セイア「殴り合いだ。歯を食いしばりたまえ、ミカ」 作:Rayu278
────ここから先は、後日談…。私達の、なんともスケールが小さく、それはそれは壮絶な喧嘩を発端とした物語の、エピローグだ。
まず、一つ。今回の“お茶会”は、私個人がプライベートで設定したものだ。公的な会合ではなく、監視の目も手伝いも付かない。今のミカは会合への参加資格もないような物だから、当然と言えば当然だ。
最低限の人払いとある程度の準備は除外するが、なんならそれ以外にはティーパーティーの名前も使っていない。此処に人を集めたのは、「百合園セイア」という一人の生徒。参加したのはその友人の、「桐藤ナギサ」という生徒と、「聖園ミカ」という問題児。それだけの事だ。その上でロケーションはそれこそいつもの“お茶会”と同程度の機密保持を徹底した。
…回りくどい、とミカに文句を言われる前に結論を話す事にしよう。つまり、目撃者は誰もいないという事だ。現場に居合わせたナギサ以外には。
ミカの事情と私の意図を察したナギサは、不服そうにはしていたが、黙秘を貫く、という事で意見がまとまった。要するに、私もミカもお咎めは無し。シスターフッドも目じゃない三人だけの秘密事項が、ひとつ増えた訳だ。
…ただ、まぁ。一つ、言いたいことがあるとすれば。
可能な限り隠れて片づけをしたはずだった。割れた皿や脚の折れた机も、上手く責任を分散させて、揉み消したし。
それなのに、どこで漏れたか────「頭に潰れたロールケーキを乗せた百合園セイアが、人目を気にして物陰をこっそり移動する写真」が、トリニティの各所で、密かに出回っていた事だけが解せない。
…ミカでなければ、誰だろう。あんなもの、いつの間に。
ミカへの嫌がらせについては、掘れば掘るだけその証拠が湯水のごとく湧き出てきた。中にはかなり、不快感のあるものもあって────迷わず、正義実現委員会に対応を一任する事になった。私とナギサ、現ティーパーティー二人の連名による、勅命にも近い内容だ。否が応でも、ある程度改善される事だろう。暫く忙しくなるであろう正実の皆には、私から何か労いの品でも送る事にする。
…それと、これは私情からだが。ハスミに業務を委託した時、人手不足を心配していた彼女に、助言を一つ零しておいた。
「そういうことなら────自警団との連携も、視野に入れておくと良い」
彼女達ならばきっと、快く動いてくれるはずだ。
ナギサも、ミカの件に関して対処が求められる書類が追加で一山分。
謝肉祭の準備に追われて特に忙しい所を、負担してやれなくて申し訳ない、と言いかけたのを、本人から咎められた。「私も、共に背負うべき責任ですから。なんてことはありません」…と。
今度、彼女が落ち着く頃に改めてお茶会を開こう。もちろん今度は決闘とかナシの、まともなものを。
ミカとは日を空けて、しっかりとお互いに謝罪をした。
それからその日、一度だけ。彼女の部屋で一緒に眠った。……お忍びだ。バレたらきっと、各方面に怒られるが…そもそも暴力沙汰を隠し通している真っ最中。一つも二つも変わらないし。
隈はまだ残っていたけれど、憑き物の落ちたような表情をしていたから、少し安心だ。
朝。目が覚めて、帰り際。ボランティアは適度な量に留めるように。困ったことがあったらすぐ相談するように。そんなことを改めて伝えた所で、不意にミカの携帯が鳴った。
画面を見た時のここ一番の笑顔を見て、その内容になんとなく察しがついた。どうやら、先生の仕事が落ち着きを見せたらしい。…私はもう暫くベッドの上だろうし、起き上がれるようになるまで、彼女の事は先生に任せよう。
さて。そんな私はと言うと、まず救護騎士団に思いっっっっきり叱られた。それはもう、思い切り。組織総出で取り囲むようにして説教を受けた。さすがに怒り過ぎ…とは、言えない。悪いのは私だ。
先程、事件の事を知っているのはナギサだけ、とは言ったが、流石に救護騎士団に隠し通すのは難しかった為、大まかな概要だけは正直に伝えてしばらく正座した。
右手首の骨にはやはりヒビ。さらに、恐らくはあのか弱いビンタで指も二本いかれたらしい。
また、右掌の創傷を見られた時のセリナの表情が忘れられない。精神疾患の疑いをかけられた時はさしもの私もだいぶ心に来た。それらと比べれば、人差し指に掠り傷だけで済んだ左手はまだ良い方だ。
他にも、踏み込んだ足は靭帯を損傷していたり、恐らく机に突っ込んだ時の衝撃で背中に大きく打ち身が出来ていたり。果てはミカと怒鳴り合った影響か、声帯も少し痛めたようだ。
…御覧の通り。全身隅々まで痛いとは当時から思っていたが、割とで済まない大惨事だった。満身創痍とはこのことか。
快方に向かいつつあった調子も、勿論崩れた。散々ではあるが────大切な友人の笑顔が見られたのだから、このくらい安い物だと言っておこう。
こん、こん。
────おや?
病室の寝台で窓の外を眺めながら、慌ただしかった今朝までの出来事を振り返っていた所に、外から扉を叩く音が割って入る。
はて、と。セリナとハナエは少し前に出て行ったばかり。ナギサは言うまでも無く、ミカはボランティア。先生なら先に連絡を入れてくるはずだろうし、正実所属の生徒で、こんな真っ昼間から暇をしている知り合いの顔は浮かばない。今の私を訪ねてくる人物に、心当たりはない。
「…どうぞ」
空白。考え始めると、現実が疎かになるのが良くない。慌てて、客人を部屋に通す。
がらがら、と音を立てて戸が横に。そして────見覚えのある、二つの人影が、顔を覗かせる。
「────お身体の具合は、如何ですか?」
「────せっ、セイア様ぁ!?なんでそんな、ミイラみたいになっちゃってるんですかっ!?」
ふっ、と吐息が漏れる。
…あぁ、失念していた。今回、一番の恩人達の事を。
「こんにちは、スズミ、レイサ。…なに、名誉の負傷さ」
きょとん、とした表情の二人。まだ、私の言葉の意味が分かっていないらしい。
「惜しくも、引き分けたよ。いやあ、接戦だったとも。観客が一人しか居なかったのが悔やまれるくらいだ」
それを置いて、私は続ける。
「…貫いたよ、私の『正義』。この傷と、顔。それが証だ」
「「────」」
表情が変わる。片方は、少し呆れたように笑い。もう片方は、心の底から嬉しそうに、目を輝かせる。
後者が、口を開けた。
「────いかが、でしたか!初陣の、ご感想は!」
「あぁ、…とても、気持ちの良い物だったね」
────もう一度、というのは遠慮したい。その一言は、飲みこんで。