GODEATER3>>Remember Chains.   作:志乃木千進

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#5 >> 「Hound's another sailings.」 Part.2

こうして、カミルとの”取引”を行うべく、ジェット達は一旦、クリサンセマムへと引き返した。

 

本来の目的である通信設備の確認もそこそこに、「貴重な食料を大量に持ち出したい」と切り出されたイルダの顔は、驚くやら呆れるやら。

 

身の安全を確保するための()()()()だの、ユウゴが必死に口八丁(くちはっちょう)を並べてはみたものの、その高すぎる”情報量”に頭を抱えていたのは言うに及ばずだろう。

 

「ついでに、”フェイス”にも相当にぼったくられたけどな・・・・」

 

と、ぼやくユウゴの脳裏(のうり)(よぎ)っているのは、クリサンセマムに居着いている女行商人(おんなぎょうしょうにん)()()()な笑顔であろう。

 

――――フェイスとは、その(スジ)では知られた商売人姉妹(しょうばいにんしまい)の、(あね)の方である。

まだ若いが、定番品の質と量を重視し、また”極めて堅実な商い”をする()()()であった。

ちなみに、今回の騒動に居合わせてしまったことに対しては、非難轟々(ひなんごうごう)

放浪癖(ほうろうへき)(いもうと)と違って奇品・珍品など扱わないし、こんな場所に閉じ込められては商売上がったり」だなどと、散々ボやいていたらしい。

そして、今はハウンドスクワッドからの大口注文を受け、損失の補填(ほてん)を成したことで、にわかに機嫌が回復したことも言い添えておこう。

 

「ま、お陰でこの先、(へん)に根に持たれずに済みそうだ。

・・・・それにイルダだって、()()()()()()に金を使うのを、嫌とは言わないだろうさ」

 

斯様(かよう)にして、ジェット達は大量の食料を抱えて、カミル達の元へと引き返したのだった。

 

 

 

 

「――――本当に持ってきたのか、お前ら・・・・?」

 

「おう。

さぁて、どうする?

こちとら文字通り、売るほどあるぜ?」

 

「ごはんっ、おかしっ、ぱーちっ!!」

 

果たして、ウキウキワクワクなフィムを先頭に、大荷物を抱えて現れたジェット達へ、カミルは怪訝(けげん)そうな顔でしばし逡巡(しゅんじゅん)する。

 

だが、やがて観念したように踵を返すと、セキュリティゲートを操作する。

 

すると、巨大で重厚な鉄扉(てっぴ)が、音を立てて開いて行き、遂にその内部が明らかになる。

 

 

 

「――――()()()、か」

 

 

 

ジェット達にしか聞こえないくらい、微かに呟くユウゴ。

 

一行の()()()()、ゲートの向こうに広がっていたのは、既に放棄されたような監獄だった。

 

整然と並んだ独房の扉は開け放たれており、監視の人員もいない。

 

電気や空調は生きているも、見るからに不衛生な環境で、使い古しの生活用品が通路や独房内に乱雑に広がっている。

 

光量が足らずに辺りは薄暗く、そのあちこちの物陰からは、見知らぬジェット達を(うかが)う視線が覗いていた。

 

「皆、出てきていいぞ!!

こいつらは、(なに)もしてこない!!

取引して、食べ物を持ってきたんだ!!」

 

「ホントだよ!!

この人たちは、怖いことはしないよ!!」

 

カミルと、先程の少年も一緒にって、大声で()()れる。

 

するとようやく、寝台の下や、小さなチェストの後ろといった場所から、小さな人影が幾人も這い出してくるのだった。

 

「子供、ばっかり・・・・?」

 

「”ペニーウォート(ウチ)”のガキ共と一緒だろう。

AGE候補(エイジこうほ)として、此処に囚われていたんだろうさ」

 

唖然として呟くクレアに声を掛けるユウゴ。

 

気のせいか、その声は強張(こわば)っているようだった。

 

そしてルルもまた、僅かに目を細めながら、この過酷な環境を見渡す。

 

「どの子も、まだ幼いな。

それにこの人数・・・・カミルが気を張っていたのも理解できるな」

 

「・・・・服はビリビリ、道具はオンボロ。

腕も足も細くってよ。

・・・・ったく、()()()()()()()じゃねぇか」

 

今回はついてきたジークも、つい声音に不機嫌さを滲み出させてしまう。

 

そしてジェットは、集まってくる興味と、それ以上の(おそ)れの視線を前に、その場にどっかと胡座(あぐら)を組んでみせた。

 

「そんじゃ、早速”商談”と行こうぜ、カミル」

 

「おい、こんな所でか?」

 

「広くていいだろ?

皆に(メシ)を配るのにも便利だ」

 

「わーい、ぱーちぱーち!!」

 

ちなみに、フィムが言っている”ぱーち”とは勿論、皆でご飯を食べて楽しむ行為のことを指している。

 

フィムが最も楽しみにしていることの1つでもあった。

 

「も、もうジェット!?

ほら、フィムが真似しちゃうから・・・・っ」

 

「ははっ、まぁ良いじゃねぇか。

フィムも腹減っただろ?

とりあえずお菓子と・・・・で、俺は――――」

 

荷物袋から真っ赤なボールを取り出すジェット。

 

無論、これで遊ぶつもりなどでなく、自分の食べ物である。

 

「これ、知ってるか?

リンゴ、っていう果物(フルーツ)なんだと。

ちょいと固めだが、旨いんだ」

 

「おい、ずりぃぞジェット!!

俺だって、いい加減に腹ペコだっての!!」

 

言うや否や、ジークも荷物袋を放りだして座り込み、さっさと糧食(レーション)を取り出して(かじ)()く。

 

そんな、なんともせっかちで行儀(ぎょうぎ)の悪い様子に、クレアは頭を抱えていた。

 

しかし、こういう時に一緒に小言(こごと)()れるユウゴは、今回はジェット達の味方であった。

 

「ま、あんま気にすんなよクレア。

こんな人数がいたら、椅子だって足りない。

取引とは言え、此処は無礼講と行こう」

 

「まったく、もう・・・・。

・・・・ちょっと、見えちゃわないかな・・・・」

 

観念したように小声で呟きつつ、座り込むクレア。

 

そのまま、何度かの調()()(こころ)みた後、改めて荷物袋から幾つかのお菓子を取り出した。

 

「ねぇ、フィム。

これを持って、向こうの子達に挨拶してきてみたら?」

 

「あいっ!!

”ぱーち”は、みんなでおいしくたべますっ」

 

ビシッ、と敬礼をしたフィムは、お菓子を抱えて独房の子供達の方へ駆けていく。

 

「えとっ・・・・フィムは、フィムですっ。

このたびは、こんにちわ、していただきますっ。

んー、と・・・・おかし、ごいっしょに、たべよ!!」

 

誰の真似なのか、なんだかかしこまった挨拶風(あいさつふう)に、子供達へ話しかける。

 

その様子に、ジェット達はひっそりと注意を向ける。

 

子供の警戒心を解くには子供、とは思えども、フィムの姿()のことも考えると、(いささ)か不安があることは否めない。

 

ともかく、話しかけてきたフィムに対し、子供達はおっかなびっくりな様子のようだった。

 

しかし、ややあって1人の少年が、意を決して声を発していた。

 

「・・・・食べて、良いの?」

 

「いいよ!!

いつもはちょっとだけだけど、きょうはいっぱいいいよ、って。

いひひひっ」

 

無垢に笑うフィムから、お菓子を手渡される少年。

 

彼は、恐らく見たこともない食べ物の包み紙をおずおずと剥がし、そして意を決して齧り付く。

 

そしてその途端、目を輝かせ、素っ頓狂な声を上げていた。

 

美味(おい)しぃっ!!」

 

少年は、無くなるのを惜しむように少しづつ、されど絶え間なく食べ進める。

 

そんな姿が、(つい)に呼び水となった。

 

「あ、あたしも、欲しい!!

ちょうだい!!」

 

「僕もっ!!」

 

そして、フィムが抱えていったお菓子はあっという間に子供達に行き渡り、皆で舌鼓を打ち始める。

 

盛り上がっているその輪の中で、もうフィムはすっかり彼らと打ち解けられているようだ。

 

「――――あの、僕達も食べて良いですかっ?」

 

「良いよ。

まだいっぱいあるからね」

 

やがて、遠巻きに見ていた他の子供達もやって来て、クレアやルルから菓子を受け取り、口々に美味しさを伝え合い、食べ進めている。

 

ひとまず、ジェット達の目論見(もくろみ)は成功を収めたようだった。

 

「さぁて、お前もなんか食いな、カミル。

せっかくの情報料なんだぜ?」

 

「・・・・これで、貸し借りは無し、だぞ」

 

大喜びの仲間達の様子にため息をついたカミルは、ジェットと同じく床に座り込み、真っ赤なリンゴを手に取る。

 

そして、手本とばかりに先に齧り付くジェットのマネをして、リンゴに歯を立てた。

 

(かた)い」

 

「おう。

上手く食うには、コツが居るんだ」

 

「・・・・けど、旨いな」

 

斯くして、フィムの言っていた通りにその場は”パーティ”の様相となり、監獄に似つかわしくない和気藹々とした声に満ち溢れるのだった。

 

 

 

「――――身銭を切った甲斐はあった、な」

 

「おう」

 

こんな打ち捨てられた場所では、そのやせ細った身体では、(えん)すらなかったろう食事に、子供達は皆、幸せそうな笑顔を浮かべ合う。

 

そんな光景に、分かりやすく頬を緩ませているユウゴ。

 

その隣で、ジェットも満足気に微笑みながら、またリンゴを齧った。

 

監獄の子供達は、もうすっかり警戒を解き、滅多にないたくさんのご馳走に(きょう)じていた。

 

特にフィムは、その天真爛漫(てんしんらんまん)さで、もうすっかり談笑の中心になっているようだ。

 

しかし、その一方で。

 

クレアやルル、ジークはともかく、顔も見た目も(いか)ついジェットとユウゴには、子供達はあまり寄り付こうとしていなかった。

 

「お前はともかく、俺までこうも(なつ)かれないってのはちょいとショックだな・・・・」

 

「ったく、ほっとけ。

・・・・しかし、ジークのやつはそうでもなさそうだな」

 

「アイツの場合、昔からそうだったしな。

まぁ、()()んだろ」

 

するとその時、子供達に取り巻かれながらレーションを齧っていたジークが、何やら不機嫌そうに帰って来る。

 

「おいお前ら、何を揃って陰口言(かげぐちい)ってんだよ?

言っとくけど聞こえてるからなっ」

 

「はっはー、見損(みそこ)なうなよ。

お前相手に、今さら隠す事なんか()ぇさ」

 

「分かってやってるなら余計に腹立つわっ!!」

 

「――――なぁ」

 

すると、傍で粛々と食事をしていたカミルが、ふと呟いていた。

 

「・・・・お前達は、いつもこうやって騒いで、あんなに楽しそうにしてられるのか」

 

笑顔に溢れている監獄の中を見詰め、何処か(くや)しさを滲ませているような彼へ、ジェットがその思惑(おもわく)を察して答えようとした、その時。

 

「おとさんっ」

 

それよりも前に、トテトテとフィムが駆け寄って来る。

 

「嬉しそうだな、フィム?」

 

「あのね、おとさんたちのこと、みんなにゆった!!

おとさんたち、とってもつよくて、かっこいい、って!!」

 

その後ろには数人の子供達がついて来ていた。

 

フィムの話を聞いて、好奇心が勝ったのだろう。

 

「フィムちゃんの、お父さん?

すっごい強い、”クリサンセマムの()()()”、っていう人?」

 

「その、首のマフラー、長ーい!!」

 

灰域種(かいいきしゅ)アラガミだって、1人でトーバツしちゃうんでしょっ?」

 

「でもでも、ジークも凄く強いんだって!!

どんなアラガミだって、1人で纏めて”ドーン”ってする、って言ってた!!」

 

ほーん、と一同は、ジークの方を見やる。

 

誰も彼もが物申(ものもう)したげな眼差しで、ジークはあからさまにたじろいだ。

 

「べ、別に嘘なんて()いてねーしっ。

お、俺様のハンマーの威力だったらなぁ・・・・!!」

 

「・・・・やれやれ、まぁな。

だが、それは(はなし)尾鰭(おひれ)、ってやつだ。

確かに俺もジークも強い方だが、なにも一人で全部こなしてきた訳でもない。

俺達には仲間が・・・・ハウンドスクワッドがいるから、そういうデカい仕事だってこなせるんだ」

 

言いながら、ジェットはカミルに目をやった。

 

これを、先の質問の答えにするつもりだった。

 

「――――こうなるまで、色んな事に出くわしたが、一人(ひとり)ひとりが力を発揮して、切り抜けてきたんだ。

簡単じゃぁ無いが、特別なことでもない。

お前達に、それにカミルだって、大きくなったら出来るようになるさ」

 

「ほんとぉっ?」

 

「私も・・・・フィムのお父さん達や、”ユリハお姉ちゃん”みたいに、なれる?」

 

「おう。

現に、俺達は軍人でもなければ、ミナトのクソ官吏共(かんりども)とも違う。

お前達と同じ、こういう場所で育ったAGE(エイジ)、なんだからな」

 

子供達やフィムは、目を瞬かせて聞き入っていた。

 

だが、その一方で、カミルは沈痛(ちんつう)な表情で(うつむ)き、誰にも聞かせたがらないように呟いていた。

 

 

 

「・・・・俺達に、そんな時間なんて無いんだ・・・・」

 

 

 

――――その時だった。

 

監獄のセキュリティゲートが、大仰(おおぎょう)な音を立てて開き始める。

 

そして開いた扉の向こうから現れたのはやはり、亜麻色(あまいろ)の髪を揺らす女性だった。

 

「「「ユリハお姉ちゃん!!」」」

 

その姿に、子供達はこれまでよりもひときわ喜びを(あらわ)に、口々に呼び掛けながら駆け寄っていく。

 

ユリハは、そんな彼らをしゃがんで抱きとめつつ、眼を丸くして監獄内を見渡した。

 

「み、皆・・・・!?

これは、いったい・・・・」

 

「・・・・ジェット。

彼女が現れた、ということは・・・・」

 

「さぁて、な。

ルル達は、それとなく辺りを警戒しといてくれ。

ユリハとは、俺が話をする」

 

一先(ひとま)ず、再び奇襲を受けないよう手を打った上で、ジェットは徐ろに立ち上がり、ユリハの下へと歩んで行く。

 

「貴方・・・・ジェット・・・・っ」

 

「随分と皆に(なつ)かれてるんだな。

それで、()()()()()はもう寝かしつけたのか?」

 

「え、ええ。

あの、これは、一体・・・・?

これだけたくさんの食べ物を、どうして・・・・っ」

 

「なんのことはねぇさ。

全員そろそろ腹が減ってたし、ついでに此処の皆にもお裾分(すそわ)け、ってな。

どうせなら、ユリハも食って行きな。

だいぶ減っちまったが、まだ色々残ってるからな」

 

「はい、ユリハねぇちゃんのおかし!!

この”チョコレート”っていうの、すっごくおいしいの!!」

 

ユリハに抱きつき、屈託ない笑顔でお菓子を差し出す少女。

 

他にも、その場の子供たち皆が幸せそうに笑っているのを見て、ユリハは眼を丸く見開く。

 

そして、戸惑い、彷徨(さまよ)わせた視線が、未だジェットに残っている幾つもの傷跡に向く。

 

「その、傷っ・・・・さっき・・・・シャロンに・・・・っ」

 

「ん、ああ。

まぁ、うっかり気を抜いちまった()()みたいなもんだ」

 

「――――あぁ・・・・本当に・・・・ごめんなさいっ。

貴方は・・・・貴方達は、私達にこんなにも良くしてくれて・・・・なのに、私は・・・・」

 

ユリハの瞳は(うる)み出し、そしてその目元は既に赤く()()らされていた。

 

一体、何が彼女をそこまで追い詰めるのだろうか。

 

そして、声を震わせるユリハは、(たたず)むジェットへ歩み寄ろうとする。

 

だがその前に、ユウゴの低い声が(さしはさ)まれた。

 

「悪いが、礼なら要らない。

俺達が求めているのは、()()だ」

 

振り返るジェットへ、少し(たしな)めるような鋭い一瞥(いちべつ)を送り、ユウゴは言葉を続けた。

 

「カミルにも言ったが、これはあくまでも俺達の”取引材料”だ。

そろそろ、こちらが提供した物資の、見返(みかえ)りを貰いたい」

 

あからさまに躊躇い、俯くユリハ。

 

ユウゴは、尚も鋭く切り込んだ。

 

「アンタ達の状況は、此処まで見てきて大体分かっている。

おそらく、このグラジオラスという場所は、もうまともに管理もされておらず、監視の人間すら残っていないんだろう。

それどころか、本来ならミナトの守備戦力であるAGEすら、もう()()()()()()()、だな?

そして、なにやら”妙な兵器”を持っているようだが、もはやそれでも外のアラガミの()れに対処し切れず、アンタ達は少ない備蓄物資(びちくぶっし)を頼みに、此処に閉じ込められている」

 

「・・・・その通りよ。

カミル・・・・皆をお願い」

 

「ユリハ・・・・」

 

ユリハは、傍に寄り添っていたカミルへ、意を決したような声音で告げる。

 

それから、おそらくこの監獄の(まと)(やく)なのであろうカミルの呼び掛けで、子供達は直ぐに遠ざけられた。

 

それを見届けて、ユリハはいかにも真摯(しんし)に姿勢を(ただ)し、決然として口を開いた。

 

「お答えします。

この、グラジオラスに(まつ)わる出来事を」

 

 

 

――――決心したユリハを加えて、ハウンドスクワッドの面々は地面に腰を下ろして、輪を作る。

 

まずは参謀役(さんぼうやく)であるユウゴが、情報を得るべく口火(くちび)を切った。

 

「順を追って聞きたい。

まず、此処は何なんだ?

なぜ、限界灰域深層(げんかいかいいきしんそう)のミナトが、未だに稼働している?」

 

(しか)り、まず前提として、限界灰域とは活性化した喰灰(しょくかい)坩堝(るつぼ)と言うべき、極地(きょくち)である。

 

あらゆるものは瞬く間に捕喰(ほしょく)され、拠点を作ることなど不可能。

 

だからこそ、長く放棄されて来た地域であり、今回のグレイプニルの作戦においても、生存者探索は端から無視されていた。

 

1つ頷いたユリハは、徐ろに語り出す。

 

「確かにこのグラジオラスは、かつての”厄災(やくさい)”に始まる混乱(こんらん)の中で、放棄されたわ。

・・・・もう何年も前、(わたし)は”サテライト拠点(きょてん)”と言われていたこの場所で、生まれ育った。

けど、徐々に拡大していく灰域に対抗するため、ミナト・”グラジオラス”として改修(かいしゅう)された。

そして・・・・私も、AGEとなったわ」

 

おそらくは、当時の記憶を振り返り、苦渋(くじゅう)の表情を(うかが)わせるユリハ。

 

それは、ジェットにとっても(おぼ)えのある感覚であり、(いた)みにも似た記憶が思わず呼び覚まされ、口をついて漏れ出ていた。

 

「・・・・なんでもかんでも、すごい勢いで無くなっていく頃だった。

逃げて、隠れて、それでもアラガミと、灰域(かいいき)からは逃げられない。

神機使(じんきつか)いすら、黒い”(けむり)”に喰われちまう。

そんな時代に放り出された、無力なガキが生きていくには、当時まだ定着率の低かったAGE(エイジ)の実験体になるしかなかった。

・・・・いや、()()()()()、か」

 

「大人も子供も、どんどんいなくなっていった。

誰も、守ってくれない。

そんな余裕なんて無い。

生きる為には何でもやって、それでも、物も人も、何もかもが尽き果てていくんだ。

・・・・俺達は、遂に根絶(ねだ)やしにされるんだって、皆が言っていた」

 

ジェットとユウゴの重苦しい声に、誰もが押し黙ってしまう。

 

()しくも、この場にいるのはほぼ同世代のAGE達である。

 

誰もが、当時の”厄災”――――喰灰(しょくかい)のゼロ・アワーから今まで、己が潜ってきた辛苦(しんく)を振り返り、沈み込んでいた。

 

「・・・・酷いよ、そんなの・・・・っ」

 

そしてただ1人、”普通の神機使い(ゴッドイーター)”であるクレアは、その証である片方(かたほう)だけの腕輪(うでわ)を握り締め、AGEの”悲劇”への哀しみと憤りを顕にした。

 

「・・・・あの頃は、どこもかしこも混乱して、沢山の人達が喪われてしまった。

それを食い止めるためには、手段なんて選んでられなかった、って・・・・知識(ちしき)としては知ってるつもりだった。

でも、だからって・・・・あんな子供達に、痛みを強いて、使い捨てていたなんて。

世界を、人類を守るための”神機使い(わたしたち)”が、その責任を人に背負い込ませて、理解(りかい)(こば)んでいた、なんて・・・・」

 

 

 

――――当時、新しい技術であるAGEの運用が確立するまで、人類(じんるい)は成功を遥かに上回る失敗と、犠牲とを積み重ねた。

 

そして、その時の恐怖と喪失は今日(こんにち)までも(あと)を引き、AGEへの差別的意識(さべつてきいしき)として、人々の中に根強く(のこ)ってしまっている。

 

だが、クレアは今、改めて突きつけられたその事実に、激しい動揺を顕にする。

 

確かに、この中でクレアだけは、家族(かぞく)組織(そしき)庇護(ひご)の下で育って来た。

 

だからといって、結局は”外側の人間”だと一線(いっせん)()く理由にはならないだろう。

 

むしろ、だからこそ彼女は、(ちか)しい人の(ぬく)もりと、それを(うしな)う事の意味をよく知っている。

 

そうして内外(ないがい)の視点が合わさればこそ、あの当時の犠牲とは尋常(じんじょう)ならざるものだったと、正しく(はか)れるのかも知れない。

 

「・・・・クレア。

ありがとう、私達の事を、(おも)()ってくれて」

 

ユリハの謝辞(しゃじ)に、戸惑いながら目を伏せるクレア。

 

この現実と、これまでの言葉をどう受け止めれば良いのか、(うつむ)く彼女に、心配そうなフィムがそっと寄り添っていた。

 

ジェットも、今はそんな湿っぽさを遠ざけようとして、(かぶり)を振った。

 

「悪い、話を逸らしちまったな。

ともかく、普通のミナトならAGEは厳重に拘束され、監獄も管理されてる筈だ。

此処は、どうも違うみたいだな?」

 

「・・・・その理由はきっと、此処の統領(オーナー)が、私達に()()()()()()()、ね」

 

ジェットの話に、ユリハは胡乱な言葉を返していた。

 

「このグラジオラス周辺は、周囲の山岳と気流の関係で、喰灰(しょくかい)の影響を軽減できていた。

けれど数年前、とうとう活性化した灰域の濁流・・・・”灰嵐(かいらん)”に呑まれ、大きな被害を被ったわ」

 

「・・・・あんなんを食らって、よく生きてたな」

 

「幸運、だったのかも知れないわ・・・・」

 

灰嵐の威力をよく知るジークが、思わず眉を顰める。

 

しかし、対するユリハの言い草は、まるでそうして()()()()()()()()()のを皮肉るかのようだった。

 

「――――ミナトとしての機能はほぼ失われ、当時の施設上層部は、早々に脱出してしまった。

・・・・私と仲間達は、ただ死を待つばかりで、取り残されてしまったわ。

だけど、幸いそれから少しして、グラジオラスに”技術者の集団”が訪れたの。

彼らは破壊された設備を修繕し、自分達が使う為に接収したわ。

そして、ミナトの資材である私達にも、最低限度の管理が施されるようになったのよ」

 

「・・・・そうして一先ず、拠点としての運用はされ始めた。

にも関わらず、今以(いまもっ)て何の交流や取引も無いとすれば・・・・やはりどうにもきな臭いな」

 

現状にまで繋がりそうなユリハの説明を聞いても、ユウゴは尚も疑問を(てい)した。

 

「一時的ならまだしも、年単位(ねんたんい)でミナトを運用するなら、継続的な物資補給が不可欠だろう。

だが、グラジオラスは未だに孤立(こりつ)していて、そしてそもそもその防衛と維持に欠かせないAGE部隊についても、()()()()()と来ている。

・・・・おそらく、それがまかり通っている原因は、例の”兵器”と、あのシャロンにある。

違うか?」

 

鋭い考察と共に、(ゆる)みなく追求するユウゴ。

 

そこへ更に、黙っていたルルが口を開いた。

 

「気になるのは、シャロンの様子が、フィムとは大きく(こと)なっていることだ。

個体差(こたいさ)(くく)ってしまうには、あの状態は明らかに尋常ではない。

もしも・・・・此処(ここ)に、フィムまでもをあのような姿にさせてしまう原因があるのなら・・・・私は、それを看過(かんか)するわけにはいかない」

 

ルルが胸に秘めた想いが、その言葉に鋭さを帯びさせていた。

 

対して、ユリハはその追及にぐっと押し黙り、俯く。

 

そして彼女はふと、この話し合いの輪に寄り添うフィムを見遣(みや)る。

 

その表情は、昔を懐かしむようであり、そして酷く悲しんでいるようでもあった。

 

「・・・・貴方の言う通りよ。

グラジオラスが修繕された、その”本懐(ほんかい)”とは、貴方達が言う”兵器”の、実験場(じっけんじょう)へと作り変える為のものよ。

この施設も、私達が生かされているのも・・・・シャロンがああなってしまったのも・・・・全てはあの、”ローレライ”を完成させる為なの・・・・っ」

 

「ローレライ・・・・?」

 

ひどく躊躇(ためら)い、苦しみながら、それでもユリハはこのグラジオラスの真相を、遂に語り出す。

 

まさに、その刹那。

 

 

 

< ヴォオオオオ・・・・―――― !!!!>

 

 

 

耳を(ろう)するように大きく、低く、けたたましい警報が鳴り響いていた。

 

和やかな雰囲気だった監獄はにわかに恐慌(きょうこう)に呑まれ、子供達は悲鳴を上げ、独房や物陰に逃げ帰る。

 

そして、ユリハはにわかに血相(けっそう)を変え、(ひど)く怯えた様子で天を仰いだ。

 

()()()()っ、そんな・・・・ シャロンっ !!!!」

 

「何だってんだ!?

何が起こってる、ユリハ!?」

 

ジェットの問いにも答えず、ユリハは狼狽(うろた)えて立ち上がり、ゲートの方へと駆け出していた。

 

ほぼ同時、全員の無線機に、エイミーの声が飛び込む。

 

<皆さん、直ぐに船へ戻ってっ!!!!

グラジオラス周囲のアラガミが、一斉に行動を再開!!!!

それに応じて、ミナトの中心部に高エネルギー反応!!!!

あの”兵器”が、起動準備を開始したものと思われますっ!!!!>

 

「なんだと・・・・!?

くっ、全員すぐに戻るぞ!!

あんなものを、直下(ちょっか)で喰らう訳には・・・・っ」

 

<先輩達、聞こえるっ!?

あの兵器の影響から、クリサンセマムを保護するシールド機能を作ったんだ!!

船にさえ戻れば、被害は軽減できるはずだよ!!>

 

「まじかよ、キースっ!?

やっぱお前は天才だぜ!!」

 

なんと、1日経たずにこの危機への対抗策を完成させたと言う弟の活躍に、大喜びのジーク。

 

一先ず、これで仲間達の安全の目処(めど)は立った。

 

ならば、とジェットは、とある決断と共に声を発する。

 

「ユウゴ。

お前は皆を連れて、()()()()()()

 

言うや否やに1人駆け出すジェットの背に、クレアは叫ぶ。

 

「何をするつもりなの、ジェット!?」

 

「ユリハを追う!!

アイツだけ、ほっとけねぇだろ!!」

 

「な、何言ってるの!?

――――待って、ジェット!!」

 

開閉にもたつくゲートが幸いし、ジェットはどうにかユリハが開けたのと同じ周期(しゅうき)に滑り込む。

 

「エイミー、その兵器の起動ってのは、どれくらいかかる!?」

 

<わ、分かりません。

でも、前回起動時と比べて、出力上昇は緩慢(かんまん)なようです。

エネルギー充填に時間がかかっているのかも・・・・>

 

「そりゃありがたいな!!

どうにか出来る時間はありそうだっ!!」

 

持ち前の脚力を以て、施設通路を全速力で走るジェット。

 

先に行ったユリハの気配も、どうにかまだ追えている。

 

おそらく、彼女は逃げ出したのなどでなく、どこかを目指(めざ)して動き出したのだろう。

 

そして、さっきの表情・・・・恐怖と必死さとは、()()()()()()()()

 

初めに出会った時、そしてあの”ローレライ”とやらを止めた時のように、危機(きき)(さき)()()()の為に走ろうとしている、筈だった。

 

(――――結局、ただ俺の勘でしかねぇ。

だが、放ってはおけねぇ。

彼女も、そして彼女が心配してる、”もう一人”もよ・・・・!!)

 

 

 

ユリハは、このグラジオラスの中心部へと向かっているようだった

 

辛うじて、彼女の物音や、通過の痕跡を追うジェットは、(さび)れた通路や広間を幾つも走り抜ける。

 

そして、もう何個目かのゲートを潜ったその時、突如として見える景色がガラリと変化した。

 

廃墟も同然だった景観から、極めて清潔で無機的な通路へと切り替わり、隅から隅まで管理の行き届いた鮮明な電灯で照らし出されていた。

 

いよいよ、接近禁止だとか言われていた”中央施設”にまで辿り着いたらしい。

 

そして、ユリハの気配はもうすぐ其処にあった。

 

「――――待って!!

止めてください、”トレイズ”博士!!

シャロンを連れて行かないで!!」

 

行く手に、監獄のゲートと同型ながら(はる)かに状態の良いものが1つ(ひら)かれ、その中からユリハの悲鳴が木霊(こだま)していた。

 

大仰(おおぎょう)な鉄扉が据えられている割に、その内部は手狭であり、真っ白で、清潔なだけの独房(どくぼう)があるのみ。

 

その空間を間仕切(まじき)っている透明な壁に手をつき、ユリハは必死に叫んでいた。

 

そして、独房の真ん中には寝台が1つだけあり、周りの白一面に同化するような、真っ白なヒト型が拘束されていた。

 

「ローレライを起動したのは、まだほんの数時間前でしょう!?

もっと休ませないと・・・・でないと、シャロンは!!」

 

「――――っ!?」

 

ジェットは、真っ白な独房の中に、寝台とシャロン以外にもう1つ、大きな姿があることに気付く。

 

白色の金属装甲を纏い、アラガミの少女が横たわる寝台を機械の腕で持ち上げる、異形の巨人。

 

おそらくそれは、ジェットも初めて見る、大型警備機械(ガードロボット)という奴だった。

 

「お願いっ!!!!

トレイズ博士、お願いです!!!!

シャロンは、もう限界なのっ!!

それ以上、ローレライを使わせては、シャロンは・・・・シャロンでなくなってしまうわ!!」

 

その時、半ば泣き叫んで訴えるユリハの声が届いたように、ガードロボットは歩みを止めた。

 

頭部の赤い(ひと)()のようなセンサーカメラが光り、どこからかスピーカー越しらしい音声が響く。

 

<”実験体・D-29”。

その部外者をラボへ近づけるなと言っておいたはずだ>

 

「ジェット・・・・っ!?」

 

冷徹な男性の声らしきに、驚いて振り返るユリハ。

 

その一方で、ガードロボットはただそれだけを告げるや、独房の奥側の大型ゲートへ、再び足を進め出す。

 

「だ、ダメっ!!!!

連れて行かないで!!!!

今直ぐ、私が出撃します!!

アラガミを此処には寄せ付けませんからっ!!!!」

 

<勝手にすれば良い。

私としては、AGEの役目()()()のために、残り少ない実験材料を使いたくもない>

 

「どうか・・・・30分、待ってください!!

直ぐに、アラガミを撃退してみせますから!!」

 

あたかも(ゆる)しを得られたかのように声を上げ、駆け出そうとするユリハ。

 

その腕を、ジェットは強く引っ掴んでいた。

 

()()だ、止めときな」

 

「・・・・何を、言っているのっ。

放してっ!!

私は・・・・私が、行かなきゃ!!!!」

 

「冷静になれ。

外のアラガミの群れは、とんでもない数なんだ。

アンタ1人じゃ・・・・いや、例え俺達全員が出ていったとしても、勝ち目は無ぇよ」

 

「いいから、邪魔をしないでっ!!!!

だって、私がいかなきゃ、シャロンがっ――――!!!!」

 

ジェットの冷静な分析に、しかしユリハは激しく動揺し、声を荒げる。

 

すると、その時。

 

図らずも、2人の視線が独房内へ向いたのと同時、寝台の上のシャロンが動いた。

 

真紅の瞳を向け、混乱するユリハと、その隣のジェットを見る。

 

その途端、ジェットの身体に、キン、という強い不快感(ふかいかん)が走っていた。

 

シャロンは、まるでユリハの意思を否定し、強引に引き止めているジェットを威嚇するように、顔を歪ませ、牙を剥く。

 

(しか)り、おそらくこの感覚とは、彼女の”感応波(かんのうは)”が向けられている状態なのだろう。

 

強度こそ弱いも、”ローレライ”と同じ苦痛をもたらす、シャロンの敵意(てきい)の現れ、なのだろう。

 

<――――”クリサンセマムの鬼神(きしん)”。

そう呼ばれているAGEだな?>

 

唐突に、ガードロボットが再び足を止め、ジェットへと話しかけていた。

 

「なんで知ってる?」

 

<それはどうでもいい。

重要なのは、お前達が”グレイプニル”との(つな)がりがある、ということだ。

その()()()が、規定違反(きていいはん)の救難信号を送った悪果(あくか)だが、幸いにも手間が省けるに至った>

 

「救援要請が、”規定違反”だ?」

 

油断なく、低く問いかけるジェットに対し、声の主はまるで気にする素振りなどなく、一本調子に話し続ける。

 

<喜ぶといい。

明後日、諸君は戦うことなくアラガミ共を制し、此処を大手を振って出ていくことが出来る。

この私の協力によって、だ>

 

「大した自信だな」

 

<ただし、それには条件がある。

脱出の際には私と、私の”ローレライ”を諸君の船で護送しろ。

そしてグレイプニルの本拠、”アローヘッド”まで、絶対の安全の保証と、確実な接触(せっしょく)()げると誓え>

 

「随分と注文が多いことだが、強気に見合った見返りは期待できるのか?」

 

<聞いていなかったのか?

この僻地(へきち)を、アラガミと戦うことなく立ち去れることは十二分なメリットだと、分からないか?

あるいは、まだ信じられないというのならば、仕方ない。

前回と、此度(こたび)露払(つゆはら)いは、そのデモンストレーションだと思い給え。

ただし、お仲間の下に帰って、出てこないことだ。

”ローレライの歌”によって、狂死(くるいじ)にしたくなければな>

 

結局、機械の巨人は、まるで一本調子(いっぽんぢょうし)に要求だけを述べ、再び動き出した。

 

本当に機械そのものを相手にしていたような、どうあっても異質で、寒々しい不快感だけが残る相手だった。

 

そして、ジェットのこの感覚は、おそらくは正しい筈だろう。

 

「待って!!!!

博士、止めて!!!!

シャロンを、連れて行かないで!!!!」

 

尚も叫ぶユリハを一顧(いっこ)だにせず、巨人は今度こそ独房の外へと歩き去っていった。

 

そして、ユリハは透明な壁にもたれ、止め処なく啜り泣いた。

 

聞いている方が()(がた)い、悲痛な泣き方が長く木霊(こだま)した。

 

 

 

「――――ジェット・・・・!?

これは、一体・・・・!?」

 

ややあって、通路の方から幾つもの足音が聞こえる。

 

「クレア・・・・っ。

お前等も、なんで・・・・」

 

「ユリハ・・・・!?」

 

カミルを先頭にして、その道案内で駆けつけて来たろう仲間達。

 

そしてカミルは、さめざめと泣くユリハの姿に大きく動揺した。

 

「・・・・どうしてっ――――」

 

ところが、ユリハは、周りの様子やカミルのことなど見えていないように激昂し、激しい剣幕でジェットへ掴みかかる。

 

「どうして止めたのっ!?

貴方が止めなければ!!

私が、戦っていれば・・・・っ!!」

 

ユリハは言葉を詰まらせ、涙を(こら)える。

 

彼女とて、本当は分かっているのだろう。

 

それ故に、ジェットは改めて冷酷に告げねばならなかった。

 

「例え、ユリハが行ってたとしても、変わらねぇんだよ。

今、無理を通そうとしたところで、無駄死(むだじ)にするだけだ」

 

「ただ見ていろと言うの!!??

あの子が、私達の為に、どんどんと弱っていくのをっ!!!!

シャロンがっ、あの子の心がっ!!

磨り潰されていくのを、ただっ!!??」

 

「・・・・ああ、そうだ」

 

パン、と音を立てるほど、ユリハはジェットの頬を手で()った。

 

だが、彼女の激情は収まる様子はない。

 

何故なら()()は、ジェットにぶつけたところで”お門違い”でしか無いからだ。

 

大事なものを奪われる、無念。

 

無惨に()(にじ)られる、苦渋。

 

そして、何よりも。

 

救いたいと伸ばした手を届かせ得ない、”己への憤り”こそが、激情の正体であるからだ。

 

「――――()かれよ。

どんなに仲間を助けたかろうが、やりたい放題に甚振(いたぶ)ってくる(クソ)どもが憎かろうが、今の俺達じゃ逆立(さかだ)ちしたって勝ち目はねぇんだ。

噛み付いたところで、ただ(くび)り殺されて終わるだけなんだ。

だから、今は・・・・自分(テメェ)の弱さに()ぁ食い縛って、待つしかねぇんだ・・・・っ!!!!」

 

ジェットは、泣き濡れるユリハの瞳を目掛けて、真っ直ぐに投げかける。

 

他にやり場など無い、()()怒りと痛みを乗せた意思は・・・・果たして、確かに彼女へと響いていた。

 

「・・・・ごめん、なさい・・・・ごめんなさっ・・・・っ――――」

 

誰に言うでもない謝罪を繰り返しながら、ユリハは(せき)を切られたように泣き崩れていた。

 

ジェットの胸にしがみつき、嗚咽(おえつ)に塗れた”泣き言”を止め処なく吐露され始めていた。

 

「――――お願い・・・・私達を、助けて・・・・っ。

もう、逃げ場なんて無い・・・・。

一緒に立ち向かう仲間も、もう皆、いない・・・・!!

なにより、シャロンには”時間”が無いわ・・・・っ!!

・・・・私だけではもう、此処を守ること・・・・耐え抜くことすら、出来ないの・・・・っ。

皆を、助けて・・・・っ!!

お願い・・・・っ・・・・!!!!」

 

たった独り、その心の中に溜め込んでいた悲憤(ひふん)(さら)け出して、ユリハは泣き続けていた。

 

そして、やがて幼い子供のような声を上げ、哀惜(あいせき)(さいな)まれる彼女を、後ろに控えるカミルが拳を握り締めながら、見詰める。

 

その身を戦慄(わなな)かせている理由は、きっとユリハと、そしてジェットとも一緒であるはずだ。

 

「・・・・ジェット、話は後だ。

”ローレライ”の起動が迫っている」

 

怯むことなく言うべきを言ってみせるユウゴに、ジェットは首肯(しゅこう)する。

 

このままローレライに巻き込まれ、そこで終わってしまえば、こうして逃げ出す意味すらも無くなってしまう。

 

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)”。

 

大事なのは、泥を啜り、肝を舐めてでも生き延び、その先の勝機(しょうき)を見出すことなのだから。

 

 

 

「――――なぁ、聞いてくれ。

今は、歯ぁ食い縛って耐えるしかない。

逃げて、隠れて、だが絶対にそれじゃ終われねぇ。

俺達は、(たたか)えるんだ。

だから・・・・”その時”が来たなら、俺達は必ず勝つ。

二度と、(うば)わせて(たま)るか、ってな・・・・っ」

 

 

 

ユリハと、そして集ったハウンドスクワッド(なかまたち)へと、ジェットは決然と言い放った。

 

そして、あくまでもこれは()()()でしかない。

 

この場に集う皆の見据(みす)えるもの、抱える想いは、同じ。

 

揺るぎないその心根(こころね)(あか)すように、無言で、しかし確かに頷いて、(こた)え合うのだった。

 

 

 

>> To be Continued....

 

 

 

 




・Tips.7

「シャロン」

非常に希少な存在である、コミュニケーション可能な”ヒト型アラガミ”の少女。
同じ種族であるフィムとは顔立ちこそ酷似するものの、肌色は(ろう)のように白く、爪や牙も大きく、鋭く成長している。
セミロングヘアの銀髪は、先端部が硬質化し、まるで急所である首筋周りを守る甲殻のようになっているなどの大きな外見的差異(がいけんてきさい)が存在する。
これらは単なる個体差ではなく、”グラジオラス”での過酷な”実験”の日々によって過度のストレスに(さら)され、”先祖返(せんぞがえ)り”めいた後天的変化を遂げたものと見られる。
そして、現状の彼女は、人語こそ話せるも極めて攻撃的であり、特に成人男性に対しては、出会うや否やに殺意を(あらわ)に襲いかかるほど猜疑心(さいぎしん)が強い。
その一方で、ユリハ・グラジオラスと幼年(ようねん)のAGE達にだけは心を開いており、「シャロン」という名も、彼女達に名付けられたものだと言う。
余談だが、その名は”木槿(ムクゲ)”の花を指し、花言葉は「新しい美」、「尊敬」そして「信念」等。
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