宇宙戦艦ヤマト3199 If 激浪への挑戦者   作:モアンゴル

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第三十六話 戦神への供物

 

【第36話】

 

 

時に、西暦2206年9月末。

北米管区アラスカのボラー大使館と防衛軍の二つのルートから地球連邦政府に相次ぎ届いた

第一回援ボ船団の無事のムルマン星入港と、直後の受け入れ港の"原因不明の潰滅"の報せは

エイブラハム・ダグラス大統領以下閣僚たちを安堵のち震撼させた。

 

連邦政府は直ちにボラーの駐地球大使マージヤ・トロンジョワを呼び出し

事態の詳細調査を求めると共に、改めて自国船団によるボラー連邦体制側勢力圏深部への

援助物資直接輸送の許可を求め、防衛軍司令部はサルタ基地まで進出していた

ヤマト型宇宙戦艦『ムサシ』率いる第二回援ボ船団「TB-02」以降の船団の

ボラー連邦圏進出を当分の間見合わせるよう命じるのだった……。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

同時期、ボラー連邦現体制・永久管理機構最高管理委員会と同国軍部による

合同御前会議は、前にも増して紛糾の場となっていた。

原因は無論、「惑星ムルマンの秘密貨物宇宙港の潰滅」である。

 

ボラー連邦体制派が恥を忍んで星外国家・地球とガミラスに頼んだ援助物資を受け取り、

自国船で改めて連邦内各惑星の市民へ輸送するための拠点が最初の地球船団を受け入れた直後、

しかも自国船団が受け取った援助物資を積載している最中に、それらを巻き込み消滅したのだ。

 

国家及び永久管理機構がその存続をかけて進めたプロジェクトが実を結ばぬまま頓挫した――

そんな第一報を受け取ったとき、最高管理委員長ベムラーゼは驚愕すると共に激怒し、

腹心のダーリヤ書記官にさえ執務室から退出を命じ、室内をひっくり返して回った程であった。

 

ムルマン秘密軍港の消滅直前、同基地から近隣の軍港惑星アルヴァンに

非常事態の報せがあったことから、ボラー上層部はこれが叛乱軍「統治再建機構」の仕業と断定。

問題は、なぜ叛乱軍が極秘裏に建設されたムルマン貨物宇宙港の存在を知っていたかであり、

ここで内戦の劈頭、不正を働いていた軍管区司令官たちを逮捕するため派遣された親衛軍艦隊が

逆に辺境軍管区艦隊の奇襲を受け壊滅した原因が、逮捕計画を知っていた最高管理委員会あるいは

ボラー親衛軍幹部の誰かが裏切者で情報を流していた――とする疑念が再燃したのである。

 

 

「……しかし、これで決まりですな。親衛軍の極秘計画が二度も不首尾な結果となった以上、

 これが運用する惑星破壊ミサイル(ブロル・ボラーナ)の使用は不可能と言わざるを得ますまい。

 この首都星ラスカウなど、我が重要惑星に射ち込まれることは避けねばなりません。」

 

「うむ………」

 

ボラー政権のNo.3、シキータ・ツルシチャフ管理副委員長の発言にベムラーゼが苦々しく頷いた。

ツルシチャフは以前から内通者が最高管理委員会ではなく親衛軍側に居ると考え

事あるごとに不信感を滲ませており、さも当然といった様子で言い放っていた。

対して、当の親衛軍の代表出席者アレゼイ・グロバトチン親衛軍中将は悔し気に歯噛みしている。

実際に失態があった上、最高権力者ベムラーゼが頷いている以上は反論もできないのだ。

 

これで、今次内戦において叛乱軍に対しての惑星破壊ミサイル「ボラー人民の勝利(ブロル・ボラーナ)」の

使用可能性は完全に消滅したと言っても過言ではなかった。

統治再建機構による攻撃はムルマン秘密宇宙港を破壊し援助物資を焼き払っただけでなく、

最高指導者の親衛軍に対する信頼をも打ち砕いたのである……。

 

「して、最高管理委員長閣下。 今後の援助船団受け入れについてはいかがいたしましょう。

 地球側からは、連邦内部への直接輸送を認めるよう求めていますが……

 ムルマン星の貨物宇宙港を再建、あるいは代替港を設定、建設いたしますか?」

 

話題を切り替えるように発言したのは、最高管理委員会筆頭政治委員ロニド・ブレゼニフ。

逼迫したボラーの食糧事情的に外国からの援助物資の供与を諦めるわけにはいかないため、

情報保全など各種の要素を鑑みて、採るべき善後策をどうするか提議するのだった。

 

「結局援助物資が届いていない以上、早急に次の船団を送って貰いたいところだが……」

 

「方針を変えない限り彼らは船団を再開しない可能性があるのではないか?」

 

「だがやはり、潜在的な敵である星外国家に連邦内部の実像を晒す真似はできまい」

 

「元々地球側に受け入れ港として提示していたアルヴァンの軍港で良いと思うが……」

 

最高管理委員会の幹部たちからは、

口々に既定路線である「連邦外縁惑星での船団受け入れ・自国船団による内部輸送」を

支持する意見が上がって来るが……

 

 

「いや……かくなる上は、地球・ガミラス船団の我が連邦内での直接輸送を認めよう。

 ムルマンの二の舞を演じてはならん。」

 

ボラー連邦を背負って立つ男・ベムラーゼは違った。

最高管理委員長は大胆にも、異星人の船団による自勢力深部の移動を許可する意思を示す。

並み居る会議出席者たちは驚愕するが、ベムラーゼの傍らに立つダーリヤだけは小さく頷き、

彼の意向を決定事項として宣言した。

 

「では地球の大使館を通じて、連邦内での輸送を認める旨を伝えます。

 連邦軍・親衛軍以下関係各部門、地球船団に許可する航路の策定と安全確保に向けて動け。

 各情報機関は、地球とガミラスの船団が我が方の機密情報を収集していないか、

 叛乱軍と通じていないか監視する体制を構築せよ。」

 

「「「はっ!!」」」

 

ボラー第二位の実力者リュドミ・ダーリヤの言に、国家の最高幹部は弾かれた様に威儀を正す。

それに続き、ベムラーゼが檄を飛ばした。

 

「内戦の勃発以来、我ら永久管理機構は叛乱者・統治再建機構に対して

 後れを取り続けてきたが、それはまだ時至らぬためだ。

 間もなく、叛乱軍との戦列にも『新戦力』が加わることになっている。

 全ての準備を整えた暁には、偉大なる我らがボラー連邦による挽回の時が来る。

 それまで皆、各自に課せられた使命を抜かりなく果たせ。良いな?」

 

「「「ベムラーゼ万歳(ビェシュナ・ベムラーゼ)!!!」」」

 

参加者たちの声と拍手が、ボラー連邦首都星ラスカウの何処かにある地下秘密会議室に響く。

 

彼の国は未だ、(いくさ)(たけなわ)の中にあった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

視点は戻り、大宇宙における地球人類第一の寄辺、太陽系第三惑星・地球。

その極東管区に置かれた惑星国家の首都・メガロポリスに屹立する、連邦政府総合主庁舎ビル。

その中にある連邦防衛軍・統括司令長官の執務室にて。

 

部屋の中央にある大型の執務机には、濃緑の軍服に身を包んだ白銀髪の中年白人男性――

防衛軍統括司令長官ウォルター・I(アイザック)・キンメル大将の姿がある。

彼は机に向かう椅子に身を沈め、目を閉じて思索に耽っている。

 

キンメル大将はやや痩身よりの中肉中背、狼にも例えられる精悍で整った目鼻立ちの男だが、

その面持ちは常に硬く、態度もそれに違わず冷静沈着で厳格……まさに司令官然としたものだ。

軍務には忠実かつ秀でた手腕を発揮し、周囲には対話的かつ他者への気配りも欠かさない。

実働部隊、教育部隊、後方業務など多岐に渡る職を歴任し、広く深い見識をも有している。

長く北米管区軍司令官を務め、防衛軍トップへ任じられただけある優れた将官であった。

 

そんな折、執務室の扉が開かれる音がした。

キンメルが片目を開き、ちらと扉に視線を向けると、

衛兵が開けたドアから一人の男――防衛軍の将官が入室してくる様が飛び込んでくる。

来訪者は、敬礼と共に防衛軍長官へ挨拶した。

 

「失礼します。

 防衛軍情報局局長ポール・ドラコール少将、只今出頭いたしました。」

 

「ご苦労」

 

ドラコールと名乗った相手の姿を認めるや、キンメルは両眼を開き着座姿勢を正す。

どうやら元から予定されていた来訪だったらしく、戸惑いや怪訝の色はなかった。

防衛軍司令長官室に現れたのは、北米管区出身ながら欧州にルーツを持つらしい、

灰色の差し色が入った栗毛頭の白人の壮年で、防衛軍情報部門のトップに立つ男である。

普段はバイザー型サングラスをかけて隠されている、薄く開いた彼の焦げ茶の双眸は

一見濁っているようだったが、その実、冷たく底光りしていた。

 

室内にはキンメルとドラコール以外にも副官や従兵などがいたが、

これから行う会話が機密性が高い内容であるためか、キンメルは彼らに退出を命じる。

人払いが済み、一対一になったところで、ようやくやり取りが始まった……

 

「……一連の件について、既に各所から一応の報告は受けている。」

 

「ハッ。」

 

切り出したのはキンメルの方からだった。

その言の通り、彼の下には目下問題となっている案件――『援ボ船団』について

実施部隊である第七艦隊を擁する宇宙海軍艦隊司令部や、

供与物資集積・輸送船の手配を担う軍の兵站部門、連邦各部局、ガミラス大使館、

要請元であるボラー連邦の在アラスカ大使館などから情報が集まってきていた。

 

宇宙戦艦『ヤマト』以下第一次援ボ船団がサルタ基地へ無事帰還を果たした旨、

ボラー連邦が以降の援助物資船団の同国内における航行・直接輸送を許可した旨、

ボラー側の態度軟化に伴い地ガ側も再調整の上で援助船団運航再開を決定した旨……

キンメルはこれらの情報だけでは今後事態が推移した際に十分な対応が難しいと考え、

防衛軍情報局が掴んでいる最新情報の全てを、定期報告を待たず早急に知るため

情報局長ドラコール少将を直接呼びつけたのである。

 

 

「……情報局は、今回のムルマン基地壊滅についてボラー叛乱軍『統治再建機構』が

 地球やガミラスに対し、何らかの主張を行っているという情報は掴んでいないか?」

 

「ハ……以前のようにボラー方面からの対外プロパガンダ放送が行われた、という

 情報は現在のところ確認できておりません。

 従って、やはり現状ではムルマン宇宙港の潰滅が

 ボラー叛乱軍の攻撃によるものという確証はまだ得られていないと言わざるを得ません。」

 

相対する防衛軍高官二人の会話は冷静で淡々とした、どこか剣呑な雰囲気さえ纏うものだった。

彼らは、第一回援ボ船団の指揮官ルーベン・ワード少将やその上官・山南第七艦隊司令長官、

それに宇宙艦隊司令部のパエッタ長官、ワッケーン参謀長らから事実上の連名で

「ムルマン星ボラー親衛軍基地壊滅はボラー叛乱軍の攻撃による可能性」の提言を受けている。

 

キンメルやドラコールとしても同意見、

ボラー側の動きを見る限りはその可能性が極めて高い――という見解だったが

肝心の証拠を得られない以上、予断は許されず慎重に対応しなければならない。

現状の地球連邦にとっては、ボラー叛乱軍もまた無用な刺激をすべきでない相手なのだ。

下手に疑いをかけては、逆に地球がボラー体制側に与する存在と見做される可能性がある。

ガミラスとの戦端を地球側が開いたという苦い経験もある以上、迂闊な真似は許されなかった。

 

「……既にボラー体制側は『自軍輸送船の事故の可能性が高い』として

 援助物資受け入れ港の件を公表していたな?」

 

「はい。我々情報局はボラー統治再建機構がこの報道に乗じて、

 『援助物資を受け入れた永久管理機構と親衛軍はこれを横領して隠匿し、

  欺瞞するため自ら作為的に受け入れ宇宙港を破壊した』――などといった内容の

 宣伝(プロパガンダ)放送を内外に行い、地球やガミラスに対して体制側への不信を煽り

 物資支援の見直しを勧告してくるものと考えていましたが……」

 

ボラー叛乱軍「統治再建機構」が、ボラー連邦の正規軍や民衆に対し

現体制「永久管理機構」やその直轄組織「親衛軍」に関する陰謀論的言論・認知戦を展開し

両者の分断・前者の取り込みを図らんとする行動傾向を鑑みて

防衛軍情報局が予測・算出したシナリオを述べるドラコール。

しかし彼の口からはその結論は濁され、代わりにキンメルが口を開いた。

 

「……現状その兆候は無い。よほど地球とガミラスに関与を気取られたくないのか……

 あるいはまさか、本当にただの突発的な事故で対応が遅れているのか?」

 

「いえ、その場合はそもそもボラー体制側がこのように通達してくる可能性も低いかと」

 

「……そうだな。」

 

普通の事故なら被害規模や事故の発生そのものも明かさず、

適当な理由をつけて次回船団の受け入れ地を変えるだけだ――

ドラコールがかぶりを振りながらそう指摘し、キンメルもすぐに考えを改める。

ボラー叛乱軍のいささか不可解な動向に納得いく答えが出ず、二人は首を傾げるばかりだ。

結局、今後もボラー叛乱軍の動向、特に宣伝放送には神経を尖らせて

監視を継続することが当面の方針として固められるのだった。

 

「ボラー反体制側の、体制側への我が援助船団に対する姿勢(スタンス)が不明瞭な以上、

 船団護衛部隊の将兵たちには大きな負担をかけることになる。

 ボラー内戦勢力双方を刺激せぬよう気を配りつつ、自衛のための警戒を行う――

 常に緊張した状況に置かれることになる。

 現地指揮官には、暴発がないよう注意させねばならんな。」

 

「あるいは、ボラー叛乱軍の狙いはその辺りにあるのかもしれません。

 直接的な船団の妨害ではなく、現場の防衛軍将兵に神経戦を展開してストレスを与え、

 ボラー体制側に対する不満蓄積からの船団実施部隊の士気低下――

 ひいては両国の世論を「船団の中止」に向かわせんとしているのでは?」

 

「……一考に値する意見だ。

 だがそれでは、こちらの採れる有効な手立ては少ない……。」

 

キンメルは腕組みして思案するが……暫くして打ち切る。

容易に結論を出せない込み入った問題のため、後日別途検討の機会を設けるようだった……

 

 

「……それにしても、ボラーか。」

 

目的としていた情報の共有をひとしきり終え、キンメルは虚空へと視線を投げ、呟く。

ドラコールは北米駐留軍情報部長としてキンメルと同じく北米管区軍に居たこともあって

眼前の上官をよく知っており、彼の心中を察したのか、問いを投げかけた。

 

「やはり、"火星の件"を思い出されますか。」

 

「………。」

 

キンメルは答えを口には出さず、ドラコールに向けた横目を伏せる。無言の肯定だった。

 

 

――ウォルター・I・キンメルは、青春期に第一次内惑星戦争を経験したことから

軍人を志し、実際その軍歴には士官として第二次内惑星戦争へ従軍したことが刻まれている。

彼は火星進駐軍・北米部隊付の情報将校として参加しており、

以前から噂されていたボラー難破艦についての情報を火星政府・軍から接収した当事者だった。

彼は後に、上層部の意向に従って、事実を知る火星側人員の抹殺にも関与している。

 

対するドラコールも、防衛軍の裏側――表沙汰にできない情報まで全て管理する立場上、

火星にボラー連邦の宇宙戦艦が墜落し、それが火星独立軍にリバースエンジニアリングされ

やがて地球人類が宇宙船を作る上で欠かせない技術上の基盤となったことを知っていた。

それが副次的に「火種」を齎したことについても……。

 

火星(マーズ)――軍神(マルス)、いや、戦神(アレス)の名を冠した星。

 さしずめ、あの艦は地球人類に新たな闘争を齎すためボラーに捧げさせた供物だったな。)

 

キンメルは思う。

火星へのボラー艦の漂着が生んだ戦火は、二度の内惑星戦争だけではない。

地球人類の意思決定層の脳裏に「異星人」の存在――恐怖を刻み込み、

供物を捧げた者(ボラー)とは違うそれ(ガミラス)が現れた時、国連を強硬な対応へ導いた。

どのみち、来訪者(ガミラス)とはいずれ事を構える結果にはなっていただろうが――。

 

翻って、思索する舞台を現在へと戻す。

今や、地球とガミラス、そしてボラーの関係性は大きく変わっている。

地球とガミラスは強固な同盟関係を結ぶ一方、ボラーは分裂し内戦状態に陥った。

地球=ガミラス同盟は中立姿勢を示し、警戒しながらも人道的見地から

ボラー民間人を対象とした援助物資船団の運行を開始している――だが。

 

(……これも、新たな戦神への供物なのか?)

 

キンメルの脳裏に、不穏な想像が浮かぶ。

地球とガミラスの援ボ船団が人道援助物資を運ぶことで、本来は市民へ向けねばならない

ボラー体制側の資源が彼らの軍へ注がれ、叛乱軍との戦闘が激化する―――それはまだいい。

元よりそうなるであろうことは、地ガ両国の政府・軍の想定の範疇である。

 

問題は、そうして拡大したボラーの戦火に、地球が巻き込まれないかということだ。

今回のムルマンにおける一件は直接地球側へ向けられた攻撃ではなかったにせよ、

今後起きるかもしれない本格的な飛び火の前触れなのではないか――そんな危惧が、

ウォルター・I・キンメル防衛軍統括司令長官の胸中に沸き上がった。

 

 

「……閣下。

 懸念なさっているのは理解していますが、ここは我が軍……いえ、

 地球連邦全体で整えている備えを信じても良いのではないでしょうか。」

 

不意に、ドラコールが告げた。

キンメルが鉄面皮に隠した懊悩を見抜いたらしい。

 

「地球人類は、降りかかる火の粉を払いのけるだけの実力をつけてきました。

 そう容易く、戦火の類焼を許すことはありません。」

 

情報局長である自分は、地球の備えに太鼓判を押す――ドラコールはそう続けた。

言葉を受けたキンメルとしても、時間断層の工廠が新たな無人艦隊や護衛戦艦を

続々と増産しつつあることなど、地球人類が今後への備えを欠かしていないことを

良く知悉していることもあり、その納得感が心中に立ち込めた不安を薄めた。

その一方、自分を励ますような彼の物言いをキンメルは意外に感じ、顔を上げる。

すると、防衛軍統括司令長官と防衛軍情報局長、両人の視線が互いの眼を捉えた。

 

嘗てキンメルは国連北米管区軍務局長、地球連邦北米管区駐留軍司令官の座に在った時、

ドラコールが中傷されていたという報告を聞いたことがある。

彼のあまりに冷たい眼差しは、()()()()()の眼であるためだ、と――。

 

だが今、キンメルの前に立っている情報局長の眼は、

冷静さこそ湛えているが、確かな温もりを持ったものである。

それは紛れもなく、全身全霊で地球人類を守り抜かんとする、防衛軍人の眼だった。

 

感じ入るものがあったのか、キンメルの口からふと、言葉が漏れる。

 

「―――確かに、火星でボラー艦が見つかった日から、

 地球人類から真の意味での安眠は永遠に喪われた。

 だが、それでも地球人類が安眠できるよう日夜努める義務が防衛軍にはある……

 私も、その防衛軍の長として恥じない軍人であるべきだな。」

 

キンメルの決意を滲ませた呟きに、ドラコールも黙って頷く。

長官執務室の一面に張られた重厚な防護ガラスから差し込む柔らかい秋の午後の陽射しが、

二人の防衛軍高官を労るかのように、一杯に降り注いでいた―――。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

同時期、ボラー連邦ジベリヤル軍管区―――。

 

反体制勢力「統治再建機構」支配宙域の中心地と言って過言ではない連邦辺境部の空間。

その深部に、軍管区の軍事・行政・経済の中枢として機能している星があった。

 

その名も、『惑星ヴラジボス』。

惑星名はボラー言語で「栄光を拡げる力となる(星)」の意である。

元来は鉱物資源供給のため帝政ボラーのよって開発され、

後に通商路の要衝、宙域支配の中心地として歴史を歩んできたヴラジボス星は

ボラー圏可住天体の例に漏れず寒冷な気候をしており、

地表は4割程が海洋で、両極冠に近い海原は白く凍結している。

宇宙空間からは恒星光の加減で紫に見えている、残る6割の陸地の中で赤道近くの一角には、

巨大な建造物――軍管区司令部兼行政府を中心とする入植市街地『トカウ(家となる地)』が存在した。

 

街はボラー内戦下の今、俄に活気に満ちている。

元よりジベリヤル軍管区司令官ミハール・ドゥハデス大将のお膝元であるこの街は、

ドゥハデス将軍の所業から必然的に裏の物資を取引する暗黒街の一面も有していたが、

基本的には軍都の趣が強く、軍管区駐留部隊への供給物資製造が主産業であった。

内戦の勃発は駐留部隊、今や転じて叛乱軍が必要とする物資の量を跳ね上げ、

この街、この星、この宙域全体の景気を刺激していたのである。

無論、ヴラジボス星が現在の前線から遠い位置にあり戦火と無縁なことも大きな一因だった。

 

 

……そんな盛況を誇る市街は、小高い丘に建っているうえ、

建屋自体も背の高い軍管区司令部ビルから一望することができ、そこそこの眺めである。

だが、その日に軍管区司令部に現れた緑肌の男たちは、それより重要な目的のために訪れていた。

 

 

「ドゥハデス大将どの!

 お初に御目にかかります、ガルマン星総督を務めておりました、

 ラウジム・ネガテボフと申します!」

 

「ネガテボフ総督の秘書官、ヴァルヨノ・ゴヤチェクであります」

 

「物理学者フィドル・カタストラフです」

 

その男たち――ボラー永久管理機構のアガテムアン秘密研究所を襲った

元ガルマンの悪代官ネガテボフと腹心のゴヤチェク、

研究所から脱走した科学者たちのリーダー格カタストラフは、

相応の広さを誇る軍管区司令官の執務室で愛想良く丁寧に、挨拶と自己紹介をする。

 

それを執務室のテーブルから見ていた若き将帥にして反逆者の首魁、

ミハール・ドゥハデス将軍も穏やかな微笑みの顔で、誠実な応答を返した。

 

「長旅ご苦労だった、ネガテボフ総督、ゴヤチェク秘書官、カタストラフ博士。

 通信で伝えた通り、我が「統治再建機構」ジベリヤル軍管区は君たちを受け入れ、

 生命の安全と身分・財産の保障を約束する。

 君の私兵艦隊には、このヴラジボスの警備の一翼を担って貰おうか。

 科学者諸君には統治再建機構を科学技術面で補佐してもらいたいから、

 我々は出来る限りの支援を行う準備がある」

 

「「おおっ……!」」

 

「……。」

 

色よい返答を受けたネガテボフとゴヤチェクは安堵の声を漏らす一方、

カタストラフは一人、どういう訳か真顔で沈黙を保っている。

 

……遡ること数日前、ネガテボフ私兵艦隊はボラー体制側宙域深くにある

アガテムアン星系から闇物資流通航路で叛乱軍勢力圏・ジベリヤル軍管区へ向かっていた。

その最中ネガテボフらはドゥハデスに向け、アガテムアン研究所から連れ出した

ボラー屈指の頭脳を誇る科学者たちと先端技術データを対価に、

他の不正役人から恨みを買っている自分達を保護して欲しいとするメッセージを送っていた。

ドゥハデス将軍がこれを快諾したことで、ネガテボフ艦隊は彼の本拠地である

ジベリヤル軍管区中枢惑星ヴラジボスへと辿り着いたのである。

そしてドゥハデス本人と面会し、彼の口から直々に条件の履行を確約されたことで

流浪の身だったネガテボフらはようやく一息つける、と歓喜に弾んでいた……。

 

「仔細は後々伝えさせて貰う。

 ネガテボフ総督、君と君の部下たちは旅の疲れをゆっくり癒してくれたまえ。

 カタストラフ博士は、この後少し残ってもらいたい」

 

「え……わ、分かりました! お気遣いに感謝申し上げます!」

 

「……了解しました。」

 

執務室に入ってきたドゥハデスの小柄な副官に案内され、ネガテボフとゴヤチェクは

将軍に名指しで残るよう言われたカタストラフを尻目に退出する。

 

ドアが閉まると、ドゥハデスは窮屈だった、とばかりに軍服のボタンを外して着崩し

椅子に身を沈めてテーブルに脚を乗せ、彼の荒々しい面を露にした。

カタストラフが自らの本性に気付いていることを察知していたのだ。

 

「――さて、カタストラフ博士。 アンタの噂は聞いたことがあるぜ。

 惑星破壊ミサイルの弾頭を作った科学者の中に、

 ()()()()()()()()()()くらいに威力を増強することを提案して

 辺境送りになった酔狂なヤツがいるってな……あれ、アンタのことだろ?」

 

「えぇ、御慧眼の通りです。

 ブロル・ボラーナ型は中々の出来でしたが……少々()()()()()。」

 

ドゥハデスとのやりとりの中で、カタストラフもまた自らの狂気を披露する。

この先彼のスポンサーになるドゥハデスも、それを聞いて気を悪くした様子はなかった。

 

「ハッ! イカレてるぜ、全く……まぁいい。

 ……で、アンタは俺たちのために何を作ってくれる?」

 

「――現体制を後片も残さない程の威力を誇る『破壊兵器』を。

 お望みとあらば、ブロル・ボラーナも再現できますよ。

 相応の設備と資源……それに私の研究環境が要りますが、ね」

 

狂人科学者は平然と、ボラー連邦体制側の切り札である惑星破壊ミサイルを作れると放言する。

その不敵さを見て、ドゥハデスは口の両端を吊り上げた。

 

「……いいね、気に入った。

 具体的に何を作るかは後で決めるとして……満足する研究環境をくれてやるぜ」

 

「ふふふ、あの窮屈な研究所から苦労して抜け出した甲斐があったというものです」

 

こうして二人の危険人物は意気投合し、互いにおぞましい笑みを向け合う。

現在進行形で犠牲を出し続けている星間戦争・ボラー内戦の首謀者の執務室で、

恐るべき未来図が描き始められた瞬間である。

 

ドゥハデス将軍に献上された、「破壊」を愛する「破壊」のための頭脳。

これが宇宙に何を齎すことになるのか――今はまだ、誰にも分からなかった。

 

 





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