宇宙戦艦ヤマト3199 If 激浪への挑戦者 作:モアンゴル
【第20話】
「―――『ガルマン星問題』は
それが、共和政ガミラスとボラー連邦両国共通の見解ということですな?」
「左様になります」 「その通りです」
事実上の地球側外交団代表を務めるエバット前外務局長官(現交易局委員会理事)の言葉に
ガミラス側代表ノエンラート前外務相、ボラー側代表トロンジョワ政治委員が頷く。
バーナード星で開かれた三国間国交開設交渉は、陣営双方の要望の確認・回答から始まった。
そこで焦点となったのは、ガミラス・ボラー間において浮上した『ガルマン星問題』である。
両国が交渉前に送り合った、要望を記した外交書簡には、
突如としてボラー領・射手座矮小楕円銀河からガミラス領・大マゼラン銀河へと
謎の転移を果たした二重惑星ガルマン・バルパラについて
互いが有する情報を開示する旨が『最重要の要望』としてそれぞれ記載されており、
交渉の場は一時、『ガルマン星転移の謎』を検証する場となった。
その結果判明したのは、ガルマン星の転移にガミラスもボラーも関与しておらず、
現状では転移は『全くの偶然』によるものと結論付けられることになる。
―――少なくとも、表面上は。
そしてそれに伴いボラー連邦は、ガルマン星(及びバルパラ星)並びにガルマン民族が
ガミラスの旗の下に収まった現状を追認、一切の干渉を行わない代わりに、
中央政府・永久管理機構の監視が及ばず、悪徳現地総督の専横を許したことについて
ボラー側の責任追及や賠償を求めないことをガミラス側に要求、
当初ボラー側からの強硬な返還要求をも覚悟していたガミラス側も、その条件を容れた。
そして、こうした取引に関し両国の体面を保つための名目として、
『ボラー連邦がガルマン民族の母星・ガルマン星を支配した事実はない』とすることを
ボラー側が公式見解に定めることになった。
その理由としては、ガルマン・バルパラ両星が存在した星系軌道にも別の資源天体が
出現していることがあり、その星こそボラー連邦が旧来から支配している(していた)
『無人の資源惑星であるガルマン星』ということにして、ガルマン民族の母星は
ボラー支配下ではない別の宇宙空間から転移してきたことにするのだ。
従って、共和政ガミラス・ボラー連邦間に『ガルマン星問題』など、
元から存在しない―――という体を取ることが決定されたのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そうですか。
___交渉は成功、と言って差し支えない結果となりましたか。 良かった……!!」
三日後、ガミラス在地球大使館・執務室にて。
部下から交渉結果の報告を受け取った地球大使メフィルス・ミューラーは安堵の声を漏らす。
地ガボ三国間国交開設会議の顛末は、実に穏当なものに終わった。
『地球=ボラー間、ガミラス=ボラー間における対等な国交関係の樹立』
『相互の主権・国土の尊重と相互不可侵、平和友好条約の締結』
『三カ国において相互に外交大使の派遣及び連絡チャンネルの確立』
『将来的な人的・物的交流に向けた協議・準備の確約』………
事前に困難な交渉が予想されていたにも拘らず、交渉は平和的で、迅速な決着を見た。
地球連邦と共和政ガミラス両国はそれを歓迎すると同時に、不気味な印象を抱くことになる。
「今後ボラー側は、地球時間一カ月以内に大使館設営のための視察などを目的として
ガミラス・
「交渉が妥結したことで警戒を解いた本邦と
ボラー連邦が企んでいない、と断言することはできません。
それに結局、ガルマン星の転移についての詳細も不明なままです。
万が一ボラー連邦が天体を移動させうる技術を保持していた場合、
交渉の場で誇示してこないとなれば、こちらに対する奇襲に用いる可能性が危惧されます」
ミューラー大使の前に控えていた、
ローレン・バレル参事官とクライクァルス・ノルティオ大使館付武官長が発言する。
険しい表情で彼らが言う悲観的―――慎重な意見を聞き、ミューラーも頷く。
「そうですね、まだ気は抜けませんが……一段落はした、と言って良いとも思います」
遠からず地球からの離任が現実味を帯びている共和政ガミラスの遣地球全権大使は、
お気に入りの豆を使い、手ずから淹れた、芳醇な香りのする珈琲を口内へ注ぎ入れた。
『対ボラー初交渉』という当面の課題がクリアされたことで心の重荷から解放されたのか、
カップから口を離し、一息つくミューラーの表情は、どこか柔らかだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同時刻。
交渉会場となった植民惑星バーナードC・入植市街の中心部にある行政庁舎の一室にて。
部屋の窓からは、可住化(テラ/ガミラスフォーミング)された惑星の雄大な自然を借景とし、
直線形で白・青系統を基調色とした地球式、曲線形で緑系統を基調色とするガミラス式の、
大別して二種の
既にバーナード星の都市が位置する側は夜の世界へと移行していた。
「お疲れさまでした、閣下。」
「うむ―――君もご苦労だった。
済まなかったな、わざわざ随行員に指名などして……」
「いえ、閣下がお呼びであれば、宇宙の果てであろうと駆けつける所存です」
部屋には、二人の地球人男性の姿がある。
一人は、威厳ある口元の髭が特徴の総白髪頭の熟年の男。
もう一人は、二回りほど年下であろう、眼鏡をかけた壮年の男。
どちらも緑色の軍服に身を包み、無言のうちに地球連邦防衛軍の高官であることを示していた。
この部屋は地球側外交団員に割り当てられた宿泊用個室のうちの一つであり、
部屋の主は、外交団の軍事面での助言者を務めた防衛軍退役元帥・芹沢虎鉄。
芹沢は、自身が外交団に参加する際に補佐役に望んでバーナード星まで同伴させた
かつてからの腹心、防衛軍土木部門長から参謀本部兵站部長に異動した
下村光二郎少将を招き、一連の国交開設交渉のために重ねた労をねぎらっていた。
「……しかし閣下、ボラー連邦がこうもあっさりと、
我が国やガミラスとの対等な国交を認めた意図は、どこにあるとお考えでしょうか?」
「そうだな……」
だが、交渉が終わったからと言って、
二人の思考が地球の今後の防衛・安全保障から離れることはなく、労いの席は
交渉によって浮上した『ボラー連邦の譲歩』の理由に対する考察を披露する場へ変わる。
「考えられる可能性としてはいくつかある。
事前に我々外交団が、ボラー側が当面は国交開設を受け入れるだろうとする
楽観的予測の根拠となったものが、まず一つ目の要因・可能性として挙げられるだろう」
芹沢の言葉に、下村の目が光った。
「……この国交開設交渉に応じるのと同じく、
地球・ガミラス勢力圏に侵攻する兵力集結のための時間稼ぎ、あるいは、
ボラー連邦にとり航路未開拓なオリオン腕方面宙域の空間観測や航路図データ取得、
我が地球防衛軍やガミラス国防軍の兵力・装備の情報収集のため、ですね。」
「うむ。――そもそも我々がボラーとの接触や防衛戦略で先手を打てたのは、
ガトランティスから得た戦利品データという情報アドバンテージがあったからだ。
ボラー連邦としても情報面で劣位にあるうちは、
実際、ボラー連邦軍は同国辺境の更に先にあるオリオン腕方面宙域の探査においては
航行困難宙域や危険な天体の影響を受け、少なからぬ数の難破船を生じており、
安全な航路、即ち侵攻に用いる進軍ルートを確立できているとは言い難い。
しかも、ガトランティス経由でボラー連邦軍の艦艇や武装・戦術のうち、
かなりの部分の情報が地球・ガミラス同盟側に流出しており、
それに対抗する兵器や作戦が両国によって研究・開発されている。
今回の接触を通じて、ボラー連邦側もそのことを察知したことは間違いない。
少なくとも、ボラー連邦側が地球・ガミラス勢力圏への侵攻を目論んでいる場合、
こうした戦略的に不利な要素を補い、逆転できるまでは素直に国交を開設し、
仮想敵である地ガ両国の情報収集に努めるのではないか……というのが
芹沢が第一に挙げた、大国ボラー連邦が勢力では劣る筈の地球・ガミラスに対し
『対等な国交を結ぶ』という譲歩を行う要因となった可能性だった。
「……この場合、ボラー連邦はいつか地球に牙を剥いてくるでしょうな」
「あぁ。……だからこそ、君たちのような今後の防衛を担う者たちには
仮想敵が地球に手を出す考えに至らせないよう、至っても防げるよう、
充分な備えの維持と革新を継続してもらう必要があるのだよ」
「はい、力を尽くします」
下村の言葉に、芹沢は小さく頷いた。
それから「次に」と前置きし、"第二の可能性"について語り出す。
「こちらはあくまでも仮説の段階を出ないが、第二の可能性として、
『ボラー連邦が国内に
問題解決の障害となる恐れのある新たな国外勢力・地球とガミラスを
問題解決まで封じ込めておきたい』というものがある。」
「内憂外患を同時に抱え込むのを避けるため、ということですか」
「根拠に欠けるのは否めんが、可能性としてはあり得るだろう」
そう言って、肩をすくめる芹沢。
彼らにとっては知る由もないが、奇しくも
「尤も、このシナリオだったにしろ、国内問題を解決したボラー連邦が
地球・ガミラスへの戦争を企てる可能性は残る。」
「どんな場合であれ、
かの国に対し隙を見せるべきではないことは共通する、という訳ですな」
「その通り。」
芹沢と下村は、一度議論をそう結論づけ、茶と茶菓子に手を付け一服する。
彼らの手の茶碗に入るのは緑色の日本茶。苦心の末に地球での栽培を復活させ、
二年前からガミラスへの本格輸出も始まった、下村少将の郷里の味・狭山茶だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そんな狭山茶の輸出を監督・奨励するのが"本来の任務"の一端であるが、
今回の対ボラー交渉においては、かつてのように地球連邦側の外交トップとして働いた、
前地球連邦外務局長官で現地球連邦交易局所属の老公務員、チャールズ・
芹沢らと同じく地球側外交団に属する彼もまた、同じバーナード星植民市の行政庁舎内にあり、
自身の後任者でかつての部下である現外務局長官クロード・ヴェルニーと共に
庁舎内にある応接室の一つ――地球外交団に割り当てられた待機室で、こちらも茶を飲んでいた。
その茶会の列席者は、新旧二人の外務局長官に加え、もう一人―――
エバットとヴェルニーが囲うテーブルの前に置かれたモニターで顔を映す形で遠隔参加している。
しかし画面に映る相手は、
瀟洒な印象を与えるエバット、ヴェルニーとは対照的に、無骨な、戦士然とした顔の中年男だ。
『これで万事解決とはなりませんが、一先ず、お二人ともご苦労様です。』
「ありがとうございます、
「えぇ、ようやく一息つけるようです。」
庁舎内の通信個室だろうか、あまり広い空間とは言えない一室から
オンラインで茶会に参加するのは、エバット同様に今は地球連邦交易局の一員で、
軍事・安全保障面での助言役を務める、前任の防衛軍統括司令長官パウロ・D・タナカ大将。
ガミラス大戦時には南米管区宇宙艦隊司令官、
統括司令長官就任前は長らく実戦部隊で軍歴を重ねてきた彼だが、
連邦交易局に出向した現職でも防衛軍長官と同様に、俯瞰する視点から情勢を読み解き、
交易局の方針決定に助言する必要性があるため、地球の安全保障上重要な交渉を終えたばかりの
外交団首脳部に
それに、外交団の事実上の団長(名目上はヴェルニーが団長)であるエバットとタナカは、
『他部局から交易局への転出者』というだけでは片付けられない"秘密任務"を共有、
互いに協同しており、深い繋がりを持っていたのだ。
「これで、少しは交易局での仕事もやりやすくなりますかな」
『えぇ、全くです。隠し事をしながら、というのはどうも性に合いません』
防衛軍司令部と外務局のトップから、それぞれ交易局の内部へ転任してきた彼ら。
この二人が担っていた"秘密任務"とは即ち、
オリオン腕地ガ共同開発宙域における民間経済活動を左右する交易局の政策が
当時は極秘事項であった『ボラー連邦との接触または同国に対する防衛・迎撃計画』の
障害にならないよう、交易局内部から監視及び方針決定に干渉すること。
エバットもタナカも、ボラー連邦の存在が(国防局・外務局除く)閣僚に
公表されることになる2205年末まで、一応の上司メアリー・ピット長官にも内密のうちに
新設された交易局の施策について制御しており、地ガ民間企業に不満を抱かせていた
『民間企業の活動を許可する共同開発宙域内天体の制限』もその一環だった。
そんな彼らも、『ボラー連邦』という要素を秘密にしながら交易局の方針を曲げるため
局員らを説得するのは骨が折れたらしく、ボラーとのファーストコンタクトの締め括りとなる
国交開設交渉が終わった今、彼らは安堵の溜息を禁じえなかった。
「しかし、ボラーとの国交はこれからが本番となります。
"万が一"への備えも含めて、我々も変わらず忙しくなるでしょうな」
『止むを得ますまい。
――私のような"戦時の船乗り"が必要ない世の中が続くよう、今少しの辛抱でしょう』
それでも芹沢ら同様、安全保障の第一線に立つ者として、厳しい現実から目を背けなかった。
その後タナカは、エバットとヴェルニーと暫く談笑・議論した後、所用のため茶会を退出。
ヴェルニーが画面が暗くなったモニターをどかすと、エバットは彼に語り掛けた。
「さて、ヴェルニー君。どうだったかね、今回の交渉は」
「は……。やはり、閣下が去られた後の外務局の層の薄さを痛感しました。」
かつての上司の発言の意図を瞬時に掴んだヴェルニーは、
地球の外交部門が現状抱える問題点を口にする。
ヴェルニー新体制になった後の外務局に、星外国家と渡り合えるような人材がいない―――
今回の交渉で、退任した前外務局長官を動かさなければならなかったのは、その表れだ。
単純に地球が星間国家として新参であることを加味すれば、問題は根深い。
エバットはテーブルのカップを手に取り、紅茶を一口含んでから続けた。
「……ソネカワ君を、呼び戻してはどうかね?」
「自分も、それは考えましたが……」
エバットは極東管区出身の、昨年の『第一次サレザー事変』における不手際で
更迭された、前任の外務局次官の名を挙げた。
ヴェルニーはその言を受け、苦悶するような表情を浮かべながら目を伏せる。
「一応、極一部にしか彼が『デスラー偽物論』を漏らしたことは伝わっていません。
しかし、精神の健康状態を崩したという体で彼を更迭した以上は、呼び戻すにあたって
局員の反発・不安を喚起する可能性があり、慎重にならざるを得ぬかと」
「うむ……だが、彼自身は送られた先のサナトリウムで、
子供たちに勉強を教えるなど、中々元気にしていると聞く。
もう一度、検討する価値はあるのではないかね」
二人の新旧外務局首魁がその後も二三、意見を戦わせた結果、
ヴェルニーも折れ、「やるだけやってみます」と言うに至った。
現職の彼もまた、ボラーという外交相手が増えた現状において、
地球連邦の外交部門が弱体なままであることを危惧しているのは確かだったのだ。
エバットは、外交人材の補填策についてこんな案も挙げる。
「……ガミラス大使を交代させ、現職の
現状、これと言ってガミラス方面の問題は無いし、
ボラーへの注力という名目なら、ガミラス側への言い訳も立つだろう」
「確かに。……現在のガミラス大使館には、元『ヤマト』のクルーも居ます。
特に、デスラー総統やスターシャ女王とも面識や縁戚関係があるコダイ中佐やモリ少佐を
上手く
少なくなるやもしれませんね」
エバットもヴェルニーも、必死で知恵を絞っていた。
対ボラー外交の失敗が
強大な同国との開戦に直結しかねないという危惧を共有しているためだ。
"先人"たる老外交官・エバットは、話を一度決着させるべく、総括する。
「ボラーからは遠いガミラスに先んじて、
比較的近隣に位置する地球へのボラー大使館の開設は、今後数カ月以内と推測される。」
「―――即ち今後は、我が太陽系……ボラー風に言えば『地球星系』こそが、
ガミラスにとっての対ボラー外交、ボラーにとっての対ガミラス外交、
そして、我が地球と両国との外交の《最前線》になることは明白である、と。」
「そういうことになる。
その時、強大な二つの星間国家と渡り合う主役となるのは、君たち新世代の外交官だ。
私のような老骨も、できる限りは手伝う気ではいるが、ね。
だが、中心はあくまでヴェルニー君、君が率いる"新しい連邦外務局"なのだ。
くれぐれも、ボラーに、ガミラスに、出し抜かれないように。―――頼むぞ」
後を託す、と前任の長官エバットから言外に言われたヴェルニー。
彼はエバットの眼差しを正面から受け止めると、
臆することもせず、戸惑う事も躊躇する事もなく、短い返事を返した。
「ハッ。―――肝に銘じます」
ヴェルニーの態度に満足したのか、それきりエバットは黙って紅茶を飲み干すと、
おもむろに椅子から立ち上がった。
(――……私も、潮時が来たようだな。
世代交代自体はいい。健全な組織として当然のことだ。
だがやはり、地球の未来が決まる場に居合わせることができないのは、心残りではある。
未練がましいが、どうしてもな―――)
エバットは苦笑を浮かべながら、室内の窓際へ向かう。その胸中には様々なことが去来する。
外交職としてのこれまで、
ヴェルニーを始めとした今後を託す部下たちの事、
交易局での今後。
(ボラーという新勢力の登場によって、『カルタゴ計画』も、
ピット女史の選挙構想も、大きな軌道修正を強いられるだろう)
そんなことを脳裏によぎらせながら、行政庁舎の外を望む窓の前に立つエバット。
そして、防弾ガラスの窓越しに、
バーナード星の夜空を流れる天ノ川―――ボラー連邦がある銀河系中心部を見上げた。
(……願わくば、この『架け橋』が『導火線』に転じぬよう……)
エバットの心眼には確かに、天の輝きの中へと続く、長大な『架け橋』が映っていた。
〈第二章:銀河最前線の星系〉 完