁ、たしか弟が生徒との交流のために使ってた、『当番』っていう制度があるんだったっけ?それなら〜…その時の話、目的地に向かう途中で聞かせてもらえないかなぁ?2人がどんなことを弟と話してたか、気になるしぃ…」

 

「えぇ、もちろんっすよ!…姉御も、私に先生とどんな話していたのか、そろそろ教えて欲しいっす…!」

 

「……はぁ…えぇ、分かりました。向かう途中で私もお話ししましょう……ですが…」

 

 ……あれ…?

 なんか…カンナちゃんの雰囲気が少し不穏なものに変わった気がする…

 は、迫力が凄い……でも、なんで…?

 なんでこんなに…いやーな予感がするんだろうか…

 

「…四ノ崎さん。私からも今回のことで色々と話したいことがありますので、シャーレオフィスに到着するまでの間…お覚悟して下さいね?」

 

「………ハ、ハイ…」

 

「あ、姉御…!?」

 

 …プラナちゃんと話していたのに、すっかり忘れていたなぁ…

 だが当然といえば当然か…私が自分の意思で危険に飛び込んでいき、それによって気を失っていたという事実に変わりはない…

 ……だから、これも良い教訓になると思って……うん…そう思っておこう…

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