祝福の異端審問官   作:覚醒不知火

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第3話 工場跡の友人と悪魔

帝都、それは人類の都。

数多の衛星国を従え莫大な国力を誇る帝国で最も繁栄し、最も多くの人口を抱える、正に人類文明の心臓である。

中心部には荘厳な宮殿が存在し、周囲には巨大な帝国を維持するための行政施設や軍事施設が数百単位で建築されていた。

 

中でも最重要と言われる施設が異端審問庁本部である。

異端審問庁とは人類の内部に蔓延る悪魔や異端者を狩る事によって人類文明の純血性を守る為に帝国内で巨大な権力を持つ組織であり、そこに属する異端審問官達には帝国臣民を問答無用で逮捕、審問し刑罰を与える権限が与えられていた。

異端審問の対象は一般人に限らず、例え大きな権力を持つ官僚や軍人でも審問官から逃れる事は出来ない。

そして一度、異端者が発見されれば審問官達は問答無用で関係者諸共、異端者を粛清する為、帝国内に彼らを恐れぬ者はおらず、反乱を企てる者でさえ彼ら彼女らの姿を一度目にしただけで考えを改めるのだ。

 

そんな審問官達の本拠地はまるで宮殿の様にも錯覚できる巨大さと豪華さを誇るが、周辺には大量の兵士達が展開し多数の検問所や堅牢な鉄筋コンクリートで作られた要塞などが配置されており、空には常にサーチライトと高射砲の砲門が向けられていた。

 

その上空を今、一機の輸送ヘリが飛行している。

 

ヘリは審問庁本部の上に滞空すると、屋上に備え付けられているヘリポートに着陸し一人の審問官を降ろした。

 

その者の名は、ラウラ・リヒター

祝福の異端審問官と称される、美しい白髪の少女である。

 

 

 

私は今、異端審問庁本部の廊下を歩いていた。

下水道に潜伏するカルト教団を一つ壊滅させたことを自身が所属する討魔局の局長に報告するためである。

 

本部の廊下には自分以外に幾人もの職員や審問官、巡回の兵士達が歩いているが私に目を合わせたり声を掛ける者はおらずクローンである兵士達は敬礼をしてくるが、それ以外の者達は私を避ける様に歩く。

 

少し寂しい気持ちもあるが私の経歴を考えれば皆が私を避けるのは当然と言えるだろう。

 

数分程廊下を歩くと、局長室と書かれた扉の前に辿り着いた。

 

「失礼します」

 

ノックをし挨拶を行いながら入室する。

 

扉を開くと机で書類仕事を行う初老の男性が目に入った。

常人よりも一回り大きい体格を持ち白い口髭を蓄えるこの男性の名はハンス・リヒター、討魔局の局長であり私を育ててくれた義父でもある。

 

「ラウラ・リヒター審問官、只今帰還致しました」

 

「・・・報告は?」

 

「はっ、フォルトゥナ地区の下水道に潜伏していたカルト教団を発見、殲滅致しました」

 

「悪魔は確認出来たのか?」

 

「悪魔本体は確認出来ませんでしたが、悪魔を身に宿したアバンと言う異端者を発見したため処刑しました」

 

局長は手元の書類仕事を行いながら私の報告に耳を傾け、時に溜息をつきながら今後の事を考えている様だった。

 

「またヤマを外したか・・・まあいい、悪魔が居ないのならフォルトゥナ地区の異端者どもは粛清局に任せておけば良いだろう、リヒター審問官は引き続き帝都に潜む悪魔を見つけ次第滅ぼせ」

 

「了解しました」

 

「一個中隊程度の兵力なら自由に使って構わん、もし手に負えなければ郊外に待機中の砲兵にも支援を要請しろ」

 

「感謝致します・・・それでは失礼します」

 

私は報告を終え退室すると扉を閉め、また廊下を歩き出す。

 

義理とは言え親子の会話とは思えないほど私語のない会話であったが、私に異端の疑いが掛かっている以上これは仕方のない事であり、当たり前の事であった。

 

廊下を歩きながら私は考える。

カルト教団を一つ潰すことは出来たが、肝心の悪魔を見つけ出す事が出来なかった。

一般の異端者やカルト教団を潰す事は簡単だ。

しかし悪魔と言う根元を絶たなければ異端者達は増え続け、この帝都に一旦の安寧は訪れない。

悪魔を滅ぼすことは最優先事項であり、体面など考えずにあらゆる手段を講じる必要がある。

 

「・・・彼女を頼ってみますか」

 

数日前に少し怒らせてしまったが、まあいいだろう。

私は友人を頼る事を考え審問庁本部の外に出た。

 

 

 

傭兵、それは金で雇われて仕事を行うフリーランスな者達の総称である。

一口に傭兵と言っても装備から、人数、質、受ける仕事に至るまで全てが雑多であり、その出自もバラバラだ。

食うに困った一般人から兵士崩れの脱走兵、果ては没落した官僚や貴族まで彼らは傭兵団を結成して権力者や都市に雇われたり、個人として動きお尋ね者を捕らえて賞金を稼ぐ者など、傭兵と言う職業にはあらゆる人種が存在する。

そんな傭兵達の中でも異色を放つ者達がいた。

 

悪魔狩り、そう呼ばれる者達である。

 

 

私は布と帽子で顔を隠しながら帝都を歩いていた。

街中は深夜だと言うのに人通りが多く街灯だけでなく商業施設や一般住宅にも灯がともり、夜特有の不気味さや静けさが一切、存在し無い。

 

別の地区とは言え数十時間前まで暴動や喧騒が街中を包んでいたと言うのに住民達の顔に悲壮感や絶望感を感じないのは住民達の逞しさと、暴動が日常の一部になっているからだろう。

 

通りを暫く歩けば、黒ひげ亭と書かれた酒場が見えてきた。

扉を開けるとベルの音と共に芳醇な酒の香りが私の嗅覚を刺激する。

 

中に入ると少ないが客が数人程おり、各々談笑しながら酒を飲んでいる様だ。

奥のカウンター席では少々露出の多い恰好をした赤毛の女と黒い髭を蓄えた筋肉質の店主が何か話している。

 

「マスター・・・もう一杯」

 

「やけ酒もその辺にしとけ、まだ飲みたいんなら溜まってるツケを払え」

 

「いいじゃん別に!・・・こちとら仕事したのに報酬なし!、デートの誘いは断られる!金はない!の不幸三昧なんだよ」

 

「何回も聞いたし殆どはお前が悪いだろうが・・・折角俺が仕事を用意してやったって言うのに、建物ごと破壊しやがって・・・雇い主には俺が立て替えたんだぞ」

 

「サンキューマスター!」

 

「礼を言う暇があったら、さっさと仕事でもして金を返せ・・・丁度、仕事を持ってきそうな御仁も来た事だしな」

 

「へ?」

 

近くまで来ていた私を店主が指差す。

 

「・・・っ!?ら、ラウラ!」

 

「数日ぶりですねエレナ」

 

この驚愕している女性はエレナ、数少ない私の友人で傭兵として悪魔狩りなどをしている者だ。

エレナはかなり腕の立つ傭兵であり、私が依頼主となる形で何回も異端者や悪魔の殲滅に協力して貰っている。

今回も報酬をし払って協力して貰うつもりだ。

 

「う、うん何か用?」

 

「悪魔の捜索を手伝って下さい、報酬には百万帝国マルク出します」

 

「ひゃっ百万っ!?・・・そんなに貰っていいの?・・・いやでも今行くのは」

 

「今回の標的は中級悪魔の可能性もありますから妥当な金額です、それに・・・」

 

渋るエレナを説得する為に私は店主の方を見ながら言った。

 

「借金で首が回らない様なので」

 

「うぐっ・・・」

 

「流石は天下の異端審問官様だ、百万もあれば店のツケも借金も全部返せるな」

 

「そう言う事なのでさっさと行きますよ、最初の目的地はロドック地区です」

 

「分かった!分かったから!引っ張るな!?」

 

嫌がるエレナの手を引き、私達は店から出た。

 

 

 

私、エレナ・ミュラーにとって今、自分の手を引いている審問官の少女、ラウラは少し特別な存在だ。

普通なら異端審問官に手を引かれると言う、死神の鎌が首元に突きつけられているに等しい状況に絶望する所だが、私は違う。

初めてラウラに会ったときは確かに恐怖の余り死を覚悟したが。

しかし今の私は少なくとも恐怖の感情は抱いていない。

 

初めて悪魔相手に共闘してから、ラウラは幾つもの仕事を私に依頼して来る様になり、何回も共闘したり一緒に仕事を行っていく中で私は、自分でもよく分からない感情をラウラに対して抱える事になった。

 

それが友人に対しての親愛なのか、強者に対しての憬れなのかは分からない。

ただ一つだけ言えるのは、私にとってラウラと共に居る事が何にも代えがたい幸福だと言う事だ。

 

 

 

 

「そう言えば」

 

目的地に向かう途中、ラウラが何かを思い出した様に私へ話しかけてきた。

正直言って話すのは気まずい。

理由は一昨日私が息抜きにとラウラを食事に誘ったのだが、ラウラは「審問官にそう言ったことは不要」だと言って断ったのだ。

これでもラウラとは、かなり仲を深められたと思っていたことも相まって私は少しだけ傷ついてしまい、暴言を吐いてその場を走り去ってしまった。

明らかにこちらが悪いのだが、自分自身の変なプライドが邪魔をして、謝れずにいる。

 

「デートの誘いが断られたと言っていましたが、恋人でもできたんですか?」

 

「はっ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、思考が停止した。

酒場のマスターとの話を聞かれていたと言う事だけでも問題だが、何か大きな勘違いをされている気がする。

まず恋人だと?

私は今まで交際した事もなければ恋をした事もない、デートに誘ったのは一昨日のラウラで、しかも恋愛的な物ではなく、ただの友人同士での付き合いとして意味だぞ。

と言うかラウラは一昨日の事を気にしていないのか?

 

「えっと・・・ラウラあんた一昨日の事覚えてる?」

 

「?・・・あなたが食事に誘ってくれた件ですね」

 

「一応あれがデートの誘いだったんだけど・・・」

 

「まさか私が断っただけでヤケ酒してたんですか?断った時も何やら怒っていた様ですし・・・あれは私が悪かったですね、すみませんでした」

 

「いや、良いよ・・・こっちもいきなり怒ったりしてごめんね」

 

何故かこっちが謝罪されたけど、取り敢えず誤解が解けて良かった。

 

・・・今までもそうだったがラウラは一部の事において物凄く鈍感だ。

悪魔に関する事は物凄い洞察力や感の良さを見せるが、ラウラ自身に関する事は物凄く鈍感で、何かしら褒められても自分の事だとは思わなかったり、冗談だと思ったりする。

 

恐らくだがラウラは自己肯定感が限りなく低いのかもしれない。

噂では祝福の異端審問官などと言う侮蔑に近い二つ名を持っていると言うし、私が出会う前、過去に何かあったのだろう。

 

「・・・どうかしましたか?」

 

考え込んでしまった私を心配してかラウラは顔をのぞき込ませてくる。

目の前に現れた顔は余りにも整っていて、見慣れているはずなのに一瞬見惚れてしまった。

少し侮辱になってしまうかもしれないが、彼女の美しさは神が作ったと言っても納得出来る。

 

「っ!大丈夫ちょっと考え事をしてるだけだから」

 

ラウラの過去は分からないが、詮索しようとは思わない。

私はただ彼女が友人でいてくれる、ただそれだけで幸せだからだ。

 

 

 

 

悪魔が居ると思われる異端者達の本拠地がある地区は思いのほか早く見つかった。

元々目星を付けていた場所ではあったが、エレナに協力して貰って良かったと思う。

傭兵としての情報網も役に立ったし、一人で捜索するより幾分も楽だった。

 

彼女には何かお礼をすべきだろう。

 

報酬の増額がいいだろうか?

一昨日の埋め合わせとして食事に行くのも考えたが、私なんかと行くよりもマルク札の方が傭兵である彼女は気に入るだろう。

誘われこそしたが、実際に私と食事に行っても気分を害すだけだろうし。

 

「廃工場地域かぁ・・・」

 

「産業再編計画で廃棄された区画です、異端者達が集まるには丁度良かったのでしょう」

 

私達の前には錆付き捨てられた工場地帯が広がっていた。

人の気配が一切ない茶色の建物群は数キロに渡って続いており、異端者達の隠れ場所には不自由しなさそうである。

 

「問題はこの中からどう見つけるかだけど」

 

「一先ずは中央に見える巨大工場を目指しましょう」

 

「オッケー、警戒しながら行こう」

 

区画の中央部に周りと比較して一際大きな工場が存在していて私達は警戒しながらそこへ歩を進める。

 

工場群の中に入ると不気味で不快感のある気配が辺りを支配した。

人間は一人も見ないが、まるで遠くから覗かれている様な感覚もする。

 

「人間どころか、カラス一匹も見ないとはね」

 

「微弱ですが魔力を感じます、悪魔が居るのは確定ですね」

 

不気味さを肌で感じながら更に奥へと進む。

 

数分程歩き私達は巨大な工場に到着した。

工場には大きな煙突が付いており、先からは黒い煙が出ている。

中からは物音もなっていて、異端者達が廃棄された工場で何かしているのは確定した。

 

「突入します、私は正面からエレナは裏からお願いします」

 

「分かった、気を付けて」

 

エレナは腰に下げていた二丁の拳銃を構えて工場の裏手に向かう。

私もガスマスクを装着し剣とリボルバーを手に持ち鉄製の正面扉に粘着爆弾を仕掛けた。

 

数十秒経つと爆弾は爆発し、扉は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「なんだ!?敵襲か!」

 

「官憲どもか!?」

 

「ぐはっ!」

 

吹き飛んだ扉から中に侵入すると、私は手前に居た異端者を一人切り伏せ、混乱してる異端者達を無視し一気に奥まで駆け抜ける。

工場の内部には数百人もの異端者がおり、廃棄された設備を再稼働して武器弾薬を製造しているようだった。

ガスグレネードを投げる事によって異端者達を無力化しながら奥に進む。

 

奥に進んで行くと地下に続く階段を発見する。

階段の奥からは魔力が感じられ、この先に悪魔が居る可能性が高いが、エレナと合流してからの方がいいと思い、私は工場の動力部を目指す。

 

動力部に着くとそこには赤や紫色の煙をだし心臓の様に鼓動する禍々しい炉があり、明らかに人が作りだした物ではなかった。

 

「異次元の技術か、早いうちに見つける事が出来て良かった」

 

私は炉を破壊する為に懐から粘着爆弾を取り出す。

 

「っ!」

 

爆弾を炉に付けようとした瞬間、私の頭上に大きなハンマーが振り下ろされた。

私はそれを転がる事によって回避し攻撃してきた相手を確認する。

 

〔避けられたか、流石は異端審問官〕

 

目の前に立つ存在は異端者ではない、その様な矮小な存在ではなくもっと恐ろしく邪悪な者だ。

ザラザラした赤銅色の肌に筋肉質の身体、頭から生える大きな角、定命の生物では絶対に発することの出来ない声、それらの特徴を持つ存在は一種しかいない。

 

「悪魔」

 

そう呼ばれる人類の宿敵が今、肉体を持って私の前に姿を現していた。

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