宇宙戦艦ヤマト3199 If 激浪への挑戦者 作:モアンゴル
皆様、本当にお久しぶりでございます。
このモアンゴル、恥ずかしながらハーメルンへ帰ってまいりました。
気付けばヤマト3199も最終章を残すのみ。
マジで原典とは大きく乖離した世界の物語、またお楽しみいただけると幸いです。
【第34話】
天ノ川銀河系、オリオン腕・サジタリウス腕の中間宙域の一角。
オリオン腕外縁を発った、地球軍宇宙戦艦『ヤマト』が率いる第一回"援ボ船団"こと
輸送船団『TB-01』――ボラー連邦(体制側)市民人道援助のための供与物資を満載した
ガミラス宇宙貨物船と地球軍所属の護衛艦艇による混成艦隊がこの時、同空間に展開していた。
「―――前方20000にワープアウト反応、数4! ボラー連邦軍艦艇です!」
船団旗艦・護衛戦艦『ヤマト』第一艦橋に、
同艦のレーダー手を務める船務長・西条未来中尉の緊迫を滲ませた声が響き渡る。
その報告内容通り、停船した船団の遥か前方にボラー連邦軍艦の跳躍解除特有の空間波紋……
虚空に光のヒビが入り、空間の境界が割れ砕けるワープ・エフェクトが四つ現れる。
そこから転移してきたのは、ボラー軍で主力として広く用いられている
ミサイル投射艦(地球・ガミラス側認定では駆逐艦)である『カルチヤ級』四隻の小部隊だった。
「……ここまでは事前の計画通りだな、
「はい…… ボラー艦に誰何の符丁を送れ!」
『ヤマト』天井大モニターに映し出されたボラー艦の姿を目にして、
艦長席横に設けられた指揮官シートに座るTB-01船団指揮官のルーベン・ワード少将は
傍らにいる『ヤマト』艦長・島大介中佐に向けて呟く。
出発前にサルタ基地で確認した船団のスケジュールでは、本日2206年9月19日1500時、
この宙域で入港目的地ムルマン星まで随伴・誘導するボラー側の先導艦と合流する予定だった。
そして現に、ボラー軍の先導艦であろう駆逐艦4隻と
ワードや島はそれで気を抜けるわけではない。
出現したボラー艦が体制側ではなく反体制側『統治再建機構』に属している艦の可能性もある。
事前に取り決められた符号を交わし、確認するまでは警戒を解くわけにはいかない。
また、『ヤマト』乗員らがボラー連邦軍と本格的に接触するのはこれが初めてであり、
この先の航海で半ば命を預けることになるボラー軍人がどんな相手かにも、注意が向かった。
「ボラー艦より返信!……体制側の艦に間違いありません!」
「そうか……!」
「よろしい、ふぅ……」
通信長の市川純中尉から明るい声色の報告が届き、
ようやく島艦長とワード司令官は安堵の溜息を漏らす。
続いて市川通信長は、船団の前に現れた体制側ボラー先導艦の指揮官が
映像通信を望んでいる旨を伝え、ワードはこれに応じるように命じた。
『―――こちら、ボラー連邦正規軍・投射艦『ヴォルシュティ63号』。
小官は、連邦軍第三戦闘艦隊・第一投射艦中隊司令ユーゲニ・ゴノレフ大尉であります。
地球軍の方々、今回の我が連邦への援助に感謝いたします。』
そして、『ヤマト』天井モニターに現れたのは、緑色の肌をしたボラー連邦軍人。
北野戦術長や西条船務長辺りと同世代らしい若い指揮官であった。
士官としては年少のためか相応に緊張の色を浮かべていたが、折り目正しく挨拶する姿には
ワード少将も島艦長はじめ『ヤマト』乗組員たちも好感を抱く。
「こちらは、地球連邦防衛軍・宇宙戦艦『ヤマト』。
小官はTB-01船団指揮官、ルーベン・ワード少将です。 航海の間、よろしくお願いしたい。」
対する地球側も丁重な挨拶を返した。
第一回援ボ船団とそれを迎えるボラー側は双方に好ましい形での初対面を果たしたのである。
やがて無事に合同した宇宙艦群、地球・ガミラス・ボラー、三か国の艦影は
ボラー連邦勢力圏宙域へ向け発進するのだった………。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……相前後して、天ノ川銀河サジタリウス腕・ボラー連邦体制側支配宙域深部。
時として宇宙寒冷化現象『魔女の息吹』を引き起こすとされ、
ボラー人から恐れられている暗黒星雲からあまり離れていない、滞留する星間物質の多い空間。
中には惑星を有する恒星系も存在し、その一つに、ボラー連邦永久管理機構が極秘裏に開発、
先進技術の研究所を建設した惑星『アガテムアンⅩⅢ-A』があった。
大して強くもない恒星光の下を周回する惑星は、似たような天体の例に違わず極寒惑星であり
ボラー当局の研究所や宇宙軍港のような施設は過酷な外部から逃れるように地下に設けられ、
一部の例外は、惑星に聳え立つ氷と巌の山脈にところどころ貼り付けられた人工物――
無人の研究所警備用自動哨所だけだ。
有り体に言ってこの惑星の景色は、あまりに貧相な殺風景と言わねばならない。
そんな惑星だけあって、連邦の極秘研究所でありながら
実は課された役割は国家にとり、そこまで大きなものでもなかった。
何しろ、現在は叛乱軍と化している複数の軍管区における中抜きや各種不正によって
ここ十数年の間のボラー連邦の懐事情は常に厳しく、新規の技術開発に向けられる予算も
半ば必然的に絞られ、辺境惑星に設けられた極秘研究所群自体も持て余し気味になっていた。
そのため現在、「アガテムアンⅩⅢ-A先進技術研究所」は
ボラー連邦技術開発部門中央から人格や忠誠心に「問題あり」の烙印を押された科学者が
「出向研究」の名目で送り込まれる左遷先、事実上の流刑地となり果てている。
それでも相応の能力は有する科学者が集っているため、研究所自体は維持されており
かつての開設当初と比べれば雀の涙ほどに減額された予算を用いて
連邦に役立つと見做された各種科学技術の研究開発が寒土地下深くにて行われていた―――
「……なるほど、確かにこの星は今情勢下においては永久管理機構にとって価値は低い。
だが、かといって警備戦力をこうも減らされると不安にはなるな……。」
惑星アガテムアンが置かれた厳しい現実を脳裏に描きつつ、そのボラー人の男は言う。
ボラー連邦"親衛軍"の制服に身を包んだ初老の男は、惑星及び秘密研究所防備の責任者だ。
彼の発言に、副官らしい壮年のボラー軍人が返答する。
「警備戦力が事実上半分以下まで減少した以上、
一度のローテーションで出せる数も必然的に減らさざるを得ません。
かくなる上は、頼みとなるのは恒星系監視システムになると言えます。」
副官の発言と同時に、彼らが座する警備隊司令部のモニターにはアガテムアンⅩⅢ星系を
略した宇宙図が表示され、星系各所に配置された自動監視システムが輝点として出現した。
その数は所要を最低限満たしていたが、防衛戦力として心許ないことも否定しがたかった。
元来アガテムアン星系を含む宙域には、周辺一帯を警備する兵力として
ボラー親衛軍の一個打撃艦隊(二百数十隻)が駐屯しており、
アガテムアン星系自体にも二個混成大隊(五十隻)の星系守備艦隊が配置されていた。
ところが、ドゥハデス
ボラー連邦体制側の懐深くにあり相対的に戦力配備の必要性が低い同宙域からは
宙域警備の打撃艦隊が叛乱軍との戦線へ送られ、さらに星系守備艦隊からも半数にあたる
一個大隊分の艦艇が抽出され、極秘研究所防衛の任を離れてしまったのである。
(――せめてもの救いは、ここが戦線から遠く離れた後方であること、
この研究所や科学者たちが永久管理機構にとって不可欠な存在でもないことだな……)
警備隊司令は心中で嘆息する。
存在が極秘な上に交易航路からも外れた辺境にあり、しかも重要性もあまり高くないため
敵対分子に目を付けられる可能性こそ低い惑星アガテムアンⅩⅢ-Aの研究所だが、
こうも著しく警備兵力が目減りすれば警備責任者としては不安を感じずにはいられない――
それが親衛軍上層部、ひいては永久管理機構最高管理委員会から研究所守備を命じられた
親衛軍将兵たちの偽らざる本音であった。
「……対外警備は現状のものを維持するとして、次なる問題は内部ですな」
「ああ……。」
ボラーの警備隊司令が渋面をほぐすこともできぬまま、副官は話題を変える。
アガテムアン星の研究所はボラー科学界の不穏分子を隔離する収容所の側面があり、
この星に飛ばされてきた科学者たちは知見や技術こそ中央の同僚と比べても
遜色なかったが、コストパフォーマンスや体制への影響を全く無視するような
連邦中央、永久管理機構直属の研究機関では手に負えない「科学バカ」が多かった。
アガテムアン星研究所ではそんな彼らに「惑星地熱暖房システムの改良」や
「新型人工太陽開発」など一定のプロジェクトを与え、それに強制的に専従させることで
彼らの行動を縛り、有限の研究リソースを食い潰すことを防いでいたのである。
だが前述の通り、ボラー連邦の財政難から来る科学技術への予算縮小によって
研究環境や、中央から研究所に命じられる研究内容自体も日々劣化したため
満足に研究ができない科学者もまた不満分子となり、体制への反抗を図る恐れが浮上。
惑星アガテムアンの警備隊は、外敵からの研究所の防衛のみならず
研究所内部の科学者たちの叛乱阻止まで任務として課せられているのだった―――
「内憂外患という所だが、幸いまだ科学者たちは潜在的不満分子に留まっている。
癪に障る話だが、なるべく御機嫌を取って面倒事を起こされないようにする他ない」
「はっ!」
辟易とした表情でひとまずの善後策を口にした警備隊司令。
部下たちも仕方なし、とばかりに微妙な表情で応答し頷く。
辺境惑星研究所の御守役を押し付けられた初老のボラー軍人は腹の中で毒づいた。
(まったく、何故私がこんな役回りを……
尤も、叛乱軍との前線に立たされるよりはまだいい。
願わくばこのまま何も起こらず、軍管区の叛乱が終わるまで大過なくやれれば
反乱鎮圧までに少なからず空くだろう上の地位に収まることが出来るかもしれん)
幸運にも後方の惑星に残置されることになった自らの身の上と、
精強なドゥハデス将軍らの叛乱軍との戦いで、親衛軍上級将校にも戦死者が
続出しているという伝え聞く話を鑑みて、司令は自己を慰めるように胸算用をする。
だが、それから暫くして、
そんな利己的な願いを打ち砕くかのような急報が警備隊司令部にもたらされるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空間がひび割れ、通常宇宙空間と超空間との境界面が砕け割れた。
ボラー連邦軍艦艇特有の
このアガテムアンⅩⅢ恒星系内空間に出現したのは、
ボラー連邦軍の主力宇宙空母であるガノンダ級一隻と、
同軍の主力戦艦クロトガ級、同じく主力たる火力支援艦アマンガ級が各一隻、
他国では巡洋艦クラスに分類される装甲艦アールヴァ級六隻、
他国の駆逐艦に相当しボラー艦隊の数的主力となっている投射艦カルチヤ級十二隻。
総勢21隻からなる艦隊であった。
突如極秘研究所が位置する辺境星系に出現した正体不明のボラー艦隊。
この艦隊の旗艦たるガノンダ級航宙母艦の艦橋には緑肌の中年、
「ガハハハハ! 鬱憤晴らしだ、派手にばらまけ!」
その男、ラウジム・ネガテボフ。
彼はどういう訳か、自らが領袖たる旧ガルマン星警備艦隊を率い、
極秘の研究所があるとはいえボラー連邦内でも場末と言える恒星系に現れたのだった。
ネガテボフの号令一下、艦隊はボラー艦特有の黄緑色の陽電子ビームを乱射し、
星系への乱入者を感知したであろう星系監視システムの端末衛星を破壊する。
一基だけでは物足りぬとばかりに、ネガテボフ艦隊は出現ポイントから
星系にある監視システム端末が配置点へ次々に渡り、手当たり次第に破壊していく―――。
そして、四時間が経過した。
「ネガテボフの旦那、奴さんらようやく来たようですぜ」
「やっとか! ……まぁそんくらいかかろうな。ご苦労なこった」
空母『ヌルポガ』艦橋のスクリーンには、敵艦隊のワープアウト反応が表示されている。
ネガテボフは、僻地の元総督という立場上自身も元々星系防衛の知識が多少あるため
諸々の処理や手続きなど、迎撃があまり早急でなかった理由を推察し相手に同情した。
そうこうしているうちに、
襲撃艦隊の前方遥かにアガテムアン星系警備艦隊がワープアウトし、相対する。
ガノンダ級一隻にクロトガ級・アマンガ級各二隻、装甲艦三隻、投射艦九隻の計17隻。
総数でこそネガテボフ艦隊より少ないが、主力艦の数では上回っていた。
「やはり中々の相手ですな。正面からだとちと厳しい」
「では艦長、事前の計画通りに引きずり回すとしようじゃないか」
「了解!」
確認された敵が自戦力と同等、若干優勢にあると判断したネガテボフらは、
どうやら予め練っていた策の通りに行動することに決めたらしかった。
ネガテボフが手腕を見込んで裏ルートからスカウトした敏腕艦長らの指揮により
ネガテボフの艦隊は、正規軍はおろか精鋭とされる親衛軍も舌を巻くほど洗練された
流麗な艦隊運動で進路を翻し、星系内を遁走し始める。
片や、静謐だった任地に荒々しく踏み込まれたアガテムアン警備艦隊は
怒り心頭といった勢いでこれの猛追撃を開始するのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「クソッ、なんなんだ奴らは! 何故この研究所の存在が分かった……!?
いったい何が目的で現れたのだ……!」
一方、惑星アガテムアンⅩⅢ-A地下の司令部でも、
自身のささやかな目論見が水泡と消えて憤怒に燃える警備隊司令が怨嗟を吐いている。
「ですが敵艦隊はどうやら劣勢、遁走する模様です。
それに、現状損害は星系監視システムのみに留まっております。
探知網に大きな穴が開いていますが、ここまで時間が経過しているにも関わらず
新たな敵の存在は確認されていません。あれが敵の全力で間違いないようです。」
「うむ……。対抗可能と判断して警備艦隊を集結させ、差し向けたが……」
苦り切った顔の副官が、怒髪天の形相の上司の暴発を抑えた。
確かに、正体不明の叛乱艦隊による襲撃は予想外もいい所だったが、これを乗り切れば
中央委員会もこの星に目を向け、ひいては少ない損害で研究所を守った自分が
評価されるかもしれない――そう思い直し、警備隊司令は冷静な思考を取り戻す。
「できれば、警備艦隊にはやつらを撃滅してほしい。
襲撃を受けて敵に打撃を与えられずじまいなのは問題視されるだろう……」
願望を口にする警備隊司令。
だが、それを嘲笑うかのような"現実"が、再び彼らに襲い掛かった。
司令部の惑星防空レーダー・オペレーターが血相を変えて叫ぶ。
「惑星軌道に跳躍解除反応! 装甲艦2、戦艦2! ……突入してきます!」
「「「なにぃ!?」」」
アガテムアン星系に現れた襲撃艦隊の数は"21隻"。
ボラー軍標準的混成大隊定数からは所々欠けていたが、同軍ではさして珍しくはない。
おおかた、元より欠けていたか、故障や補給不足で離脱しているのだろう―――
少なくともネガテボフ艦隊と対峙しているアガテムアン警備艦隊将兵、
アガテムアンⅩⅢ-A地下司令部の警備隊首脳はそう判断していたが
それは誤りで、謎の襲撃艦隊はどうやら別働隊を分離・待機させていたらしく、
敵艦隊主力が星系外監視衛星網に空けた穴から侵入してきたようだった。
「目標、惑星防衛用対宙設備! 残さず吹っ飛ばせ!」
アガテムアン星軌道上に現れたクロトガ級戦艦に座乗し
ネガテボフ艦隊別働隊を指揮するのは、ネガテボフの腹心ヴァルヨノ・ゴヤチェク。
彼は自艦と、僚艦のアマンガ級、二隻のバルツイル級に対地ミサイル攻撃を指令する。
惑星大気圏内に突入した戦艦・装甲艦四隻の肉薄攻撃により、
隠匿・偽装されていた防衛砲台や戦闘機発進口は次々に爆破され沈黙する。
何故か、敵はアガテムアン星防衛設備の位置を正確・詳細に把握しているらしかった。
「な、何たることだ……! 敵艦隊の主力は囮だ、すぐに警備艦隊を呼び戻せ!!」
短時間のうちに研究所惑星アガテムアンの防備を丸裸にされ、
警備隊司令は青褪めながら通信士官に悲鳴と聞き分けのつかない声で命令を飛ばした。
だが、通信士官も血の気が引いた顔で衝撃的な応答を返す。
「警備艦隊との通信不能! 回線がハッキングされている模様です……!」
「そんな……!」
絶望の声を漏らしたのは副官だった。
だが、事態は彼らを置き去りにして推移を続けていく。
今度は別のオペレーターが緊迫の表情で告げた。
「地下軍港の天蓋ゲートが開いています! こちらの管制を受け付けません!」
どうやら、停泊していた警備艦隊構成艦を発進させたあと閉じられていた
宇宙港のゲートが敵によって捜査権限を奪われ、勝手に開かれているようだ。
「「「………!!」」」
司令部内の雰囲気が一瞬で寒冷な外気と入れ替わったかのように、一気に低下する。
宇宙港と研究所、ひいてはこの司令部は直結しており、
もし敵が制圧部隊を投じてきた場合、陸戦兵力に乏しい研究所の陥落は免れない。
当然、自分たちにも銃火が及ぶ可能性も高い。
自分たちが後方深くにいると思い込んでいたボラー親衛軍の警備隊将兵は、
一転して命の危機に瀕している事実を思い知り、動揺・狼狽する。
だが、幸か不幸かそれに続く展開は、彼らの最悪の予想とは外れたものであった。
「―――宇宙港より、輸送船が発進した模様! 敵艦に向かっていきます!」
「何だとっ!?」
困惑気味な報告を耳にした警備隊司令は司令シートから腰を浮かした。
司令部のモニタースクリーンには、研究所へ資材を運ぶための宇宙輸送船が離陸し、
惑星地表の防衛施設を蹂躙した四隻の敵艦に接近する様を略表したレーダー画面が映る。
発進した輸送船や宇宙港との通信回線も不通になっているようで、
誰が、どういった意図で船を動かしているのかを警備隊首脳が伺い知ることはできない。
一矢報いようと敵艦に体当たりするつもりか――中にはそんな想像をする者もいたが、
これまた予想に反して輸送艦は敵艦から防禦砲火を浴びる様子はなかった。
それどころか、敵のバルツイル級二隻は輸送艦を出迎えるように左右から接近し、
輸送艦の両舷に接舷。輸送艦も体当たりする様子はなくこれを受け入れる。
そこで、輸送艦に乗る者の正体、そしてその意図を悟った警備隊司令が吠えた。
「いかん! 今すぐあの輸送艦を墜とせ!
あれに乗っているのは研究所の科学者どもだ! 叛乱軍に寝返る気だ!」
「「「えぇっ!?」」」
司令部のボラー軍人たちは衝撃的な看破に驚愕し、一様に表情をひきつらせた。
「しかし、敵艦隊の来襲以降、科学者全員にシェルターへの移動を命じています!
監視カメラやセンサーなどはシェルターから抜け出した者を確認していません!」
「馬鹿者! 奴らの中には我々よりも機器に詳しい人間がいる!
それらを誤魔化す工作なんぞいくらでもできたはずだ!
研究所内の警備兵からも報告がないということは、ガスでも撒かれたか……!?」
「では、警備艦隊との回線をハッキングしたのも……!」
「とにかくあの艦を沈めろ!
連中や持ち出された技術データが叛乱軍に渡ったらとんでもないことになる!
絶対に逃がすな!!」
警備隊司令は両拳を司令席机に叩きつけながら、
叛乱軍側へ渡ろうとしているらしい科学者たちの逃亡阻止――否、抹殺を厳命する。
敵艦隊の星系・惑星侵入を許した挙句、秘密研究所に送り込まれた科学者が
脱走を図った事実だけでも自身の立場が失われることは必定だが、
万が一ここで科学者らの輸送船を取り逃がして彼ら自身の知識や
研究所が有していた各種科学技術データがドゥハデス将軍の叛乱軍に流れてしまえば
警備隊司令はいよいよ生命が危うい―――だが。
「無理です! 地表の対宙砲台も航空機発進口も完全に破壊されています!
警備艦隊とは依然として連絡がつきません!」
「おのれ……!」
モニターに映る輸送艦は、来襲した敵別働隊の艦艇共々上昇し、惑星を脱していく。
〈詰み〉と言わざるを得ない状況に、
警備隊司令ができたことは絶望の呻きを発することだけだった。
裏切った科学者たちを連れた敵別動隊、
そしてアガテムアン星警備艦隊を誘引していた敵艦隊主力がその後、
ほぼ無傷のままワープで星系を悠々と離脱したことを警備隊司令部が知ったのは、
警備艦隊がアガテムアン星司令部と連絡不能になったことに気付き、
敵艦隊の追撃を打ち切って惑星へ戻ってきてからのことであった………。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
永久管理機構から下されるであろう処分に怯える極秘研究所警備隊司令部とは対照的に、
首尾よくアガテムアンⅩⅢ星系から逃げおおせた旧ガルマン星駐留警備艦隊―――
今やネガテボフ元総督の私兵艦隊と成り果てている―――では
上は首魁のネガテボフから、下は一兵卒に至るまで、祝勝の喜びに湧いている。
その歓喜の中、ネガテボフは旗艦『ヌルポガ』の艦橋に、別働隊を率いたゴヤチェクと
アガテムアン星秘密研究所から脱走した科学者たちのリーダー格を迎えた………。
「おたくが、依頼人かね?」
「いかにも。こうして直にお会いするのは初となりますね。
私はしがない一科学者……、フィドル・カタストラフと申します。
どうぞお見知りおきを」
カタストラフと名乗った若い科学者の男は恭しく丁重に、
自分たちを研究所という名の流刑地から解放した相手に挨拶する。
どうやら彼こそが、科学者の集団脱走を主導した張本人らしかった。
「いやはや、中々見事な手腕だったぞ、カタストラフ博士。
そっちの周到な下準備のお陰で、我々は殆ど無傷でおたくらを回収できたからな」
「こちらこそ、こうして我々をあの星から助け出して下さり、
本当にありがとうございます。」
互いに満足げな笑みを浮かべ、ネガテボフとカタストラフは握手する。
彼らが内外から如何にアガテムアン星極秘研究所の襲撃、
研究所からの脱走――及び科学者の回収を試みたかは、時系列にして数日前まで遡る。
ボラー連邦最高管理委員会によって研究環境は劣悪な辺境惑星の研究所に島流しにされ
元より不満を溜めていたカタストラフら科学者たちは、アガテムアンⅩⅢ星系周辺に
配置されたボラー親衛軍の警備戦力が大きく減少したことを知り、好機と捉えた。
そこで科学者たちは地下ネットワークで雲隠れしていたネガテボフにメッセージを送り
自分たちのアガテムアン星からの脱出作戦に協力するよう依頼したのである。
その後ネガテボフ艦隊に研究所がある星系の正確な位置や防衛設備・戦力の配置を教え、
同艦隊が依頼を受諾してアガテムアン星系へ接近したことを確認すると科学者らは
研究所内の監視システムや星外との通信回線などに細工を施し、脱走準備を整えた。
ネガテボフ艦隊による襲撃が始まると、科学者らは避難させられたシェルターから
哨兵がいる地下研究所内に無味無臭の催眠ガスを撒き警備を無力化して
持ち出した技術データともども宇宙港に繋留されていた宇宙輸送艦へ密かに乗り込み、
脱出を阻害する恐れがある地表の防衛設備を破壊したネガテボフ艦隊別働隊に迎えられ
その護衛を受ける形でまんまと流刑研究所惑星から逃げ去ったのだ………。
「――ともかく、ボラー最先端の科学知識を有するおたくらを交渉材料にすれば、
我々のガルマン星での
『統治再建機構』も我々の身の安全を保障するだろう……とりあえずは使える奴らだ、とな。
おたくらはドゥハデス将軍のもとに連れてこうと思うが、それでいいか?」
「えぇ、是非そうしていただきたい。
むしろその方が我々の能力を活かせるでしょうからね……。」
『ヌルポガ』艦橋にて、今後闇市場で使われていた航路を辿って
ドゥハデス将軍が支配するジベリヤル軍管区に向かう方針を定めるネガテボフたち。
カタストラフ博士も統治再建機構の首魁・ドゥハデスに降ることを快諾した。
ボラーの天才的物理学者フィドル・カタストラフ博士。
緑色の肌にブロンドがかった銀髪をボブヘアに整え、眼鏡をかけた若い男性だ。
ネガテボフへの慇懃な対応は、政府研究所からの脱走という暴挙を企てたとは
とても思えないほどの大人しい印象を周囲に振りまいている。
今や寒土に閉ざされた極秘研究所から解放され、
良好な環境を与えてくれるだろう相手の下に向かう船上の人と化している彼。
その表情こそ柔和で穏やかなものだったが、
時折薄く開かれる瞳には、確かにどす黒い野心と狂気の炎が灯っている――。
そんな男を乗せ、ネガテボフの旗艦『ヌルポガ』は銀河系中心部という星の海を、
正規の航路と大きく外れた裏ルート――宇宙の深淵、闇へ向かって進んだ。
これが、ボラー連邦現体制と叛乱軍『統治再建機構』との内戦の前線から
遠く離れたボラー連邦体制側宙域深くにも拘らず
叛乱軍と思しき艦隊によって引き起こされたアガテムアンⅩⅢ星系への襲撃、
そして同地にあった極秘研究所からの科学者たちの一大脱走事件――その顛末である。
ボラー連邦永久管理機構最高管理委員会、そして親衛軍最上層部から
特級秘匿事案として事件直後に隠滅処分された本事件に、如何なる意味があったのか。
それが明らかになるには、ここから幾ばくかの時間を要することになる―――。
オリジナル設定紹介
・ラウジム・ネガテボフ(イメージcv.香川照之)
元・ボラー連邦 永久管理機構 ガルマン星総督。45歳相当。
本来ガルマン星に派遣される筈だったヴィルキ・ボローズに代わって
同惑星の統治をボラー連邦から任されていた役人。だがその統治は悪辣・苛烈で、
そのうえ連邦に対しても背信行為を働き、自らの懐を満たしていた悪代官。
しかし、ある時ガルマン星がボラー連邦勢力圏から大マゼラン銀河に移動するという
珍事件が発生、ネガテボフたちガルマン駐留軍はどういう訳か巻き込まれなかったが、
事件の影響で悪行が当局に露見、同業者らからも目を付けられ流浪の身となっていた。
ある種のカリスマを持つ小悪党で、本人曰く人を見る目はある方とのこと。
名前の元ネタは帝政ロシア海軍のネボガトフ提督(本当に申し訳ない)。
容姿イメージは歌舞伎役者・俳優の香川照之氏、肌は緑色にしてご想像願い〼。
・ヴァルヨノ・ゴヤチェク(イメージcv.石丸幹二)
元・ボラー連邦 永久管理機構 ガルマン星総督秘書官。37歳相当。
ネガテボフの腹心たる部下。永久管理機構の閑職にいた所をネガテボフに見出され、
彼に恩義を感じていると共におこぼれに預かるため彼の悪行街道に同道している。
経理と統率に長け、まともなボラー軍人程度には軍事的見識もある。
名前の元ネタは悪代官ネガテボフとの取り合わせで「越後屋よ、お主も悪よのう」。
容姿イメージは俳優の石丸幹二氏、肌は緑色にしてご想像願い〼。