ジェネリック小壺 in リムベルド 作:棘棘生命(一旦再考中)
ずれた位相にあっても、夜渡りの面々は真正面からドラングレイグに挑まざるを得なかった。今までの定石が通じない地形に、強敵たち。いつかも分からない、初めてリムベルドを探索したときと同じような困難を戦士たちは味わっていた。一組を除けば。
追跡者、鉄の目、小壺旅人の三名は、幼い壺の作戦通り『朽ちた巨人の森』を突き進んでいく。正気を亡くし黒ずんだ肌となった亡者下級兵の群れを倒し、一つ目の巨獣オーガの体力を三名で削り、最初の休息場で一息つく。
その際小壺旅人が驚いたのは、兵士から得られる力と、篝火の代わりに祝福が輝いていたことだ。前者はリムベルドの民と同じようにルーンの形で手に入った。そしてオーガからはリムベルドに出現する武器が。てっきり彼は、差異の世界において生命の象徴である『ソウル』が吸収されると思っていたのだ。
だが、馴染みのある感覚の中に確かな違いがあった。暗く淀んだ、夜とは性質が違う力。これが人間性なのだと気づくまでに、多くの時間を要することになる。
小壺旅人は走りながら、二人の夜渡りに自身の考えを共有した。
「やっぱり、細かな部分は違っているみたい。強敵の位置まで違うかもしれないし、僕が先行するよ!」
追跡者と鉄の目はそれぞれ頷き、その先にある伸びる霊脈を飛ぶ。そこには、途中で壊れた梯子が張り付いていた。そして苔むした広場やその先の屋内においても、得意な距離である前衛後衛の役割を果たす。
完全な遺体に扮した亡者下級兵も、慎重だが速さを求める夜渡りの索敵にはかなわない。奇襲はできず、一気に殲滅される。
暗い屋内を抜けて、フルフェイスの兜を被った亡者王国兵たちが彼らを迎える。夜渡りに向かって矢を放ち、火炎壺を投擲してくるも、それは正気であった頃の行動を再演しているだけだ。追跡者は手に入れた『クレイモア』を薙いで生ける屍となった兵士たちの体幹を崩し、そのまま肩を斬りつける。
遠くに陣取る兵士には、鉄の目の矢が突き刺さる。小壺旅人は、祈ることで召喚した大きな生き壺一体と共に、その他の兵士を吹き飛ばした。
石煉瓦を蹴って登り、開かれた主塔の中へと入る。すると、あっと小壺旅人が声を上げた。そこには小さな櫓のような大荷物を担ぐ、老婆の姿があった。その気配は夜に呑みこまれた者よりも希薄であり、元々の存在から分かたれたほんの一部であった。
『珍しいねえ、こんな立て続けに人が来るなんて…。あんたらも買っておくれ…何か買っておくれよ…ヒヒヒッ…。』
リムベルドに言葉を話せる者など、ほとんどいない。小壺旅人の献身によって勝機に戻った戦士くらいだ。
夜渡りたちは警戒して得物を構えるが、幼い壺は手を挙げてその必要はないことを示す。彼は老婆のことを知っていた。
―――――
僕はすぐさま座り込んだお婆さんに近づき、自己紹介をする。またも僕は、物語の登場人物へ出会うことができたのだ。行商メレンティラ。ドラングレイグで起こった戦を知り、時代が終わった後も生き残ってきた女傑と。
「お婆ちゃん、こんにちは!僕は旅の壺。こちらは、使命のために戦っている英雄のお二人なんだ!どんなものを売っているか、見させてもらってもいい?」
『ヒヒヒッ…元気の良い坊やだね…。婆を助けてくれるなら、誰でも歓迎さ。最近は変な物も落ちてるんだ、安くしとくよ…。』
その強さも秘めたまま見せない彼女は、僕たちを手招くと大荷物の中から物を取り出した。
彼女に見せてもらった道具は、確かに変だった。ドラングレイグにはない、リムベルド由来の道具。ぬくもり石や調香瓶の類も出してきたのだ。僕は黒い飴細工のようなものと、火炎壺を購入しようと思った。前者は『人の像』という人間性にも似た道具で、後者は狭間の地とは別の製法で作られた物品だ。
そして会話していく中で、彼女の名前や望む物についても聞いた。ソウルの代わりにルーンを取り出したところ、これで問題ないという。
ソウルとは、差異の世界の住人において力の源以上に意味を持ったものであるはずだ。僕はそれについて尋ねると、メレンティラは返した。
『ルーンってやつが何か、婆には分からないけれどね。もらってみたら同じようなものさね。』
「…僕の故郷のルーンと、リムベルドのものは違うのかな…?夜には魂が溶け込んでいるみたいだし…。」
ルーンの性質について考えを巡らせたが、今しても時間が無くなる。メレンティラが問題ないなら、ルーンを渡そう。僕は彼女と取引をしながら、話を聞き出した。あの方が語った物語が、直接彼女の口から聞けるなんて、すさまじい幸運だ。
海の向こうから来た巨人について、それが成れ果てた樹のこと。ドラングレイグの戦を経験したお婆さんの話は迫真性があり、つい聞き入ってしまう。
逸話に関心がある様子の鉄の目は、メレンティラに更に深く尋ねた。巨人との戦いの行く末や、巨人の性質について。
「…あの侵攻してきている影も、樹のような巨人だ。婆さん、この砦でも見られるのか?」
『少し歩けばあるよ。わざわざ死体を見たがるなんて、風変わりだねぇ…。どこにでもあるだろうに…ヒヒヒッ…。』
「得体の知れないやつは分析すべきだ。…小壺旅人、貌の無い巨人について後で詳しく聞かせてくれ。」
僕は縦に体を傾け、鉄の目に同意する。この砦の下には、巨人の王との関連性が仄かに漂う巨人がいるはずだ。そのとき、感覚的に夜との関わりもあるかが分かるだろう。
その後も、情報収集を兼ねた会話をした。メレンティラの売り物を見ていった先客は、全身鎧をまとっていたという。僕はその外見について詳しく聞き、『フォローザの獅子騎士団』のものであると確信する。
やはり、不死の英雄が来ていたのだ。僕は二人に共有する。英雄の足取りを追うことになるだろうと。
「あの鎧を着ていたという戦士か。リムベルドにいるならば、共闘したい。」
「そうだね!会えたらきっと一緒に戦ってくれるよ!」
『知り合いなのかい?あんたらと同じように、重いものを背負っているようだったねぇ…。』
雑談は終わり、僕たちが立ち去るときがやってきた。そのとき、メレンティラがぽつりとこぼす。正気を失いかけていても人情味に溢れた言葉だった。
『――見てきただろうけどこの国はね、どこもボロボロになっちまったんだ。でも最近は、もっとおかしなことになってる。あんたらも気を付けるんだよ…まだ若いんだからね。』
「ありがとう、メレンティラお婆ちゃん!…また会えたら、もっと沢山買うね!」
『御贔屓にねぇ…ヒヒヒッ…。』
彼女の激励を胸に、僕はメレンティラに別れを告げた。囚われた魂の一欠片が、元の世界に戻れるよう尽力することを誓いながら。
主塔の下を覗き、下で炎が燃え盛っているのを見た。そして霊脈が、熱風を飛ばしてくる感覚も覚えた。話は知っていても絵では見たことの無い場所を、僕はこれから経験するのだ。それにこの砦には、不死の英雄の旅路に関わった人物が多くいたはずだ。ぞくぞくと歓びが体全体から湧き上がってくるのを感じる。
梯子を下り、ソウルを求める亡者の兵士たちを細い通路で相手取る。ぼろぼろの槍を闇雲に振り回す姿は、操られた人形のような有り様だ。
僕はメレンティラから買った製法の違う『火炎壺』を投げ、その威力を確かめる。爆発の規模は控えめであるが、安めに売ってくれたおかげでより多く投擲できる。温存しておいて、後でドラングレイグにおける火炎壺の製法を紐解いてみるのも良い。
戦闘が終わり、追跡者がしげしげと扉を眺める。どうするつもりかと考えた矢先、彼は格子を足蹴りした。するとそれだけで格子がへしゃげ、反対側に吹き飛ぶ。夜渡りの力は、人間の枠を越えている。
「…脆いな。これで昇降機も使える。小壺、判断を頼む。」
「ありがとうお兄ちゃん、地下に行こう!…その前に向こう側の扉も試してみていいかな?この砦には、特別な扉があるはずなんだ。それを探したくて。」
「ああ、そちらも試そう。その特別な扉というのは開くのか?」
「開くには特別な証が必要になるらしいんだけど…僕たちなら回り込めるんじゃないかって思うんだ。」
追跡者が僕に次の目標地点を聞いてくれたため、兵士を倒してすぐの扉を示す。証を求められる扉の先には、鉄の目が気になっていた、巨人の樹の一つがあるはずだ。そしてその樹は、この砦で起こった戦において重要な記憶を有していたと、物語にはあった。
記憶を覗くためには、造られた古竜が持つ『灰の霧』が必要であるとされていたが、ここはリムベルドだ。線状の夜を吸収すれば、代用が可能なのではと僕は考えた。
橋を渡り直し、夜渡りの筋力によって道が開かれる。僕たちは左の階段を上り、大盾を持った騎士と相対した。そして騎士の背で、大扉が存在感を放っている。求めていたものはここにあった。
「本物のザインの兵だ…!お兄ちゃんたち、この扉だよ!」
「…太陽を象る大盾か。如何にも、あんたの記憶に残りそうな相手だ。」
「えへへ…。」
追跡者が鉤爪でザインの兵を引き寄せ、炎を纏わせた大剣で斬りつける。合わせるように鉄の目の短剣が、弱点を刻む。
ザインの兵は、巨人との戦いにおいて自ら尖兵となった騎士ザインを模している。しかし鎧の見た目は栄華でも、この鎧を着たザインの部下は悉く精神に異常をきたした。無残に死した騎士ザインと戦場に呪われているのだ。
そのような痛ましい逸話があり、刃も鎧も呪いが染み付いているのに、彼らが持つ大盾だけはそれを持たない。太陽を刻んだタワーシールド。太陽は呪いさえ跳ね除けるのだと、一層憧れを強くしたものだ。
精神をおかしくした上で亡者に成り果てても尚大扉を守り、忠義を尽くすザインの兵。彼に向かって僕も駆ける。この拳で、彼らを呪いから解き放つ。
三対一の戦闘はこちらが有利に進む。ザインの兵の、剣と大盾を使った堅実な立ち回りは、正気を失う前強者であったことを伺わせる。
鉄の目と僕が注意を引きつけ、追跡者が兵の背後を取る。いつの間にか取り出していた『グレートソード』を下から上へ振り抜いた。
そのときだ。僕たちの背後からザっと、何かが擦れる音がした。白い光と共に消えるザインの兵越しに、追跡者が口火を切る。
「…噂をすれば影が差すとは、真実だな。」
振り返ると、鎧姿の戦士が立っていた。追跡者が似姿を取っていたファーナムの全身鎧。気配は静かだが重く、夜渡りの戦士のように、幾つもの死線を潜り抜けてきたことを理解させられる。
彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。絶望を焚べ、原罪を探究した英雄が今、僕たちを見定めていた。