GODEATER3>>Remember Chains.   作:志乃木千進

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地獄の底めいた灰域の荒野に、切り開かれた空からの陽光が差し込んでいた。

照らし出される、死闘の幕切れ。

神殺しの魔獣(フェンリル)”と化したジェットの神機は、その爪牙で魔神(まじん)・”スサノオ”を喰らい潰す。

未曾有のアラガミといえど、間違いなく致命傷の筈だった。

巨体が、地響きを立ててその場に崩折れ、もはや僅かに痙攣して倒れ臥すのみとなる。

だが、それを見届けたジェットも、糸が切れたようにその場に膝をついていた。

同時に、魔獣の姿だった捕喰形態(プレデターフォーム)は勿論、その身の漆黒の甲冑もボロボロと崩れ出し、オラクル細胞の残骸となって一気に霧散した。

「へっ・・・・もう暴れんな、って――――っグ、ハぁ・・・・ぁっ」

「「 ジェットっ !!??」」

突如、ジェットは尋常ではない量の血を吐き、前のめりに倒れ込んでいた。

神機すらも手放して力尽きてしまったような姿へ、クレアとユリハは悲鳴を上げて駆け寄る。

「彼はどうなのっ!?」

「そんなのっ・・・・あんな物凄い力で戦って、平気なはず無いよっ!!!!
応急処置じゃ、もうどうにもならないっ!!!!
でも、身体中が、ずたずたで・・・・船の設備だけじゃ・・・・っ!!」

「そんな・・・・っ!?」

それどころか、医務室へと運び込むほんの僅かな時間すら、ジェットは保たないかもしれない。

喰灰(しょくかい)を防ぐ為の偏食因子(へんしょくいんし)も、とっくに効果が減衰している筈で、今、この瞬間に事切れても何らおかしくなかった。

とにかく、一刻も早く安全な場所へ退避させなければならない。

しかし、クレア達が駆け出そうとしたその時、エイミーが激しい警告を発していた。

<皆さん、()()!!!!
気を抜かないでくださいっ!!!!>

その意図は、もはや言うまでもない。

斃れた筈だったスサノオは、再び動き出していた。

瀕死にまで追い込まれているのは間違いない。

しかし、未だ執念深く(にじ)り寄り、重々しく起き上がってみせていたのだ。

<ギッ、シィャァァァァ・・・・ッ!!>

「・・・・っ!!」

もはや虫の息の有り様だったが、それはクレア達とて似たようなものだ。

このまま此処で襲われ、足を止められるだけで、そのまま”時間切れ”に終わってしまう。

此処までの戦いの全てが、無に帰してしまう。

「――――クレアは、彼を連れて行って。
私が、アラガミの相手をするわ」

果たして、死の淵までも道連れを図るようなスサノオに対し、ユリハは神機を構え、決然と立ちはだかっていた。

「ユリハ・・・・!?」

<<ユリハっ!!>>

殆ど決死隊(けっしたい)の役目へ名乗り上げたユリハへ、通信からカミルとシャロンが叫ぶ。

AGE(エイジ)として喰灰への耐性に優れているとはいえ、もはやその程度では埋められないほど、灰域に晒され続けている。

疲労と負傷も極限に達し、まして立ちはだかるスサノオとて、大幅に弱っていようと、1人で相手取れる容易い相手ではない筈。

そんな懸念(けねん)を、全て斬り捨てるかのような気炎を(たぎ)らせるユリハ。

差し込む陽射しの下にかざす技構長剣(ロングブレード)の刃は、彼女の闘志が燃え移ったかのように輝いている。

「私も、諦めないわっ!!
必ず、皆で生き延びる!!
もう、それが目前なのなら、覚悟を決めて戦い抜くまでだわ!!!!」

――――その時だった。

ガリ、と言うノイズが通信を乱した直後、そこから()()()()()()()()バンカラ(ごえ)が轟いた。

<”ハウンドスクワッド”、聞こえるか!?
こちらダスティミラー旗下(きか)選抜強襲討伐部隊(せんばつきょうしゅうとうばつぶたい)・”フォーゲル”と”グリズリー”!!
助けて欲しけりゃ返事しな!!!!>

「え・・・・!?」

驚愕するクレアとユリハ。

その目の前で、絶望的だった戦局に、極彩色の光が差し込んでいた。

(すなわ)ち、濃い喰灰(しょくかい)に煙る向こうで無数の銃火が閃き、オラクル弾丸(バレット)の雨が、スサノオへ降り注ぐ。

そして、揺らぐ灰域の空気を突き破り、何人ものAGEが、疾風怒濤に現れたのだ。

「ハウンド1!!
”ジェットさん”!!!!
大丈夫ですかっ!?
まだ、生きてますよねっ!?」

「貴方は・・・・!?」

目を見開くクレアの前で、駆け寄って来た小柄な少女は、”回復柱(かいふくちゅう)”を足元に設置した。

栗色の髪で、随分と童顔な彼女は、明らかにジェットを知っている様子で呼びかけている。

次いで、クレア達の通信回線に、冷徹なまでに落ち着いた男性の声が加わる。

<”鬼神(オニ)”が、聞いて呆れるな。
”レミ”、ハウンドスクワッドの撤退を支援しろ。
”パース”、未確認のアラガミだが、速攻で仕留めるぞ>

<おぅよっ!!
たくっ、あんだけ大口叩いて、派手にやられやがって、ジェットの野郎!!!!
仕方ねぇから、代わりに俺が()()を拭いてやるよ!!!!
飛ばしていくぜ、ケイっ!!!!>

尚も戦闘態勢を取るスサノオを前に、黒髪の青年と、茶髪の少年が並び立つ。

彼らは、厳しい物言いと裏腹な闘志を燃え上がらせ、猛攻撃を開始。

更には、彼らを含めた”グリズリー”と”フォーゲル”部隊(スクワッド)の8人も、一斉にスサノオを攻撃し始めた。



――――そして、クレア達は知る由も無い。

数時間前、”ハウンドスレッド作戦”開始の直前。

クリサンセマムの窮状がようやく伝わり、ダスティミラーの船団(キャラバン)から、救援部隊の編成が呼びかけられた時。

高濃度灰域内(こうのうどかいいきない)での戦闘に備えた選抜部隊に、真っ先に名乗りを上げたのが、レミ、パーシヴァル、ケイの3人であったのを。



<だ、ダスティミラーからの、救援・・・・!!
灰域踏破船(かいいきとうはせん)(せき)、兵員輸送車、多数・・・・っ!!
・・・・良かった・・・・っ、間に、合った・・・・ぁ・・・・>

<3人共、そちらの位置は確認している!!
もうすぐ迎えに行くぞ!!>

涙声のエイミーの通信と、リカルドの頼もしい声。

更には、ルル、ユウゴ、ジークの激励が、次々に飛び込んでくる。

<ユリハも、すぐに下がるんだ。
後は、私達に任せてもらおう!!>

活路(みち)は俺達が切り拓くっ!!
お前達は、ジェットを頼む!!!!>

<ジェットが意地を見せたんだ!!!!
負けちゃいらんねぇんだよなぁ!!!!>

頼もしい仲間達が、後を任されてくれる。

その安心感に、クレアは涙が込み上げ、泣き崩れてしまいそうになる。

だが、腑抜(ふぬ)けそうになる身体に叱咤(しった)し、まだこれからだと、歯を食い縛る。

ジェットから任されたのは、彼らだけではないのだから。

「――――クリサンセマム、ダスティミラーへ連絡して、医師と機材の支援要請をっ!!!!
すぐに、ジェットへの治療を行います!!
絶対・・・・絶対に、ジェットは死なせないんだから!!!!」






#13 >> 「Our life is chains by allways.」

 

 

 

――――・・・・ジェット・・・・――――

 

 

 

・・・・また、誰かの声か。

 

どうにも俺は、そうして流されっぱなしだな。

 

あのシャロン(チビすけ)に説教垂れてる場合じゃないな。

 

だが、さっさと起きねぇといけないのは分かるのに、どうにも身体が重いし、寒いし、眠い。

 

しかも、周りは薄ぼんやりと暗くて、何処に行けば良いか、いまいち分からない。

 

・・・・となれば、ここは素直に、皆がなんとかしてくれるのを、待つしかないのかもな。

 

自分じゃどうにも出来ない気がするし、何となく、それしか無い気もしていた。

 

 

 

―――― ジェット ――――

 

 

 

それでも呼びかけてくる声に、俺は顔を上げた。

 

そこには、長い銀髪を揺らして、見慣れた笑顔を浮かべる、リノンがいた。

 

昔、ずっと見上げていた姿と、何も変わらない。

 

最期(さいご)の涙なんて想像もつかない、キレイな笑顔だった。

 

 

 

「お前は、幸せだったか?」

 

 

 

そんな訳は無いと、聞いてから気付く。

 

AGEとして、首輪を繋がれたまま戦い、死んだんだから。

 

案の定、リノンは困ったように笑みになる。

 

・・・・だけど、いつもそうやって笑ってたっけな。

 

鎖に繋がれた牢獄の中でも、アラガミに追い詰められた時も。

 

戦う時も、傷付いた時も、悲しい時も。

 

俺の前では、いつも。

 

 

 

――――私はね。

皆に・・・・君に会えて、良かった。

だから・・・・ばいばい――――

 

 

 

その答えだけで、十分なのかもしれない。

 

リノンが、リノンだったように、俺は、俺だ。

 

今も、昔も、皆と一緒に出来る事をやるだけだ。

 

それでリノンが・・・・”家族”が笑えているのなら。

 

俺は、俺の戦いを信じて行ける。

 

 

 

「――――答え合わせは野暮(ヤボ)、ってな。

・・・・またな、リノン」

 

 

 

・・・・

・・・

・・

 

 

 

――――”ハウンドスレッド作戦”から、既に一週間が経っていた。

 

柔らかな照明が灯るクリサンセマムの医務室にて、携帯端末のアラーム機能が鳴り響いていた。

 

そのけたたましい音に叩き起こされ、奥のベッドの上で、1つの人影がムクリと動き出した。

 

「っう、ぐっ・・・・ぅっ、あ~・・・・。

・・・・もうそろそろ、()()か。

やれやれ・・・・身体が重てぇなぁ・・・・」

 

言わずもがな、灰嵐(かいらん)の只中で死闘を繰り広げ、”アラガミ化”の危機にさえ瀕したジェットだった。

 

甚大なダメージと、限界を超えた”力”の解放に、一時は手遅れかと思われる程だったのだが、幸いにも搬送中に力尽きることは避けられた。

 

迅速な対応と、なにより本人の気力の賜物か。

 

とにかく、クリサンセマムとダスティミラーの緊急治療はどうにか間に合い、こうして今、生き延びているのだった。

 

実は、目覚めたのもつい昨日の事なのだが、しかし本人は多少寝ぼけた様子な以外は、ケロリとした顔をしていた。

 

そして、その物音を聞き、横のベッドでウトウトとしていたフィムが目を覚まし、輝くような笑顔で飛び起きる。

 

「おとさん、おきたっ!!」

 

「おう、おはようさん。

そしたら早速、()()()()だな。

まずは、着替えねぇと、っと・・・・」

 

まだ気怠(けだる)い身体を()して、着せられていた診察服から、いつもの戦闘服に着替え始める。

 

すると、ややあって、医務室の自動扉が音を立てて開き、金髪の美少女が入ってくる。

 

「ジェットっ、って・・・・っ!?

ちょっと、何してるの!?」

 

クレアは、上裸のジェットに対して頬を染め、顔を背けさせていた。

 

何を今更、メディカルチェックの時とかにも見るだろ。

 

と、つい言わんとしたジェットだったが、()()を察してやるのが年上の気遣い、だろうか。

 

「そ、そっちもだけどっ、まだ動いちゃ・・・・!!」

 

「それは、もう平気だ・・・・”たぶん”な。

だが、あいつらの見送りに立ち会わないわけには行かないだろ?

それに、お前こそ――――」

 

最後に、黒い長布(マフラー)を巻いて着替え終えたジェットは、それから唐突にクレアへと近寄り、顔を覗き込む。

 

彼女の頬は、まだ少し紅潮していた。

 

緋色(ひいろ)の瞳も落ち着かなさげに右往左往していたが、整った目鼻立ちと滑らかな白い肌は、健康的な血色だった。

 

「今日は泣いてないんだな?」

 

「なっ・・・・!!??」

 

 

 

――――と、明らかにからかう調子で言ったのは、昨日の目覚めた直後の出来事。

 

危篤状態をどうにか越え、それでも眠り続けていたジェットがようやく目覚めると、傍にはフィムとクレアがいた。

 

おそらく、片時も離れずに容態を見守ってくれていたらしい。

 

ところが――――

 

 

 

――――お、とさんっ・・・・!!

おきた・・・・ぁ・・・・!!

・・・・っふ、ぐぃ・・・・っぅぇぁああああ・・・・ぁぁぁぁん・・・・っ!!――――

 

――――ジェットっ!!

・・・・良か、った・・・・本当、に・・・・っ、良・・・・!!

ぅ・・・・あ、れ・・・・っ、ぐすッ・・・・・ぅ、っ?

・・・・ぁあぁ~・・・・っ!!

ぇあぁ~っ・・・・ぁっ・・・・っ!!――――

 

 

 

と、横で大泣きするフィムに釣られてしまったのか、クレアまでも一緒に泣き出してしまったのだった。

 

そして、2人揃って延々と泣いているところへ、ルルとエイミーが駆けつけ、ジェットの目覚めを喜ぶのもそこそこに連れて行ってしまう。

 

結局、その後もジェットが再び眠るまで戻ってこなかったのを見るに、昂った感情を抑えきれなかったのだろうか。

 

なんだかんだで気遣える余裕も無くて、気にかかっていたジェットだったが、此処でようやく一安心したのだった。

 

そんなついでの軽口だったのだが、しかしクレアは今までにないくらい狼狽え、明らかに機嫌を損ねてそっぽを向いてしまう。

 

「も、もう、バカっ!!

知らないっ!!」

 

「ああ、待てって!!

悪かったって、クレア!!

な!?」

 

流石に不手際を察したジェットは、踵を返そうとするクレアの腕を、慌てて引き止める。

 

幸い、クレアはそのまま立ち去ろうとはしないまでも、しかし頑なに振り向こうとしない。

 

チューブトップから見える肩までも赤いし、その色白な顔はもっと真っ赤になっているに違いない。

 

「おとさん、ケンカ、ダメ!!」

 

「ああ、悪かったって。

それにクレアも、からかって悪かったよ。

これでも、感謝しようと思ったんだって」

 

平謝りに徹するジェットへ、クレアは(おもむ)ろに、しかし(いた)く不機嫌そうに振り返る。

 

真っ直ぐにジッ、()めつけられて、ジェットは改めて、反省の態度を前面へ押し出して見せた。

 

「あん時の礼を、まだちゃんと言ってなかったろ?

生き延びれたのは、お前のお陰だ。

ありがとうな」

 

――――それは勿論、灰嵐の中に投げ出され、重傷を負った時のことだ。

 

クレアの的確な準備が無かったら、ジェットはあそこで野垂れ死んでいた。

 

そして、その巻き添えにユリハも、クレアまでもを(うしな)ってしまっていただろう。

 

加えて、焦りと気負いに囚われていたジェットを、厳しく叱ってくれたこともだった。

 

つい口論めいたことになって有耶無耶(うやむや)に終わってしまったが、ジェットにとっては命を救ってくれたことと同等に、大きな恩義を感じていた。

 

「・・・・でも、最初は私のことに賛成はしてくれなかった()()()()

頼りない、と思ってて。

お礼よりも先に、怒鳴ってましたよね」

 

ところが、()()と目を背けつつのクレアの反撃は、鋭かった。

 

優しさの欠片もない態度と、他人行儀な話しぶりが、今は()みる。

 

「それは、そうなんだが・・・・でも、ちゃんと考え直したろ?」

 

しかし、クレアはそれでも気が済まないと言わんばかりに、再びジェットを真っ直ぐに見据えた。

 

なんだか、何処か()()()様子で、頬を紅潮させたまま、尚も追求を緩めようとしない。

 

「・・・・それに、()()()

私が傷付いたら、自分を許せない、って。

帰ってくる自分を、迎えてくれたら、良いって。

だから・・・・」

 

「あ、あぁ~・・・・それは、まぁな・・・・」

 

いきなりに話が(さかのぼ)って、ジェットはつい目を逸らしてしまっていた。

 

一大作戦に臨む直前、傷付いているようだったクレアに打ち明けた、己の内心。

 

勿論、嘘を言ったつもりは無い。

 

だからこそ、狼狽(うろた)えてしまうのだが。

 

どんなアラガミにも真っ向から向かっていくジェットが、少女の眼差しにたじたじとなってしまう。

 

ところが、言い(よど)んでいるのを勘違いしたのか、フィムが鼻息荒く割り込んで来る。

 

「おとさん、()っ。

クレアにちゃんと、ごめんなさい、なさい!!」

 

「あっ、ああ。

この場合は、ごめんなさいよりもだな・・・・」

 

「・・・・ふふふっ、良いよ、フィム。

今回は、許してあげる。

だって、きちんと反省してるからこそ、ジェットは此処に居られるんだもんね」

 

さっきの仕返し、とばかりにいたずらっぽく笑うクレアに、ジェットは返す言葉も無い。

 

押されっぱなしなこの()()はどうにも覆せなさそうで、ジェットは観念して、クレアの腕を手離す。

 

ところが、今度は逆にクレアが、離れようとしたその腕を、両手で握っていた。

 

「ねぇ、ジェット?

あのね・・・・私、あの時にジェットが言ってくれたことが、凄く嬉しくて、でも、()()()()()()()()()

 

「クレア・・・・」

 

驚くジェットを、クレアは柔らかく見詰め、それからはにかんだ笑みを見せた。

 

「あの時に言いたかった事・・・・少しは整理できたんだ。

きっと、ジェットは私を・・・・皆を、大事にしてくれる。

けれど、だからこそただ寄りかかって、その重荷になりたくない。

だって――――」

 

――――そうやって大好きな(ひと)に甘えて、頼り切っていた()を、クレアはもう喪ってしまったから。

 

あの時の痛みを、無為には出来ないから。

 

自分を好いてくれる人。

 

そして、自分がいつまでも一緒にいたい人を、もう二度と喪いたくないから。

 

「――――だって私は、私の大切な人達と、並び立って居たい。

クリサンセマムは、私の居場所でもあるから。

真面目なだけが、取り柄で。

それにしがみつくしかなかった私が、決心して、隣り合いたいって思った場所。

そんな大事な場所で、ただ()()()()()()()()()なのは・・・・寂しいよ」

 

クレアの思いの丈を聞き、ジェットは自省(じせい)と共に頷いていた。

 

振り返ってみれば、彼女はいつだって、クリサンセマムの皆の為に力を尽くしている。

 

それに助けられたのも一度や二度ではないと言うのに、ジェットはいつのまにか、目の前のことしか考えられなくなってしまっていた。

 

「結局・・・・イルダにも旦那(アイン)にも、”お見通し”だったんだろうな。

俺の勘違いも、クレアの居場所のこともな」

 

――――勝手に背負い込んだままに作戦に臨もうとした、あの時。

 

焦るジェットへ、(うやま)うべき2人の大人達が異を唱えなければ、きっと気付きもしないままに(たお)れ、終わっていただろう。

 

彼女らのような頼りがいなどまだまだ持ち得ぬ自分の未熟に、ジェットは口惜しそうに笑う。

 

しかし、そんな後悔へと寄り添おうとするように、クレアが一歩、歩み寄っていた。

 

「私、ね。

皆のために、誰よりも前で、戦う。

それが、ジェットの居場所なんだと思うよ。

だからこそ、そっちばかり見て、気付いてくれない時もあるけど。

でも、それは貴方にしか務まらない、強い(おこな)いだと、思う」

 

「・・・・それなら、()()()だな」

 

「え?」

 

「昼も夜も無く、いつも勉強して、頑張って。

俺達の(そば)で、いつも心配してくれてると、信じられる。

それが、クレアの居場所なんだろうな」

 

得心が行ったように、ジェットは笑った。

 

クレアも、同じようにゆったりと微笑み返していた。

 

 

 

――――そして、この時。

 

ジェットは、クレアの笑顔に、久方ぶりな安心感を覚えた気がしていた。

 

ここの所の、とにかく気忙(きぜわ)しい焦燥感も無い。

 

穏やかで、心安らぐ気持ちのままで、クレアと向き合えている気がしていた。

 

クレアも、きっと同じような想いで、ジェットを見詰めていた。

 

その一方で、色白な頬にまた(ほの)かな赤みが差して、緋色の瞳も、いつにも増して輝いているように見えた。

 

 

 

「――――あのね、ジェット。

前に、グラジオラスの図書館で言ったこと、なんだけど・・・・取り消させてもらって、良い?」

 

「・・・・なんか、言ってたか?」

 

「もう、覚えてないの?

・・・・やっぱりジェットは、兄さんとは似てないな。

やっぱり、ジェットは、ジェットなんだ」

 

「なんだよ、やたら嬉しそうに?

そんなの当たり前だろ」

 

すると、クレアは可憐に笑い、それからもう一度ジェットを見詰めた。

 

何でもなさそうな言い方と裏腹に、ずっと考えあぐねていた悩み事を振り切ったと言わんばかりな、嬉しそうな笑顔だった。

 

「ふふふふっ・・・・そうだよね。

・・・・ねぇ、ジェット?」

 

「ん?」

 

「いつか、ジェットの(むかし)のこと、聞かせて欲しいんだ。

どんな子供だったのか。

ユウゴやジークや、他にもどんな人と出会って、過ごしたのか・・・・」

 

「・・・・また、妙な事を聞きたがるな。

別に特別なことなんて無いぜ?

むしろ、長い割にはダサくて、楽しい話でもないしな」

 

「それでもいいよ。

それでも、知りたくて」

 

「フィムも!!

ききたい、です!!」

 

「なら、まぁ・・・・そのうちな」

 

クレアとフィムの無邪気な要求に、ジェットは戸惑いつつも、気負うことなく答える。

 

目の前で愛らしく笑い合う少女達に応えようと、自然体に思えればこその言葉だった。

 

 

 

「――――・・・・なぁ、もうそろそろ良いか?」

 

すると、そんなゆったりとして温かな空気を揺さぶる冷めた声が、唐突に聞こえてきていた。

 

振り返ってみれば、いつの間に来たのか、医務室の扉前にユウゴとジークが立ち尽くしているではないか。

 

「やれやれ、心配して起こしに来てやったら、元気そうじゃないか相棒。

それだけ立ち話が出来るなら、動くのも問題なさそうか?」

 

「おう。

お前達にも心配かけちまったな」

 

「ああ、全くだぜ。

・・・・だが、まぁ”終わり良ければ”、ってな。

しかも、お前も()()()、きちんと反省してるようだしな」

 

「なんだよ、ご挨拶だな。

しかもそれ、俺の”真似”か?」

 

「バカ言うな、ただの教養だよ。

・・・・ところで・・・・」

 

と、ジェットの前に立ったユウゴは、さっきまで此処にいた少女の後を追って、顔を横に向けた。

 

その先は医務室の隅で、ジェットが使っていたベッドと、間仕切りのカーテンしか無い。

 

だというのに、ユウゴとジークが現れた途端、クレアは()()()すたこらと其処(そこ)へ逃げ去って行ってしまっていた。

 

「・・・・おとさんとクレア。

いま、なかなおりしたのに・・・・またケンカ?」

 

と言われても、ジェットには全く身に覚えが無い。

 

心配して声を掛けるも、クレアは間仕切りのカーテンにすっぽりと(くる)まったまま、何やら声にならない(うめ)き声を漏らしているようだ。

 

プルプルと震える布の(かたまり)から、細い足がにゅっ、と伸びている様が滑稽(こっけい)だった。

 

「なぁ、クレア~。

マジで、俺らが悪かったからさぁ。

そんなカーテンに包まってないで、出てこいって」

 

物珍しさ半分のフィムと、なんだか(いた)く申し訳無さそうなジークが説得に向かうが、クレアは尚も籠城の構えを崩さない。

 

結局、ジークの辛抱強い説得に、ようやくクレアがカーテンから抜け出てくるまで、それから10分ほども要したのだった。

 

ちなみに、おそらく決まり手となった文言(もんごん)は、こうだ。

 

「俺らにとっちゃ()()だし、あんま気にすんなってよ。

なんなら、むしろあれで気付かない方がバカなんだよ」

 

(はた)で聞いていたジェットには計り知れない言葉であったが、それできちんと説得を成功させるジークは、改めて見た目と違った気配り上手であった。

 

但し、それを言われたクレアは、かつて見たことのないような物凄い仏頂面(ぶっちょうづら)をしていたが。

 

 

 

・・・・

・・・

・・

 

 

 

<――――ジェットさん、おはようございますっ。

ふふふ、すっかり元気そう。

けど、本当にもう動かれて大丈夫なんですか?>

 

<止めたって聞く男じゃぁないだろうさ。

とはいえ、流石のガッツだな。

普通なら調子が戻るまで動けないもんだが>

 

<やっぱ先輩は凄いよね!!

昔から、神機より早く元気になってたもんね!!>

 

<まったく・・・・それでこその、”ハウンド1”なのかしらね。

・・・・ええ、”彼女達”はアインさんと一緒に、外で最後のチェックをしているわ。

貴方が目覚めるまで、ギリギリまで作業を待たせていたのよ。

早く行ってあげなさいな>

 

「おう、分かった。

ありがとな、皆」

 

ジェットがブリッジへと通信を繋ぐと、其処にはエイミー、キース、リカルド、イルダが居合わせていたようだ。

 

急ぐジェットは、挨拶もそこそこに船外活動の許可を取り付けるが、其処へイルダが、改まって声を掛けていた。

 

<待って、ジェット。

礼を言うのは、此方(こちら)の方かもしれないわ。

・・・・改めて、今回の作戦における、貴方の規格外の活躍に、賛辞と感謝を。

よく、戻ってきてくれたわ>

 

「そいつはお互い様、ってな。

流石は、ハウンドスクワッドの雇い主(オーナー)、見事な指揮だったぜ。

それに、エイミー、キース、リカルド。

ずっと後ろから支援をこなしてくれてて、ありがとうな」

 

――――言うべきことを言い終えるや、ジェットは慌ただしく通信を切っていた。

 

走り出したら止まらない、いつもの突っ走り(よう)に、ブリッジの面々は溜息を吐きつつも、微笑んでいた。

 

「えへへへ・・・・頑張った甲斐がありましたね」

 

「あんな怪我をした後だって言うのに、相変わらずパワフルだなー、先輩は」

 

「それでいて、よくいる腕自慢だけじゃない、()()()のない強さがある。

・・・・大したリーダーだよ、彼は」

 

「・・・・これで、後はもう少し、(おとこ)を磨いてくれたなら、安心できるのだけれどね・・・・」

 

と、イルダの意味深な呟きに、ブリッジの面々は苦笑したり、肩を竦めたり、目を瞬かせたり、思い思いに反応する。

 

賛成2の、無効票1、と言ったところのようだった。

 

「・・・・まだまだ、苦労は続きそうね、クレア・・・・?」

 

 

 

・・・・

・・・

・・

 

 

 

――――灰域踏破船・クリサンセマムとダスティミラーの船団(キャラバン)は、”渾沌(こんとん)淵崖(えんがい)”と呼ばれた危険地帯を離脱し、安全な地点にて碇泊(ていはく)していた。

 

灰嵐の影響でダメージを受けた船体の応急修理と、物資の補給。

 

そして、疲弊したクルー達に、束の間の休息を取らせる為である。

 

とはいえ、費やせる時間にも限りがある。

 

クリサンセマムと、そして他の船団にとっての本懐たる、”フェンリル本部奪還作戦”は、これからが本番なのだから。

 

 

 

そして、ジェットはクレア、フィム、ユウゴ、ジークを伴い、その作業現場に降り立っていた。

 

補給船の作業員達が行き交う晴天(せいてん)の広場は、忙しない雰囲気に包まれている。

 

すると、同じく物資コンテナを運んでいる人員の中に、見知った長い黒髪の美女が混ざっていた。

 

「起きたか、ジェット。

皆も、おはよう」

 

「ルル、こっちを手伝ってたのか

だが、戦闘員は免除されてるんだろ?」

 

「此度の作戦で、私は大したことが出来なかったからな。

・・・・居ても立っても居られなかったんだ」

 

「おいおい、別に俺らの方(ホイールチーム)も、遊んでた訳じゃねぇじゃん?

それに、俺もルルも、戦うってなったら、ずっと前に出ずっぱりだったんだしよ・・・・」

 

身を乗り出させたジークの話にも、ルルはどうにも曇った様子でいる。

 

普段から表情の薄いルルだが、悩みを噛み締めている時は案外分かりやすいと、ジェットも知っていた。

 

「真面目、と言うか、謙虚だな」

 

「きっと、お前が豪胆過ぎるのさ。

・・・・仲間の為に、限界の()()()にまで飛び込んで・・・・それでも、やり遂げる。

やはり、敵わないと思わされるよ」

 

「とはいえ、それで死にかけてりゃ世話ないだろ?

それに、1人でやれる、って勘違いするのもだ。

それはもう、こっぴどく怒られるからな」

 

「・・・・ああ、そうだな」

 

微笑んで答えたルルに安心し、ジェットは皆と共に、辺りの作業風景を物珍しく見回しだす。

 

 

 

――――()()、と。

 

ルルは、誰にも悟らせたがらないように顔を背け、自身の腕輪を(なだ)(さす)るような手つきで触れていた。

 

「それが、皆の助けになるなら・・・・私は・・・・――――」

 

 

 

すると、その時。

 

ジェット達の元へと真っ直ぐ、重い足音が向かって来ていた。

 

「よくぞ戻ったな、ジェット」

 

「お、旦那」

 

賛辞の言葉を掛けてくれたアインは、相変わらずの無愛想に見えて、しかし実は普段ならぬ明るい表情であるように見えた。

 

「旦那の配った”切り札(ジョーカー)”のおかげ、ってな。

その分、だいぶ無茶な使い方をしちまったとは思ってるよ」

 

「・・・・その事だが、改めて済まなかったな、ジェット。

そしてハウンドスクワッドの諸君」

 

アインは、そう言うや(いな)やに深々と頭を下げていた。

 

彼ほどの人物に謝られる心当たりなど無く、ジェットは思わず狼狽える。

 

「おいおい、どうしたんだよ旦那?

元々、旦那は巻き込まれちまった形だし、むしろ頭を下げるのは俺達の方じゃないか?」

 

「そ、そうですよ!!

それに、作戦中も、船の方で起きたトラブルへその都度、対処してくださったし・・・・!!」

 

揃ってあたふたと取りなそうとするジェットとクレアに、アインは頭を上げつつも、厳格に首を横に振っていた。

 

「無茶な突破作戦を提起したのは俺であるし、ましてジェットに降り掛かった苦難には、我々が制作した”GELGYA(ゲルギヤ)システム”の不手際も多分に絡んでいる。

優れた道具とは、どんな状況であろうと、想定通りの性能を発揮するものだ。

だが今回、想定を超越した限界稼働は、研究の意義すらも失わせるものだった。

様々な要因が重ならなければ、お前は確実に、活性化した神機に喰われ、命を落としていただろう」

 

「・・・・やっぱ、旦那も真面目と言うか、謙虚だよな・・・・」

 

システム開発者としての自覚の(もと)に謝罪するアインに、ジェットは返答に困ってしまう。

 

助け舟を求めて皆の方を見やると、ユウゴが一歩、進み出る。

 

「確かに、GELGYAシステムがジェットに生命の危機をもたらしたのは事実だ。

だが、引き金になったのは、忠告を無視した俺達の判断だし、そもそも使わなければ確実に死んでいただろう。

故に俺達としては、アインさんやダスティミラーを非難するつもりは毛頭無(もうとうな)い。

しかし、やはりこれから先、システムの使用には、極めて慎重にならざるを得ないだろう」

 

流石と言うか、ジェットの(わだかま)りを見事に代弁(だいべん)してみせるユウゴ。

 

ただし、最後の言葉に関しては、未だ大いに迷っている所だった。

 

これから先、限界灰域(げんかいかいいき)で戦うに当たって、”神機激臨解放(レイジバースト)”の戦闘力はこの上なく頼もしい。

 

されど、そんな抜きん出た効能と天秤にかけても尚、アインは迷い無く首肯で応じていた。

 

「それは、俺からも希望する。

我々の作った道具(もの)が、協力相手を裏切ってしまったのは事実だ。

システムの再設計は勿論、計画自体の見直しも含めて、再検討する必要がある」

 

「・・・・旦那がそこまで言うなら、ジョーカーは返すしかない、ってか。

ちょいと・・・・いや、だいぶ惜しいけどな。

・・・・でもよ。

やっぱり俺は、GELGYAシステムは、()()()()()()()()と思ってるぜ」

 

不思議な言い回しに皆の視線が集中するが、ジェットは自分の感想に確信を持っていた。

 

「だって、そうだろ?

あれが俺を殺そうとしてたなら、俺は今頃、此処に居ない。

だったらあれは、俺を・・・・俺達を守ってくれた、ってことだ。

それなら、無茶な使い方で死にかけたことより、皆を守れる”力”をくれた事へ、礼を言わせてくれよ」

 

「・・・・もう、単純なんだから」

 

呆れたように笑うクレアが、釘を刺す。

 

敵でないなら味方、という楽観的な考えではあったが、それでも()()を突いてもいた。

 

”魔神を縛る枷”は、最後までその役目を果たし、ジェット達の活路を切り拓いてくれたのだ。

 

(それに・・・・もしかしたら、あの” チビ助 ”と話が出来たのも、な・・・・)

 

果たして、真偽は分からない。

 

全ては、ジェットの見てきた出来事が繋ぎ合わさった、この結果としてあるのみ。

 

そんな結論に、アインは今度こそ、明らかな微笑みを浮かべて見せた。

 

「試用者からの意見として、真摯に受け止めておこう。

・・・・そして、安心しろ。

俺は、未来を拓くための研究を諦める気は無い」

 

そう言って、アインはふと、大きく空を見上げる。

 

その先の雲一つない空には、真昼の月が浮かんでいた。

 

「成功だろうが、失敗だろうが、この世界は続いていく。

ならば、まだ命の続く限り、例えまたゼロからでもやり直せば良い。

そうして試行錯誤を続けたなら・・・・いつかは、あの”青い月”にでも辿り着ける。

それくらいの覚悟はしているつもりだ」

 

 

 

「――――あ、いた!!

ジェットさーん!!」

 

アインが、決意表明と共にクールに踵を返していった、その直後だった。

 

素っ頓狂な少女の声が聞こえると共に、3人の人物が駆け寄って来る。

 

そしてジェットも、忘れもしない彼女達の姿へ、驚くとともに快哉(かいさい)を上げていた。

 

「レミ、ケイ、パース!!」

 

「って、おい!!

気安く呼ぶなよてめぇ!?」

 

「ちょっ、もうったら!?

頭も撫でないでくださいってば!!」

 

「・・・・学習しない()()だな」

 

栗色の髪を揺らす、(おさな)げな少女。

 

ブロンドの短髪と緑の瞳の、尖った少年。

 

黒髪と鋭い目つきの、冷静な青年。

 

共に困難な任務を達成した彼女達が、今回は本当に頼もしいタイミングで現れてくれた事に、ジェットは喜色満面に笑った。

 

「聞いたぜ。

最後はお前達の援護のお陰で、あの化け物を仕留められたらしいな」

 

「だって、あたし達だって”仲間”、ですもん!!

”やばいことになったら、必ず駆けつける”、ですよね?」

 

別れ際に交わした言葉を引き合いに、無邪気に笑い返すレミ。

 

そんな彼女へ、クレアが進み出て一礼をする。

 

「それについては、改めてお礼を言わせてください。

ジェットが・・・・ううん、私達が無事にあの状況を脱出できたのは、皆さんのお陰です」

 

「まぁ、”クリサンセマムの鬼神”様には、余計なお世話だったかもしれねぇけどな?

わざわざ俺達が来たからには、チョチョイと済ませてやった、ってワケよ」

 

「よく言うよなぁ、パーシヴァルさんよぉ。

最後、アラガミにぶっ飛ばされて、クレアのお世話になったくせによ」

 

「見苦しい見栄を張るな、パース。

・・・・強力な”対抗適応型(たいこうてきおうがた)アラガミ”の出現に(さい)して、協力を行うのはミナト間の決まりでもある。

あくまで偶然、その行き先が重なったまでだ」

 

「何もそれだけじゃないさ。

彼らはその後、船団(キャラバン)が灰域を離脱するまでのエスコートも協力してくれたんだ」

 

「ダメージを負ったクリサンセマムに、アラガミを寄せ付けずに済んだのは、彼らのお陰だ。

そうでなければ、私達全員、どうなっていたか分からないだろうな」

 

()()()()()な雰囲気漂うジークとパーシヴァルに、あくまでもクールなケイの言葉へ、同調するユウゴとルル。

 

どうやら全員、既に面通(めんとお)しは済んでおり、そして相性の方も悪くないようだった。

 

「やっぱり、俺達の道は(つな)がってた、ってな。

マジで助かったぜ、ありがとうな」

 

「へっ・・・・ま、これで1つ貸しだからな」

 

「最初に助けてもらったのはあたし達なのに、パーシヴァルさんったら、()()()んだから」

 

「なぁ・・・・っ!?」

 

意外にも強力な毒を吐くレミに、絶句するパーシヴァル。

 

同郷の仲間の醜態(しゅうたい)に肩を竦めるケイだったが、既にレミは、居合わせているフィムと打ち解けた様子を見せていた。

 

「助けになれて、何よりですよ。

それに、ジェットさんの仲間さん達にも会いたかったですし。

色んな人達がいるんですね。

フィムちゃんみたいな子、あたし始めてみましたし♪」

 

「レミはね、いいこ!!

()()()()()()()()()()なのに、おままごと、すっごぉい、じょうず!!」

 

「お、同じなのは身長だよねっ!?

ね、フィムちゃんっ!?」

 

「・・・・ジェット」

 

すると、言葉少ななケイが、珍しくも自分からジェットに声を掛けていた。

 

「この補給作業も、直に終わるだろう。

しかし、お前はただ此処で騒いでいるだけで、良いのか?」

 

彼の問いの、言外(げんがい)に意味する所に、ジェットはハッとさせられていた。

 

そしてレミも、無邪気に懐くフィムから一歩離れて、ふと寂しそうに笑う。

 

「あたし達も、聞きました。

ジェットさんが・・・・ハウンドスクワッドの皆さんが、どうして戦ったのか。

それにあたし達、もうそれぞれのミナトに戻らないとなんです。

その為のご挨拶も今、終わりましたから」

 

「・・・・そうか」

 

改めて、ジェット達と、レミ、ケイ達は、それぞれ別のミナトに()()された身の上だ。

 

2度に渡る奇縁(きえん)が、行先を重ねさせたとは言え、その道行きはまたこうして分かたれ、別々の戦いへと戻らねばならない。

 

しかし、そんな過酷さに滞りかけた空気へ、パーシヴァルが真っ先に(はな)()らして見せていた。

 

「勘違いすんなよ、ジェット。

俺達だって、戻れば”頼れる仲間”が待ってるんだよ。

だから、もしもお前がまたしくじっても、助けに来てやるよ!!」

 

不安も、心残りも無いとばかりなパーシヴァルの不敵さに、ジェットも、湿気(シケ)た姿を見せる訳にはいかないようだった。

 

「おう。

・・・・確かに、それなら安心、だな」

 

「はい。

だからジェットさんも、きちんと挨拶と、”約束”を、あの人達にしてあげてください」

 

レミも、いつかのような心細さを少しも見せずに、むしろジェットが行くべき場所を指し示して見せる。

 

その先で待つ”彼女達”も、もうじき出発してしまうと言うなら、急がねばならないだろう。

 

「じゃ、悪いな、皆。

ちょっと先に行ってるぜ!!」

 

「あ、おとさん!!

フィムもいく!!

だっこ、だっこ~!!」

 

「ん、ああ、やれやれ。

じゃあ、しっかり捕まってな!!」

 

「ちょっと、ジェット!!

まだ、激しく動いたら――――」

 

 

 

――――フィムを抱きかかえたジェットは、黒い長布(マフラー)をたなびかせて走った。

 

駆け出したその先では、ダスティミラーの灰域踏破船への積み込み作業が行われている。

 

ジェットの探し人は、その(かたわ)らに(たたず)んでいた。

 

陽光の下、人々の働く姿を興味深そうに見詰める、真っ白な肌の少女。

 

そして、その彼女と手を繋ぎ合う、亜麻色(あまいろ)の髪を風にそよがせる美女。

 

2人は、やがて駆け寄ってくるジェットに気付き、対象的な表情を浮かべる。

 

一方は、紅色(くれないいろ)の透き通った瞳で、じっと無表情なままに。

 

そして一方は、紫水晶色(アメジストいろ)の瞳を輝かせ、控えめながらも満面の喜びを浮かべて。

 

「ジェットっ!!

もう、そんなに元気に動けるのね!!

フィムも、こんにちわ」

 

ずいと、ユリハが身を乗り出し、その笑顔が思った以上に近づいたことで、ついたじろぐジェット。

 

だが、今はそれよりも()()()()()()があって、抱き抱えていたフィムを下ろして、口を開く。

 

「ユリハ。

シャロンの、その装置は・・・・」

 

シャロンは、背後に二本の棒が飛び出した、大きな首輪を着けていた。

 

それはかつて、研究材料として扱われていた頃のフィムが着けさせられていた、感情と思考を奪う抑制装置だったのだ。

 

されど、ユリハは冷静に、首を横に振って答える。

 

「安心して。

これは、クリサンセマムの皆さんが知るのとは、別物よ。

シャロンの感応波のみを抑制するだけで、彼女は彼女のままだから」

 

「そうか・・・・」

 

「・・・・それだけなの?」

 

「ん?」

 

「私達に、会いに来てくれたのでしょう?」

 

ユリハは、そう言って小首を傾げつつ、どこか蠱惑的(こわくてき)に微笑んでみせる。

 

熱心にジェットを見詰める眼差しには、なんとなく計り知れない意図が秘められているように思えた。

 

「あ、あぁ・・・・」

 

すると、つい視線を彷徨(さまよ)わせてしまったジェットは、追いついて来たクレア達の、物言いたげな表情を目にする。

 

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・な、なんだよ」

 

「なんかよぉ・・・・チョロくね?」

 

「弱腰、だな」

 

「・・・・ふふふ、ちょっと、からかっちゃった。

ごめんなさい、クレア」

 

「な、わ、私は、別に・・・・!?」

 

何故だかユリハに名指しで謝られ、クレアは狼狽える。

 

初めて会った頃とは違い、すっかり奔放(ほんぽう)に振る舞う彼女に()(みだ)されるジェット達。

 

一方、その足元では、正反対の色合いをした少女達が、とうとうじっくりと対面しようとしていた。

 

「あの、こんにちわ。

フィムは、フィムですっ」

 

「・・・・うん・・・・」

 

しかしながら、よく似た2人の会話は残念ながら、あまり弾みそうにないようだった。

 

シャロンは、周りの景色が物珍しくて仕方ない、という風に、あちこちを眺め回してばかりいた。

 

「・・・・う~・・・・っ」

 

「少し、タイミングが悪かったな、フィム。

きっと、他の人や船が、珍しいのだろう」

 

不満そうに身体を揺らすフィムを構う、ルルとクレア。

 

ジェットは、すぐそこに見える灰域踏破船への荷物の流れを見ながら、ユリハへ問いかける。

 

「それで、グラジオラスのメンツはもうじき出発する、って聞いたぜ?」

 

「ええ。

私達は全員、ダスティミラーに身を寄せることになったわ。

”ヒト型アラガミ”であるシャロンを受け入れてくれる場所。

それも、感応波(かんのうは)の制御までもを行う、という難題を、アインさんが引き受けてくださったの。

それだけでなくて、残された子供達の養護。

それに、シャロンへの処置を行う際には、必ず私達の意思を尊重すると、約束してくれたわ」

 

「流石は旦那、だな」

 

「・・・・シャロンがこれから、昔のように戻れるかは分からない。

けど、きっと希望はあると思うわ。

現にあれ以来、シャロンの状態はとても落ち着いていて、それに女性や子供以外のヒトを怖がることも減ったのよ。

ね、シャロン?」

 

首肯(しゅこう)で答えたシャロンは、それからその紅い両眼で、ジェット達を見渡した。

 

今までのような、敵意や混乱に曇ってなどいない、純真な眼差しだった。

 

「ワタシ、わかった。

オマエたちの”コエ”は、こわくない」

 

(コエ)・・・・?」

 

「おおきいヒトは・・・・ううん、”アイツ”は、()()()()()()()

でも、オマエたちはちがった。

ユリハと、みんなといっしょの、コエだった。

よばれて、うれしくなって、あたたかくなる。

・・・・そう、きづいた」

 

辿々しいシャロンの言葉でも、言わんとすることは伝わって来る。

 

自分の欲を満たすため、牙を剥いて喚き散らすもの。

 

そして、大切な人を助けたいと、心から想い、叫ぶもの。

 

その違いは、ジェットもまた、身を以て知ったばかりだったのだから。

 

「・・・・トレイズの野郎は、グレイプニル本部へ護送されるらしいな。

中央の(さば)き、ってのがどれだけ頼りになるかは知らねぇが、とにかく奴がユリハ達にちょっかいを出すことは、もう無さそうだな」

 

ジェットの言葉に、しかしユリハは笑みを(うす)れさせ、曖昧に頷いていた。

 

今だ、その状況に自信を持ちきれていないようだった。

 

すると、そこにユウゴが更に見解を述べる。

 

「ニウロフ・トレイズは、ミナトの私物化や、膨大な人体実験など、複数の罪状に問われている。

特に、物資横領の件に関しては、奴の活動に見合う量を横流せる程の支援者(パトロン)が不可欠だ。

今の世界事情で、そこまで大規模な支援を行えるのは、”本部施設(アローヘッド)”の関係者くらいのもんだ。

となれば、グレイプニルはその”プライド”に懸けて、徹底的な捜査を行うだろう。

その結果がどうなったとして、二度と(おおやけ)に姿を表すことは無い。

これはイルダや、アインさんも併せての見解だ」

 

「・・・・この手でぶっ飛ばせなかったけど、それなら少しは清々する、ってもんかね」

 

どこか腑に落ちない様子のジークの言葉に、しかしユリハはゆるゆると首を横に振っていた。

 

「私は・・・・この形で良かったのだと思うわ。

きっと、これでトレイズこそが”悪”だったと、断じることが出来たのだから」

 

ユリハの不思議な理屈に、皆の視線が集まる。

 

無言の問い掛けに、ユリハはゆっくりと言葉を探し出すようにしながら、答え始める。

 

「私の、仲間は・・・・家族は、理不尽に奪われたわ。

けれど、決して無為(むい)ではなかった。

皆の命が、その()()が、トレイズに”罪”を負わせた。

(さば)かれるべき”悪”だという、(かせ)を掛けた。

そういう”報い”が、この世界に残されるのなら。

・・・・きっと、長い私達の苦悩も、無駄にはならない、と、思うの」

 

「・・・・成程な。

あの場で、誰も知らないまま手を下すよりも、あの野郎には似合いの裁きだったのかも、ってな」

 

――――ユリハにとって、トレイズとは、大切な人達を長年に渡って(しいた)げた、(かたき)そのものだ。

 

されど、いざ対峙したあの男は、既に狂いきっていた。

 

そして、この世界の(ルール)などまるで通じない相手を、ユリハは(おおやけ)の下に罪を課すことを望んだ。

 

なによりも、トレイズが奪ったものの無念を知ら示そうとしたその判断は、結果的にこれ以上ないやり方だったのかも知れない。

 

ジェットは、得心が行って頷いていた。

 

「・・・・おい」

 

するとその時、一行の横合いから現れた1人の少年が、ぶっきらぼうにジェットへ呼び掛けていた。

 

「よぉ、カミル。

何で、(ほん)なんか抱えているんだ?」

 

ジェットは、ブロンドの髪の少年が胸に抱えた、年季の入った本の束へ目を丸くした。

 

一体何処から持ってきたのか、読書にしては量が多すぎるし、内容も小難しそうだった。

 

そのやり取りを見て、ユリハが小さく笑い、説明を挟んだ。

 

「これは、”売り物”よ。

元は博物館だったグラジオラスの所蔵品は、今となっては貴重な代物ばかりみたい。

結構、こういうのを欲しがる人は多いみたいだから、私達の生活に先立つものにしようと、前から考えていたのよ」

 

「ちなみに、この取引にはクリサンセマムも一枚噛(いちまいか)んでいる。

今回の”依頼料”としては、十二分の見返りになる計算だ」

 

抜け目のないユウゴは、ハウンドスクワッドの経営面についても、予め備えていたらしい。

 

ユリハもユウゴも、いつの間にそこまで考えていたのかと、感心するジェット。

 

そして、カミルは持ってきた荷物を近くのコンテナの上に降ろし、それからじっとジェットを()めつける。

 

「おいおい、相変わらずふてぶてしい面だな」

 

「うるせぇ。

・・・・お前、もう動けるのか。

あれだけ戦った後なのに・・・・」

 

カミルの質問に、ジェットは()()()を覚えていた。

 

彼の様子には、興味と戸惑い、不安と、そして”羨望”が見え隠れしていたからだった。

 

「こう見えて、まだ結構しんどいんだぜ?

流石に、今回ばかりはやばかった」

 

「・・・・オレは・・・・絶対、もう無理なんだと思った」

 

「・・・・そうか」

 

「怖くないのかよ、お前は。

・・・・失敗したら、()()、死ぬんだ。

怖くて・・・・悔しくて、でも何も出来なかった。

だけど、お前達は・・・・ハウンドスクワッドは、誰もそう思ってないみたいだった」

 

「そりゃそうだ。

その”皆”を守る為に、ギリギリまで出来る事をする。

それをしなかった自分が許せない。

少なくとも、俺の仲間はそういう意地っ張りばっかりだからな。

・・・・だから、()()()()()

 

「え?」

 

顔を上げたカミルに、ハウンドスクワッドの面々が、頼もしい笑みで応えていた。

 

その誰もが堂々たる勇士達であり、そしてその先頭であるジェットは、少年の懊悩(おうのう)(あなど)ることなく、真っ直ぐにその情熱と向き合った。

 

「カミルが一丁前になって、”一緒に戦えるまで”、だよ。

今回はお前だって、仲間の為に最後まで逃げやしなかったんだろ?

それでもまだ納得が行ってねぇんなら、さっさと其処を越えてみろ。

それで、その強さを俺達に見せに来な」

 

「・・・・!!」

 

「言っとくが、”ウチ”(ハウンドスクワッド)に入るのは半端じゃないぜ?

まずは、そのヒョロガリと根性をどうにかしないとな」

 

「その上で、確かな実力が絶対条件だ。

・・・・まぁ、門戸(もんこ)はいつでも開けてる。

焦らず、万全に準備をしてから挑んで来い」

 

創設メンバーたるジェット、ジーク、ユウゴの激励に、カミルは目の色を変え、頷いていた。

 

両者には、今は歴然とした差があろうと、その道行きは似通っている筈だった。

 

そして、目指すべきものを見定めたカミルの(そば)に、ユリハがそっと歩み寄る。

 

「良かったわね、カミル・・・・」

 

彼の苦心をずっと見てきたろうユリハは、慈しみながらカミルを抱き寄せ、囁きかけていた。

 

ちなみに、その瞬間、カミルは顔を真赤に染めて、その様子を見たジェット達は視線と手振りで(はや)しており、女性陣から顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。

 

「皆さん・・・・本当に、ありがとう。

私一人じゃ、こんな結果どころか、きっと動き出せすらしなかったわ。

・・・・私達の現実は、閉じてしまっていたから。

グラジオラスの暗がりが全てで、その先に未来があると、どうしても信じきれなかったわ」

 

「ユリハさん・・・・」

 

「――――だけど、あなた達はずっと、戦いの向こうに”希望”がある事を、信じていたわ。

そして、お互いが、お互いの力になれると想い合って、諦めなかった。

きっとそれが、絶望の()()()へと辿り着ける、”もう一歩”になるんだわ」

 

ジェットと、それからハウンドスクワッドの面々を見渡し、見違えるように明るい表情を見せるユリハ。

 

背負い込んだものの重さと(かげ)りとをすっかり振り切った彼女へ、ジェットもまた安心して微笑み返していた。

 

「おう。

俺には、仲間がいる。

どこまで言ってもAGE止(エイジど)まりな俺の、足りないところを助けて、背中を押してくれる。

だから、やがては”自分達の居場所(ミナト)”を作る。

そんな無茶な夢だって、追えるのさ」

 

おいおい、とユウゴが苦笑した。

 

仲間内以外には未だ言ったことの無い、ハウンドスクワッドの遠大な目標だったが、ユリハ達ならば構わないだろう。

 

そして、ユリハは一瞬、驚いたものの、直ぐに納得したように頷いていた。

 

「素敵で、力強い夢、だわ。

私は・・・・なんとしてでも生き延びようとする内に、いつしか忘れてしまってた。

どうして皆いなくなってしまったのって、(ひと)りきりで、情けなくて、寂しくて。

その裏では少し、恨めしくて。

・・・・けど、大切な事を思い出せたわ。

こうしてまた家族を、未来を、純粋に(おも)えるようになれた。

・・・・貴方達に出会えて、本当に良かった!!」

 

心からの喜びに、輝くような可憐な笑顔を浮かべるユリハ。

 

そして、ジェットは、悲惨な運命から解き放たれた彼女にふと、自分の胸の奥の()()()も取り除かれた気がしていた。

 

(・・・・ユリハは、ユリハだ。

こんなもんは所詮、感傷(かんしょう)でしかないんだ。

だが・・・・一応はこれも、俺達がまた1つ、望んでたものを手に入れられた、証・・・・なのかも、ってな――――)

 

 

 

「――――ねぇ、ジェット?

()()を、貴方に渡したいの」

 

唐突にユリハが差し出した掌の上には、黒い鳥羽(とりばね)を使った装飾品があった。

 

そして、よく見るとそれは、ユリハがこめかみに提げている髪飾りと同じ造りであるようだ。

 

「そいつは?」

 

「剥製の羽から作った、私達なりの精一杯のオシャレよ。

でも、()()()()じゃない。

私達は、この飾りを渡し合う時、願いを込めていたわ。

無事に帰ってきて。

また会おうね。

離れていても一緒だよ、って・・・・」

 

ユリハは、自分の髪飾りに手をやり、其処へ込められた願いと絆とを、ゆっくりとした手つきで()ぜていた。

 

「――――貴方は、とても強いわ。

けれど、心配なところもあるから。

・・・・貴方は、諦めないでいてね。

どんなに苦しい時でも、”生きること”から逃げてはダメ。

貴方が大切に想うものは、貴方を欠いた瞬間、大きく傷付き、()()()()()()()のだから」

 

託されたユリハの願いは、例によって難儀なものだった。

 

この世界は過酷であり、その中で戦うのに、理屈など通じない。

 

だが、()()()()()、何も諦める必要など無い。

 

そして、ジェットの(かたわ)らには、共に挑む仲間達までもがいる。

 

そんな時、勝手に気負って、彼らと心を1つに出来ないで、どうして絶望の只中を駆け抜けられようか。

 

「・・・・やれやれ、ユリハには、その言い訳はできないな。

ああ、分かった。

その忠告ごと、ありがたく貰っとく」

 

此度の出来事と、其処から教わった教訓と共に、ジェットは漆黒の羽飾りを受け取ろうとする。

 

ところが、その手が伸ばされた途端、ユリハは何故か、腕を()()と引っ込めてしまう。

 

きょとんとするジェットを前に、またもいたずらっぽく笑ってみせた。

 

「・・・・その前に、もう一つだけ、良い?

実は、私にもあったわ。

小さいけれど、叶えたい”夢”が。

・・・・聞いて、くれるかしら?」

 

「へぇ、そいつは景気の良い話だな。

差支えなければ、知りたいねぇ」

 

「ふふふ・・・・なら、言わさせてもらうわね。

・・・・あのね――――」

 

すると、ユリハはそこで、(うつむ)きがちに言い淀んでいた。

 

気が付くと、彼女は仄かに頬を赤く染め、はにかんだ表情になっていた。

 

その様子に、ついジェットが気を取られてしまったのも、(つか)()

 

次の瞬間、ユリハの姿が、不意に()()と近付く。

 

そして、情けなくもジェットは、それに全く反応できなかった。

 

<ギュゥッ>

 

そんな感じに、ユリハの香りと温もりとが押し付けられていた。

 

それも、がっちりと抱きつかれていることで、繊細な力加減やその柔らかさなどが、全身で余すことなく感じられる。

 

全く(もっ)て、彼女の実力は、そんなところまでも達人だというのか。

 

あるいは単に、ジェットが浮ついていた所為なのか。

 

ともかく、あまりにも普段ならぬ体勢に持ち込まれ、硬直するジェット。

 

そして、ユリハはその耳元に唇を寄せ、(なまめ)めかしい吐息と共に、その”夢”を囁いた。

 

 

 

「――――素敵な人の、”お(よめ)さん”になること・・・・♪」

 

「・・・・ぬぇぁ・・・・っ!?」

 

 

 

まさに驚愕、とは、本当に開いた口が塞がらなくなるものらしかった。

 

未だかつてないほどに間抜けな声を出して、思考停止に陥るジェット。

 

その間にも、ユリハの息遣いは耳をくすぐり、それに次いで、その反対の耳元を撫ぜられる感触。

 

<パチリッ>

 

直後、そんな軽い音がした途端に、ユリハはパッ、と身体を離していた。

 

「その羽飾り、とっても似合ってるわ!!

・・・・それじゃあ、ね。

必ずまた、会いましょうね・・・・っ!!」

 

色白な顔を紅潮させ、なんとも()()()()()()(かも)し出しつつ、(せわ)しなく(きびす)を返すユリハ。

 

嬉しそうにポニーテールを揺らしながらシャロンの手を引いて、そして何故か、かなり険しい顔のカミルを伴い、行ってしまう。

 

ジェットは、そんな(うらら)らかな背中を呆気に取られて見送りつつ、こめかみに着けられた羽飾りを一撫でした。

 

 

 

――――だが、しかし。

 

やがて、ハッと我に返って、気付く。

 

勇猛果敢で鳴らした”クリサンセマムの鬼神”の見る(かげ)も無く、恐る恐るに振り返るジェット。

 

当然、そこには何とも言えない生温(なまぬる)ーい視線を送る仲間達が居並んでいた。

 

「・・・・や、やられたぜ・・・・」

 

「おとさん・・・・ユリハと、()()()()?」

 

今しがたの行為の意図が分からぬ故、あまりにも無垢なる(やじり)を放つフィム。

 

どこでそんな言葉を、と思うジェットだったが、しかしそんなリアクションを押し潰して、()頓狂(とんきょう)な叫び声が上がっていた。

 

「 はあぁーっ !!??

ジェットっ・・・・もう、信じられないっ!!!!

なんて()()を、フィムに見せてるの!!??」

 

「はぁっ!?

く、クレア!?」

 

先程、生温い視線と評したのを、一部撤回せねばならなかった。

 

なぜなら、()()をとったジェットに対し、クレアとルルが、何故だかものすごい剣幕で眼を吊り上げさせていたからだった。

 

不潔(ふけつ)ですっ!!

不純(ふじゅん)っ、不埒者(ふらちもの)っ!!!!

そんな鼻の下伸ばしちゃって、何よっ!!??」

 

不心得者(ふこころえもの)め。

今のお前なら、3秒で()せるぞ」

 

「お、おいおいなんだよ、二人して!?

次は、ちゃんと対処するって・・・・!!」

 

()っ!!??

次も、あんな事をするつもりなの!?

・・・・み、見損ないましたっ!!

フィム、ダメ!!!!

おとさんから離れなさい!!!!」

 

()()、フィムもやりたい!!

クレアも、いっしょやる?」

 

「――――っ!!??(息を呑む音)」

 

「まぁ、落ち着けって、お前ら。

ユリハ達が今後、ダスティミラーに属するなら、そういう”個人的な感情”も足しになるだろうよ」

 

「 だっーはははははっ !!!!

ユウゴもたまには()()じゃんっ。

てか、ジェットもキョドりすぎだろダッセっー!!」

 

「うっせぇぞジークっ!!!!

だ、だいたい、次に会うとしたらユリハだけじゃなく、シャロンとかチビ達も一緒だろうがよっ」

 

「はははっ、まぁそうだったな。

なら、袋一杯の(メシ)と、リンゴとお菓子。

またクリサンセマムへ大口注文、だな」

 

「ついでに、レミとかパーシヴァルん所のチビ共にも、会いに行く約束してんだろ?

その時にも、土産を持ってってやろうぜ。

いいよな、ユーゴ?」

 

「俺に聞くまでもないだろ。

それとも、ハウンドスクワッドの資金まで使い込むつもりか?」

 

「そこのチビ達も、フィムみたいな食いしん坊ばっかだったら困るじゃんか」

 

「むーっ!!

フィム、くいしんぼじゃないもん!!」

 

「お、じゃあ明日のおやつはお菓子1個だけにして、残りは俺が食っちまうかな~?」

 

「そ、それは・・・・やぁ~っ!!」

 

「こら、ジーク。

フィムに意地悪をするな」

 

「そうだよ。

フィムはちゃんと、決まった分のおやつで、我慢できるもんね?」

 

「おう、そういえば、最近は料理も少し出来るようになったよな。

この前、クレアと一緒に作ってくれた朝飯、冷めても美味かったぞ」

 

「いひひ~、おとさんにほめられた!!

フィム、クレアとがんばった!!

・・・・でも、リカルドも、てつだった、です」

 

「あ・・・・おう。

どうりでなぁ・・・・」

 

「な、何、その目!?

どうせ、私は料理下手ですっ!!

だいたい、まだ私、さっきデレデレしてたの許してないですから!!

聞いてるんですか、ジェット!!」

 

「いや、もう蒸し返すなってクレア!!

だいたい、()()()()がそんな怒ってるのだって、フィムに見せちゃダメなんじゃないのか!?」

 

「なっ・・・・な、なぁ――――っ!!??」

 

「・・・・全く・・・・鈍感、だな・・・・」

 

 

 

――――高く、青い、晴れ空から注ぐ、陽光。

 

その下にさんざめく、笑い合う声。

 

搾取と喪失を()いる暗がりに繋がれていた彼らは、鋼の(つな)がりの許に一丸となり、その(かせ)を断ち切った。

 

しかし、その勝利も一時のもの。

 

”フェンリル本部奪還作戦”はこれからが佳境であり、ハウンドスクワッドの行く先には、まだ幾つもの暗闇が待ち受けるだろう。

 

されど、()()()()()()が終点などで無いのは、言うまでもない。

 

彼らが掲げる”夢”への進撃は止まず、また他者から与えられた栄誉で足りる筈もない。

 

自らの願いは、自らの意志で定め、その未来への道も確かに、己で切り拓く。

 

自由に、勇敢に、そしてその果てに、誰も予想だにしない勇名を轟かせるのは、そう遠い未来ではない。

 

ハウンドスクワッドの戦いは、続いていく。

 

立ちはだかる絶望を駆け抜け、その先の未来を求め続けて。

 

進み続ける彼らの(わだち)を、鮮烈なる勇気の証明として、時代に刻みながら。

 

 

 

 







―――― GOD EATER 3>>Remember Chains.Fin...


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