奏章Ⅳクリア後の衝動に任せた思い付き   作:クー(無課金勢)

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作者「ンンンッ! 皆さん、あけましておめでとうございます! この書き物、以前は続かぬと申しましたが……んっふふふふふ、まさか本当に信じていたようで? これは滑稽! 【第二話】などというありもしない可能性を願う姿、存分に堪能させてもらいましたぞ。 んっははははは!! ……おや? 紅閻魔殿? 何故拙僧へ向けて居合の構えを? ムッ、なに? 拙僧の二枚舌は許さぬと? はははっ、またまた御冗談を。いや、え、ちょっ、お止めなされ! 拙僧の舌を執拗に狙うのはお止めなされ!!」


第2話

(少なくとも、熾天使(セラフ)以上は確実か……)

 

 目の前に降り立った天使と思わしき女性。その姿から、そしてその威圧感(オーラ)から、サーゼクスは確信する。

 

 かつての戦争があった時代から現代に至るまで、サーゼクスはその圧倒的な力を振るって数々の強敵を打ち倒してきた。その中には聖書で語られるような伝説的存在や、今となっては肩を並べて戦う悪魔や天使、堕天使すらも含まれている。だからこそ、まだ悪魔として若いリアスや一誠では気づけない経験による確信が、彼にはあった。

 

 ――この天使には自分達に敵対するだけの力がある、と。

 

 堕天使総督であるアザゼルや数多くいる天使の中でも最強格であるミカエルは勿論、"超越者"である自身にすら届きうる強さ。まだ戦ってすらいないというのに、サーゼクスは既に敗北の可能性を考慮していた。

 

「ミカエル、アザゼル。彼女は?」

 

 彼は短く、端的に問いかける。

 

 異形達を天使と呼ぶことに不快感を見せたミカエルであるが、異形達を従えてこそいるようだが、彼女の持つ特徴は間違いなく天使のもの。これだけの力を持つ天使の存在をサーゼクスが知らないという時点で違和感はあるが、現天界を運営しているミカエルと元天使であるアザゼルならば、彼女のことも知っているはず。

 

 そんな判断からの問いかけであったが、返ってきた答えは喜ばしいものではない。

 

「……さあな、どこか覚えのある気配だが、少なくとも俺が知ってる奴じゃねぇよ。ただ……こっち(ミカエル)の方はそうでもないみたいだぜ」

 

 アザゼルも、サーゼクスと同様、天使の少女の危険性を即座に理解したのだろう。ついさっきまで、異形を研究したいなどと言っていたというのに、極めて真剣な様子で天使の少女から目を離そうとしない。

 

 顎を傾け、ミカエルの方を指すアザゼル。それに従い、サーゼクスや一誠達もミカエルの方へと視線を向ける。そこで彼らは見た。

 

「あ、りえ……ない。どうして、君が……」

「ミカ、エル?」

 

 驚きのあまり目を見開き、動揺を隠しきれない様子で過呼吸になったかのように息を荒げるミカエルの姿を。

 

 彼は最上位の天使に相応しい実力と精神性を併せ持つ、まさに天使の象徴ともいえる存在だ。そんな彼が、ここまでの動揺を顔に見せたという事実が異常事態であることを物語っていた。

 

「君は……君は私を、憎んでいるのか? だから――」

「ミカエルッ!」

「っ――!」

 

 声も届かないまでに動揺していたのだろう。サーゼクスはミカエルの肩を掴んで強く声をかけると、ミカエルは反応を見せた。

 

 唖然とした様子で周りに視線を送り、そこでやっと自分の世界に深く潜り込んでしまったことにきづいたのだろう。ミカエルは少し暗い表情のまま頭を小さく下げる。

 

「すいません。少々取り乱しました」

「いいや、気にしないでくれ。それよりも彼女のことを知っている。そう思ってもいいんだな?」

「……ええ」

「教えてくれるかい?」

 

 まだ顔色こそ悪いが、ミカエルはゆっくり頷いてみせると、再び天使の少女の方へと視線を向けた。

 

 そして、その天使の正体を告げる。

 

「彼女の名はジャンヌ。救国の聖処女、ジャンヌ・ダルク。かつて、私の言葉に従って国を救い、そして私を信じたばかりに命を落とした……英雄、ですよ」

 

 ジャンヌ・ダルク。その名は知らない者の方が珍しいだろう。

 

 『オルレアンの乙女』とも呼ばれるフランスの英雄。"天の声"を聞き、17歳という若さで故郷を離れ、百年戦争において奇跡とも呼べる活躍をするも、魔女と貶められた果てに19歳で火刑に処された聖女。

 

 彼女の英雄譚は故郷フランスだけでなく、世界全土で高い知名度を持ち、同時に、そこに登場する"天の声"が大天使ミカエルのものであるというのも有名な話だ。

 

 世界規模で有名な女性だが、リアスと一誠の脳裏には、そんな過去存在していた英雄とはまるで違う人物の姿か浮かんでいた。

 

「……ジャンヌ・ダルク?」

「それって英雄派の?」

「多分だが、お前達が考えてる奴とは別人だろうぜ」

 

 以前、一誠達が京都にて敵対した英雄派。その1人にジャンヌ・ダルクを名乗る金髪の女性がいたのだ。しかし目の前の彼女は、金髪という共通点こそあれど、彼女と同一人物にはとてもじゃないが思えない。というより、そもそも種族からして違う

 

 不思議そうに首を傾げる一誠とリアス。そんな2人の思考を、アザゼルは視線を天使の少女へと向けたまま否定する。

 

「あの英雄派の女はあくまでジャンヌ・ダルクの魂を受け継いだだけの人間だ。天使に転生したとしても、普通は姿は変わらないし、何よりたかが聖女の転生体如きにミカエルがあそこまで動揺するはずがねぇ。つまりあいつは、魂とか記憶を受け継いだ特異的な人間でも、英雄の子孫とか転生者でもなく……」

 

 友人というよりも、悪友といった関係であるが、この場において最もミカエルとの関わりが深いアザゼルはその真実を口にする。

 

「――正真正銘、過去に実在したジャンヌ・ダルク本人。そういうことだろ?」

 

 確信を持って言ったアザゼルの言葉に、ミカエルは黙って首を縦に振るい、肯定する。

 

 とてもシンプルに告げられたその事実を理解できない者はいなかった。しかし、それはあり得ないことだ。いかに、魔法や人外が存在する世界であろうとも、不可能なことはある。

 

「あり得ない……人間が、そんなに長い間生きてられるはずないよ」

「私も同意見だ。それに彼女はどう見ても天使。仮に御使いであったとしても、時期が合わない」

「そんなことまで俺が知るわけねぇだろ? 一応聞いとくが、お前の勘違いって線はないんだろうな?」

 

 セラフォルとサーゼクスが否定する。

 

 当然だ。ジャンヌ・ダルクが生きていた時代は遥か昔。日本でいうところの戦国時代前半の時期にあたる。悪魔や天使といった人外であるならばまだしも、ただの人間が現代まで長生きできるはずがない。

 

 また、天界には"悪魔の駒"と"人工神器"の技術を組み合わせ、他種族を天使に転生させる技術が存在するも、その技術が生まれたのはジャンヌ・ダルクが命を落とした後のこと。今この場にかの聖女が天使として存在していることとは結び付かない。

 

「ええ、私が彼女を間違えるはずがありませんから……」

 

 あり得ない。だがミカエルは信じて疑わなかった。彼女がジャンヌ・ダルクだという事実を。彼にとって、彼女という存在は特別だ。天使という身分にも関わらず己から声をかけ、その結末に罪悪感すら感じた。

 

 そんな相手を、ミカエルが間違えるはずがない。目の前の天使は、間違いなくジャンヌ・ダルクだった。

 

「サーゼクス・ルシファー。セラフォルー・レヴィアタン。リアス・グレモリー。兵藤一誠。アザゼル。そして、ミカエル。以上6名、三大勢力の代表者として、相違はないと見なします」

 

 そこへ、凛とした声が降り注ぐ。

 

 未だ現状を把握しきれていないサーゼクス達が一斉に視線を移すと、天使の少女が宙に浮かびながら感情のない無機質な瞳で見下ろしていた。その目からは、話に聞く聖女のような慈愛は感じ取れない。まるで機械的な冷たさすら感じられる。

 

「リアス、イッセー君。警戒を怠ってはいけない。彼女は……強い」

「「?!」」

 

 サーゼクスからの警告にリアスと一誠は目を見開いた。2人は、【魔王】という者が持つ圧倒的な力をよく理解している。その実力が、今や上級悪魔すらも大きく上回る自分達ですら足元にも及ばないことも。

 

 理解している。だからこそ信じられない。魔王の中でも最強と呼んでいいサーゼクスが正体不明の天使に対して、『強い』と評価したことが。

 

 それはサーゼクスの強さを知っている2人からしてみればそう簡単には信じられないことであるが、話半分で聞き流せるものでもない。

 

「本裁判は全てにおいて異例です。罪を背負った者がいる。それは間違いない。しかし、種族という壁が、罪ある者へ、与えられるべき罪が下ることを拒んでいます。故に、此度の裁判は民事でも刑事でもなく、主の下で公平に執り行わなければならない。しかし、主もかつての戦争で命を落としました」

 

 天使の少女は続けて語った。

 

 罪とは、公平に与えられなければならない。だが人間界、冥界、天界、その全てにおいて、最早真に公平な裁判の実現は不可能。そして全てに対して公平かつ平等であるはずの神は、もういない。

 

 ならば、と彼女は宣言する。

 

「――私が主の代理として、罪を与えましょう」

 

 なんという、傲慢な宣言だろう。天使はあくまで神の従者であって、成り代われるものではない。それは天使長であるミカエルですら例外ではない。だが彼女は、それが当然であるかのように自身が神の代理であると宣言した。それは天使としてあまりに恐れ知らずなセリフだ。

 

 同時に、ここでサーゼクス達は理解する。話を聞けばわかるように彼女の目的は裁判。そして恐らく裁かれる側は自分達。攻め込んでいたつもりだったが、いつの間にか自分達は誘い込まれていたのだと。

 

「これは人類のための裁判です。貴方がたを被告と見なし、弾刻する側として原告の代理人を用意しました」

 

 すると天使の少女は、サーゼクス達が入ってきた扉とは別にある小さな扉へと目を向けた。

 

「原告代理人、曹操検事。準備はよろしいですか?」

「「「「「「……は?」」」」」」

「もちろんです。裁判長」

 

 そして天使の少女の言葉に従って入室してきた者の姿を見て、全員が唖然とする。

 

「京都の時以来……か。まさかこんな形で再会することになるとは、お互い思ってもみなかったな」

「お前は……曹操!」

 

 現れたのは、漢服を羽織った青年――英雄派首領の曹操だった。

 

 曹操は渦の団【英雄派】のリーダーであり、中国・三国時代の曹操孟徳の子孫でありながら、最強とも呼ばれる神滅具【黄昏の聖槍】を宿す人間である。その実力も相当のもので、以前、京都で騒ぎを起こした際にはリアス達の強さをもってしても苦戦を余儀なくされた。

 

「わからねぇな。今回の件は渦の団の仕業ってわけか? それとも、お前ら【英雄派】の独断か? 答えろよ、曹操」

「英雄派……か。そんな組織はとっくに滅びたよ。アザゼル。今この場にいるのは、ただ英雄の名を騙るだけの人間だ。最早俺には、お前達と武力を尽くして戦う欲も力もない」

「滅びた? そいつは一体――」

「はっ、人の心配をしている場合か? 今回裁かれるのはお前達、今のうちに覚悟を決めておいた方がいいんじゃないか?」

 

 アザゼルの問いかけを遮り、曹操は「じゃあ、これから説明をはじめよう」と天使の少女を裁判長と呼び、その承諾を得る。

 

 そして、曹操は事情を話し始めた。といっても、どちらかといえば()()()()()に近いだろうが。

 

「この裁判所で、俺とお前達は戦うことになる。言葉を尽くし、証拠を提示し、証言を吟味するといい」

 

 戦い。勿論そのままの意味ではないだろう。此処が裁判所であるのならば、言葉を武器とし、己の正しさを証明するための戦い。すなわち、弁論をすることとなる。それは実力主義である彼らからしてみれば、非常にやりにくい戦場だろう。

 

 一誠を除く全員が、それを理解していた。

 

 続けて曹操は語る。

 

「俺は原告の代理人、つまりは起訴した側だ。原告については……()()()()()()()()()()()、と呼ぶべきだろう」

「人類、だと? しかもよりにもよってお前が代理?」

「そうだ。被告はお前達全て。即ち――悪魔、天使、堕天使。この3つの種族。ひとまずは、三大勢力、と呼称しよう」

 

 原告が人類。被告が悪魔、天使、堕天使を含めた三大勢力。さも当たり前のようにそれを告げた曹操だったが、それはあまりにスケールの大きすぎる話であった。

 

 種族全体が対立して裁判を行うなどとは、前例からして存在しない。しかも、よりにもよってその代理がテロリストのリーダー。ツッコミどころがある、どころではない。むしろツッコミどころしかなかった。

 

「罪とは一体、なんのことでしょう?」

「それをこれから説明しよう」

 

 気になる点は多い。だがまずは話を進めることを優先したようで、ミカエルが問いかける。当然、彼らは人類を救ってきたことは数あれど、人類に訴えられるようなことをした覚えはない。正しくは、『自覚がない』に近いだろうが。

 

 ミカエルの問いかけに、その質問を待っていたかのように曹操は口元を吊り上げて笑みを見せる。先程自分でも言っていたように、今の彼からは以前のような殺気を感じない。それは一誠とリアスも理解していたがそれとはまた別種の気味悪さが感じられた。

 

 そうして、曹操は告げる。悪魔、天使、堕天使達が背負う罪を、咎められた振る舞いを。

 

「――悪魔、天使、堕天使により構成される三大勢力は()()()()()()()。即ち、人間界における人類の大量虐殺。心当たりがない。とは言わせないぞ」

「ぇ……?」

 

 思わず一誠の口から声が漏れる。そして声には出さずとも、全員が似通った反応を見せていた。

 

 曹操は言った。人類の大量虐殺。それが三大勢力が抱える罪なのだと。しかし、彼らには心当たりがない。そもそも彼らにとって人類はパートナーであり、敵対者ではない。そんな罪をそう簡単に受け入れられるはずがなかったのだ。

 

 まるで信じられないといった様子で呆然とするサーゼクス達。そんな彼らに曹操の憐れむような視線が突き刺さる。

 

「では始めようか。何か反論があれば、いくらでも口を挟んでくれ。ただ――それを裁判長が認めるかどうかは、未知数だけどな」

「じゃあ遠慮なく……そこの自称裁判長に言わせてもらうぜ!」

 

 曹操が話を終えると、忠告を受けたばかりだというのにアザゼルが声を上げ、一歩前に歩き出す。ボサボサの髪を掻き、面倒そうにため息を吐きながら天使の少女を彼は睨む。

 

 彼女はジャンヌ・ダルク本人ではない。だが無関係でもない。ミカエルの話を聞いた上で、アザゼルはそんな考察に至った。敵の戦力は計り知れず、未だ目的すらわからない。だが敵の思惑に乗り、このまま裁判を始めてしまえばマズイ。

 

 どこか勘に近いその本能が、今アザゼルの背中を押した。

 

「まさかだと思うが、この状況で俺達がそんなあからさまに罠な裁判に参加するとでも思ってたのか? そっちが喧嘩売ってきた時点で、とっくに話し合いで解決できる段階は過ぎてるんだよ。誘き寄せるみたいに、呼び込んでおいて罪があるだぁ? そいつは……いくらなんでもナメ過ぎだろ

「……では、どうするのです?」

 

 堕天使総督の名に相応しい殺気がアザゼルから放たれる。しかし天使の少女はそれを正面から受けてなお、眉1つ動かさず、単調な口調で言葉を返す。

 

 当然アザゼルだってこの程度でビビり、怯んでくれるほど簡単な相手であると侮ってはいない。故に、次の行動は迅速だった。

 

「そりゃあ……コレだろ!」

 

 アザゼルの掌に天使特有の光の力が溢れ、槍の形を成して顕現する。そして流れるような動作で、それを投擲するように構えた。

 

 元天使である堕天使が光の力を扱い戦うのはもはや多くが知る常識だ。そしてアザゼルもその例に漏れず、光の力を使った戦闘スタイルで戦うことが多いが、彼の場合はそれとは別に無数の奥の手も持ち合わせていた。だが敢えてこの一撃を選んだのには理由がある。

 

 先手必勝。しかしこの一撃で終わるわけがない。そんな長期戦を覚悟したアザゼルの対話の拒絶と様子見の一撃。しかし、その冷静な判断は無意味に終わる。

 

「『法則固定(コンクルージョン)』『対立する戦闘行動を禁止する』」

 

 呆れたように天使の少女が呟く。その直後、今にも投擲されようとしていた光の槍が消失した。

 

「なにっ?!」

「アザゼル? 何をして……」

 

 周囲が驚愕するが、誰よりも驚いたのがアザゼル本人だった。何故なら理解していたからだ。今、自分は何かされて攻撃を無効化されたのではなく、自分自身で光の槍を消失させたのだと。

 

 操られるのとはまた違う。奇妙な違和感をアザゼルは感じ取っていたが、すぐに天使の少女の発言から自分が何をされたのか理解すると、顔を蒼褪めた。

 

「対立する戦闘行動を禁止……おいおい、冗談だろ?」

「まさか……先程の発言は、()()()()()()なのですか?」

「……だろうぜ」

 

 動揺するアザゼルの姿から、ミカエルも何をされたのか想像がついたのだろう。眉間に皺を寄せる。なぜなら、それが真実であればあまりに理不尽極まりない力だ。とてもじゃないが、容易に信じられるものではない。

 

「え……え? ど、どういうことなの!?」

「恐らくだが……さっき彼女が言ったように、戦闘行動が禁止されたんだ」

「「「は?」」」

 

 同じ魔王という立場であっても、頭の使い方に関しては劣るセラフォルーへサーゼクスがその憶測を口にする。それに唖然としたのは、一誠とリアスもだった。

 

 攻撃でも防御でもなく、戦闘そのものをさせない。しかも強制的に。そんな能力は、数多くの強敵と戦ってきた彼らでも初めての体験だった。そんな相手にどう戦えばと、戦慄する彼らへ天使の少女は冷たく語り掛ける。

 

「1度目は見逃しましょう。ですが2度目はありません。再び私に対して敵対行動を取るようであれば、貴方達は問答無用で有罪とみなし、裁判を行うことなく刑を執行します。よろしいですね?」

「っ……!」

「アザゼル、今は彼女に従おう」

 

 どこまでの戦闘行動を禁止できるのか。対抗手段はあるのか。それ以外にもどんな干渉が可能なのか。多くが不明なこの状況で、迂闊に敵対するのは危うい。起訴内容に不満を持つサーゼクスだったが、冷静な部分でそう判断し、アザゼルを止める。

 

 流石にその判断に正解だとアザゼルも納得したのだろう。何も言わず、黙って引き下がっていく。そんな2人の様子を見て、天使の少女――裁判長は再び大きなため息を吐いた後、告げる。

 

「それでは原告代理人、曹操。被告、三大勢力。審理を開始します」

 

 そうして、拒否権すら与えられないまま、裁判は開廷した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三大勢力の人道に対する罪。

 

 それは歴史に載っている常識でもある。太古の時代、悪魔、天使、そして堕天使が争い続けていた時代。彼らは、己が支配領域である冥界または天界で争うことがほとんどだったものの、稀に人間界にて争いを繰り返すことも、一度や二度では済まなかった。

 

 いかに現代に比べて個人単位で強力な力を持つ時代とはいえ、所詮は人間。その巻添えで命を落とした者は数知れない。

 

 それだけではない。天使は守護という名目で優秀な人間を自分達の戦力に加え、堕天使は甘い誘惑で人間の敵意を悪魔に向けさせ、悪魔は【契約】を理由に人間を戦力的に利用し続けた。

 

 その結果、本来ならば関係ないはずの戦争に多くの人間が巻き込まれ、命を落とした。しかし、それも遥か昔のこと。悪魔にとっては記憶に残るくらい昔の出来事であっても、人間からしてみれば何世代も前の出来事に過ぎない。そこに恨みや怒りはなく、とっくに時効が適用されたとしてもおかしくないはずだ。

 

 ――そう、そこで被害が止まってさえいれば。

 

 大戦が終わりを迎えようとも、三大勢力の人間に対する扱いは変わらなかった。

 

 『神の不在』をきっかけに、人間界では様々な異変や異常が生じた。そしてその度に、ただ無垢に神を信仰していた無罪の信徒が咎められ、切り捨てられてきた。その犠牲を、天使達は必要な犠牲であったと許容した。

 

 堕天使は神器所有者である人間を自分達の元で管理することにした。保護と言って攫い、反抗した者は殺し、未だ不明な点の多い神器の秘密を探るため、何度も非人道的な実験を人間達に施し続けた。ただ特別な力を持っていたばかりに、当たり前な日常を過ごしていた人間の人生が壊されたのである。

 

 そして、大戦以降最も大きく数を減らした悪魔に至っては、他種族を悪魔に転生させるシステムを生み出し、その最大の被害者に脆弱な人間が選ばれた。だが転生するとはいえ、一度殺しているのは事実。その上、悪魔は自分達の都合で転生させたというのに、元人間の転生悪魔の命を軽視する扱いそのものに変化は訪れなかった。

 

 代表的な例としてそれらが挙げられるが、さらに細分化させれば、人類という種族に対して三大勢力が行ってきた非道の数々は途方もない。そしてその度に犠牲となった数は、もはや数えきれない域に至っている。

 

 しかし、もし三大勢力が人間を完全に見下し、自分達に使われるべき消耗品として認識していたのならば、こんな裁判に意味などない。どれだけ多くの被害を出そうとも、獣が人を傷つけたところで罪には問われない。駆除という、至ってシンプルな手段を執り行うだけだ。

 

 だが悪魔は、天使は、堕天使は、人間とは共生関係であると、互いに対等な立場にあるパートナーだと定めた。

 

「――ならば、対等な立場である人間の生きる権利を奪った三大勢力には、罪がある。例え、悪魔が人間よりも強大な力を持つ種族であるとしても、その事実は変わらない。少なくとも二千年以上前から、三大勢力はそんな非道を続けてきた。人道に対する罪以外の何物でもない」

 

 曹操の言い分に、サーゼクスは何も言い返すことができなかった。サーゼクスだけじゃない。アザゼルも、ミカエルも、三大勢力のトップが何も言い返せなかったのだ。それは言い方にトゲこそあるものの、確かに事実だからである。悪魔も天使も堕天使も、自分達の争いに人間を多く巻き込み過ぎたし、サーゼクスやリアスのような例外こそあれど、未だに人間を軽蔑する悪魔は少なくない。

 

 反論すべきことはいくらでもあったが、事実でもある。何から言っていいか迷い、サーゼクス達はすぐには口を開けなかった。

 

「おいテメェ、いい加減なことばかり言ってんじゃ――」

 

 しかし、未だ悪魔になってから日が浅く、主人にも恵まれ、比較的悪魔の綺麗な部分しか見ていない一誠はそんなことで迷うことはなかった。いいや、迷えなかったが正しいか。

 

 彼からしてみれば、本来死ぬはずだった自分を救い、良くしてくれた人達が一方的に犯罪者だと決めつけられているのである。常人を遥かに超える性欲の獣でありながら、常人とは比べ物にならない愛と義を大切にする彼は怒りの形相で曹操の方へ詰め寄ろうとする。

 

 だが、その行為は許されていない。

 

「静粛に。貴方の反論を認めてはいません。黙りなさい。加えて警告を。それ以上前へ進めば、貴方達の罪は揺るぎないものへとなります。冷静な判断を心掛けるように」

「……!」

 

 一歩。一誠が一歩踏み出そうとしたその瞬間、彼の足元に突如雷が降り注いだ。それは多少地面を焦がす程度の威力であったものの、感知することすらできない……あまりにわかりやすい()()

 

「堪えろ、イッセー。今ここで暴れたら、俺達は反論すら出来なくなるぞ」

 

 動揺する一誠をアザゼルが手で制した。突然突き付けられた罪に納得がいかないのは彼も同じだが、裁判所で暴動を起こすなど自ら罪を認めているようなもの。勝ち目のないこの状況では、その行動に価値はない。

 

 それに、これが本当に『裁判』という形式に倣っているならば、自分達にも反論の機会はある。アザゼルはそう一誠を鎮める。

 

「ははっ、助かったよアザゼル。今の俺では彼には勝てないからね。これで裁判もスムーズに進むというものだ。さて、以上が私……いや、人類からの訴えです、裁判長」

「了解しました。起訴内容に問題はありませ――」

「ちょっと待った!」

 

 曹操の訴えに、裁判官席へと移動した裁判長は静かに頷く。そしていよいよ、本格的な裁判が始まろうとしたその時、アザゼルが裁判長の言葉を遮るかのように声を上げた。

 

 無言のまま、鋭く、不機嫌さの強く込められた裁判長の視線がアザゼルへと突き刺さる。だが当の本人は飄々とした様子で心境をまったく読ませようとはしない。流石はダメなタイプの大人。この状況でもそのスタイルを崩さずにいられるのはある意味流石といったとこだろう。

 

「堕天使総督、アザゼル。貴方の反論は認めていませんが?」

「いいや、反論じゃねぇ。これは意見だ。……この裁判には決定的に欠けているものがある!」

 

 自信ありげに口角を吊り上げ、強めの言葉と共にアザゼルは裁判長を指差す。そこには普段のだらしない彼からはとてもじゃないが感じられない頼もしさがあった。

 

 リアスと一誠からは僅かな尊敬の眼差しが突き刺さる。しかし彼と付き合いの長いミカエルだけは、どこか嫌な予感を感じているかのような怪訝そうな顔を見せていた。

 

「……いいでしょう。発言を許可します」

「ああ……」

 

 そしてミカエルの予感は見事に的中した。

 

「この裁判には、弁護士がいない!!」

「「「「……」」」」

 

 裁判所の役割を担うその空間を、静寂が支配する。

 

 恐らく、ミカエルを除いた全員の期待を彼は裏切った。この状況をひっくり返す何かを言うでも、起訴の矛盾点を突き付けるでもなく……指摘点はまさかの弁護士の有無。検事代理である曹操も含めて、サーゼクス達は呆然とする他なかった。

 

 間違ってはいない。検事がいて、被告がいて、弁護士がいない。そんな訴えられる側が一方的に不利な裁判など成り立っていいはずがない。それは確かにそうだ。しかし、それは現状の中でもかなり小さな問題。敢えて突き付けるほどのことでもない。

 

「……アザゼル? もっと、他になかったのかい?」

「どうせ、こんなことだとは思っていましたよ」

 

 サーゼクスとミカエルが合わせたようにため息を吐く。しかしそれに関してアザゼルが何か言うよりも先に、指摘を受けた裁判長が答える。

 

「確かにその通りですね。弁護士の存在は貴方達の今後を左右します。申し訳ありません。私の手配不足です。仮ではありますが、今すぐに代理の弁護士を用意しましょう」

「と、通るのね……」

「いいや、その必要はないぜ」

 

 裁判所に誘い込み、拒否権すらなく勝手に裁判を始めこそしたが、真面目なところもあるのだろう。裁判長は謝罪し、弁護士を用意すると言った。しかし指摘した側のアザゼルがそれを拒絶する。

 

 本当に何したいんだコイツは……。というミカエルの視線がアザゼルの背中に突き刺さる。

 

「弁護士ってのは俺達の味方でなきゃならない。そんな相手を、現状敵としか思えないお前に選ばせるのは不安だ。こっちで用意させてもらおうか」

「……そうですか。別に構いませんよ。用意できるのなら、ですが」

「できるさ」

 

 自信満々の様子でアザゼルは右手を腰に置き、ニヤリと笑みを浮かべる。すると突然、アザゼルの身体が輝き始めた。

 

 突然の発光現象に、近くにたサーゼクスや一誠達は目を腕で庇う。それは堕天使に限らず、異能の力を扱える者ならば誰もが扱える力。自身にも他者にも被害を及ぼさないただ眩しいだけの光。その使用用途は、古代より定められていた。

 

 まあ、言ってしまえば早着替えだ。

 

 日曜の朝に世界を救うライダーや戦隊、魔法少女達が変身シーンで使用する例のアレ。光が体を包み、その間に変身を終える謎現象を魔力で再現したのだ。本当に演出以上の効果を見せない小手先の技術だが、なんだかんだいって多くの者が好んで使う変身手段でもある。

 

 やがて、眩いばかりの光は収まり、案の定着替えを済ませていたアザゼルが姿を現す。その恰好は、普段の真面目さがまったく感じられない服装とは大きく異なり、上下共に黒のスーツを纏い、伊達メガネまでつけていた。

 

 恰好だけ見るならば、それこそまるで堅物なサラリーマンのよう。だがその変化はあくまで見た目だけ、あからさまに何かを企んでいそうな笑みを浮かべながら、アザゼルは宣言する。

 

「ふっ、俺が弁護士をやろう」

 

 きっとそれは間違いなく、100%興味本位の純粋な気持ちからの突発的行動だろう。三大勢力の未来とかはまったく関係なく、ただ弁護士をやってみたかったから。そんな感情がアザゼルからはありありと伝わってきた。

 

 馬鹿で有名な一誠ですら、それを察して若干引いた反応を見せているのだ。その場にいる全員が、酷く呆れた視線をアザゼルに向ける。このまあまあ危機的状況で、自分の欲求最優先に動くのは、ある意味とても彼らしい。

 

「いきなり何を言い出すかと思えば貴方は……。弁護士の経験などないでしょう」

「安心しろよ。俺はこう見えて逆転裁判を全作プレイしてる男だぜ」

「一体どこに安心する要素が?」

 

 とりあえず、アザゼルが弁護士という仕事をナメていることだけは伝わっただろう。頭を抱えるサーゼクス達だったが、意外にも裁判長の返しは肯定的であった。

 

「……まあ、今回の裁判は例外だらけです。そちらがそれでいいというのなら構いません」

「さては結構緩いなこの裁判長」

 

 まさかのオーケーに、曹操が思わずツッコミを入れる。

 

 そのあまりに雑な対応にサーゼクス達も何とも言えない表情を見せる。通常、被告が弁護士をやる裁判などあるわけがない。だが残念なことにアザゼルがほとんどノリで言ったその発言はこの場において絶対的な発言力を持つ裁判長に了承されてしまった。

 

 別にそれが嫌というわけではないが、とても反応に困るその状況に、サーゼクス達からは思わず苦笑いが漏れる。特にアザゼルの行動に看過されたセラフォルーが魔法少女として働き始めようとしているのが実に厄介だ。なんとか今はリアスが宥めているが、それも時間の問題だろう。

 

「では話を戻しましょう。貴方達三大勢力を被告、原告は人類とします。弁護人アザゼル、問題はありますか?」

「ないわけじゃあねぇが……それを言っても始まらないんだろ? ああ、滅茶苦茶だが納得しておいてやるよ」

「え、アザゼル先生……」

「大丈夫よイッセー。きっと何か考えがあるんだわ」

 

 アザゼル弁護士関連の件については横に置き、裁判長は話を進める。そしてアザゼルが曹操の滅茶苦茶な起訴内容をあっさりと受け入れると、それを信じられなかった一誠は思わず呆然とした。彼ならば間違いなく自分達の無罪を主張してくれるだろうと思い込んでいたからだ。

 

 しかしリアスの言うように、アザゼルにも考えはある。

 

 裁判所という戦場での口頭による戦い。勝利条件は曇りの影すらない完璧な冤罪証明ではなく、ルールそのものである裁判長をどう納得させるか。つまりは論理の戦いなのだ。

 

 だからこそ、まずはその戦場に立つ。そのため、アザゼルは敢えてその理不尽を受け入れたのである。

 

「今回の裁判は極めて特殊です。人間、悪魔、天使、堕天使、本来ならば異なる法の下で過ごす者達を特定の基準に従って裁かなければならない。しかし全てにおいて公平な主はもういません。そのため、代理として、私がこの裁判における法とします。よろしいですか?」

「こちらは異論ありません」

「こっちも特に異論はねぇよ……ただ、神の代理ってのは気に入らねぇな」

「原告被告、共に異論はないようですね」

 

 弁護士を名乗ってこそいるが、やはりアザゼルだ。裁判長に敬語を使う素振りすら見せない。ただ関しては、裁判長の方もいちいち注意するつもりはないらしい。普通に失礼な発言にも関わらず、彼女は思いっきりスルーを決め込んだ。

 

「今回の裁判において通例の人間達による裁判のような形式に拘る必要はありません。被告側、原告側、自由に供述をお願いします」

 

 そうして前提としての話を終えた裁判長は、曹操の方へと視線を向ける。言葉にせずとも、その意味を理解したのだろう。応えるかのように曹操は頷き、サーゼクス達の方へと向き直って口を開いた。

 

「では改めて、訴えを再確認しよう。三大勢力の罪は人道に対する罪。お前達はニ千年以上もの間、無関係の人間を異種族同志の戦争に巻き込み、その後も自らの行動を顧みることなく、人間という種族の命を利用し、消費し、奪い続けた。その数はもはや数えきれる範囲をとうに超えている。証拠物件を提出する必要はないだろう。それともこの大規模犯罪を否定するのか?」

 

 曹操は締めくくりにそう問いかけると、裁判長が質問に答えるようアザゼルの名を呼ぶ。恰好こそふざけているが、きわめて真剣な様子でアザゼルは返した。

 

「……まず事実確認だ。俺達が関わっちまったことで死んだ人間がいる、これは事実。そして、俺達が意図的に殺した人間がいる、これも事実だ。この件に関しては何も間違っちゃいねぇよ。実際、俺だって手を汚したことは一度や二度じゃあ済まないしな。否定するつもりはない」

「そんな……」

「う、嘘だろ……」

 

 一誠とリアスにとって、一番認めて欲しくない部分。それをアザゼルが当然のように受け入れた事実は、二人に強いショックを与えた。だがそこに関しては仕方ないことなのだ。何故なら本当のことだから。

 

 認めたくはないが、迂闊に拒絶してしまえば曹操は必ずその弱みを突いてくる。アザゼルには、認めること以外の選択肢がなかった。

 

 だが彼は、()()アザゼルだ。そんなことで、ただ大人しく罪を認めるような大人しい男ではない。それをわかっていたミカエルは、アザゼルに対して何か言おうとしていたリアスと一誠の動きを腕で制す。

 

「――でもな、それは罪じゃねぇ。できれば俺達だって殺したくなんてなかったさ。だがそれしかなかった。殺意があったわけじゃねぇ、その選択しか俺達には選べなかったんだよ」

「ええ。何故なら、私達がどんな行動を取ろうとも、多くの人間達が死ぬ未来は避けられなかったのですから」

「おい、今は俺のターンだろ」

「貴方にだけに任せるのは不安なんですよ」

 

 アザゼルの反論に割り込むように、ミカエルは語る。先程まで裁判長の姿に動揺を隠しきれていなかった彼だが、ようやくいつもの冷静さを取り戻したらしい。若干、アザゼルへの当たりがキツイのは、やはり急に弁護士を名乗り、ふざけはじめたからだろう。

 

「私達は決して、人間が死んでもいい相手だなどとは思ってません。ただ私達の手では、助けられる人間に限りがあった。それだけです」

「――なんだ、それじゃあ人間を守るために人間を殺したとでも言うのか? これはまた随分と矛盾した主張に思えるが?」 

「いいえ、矛盾などしていませんよ。正しくは、我々は被害を避けられない状況において、より多くの命が助かる側を選んだ、ということです。もし何も行動せずに静観していれば、恐らく人間達の被害者数は何十倍以上にも膨れ上がっていたことでしょう」

「そういうわけだ。10を救うために1を切り捨てたと言えば聞こえは悪いが、俺達はいつもその分岐点に立たされてきて、その度に数が多い方を選び続けてきた。人間側の被害は避けられず、被害を最小限に留めるために敢えて手を汚した。平和のためにしたこの行動を、お前達は本当に罪と呼べるのか?」

 

 サーゼクスもアザゼルもミカエルも、本来ならばわざわざ人間のことなど気に掛けてやる必要などない身分である。自分と自分の種族さえ無事であればそれでいいはず。しかしそれでも、彼らは人間との共存を望んだ。だからこそ、種族の危機がすぐそこまで迫ってきていたとしても、彼らは人間側への被害が最小限になるよう涙ぐましい努力をしていたのだ。

 

 ……その結果、助けられなかった人間を殺す、という選択を取っただけで。

 

 堕天使による神器の実験などがその代表的な例だろう。神器は以前より不明な点が非常に多く、当初はとても不安定なものとして扱われていた。何も知らない一般人がそれらを手にし、最終的に暴走した挙句、多くの人を巻き込んで消滅したなんていう事例すら存在する。それほどの危険物として認識されていた時代もあったのだ。

 

 しかし堕天使が多くの人間を被検体として実験したことで、その知識や対処方が広まり、今となってはシンプルに武器の一つとして認識されている。非検体として命を散らした者達については気の毒だが、その行為そのものは多くの命を救うことに繋がっていたのだ。

 

 それを『平和のため』と宣言することは別に間違いではない。しかし曹操もそんな綺麗ごとでは黙らない。

 

「――つまり、お前達は数で命を計るのか? 平和のためなら少しの人間くらい死んでも構わない、と? それは随分と上から目線な発言だな。お前達は大戦で死んだ同族に対しても、同じように『仕方がなかった』と言えるのか?」

「異議ありだ。それは偏見が強すぎる。それに殺人に関して問う今回の裁判には関係のないことだ。場を弁えろ」

「異議を認めます。原告代理人は不用意に被告を貶める発言は控えるように」

 

 命の重さを数で計る。曹操の意見は裁判長も認めるように偏見に満ちたものだったが、言っている事そのものは正しい。感情的な面においては切り離すとして、通常命を数で見ることはあまり人道に適した考え方ではない。

 

 100人生かすためであれば、1人くらい殺しても構わない。そんな説得で常人を納得させられるはずがないのだ。命とは、少なくとも平等であるように見えなければならない。だからこそ、アザゼルとミカエルの反論は裁判長を納得させるには至らなかった。

 

 だが、勝機がないわけでもない。

 

「了解しました。しかし、平和のためだと掲げながら、彼らは平和を手に入れられていない。これは今の世界の情勢を見れば明らかだ。そうだろう?」

「そんなはずないわ! 私達は和平を結んで――」

「おや、ならば渦の団(カオス・ブリゲート)についてはどう説明するんだ? テロリストの存在など平和とは対極にいるようなものじゃないか」

 

 咄嗟に口出ししたリアスが押し黙る。渦の団はそれこそ、和平を結ぶ時にすら乗り込んで三大勢力が手を取り合う未来を拒んだ相手だ。例え相手がテロリストであるとはいえ、そこに旧魔王派のような悪魔もいるのならば、それは無関係とはいえない。

 

 ……関係どころか思いっきりそこに所属している曹操が何を言っているんだという指摘は出そうにはなっただろうが。

 

 反射的に反論してしまったリアスだったが、それすらもアザゼルの想定の内。

 

「おいおい、今重要なのはそこじゃないだろ。要はその意志があったかどうかだ。人間だって、戦争が終わっても殺人事件は起こすし、下らねぇ事情から誘拐もする。欲を持つ生物がいる限り、世界に真の平和なんて来るわけないんだよ」

 

 結果こそ、素直に喜べるものではなかったが、その過程は確かに実在した事実である。アザゼルは、その点に関して強く推した。

 

 例えるならば、ファンタジー作品などに登場する勇者が、魔王を倒せなかったとして、それは悪だろうか。いいや、そんなはずはない。そこには確かに救いたいという意志があり、行動した過程があった。大切なのは結果だけではないのだ。

 

 そしてアザゼルは結論を告げる。

 

「殺したんじゃなくて助けられなかった。つまり、俺達の行動には『緊急避難』が適応されるはずだ」

「ほう……」

 

 アザゼルの言葉に、曹操が興味深げな笑みを見せる。

 

 『緊急避難』。それは現代日本における刑法第37条。

 

 ――自己または他人の生命への危機を避けるために、行われた行為は違法であっても罰しない。それがたとえ、殺人であろうとも。生命の危機であった場合は。

 

 すなわち、生きるための行動であれば、殺人ですら許容されるという、犯罪を無効化できる数少ない法律の1つだ。これが通るならば、この裁判でのアザゼル達の勝利が確定する。まさに唯一の突破口であった。

 

「……緊急避難、か。どうやら、なんの考えもなしで弁護士を名乗り出たわけではないようだね。一体いつのまに人間界の法律について勉強したんだか……ミカエル、君はわかっていたのか?」

「これが裁判であるならば、それ以外に我々の勝機はありませんからね。ある程度の予測はついていましたよ」

「え、ええと……」

「あ、あの~?」

 

 アザゼルの出した結論に、サーゼクスが感心したかのように呟き、ミカエルはわかっていたかのように1人頷く。だがそもそも法律というものにそこまで詳しくない一誠とリアスは、アザゼルの発言に困惑するしかなかった。

 

 『緊急避難』。当然そのままの意味ではなく、何かしらの専門用語であることぐらいはわかるのだが、そこが一誠達には皆目見当もつかない。そんな2人の様子を気づいたのか、サーゼクスは優しく微笑んでから説明する。

 

「緊急避難というのは、わかりやすく言うと命の危険が晒された状況であれば違法とされる行いをしても許されるといった法律だよ。今回の場合だとトロッコ問題が状況には近いかな?」

「トロッコ問題? それって確か、真面目な1人と不真面目な5人のどっちを助けるか? みたいなやつでしたっけ?」

「……まあ、大まかにはそうだね。確かに我々の行いの数々は、多くの人間の命を奪った。しかし逆に我々が行動していなければ、その被害は更に大規模なものになっていただろう。より多くを救うために少数の犠牲を許容した。残酷な現実だが、それは罪ではない。アザゼルの言い分はつまりこういうことだよ」

「……なるほど。客観的な事実ではなく、感情に訴える。ということね?」

 

 トロッコ問題。あるいはトロリー問題とは、今でも稀に問題とされる『ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?』という論理学上の問題、その1つである。

 

 代表的なものでいうと、制御不能になったトロッコはこのまま進めば前方の作業員5人を轢き殺してしまうが、たまたま線路の分岐器の近くにいた人物が進路を切り替えればその先にいた作業員1人が命を落とすものの、本来死ぬはずだった5人の命は助かる。

 

 そういった状況であれば、1人の犠牲を許容することは果たして正しいことなのか。そんな感じの論題だ。

 

 それには未だ明確な結論というものこそ生まれていないものの、中には『緊急避難』の法律に従って無罪であるという意見も存在する。アザゼルはその部分を突いたのだ。

 

 一誠とリアス。ついでセラフォルーがサーゼクスの説明に納得する。そこでやっとこの3人も、アザゼルが意外と真面目に弁護士をやっていることに驚かされた。哀れ、アザゼル。

 

「緊急避難……か。まあそう来るだろうとは思っていたさ。俺もふざけて検事代理なんかやってるわけじゃない。ちゃんと法律に関する勉強はしてきたんだ」

「自称英雄の曹操の子孫が法律のお勉強ねぇ……。違和感が凄いぞ? まあ、でもそれならわかるだろ? 裁判所ってのは罪を決める場所であって、事実をただ並び立てる場所じゃない」

「それはこちらも同意見だ、だったら、こっちは合理的に糾させてもらおう」

 

 意外にちゃんとしていたアザゼルだったが、曹操の方も仮にも検事としてこの場にいるのだ。法律に関する知識は十分持ち合わせているようで、まるでアザゼルがそう言うことを知っていたかのように反論する。

 

 感情に揺さぶりをかけるアザゼルとは対照的に、合理的な理論で対抗して。

 

「お前達三大勢力に、緊急避難は通用しない」

「……理由を言ってみろよ?」

「根本的原因が三大勢力にあるからだ」

 

 緊急避難とは、確かに殺人ですら無罪になる可能性を持つ珍しい法律であるものの、そう簡単には通り抜けることができない本当に狭き門でもある。その危機が確かに迫っていたもので、あくまで避難故の行動であり、最小限の被害で、大きすぎる害がないこと。基本的な面だけでもこれだけあるのだ。

 

 そしてそれらに則った上で、曹操はアザゼルの証言を否定する。

 

「お前達の行動で救われた人間がいること自体は否定しない。だがそもそもの原因もお前達三大勢力にある。コカビエルや旧魔王派の連中。最近のことで言えば奴らのように人間を平気で争いに巻き込もうとする奴らがいるから、わざわざお前達が尻拭いをしてたんじゃないか? それでいて可能な範囲で人間を助けたから無罪? 傲慢だな。それは本当に緊急回避と呼べるのか?」

「少数の悪意を種族全体の悪意として捉えるのは感心しないな。人間にもフリード・セルゼンみたいな神を理由に殺しを楽しむクソ野郎はいるし、それこそお前ら英雄派だって自分勝手な目的のために他の人間共を巻き込んだじゃねぇか。悪人がいること。それは種族全体の罪にはならないはずだ。それとも人間から殺人鬼が現れたんなら、人類という種族そのものに罪があることになるのか? さあ、答えてもらおうか、裁判長!」

 

 薄い余裕のある笑みを浮かべて、アザゼルは裁判長へと問いかける。その問いかけに、裁判長は少し間を置いてから返した。

 

「個人の罪は、今回の裁判には無関係です。それは悪魔、天使、堕天使である貴方達も同じこと。勿論、罪には含まれません。そしてより多くの被害を防ぐため、やむを得ず少数を切り捨てた。それならば、緊急避難の範囲内に収まるでしょう」

「うしっ……」

 

 自分が一番通したかった理屈が通り、アザゼルは小さくガッツポーズを見せた。そしてその様子から裁判が有利に進んでいると他の者達にもわかったのだろう。アザゼル同様に、どこか安堵したような笑みを浮かべる。

 

 といっても、ここを拒絶されてしまえばもうどうしようもないのだが。

 

 しかし、喜びも束の間、裁判長は一言付け加える。

 

「――やむを得なかった、という主張が正しければですが」

 

 そう、あくまで裁判長はその理屈を認めただけで、アザゼルの言っていることがそこに当てはまるとは認めていなかった。即座に、アザゼルは返す。

 

「正しいさ。俺達の目的は平和だ。確かに人間から見た俺達は勝手な争いに巻き込んでなんの保障もしてくれない悪人だろうな。だがそいつは被害を受けた当事者から見た視点だけの話であって、世界全体で見れば俺達がやったことは必要なことだったはずだ。別に自分達が正義の味方だなんて自惚れたつもりはないけどよ、それでも平和のために進めようとしているこの選択が罪だとは俺は絶対に認めねぇ」

「彼の言う通りだ。我々は人間達を殺したかったわけでも、支配したかったわけでもない。ただ平和な世界を共に作る。それだけが目的だったんだ」

 

 アザゼルの反論に、今度はサーゼクスも口を挟んだ。被害者から見れば悪人であるかもしれないが、もっと広い視野でみれば自分達の行動には正当性があるのだと。

 

 人間とは対等なパートナーという立ち位置は崩さずに主張を告げたサーゼクスを見て、アザゼルは楽し気にニヤリと笑みを見せる。そして彼は最終的な結論を告げた。

 

 

「そういうわけで、俺達――三大勢力は断固として無罪を主張するぜ。お前が本当で公平な裁判長なら、人外である俺達にも権利はあるはずだ。違うか?」

「殺意はなく、その行為には正当性があった。だから罪はない。それが弁護人の主張ですか?」

「ああ、その通りだ」

 

 自信満々の様子でそう告げたアザゼルの意見を聞き入れ、裁判長が目を閉じて考え込む。完全に三大勢力側が有罪という雰囲気からこちら側の空気に持ち込めたかと、アザゼルがほくそ笑むも、曹操が「異議あり」と声を上げる。

 

「いいや、彼らには罪があります」

「あ?」

「殺意がない。これは事実でしょう。ですが、三大勢力側は根本的に人命というものを軽視している。その証拠に彼らの法において人命の扱いは不明瞭。その軽視故に、必要以上の人間が命を奪われてきた。その点を踏まえると、緊急回避には該当しないかと」

「なっ!? 私達にだって法律くらいあるよ!」

 

 緊急回避における被害は、あくまで最小限でなくてはならない。しかし、三大勢力のそれは人命軽視によって最小限からはかけ離れている。曹操の異議に、咄嗟にセラフォルーが反論する。

 

 実際のところ、天使だけでなく悪魔や堕天使にも定められた法律というものは存在する。しかし、曹操の言いたいのはそういうことではない。

 

「それは人外の中だけで収まった法だろう? 俺はそういうことを言ってるんじゃない。例えば、1人の人間が悪魔を殺害したとしよう。その場合悪魔はその人間を危険人物として殺害するように仕向ける。しかし逆に、悪魔が人間を殺害した場合はどうだ? そのほとんどが厳重注意。最悪、悪事とすら認識されない場合もある。果たしてこれは本当に公平と呼べるのか?」

「異議あり! 根拠のない例え話だ」

「異議を認めません。事実、天使、堕天使、悪魔の三大勢力の法には、人命を奪った際の明確な記述がありませんでした」

「っ!?」

 

 咄嗟のアザゼルの異議。しかしそれは一蹴される。何故ならば、それが事実だからだ。人命を軽視していることがじゃない。彼らの法には、確かにそこを取り締まる法がなかった。

 

 悪魔も、天使も、堕天使も、どの種族にも命を奪った際の罪は記載されているものの、それは同族の命を奪った場合にのみ適応されるもので、他種族を殺害した際の罪はどこにも記載されてなどいなかった。

 

 しかしそれも仕方がない。人間が犬や猫を殺したからといって、非難はされど罪に問われるかと言われればそれは違うだろう。互いに同じ命だというのに。

 

 だからこそ問題は、三大勢力の代表である彼らが人間が対等な存在であると認めてしまっていること。立場が違うのであれば、それは罪ではなく単なる生存競争の結果に過ぎない。だが同じ立場であるとしながら、命を軽視するならば罪に当たる。

 

「っ……まさか、ここで私達と人間の関係が裏目に出るとはね」

「おい、どうする? 人間が俺達よりも下等な種族だと認めちまえばこの場は切り抜けられるが……」

「それを言ってしまえばおしまいですよ。そこを認めれば、後に待ち構えるのは争いだけです」

「……だよな」

 

 ただ、人間が豚や牛を食料として消費するように、三大勢力が人間を殺すことは問題ではない。そう認めてしまえば、確かにこの場を切り抜けられるだろう。だがそれは同時にこの裁判の終わりを意味している。

 

 この裁判はそもそも、三大勢力が人間を対等な立場と認めていながら、殺人を繰り返してきたという部分が根本に存在するのだ。そこを否定するということは、そもそもの前提条件を認めないということ。それは彼らの信念を捻じ曲げる行為だ。

 

 皮肉にも、彼ら自身の首を苦しめていたのは、彼らの人間を想う気持ちだった。

 

「いい加減にしろよ曹操! サーゼクス様やアザゼル先生は、いつも俺達(人間)を守るために、頑張ってくれてんだ! 何も知らないテメェが好き勝手言ってんじゃねぇ!!」

「そうよ。私達悪魔の中には確かに人間を食い物にする最低な奴もいるわ。でもそれも私達の手で数を減らしつつあるの。遠くない未来、本当の意味で人間と一緒に平和を迎えられる時が来るはずだわ」

「中身のない発言に、保証のない未来……か。それをよりにもよってお前達が言うか。赤龍帝、そしてリアス・グレモリー。三大勢力のわかりやすい被害者なら、お前達もよく知っているはずだろう?」

「なにを……」

 

 我慢できずに反論した一誠とリアスだが、アザゼルのように裁判として価値ある発言は2人にはまだ早い。曹操はその言い分を正面から切り捨てると、裁判長の方へと視線を向けてとある者の名を口にした。

 

「アーシア・アルジェント」

「え?」

「……リアス・グレモリーの眷属である元聖女ですか?」

「ええ、彼女こそが、悪魔、天使、堕天使によって人生を歪められた被害者の代表例です」

 

 ここで、アーシアの名前が出たことに一誠とリアスがわかりやすく驚愕する。確かに彼女の経歴は幸福とは呼べないものの、今はリアスの眷属として日々を楽し気に生きており、三大勢力に対しては恨みも持っていない。それに、曹操の口から彼女の名前が出てくること事態が意外だったのだ。

 

 勿論、曹操はアーシアとそこまで接点があるわけではないが、彼は今回の裁判を有利に進めるにあたって、彼女という存在は使()()()。そう判断した。

 

「アーシア・アルジェント。彼女の境遇は非常に不遇です。望んでもいない神器には種族関わらず癒す力があり、その善性を悪魔に利用され、神の死を秘匿するためという理由だけで魔女と呼ばれ追放、堕天使には利用されるだけ利用されて殺され、今は選択する権利すら与えられないまま悪魔へと転生しました。俺にはとても、彼女が『やむを得ない犠牲』には思えない」

「黙りなさい! それ以上私の眷属を愚弄するのは許さないわよ!」

「この野郎、アーシアは部長のおかげで生き返って喜んでるんだ! 被害者なんて俺が絶対認めない!!」

 

 曹操の言っていることは間違いではない。アーシアは確かに客観的な視点から見れば同情するに足る境遇を送ってきたが、そんなものは今共に過ごす一誠とリアスからしてみれば、何も知らない第三者の勝手な妄想だ。

 

 少なくとも、アーシアは今を幸福に生きている。それは本人も認める事実。だが曹操にとってそんな結果論は重要ではない。怒りのオーラを纏わせながら声を荒げる一誠とリアスに対して、冷やかな視線を向ける。

 

「最終的に本人が満足してればいいわけじゃない。その過程に問題があるのがこの裁判において最も重要さ。それとも、彼女が人として、教会のシスターとして何の苦しみもなく、一生を終えてたならば、それは不幸とでも言いたのか?」

「そんなのあたりま――ムゴッ?!」

「イッセー。気持ちはわかるが、そこから先は言うな。感情的になったら負けるのはこっちだぞ」

 

 裁判において、即敗北になってもおかしくないことを口走りそうになった一誠の口を、アザゼルが手で塞ぐ。アーシアを追放した教会などろくでもない所なのは確かだが、だからといって人としての人生を拒絶するのは今回の裁判において絶対にマズい。

 

 アザゼルがそれを小声で一誠に言って聞かせると、少しばかり冷静さを取り戻したのか一誠はコクコクと首を縦に振った。

 

 ここで一誠が我慢できずに色々言ってくれればもっと裁判を有利に進められたと曹操は不満気な様子も見せながらも、話を続ける。

 

「アーシア・アルジェントの件は本人が許しているからこそ問題になっていないものの、それは一例に過ぎない。天使は神の死を隠蔽するため、多くの信者や悪魔と契約してきた人間を殺害してきた。堕天使は神器所有者を攫い、神器の研究の他にも強力な神器を手に入れるため、多くの人間を殺害してきた。そして悪魔は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の発明以降、強い力を持った人間を殺害し、眷属とする風潮が広まった。稀に悪事を為した者が報復を受けることこそあれど、それは私刑であって法ではない。これらは緊急回避には適応されず、一部の邪の心を持つ者が行った異例でもない。殺意こそないかもしれないが、これらが人道に反していることは疑いようもない事実!」

 

 高らかに、宣言するように、曹操は語った。そして面倒なことに、それは全て事実。どれもミカエルやアザゼル、サーゼクスのようなトップの制御からは外れた事態ではあるものの、三大勢力の中にも数えきれないほど多くそういった非道を行う者達はいる。

 

 そして厄介なことに、そのような者達が行う非道をトップである彼らは見て見ぬふりをしなければならなかった。もしそこで止めに入ってしまえば、同種族内でも大きく別れ、平和とはかけ離れた戦争が再び幕を上げることになっただろうから。

 

 しかし、そんなことは人間の意見を代弁する曹操には関係ない。相手の弱みには積極的に付け込む。それは人間として、検事として、冷静でありながら冷酷な判断だった。

 

「っ……あの野郎、自分のことは棚に上げて好き勝手言いやがって!」

 

 思わずアザゼルが愚痴る。これが曹操もしくは、英雄派の訴えであったならば彼がテロリストとして行ってきた非道の数々を逆に糾弾することもできるんだが、今の曹操はあくまで人類の代理。今彼の罪を明らかにしたところで、今回の裁判には影響しない。

 

 それは裁判長も了承済のことだろう。でなければ、わざわざ曹操みたいな相手を原告代理人として用意しない。

 

 法廷に。短い沈黙が落ちる。言葉を選ぶアザゼルに代わって、発言したのはサーゼクスだった。

 

「曹操、君の言い分は正しい。だがその上で、私は異議を唱えよう。私達には咎められる謂れはないのだと」

「ほう、大きく出たな。聞かせてもらおうか?」

 

 一度目を伏せていたサーゼクスだが、ゆっくりと顔を上げると、はっきりとした口調で言った。

 

「裁判長。ひとまず君のことはそう呼べばいいかな?」

「……どうぞ、お好きに」

「では裁判長。君は最初に、この裁判は神の代理である君が公平に行うと口にした。それは人間は勿論、悪魔、天使、堕天使。その全てに対しても平等。そう捉えても構わないかい?」

 

 その問いかけに違和感を感じたのか少し首を傾げながらも、裁判長は確信を持って答える。

 

「当然です。そうでなければ裁判である意味がありません。改めて言いましょう。今回の裁判において私は神の代理人。公平に、そして平等に判決を下します」

「そうか……」

 

 その時、裁判長はサーゼクスが笑みを浮かべているのを見た。その顔はまるで、罠にかかった獲物を見る狩人のよう。

 

 すると、サーゼクスは検事である曹操にではなく、裁判長へ向けて告げた。

 

「ならば、この裁判は最初から破綻している。何故か? それは公平性が失われているからだ」

「勝てないからと、裁判そのものを否定しにでも来たか? サーゼクス・ルシファー。それはあまりに醜いぞ」

「いいや違う。勝つためさ。それに根拠も2つほどある」

 

 指を2本立ててから、サーゼクスは説明する。

 

「まず1つ。先程から君は三大勢力が大勢の人間を殺害したことにばかり言及しているが、それは人間側も同じだろう? 人間にも君のように強力な神器や武器、特殊な力を持った者は稀にだが存在している。そんな彼らによって命を奪われた我々の仲間は数知れない」

「そうだな。否定はしない」

「そして2つ。そんな人間達も、異種族を殺害を理由に罰せられることはない。この条件に関しては、人間である君達も我らと同じはずだ」

 

 サーゼクスが言いたいことはつまり、自分達には人道に反しているとか罪とか色々言っているが、それは人間側だってやっていること。何故こちらだけが責められなければならないのか、という根本的に裁判の流れをひっくり返そうとする反論だった。

 

 実際、曹操のように強力な力を持っていながら、それを私利私欲のために使い、なんの躊躇いもなく別種族を殺す超人は珍しくない。それこそ、英雄派なんかはそんな異常者の集まりだ。

 

 正論だ。サーゼクスの言っていることは正しい。だがそんな正論を返されたとしても、曹操が冷静さを失うことは一切なかった。むしろ、どこか憐れむかのような視線さえ向けている。

 

「一緒にしてもらっては困るな。数の差があるだろ?」

「そこは違うぞ。確かに加害者の数で言えばこちらの方が多いが、俺達が言いたいのは俺達の仲間を大勢殺しておいて、裁かれてもいない奴らは人間にも大勢いるってことだ。数は問題じゃない。その"構造"自体はお前達も同じだって言いたいんだよ」

 

 曹操の反論をアザゼルは腕を組みながら否定する。彼も、自力で無罪を勝ち取ることはできなくとも、裁判そのものを否定することで、この場において罪には問われないという流れに持っていこうとするサーゼクスのやり方に賛同することを決めたようだ。

 

「ククッ……」

 

 アザゼルの反論に、一瞬表情を揺らした曹操だったが、彼の口から洩れたのは堪えるような笑い声だった。そして彼は、衝撃の言葉を口にする。

 

「この裁判には公平性がないと? なるほど確かに。サーゼクス・ルシファー、貴方の言う通りかもしれない」

「なに?」

 

 認めたのだ。敵対しているサーゼクスの意見を。それもこの裁判を根本から否定するようなものを。思わず、サーゼクスの唖然とし、すぐにアザゼルは思案し始める。

 

(譲歩した……だと? いや、なんか違う。コイツはそんな奴じゃない!)

 

 アザゼルの判断は正しかった。彼が、英雄の血を引く彼が、異種族達を前にして、そう簡単に引き下がるわけなどなかった。

 

「――人間達の罪が裁かれていない。その前提が正しいならばな」

「どういう意味だい?」

「それに関しては、俺よりも彼女の口から語ってもらった方が早いだろう。説明をお願いできますか? 裁判長」

 

 曹操が何かを企んでいるような笑みを浮かべたまま裁判長の方へと視線を向ける。それに釣られて、他の者達も裁判長の方へと目を向けた。

 

 法廷が静まり返る。裁判長は、その威厳のある翼を煌めかせながら、瞼を閉じ沈黙する。しかし、そう間も置かず彼女の口は開かれた。

 

「――人類がこれまで三大勢力に対して行ってきた非道の数々。その件に関する裁判は既に終えています」

「「「「「「は――?」」」」」」

 

 全員が唖然とし、思わず声を漏らした。彼女の言っていることが理解できなかったからだ。驚きのあまり、何かを問いかけることすらできない彼らを見て、曹操は裁判長の話を引き継ぐ。

 

「二週間ほど前のことだ。俺達――英雄派の幹部はこの法廷へと誘い込まれた。奇遇にも、今のお前達のように、人類の代表としてな」

 

 サーゼクスが息を呑む。

 

「その時の検事役には俺達も驚かされたが……まあ今はそんなことはいいだろう。俺達は、お前達のように言葉を尽くして戦い、そして敗北した」

 

 言葉を挟む余地を許さないといったように、曹操は淡々と話を続ける。その様子は、まるで過去にこの場で起きた裁判を思い出しているかのようで、その瞳には確かな怒りと、諦めが感じ取れた。

 

「判決は有罪。俺達にはその罰として、神器、聖剣、魔剣、魔法、魔術、恵まれた身体能力、その他の超常の力が宿った武器。あらゆる人間の枠を超えた力を制限された。『力があるのだから溺れるのです。ならばそれを取り除きます』ってな。いや理不尽だとは思ったが、俺達じゃあ彼女には勝てなかったし、何より彼女は…………いや、これは関係のないことだ」

 

 曹操は裁判長の方へ、どこか憐れむような、同情するような視線を向ける。その意味に、サーゼクス達は気づけない、何故なら知らないからだ。曹操達の罪がそれだけで済んでいる理由には、ある人物の献身があったということを。

 

 そんなこと当然気づけないが、今サーゼクス達の中には非常に強い動揺の感情が現れていた。

 

 この裁判において、無罪を勝ち取ることは有罪率99.9%と言われる日本の刑事裁判よりも困難である。何故なら、無罪を主張できる証拠も証言もない。あくまで精神論で、裁判長を味方につけなければならないのだから。

 

 その上でアザゼルは戦い、サーゼクスが土台を崩しにかかった。しかし、そもそもの不公平であるという前提が崩れてしまえば、天秤は彼らの方へ傾くことはほぼありえない。

 

「そういうわけで、最初に言ったように今の俺は【曹操】と名乗ってこそいるが、なんの力もない普通の人間だ。今回の裁判だって、原告代理としてお前達に勝てば、俺を除いた英雄派達の罰を軽くしてくれるって言われたから参加したんだ」

 

 思わず、サーゼクス達は言葉を失った。裁判長である彼女は三大勢力を敵対視している。彼らの中にあったそんな確信が崩れ去ったからだ。彼女は本当の意味で、【裁判長】だった。

 

 もしサーゼクス達が突如現れた異形達の対処に意識を向けられるばかりではなく、人間達の世界も調べていたならば気づいていたかもしれない。(おおやけ)にこそなっていないが、人外を超える力を持った人間達が三大勢力に深く関わり過ぎた僅かな例外を除き、普通の人間レベルにまで弱体化していたという騒動に。

 

 気づいたとして何か変わることもなかっただろうが、それでももう少し別の方向性から裁判を進められていたに違いない。今となっては、もう手遅れでしかないが。

 

「どちらか片方だけを裁く裁判は確かに不公平だ。だが既に人類は裁かれ、まさに今、三大勢力が裁かれようとしている。――これ以上に公平な裁判はあるか?」

 

 サーゼクス達は何も言えなかった。何か言わなければならないと分かっていながら、これ以上口にすることができなかったのだ。

 

「――反論はないようですね」

「ま、待ってくれ!」

「発言は構いませんが、よく考えて話すように。感情のままに余計なことまで語ってしまえば、却って己の首を絞めることになりますよ」

「っ――」

 

 サーゼクスが何か言おうとするも、裁判長の冷たい瞳と冷静な言葉によって、その焦りが強制的に沈められていく。そして不安や恐怖といった感情が彼の中では少しずつ生まれていった。

 

「それでは――本裁判における最終弁論を開始します。どうか皆が、各々の罪を自覚し――それを受け入れられますように」

 

 そして裁判長の言葉をきっかけに、今回の裁判での最後の戦いの火蓋が切られた。

 

 まず最初に発言したのは、曹操の方からだった。

 

「ではまずは俺から、この裁判において最も重要なのは殺人という行為そのものでも、殺した数でもありません。人間とは対等であり、公平である。そう掲げておきながら、彼らは人命を軽んじてきた。その精神性そのものにこそ問題があるのです」

 

 三大勢力の代表ではなく、裁判長へと曹操は語る。

 

「彼らは平和のためであると、虐殺を肯定した。しかし、そんなあやふやな理由で亡くなった者の家族が、友人が納得できるはずがない。だが記憶の改竄という暴挙によって、そんな人間達には怒りの感情すら生まれなかった。本当にやむを得ず人間が救いきれなかったというのであれば、命を落とした者達のことをもう少し気に掛けるべきでしょう。しかし彼らにはそれがない!」

 

 曹操は、はっきり言ってしまえば冷酷な人間だ。自分とは関係ないところで死んだ人間のことなど、気にも留めないだろう。しかし彼は、今回の裁判で原告代理を担当することとなり、その被害者達のことを初めて意識した。

 

 そうして彼の中にはある感情が生まれた。

 

 同情――という、ごくありふれた人間としての感情を。

 

 英雄としてではなく、検事としてでもなく、ただ1人の曹操という人間として彼は初めて人を可哀想であると思った。残念ながら、その熱もすぐに収まってしまったが、消えてはいない。

 

 曹操は論理的に、そして感情的に告げる。

 

「どれだけ綺麗事を並べたとしても、彼らの行動が人命軽視を表しています。それは人間とは比べ物にならないほどの長い年月を生きて来た三大勢力が積み重ねてきた確かな罪です。何しろ、無限にも等しい寿命を持つ彼らがこれまで一切、その姿勢を変えようとはしなかったのですから!」

 

 感情的になったのを自分でも自覚したのだろう。「……らしくないな」と曹操は自嘲するように呟くと、一度深呼吸してから再び口を開く。

 

「英雄の子孫ではなく、1人の人間として私――曹操がお願い申し上げます。彼らに、正しい裁きを」

 

 裁判長は答えない。だが無言で曹操の言葉を聞き入れると、今度はサーゼクス達の方を向き、「弁護側」と発言を求める。

 

「……ああ」

 

 一応ノリで弁護士を引き受けたアザゼルだが、その顔にはもう序盤の時のような余裕はない。いつになく真剣な様子で彼は語る。

 

「俺達が今突き付けられてる人道に対する罪について。あんたも言ってるように、客観的な目線だけで見たら確かにそう思うかもしれない。だが俺達に選択肢はなかった。人間の被害を減らせることも無理じゃなかっただろうが……その選択をした場合は今度は俺達の同族が死んでいたからだ」

 

 ここまでの弁論で、アザゼルは自分達がまずスタート地点からして不利であったのだと思い知らされた。ならばもう、勝利するための道筋は論理ではなく、感情で決定権を持つ裁判長の同情を得る。それしかない。

 

 相変わらず敬語ではないが、それでもアザゼルは裁判長と真摯に向き合う。

 

「俺達にも人間のように感情があって、仲間意識も存在する。きっとそれで無意識の内に優先順位をつけた結果、人間の被害を増やしちまったんだろうな。それに関しては悪いと思ってる。でも俺達が人間を守るために戦ったことは一度や二度じゃない」

 

 アザゼルの後ろでは、他の者達が見守っている。一誠やリアス。サーゼクスやセラフォルー、犬猿の仲であるミカエルまで今やアザゼルに全てを託していた。弁護士ではあるが、この裁判で負けたとしても誰も彼を責めはしないだろう。

 

 それだけの信頼関係が今の彼らにはあった。

 

 むしろ、この状況とあんな勢いだけの弁護士で、事前に勉強していた曹操とよくここまで戦ったものだ。その功績は称賛こそされど、責められる筋合いはない。

 

 そして何より……この場にいるのは三大勢力でも最高戦力とも言っていいメンバー。既に、敗北した先の最悪まで予測し、()()()()()()()()()()

 

「大勢殺した。だがその数百倍以上の人間を俺達は救ってきた。この功績は、無視していいもんじゃない。裁判長、あんたはこの所をよく考えてくれ。曹操は死んだ人間のことばかり言ってるが、未来は生きてる奴じゃなきゃ作れないからな」

 

 背に集まる視線を感じ、アザゼルは小さく笑みを浮かべ、内心で思う。

 

(こんなに頼もしい奴らなら、もっと早くに和平を結べたな)

 

「命に優劣がなく、公平だと言うのなら、俺達のおかげで生きている人間達のことも踏まえた上で、罪の重さを推し量るべきだ」

 

 状況は不利。良くて勝率3割といったところだろう。だがそれでも、アザゼルは傲慢に、そして固く強い意志を持って告げる。

 

「俺達は一貫して、無罪を主張する」

 

 語り終えたアザゼルは少し下がると、サーゼクス達に囁くように語り掛けた。

 

(……やれることはやったはずだ。勝機は薄いが、後はあの女に任せるしかねぇ。ちっ……こんなことになるんだったら、もうちょい法律関係の本でも集めとくんだったな)

(いいや十分だ、アザゼル。今は最悪の事態にならないことを祈ろう。それよりもミカエル、大丈夫そうかい?)

(ええ、アザゼルが時間を稼いでくれたおかげですね。信じたくはありませんでしたが、彼女の力はどうやら本当に我々天使の力が関わっています。ええ、私ならば……()()()()()()()()

 

 不安こそ大きいが、可能な限りの抵抗は見せた。そしてその成果は、ミカエルが用意した。ならば、もう彼らに恐怖はない。平和的解決が可能な判決であることを望んで、サーゼクス、アザゼル、ミカエルの三人は裁判長の決断を待つ。

 

 三人が隠れて進めていた作戦などまったく気づかなかった一誠とリアス、セラフォルーに関しては、完全に置いてけぼりを食らっていたが。

 

「――最終弁論が終わりました」

 

 後は裁判長の判決を待つのみ。だがそこで裁判長は想定外の人物へと向けて声をかけた。

 

「兵藤一誠。最後に、私から貴方に質問させてください」

「え、俺……?」

 

 まさかここで一誠の声がかかるなどとは、本人どころか誰も想定していなかっただろう。ここまで自分から積極的に会話に入り込むことのなかった裁判長が自分から。それも、この場においては戦力的にも知性的にも見劣りする兵藤一誠に。

 

 全員が目を見開き、一誠の方へと視線を向ける。

 

「わ、わかった……」

 

 戸惑いながらも、一誠はその提案を受け入れた。

 

「私は、貴方のことを知識として知っています。最新の赤龍帝。愛と性欲の奴隷。世界に愛された男。ですがそれは()()の知識であって、私のものではない。私自身が、貴方を見定める必要があります。どうか主人公として相応しい答えを、私は期待します」

 

 一誠は困惑していた。彼はこれまで、その特異的な在り方から多くの呼ばれ方をされてきた。しかし、初めて彼は『主人公』と呼ばれた。その意味は非常にわかりやすいが、その真意に辿り着けずに戸惑うしかなかった。

 

「――人間、悪魔、天使、堕天使。様々な勢力が、様々に動くことで、この世界は混迷に向かいました。それがどのような結末に向かおうとも、貴方は必ず最後の瞬間、当事者の1人になっていることでしょう」

 

 緊張した様子で、不安を隠しきれない一誠に構うことなく裁判長は語り聞かせる。

 

「……それでは、問いかけの数は三つ。よく考えて答えなさい」

 

 そして裁判長による最後の問いかけが始まった。

 

 一つ。

 

「汝、悪魔と人間、どちらの側に立つか?」

「なっ……俺は悪魔になっても心は人間のままだ。どっちかを選びなんてしない!」

 

 彼は、肯定も否定もしない。

 

 二つ。

 

「汝、悪魔、天使、堕天使が過去積み重ねてきた罪を肯定するか?」

「違う! アザゼル先生は平和のためだって言ってたんだ。人が死ぬのはよくないことでも、サーゼクス様達に罪なんかない!」

 

 彼は、肯定も否定もしない。

 

 三つ。

 

「汝、三大勢力は善か、それとも悪か?」

「いい加減にしろ。俺だって今の話を聞いて自分達が正義の味方じゃないってことぐらいわかってる。でもだからって邪悪なはずがない! 俺はリアス部長に救われたんだ。絶対に悪だなんて思わない!」

 

 彼は、肯定も否定もしない。

 

「――。――」

 

 一誠の答えを聞いた裁判長は黙り込む。あまりに腹の立つ問いかけに一誠はまだまだ言いたいことは山ほどあったが、それは裁判長から放たれた圧で強制的に沈められた。それ以上は一誠も何も言えず、法廷に長く、重い沈黙が落ちる。しかしすぐにその静寂は破られた。

 

「兵藤一誠。貴方はやはり彼女が考える通りでした。どこまでいっても中途半端。良い意味でも悪い意味でも捉えられる優柔不断。その精神性は人間としては素晴らしいですが、悪魔としては評価できませんね」

 

 一瞬、ほんの僅かな間。一誠は裁判長である彼女がこれまでの機械的なものではなく、人間らしい柔らかい表情をしているのを見た。その一瞬に一誠は目を奪われるも、それは本当に一瞬の出来事。次の瞬間には裁判長はすぐにその顔の冷酷なものへと戻していた。

 

「――では、判決を言い渡します」

 

 そして彼女は告げる。悪魔、天使、堕天使へと突き付けられる判決を。一誠は息を呑み込み、祈るように裁判長を見つめる。

 

「有罪」

「っ――!」

 

 だが彼らの祈りが届くことはなかった。

 

「彼らの行為は非人道的であり、同時に人間達と対等な関係を宣言しておきながら、人間を己が種族よりも下等として扱った。いかに大義名分があろうとも、それは虐殺と呼ぶに値します」

 

 続けて彼女は罰を告げる。

 

「ですが、被告は快楽目的の虐殺ではなく、その結果救われた命があることも考慮すると、情状酌量の余地があり、死罪には至りません。よって――」

 

 被告の代表として集まった者達1人1人に視線を巡らせてから、裁判長は言った。

 

「被告に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なっ――!?」

 

 その判決に、サーゼクス達は絶句した。しかし、彼女は続けて語る。

 

「続けて、サーゼクス・ルシファー。セラフォルー・レヴィアタン。アザゼル。ミカエル。貴方達には、それを法として定め、その規則を破った者に相応しき罰を与える制度を作ってもらいます。貴方達の刑は以上です。よろしいですか?」

「待て! 待て待て待て!!」

 

 端的に判決を終え、話を終えようとする裁判長にアザゼルが慌てて止めに入る。納得できなかった。納得できるはずがなかったのだ。今回の裁判で、彼にも僅かながら罪の意識は生まれた。しかし、だからといって人間界との関わりを完全に失くせなど受け入れられるはずがない。

 

 もはや三大勢力にとって、人間との関わりは切っても切り離せないものとなっている。今更関わりを絶てだなんて、彼らが納得しようとも三大勢力全体が受け入れるはずがない。

 

 悪魔がわかりやすい例だろう。彼らは人間と契約し、実績を積むことで悪魔としての昇格が可能となる。つまりはビジネスパートナーだ。今更そのシステムを変えるとなれば、新たに作らなければならない法は一つや二つでは済まない。

 

 彼らにとって、人間との関わりはそれほどまでに重要なのだ。

 

「いくらなんでも、『無期限』は重すぎるだろ!」

「その通りだ。それに人間達も私達の存在を必要としている。それは互いにとっての不利益にしかならない」

「私達が守らないなら、一体誰が人間を守るのよ!」

 

 アザゼルに続いて、サーゼクスとセラフォルーも反論する。2人もその判決に関しては異論しかなかった。そこには個人的な欲求もあるだろうが、あくまで種全体の意見でもあった。

 

「死罪じゃなかっただけマシだと俺は思うがな。実際、俺達はあと一歩で死刑だったわけだし」

「っ……貴方は黙っていなさい」

 

 以前曹操が被告の立場として行われた裁判では、彼は裁判長を敵であると定め、対話もせずに即武力による解決を求めた。そして当然のように圧倒されたものの、それでも諦めようとはしなかったことから、英雄派は一度死刑を言い渡されていたのだ。

 

 なんとか、その場を乗り切れたのは運が良かったからでしかない。

 

 そんな曹操からしてみれば、人間界と関わらないだけで自由に暮らせるのだから全然マシなのだが、これは本当に種族としての価値観の違いだろう。ミカエルに睨みつけられ、肩を竦めてやれやれと言った感じで引き下がる。

 

「曹操検事の言う通りです。いくら貴方達に同情できる要素があったのだとしても、これ以上は譲歩できません」

「ふざけんな! 人間界に行けなくなったら、もう学校にもいけないし、父さんや母さんにも会えないだろうが!」

「諦めなさい。というより、人間を辞めて悪魔として生きる道を選んだのでしょう? でしたら、その程度の覚悟は持っておくべきです」

 

 転生悪魔や御使いには、元人間の者が数多くいる。その中には、まだ家族が人として人間界で暮らしている者達も少なくはない。その代表として……というわけではないが一誠の怒りを裁判長は受け流す。人間を辞めたというのに、未だ人間の家族と共にいれないことに不満を抱くのは身勝手であると。

 

 裁判長の言う事は正論である。だがそんな正論で感情の高ぶりを鎮められる程、一誠は繊細な男ではない。彼の怒りはみるみると高まっていく。しかし裁判長がそれを気に掛ける様子はない。彼女は理解しているのだ。今ここで彼らが何をしたところで無駄に終わることを。

 

 だからこそ、敢えて好きに発言させる。

 

「貴方達三大勢力が人間を救うことによって救済される命と、貴方達が関わったことで失われる命。どちらの方が、より被害を減らせるか。貴方達がこれまでしてきたことと同じですよ。より多く生き残る側を、私は選びました」

 

 多くの人間が三大勢力の争いに、悪事に巻き込まれ、命を落とした。だが三大勢力のおかげで助かった命があることもまた事実。以前の人類側を被告とした裁判で、人類規模で弱体化したことも考慮すると、例え三大勢力による介入がなくとも、決して少なくはない犠牲が生まれることは容易に想像できる。

 

 だがそれを踏まえた上で、裁判長は三大勢力と人間には関わりがあるべきではないと判断した。単純に命の数で天秤にかけたこともあるが、何よりも彼女は信じているのだろう。人類がそんな困難をも乗り越える可能性を。

 

「貴方達は罪を受け入れますか?」

 

 裁判長は問う。しかし、彼女の内に抱く希望も、三大勢力へと向けた同情も彼らには届かなかった。

 

「受け入れるわけないだろ!!」

 

 一誠が、声を大にして拒絶する。

 

「……そうですか。貴方自身にはそれほど罪はありませんが、種族そのものが抱える罪をも否定すると」

「そうだ! ここでお前を倒して、悪魔も天使も堕天使も、それに人間も助けて見せる。それが俺の答えだ!!」

「……貴方達も同じ意見ですか?」

 

 感情を爆発させた一誠とは対照的に、その返答が来ることをわかっていたかのように冷静に、裁判長はその答えを受け止める。そしてサーゼクス達の方へと視線を向けた。

 

 そこにいるサーゼクス達は一誠のように激情こそしていなくとも、全員が裁判長に敵意のある視線を向けていた。リアスとサーゼクスは破壊の魔力をその手に宿し、ミカエルとアザゼルは光の武器を生み出し、純白と漆黒の対照的な翼を広げ、セラフォルーはいつの間にか魔法少女の服装へと着替えている。

 

 明らかな敵対行為。サーゼクスが危惧した最悪の事態は、こうして実現した。

 

「その通りだ。私達は、満場一致で君の判決を拒絶する。ふっ、この場で一番の後輩がここまで言ったんだ。私達も大人として頼もしいところを見せるべきだろう?」

「そういうことですよ、ジャンヌ・ダルク。貴方は正しい。ですが、私達にも人間を守る者としての責務がある。大人しく、降伏することをおすすめします」

「おいおい、随分と甘いなミカエル。やっぱり、相手がモノホンのジャンヌ・ダルクだからってビビってんのか? そんな簡単に負けを受け入れるような奴じゃないだろ」

「サーゼクス様、アザゼル先生、ミカエル様……」

 

 サーゼクス、アザゼル、ミカエルの三人が一誠の前に立つ。その頼もしい背中に、一誠はその瞳に闘志の炎を燃やす。

 

「よく吠えたわ一誠。それでこそ、私の眷属よ」

「うんうん、よくあんな啖呵が切れたね。ちょっと驚いちゃった」

「セラフォル様、リアス部長……」

 

 そして一誠の隣に、リアスとセラフォルーが並び立つ。

 

 彼らは完全に武力で裁判長を制圧するつもりでいるのは確実であり、もはや和解の可能性はありえなかった。その様子を少し離れた検事側の席から見ていた曹操は『無駄なことを……』と思いながらも、『これじゃあ最後まで裁判やった意味ないんじゃ……』と必死に法律について勉強した日々を思い返していた。

 

「残念です。できれば貴方達には罪を自覚し、罰を受け入れて欲しかったのですが……。貴方達がそれを望むのならばいいでしょう。被告の敵対行為。これを理由に閉廷します。英雄派リーダー、曹操。貴方の仕事に対する報酬は後で支払います。今しばらく、この法廷に残るように」

「了解した、裁判長。ただ今の俺は非力だ。勿論守ってくれるんですよね?」

「ええ……」

 

 罪を受け入れずに、戦うことを選んだ一誠達に裁判長は落胆したような反応を見せる。彼女が何故、暴力による支配ではなく裁判による対話を望んだのか、一誠達は知り得ない。だからこそ、彼らは最後のチャンスを自ら切り捨ててしまった。

 

 彼女が与えた温情を、拒絶してしまったのだ。

 

「では戦いましょう。これより私は裁判長の身分を捨て、主の書記としての身分を捨てます。私は私の全てを賭けて、彼女()の願いを叶えましょう」

 

 裁判は破綻した。そこから先は、もう血が流れることは避けられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――閉じよ(みたせ)

 

 三大勢力を被告とした裁判が閉幕を告げたと同時刻、樹海とも呼べるような冥界にある森林の中で、とある儀式が行われようとしていた。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

 そこには端整な顔立ちをした赤い双眸の美女と、頭部の抉れた天使の特徴を持つ人型の異形の姿が。それは見る者がみれば天使を引き連れた女神のようにも見えるだろう。

 

 ――2人の周囲に、夥しい数の魔獣の死体が捨て置かれていなければ。

 

 フェンリルにも似た狼型の魔獣。彼らは、本来その樹海を縄張りとして君臨していた者達だった。個体ごとの強さは下級悪魔程度の強さしか持たないものの、それが何十何百と集まることで上級悪魔すら上回る魔獣にしては珍しい群れを形成する種でもある。

 

 今日も彼らは、いつものように不用意に自分達の縄張りへ迷い込んだ者達に対して、即座に奇襲を仕掛けた。普段ならば、一瞬の内に終わる狩りであっただろう。しかし、今回の狩られる側は彼らだった。

 

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 魔獣達は天使の特徴を持つ異形によってあっさりと蹂躙され、彼らの血は地面へと刻む魔方陣へと利用された。そして血の魔方陣が完成すると、用済みとなった他の魔獣達は異形によって肉の一片すら残さず消滅させられる。

 

 こうして樹海の支配者である魔獣はいとも容易く滅びを迎えた。

 

 少女が魔獣達の血で地面に描いた魔法陣に向けて右手を突き出し、歌うように詠唱する(うたう)。それを後ろで待機する異形はそのあるのかすらもわからない眼でその光景をジッと見守っていた。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の件に」

 

 その瞬間、血で真っ赤だったはずの魔方陣が青白く輝き始める。激しくスパークを巻き起こし、周囲の樹々を焦がしていく。

 

 その反応にまさに今自分が行おうとしている()()()が成功しようとしている証明であり、その女性はニヤリと笑みを浮かべる。すると彼女は、おもむろに胸に手を当てた。

 

「聖杯の寄るべに従う、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 その直後、彼女の胸からは黄金に輝く杯――"聖杯"が抜き出てくるように出現した。

 

 聖杯は無限にも等しい魔力を無造作に振り撒き、その膨大過ぎる魔力によって周囲の樹々は生命力を吸い尽くされ、枯れ果ててゆく。それは『聖なる』力とは正反対の『悪』が感じられた。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善となる者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 魔方陣の輝きは更に増していき、爆発するように溢れ出す。だがそれでも彼女の詠唱が中断されることはなく、女性は聖杯を天高く掲げて、最後の一説を口にした。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 直後、爆発したかと勘違いするような光の奔流が樹海全体を包み込み、女性を、そして女性を守るように後ろに立っていた異形をも飲み込んだ、しかしそれも一瞬のこと。女性が再び、瞼を空けると、そこには人影があった。

 

 一つではない。合計()()。それは間違いなく、儀式の成功を意味していた。

 

「これはまた……イレギュラーだらけの召喚ですね。ですが、やるべきことはわかっています。この場合、やはり、こう言うべきでしょう」

「貴女は……まさか……!!」

 

 その影の1つが、ゆっくりと女性へと近づくと、その姿が段々とはっきりとしたものへとしていく。その姿に、彼女は驚愕した。それは、彼女にとっての()()とまったく同じ容姿をしていたのだから。

 

 黄金の髪に鎧と甲冑を身に着けた女性。そして何より特徴的なのが、槍のように先端に突起がついた大きな旗。彼女はその旗をまるで武器のように自在に振り回すと地面に突き刺す。そして告げた。

 

「問おう。貴方が、私たちのマスターですか?」

 

 戦況は既に変化を始めていた。




というわけで、次回を望む声と評価が想定以上に多かったので続きを投稿してみました。
『裁判』というかなり難易度の高い内容であったので、大分内容が雑になっています。後から書き始めたことを後悔しました。
もう書きません。今度こそ。絶対に!
というか、私がこの先の展開を知りたいくらいです。いっそ、誰かに書いて欲しいくらいには……。
なので、次回はないことをここで言っておきます。……フリじゃないですよ?



ちなみに、球体のラスボスと悪い樹達に関しては、うちのカルデアのパーフェクトリリスが頑張ってくれました。……なんであいつら魅了入らないんだろ?
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