青い残影を求めて   作:イナブ

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〈第八話〉少しズレてる、けど丁度いい

 

 今日はキヴォトスだけでなく、私の暮らす街にも、一片の雲さえない空が広がっていたはずだ。

 太陽は惜しみなく地上に光を注ぎ、まるで何もかもを包み込もうとしているかのように…

 だが…多くの人にとっては良いものであっても、この天気は学生たちにとってはかなりの恐ろしい天敵である。

 

「(…この陽気、学生の敵なんだよねぇ…あの子たち、どうしてるだろ……何人か寝落ちしてんだろなぁ…)」

 

 きっと今頃…うちのクラスの子たちは、昼食後の満腹感と、このぽかぽか陽気にやられながら、睡魔と戦ってるんだろうなぁ…

 私も何度、学生時代にこのポカポカとした陽気にやられたことか…

 しかしまぁ…今の私に、この眠気がやってくることはないだろう…

 

 ーーそう思った瞬間だった。

 

「……聞いていますか、四ノ崎さん!?」

 

「…!ハイッ…!!しっかり聞いていますよ…!?」

 

「全く…本当に何をしてらっしゃるんですか、貴方は!?もし銃弾が直撃してたら、どうなってたと思うんですか!?今の貴方の立ち位置は、このキヴォトス内で最も重要なんです!!」

 

「ひっ…!?は、はいぃっ…!す、すみませんでしたぁ…!」

 

 運転席から、窓から差し込んでくる日の光に当てられて後部座席に座る私に向けて、ぼんやりとした意識がハッキリとする声が飛んでくる。

 彼女の声には、怒りと焦燥が混じっていた。

 この声の主は、ヴァルキューレ警察学校の局長『尾白カンナ』ちゃんだ。

 警察学校の局長という立場もあり、責任感が人一倍強い印象を受ける。

 ……にしても、手厳しい口調とは裏腹に、驚くほど運転が上手いなぁ…

 免許だけ持ってここ数年、運転を一切していない私の何倍も快適だ…

 

「……貴方が巻き込まれ、気を失ったという情報を聞き…本当に血の気が引きました……心臓が止まるかと思いましたよ…」

 

「…本当にごめんなさい…もう、絶対にしないように心掛けます…」

 

 私の頭に巻かれていた包帯は、さすがにもう大丈夫だということで取ってもらった。

 だが、服で隠されてはいるが、私は体の至るところに湿布が貼られた状態だ…

 まあ、うん…これは完全に自業自得やつだなぁ…

 しかし、今の私はこのキヴォトスで最も重要な立ち位置か…うーん、なんだかそう言われると……なんか、むず痒い…

 

「先生もそうでしたが、貴方も自分の身を顧みなさ過ぎです!……自分から銃撃の中に飛び込もうとするのは今回に限っておやめ下さい…いいですね!?」

 

「ハ、ハイ…」

 

 大人になってからここまで真剣に怒られているの…初めてかもなぁ…

 …自分を顧みずか……アイツ、私が無意識にしたあの無茶を何度もしてたのか?

 ……随分と誇らしいこと、してたんだなぁ…私の知らないところで…

 

「あ、姉御!悪いのは私っす!だから、そこまで先生のお姉さんをきつく詰める必要は…」

 

「この人にはしっかりとキヴォトスの危険について周知してもらう必要があるんだ!副局長も戻り次第、始末書は書いてもらう……全く…別のことに気を取られて、自分のすべき事を疎かにするな…!」 

 

「うぅ……了解しました、姉御…」

 

「……ごめんね、コノカちゃん……私のせいで…」

 

 体が縮こまってしまっている私の隣の座席。 

 そこには私と同じように、カンナちゃんの雰囲気に圧倒されて小さくなっているコノカちゃんがいた。

 しかし、この子には本当に申し訳ないことをしてしまった…

 普通ならこの子が書くことになった始末書が私に全投げされても、何も言えないくらいなのに…

 

「…いえ、謝らなきゃいけないのは私の方っす…姉御の言う通り、ジンクスやら占いの結果に夢中になったことで招いた結果……本当に申し訳ございません、お姉さん…」

 

「わ、私はもう大丈夫だって〜…ははは…あの時コノカちゃん、占いの結果が『今日は新しい出会いが必要』ってものだったけど…なんか、その通りになっちゃったね?」

 

「……そうなんすよ…もうアレは今後は目にしないようにするっす…」

 

「まあまあ、今回がピッタリ当てはまっただけだと思うけどー…それに、私からしたらこうしてコノカちゃんとカンナちゃんに出会えたから良かったと思ってるよ?」

 

「あの、四ノ崎さん……副局長を呼びに行った後からずっとそうなんですが…私のことをカンナちゃん呼びするのは、控えていただければ嬉しいです…」

 

 少しバツが悪そうな様子でカンナちゃんからこのような言葉が返ってきた。

 うーん…こういう風に呼ばれているのが慣れていないのだろうか?

 コノカちゃんには姉御呼びされているみたいだが…やっぱり立場が原因?

 でもなんでだろうか…個人的に、このカンナちゃん呼びを崩したくない気持ちが強い。

 

「えぇ〜?私としてはこの呼び方で気に入ってるんだけどなぁ…ねぇ、どうしてもダメ…カンナちゃん?」

 

「はぁ……分かりました、私の呼び方はお好きにして下さい…」

 

「…おぉ、ありがとうね、カンナちゃん♪」

 

 …カンナちゃん、なんだか結構あっさりと引き下がってくれた…

 もし馴れ馴れしくし過ぎて呆れられているとしたら…少し悲しいな…

 ……私、やっぱりちょっと距離感おかしいのかな…?

 若干やらかしてしまったかと、少し不安になっている私の横からコノカちゃんが声をかけて来てくれた。

 

「お姉さん…あんな目に遭ったのに、本当にポジティブっすね…?私は本当にアンラッキーにぶち当たって……今、マジで結構トラウマなんすけど…」

 

「…うーん…それは私の中で、『キヴォトスはこういう場所』っていう風に、もうある程度割り切って考えているからからな?」

 

「適応力…高いっすね?」

 

「ははは…たしかに私が普段いる場所って、銃撃なんかとは本当に無縁だからねぇ?…でもまぁ……ん、たぶん大丈夫かな?いや、慣れちゃったってのが正しいかもね?……それもそれで、ちょっと怖い話だけど…」

 

 プラナちゃんの存在も理由として大いにある。

 だが、何より自分から銃弾が飛び交っていた場所に飛び込んだからだろうか?

 銃弾が飛び交うあの空気に、いつの間にか『慣れた』感覚すらある。

 

「(……もしかして…本当に染まってきてる?)」

 

 自分でも本当に不思議な感覚だ…これはなんだろうか…?

 今までの私の常識というものが、キヴォトスのものに一新されたような…そんな感じである。

 良いことかは分からない。

 でも、今は少しだけ……それを受け入れている自分がいた。

 

「…そういえば、こうしてお姉さんはキヴォトスに来る前はどのような仕事をしてたんすか?人と関わる事に慣れてるような感じはするんすけど、パッと見じゃ予想がつかなくて…」

 

「んん?あぁー…私の仕事は、外では弟と同じで先生だよ?ちょうど2人と同じくらいの子たちの相手をしてるね?」

 

「……!?」

 

「えっ、お姉さんも先生なんすか!?まさかマジでこう姉弟揃って同じ…どおりでお二人は雰囲気から似てるんすね!」

 

 ……あれ?

 なんか……意外と驚かれたな…?

 そこまで今の私からイメージがつかなかったのだろうか…服装のせい?

 それとも…ちょくちょく自分でも気になっていたが、距離感のせいだろうか?

 

「こ、ここまで驚かれるとは、正直思ってなかったよ…?…カンナちゃんも、コノカちゃんと同じくらい驚いてたけど……そこまで意外だったかなぁ…?」

 

「いえ、そういうわけでは……先生という立場だったからこそ、私たちへの接し方も、あの場に飛び込んでいったということについても、納得はしました。…ですが、先生よりも距離感が近いといいますか…」

 

「……!あぁー…」

 

「あー、そうっすね?姉御の言ってることにすごく納得っす。『先生のお姉さん』というのは間違いないんすけど…それ以上に、先生よりもエネルギッシュで、なんか私たちと色々近いような気がするんすよね?」

 

「…………」

 

 ……この子たちに近いか…

 意識していなかったが、たしかにそうかもしれないな…?

 なんだか、自分でも抑えられないほどまで…大人とは乖離した自分がこのキヴォトスに来てから出ている気がする。

 まぁ…これに何か大きな理由あるわけじゃない…はずだ。

 ただ、こうしている方が、この子たちと接しやすいと私が無意識に判断したんだろう。

 

 ……うん、きっとそう。

 ……そうだと…思いたい…

 

「んーー…たしかに自分でも、なんだか距離感の調整が上手くできてない自覚はあるかもね?どうも学生時代の感覚がふっと蘇ってきた、みたいな感じっていうか…。まっ、2人なんかよりも年のいった人間が何言ってんだろうって思われそうだけど…」

 

 苦笑いまじりにそう言って、私は頭の後ろで手を組んだ。

 ふっと目を逸らすと、窓の外の景色が少しずつビル街に変わっていくのが見える。

 

「(いやぁ、お姉さん…ぶっちゃけ、あんまり私たちと変わらないで見られると思いますっすよ?)…でも、生徒と距離感が近くても気にすることはないと思うっすよ?ね、姉御もそう思いませんか?」

 

 隣でコノカちゃんがニヤリと笑いながら、肩をすくめる。

 カンナちゃんもコノカちゃんの視線に続くように、小さく頷いた。

 

「…えぇ、私も副局長とは同じ意見です。それに四ノ崎さんは先生と同じように『大人の責任感』があるように見受けられますからね?」

 

「(…!……大人の責任感…か…)」

 

 その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失った。

 予想もしなかった言葉に、表情をどう返していいか分からず、私は思わず笑ってしまった。

 

「へへぇ〜…嬉しい事言ってくれるなぁ、2人とも?…よし!それなら、シャーレオフィスまで送ってもらうお礼ごてら、2人には大人として何か奢らせてもらおうかな!?」

 

「えっ、本当にいいんすか、お姉さん?!太っ腹っすね!」

 

 笑った声が、少しだけ掠れていたかもしれない。

 私の言葉にコノカちゃんが目を輝かせて前のめりになった。

 それにより、シートベルトがわずかに軋んだ。

 

「……!ま、また急にそんなことを…!…その、お気持ちは……ありがたく、受け取りますが、それ以上は…」

 

「ふふふ…いいのいいの。大人はね?他の人の食べる姿を見て、それをおかずに自分はさらに美味しく食べるものだからね?さあ、重いものでもスイーツでもなんでも言っていいよ?やっぱり仕事終わりは、何か口に運ぶのが1番いいからね?」

 

 どこか冗談めかしながらも、これは本音だった。

 誰かの喜ぶ顔は、なによりのごちそうだ。

 

「うーっし、テンション上がってきたぁ!ならニンニクマシマシの豚骨ラーメン、ゴチになりますよ、お姉さん!」

 

「ははっ、それだよそれ!疲れた体にカロリー爆弾は、最高の癒やしだよね〜!カンナちゃんはどうする?」

 

「そうっすよ、姉御!こう言ってもらってるんですし、ここは遠慮しないで乗っかるとこっす!」

 

 コノカちゃんが小さくガッツポーズを作り、カンナちゃんにも意見を仰ぐ。

 これには、カンナちゃんも話に乗らざるを得なかったようだ。

 

「うっ……わ、分かりました。でも、シャーレにもうすぐ着くので、行くとしても四ノ崎さんの用事が終わってからですよ…!?」

 

「もちろん!ちゃんと順番は守るよ。……じゃあコノカちゃんも、異議なしってことで?」

 

「はいっ、異議なしっす!」

 

 外の景色が、再び背の高いビル街に移り変わった。

 

 ……まだ、ギリギリ脂っこいものが入るような胃でよかったなぁ…

 …まぁ?一応どこかで胃薬を買っておくつもりだが…

 

 そんなことを心の中でこっそり思いながら、私はさりげなくカンナちゃんに気づかれないように、隣に座るコノカちゃんに小さく手を差し出す。

 

 これに気づいたコノカちゃんが、にやっと笑いながら小さくハイタッチを返してくれた。

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