祝福の異端審問官   作:覚醒不知火

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第7話 決着と執着

数年前、異次元の辺境にて

 

この世界は不規則だった。

 

空には太陽も月も星さえも浮かんでおらず、代わりに空を漂う青・赤・緑の光が空間全体を不規則に照らす。

その大地は赤黒い岩肌が地平線の果てまで続き、所々には生物の臓物と血で彩られた禍々しい尖塔や城がそびえ立つ。

更に数分経つごとに地形は変化し、ある時は何処までも続く荒野、ある時は荘厳な宮殿が建ち並ぶ都と、この世界に規則性は存在しなかった。

 

そんな世界の辺境、永遠の赤い草原には山が出来ていた。

土と岩で出来たものではない、幾百もの死体が積み重なって出来た山だ。

 

亜人、異端者、悪魔、山を構成する死体は様々だが、これらはたった一人の人物によって築き上げられた。

 

「・・・」

 

その人物は山の頂上に座っていた。

 

山の頂上に座る彼女は、包帯が見え隠れするボロボロのコートを着て、唯一の武器であるショートソードを死体に突き刺しながら、赤い霧の中で静かに休息していた。

血にまみれた身体と武器、生気のない瞳、その姿はどこか神秘的で、美しい。

 

その瞬間、赤い霧の中から巨大な狼が現れた。

深紅の瞳が彼女を捉え、低く唸る声が草原に響く。

 

『我が戦士団の精鋭を全て討ち取るとは・・・感嘆するより他にない』

 

その声は地を揺らし、死体の山を一部、崩壊させる。

 

『その見事な戦いと殺戮への賛辞として、褒美を授けよう』

 

狼が告げると同時に空間が裂け、裂け目から無数の武器と防具が現れた。

武具は彼女の周囲をゆっくりと旋回し、淡い光を放つ。

それらは全てが神器と言うに相応しい物で、武具の一つ一つに凄まじい力が宿っている。

 

一振りで万の敵を葬る剣、山をも二つに分ける斧、如何なる存在をも貫く槍、その全てが彼女の手の届く所にあった。

 

『好きに選べ、お前にはその資格と力がある』

 

狼は彼女に武具を手にするよう求める。

 

「・・・」

 

だが、彼女はそれらに一瞥もくれず、突き刺したショートソードの柄に手を添えたまま、擦れた声で低く呟く。

 

「・・・いらない」

 

彼女がそう口にした次の瞬間、旋回していた神器たちは全て音もなく崩れ、赤い霧へと溶けて消えた。

 

狼の瞳が細められる。

その奥、狼という仮面のさらに奥に底知れぬ神の気配が覗く。

 

『・・・よかろう。だが忘れるな。幾ら拒もうが、貴様は神の愛し子。我らの手から逃れる事は出来ぬぞ・・・我が戦姫ラウラよ』

 

深紅の瞳が最後に彼女を射抜くと、狼の巨体はゆらりと揺らぎ、輪郭が霧に溶けるように崩れ始めた。

毛並みは赤黒い煙となって舞い上がり、風もないのに渦を巻いて空へ昇っていく。

その渦はやがて空間そのものを染め、周囲の色と形を飲み込みながら、裂け目の向こうへと消えていった。

 

後に残るのは傷だらけの少女がただ一人・・・ではなかった。

 

はるか遠く、死体の山が微かに見える、断崖の上に"それ"はいた。

一見すれば黒い外套を着た、美しい少女、それだけの存在だ。

 

しかし、その瞳は見つめていた。

遥か遠くに見える、愛しい人を、余りにも独占的な感情を持って。

 

異次元に正常な者などいない。

 

 

-------------

 

 

「総員、着剣!」

 

月明かりの下、研究所周辺の喧騒は次第に治まりつつあった。

屋上で審問官が戦闘を開始し、亜人の殆どがそちらに割かれたためだ。

 

「突撃!」

 

「死ね!化け物!」

 

「仲間の仇だ!」

 

これを機に反撃にでた軍は銃剣突撃によって、亜人達を粉砕し、優勢を取り戻しつつあった。

 

「下はもう直ぐ片がつきそうだな」

 

「こちらは数が全然減りませんがね・・・」

 

「相手の主力はこっちに割かれてるからな」

 

屋上でも戦闘が続けられており、亜人達は審問官を前に無数の屍を積み重ね、屋上は死体と血に彩られた。

だが、異次元から無尽蔵に召喚され、恐怖を知らない亜人達は攻撃を止めず、審問官を攻撃し続ける。

 

「そろそろ頃あいか」

 

〔ああ、我が主も愛し子の存在を確認した様だ〕

 

それを上空から見ていた異様な科学者は懐から、人の皮で出来た本を取り出し、ある一文を読み上げた。

 

「■■火■■■■て」

 

「っ!?」

 

科学者が言葉を発した瞬間、研究所の中心部から空に向けて凄まじい、碧い炎の渦が噴き出し、建物を貫く。

巻き込まれた亜人は即座に塵とかし、審問官の二人は寸での所でそれを回避した。

 

「やはり、あの異端者を排除しないと、どうにもならんか」

 

レアは体勢を整え、再び乱戦に備えつつ、科学者をどう討ち取るかを考える。

 

「・・・あれは」

 

しかし、ラウラは出現した炎の渦に何かを感じていた。

悍ましく強大で邪悪な何かを。

 

「レア・・・警戒してください」

 

「どうした?」

 

「何か、来ます」

 

その瞬間、炎の渦は消失し、代わりに全長十メートルはあろう巨大で重厚な扉が上空に現れた。

扉は一時の間を置かずに開きだし異次元の深淵を覗かせた。

 

 

私はあの中に何かを感じた。

余りにも悍ましく、邪悪な何かを。

 

亜人どもの比ではない。

もっと巨大で冒涜的な何かが現れる。

 

〔■■■■■■■■!!!〕

 

この世の物ではない雄叫びを上げたそれは怪物だった。

数百人もの人間を混ぜ合わせ、無理やり形にした様な、巨大で恐ろしい、怪物だ。

 

『助けて』

 

『殺して』

 

『憎い!』

 

『痛い・・・』

 

形自体は馬の様にも見えるが、身体を構成しているは数多の人間。

生々しい、肉の塊からは常に怨嗟の声と悲鳴が聞こえ、怪物が身じろぎするたびに肉の潰れる嫌な音が響く。

まるで悪夢をこの世に具現化したかの様な存在だった。

 

「なんだあいつは・・・」

 

「化け物だ!?」

 

「ひっ、人が!」

 

怪物は扉から跳躍すると、研究所の中心部を踏み潰しながら、着地し兵士達の前に現れる。

 

「歩兵隊、隊列を整えろ!通信兵は近隣の部隊と空軍に援護を要請!狼狽えるな、我ら帝国の偉大なる陸軍!我らに敵なっ」

 

〔■■■■■■■■!!!〕

 

兵士を鼓舞する指揮官の声を遮る様に怪物は咆哮し、その内から恐ろしい肉塊の触手を伸ばし、兵士達を攻撃した。

 

「総員、退っ・・・」

 

「うわああ!?」

 

「逃げっ」

 

触手は凄まじいスピードで動き、真っ先に指揮官を貫き、続いて兵士達を殺戮し始めた。

兵士達は銃撃で応戦するが、怪物の巨体には全く効いておらず、注意を引いた者から触手で貫かれる有様だ。

更に怪物は殺した兵士達を取り込み、自らの身体の一部にしていく。

 

「ヒャハハハ!素晴らしい、正に異次元の脅威!異次元の神秘!あの審問官がこの地に現れただけで、ここまでの物を目に出来るとは!」

 

科学者は異次元から現れた怪物に狂喜乱舞し、その薄汚い笑い声を響かせる。

・・・早く対処しなければ。

 

「レア、私が切り込みます」

 

「勝算はあるのか?」

 

「問題ありません」

 

レアに詳しい説明をする必要はない。

訓練時代からの同期、そして同じく異次元を生き残ったレアを私は信用している。

 

「・・・無茶はするなよ」

 

「あなたが援護してくれれば大丈夫です」

 

私は懐から、瓶を取り出し、中の液体を剣に注ぐ。

 

「聖油か・・・」

 

「あの怪物の身体は人間で出来ています、聖水式の武器で戦うよりも、燃やした方がいいでしょう」

 

「そして、露出した奴の核部分を私がやると言う事か?」

 

「その通りです」

 

怪物は確かに巨大だが、人を取り込むさまからして、実際の本体はもっと小さいだろう。

そこを叩くことさえ出来れば、あの怪物は崩壊する。

 

「では、止めをお願いします」

 

「了解した」

 

レアには頷きだけを返し、私は屋上から飛んだ。

 

空中で剣に火を付け、怪物の背中に着地する。

 

『嫌だ・・・』

 

『死にたい・・・』

 

『苦しい・・・』

 

『殺して・・・』

 

地獄だった。

怪物に取り込まれた、人々は死ぬことも出来ずに、亡者の如く助けを求めていた。

 

彼らは縋るように私の足を掴み、嘆願する。

 

『早く!』

 

『私を!』

 

『俺を!』

 

殺して

 

私は縋る手を剣で切り、走った。

亡者達を切りながら、怪物の心臓部に走った。

 

『やっとだ・・・』

 

『燃える・・・俺が燃える』

 

『俺も、死にたい・・・』

 

腕や身体を切り付けられた亡者は炎に巻かれ、次々とその不浄な生を終えていく。

その顔は安らぎであったり、苦悶であったり、様々だ。

 

だが一つ言えるのは、あのような生き方、人間のするものではない。

取り込まれているのが、健常者だろうが異端者だろうが永遠に苦しむくらいなら、焼け死んだ方がましだろう。

 

「陣形を立て直す!聖水式ロケット弾を準備しろ」

 

「はっ、はい」

 

「総員、審問官殿の指示に従え!」

 

「りょ、了解」

 

下ではレアが兵士達を纏め、準備を整えている。

怪物に邪魔をさせない為にもっと注意を引かなくては。

 

〔■■■■■■■■!!!■■■■■■■■!!?〕

 

自身の身体を構成する亡者を燃やされ、怪物は雄叫びを上げる。

先端が人の顔の様にも見える、おぞましい触手は兵士達を標的にするのを止め、私の方を狙っているようだ。

 

「・・・ちっ」

 

私は触手を避け、切り伏せ、銃撃し、怪物の核に近づいていく。

心臓部に近づくにつれて触手の攻撃は激しくなっていき、私の身体を貫こうと迫って来る。

 

服の所々が破れ、攻撃の掠った個所からは血が溢れる。

聖油は尽き始め、剣は血によって炎を失っていく。

 

だが、問題はない。

あの時、あの場所で経験した事に比べれば、今の状況は天と地ほどの差がある。

 

ここは帝都だ。

悪魔は無尽蔵に湧いてこない。

ここは現実だ。

理解しがたい現象は常に起こらない。

 

・・・信頼できる友もいる。

 

私には神の祝福も寵愛も必要ない。

この剣と仲間がいれば、怪物と異端者は打ち倒せる。

 

 

「なんと言う戦いぶりだ・・・これが異端審問官の力か」

 

〔いや、あの力は我らの主、神々の・・・っ!?〕

 

異様な科学者は歪んだ空間に潜む、悪魔と共に事の成り行きを見守っていたが、異変が起こった。

 

「どうした?」

 

『あれは、あの子の力だ、ラウラが強いのは異端審問官だからでも神々の愛し子だからでもない』

 

「貴様は!?」

 

歪みの中から聞こえてきたのは悪魔の掠れた声ではなかった。

透き通る様な、狂っている様な、そんな怒気を孕んだ少女の声だった。

 

『ラウラはラウラだから強いんだ、お前たちの薄汚い神々に跪いて得た力とは違うんだよ』

 

「なっ・・・!?」

 

歪んだ空間から手が伸びる。

手は科学者の首を一瞬で掴み、締め上げる。

 

『分かるか?あの子の美しさが?』

 

「うっ・・・!」

 

声は怒気を孕み、首を絞める力は強まっていく。

 

『分からないだろう?、お前達には永遠に分からない』

 

「まっ・・・」

 

『薄汚い、神々を信奉する貴様ら如きには分からない』

 

異様な科学者は初めて苦悶の表情を浮かべる。

自分が実験してきた人間と同じように。

 

『死ね、私のラウラに弓を引いた罰だ』

 

「ぁ・・・」

 

科学者は爆ぜた。

神々の祝福を受けた異端の科学者は、ただの肉塊となり、無限の知識を知ることなく、死んだ。

 

異端の行きつく先は破滅である。

この警句を語ったのは誰だったか・・・

 

 

「爆ぜろ」

 

科学者の死を知るよしもなく、ラウラは怪物の心臓部に辿り着き、粘着爆弾で表層を吹き飛ばした。

 

人の鎧が弾けた事により、大量の血と臓物が服を赤く染める。

そして、怪物の核たる者の場所までの道も開かれた。

 

「レア!」

 

「待ってたぞ!」

 

レアは兵士達の装備品であるロケットランチャーを構え、撃った。

放たれたロケット弾は推進剤を使い、一直線に突進し、怪物の核に向かう。

 

聖水によって清められた弾頭はラウラの空けた穴に突入し、怪物の内部で火薬による爆発を起こす。

 

〔■■■■■■■■!!〕

 

怪物は声をおぞましい声を上げながら、地に伏し、身体を構成していた亡者は塵となって消えていく。

開いていた異次元の扉はゆっくりと閉まると、幻の如くゆらゆらと消えてしまった。

それらと同時に帝都には日が昇り、戦いの終わりを告げる。

 

ラウラは爆発の直前に怪物の身体から離れ、レアの近くに降り立っており、地上からその光景を観ていた。

 

戦いが終わって見れば、残ったのは倒壊した研究所と壊滅状態の軍の部隊。

そして血まみれの異端審問官二名だった。

 

 

『ああ、やっぱりあの子は愛おしい』

 

そして、科学者を殺した謎の存在が、覗いていた。

執着と独占的な感情をただ一人の少女に向けながら。

 

 

-------------

 

 

忠実なる帝国臣民諸君!再びごきげんよう!

今回は偉大なる海の覇者たる帝国海軍に続き、蒼穹を支配する鋼鉄の翼、華麗なる大空の騎士、帝国空軍について解説しよう。

 

5. 帝国空軍とは何か

 

帝国空軍とは、果てなき大空を制し、帝国の敵を遥か上空より裁く蒼き守護者である。

彼らは常に雲海の彼方から戦場を見下ろし、異端と悪魔、そして帝国に牙を剥く愚かな敵勢力を監視し続けている。

 

主力たる戦闘機隊は、熟練の操縦士によって操られる鋼鉄の猛禽であり、その機銃と機動力は敵航空戦力を瞬く間に空から消し去る。

彼らが上空に現れた瞬間、帝国の地上部隊は安心し、敵は逃げ場を失うのだ。

 

偵察機部隊は空軍の目であり、広大な戦線を飛び続け、敵の動向をいち早く察知する。

諸君が知らぬところで、彼らは命を賭して情報を持ち帰り、帝国軍全体の勝利を支えているのである。

 

さらに爆撃機部隊は、帝国の意思そのものと言える存在だ。

必要とあらば遠方の敵拠点へ飛来し、鋼鉄の雨を降らせ、帝国の敵対者に死という名の現実を突きつける。

その轟音は勝利の前触れであり、帝国の空が誰のものであるかを示す証明に他ならない。

 

帝国空軍の使命は戦闘だけではない。

前線への物資投下、精鋭部隊の空輸、そして広大な領空の警戒、彼らは常に帝国臣民の見えぬ場所で働き続けている。

空に翻る帝国の紋章は、諸君の頭上に絶えず存在する守護の象徴なのだ。

 

忠実なる臣民諸君よ、空を見上げた時、そこに描かれる白き航跡を忘れるな。

それは帝国が今なお強大であり続けている証であり、帝国空軍が諸君の未来を守り続けている証明なのである。

 

 

今日の戒め、翼は守護であり裁きでもある

 

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