GODEATER3>>Remember Chains.   作:志乃木千進

3 / 19
――――近未来(きんみらい)
地球は、未知なる”厄災”たる喰灰(しょくかい)の発生により、激しく侵喰(しんしょく)されていた。
かつて北欧(ほくおう)と呼ばれていた地にて、事態の打破を目論む軍事組織”グレイプニル”は、その鍵となる手段が遺された”フェンリル本部”を奪還する大規模作戦を宣言する。
グレイプニル自身はもちろん、”ダスティミラー”や”バラン”といった有力なミナト達も此処(ここ)(くつわ)を並べ、灰域踏破船(かいいきとうはせん)の大船団を結成。
前人未到の”限界灰域”(げんかいかいいき)に、アラガミ、喰灰――――オラクル細胞の脅威を(のぞ)いた航路(こうろ)を確立するという大業へ乗り出した。
しかしながら、この大船団の先鋒(せんぽう)という重責に抜擢されたのは、ただ1隻限りの灰域踏破船・”クリサンセマム”であった。
重ね重ね、待ち受ける”厄災”の数々と真っ先に対面するという最も危険な役割が、なぜ戦艦ですらない一介(いっかい)商船(しょうせん)に任じられたのか?
果たして、その理由とはクリサンセマムが擁する、とあるAGE(エイジ)達にあった。
彼らはミナト・ペニーウォートが抱える()()であったものの、同拠点の壊滅の折に、破格の報酬にてヘッドハンティング。
そして現在では、少数精鋭を以て激甚脅威(げきじんきょうい)たる大型灰域種(おおがたかいいきしゅ)アラガミすら次々に討伐し、大いなる実績を積み重ね続ける。
その名を、”猟犬部隊”(ハウンドスクワッド)
フェンリル本部奪還作戦の盟主、グレイプニル総帥、”エイブラハム・ガドリン”直々の指名を受けるほどの、鋭い懐刀(ふところがたな)(めい)だった。――――





#2 >> 「Running Through the Hard jobs.」

 

 

 

新進気鋭のAGE部隊のリーダー、ジェット・ペニーウォート。

 

彼は、頼もしい仲間達との一期一会(いちごいちえ)の共闘を終え、現在の拠点である灰域踏破船・クリサンセマムに帰還していた。

 

 

 

<”おかえりなさい”!!

皆で活躍を見てましたよ!!

私としても鼻が高いです!!>

 

 

 

今や我が家のように馴染んだ船内を移動する最中、先の作戦でオペレーターを務めていたエイミーのアナウンスに迎えられる。

 

彼女は、この船の管制官(かんせいかん)も勤めており、またこうして帰ってきた仲間達を”おかえりなさい”の言葉で(むか)えるのはこのクリサンセマムの流儀(りゅうぎ)だった。

 

ジェットは、リラックスした気分で、メインブリッジへのゲートを潜る。

 

 

 

「おかえりなさいっ、おとさん」

 

 

 

――――其処に駆け寄ってきたのは、褐色(かっしょく)の肌に()()な瞳を持つ、幼い少女。

天真爛漫に笑う彼女だったが、しかしその額にはサラサラとした銀の髪を押し退けて1本、(つの)のような物体が生えていた。

更に、可憐なドレスを着ているように見えるのは、実は白亜(はくあ)甲殻(こうかく)である。

無論、そんな有り様がただの少女であるはずなく、大変に希少な”ヒト型アラガミ”という存在だった。

とはいえ、無垢で愛らしい彼女は、紆余曲折を経て今やこの船にすっかり馴染んでいた。

そして、”おとさん”ことジェットには初対面時の出来事で特に(なつ)いていて、その真似をして大きな長布(マフラー)を常に首元に巻いて過ごしているくらいだ。

また、ジェットにとっても、その見た目や出自云々などより、素直で甘えん坊な己の家族(かぞく)なのだった。

 

 

 

「おう、帰ってきたぞ”フィム”。

良い子にしてたか?」

 

「うんっ!!

あのね、おとさんすっごいアラガミとたたかった!!

おこってこわくなったアラガミを、”バコォン”って!!」

 

「うんうん、そうだなぁ。

”バコォン”ってやったなぁ」

 

本当に(おや)()を抱き上げるかのように戯れる2人。

 

すると其処へもう1人、今度はしゃなりとした所作(しょさ)の似合う、可憐な少女が歩み寄る。

 

「おかえりなさい、ジェット。

でも、フィムも、ちょっと落ち着いて。

おとさん、濃い灰域から帰ったばっかりだから、まずはメディカルチェックを受けないとね」

 

 

 

――――艶めく金糸(きんし)のようなショートヘアを洒落(しゃれ)に編み上げ、緋色(ひいろ)に近い(たま)の瞳を(よう)する、まろやかで優しげな眼差し。

まだどこかあどけないながら、人形のような美貌を愛らしく(ほころ)ばせる美少女(びしょうじょ)だった。

ハイティーンの年頃に相応しい、(きよ)らかで色白な肌。

その片腕には、”神機使い”(ゴッドイーター)の証である腕輪(うでわ)をはめているも、そうは思えない華奢で、淑やかな雰囲気を醸し出している。

これに映える、白と青を基調にしたチューブトップとフレアスカート、ニーソックスにパンプスブーツという華やかな衣装。

(たけ)もだいぶ短く、(いささ)か目の毒な薄着からは、彼女の清楚な仕草に反した豊満な胸元や、見事な曲線美が(かたど)られている。

 

ところが、そんな眼を見張るほどの美少女の歓待を、ジェットはどうしてか、白々しく誤魔化そうとしていた。

 

「あー・・・・なぁ、クレア。

それはもう、向こうでちゃんとやったから、わざわざまたやらんでも平気だぞ、うん」

 

()()グレイプニルが、其処まで手厚く診てくれるとは思えないな。

少なくとも、私が”隊員だった頃”には、一度だって無かったから」

 

「いや、あのじっとしてなきゃならん(あいだ)がどうもな・・・・。

それに、もうこんな遅い時間だし、クレアもフィムと一緒に休んだらどうだ?」

 

「クルーの体調管理は、医療(いりょう)スタッフとしての職務ですから。

・・・・というか、またそうやってサボりたがって。

ジェットったら、いつもそんな調子で・・・・言い訳なんて、”ジーク”とそっくりなんだから」

 

「おーい?

言っとくけど、ジェットの落ち着かなさはガキの頃から変わってないんだからな?」

 

「言い訳が似てる、ってのは確かにそうだけどな」

 

「おい、”ユウゴ”っ!!」

 

更に、2人の青年がそこに現れた。

 

その姿を見て、ジェットは今までとは違った気安(きやす)い笑みを浮かべていた。

 

その2人の名は、ジークとユウゴ。

 

共に、以前の拠点である”ペニーウォート”で育ち、またAGEとして同じ姓を名乗り、兄弟のように育った古馴染み達である。

 

 

 

――――前者は、無造作に伸びた色素の薄い金髪に、薄紫色を主体とした服装の小柄な人物だった。

少年(しょうねん)と呼ぶのが似合う体格に、ノースリーブの上着に半ズボンといったラフな出で立ち。

好奇心(こうきしん)悪戯心(いたずらごころ)に満ちた()()は、周りの出来事に応じて、表情ごとよく動く。

いちいち大きな反応と身動ぎが現れる仕草は、その身に無鉄砲(むてっぽう)なまでの活力(かつりょく)を漲らせていることを(あん)に知らしめさせた。

 

そして、もう1人はスラリと背が高く、黒に(だいだい)の差し色の衣装と、それに映える(かげ)を帯びた青年だ。

スタイルの良い長身にハードなジャケットとズボンが似合い、その精悍な顔立ちを引き立てる。

程よい長さで整えた髪は、襟足にだけ白いメッシュが入っている以外は黒く、瞳の色もまた黒。

但し、ジェットと比べると色合いはより深く、より冷静沈着そうな印象を見る者に与える。

本人も普段から物静(ものしず)かなタチだったが、しかし今の彼は、信頼を置く相棒の凱旋(がいせん)に、分かりやすく上機嫌な様子だった。

 

 

 

「見てたぜ、流石の暴れっぷりだ。

記録を見た感じ、周りの奴らも度肝を抜かれてたようだ。

さすがは俺達、ハウンドスクワッドのNo.1(エース)だぜ」

 

「って、おい、なんだよその()()

はいはい、なんせ堂々の個人戦績第一位(こじんせんせきだいいちい)!!

臨時のハウンドスクワッドでも、きっちり指揮して任務完了!!

流石は”甲判定様”(レアものさま)、ってな」

 

「へっ、そういう(こっ)た。

ま、今回は凄ぇメンツが揃ってた、ってのもあるけどな」

 

謙遜(けんそん)などでなく、実際にジェットは、同じ部隊となったあの3人の支援あればこそ、自由に戦えたと自覚があった。

 

いつか、また彼らと肩を並べ、あるいはこんな談笑をしてみたいものだ。

 

そんな風に、感傷に浸りかけたジェットに、その時。

 

不意に、その眼の前にズイ、とクレアが割り込む。

 

「それよりも、また()()をやったよね、ジェット!?」

 

「・・・・どれだ?」

 

「灰域種の捕喰攻撃(ほしょくこうげき)に、当たりに行ったでしょっ!?」

 

腰に手を当て、一転して厳しい表情で詰め寄るクレア。

 

ジェットはそんな迫力にも飄々として応じ、勢いを受け流そうとする。

 

「あれは、()()()()()()んだ。

もう何度も倒した相手だし、動きは見切(みき)ってる」

 

「そういう問題じゃなくてっ!!

・・・・くれぐれも無茶はしないで、っていつも言ってるのに。

特に今回はこの船から離れての任務だし、直ぐに適切な処置(しょち)(おこな)えないかも知れないんだからって、行く前にあれほどっ――――」

 

「安心しろって、そんなヘマはしねぇさ。

ギリギリっぽく見えたかもしれんが、あれできっちり狙い通りだぜ」

 

「尚更、良くないっ!!

もしも失敗してたなら、アラガミは大幅に強力になる上、自分は”偏食因子”(へんしょくいんし)(はたら)きまで鈍るんだよ!?

そのまま()(かえ)しのつかない事になる場合だって――――」

 

あくまでも悪びれもせず呑気そうなジェットに、クレアは躍起になって身を乗り出させる。

 

普段の優しい物腰も引っ込め、一歩(いっぽ)退()かないという意気が、前のめりに(むね)()る姿勢に現れていた。

 

なんでも、彼女の父親は武勇(ぶゆう)で知られた名士(めいし)であるらしく、その”ご令嬢(れいじょう)”たるクレアも、()()と決めたら頑として譲らない一面を持っていた。

 

とはいえ、()()()()()な言い合いに、外野のジーク、ユウゴはまた始まったよと言わんばかりの気楽さでいる。

 

しかし、抱きかかえられたフィムはといえば、仲良しのクレアと大事な”おとさん”とに板挟(いたばさ)みにされ、オロオロと戸惑っていた。

 

「おとさん、クレア?

ケンカはダメ、だよっ」

 

「フィ、フィムっ。

えっと、ケンカじゃないよ。

ただ、私はジェット・・・・っ、おとさんのことが、心配で――――」

 

「ああ、そうだぜ。

喧嘩なんかじゃないから、安心しな。

・・・・確かに、心配かけて悪かったな、クレア」

 

ジェットはフィムの頭を優しく撫でて、それから(つと)めて真面目(まじめ)にクレアへと向き合ってみせる。

 

些か言葉足らずな感じがあったと思い、きちんと自分の理由を話すべきと考えたのだ。

 

「お前の言葉を、忘れてたわけじゃねぇ。

ただあの時は、アラガミに好き勝手される訳にも行かなかったんだ。

何人か()れてない奴もいたし、それ以上に皆、浮足立(うきあしだ)ってた。

俺が引き受けたほうが、()()()()()()()()被害は少なかったろうからな」

 

「やれやれ・・・・なぁ、クレア。

コイツは軽口ばかりの能天気に見えるが、(うそ)は言わない。

どうにも無茶ばかりやるが、押し通せちまうだけの実力はあるってのも、もう知ってるだろ?」

 

「それは・・・・っ」

 

ジェットとユウゴの言に、クレアはグッと口ごもってしまう。

 

真面目な彼女のことだし、理屈と感情のせめぎ合いに(おちい)ってしまったのだろう。

 

ジェットとて、他ならぬ自分を(おもんばか)ってくれている事は分かっているし、もう少しだけでもクレアを気遣おうと(こころ)みる。

 

「ったく、好きに言いやがってよ。

・・・・まぁ、ちょっとは信じといてくれよな。

自分で言うのも何だが、俺は並外(なみはず)れて(つよ)い方だ。

簡単にくたばらねぇし、そのつもりも無ぇ。

もしもトチってたら、その時はケツ(まく)って逃げるつもりだったしな」

 

「・・・・っ。

信じるとか、そういうことじゃなくて・・・・。

ただ・・・・」

 

「・・・・いつも俺達の調子を気にしてくれて、ありがとな。

だが、AGE(エイジ)ってのはちょっとやそっとで()を上げるほど、ヤワじゃねぇ。

それに、クレアこそあんま(こん)()めてんな。

医者の不養生(ふようじょう)、ってなっちまったほうが、それこそ皆が心配するからよ」

 

「・・・・それなら、せめてメディカルチェックくらい、素直に受けてくれたっていいんじゃない・・・・っ」

 

「おっと、最初に戻っちまったか」

 

と、笑うジェットだったが、結局クレアは()ねたように顔を背けてしまうのだった。

 

彼女を怒らせてしまったろうかと、ジェットはひっそりと自省(じせい)する。

 

年長者(ねんちょうしゃ)として、年下の子をあまり困らせていては示しが付かないとは思うが、一方でこういった気遣(きづか)いに関しては、未だに苦手も良いところだった。

 

昔からやれ呑気だ、単純だと言われがちなのが(たた)り、またその自覚も在るからか、慣れる気配がさっぱり無い。

 

すると、ジェットは此処でようやく、こういう時に上手く取りなしてくれる物静かな仲間がいないことに気付く。

 

「――――そういや、”ルル”はどうした?」

 

その名前とは、同じくハウンドスクワッドのメンバーであり、またこのクリサンセマムで唯一の女性AGE(エイジ)を差している。

 

そして、どうにも無骨者(ぶこつもの)ばかりな部隊の面々に於いて、その冷静さを活かして仲間をよく気遣ってくれたりもする。

 

また同性で同年代ということでクレア、フィムとも仲が良く、こういう場面に一緒にいないというのも些か珍しかった。

 

「えっと、ね。

ルル、おとさんがおでかけちゅうに、おでかけしちゃったの」

 

「グレイプニルからの、急な要請が入ってな。

哨戒任務中(しょうかいにんむちゅう)だった俺達とは別に、少し先のポイントへ偵察に向かったんだ」

 

「・・・・一人(ひとり)で、か。

まぁ、ルルなら適任か」

 

ユウゴ達の言葉に答えつつも、眉を(しか)めるジェット。

 

理解は出来るが、納得のしかねる気分が、顔に出てしまっていた。

 

「なんだよ、いつもは俺らがソロで行こうとすると、文句言うのによ?」

 

「ついでに、こんな時間は()めとけ、とも言うだろうな。

だがまぁ、ルルなら大抵の事態は一人で切り抜けられるし、いざって時の逃げ方も上手いしな」

 

「うん!!

ルルはね、()()()としてシューってして、つよいっ!!」

 

と、彼女の戦術眼と身軽さの(みょう)を知っているジェットは、あくまで冷静に評する。

 

フィムも、言ってる意味はよく分からないが、たぶん同じような評価であろう。

 

「実際、ハウンドスクワッドではジェットに()いで、俺かルルが二番手、ってとこだろう。

なにかあったとしても、俺達が駆けつけられる時間くらいは自力で稼げるはずだ」

 

「――――皆さん、よろしいですか?」

 

すると、その時。

 

ブリッジ下部と繋がる階段を登り、1人の少女がトテトテと足音をさせながら現れた。

 

――――細身(ほそみ)小柄(こがら)な体格の彼女は、藤色(ふじいろ)のセミロングヘアをふわりと揺らしながら、ジェット達へ()()()一礼(いちれい)を見せた。

明朗快活なその性格を物語るような大きな眼は、くりりとして青い瞳が輝き、愛嬌(あいきょう)のある表情とよく似合っている。

大きなベレー帽に、ゆったりとしたブラウスの首元を()わうリボン、ビスチェスカートの(すそ)が、動くたびに軽やかに揺れる。

少し幼げにも見える服装だったが、シックなモノトーンの色合いと、本人の生真面目な()居振(いふ)()いが、清楚(せいそ)な印象へと変えて着こなしていた。

 

「あ、エイミー!!

おしごと、おわったっ!?」

 

「ごめんね、フィムちゃん。

ルルさんのナビゲーションは継続中で、暫く業務を離れられないんです」

 

思わず、といった風に、頭につけた大きなヘッドセットに触れるエイミー。

 

言わずもがな、まだ年若い彼女こそ、この灰域踏破船・クリサンセマムのあらゆる業務の管理伝達を一手に引き受ける、有能なオペレーターであった。

 

そして、普段はブリッジ内の専用ブースで勤務している彼女が、わざわざ帰ってきたジェットを見舞う為だけにその椅子を空けるということはないだろう。

 

「やれやれ、みんな働き者だよな。

で、どうしたんだ?」

 

「”イルダ”さんからの連絡で、先程”アイン”さんが到着されました。

15分後に会議を行いますので、ハウンドスクワッドよりジェットさん、ユウゴさんも執務室(しつむしつ)に同席するように、とのことです」

 

「えっ、エイミー、俺はっ!?

俺もハウンドスクワッドなのに、なんでジェットだけ!?」

 

「代われるもんなら、俺も代わりたいが・・・・」

 

と、騒ぐジークだったが、一方でジェットは既にその理由について(なか)ば予想をつけていた。

 

「任務を終えてすぐのところを、ごめんなさい。

ですが、緊急(きんきゅう)用件(ようけん)が含まれているとのことで・・・・」

 

「いいさ。

堅苦しいのは苦手なんだが、多分俺が聞かなきゃならん話だろうしな。

クレア、フィムを頼むな」

 

「う、うん・・・・」

 

「おとさん、行っちゃうの?

おふろは?」

 

離れがたい、と言わんばかりに小さな腕を伸ばすフィム。

 

その愛らしい仕草に、ジェットは今までと違う優しい笑顔で、頭を撫でた。

 

「悪いな。

たぶん、ちょいと長くなりそうだ。

良い子で待ってろな、フィム」

 

 

 

――――灰域踏破船・クリサンセマムの奥部、執務室へ向かうジェットとユウゴ。

 

プシュ、と軽い音を立てて開いた自動扉の向こうでは、この船の”オーナー”とその客人とが握手を交わしているところだった。

 

「お早い到着ね、二人とも」

 

そう言って絵画の女神のような微笑みを見せる美女。

 

彼女の名はイルダ・エンリケス。

 

若くして貿易を主とするミナト・クリサンセマムを築き上げた、美貌(びぼう)器量(きりょう)を併せ持った才媛(さいえん)である。

 

――――腰まで届く美麗なシルバーブロンドと、長身に映える颯爽(さっそう)とした所作。

青い瞳の理知的な面差(おもざ)しに、しなやかな四肢(しし)の様子を更にタイトに引き立てる、シックな黒のジャケット&スーツ。

それでいて、並々(なみなみ)ならぬ豊満な胸元や、ほっそりとした腹部を艶めかしいまでに(さら)()す、レース地のブラウスを着ているのが、なんとも大胆の一言だ。

だが、それらの衣装一つ一つの上質さに加え、手間のかかった()(がみ)や左眼に掛けたモノクルといった洒落(しゃれ)()が、彼女のスタイルに華やかさと気丈(きじょう)さとを与えていた。

 

「話の途中だったなら、また後にするが・・・」

 

「いいえ、ユウゴ。

話ならば、これから。

ハウンドスクワッドと、そしてジェット個人にも関係する用件よ」

 

「そういうことだ。

さぁ、二人も、アインさんも座って下さい。

今、コーヒーくらいはお出ししましょう」

 

そう言いつつ、執務室の隅から男性が進み出る。

 

――――どこか気怠(けだる)そうな雰囲気に、衣服は分厚いコートをあえて右肩から外して着込んでいるのが印象的だ。

しかし、気取(きど)らずに流した黒い長髪や、こめかみから顎先まで生やした(ひげ)は、裏腹にしっかりと手入れされている。

()がり(まゆ)柔和(にゅうわ)な笑みの表情だったが、金色の瞳の収まった眼差(まなざ)しは鋭利であり、体つきも屈強だ。

加えて、タンクトップシャツから見える右肩や(うで)には大きな傷跡が幾つも見受けられ、しかも腰には、しっかり固定されているとはいえ”拳銃”を差している。

 

穏やかながら、歴戦の出で立ちを(かも)すこの人物は、リカルド・スフォルツァ。

 

イルダの右腕として、年長者として、この船に纏わる出来事へ(かげ)日向(ひなた)に動く、いぶし銀の男だった。

 

「俺が呼ばれて、”旦那”(だんな)も此処にいるってんなら、なんとなく用件は読めるな。

”例の代物”に、なにか進展でも?」

 

リカルドに促され、応接椅子に座ったジェットは、本人なりに多少はかしこまった調子で、もう一人の銀髪の男へ話しかけた。

 

――――”旦那”と、敬意を顕に呼びかけられたその人物は(おもむ)ろに、そして静かに顔を上げる。

伸ばした銀髪を(ひと)(むす)びにし、反対に()褐色(かっしょく)の肌色を持った、精悍な偉丈夫(いじょうふ)だ。

ただし、青褪(あおざ)めた色の(ひとみ)の収まった右眼と違い、その左眼は、大きく真っ直ぐに走った古傷によって潰れていた。

分厚いジャケットとカーゴパンツ、ブーツという無骨な出で立ち越しにその(たくま)しい体躯が(うかが)え、荒事(あらごと)にも臆さぬ確かな実力を見る者に感じさせる。

いかにも寡黙(かもく)で、鋭い目つきであったが、かといって他を拒絶するような雰囲気は無い。

(しず)かに、(たし)かに、ただ泰然(たいぜん)として()()(たたず)まいは、さながら法衣(ほうえ)賢人(けんじん)のような厳粛さを醸し出していた。

 

「・・・・まぁな。

察しの通り、俺が来たのは他でもない”GELGYA(ゲルギヤ)システム”の為だ。

・・・・丁度、その話から入った方が都合が良さそうだ。

構わないか、イルダ?」

 

「ええ、もちろん。

私共(クリサンセマム)としても、そちらの成果は気になっていますもの」

 

親しげながらも、敬意を顕に接するイルダ。

 

それもその筈で、銀髪の男ことアインは、辺境(へんきょう)に位置しながらも独自の技術力で一目(いちもく)を置かれる有力なミナト・ダスティミラーの代表である。

 

つまりは、今この部屋で(ひざ)を突き合わせているのは、三様(さんよう)の組織の長であり、互いに重要なビジネスパートナーという関係だった。

 

ジェットとユウゴ達の”ハウンドスクワッド”から見れば、イルダの”クリサンセマム”は、活動を保証するに代わってAGEとしての実績を捧げるべき、雇用主。

 

そしてアインの”ダスティミラー”は、雇用主のイルダを支援していると同時に、言ってしまえばただの傭兵部隊でしかないジェット達を軽んじることなく、誠実な取引を行ってくれる第一の顧客(こきゃく)である。

 

「――――まずはお前達、ハウンドスクワッドから提供されるデータの有用さに、礼を言わさせてもらう。

お陰で、システムは一つ、”先の段階”へ進む目処(めど)が立った。

ジェット、ユウゴ。

お前達が構わないのなら、すぐにでも作業を始める用意がある」

 

「・・・・俺個人としちゃ、渋る理由は無い。

だが、わざわざ旦那が聞いてくるってのは、軽々しく決めるべからず、ってか」

 

「其処に、俺達”ハウンドスクワッド”としての判断を求めている。

そういうことだな?」

 

「・・・・以前にも言ったが、ゲルギヤシステムは神機使(じんきつか)いの戦闘力を劇的に向上させる反面、使用には”適性”が求められる。

そして万が一、運用の際に()()()()が発生した場合のリスクも正直、未知数だ。

加えて、今という”タイミング”も、些か具合が悪い」

 

「そこで、二つ目の話よ。

偵察に出たルルから、大型灰域種(おおがたかいいきしゅ)を含む()れの存在が報告されたわ。

現在、我々はグレイプニル主導による”フェンリル本部奪還作戦”に参加する最中であり、その航路の安全を確保するのがクリサンセマムの役割。

そして今回、その危険度を(かんが)みて、即刻これを討伐せよとの要請(ようせい)がなされたわ。

もしも、これに失敗・・・・あるいは棄権(きけん)するようなこととなれば、払う代償は大きいでしょうね」

 

「・・・・成程な」

 

隣のユウゴが、低く緊張した声音で呟いた。

 

「俺達に退路は無い。

この大規模作戦の先鋒(せんぽう)を請け負った以上、遅延も失敗も決して(ゆる)されない。

もししくじれば、それはこの北欧に存在する、あらゆる団体からの信用を失墜する事態となる。

しかも、そのリスクはハウンドスクワッドに協力しているクリサンセマム、ダスティミラーにも(およ)ぶ――――」

 

ジェットは、自分にはない聡明(そうめい)さを持つユウゴに(した)()くと同時、事態の深刻さに眉を顰めた。

 

損害を被るのがハウンドスクワッドだけでないとすれば、先程までのように呑気には構えていられなくなる。

 

ペニーウォートに飼い殺しにされていたジェット達を引き受けてくれた、イルダ。

 

この過酷な世界に道筋を立てる後ろ盾となってくれている、アイン。

 

受けてきた大恩(だいおん)()けて、彼らへの不義理は決して許されない。

 

 

 

「――――そして、このような局面(きょくめん)でゲルギヤシステムを増強させる事とは、明らかにリスクの上乗(うわの)せだ。

開発者としては、その安全性に太鼓判を押したいところだが、やはりまだ試作も試作だ。

先も言ったように、なにか一つでも間違えば、致命的な損失を被るとも限らない」

 

「・・・・こと此処に至って、貴方達が失敗(しっぱい)することとは、もう我々の内輪(うちわ)だけで済まされないのよ。

だから、よく考えて、決断してちょうだい」

 

イルダの総括(そうかつ)()に、その場に沈黙が降りる。

 

作戦もいよいよ折り返しに差し掛かったこの時に、現状は順風満帆どころか背水の陣に陥っていると知り、誰もが慎重を期し、躊躇ってしまう。

 

だが、しかし。

 

このような苦境でこそ、誰より(まえ)へと進み出る者こそが、ハウンドスクワッドの最先鋒を担うジェットだった。

 

「誰もなんも言わないってんなら、今のうちに俺なりの判断を言わせてもらうかね」

 

決断に要した時間は数分。

 

それでも、だいぶ長く考えた方だった。

 

躊躇(ためら)う素振りもない言い草に視線が集まるも、物怖じなどしない。

 

数多(あまた)の死線をくぐり抜けて来たその胆力(たんりょく)で、素早く()本質(ほんしつ)を見極め、決定付けさせた。

 

だが、逆に言えば自分には精々()()()()()()と、ジェットには分かっていた。

 

「俺は、あいにくと単純な方だし、こういう遠回しな計画を考えるのは苦手だ。

その代わり、目の前の()った()ったになら、それなりの経験と(かん)がある。

()()()が言うにはこの(たたか)い、勝ち目しか見えねぇぜ」

 

「・・・・いつかも言ったように、私はクリサンセマムの代表。

たんなるハッタリに乗るような愚行は、出来ないわよ」

 

「だろうな。

だがイルダ、俺達はそんなあんたが()けると決めた、”猟犬”なんだろ?

そして、アインの旦那が手掛けた仕事(しごと)だってんなら、不安なんか無い。

信頼出来る仲間と、ミッションをこなす。

状況は、今までと何も変わってねぇさ」

 

「それが過分な評価でない、と言い切れるのかしら?」

 

「少なくとも、しくじれば命は無いってんなら、それもいつも通りってもんだ。

だったら、猟犬部隊(おれたち)は必ず勝つ。

俺は絶対に死なないし、誰も死なせやしねぇ。

此処まで勝ち残ってきた力で、最後まで駆け抜けてやるさ」

 

ジェットの答えは、いっそ楽天的なまでに自信(じしん)に満ちていた。

 

良く言えば、仲間達の(ささ)えを疑わぬからこそ、ただ目の前の課題へ全力を傾注できる。

 

そんな一本気(いっぽんぎ)に過ぎる言い分に対して、真っ先に反応したのは、(となり)仏頂面(ぶっちょうづら)だったユウゴ。

 

クッ、という声と共に破顔(はがん)し、最も信頼する相棒の大立(おおた)(まわ)りに、痛快そうに笑い出していた。

 

「確かにな。

俺達が綱渡(つなわた)りなのは、今に始まったことじゃない。

そして、コイツがこう言う戦いに、負けた試しは無い。

・・・・だよな?」

 

「おう。

(さい)は投げられた、ってな」

 

殆ど、無謀と紙一重。

 

巷では奇跡的とすら言われる結果を重ね続けられているからこその余裕(よゆう)で笑い合う2人。

 

そんな有り様を見たイルダは、やがてふぅ、吐息を吐くと共に、呆れた風な笑みを浮かべていた。

 

「――――結局のところ、”とっくに一蓮托生(いちれんたくしょう)”、だったわね。

そして、そんな状況でも恐れず駆け抜けていく貴方達に、経営者としての私も賭けた」

 

「その期待を、俺達が裏切ったことは無い。

まぁ、()()()()()()は、だがな」

 

ユウゴらしい皮肉っぽい冗談に、縁起(えんぎ)でもない、と言わんばかりに肩を竦めるイルダ。

 

すると、アインもまた、ふと微笑んだ。

 

本当に微かな変化で、それなりに付き合いがなければ気付かないだろうほどである。

 

「単純な理屈だが、核心を突いてはいる。

話がどこまで大きくなろうが、我々はただ、己に出来ることをやり抜くのみ、だ」

 

 

 

――――斯くして、三者に突きつけられた重大な決断は、ここに合意(ごうい)を得る。

 

となれば、後は今まで通りに力を出し合い、課せられた重責に応える結果を築き上げるのみであった。

 

 

 

「それで、アインさん。

ゲルギアシステムの調整には、どれくらいの時間がかかる?」

 

「作成した高次稼働状態(こうじかどうじょうたい)のシミュレーションデータを、ジェットの神機(じんき)にフィードバックさせる。

この船の設備と人員を借りられたなら、ミッションの出発までには間に合う計算だ」

 

「もちろん、構いません。

此方(こちら)としてもメリットの大きな話ですし、協力は惜しみませんわ」

 

「ならば、重ねて言うが、この技術はあくまでも極秘(ごくひ)の段階だ。

もしも、これが”バラン”辺りに漏れれば、またどのような暴走に繋がるとも限らないのでな」

 

話題に上らせた忌み名、バランは作戦に参加する有力(ゆうりょく)なミナトの1つだったが、しかし研究と成果を求めるあまり、時に手段を(かえり)みない悪辣(あくらつ)さを現す陣営でもあった。

 

そして、ジェットにとっては何より、利益の為だけに仲間や弱い者を平気で(もてあそ)ぶようなやり(くち)を許せはしなかった。

 

「確かに、フィムやルルへの扱いを見るに、どんな無茶な使い方をするか分かったもんじゃねぇぜ」

 

「そういうことだ。

・・・・ともかく、ゲルギヤシステムの調整には細心の注意を払っているが、どうしてもイレギュラーの可能性は拭えん。

だが、しかしそれを差し引いたとしても、九割以上の安全性は保証しよう」

 

「なら、裏目は一割未満、か。

しかもアインさん肝入の仕事だってなら、乗るには十分な勝負だ」

 

「あくまでも、この技術は”神機使い”を助けるものと見做(みな)し、研究を進めている。

まだ試作品とはいえ、商売相手にそんな物を押し付けた上で不義理(ふぎり)を為したとあっては、ダスティミラーの沽券(こけん)にも関わるのでな」

 

「――――それでは次に、グレイプニルからの航路計画が送られてきました。

今後行われる、第3フェーズの(かなめ)・・・・限界灰域(げんかいかいいき)深層(しんそう)の古いルート情報よ。

詳細は新たな観測結果次第とはいえ、やはりこの内のどれかの航路を開拓することになるでしょう」

 

「俺達の戦力だったら、どんなルートでも大差は無ぇさ。

だったら、此処は――――」

 

 

 

会議はやがて、いよいよ近付く作戦の佳境へ向け、その地盤固めと展望についての意見交換へと移る。

 

今まで以上に過酷な行程へ挑むとなっても、三者の意気は一層の(ねつ)を帯びていく。

 

時代を動かす程の大舞台、それに臨む主役(しゅやく)とばかりに、躍進(やくしん)の算段を練り上げるのだった。

 

 

 

>> To be Continued....

 

 

 

 




・Tips.3

「クリサンセマム」

イルダ・エンリケスが代表(オーナー)として保有する灰域踏破船。
及び、同名の運送事業団体と、その活動拠点(ミナト)を指す名称。
前者、クリサンセマムのキャラバンの中核(ちゅうかく)をなす巨大装甲車両は、同型のモデルと比べて軽量化に重点を置き、高い機動性を持つ。
その質実剛健なメカニズムに加え、灰域(かいいき)はもちろんアラガミの襲撃にも高い防御性(ぼうぎょせい)を発揮する対灰域装甲板(たいかいいきそうこうばん)を装備。
内部には貨物車両として十分なキャパティシーと、最新鋭の”高性能感応波(こうせいのうかんのうは)レーダーシステム”を搭載することで、特筆すべき探査性能(たんさせいのう)を有する。
乗組員の居住施設も不足なく備えており、時に長期間に渡る灰域の荒野の強行軍(きょうこうぐん)をも頼もしく遂行する。
そして後者(こうしゃ)のミナト・クリサンセマムについては、主に小・中規模の運送事業を請け負う一方で、身寄りのない孤児達の保護・養育活動も積極的に行っている。
その誠実な業態から、まだ歴史の浅い事業者(じぎょうしゃ)ながらもミナト・ダスティミラーなどの有力な団体と関係(かんけい)を構築し、業績(ぎょうせき)も順調に伸びているようだ。
最近では、異例の金銭契約にてAGE部隊・ハウンドスクワッドを傘下(さんか)に収めたのを皮切りに、灰域内の航路開拓事業(こうろかいたくじぎょう)にも参加。
急速に収益と資本を拡大し、その存在感を増している。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。