聖女は静かに暮らしたい~星詠みの力でうっかり救世主に祭り上げられ、スローライフが遠のくんですが!?~   作:ゴールド免許の2

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第一章「鉱山の町ディーオ」
はじめてのおつかい


 聖女ミリシアのお披露目の儀という一大イベントから数週間が過ぎた。

 王都グリーンフィールでは、あの日の星屑の祝福の噂がいまだ熱を帯びて語られ、それを祝したイベントやら出店やらで賑わいを見せていた。しかし、その渦中にいるミリシア本人は、そんな喧騒などどこ吹く風。そもそも神殿から外に出ないこともあり、本人が知れば絶対買いに走らせるであろう食べ物の数々とは縁のない生活を送っていた。

 

「んぅ……あるていしあ……このはんもっく、もうちょっとだけ、ゆらゆらさせてください……おほしさまが、てをふってるのがみえます……」

「はいはい、ミリシア様。ですが、あまり揺らしすぎると落ちてしまいますよ。それから、そろそろおやつの時間も近いのですが……」

「おやつ……! おやつは、べつばらです!」

 

 神殿の中庭にある、ミリシアお気に入りの木陰。そこには、アルテイシアが特別に用意した、雲のように柔らかい特製ハンモックが吊るされ、お気に入りの星形の巨大ふわふわクッションを抱きしめ、至福のうたた寝を楽しんでいた。傍らでは、アルテイシアがミリシアのために新しい絵本を静かに読んでいる。

 

 そんな、絵に描いたような平和な午後を破るように、一人の神官が慌てた様子でアルテイシアに声をかけた。

 

「アルテイシア殿、ミリシア様はお休み中ですかな? 実は、エグバード神官長がお呼びで……騎士クワットもご一緒です」

 

 その言葉に、ハンモックの上で微睡んでいたミリシアの耳がぴくりと動き、アルテイシアは絵本から顔を上げた。ミリシアの脳裏に面倒毎の文字が過る。

 

「……また、しんかんちょうさまですか……きょうは、ぷりんのおかわりはないと、ちゃんといってくださいね、あるていしあ」

「ミリシア様、まだ何もおっしゃっていませんよ。ですが……あまり期待はなさらない方がよろしいかと」

 

 アルテイシアは小さなため息をつき、ミリシアをハンモックからそっと降ろすと、神官に案内されるまま、エグバードの待つ応接室へと向かった。

 

 応接室には、神妙な顔つきのエグバードと、その後ろに彫像のように控えるクワットの姿があった。その顔には「また面倒なことを持ってきた」と、くっきりと書いてあるようにミリシアには見えた。

 

「聖女ミリシア、そしてアルテイシア殿、急な呼び出し、まことに申し訳ない」

 

 エグバードは芝居がかった咳払いを一つすると、重々しく口を開いた。

 

「実は、西方にある鉱山の町ディーオ……そこに広がる星屑鉱山のことで、聖女様のお力をお借りしたい儀がありましてな」

「ほしくずこうざん……? きらきらのおやま、なのですか?」

 

 ミリシアの瞳が、ほんの少しだけ輝いた。キラキラという言葉には、良い思い出しかない。

 

「ええ、まあ……かつては、そうでありました。しかし、ここ最近、鉱山から産出される鉱石の輝きが失せ、品質が著しく低下しておるのです。そればかりか、鉱山内部から不気味な地鳴りが聞こえたり、周辺に生息する魔物が妙に活性化したりと、不穏な動きが続いておりましてな。民の間では、鉱山の奥深くに眠る何かが目覚めようとしているのではないか、と不安が広がっております」

 

 エグバードはそこで言葉を切り、ミリシアの顔をじっと見つめた。

 

「つきましては、聖女ミリシア様の力にて、かの鉱山を浄化し、異変の原因を調査していただきたいのでございます。これは、国王陛下からのご依頼でもあるのですぞ」

 

 ミリシアは、ぽかんとした顔でエグバードの話を聞いていたが、彼が話し終えるか終わらないかのうちに、ぷいっと顔をそむけた。

 

「いやですっ! めんどうくさいのは、もうこりごりです! ディーオなんて、きいたこともありませんし、おそとはつかれますし、それに、こうざんって、くらいんでしょう? ミリシア、くらいところはきらいです!」

「ミ、ミリシア聖女、そこを何とか……! 王国の民が、聖女様のお慈悲を……!」

 

 エグバードが必死に食い下がろうとした、その時だった。アルテイシアが、まるで示し合わせたかのような絶妙なタイミングで、ミリシアの耳元にそっと顔を寄せた。

 

「ミリシア様、ミリシア様。ディーオの町にはですね、とっても珍しい泥温泉があるそうですよ? お肌がまるで絹のようにすべすべになって、体も芯からぽかぽかと温まる、それはそれは素晴らしい温泉だとか。まるで大地の恵みのゆりかごと旅人たちの間では評判なんですって」

「どろのおふろ……?」

 

 ミリシアの拒否のオーラが、ほんの少しだけ揺らいだ。

 

「ええ。それに、その泥温泉の近くでは、鉱山で採れるキラキラと光るお砂糖で作った、星屑キャンディという宝石みたいな飴も名物なのだそうですよ。お口に入れると、お星さまの味がするんですって!」

「おほしさまのあじ……!?」

 

 今度こそ、ミリシアの瞳が、期待の色を帯びてキラキラと輝き始めた。

 

「どろのおふろ……ねちょねちょしないのですか? きもちは、いいのですか? きらきらきゃんでぃ……それは、おほしさまみたいに、あまくておいしいのですか?」

 

 アルテイシアは、にっこりと微笑んで頷く。

 

「もちろんでございますとも、ミリシア様。きっと、今まで味わったことのないような素晴らしい体験ができますわ」

 

 ミリシアは腕を組み、「うーん……」と数秒間、真剣な顔つきで考え込んだ。そして、小さなため息を一つつくと、まるで仕方がないといった風情で、しかしどこか得意げに宣言した。

 

「……しかたないですね。アルテイシアが、そこまでいうのなら。きゃんでぃと、その、どろのおふろのためなら……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、おでかけしてあげてもいいです。せいじょですから、みんなをたすけるのも、たまにはいいでしょう」

 

 アルテイシアは心の中でガッツポーズをし、エグバードは安堵の息を漏らした。

 

(ホウ……結局、彼女の行動原理は快楽にあるということか。聖女の使命感よりも、泥と飴の誘惑、ね。だが、その純粋な欲求こそが、あるいは我々の理解を超えた力を引き出すのかもしれん。フフフ……)

「この人また一人で笑ってる……」

 

 アルテイシアが若干引きながら考え事をするクワットを半目で睨んだ。

 

「おお、さすがは聖女ミリシア! そのお言葉、国王陛下もさぞお喜びになりましょう!」

 

 エグバードはアルテイシアの手腕に内心で舌を巻きつつ、早速クワットに向き直った。

 

「騎士クワット! 聞こえたな! 聖女ミリシア様のディーオへのご巡錫(じゅんしゃく)、その護衛と任務の監督を、貴殿に正式に命ずる! 万事抜かりなく、聖女様をお守り申し上げるのだ!」

「ハッ……! このクワット・アズナーブ、聖女様のディーオへの旅路、謹んでお供させていただこう……我が騎士道に誓って、聖女様の安眠と……その、キャンディの安全は、必ずや」

 

 クワットは恭しく敬礼したが、その言葉の後半はやや歯切れが悪かった。

 

 こうして、聖女ミリシアの、初めての本格的なおつかいという名の温泉グルメ旅行が決定した。

 

 アルテイシアは早速、旅の準備に取り掛かった。

 ミリシア様愛用の携帯用ミニお風呂セット、どんな場所でも快適な眠りを約束する星空柄トラベルピロー、そして道中のおやつ各種。あと自分のおやつ用バナナ。

 ミリシアは「きゃんでぃきゃんでぃ♪ どろんどろん♪ きらきらおふろ、たのしみだなぁ♪」と、すでにディーオのことで頭がいっぱいな様子で、自作の奇妙な歌を高らかに歌い始めた。その傍らで、アルテイシアが微笑ましそうに準備を進めている。

 

 数日後。

 王都グリーンフィールの正門から、一台の馬車と、その傍らを固める数騎の騎士の姿があった。

 ミリシアは、ふかふかのクッションと毛布に包まれ、馬車の中で出発と同時にうとうとと船を漕ぎ始めている。

 アルテイシアはその横で甲斐甲斐しくその世話を焼き、時折窓から見える景色をミリシアに優しく語りかけ、クワットは馬上で先導し、その背中はどこか覚悟を決めたように、緊張感を漂わせていた。

 

 門の上から、エグバード神官長が一行を見送っていた。その表情には、期待と不安がくっきりと浮かんでいる。

 

(頼むぞ、聖女様……そして、騎士クワット、アルテイシア殿……。ディーオの、いや、グルテン王国の未来は、君たちの肩にかかっているのだ……)

 

 こうして、聖女ミリシアとその一行は、初めての本格的な旅路へと、高らかないびきの前兆と共に出発したのであった。

 

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