聖女は静かに暮らしたい~星詠みの力でうっかり救世主に祭り上げられ、スローライフが遠のくんですが!?~   作:ゴールド免許の2

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星屑の湯

 儀式が終わると、控え室には祝福と謁見を求める国内外の賓客や有力貴族たちが、長い長い列を作った。ミリシアは、次から次へと現れる知らない大人たちに囲まれ、そのきらびやかな衣装や香水の匂いに、早くもうんざりし始めていた。

 

「聖女様、この度はまことにおめでとうございます。つきましては、我が国との友好の証として……」

「ミリシア様、その類稀なるお力、ぜひ我が騎士団にも……」

「おお、なんと愛らしい……ぜひ我が娘の遊び相手に……」

「握手してください! え、衛兵さんまって握手くらい!?」

「はぁ、はぁ……うっ」

 

 ミリシアはアルテイシアの背中にぴったりと隠れ、時折「……おなかすきました……」「……ねむいです……」「あのひときもちわるいです」と小さな声で訴える。そのたびにアルテイシアが優雅な笑顔で対応し、クワットがさりげなく人の流れを制御し、長時間の謁見にならないよう巧みに立ち回った。「もっと罵ってください!」とバカげたことを口走った貴族令嬢は一緒に来ていた王子に婚約破棄をされた。

 

(ホウ……まるで、珍しい獣でも見に来たかのような有様だな。彼らはまだ理解しておらん。彼女の本当の価値も、そして本当の恐ろしさも……いや、可愛らしさ、と言うべきか?)

 

 クワットは、ミリシアの頭を撫でようとしてアルテイシアにそっと制止されているミリシアを暗殺しようとしていた暗殺者を冷ややかに見ながらそう思った。

 

 

 ようやく人の波が途切れ、ミリシアが解放されたのは、それから一時間も後のことだった。ぐったりとソファに沈み込むミリシアに、エグバードが満面の笑みで近づく。その手には、豪華な装飾の施された小さな箱が握られていた。

 

「ミリシア聖女様! 本日は誠に見事な奇跡でございました! ささ、これはほんの始まりに過ぎませぬが、今日の聖女様への褒美でございます。そして、今後も聖女様のお望みとあらば、このエグバード、何なりとご用意させていただきますぞ!」

 

 その言葉に、ミリシアの瞳がカッと見開かれ、先ほどまでの疲労困憊が嘘のように輝きを取り戻した。

 

「ほんとですか!? じゃあ……じゃあ、ミリシアは、せかいいちおおきな、おほしさまのかたちをしたぷりんがたべたいです! それから、おへやいっぱいの、ふわふわのくっしょんもうれしいです! あと、あと……!」

「は、はは、落ち着いてください聖女様。まずは一つずつ……」

 

 エグバードの顔が引きつるのを、クワットは愉快そうにヘルメットの下で眺めていた。

 

 その日の午後、ミリシアの自室には、約束通り、山のように積まれた特大の星形プリンが運び込まれた。バニラ風味、イチゴ風味、そしてミリシアが大好きな星蜜風味と、なんと三種類ものフレーバーが用意されている。

 ミリシアは「わーい! ぷりんのおやまです!」と歓声をあげ、アルテイシアと、なぜか成り行きで同席させられたクワットにも「どうぞです!」とおすそ分けしつつ、小さなスプーンで一心不乱にプリンを堪能し始めた。その幸せそうな顔は、先ほどの儀式での神々しい姿とはまるで別人である。

 

 十分の一も食べきらない内にお腹がいっぱいになり、少し眠くなってきたミリシアを、アルテイシアは優しくお風呂へと誘った。

 

「君も今日一日で疲れているだろう。私が連れて行こうか?」

「寝言は寝て言ってくださいね? さあ、ミリシア様、お約束の『おほしさまみたいにキラキラする、いいにおいのおふろ』の準備が整いましたよ」

「わーい! きらきらおふろ、はいります!」

 

 ミリシアが案内されたのは、神殿の奥にある聖女専用の浴室。普段から清潔で広々とした浴室だが、今日のそれは格別だった。

 大きな大理石の湯船には、乳白色のお湯がなみなみと満たされ、湯面にはアルテイシアが特別にブレンドしたハーブの花びらと、神殿の宝物庫からエグバードがミリシアのご機嫌取りのためにこっそり持ち出した星光石の細かな欠片が散りばめられていた。星光石は、お湯に浸かるとそれ自体が淡く発光し、さらに周囲の魔力に反応してキラキラと夜空の星のように瞬く性質がある。アレルギー成分も無く、体内に吸収しても問題ない。浴室全体が、まるで星空の中にいるかのような幻想的な光と、ラベンダーやカモミールの優しい香りに包まれていた。

 

「うわぁ……! きれいです……! おほしさまのなかにいるみたいです……!」

 

 ミリシアは目を輝かせ、アルテイシアに手伝ってもらいながら、ゆっくりと星屑の湯に体を沈めた。温かく、滑らかなお湯が、今日の疲れを優しく溶かしていくようだ。

 

「ミリシア様、今日のキラキラ、本当にすごかったですね。大聖堂の皆さま、とっても感動していましたよ」

 

 アルテイシアがミリシアの銀髪を優しく洗いながら話しかける。

 

「きらきら、きれいでしたけど……やっぱり、おふろがいちばんきもちいいです。このおゆ、なんだかとってもあったかくて、いいにおいです」

「ふふ、それはよろしゅうございました。神官長様も、ミリシア様がお喜びになるならと、特別にこの星光石を……」

「しんかんちょうさまも、たまにはいいことをしますね!」

 

 ミリシアは満足そうに頷くと、湯船の中でぷかぷかと手足を動かし始めた。

 

「あしたも、おいしいぷりんと、このきらきらおふろがいいです! それから、おひるねも、いーっぱいです! それがいちばんしあわせなのです!」

 

 その言葉に、アルテイシアは思わず微笑んだ。

 

「はい、ミリシア様。わたくしが必ず、ミリシア様の幸せな毎日をご用意いたしますとも。けれど食べ過ぎには注意してくださいね。まるまる太った豚さんみたいになっちゃったら、もうプリンが食べられませんよ」

「ぷりんがたべられないのはいやです……」

「ですけど、明日は特別にプリンを二個食べても良いですよ? 頑張りましたからね。そのご褒美の続きです」

「ぷりんをふたつも! わーい! ぼくうれしいです!」

 

 星屑がキラキラと瞬く湯船で、小さな聖女と侍女の、穏やかで優しい時間が流れていった。

 

 

 

 

 お風呂から上がり、アルテイシアが念入りに乾かしたふわふわの髪に、シルクの寝間着をまとったミリシアは、満足感と心地よい疲労感で、あっという間にふかふかのベッドの上で小さな寝息を立て始めた。その寝顔は、今日一番の幸せに満ちて輝いているように見えた。

 

 アルテイシアは、そっとミリシアの額にかかった髪を払い、小さな声で囁く。

 

「おやすみなさいませ、ミリシア様。良い夢を」

 

 そして自室に戻ると、『聖女ミリシア様観察日記』に、今日起こった奇跡の詳細と、ミリシアの可愛らしい願い事、そして自分の小さな決意を、愛情を込めて丁寧に記録した。

 

 一方、クワットは、自室の窓から星空を眺めていた。

 神殿の警備は、今日一日の興奮を受けて、いつも以上に厳重に敷かれている。彼は今日の出来事を反芻(はんすう)し、そしてこれからの日々に思いを馳せた。

 

「フフフ…彼女の願いは、常に我々の想像の遥か上を行く。プリンと風呂と昼寝、か。だが、その純粋な欲求が、この世界をどう動かすのか。あるいは、何も動かさないのか。それを見届けるのも、また一興というもの。面白いじゃないか」

 

 その口元にはどこか温かいものが混じったような、そうでもないような笑みが浮かんでいた。

 

 こうして、聖女ミリシア・アストラルのお披露目の儀という、アークレイア神殿にとって歴史的な一日は幕を閉じた。

 王都グリーンフィールでは、聖女様の起こした奇跡の噂が瞬く間に広がり、人々の信仰と期待は新たな高まりを見せることになる。

 しかし、その中心にいる小さな聖女は、そんなことなど露知らず、ただただ、明日も美味しいプリンと気持ちの良いお風呂、そして何よりも長くて平和な昼寝ができることを、星に願いながら、幸せなまどろみの中にいた。

 彼女の、そして彼女を取り巻く人々の、長くて騒がしくて、でもどこかほのぼのとした物語は、まだ始まったばかりである。

 

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