聖女は静かに暮らしたい~星詠みの力でうっかり救世主に祭り上げられ、スローライフが遠のくんですが!?~   作:ゴールド免許の2

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星屑の祝福

 聖女ミリシアのお披露目の儀、当日。

 夜明けと共に、王都グリーンフィールのアークレイア神殿は、これまでにないほどの緊張感と、どこか祝祭的な高揚感に包まれていた。神官たちは夜を徹して清めの儀式を行ない、侍女たちは賓客を迎えるための最終準備に余念がない。騎士たちは神殿内外の警備を固め、その表情は一様に硬い。

 ――ただ一人、この日の主役であるはずの聖女様を除いては。

 

「んぅ……あるていしあ……まだねむいですぅ……きょうのぷりんは、おほしさまのかたち……?」

 

 ミリシアは、いつもより少しだけ早く起こしに来たアルテイシアの腕の中で、まだ夢現つのままそんなことを呟いていた。アルテイシアは目の下にうっすらと隈を作りながらも、優しい笑顔で応える。

 

「はい、ミリシア様。今日のプリンは特別製でございますよ。ですがその前に、朝食をしっかり召し上がって、お着替えもなさいませんと」

「ぷりんのためなら……ちょっとだけ、がんばります……」

 

 食堂には、既にエグバードとクワットの姿があった。エグバードはミリシアの顔を見るなり、縋るような目で口を開く。

 

「聖女ミリシア! 本日は、くれぐれも……くれぐれも、神殿の、いえ、グルテン王国の未来のため、その聖なるお力の一端を……!」

「しんかんちょうさま、おはようございますです。きょうのぷりんは、ちゃんとカラメルたっぷりですか?」

「……ええ、それはもう、料理長に最高のものをと……いや、そうではなくてですね!」

 

 ミリシアの関心がプリンにしかないことに、エグバードは早くも眩暈を覚える。クワットは黙ってコーヒーカップを傾け、ヘルメットの奥で小さく息を吐いた。

 

(ホウ……彼女にとっては、国家の威信よりもプリンの出来栄えの方が遥かに重要事項なのだろう。それもまた、一つの真理か……フフフ……)

 

 それを見ていた周りの騎士や神官、侍従たちが、あの人なんで笑っているんだろうと若干の恐怖を覚えているなど本人は思いもしない。

 

 朝食を終えると、いよいよミリシアは儀式用の祭服へと着替えさせられる。アルテイシアが心を込めて用意したのは、純白の地に金糸で星々の刺繍が施された、子供用とは思えぬほど荘厳なものだった。しかし、ミリシアの強い要望により、内側は肌触り最高のシルクで仕立てられ、見た目の重厚さに反して羽のように軽い。頭には、小さな星の欠片を繋ぎ合わせたかのような、繊細なティアラが優しく乗せられた。

 

「うぅ……やっぱり、ちょっとだけ、いつもよりくるしいです……」

「ミリシア様、本当にお美しいですよ。まるで、本物の小さなお星さまのようです」

「おほしさまは、こんなおもたいかんむり、つけないとおもいます……むじゅうりょくが、わたしをまっている……じゆうこうかするのは、きょうけんだけでじゅうんです……」

「一体何のお話ですか?」

「むう……」

「ほら、しっかりなさればプリンとお風呂が待ってますよ」

「それはたのしみなので、がんばります」

 

 不満を漏らしつつも、アルテイシアの言葉に少しだけ機嫌を直したミリシアは、彼女に手を引かれ、大聖堂へと続く長い廊下を歩き始めた。廊下の両側には、クワットが指揮する騎士たちが、寸分の隙もなく整列し、ミリシアの小さな姿に敬礼を送る。神官たちも厳粛な面持ちで彼女を見守っていた。

 

「まだあるくのですか……だっこがいいです……」

「ミリシア様、もうすぐでございますから。頑張ってくださいませ」

 

 大聖堂の巨大な両開きの扉の前で、エグバードが待っていた。その顔は期待と不安で青ざめている。

 

「聖女ミリシア……準備はよろしいですかな? どうか、このグルテン王国と、星々に見守られる全ての民のために……!」

「はやくおわらせて、おひるねしたいです。あと、ぷりんも、やくそくですよ?」

 

 ミリシアのあまりにも素直な返答に、エグバードは言葉を失いかけるが、もはや後戻りはできない。彼は震える手で、侍従に扉を開けるよう合図した。

 ギィィ……という重々しい音と共に扉が開かれると、荘厳なパイプオルガンの音色と、大聖堂を満たす人々のどよめきがミリシアたちを迎えた。正面には、陽光を受けて輝く巨大な祭壇。そして、そこに至る真紅の絨毯の両側には、国内外からの賓客や、選ばれた市民たちが、息を詰めて小さな聖女の登場を待っていた。

 

 アルテイシアにそっと背中を押され、ミリシアは一歩、また一歩と祭壇へ向かって歩き出す。しかし、その足取りは聖女の威厳とは程遠く、時折大きなあくびを噛み殺したり、隣に立つ貴婦人の奇抜な羽根飾りに目を奪われたり、足元の絨毯に描かれた星の模様を一つ、二つと数え始めたりと、自由気ままだ。

 だが不思議なことに、その子供らしい無邪気さ、気負いのない自然体の姿が、一部の参列者の目には「なんと純粋無垢で、飾り気のない聖女様であろうか!」「俗世の権威に染まらぬ、真の聖性とはこのことか!」と、極めて好意的に解釈された。ミリシアのあくびすら、「我々の罪を代わりに飲み込んでくださっているのだ」と涙ぐむ者まで現れる始末である。

 

(ホウ……面白い。彼女の存在そのものが、観る者の心を映す鏡とでもいうのか。あるいは、これが彼女の人心掌握術……いや、それこそ深読みというものか……)

 

 祭壇の脇に控えるクワットは、ヘルメットの下でそう分析していた。

 

「フフフ……」

「あの人聖女様を見て笑みを浮かべているわ……」

「いやだ、笑い方がいやらしいわよ……」

「しっ、聞こえちゃう」

 

 ようやく祭壇にたどり着いたミリシアの前で、エグバードが朗々と儀式の開始を宣言する。そして、厳粛な雰囲気の中、ミリシアに聖女としての誓いの言葉を促した。

 

「……えーと……わたしは、せいじょとして、おほしさまのおつげを、ちゃんと……きいて……みんなが、へいわで、おいしいものをたくさんたべて、ぐっすりねむれるように……がんば……らないけど、おいのりします……です」

 

 アルテイシアが事前に何度も練習させたはずの言葉はところどころ抜け落ち、微妙に改変され、最後には本音が混じったものになっていた。アルテイシアは顔を覆いたい衝動に駆られたが、ミリシアはどこ吹く風。そして、最後にこう付け加えたのだ。

 

「それから、わたしがたくさんおひるねできますように……えい!」

 

 小さな拳を握りしめ、ミリシアが可愛らしい掛け声と共に、ほんの少しだけ力を込めた、その瞬間だった。

 

 ――ザァァァァッ……!

 

 大聖堂の高い天井から、まるで夜空がそのまま降りてきたかのように、無数の、本当に無数の光の粒子が、キラキラと輝きながら降り注ぎ始めたのだ。それはダイヤモンドダストのように繊細で、しかし太陽の光よりも温かく、優しい光だった。

 聖堂内を満たしていた厳粛な空気は一変し、どこか甘い香りが漂う、温かく神聖な光に包まれた。ステンドグラスから差し込む光が、その星屑の粒子に反射して乱舞し、まるで夢の中にいるかのような幻想的な光景が現出する。

 参列者たちは、あまりの美しさと神々しさに言葉を失い、ただただ天を仰いでその奇跡に打たれていた。ある者は涙を流し、ある者はひざまずき、ある者は恍惚とした表情で光を浴び、そしてある者は突然抜き出して逮捕されている。

 

「こ、これは……なんという……!」

 

 エグバードは、計画していたどんな演出よりも遥かに壮大で、そして美しい奇跡の顕現に、感動のあまり声が震えていた。計画通り……いや、これは我が計算を遥かに超えている! 我が神殿の、いや、グルテン王国の未来は、これで盤石だ!

 アルテイシアは、ハラハラしながらミリシアを見守っていたが、この光景には思わず息を呑み、両手で口を覆った。ミリシア様の力は、やはり……! しかし、こんなに大勢の前で……!

 クワットは、降り注ぐ星屑を片手でそっと受け止めるようにしながら、静かに呟いた。

 

「ホウ……始まったか、彼女の伝説が」

「伝説って?」

「ああ!」

 

 その視線の先には、頭上から降り注ぐ美しい星屑の光を、きょとんとした顔で、まるで初めて見る珍しいおもちゃでも見つけたかのように見上げている、小さな聖女、ミリシア・アストラルの姿があった。

 

 

 

 

 大聖堂を満たしていた星屑の光は、まるで名残を惜しむかのようにゆっくりと薄れ、やがて消え去った。しかし、その場にいた誰もが、先ほどまでの幻想的な光景を忘れることができずにいた。その余韻が、まだ聖堂内に漂っているかのようだ。

 エグバードは、感動でわずかに声を震わせながらも、威厳を保ち、儀式の閉幕を宣言した。

 

「……以上をもちまして、聖女ミリシア・アストラル様のお披露目の儀を、滞りなく、そして星々の大いなる祝福と共に終えることができました! これもひとえに、ミリシア聖女様の深遠なるお力と、神々の御加護の賜物! グルテン王国に、そしてアークレイア神殿に、栄光あれ!」

 

 エグバードの言葉に、参列者たちから万雷の拍手が沸き起こる。ある者は涙を拭い、ある者は熱に浮かされたように聖女の名を呼び、ある者は突然脱いで逮捕された。その興奮はしばらく収まりそうになかった。

 当のミリシアはというと、頭上でキラキラしていたものが消えてしまったことに少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに「きらきら、おわっちゃった……ぼく、もっと、きらきらであそびたかったです。ちょっとまぶしかったですけど、きれいでした……。それで、ぷりんはまだですか?」と、隣に立つアルテイシアの袖をくいっと引っ張った。

 その子供らしい素直な言葉は、幸いにも周囲の喧騒にかき消されたようだった。

 

 

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