宇宙戦艦ヤマト3199 If 激浪への挑戦者   作:モアンゴル

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第二十七話 乱雲

 

【第27話】

 

 

時に、西暦2206年7月。

 

大小マゼラン銀河一帯を統治する星間国家・共和政ガミラスの国家首府が置かれる、

ラドン=エジラ恒星系第三惑星『(ノエン)ガミラス』。

 

ガミラス星からの一大移民計画で誕生した新興都市部からは離れ、

海洋からはそう遠くない自然豊かな地には今は亡きガミラス星から移設され

昨年半ばまで仮設総統官邸として使われていた旧デスラー大公家別荘が建つ。

別荘とは言え、星間国家を統治した支配者の居館だけあり相応の広さを持つ建物は

現在、第一次サレザー事変によりイスカンダル星を失ったイスカンダル王室が

仮住まいとして利用中であった。

 

イスカンダル王家仮宮たる旧デスラー大公別荘邸宅には王族以外にも、

メルダ・ディッツ侍従武官や侍女ヒルデ・シュルツ(・ヒス)らのような

王家の身辺の世話をするスタッフが、官舎となる邸宅別館で生活しており、

館の周辺には、元来はデスラー総統を、今ではイスカンダルの貴人を守るために

ガミラス国防軍や内務省に属する警備部隊の駐屯地などが設けられている。

 

だが、それとは別に、別荘邸宅周辺にはいくつかの新造建築物が存在する。

その一部は地球(テロン)様式で建設されており、そこに住まう人間もまた、地球(テロン)人だった……。

 

 

「――ガミラス側が提供したデータと照らし合わせて協同研究した結果、

 現状ではサーシャ姫……サーシャ・イスカンダル・古代は、

 通常の人間と何ら変わりない生命である、との結論に変わりはありません」

 

『……了解しました。仔細については、爾後の報告書で確認しますが……

 とりあえずは、これまでと特に変わりはないということですね。

 ご苦労様でした、サナダ大佐、コダイ中佐。』

 

「「ハッ!」」

 

それら地球(テロン)様式の建物の一つ、

『地球連邦駐ガミラス大使館 イスカンダル仮宮付連絡事務所』の通信室では、

第一次サレザー事変の後、諸事情により地球の駐ガミラス大使館付きとなった

真田志郎大佐と古代進中佐が、(ノエン)バレラス市郊外の地球大使館本庁舎にいる

地球連邦の駐ガミラス大使レイモンド・マイネッティに定期報告を終えた所だった。

 

彼らは、元来からのイスカンダル王室との縁の深さや

第一次サレザー事変で重大な秘密を知ってしまったことなどによって

大使館の中でもイスカンダル王家との連絡役を担う部署に配置されており、

古代中佐は配偶者・古代(旧姓・森)雪少佐や娘の美雪と共に家族ぐるみで

王室との交流、一種のメンタルケアを(ガミラス側の了承も得て)行っている。

 

また、真田大佐は元『ヤマト』技術長・新見少佐を補佐役として

古代中佐の兄にして真田と新見の親友であった故・古代守大佐と

スターシャ・イスカンダル女王の娘であるサーシャ・イスカンダル(・古代)姫の

"特殊な出自"を鑑み、医療診断などと併せ各種調査・研究を実施中である。

 

古代一家や真田・新見らは、事務所の隣に建設されたシェアハウス型の官舎に住み、

ガミラス側王室警護責任者ダークナス少将らと良好な関係を築きつつ、

ここ半年の間そうした業務―――第一次サレザー事変の"宿題"に臨んでいた……。

 

 

「……そうだ、古代。 君は今朝の地球のニュースは見たか?」

 

「いえ、まだですが……どうかしたんですか、真田さん」

 

大使館への報告を終え、通信室から主な仕事場である事務室に戻った二人は

森少佐(と美雪)や新見少佐が戻ってくるまでの間、雑談に興じていたが、

真田が思い出したように古代に地球のネットニュースを見るよう促す。

銀河間の超空間通信が整備されたことにより、大マゼラン銀河でも

地球の現状を伝える各種報道がリアルタイムで届くようになっているのである。

 

「今朝の見出しに、懐かしい顔が居た。見てみろ」

 

「はぁ……。 ……あっ!」

 

真田に促されるまま、自分のデバイスでニュース画面を開いた古代は、

驚きに目を丸くし、次いで沸き上がる懐かしさに表情をほころばせた。

 

「キーマン……!」

 

古代が開いたニュース記事の写真は、

地球連邦政府の天ノ川銀河開発委員会委員長ジョセフ・ジョースターⅤ世議員と

ロール気味の長い金髪が特徴的なガミラス人女性が笑顔で握手しているものだが、

青肌の女性の背後には、3年前のテレザート星への航海の際に

『ヤマト』に同乗したガミラス軍士官クラウス・キーマンの姿があった。

 

彼がガミラスに帰った後にはすっかり疎遠になり、紆余曲折の末に

ガミラスで働くことになっても忙しさのため、彼の近況について

知ることが出来ないでいたが、こんなところで顔を見ることになるとは……

かつての戦友が元気そうでいる姿に、古代は思わず微笑した。

 

「『ツァインフェルテ天体開発社、共同開発宙域での事業を拡大』か。

 どうやら彼は、軍を退役して議員秘書になったそうだが、

 その議員の縁戚者のこの女性が、会社の社長らしい。

 議員から、付き添いか何かとして送られたようだな……」

 

真田が、キーマンが写っている写真が張られた記事の見出しを読み上げる。

古代は真田の推測に、キーマンほどの切れ者なら議員秘書に転身しても

何ら不思議ではないと納得する一方、互いの現況に思いを巡らせた。

 

「しかし、不思議なものですね。

 我々は今ガミラスにいて、キーマンは地球にいるとは……」

 

「ああ。これも『縁』という奴かもしれんな……」

 

 

かつて、テレザート星で女神テレサと邂逅したことを思い出しながら、

古代と真田は、複雑な宿命を負いながらも懸命に自分を貫いていた、

青肌の戦友のことを思い描いた――――

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

一方その頃、当の本人―――クラウス・キーマンことランハルト・デスラーは

かつての戦友が自分の近況を知ったことなど知る由もなく、現在の主人、

ツァインフェルテ伯爵家令嬢にして同伯爵家所有の企業グループ社長である

ユノール・ヴァム=ツァインフェルテと共に、地球での休日を謳歌(?)していた。

 

私用(オフ)であるためか、お忍びであることからか、

二人の服装はニュース写真に写っていた正装とは打って変わった、

二人の年相応なラフでカジュアルなもので、とても会社社長でもある

貴族の令嬢やその付き人とは思われないであろう姿だった。

 

彼らの現在地は、同盟国惑星地球(テロン)において最もガミラス人が集まる

『ガミラス租界』や大使館が建設された、美しき紺碧の海に浮かぶグアム島。

 

地球・ガミラス両文明の様式の建物(ビルディング)が混ざりつつ林立する租界都市は

元来、地球を訪れるガミラス人への地球文化紹介を目的に建設されており、

そこかしこに地球の物産を販売する商店や、地球の食品を供する飲食店がある。

 

 

「ここが、クラウスのオススメの店ね?」

 

「はい、ご満足いただけるかと」

 

ユノール令嬢と付き添い(及び警護)役のキーマンが昼食のために訪れたのは、

そうした地球飲食店のうちの一つである、ラーメン屋『ZERO(ズィロウ)』であった。

 

店内は、メッキが施された金属製換気ダクトなどの配管が露出する工房然とした、

飾り気のない無骨な――ように装飾して戦前の由緒ある店舗を再現したもので、

半ばテーマパークと化しており極めて清潔だったが、客入りも多く、活気がある。

 

ユノールとキーマンはエレベーターで二階へ通され、テーブル席に着いた。

そこには冷たい水の入ったコップが一つずつ置かれていたほか、

複合タッチパネル式の注文装置があり、令嬢は従者に勧められるがままに

画面に映っている『ZERO(ズィロウ)』自慢の特徴的な料理を選ぶが……

 

『ニンニク イレマスカ?』

 

「!?」

 

突然、タッチパネルの電子音声にトッピングについての仔細を問われ、

思わず硬直してしまうユノール。基本的に画面を叩いて商品を選択する方式の

注文装置だが、何故かこればかりは音声入力との併用であるようだった。

だがキーマンは慣れているのか、電子音声に対し流暢に応える。

 

「"麺カタメ ニンニクヤサイマシ カラメ アブラマシマシ "で」

 

「わ、(わたくし)も"麺カタメ ニンニクヤサイマシ カラメ アブラマシマシ "です!」

 

ユノールも先程のキーマンの応答を鸚鵡返しの如く真似て、注文を終えた。

 

 

「オ待タセシマシタ、コチラガ『ZERO(ズィロウ)ラーメン』デス。」

 

しばらくして、テーブルの二人に給仕してきたのは

店舗に入る前に彼らが見た、ラーメン屋のオーナーであろう人物がしていた

「頭部に巻いた白いタオル」「黒いシャツとエプロン」と同じ装いをした

コインダー型機械人形(テラロイド)の店員。その手が持つ盆には

特徴的な匂いを放つ料理が入った大振りの器が二つ、乗せられていた。

 

動物性原料を主に使用した濃厚で脂肪分の多いスープが張られ、

穀物粉を水で練り熱湯で茹でた細長く比較的硬い黄色のダンプリング――

――"麺"が浮かび、その上には湯通しされた山盛りの食用植物と、

濃厚なソースで味付けされた肉、トロトロに煮込まれた動物の脂肪、

特徴的な匂いを発している細かく刻まれた植物根が乗った(ボウル)だ。

 

この料理―――"ラーメン"とは、

地球の東亜管区に原型を発し極東管区で独自進化した料理で、

ZERO(ズィロウ)』が供する形式のものは200周期以上前から存在する

歴史ある料理との事である。

 

見るからに高熱量(カロリー)・高塩分・高脂肪分で、匂いも強く、

とても貴族の令嬢が食べるような代物ではないが……

 

 

「……これが『ラーメン』……! この香り、そそられるわね!」

 

にも拘らず、ガミラス屈指の富豪貴族・ツァインフェルテ伯爵家の跡取り娘

ユノール・ヴァム=ツァインフェルテ嬢は、目を輝かせて器を覗き込み、

人によっては顔を顰めるであろう特徴的な芳香を躊躇いなく鼻一杯に吸い、

待ちきれないと言わんばかりに樹脂製の白い匙・レンゲと

地球に訪れる前に念入りに訓練した一対二本の棒状食器・箸を手に取った。

 

(……あまり心配はしていなかったが、気に入ってくれたらしい)

 

ユノールと対座する席から、彼女が『ZERO(ズィロウ)』のラーメンを

美味しそうに食べ進めていく様を眺めていた従者クラウス・キーマンは

令嬢がこの異星料理をお気に召したことを確認し、内心で胸を撫で下ろす。

それから、自分もラーメンを食べ始めた………

 

貴族令嬢ユノールは元来、先代伯爵(当代伯爵セグドルの兄)が若い頃に

手を付けた女性との間にできた庶子であり、先代伯爵が事故死するまでの間

ユノール本人が中等学校を卒業する頃まで、伯爵家からの陰ながらの援助を

受けつつも一般庶民として育ってきた女性であるため、今でこそ立場上

貴族が口にするような手の込んだ料理を日々食しているが、

味が濃いものなど庶民的な料理にも親しみがある。

 

キーマンは、その事をセグドル伯爵から知らされていたため

かつて大使館勤務時代、バレル参事官と共にグアム島内の地球飲食店を

食べ歩いていた際に試食したところ、思いのほか口に合った『ZERO(ズィロウ)』のラーメンを

ユノール令嬢に勧めたのだった。

 

 

かくして、ユノールとキーマンは大ぶりな器にたっぷりと入っていた料理を

みるみるうちに胃袋へと納めていき、しまいにはスープに至るまで完食。

 

会計を済ませて退店すると、自動運転式の浮揚車(エアカー)タクシーを拾って

島の租界都市内に取ったホテルへと戻ることにする。

その車内で、令嬢と従者は満腹の腹を抱えながら雑談に興じた。

 

「ねぇクラウス、

 あの店のもの以外にも色々な種類の"ラーメン"があるって本当?」

 

「えぇ。

 ……今しがた通り過ぎた、『ブタムソウ』という店などが供する"イエケイ"や、

 より基本的な"ラーメン"でも、ショーユ、シオ、ミソなどの種類があります」

 

「へぇ……。」

 

キーマンの返答を受け、考え込むようなそぶりを見せるユノール。

彼女の心中を測りかねたキーマンは、怪訝な顔を浮かべる。

 

「……全部とは言わないけど、この島にある店の半分くらいは、

 ガミラスにも出店してもらいたいものね……」

 

続いて彼女の口から出た言葉は、会社社長らしく商機を窺う者のそれだった。

確かに、地球飲食チェーンのマゼラン銀河への出店は、原料の輸送など

飲食業の裾野に位置する関連業界にはビジネスの呼び水となるかもしれない。

 

「……『ZERO(ズィロウ)』のような"ラーメン"店は、ガミラスへの進出も容易かもしれませんね」

 

それを聞いたキーマンは呟くような答えを返し、ユノールも頷く。

 

地球(テロン)の食材と似た材料が揃いやすい料理だったものね。

 麺に使われるコムギみたいな穀物も、上に乗ってたキャベツとダイズの芽も

 似た野菜はガミラスにあるし、スープやトッピングの肉と脂に使われてた

 "ブタ"の肉は、多分"オルクス"の肉が代用品になるだろうし……。

 流石にショーユとか、調味料の類は地球(テロン)から輸入しなきゃいけないけれど……」

 

ユノールは、故郷・マゼラン銀河で食べ慣れた、

地球のものとは異なる姿ながら、似通った食味・食感がする

穀物・野菜や肉用家畜を思い出しながら、マゼラン銀河版の"ラーメン"が

どのような材料で作られるかを脳内でシミュレーションしていた。

さらに。

 

「それに、地球の飲食チェーンにとっても悪い話じゃないと思うわ。

 この先、ガミラスに加えてボラーだって市場にできるかもしれないし、

 他の星間国家に出店するノウハウを蓄積する良い機会ではなくて?」

 

「……なるほど。」

 

キーマンは、本来の主人である貴族議員・セグドル伯爵から言い含められ

半ばお目付け役も兼ねて随行した令嬢が、自分の想像より思慮深く

冷静にビジネスを考えていることを再認識し、内心で舌を巻いた。

確かに、助言付きではあるものの老獪なツァインフェルテ伯爵から

若くして会社を任されるだけはある―――そんな感想が浮かんでくる。

 

 

「……そう言えば、政府と大使館から輸送の注文があった

 ()()()()使()()()()の諸物品は、そろそろ届いた頃でしょうか」

 

ユノールが言及したことからキーマンは、

ツァインフェルテ社もまた、ガミラス民主政府から調達と輸送を依頼され、

ボラーを最終的な納入相手とする星間宙運事業をしていたことを気付いた。

タクシーに同乗する令嬢は、「思い出した?」と言わんばかりに相好を崩し

伯爵家企業の実務についてはノータッチなキーマンに向け、告げる。

 

「ええ。一週間以内にも納入されるとの報せが入っているわ」

 

彼女はそう言うと手持ちの携帯デバイスを取り出して、

ツァインフェルテ宙運会社がボラー大使館に納入したという

ガミラスの諸物産のデータをキーマンのデバイスへと送った。

 

キーマンが端末の画面を見ると、そこにはマゼラン銀河各地の惑星から

集められたと思しき果物や保存食・菓子を含む食品類や、

酒・煙草などの嗜好品、化粧品などが表示されている。

 

それらは全て、将来的にボラー連邦への輸出を視野に入れての試供品を兼ねた

文化紹介のためにガミラス政府からボラー連邦駐地球大使館へと送られる

外交贈答品であった。

 

 

「ガミラスでも、地球(テロン)でも、ボラーでも。

 いろんな国の人たちがお互いの国のものを食べて、

 お互いに『美味しい』って言えたら、それはきっと素敵なこと。

 それが、平和への第一歩なんじゃないかしら。」

 

ユノール・ヴァム=ツァインフェルテは、微笑と共に自分の願いを口にする。

 

その隣に座るクラウス・キーマンは、そんな彼女の願いとは対極にある現実を

たびたび目の当たりにしてきた人間ではあったが、

この時ばかりは、優和な表情を浮かべて、その言葉に同意した。

 

「―――えぇ。きっと、そうでしょう」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

同時刻、同じ地球上ではあるが、グアム島とは全く異なる環境の場所。

 

遠方には白一色の雪を被った峻険な山岳が連なるのを見渡すことができ、

周囲には凍えた、暗い色の葉を茂らせた針葉樹の森が広がっている寒冷の大地。

 

澄み切った青空を除けば、色のない世界とも形容できるような極北の野に

傲然と存在を示すように建設されていたのは、現地文明・地球のそれとも、

その第一の友邦・ガミラスのものとも異なる、異国の建築物。

 

 

……現在の地球で最も冷気に閉ざされた地域の一つ・北米管区アラスカには、

西暦2205年の暮れに地球人類が接触した銀河中心部の大星間国家、

『ボラー連邦』の駐地球大使館が建設されている。

 

いまだ地球との国交が端緒に付いたばかりである同国大使館にはこの時、

共和政ガミラスのものに先駆けて地球連邦から贈られた、同国物産の試供品が

ボラー連邦駐地球大使らボラー大使館の人々のもとに届いていた……。

 

 

「さ、酒瓶が回る……レバルズが回る……世界が回る……」

 

「お気を確かに、ボローズ様!」

 

「うーん……妙ですな……トロンジョワ様が三人に見えますぞ……

 ご姉妹がおられたとは初耳ですが……」

 

大使館の高級職員向け談話室では、テーブルに二人の大使館幹部が伏している。

片方は、最初に地球連邦と接触したボラー軍不明勢力(バルメーダ)調査艦隊で

政治将校を務め、現在では駐地球大使館参事官職に転じたヴィルキ・ボローズ。

もう一人の大男は、地球(及びガミラス)との国交開設交渉への外交使節団で

ボラー側の軍事助言役を務め、大使館付武官長となったヴァルサ・ドンズラフ。

 

彼らは地球政府から贈答された酒に酔ってダウンしており、

酒を飲まなかった参事官付き秘書官チェフ・レバルズと

大使館付科学顧問グローキ・ボヤズギーによって介抱されていた。

 

そんな彼らの姿を、椅子に腰を下ろした妙齢の女性―――

大使館の主たるボラー連邦永久管理機構・駐地球大使マージヤ・トロンジョワは、

部下二人が顔を紅潮させて動かなくなった原因である地球の酒が

なみなみと注がれたグラスを揺らしながら、呆れ交じりに眺めていた。

 

「このキョクトウ管区の『ダイギンジョウ』という酒……恐ろしいな。

 酒精(アルコール)こそキツくないが、あとから効いてくる。

 同志ボローズはともかく、あの同志ドンズラフをも酔い潰してしまうとは。」

 

ボラー連邦政府(永久管理機構)で事実上No.2の立場にある

最高管理委員会一等書記官リュドミ・ダーリヤの腹心でもある緑肌の女性は、

そこそこ長い付き合いで酒に強いことを知っているドンズラフ武官長が

あっさりと撃沈したことから、連邦が新たに関係を結んだ辺境惑星・地球の、

さらに一部地域で生産されているらしい透明な酒・"ダイギンジョウ"が

侮るべからざる飲み物であるとする評価を下す。

 

「その酒を同量以上飲んでケロリとしているトロンジョワ様も恐ろしいのですが…」

 

畏怖と困惑交じりに呟いたのは、ドンズラフ同様トロンジョワの部下として

相当の期間付き合いを共にしてきた技官・ボヤズギー。

そんな部下に対してトロンジョワは、けだるげながら強気な微笑を返した。

 

「ふ……我が鋼の理性は、酒精(アルコール)如きでは小揺るぎもせぬのよ」

 

そう言って、どうということはない、とばかりに

グラスの"ダイギンジョウ"を美味そうに飲み干すトロンジョワ。

確かに彼女の言葉通り、その緑肌の頬には赤み一つ差していなかった。

 

 

「……そう言えばだ、同志ボヤズギー。

 先ごろ、本国のダーリヤ閣下からお達しが届いた。」

 

トロンジョワはグラスを置くと、表情を神妙なものに変えて口を開く。

 

呼び出された大使館衛兵がドンズラフを、レバルズがボローズを休憩室へと

連れて行くのを見送っていたボヤズギーは、

上司の口を出た連邦最上級の実力者の名を耳にして、思わず背筋を正した。

 

「お達し、ですか。――して、その内容とは……?」

 

何事かと緊張する科学顧問に向け、女性大使は一息つきながら告げる。

 

「うむ。……どうやら"例の件"の準備が整ったようだ。」

 

「……では、いよいよ……!」

 

ボヤズギーは、トロンジョワが言わんとしていることを理解し、慄然とした。

永久管理機構の中枢から、地球大使館に届けられた報せは、

ボラー連邦で大きな動きが始まろうとしていることを伝える物だったのである。

 

固まるボヤズギーと対照的に、トロンジョワは泰然としてくつくつと笑う。

 

「……初めは、こんな銀河の辺鄙な惑星に大使として送られたとあって、

 ダーリヤ閣下の信を失ったかと思ってはいたが、

 なかなかどうして、面白いことになりそうだとは思わんかね、同志。

 ―――しかも、こんな美味い酒を片手にと来たものだ」

 

ボラー連邦が地球に送り込んだ使者・トロンジョワは

艶めかしく口元を吊り上げると、傍らの小テーブルに置いていた酒瓶を取って

グラスになみなみと注ぎ入れ、そのままぐい、と一気に呷るのだった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ユノール令嬢とキーマンを乗せたタクシーが

グアム島ガミラス租界都市で最も上等なホテルに到着したのは、

夏の陽が少しばかり西へと傾いた頃。

 

タクシーから下車した二人は、

ふと、緑が繁る島の山岳の彼方に広がる南溟の青空に目を向けた。

 

「クラウス、あの大きな雲はなに?」

 

「……あれは積乱雲、キョクトウ管区の言葉で"ニュウドウ雲"と呼びます」

 

グアム島西方の空には大きく縦に育った白雲が陣取り、午後の光を浴びている。

今でこそ海上に影を落としているが、風次第ではこちらにやってくるだろう。

 

 

「あら、じゃあ一雨来るのかしら」

 

「……今は、なんとも」

 

地球(テロン)の夏の風物詩ともいえる巨大な雲を、

感心しながら見上げるユノールの問いに、キーマンは肩をすくめながら答える。

 

やがて二人の耳には、洋上の入道雲が発したのであろう遠雷の声が届いた―――

 

 

 





今話に登場するラーメン店『ZERO(ズィロウ)』の設定は、
宇宙戦艦ヤマトシリーズの二次創作の先達でいらっしゃる
ミレーネル・リンケ特務中尉(https:/ /x.com/LT_mirenellinke)氏から
拝借させていただきました。特務中尉氏には大変感謝申し上げます。

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