帝都、第十三研究所
人類の発展の為に日夜研究を続けるこの場所は今、異様な雰囲気に包まれていた。
その空気はどんよりしていて、何やら甘い香水の様な香りが建物内を満たす。
部屋や廊下の壁には意味不明な文字や絵が描かれ、蝋燭や何らかの肉塊が置かれた宗教的な祭壇が建物内の至る所に建立されており、例え無学な農民でも、ここが科学的な研究を行う施設だとは信じないだろう。
人影も少なく、清潔な白衣を纏った"一般的"な科学者の姿はない。
また普段なら必ず常駐しているはずの兵士達の姿も無く、建物の所々からは悲痛な叫びがこだまする。
「・・・ふむ」
そんな研究所の中を一人の"一般的"ではない科学者が何やら考え事をしながら廊下を歩いていた。
血に塗れた白衣に身を包む科学者の身体は異様だった。
背中からは一対の色鮮やかな羽が生え、腰からは蛇の様な尻尾が伸びている。
腕はマネキンの様に無機質で、その瞳はどす黒く変色している。
「・・・理論は正しいはずだ・・・となると検体の問題か?」
科学者は手元のメモ帳に凄まじい速さで数式や文字を書き連ねながら歩みを進め、建物の最奥に位置する大部屋に辿り着く。
「何はともあれ、実験を行ってみなければ、分からんな」
大部屋の中には幾つもの実験器具が置かれ、中央の床には謎の青い液体で異端の魔法陣が描かれていた。
「・・・っ!」
陣の中央には一人の男が縛り付けられ、恐怖の表情を浮かべている。
頭には幾つものプラグが突き刺され、それらは頭蓋骨を貫通し脳にまで届いていた。
「実験を開始する、数値の計測と現象の観測を頼むよ」
異様な科学者がそう言うと何処からともなく、コウモリの様な羽が生えた、身長数十センチ程の人の様な形をした小さな生物が現れ、部屋中の機械を操作していく。
「んっーー!んっー!!」
縛り付けられた人間は口を縛られながらも、必死に科学者へ何かを懇願するが、科学者はそれを完全に無視し、手元の本に書かれた文章を読み上げる。
「我■■■■知■■神■■■エキ■■■■故■■■■■求■■与■■」
その言葉は殆ど意味不明な音の羅列であり、一部は単語の様に聞こえるが、それ以外の言葉は一般的な人間に理解できるような発音ではなかった。
科学者によって言葉が羅列されていくと、陣の中心、拘束された男の真上で青白い光が発せられ、形を成していく。
「んっーー!?んっ!!」
陣の中央で拘束されている男が苦悶の声を上げるが、"実験"は続く。
やがて完全に形を成した光は、空中に高さ一メートル程の扉を形成する。
扉は人間が通るには少し小さいが、鉄に似た物質で形作られ、僅かな光を纏っていた。
「開け」
科学者が最後にただ一言、そう言うと、重厚な扉が開き始める。
鳥の鳴き声の様な甲高い音を響かせながら、開いた扉の先に見えるのは"目"だった。
他に形容すべき言葉はない。
それは扉の奥の深淵にただ一つ存在する"目"だ。
「っ!?」
〔・・・〕
"目"は眼下に存在する人間を発見すると、その男の瞳を凝視した。
「んっー!?んっーーーーーー!?」
その瞬間、男は凄まじい苦悶の声を上げながら、のたうち回る。
男の身体は痙攣し始め、体中の血管が浮き上がり、頭に突き刺されたプラグと繋がっている機械は大量の情報を受け取り始めた。
「さて・・・今回はどれだけの知識を得られるか・・・」
苦しみに悶える男は"目"から視線を逸らそうとしたが、何故か視線を外すことが出来ず、苦しみ続ける。
周りでは小さな生物達が羽で飛びながら機械を操作し、受け取った情報を紙に丁寧に記していく。
実験が開始して数分が経った時、事は起こった。
ぐちゃ
そんな音と共に男の頭が肥大化し、爆発四散したのだ。
"目"から送られてくる、多量の情報に耐えられなくなった、男の脳は部屋中に四散し、既に血塗れな室内を更に汚す。
「今回は三分か・・・前回に比べれば長いが・・・これでは・・・」
異様な科学者は男の頭が爆発した事を平然と受け止め、小さな生物達が記した紙を読んでいた。
〔お困りかね?〕
考え事をしている科学者の目の前で空間が歪み、おぞましい声が響く。
「ん?・・・君か、実は研究に詰まってしまってね・・・普通の人間ではエキ神から得られる知識には限界があるようでね・・・」
〔ならば"普通ではない人間"を用意すれば良い〕
声が響くと、科学者の手元に羊皮紙の様な物質で出来た一枚の紙が何処からともなく現れる。
紙には意味不明な文字が羅列されていたが、科学者がその文字に触れると、文字はまるで生物の様に脈動し、紙の中を移動したり、他の文字と結合するなどして、とある人物の肖像画を描き出した。
〔彼女を我が神の御前に差し出せば、これまで以上の祝福と知識を貴様は得るだろう〕
「この人物は今どこに居るのかな?」
〔彼女・・・いや、神々の愛し子"ラウラ"はもう直ぐこの地に現れる〕
幾つかの小言を言った後にレアは私を呼び出した理由を語ってくれた。
曰く、異次元に対抗するための技術を開発する省庁である、科学庁の内部で異端者の数が急激に増えていると言うのだ。
「私だけでも既に技術官を五人は捕縛しているが・・・他の審問官や内務省の逮捕した数も含めれば数十人程の技術官が異端の容疑で逮捕されている」
省庁の内部で異端者が摘発されること自体は珍しくもない。
特に技術を開発する科学庁や行政全般を扱う為に職員数の多い総務省などでは知識を求める異端者や私腹を肥やす官僚などが見つかる事もあり、その多くは即座に逮捕され処刑されるか、強制労働キャンプや悪魔が大量発生している大亀裂の最前線へ懲罰兵と送られている。
だが、問題はその数だ。
話を聞く限り、帝都だけでも数十人もの技術官が異端者となり、逮捕されている。
これは間違いなく
「悪魔がいますね」
「お前もそう思うか?」
「えぇ・・・恐らく知識の神、エキの眷族でしょう」
知識の神エキ、異次元に存在する神々の一柱であり、異端者達からは知識の主やトリックスターとも呼ばれる。
エキに仕える悪魔達は基本的に正面から戦う事は少なく、策略や人心の掌握などによって人類社会を内側から崩壊させようとする事が多い。
今回の事件で捕縛された異端者達の殆どが科学者や技術官などの知識を探求する職に就いている事を考えれば間違いは無いだろう。
「なるほど・・・私を呼び出した理由はそれですか・・・」
「まあ、そう言う事だな・・・」
レアの所属している粛清局は基本的に社会に潜む人類の異端者や腐敗した官僚などを排除するための組織で、悪魔本体と戦う事は少ない。
対して私の所属する討魔局は悪魔を滅ぼす事が主目的で、悪魔との実戦経験は豊富だ。
粛清局から討魔局に協力要請があるのは珍しい事ではない。
「理由はわかりました・・・しかし、悪魔が居る場所の検討はついているんですか?」
「それに関しては、粛清局がもう特定している」
「早いですね」
「帝都外縁部の第十三研究所で魔力濃度の一部上昇を確認している、既に陸軍の警備隊と審問庁の中隊が周辺を封鎖して突入の準備をしているが・・・中級悪魔が相手だ、審問官が二人程必要だろう」
「では、直ぐに向かいましょう、悪魔の排除は出来るだけ早い方がいい」
悪魔が存在することは人類に対して悪影響しか与えない、これ以上被害が拡大しない内に討伐すべきだ。
・・・だが何か嫌な予感もする。
単なる杞憂だとも思うが、この感覚は何処かで・・・
「どうした?・・・体調が悪いなら、今日は休んで・・・」
「いえ・・・何でもありません、早く行きましょう」
杞憂で責務をないがしろにする事は出来ない・・・私が異端審問官である以上。
帝都外縁部に位置する第十三研究所。
異端に汚染された研究所の周辺は銃声と硝煙、血煙で満ちていた。
「撃て!亜人どもを接近させるな!」
〔GUUUUUUUUUUGAAAAA〕
研究所の内部から鳥の様な頭を持つ、亜人が出現し、周辺を封鎖していた帝国軍と審問庁の部隊を攻撃しだしたのだ。
「うわああ!?」
「一名死亡!誰か援護をくれ」
兵士達は指揮官の指揮に従い、銃撃による槍衾を形成するが、亜人達は仲間の死体を盾にしながら接近し、禍々しい斧や剣を兵士達に振り下ろしていく。
「第三分隊、死傷者多数!これ以上は戦線を維持できません!」
「くそ!ヨハンがやられた!衛生兵を早く!」
「死ね!死ね!化け物ども!」
帝国陸軍に所属している兵士達は、無尽蔵に溢れ出てくる異次元の脅威を前に一人また一人と倒れていき、他の兵士も半ば恐慌状態に陥り、組織的戦闘を継続できなくなっていた。
亜人の恐ろしく、その理解不能な雄叫びも兵士達の恐怖心を煽り、遂には戦列を離脱し逃げ出す者まで現れた。
「こんな・・・所に居られるか!」
だが、兵士を統制する士官がそれを見逃す事は無い。
一発の銃声が響くと逃げ出そうとしていた兵士は脳天から血を噴き出しながら倒れ、死亡した。
「ひっ!」
「カルロ・・・」
「兵士諸君!この者は人類と帝国に対して重大なる反逆行為を行ったため、略式処刑された!だが私は諸君がこのような裏切り者ではないと信じている!直ちに戦列を整えたまえ!」
処刑によって、無理やり恐慌状態を解除された兵士達は怯えながらも、再び戦列を形成し始める。
「前列、撃て!次列、続いて撃て!」
陸軍の兵士達が恐怖で統制されるのとは対照的に異端審問庁に所属するクローン兵達は戦列を一切崩すことなく、指揮官の指示に従いながら、一斉射撃で亜人を寄せ付けていなかった。
彼らの動きには人間性がなく、まるで機械の如く、亜人達を射殺していく。
そんな戦場の上空を一機のヘリが飛行する。
「亜人の数が多いですね・・・」
「軍も押されている様だし、早く元凶を叩いた方がいいな」
ヘリは研究所の屋上に向かうと、そこで滞空し垂直降下用のロープを降ろした。
ロープを使いラウラ・リヒターとレア・シュナイダー、異端者に対する帝国の剣、二人の異端審問官が研究所の屋上に降り立った。
「問題は何処に悪魔がいるかですが・・・」
「先ずは二手に・・・」
「ようこそ、私の研究所に」
「っ!」
二人が研究所を捜索しようとした時、空に魔法陣が出現し、異様な科学者の声が屋上に響く。
科学者は上空の陣からその異様な姿を現した。
「歓迎しよう」
その声と同時に屋上の至る所で魔法陣が出現し、亜人を召喚し始めた。
「とんだ歓迎だなっ!」
レアはロングソードを構え、亜人を一刀両断する。
「亜人の種類から見て、エキの眷属で間違い無いですね」
ラウラもそれに続き、左手に持ったリボルバーで亜人達の頭を撃ち抜いていく。
「久しぶりの共闘と行くか」
「殲滅します」
〔GUUUUUUGAAAAAAA!!〕
亜人達は雄叫びを上げ、武器を構えると二人の審問官を囲み一斉に攻撃を仕掛けた。
並みの人間であれば、直ぐに絶望の中で息絶える様な状況である。
だが、彼女達は並の人間ではない。
〔GUUGA・・・・!?〕
亜人達が攻撃を仕掛けた次の瞬間、亜人は一体また一体と次々に殺されていく。
外で兵士達を圧倒していたのが嘘のように亜人達は、たった二人の少女に圧倒されていた。
「・・・これほどとは」
レアとラウラは完璧に連携し、片方が攻撃すれば必ず援護し、お互いに背中を完全に預け合いながら、見事な連携を披露する。
それは最早、舞と表現しても差し支えない程の物で、彼女達の信頼と実力を示していた。
レアが突撃し、ラウラが援護する。
単純ではあるが、その戦術は完成されており、ただの亜人達に打ち崩せる相手ではなかった。
「面白い、やはり異端審問官は並みの人間とは違うか」
亜人達が虐殺される様子を異様な科学者は上空から、監視していた。
その表情から悲痛感は感じられず、科学者がこれを単なる実験として見ている事は明らかだ。
科学者にとっては人間も亜人も幾ら死んだ所で問題ないのだろう、既に魂を汚染され知識の探求以外に興味を示さなくなった彼にとっては・・・
だが科学者は気付いていなかった。
知識を得たいがために自分がとった行動が如何なる存在を呼び寄せたか。
『みつけた』
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宣伝省発行 無知なる帝国臣民必読教本(改訂版)
忠実なる帝国臣民諸君!再びごきげんよう!
前回は勇敢なる帝国陸軍について解説したが、今回は引き続き強大なる帝国諸軍、その中でも今回は偉大なる海の覇者、帝国海軍を解説していく。
4. 帝国海軍とは何か
帝国海軍は、我らが偉大なる海洋領土と資源を守り、外敵の船団を海の藻屑と化す鉄と炎の軍団である。
その威容は帝国の権威そのものであり、海原を行くその姿は、忠実なる臣民には希望を裏切り者の異端者達に恐怖と絶望をもたらす。
巨大なる戦艦群は正に海に浮かぶ要塞であり、その巨砲から放たれる一撃は如何なる敵も引き裂き、戦艦の入港は、その港が帝国の保護下にあることの宣言に等しいのだ!
高速の巡洋艦群は海上において出来ぬ事はなく、商船や輸送艦の護衛、敵艦との戦闘もお手のものであり、諸君らが目にする機会も多いだろう。
帝国海軍には他にも駆逐艦や潜水艦、空母と言った補助艦艇群が存在し帝国の海を守っているのだ!
次回は華麗なる大空の騎士、帝国空軍を解説しよう!
今日の戒め 海こそ帝国の生命線なり