残響は水底より   作:くにゅたろ

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Episode 26 「真実の書庫」

 

フィノは胸元のナイトビジョンゴーグルを外し、青白いヘッドライトを塔内部の書庫へと向けた。湿った石壁に反射する光の帯が、埃を帯びた本棚を浮かび上がらせる。箱や缶が無造作に積み重なり、腐朽した紙の匂いが肺を満たした。ミリは静かに息を吐き、暗がりへ歩を進めた。

 

「ここが……セルゲの書庫か」

フィノは震える声で呟き、手探りで一冊の厚い実験ノートを引き出した。表紙は擦り切れ、背表紙の文字は半ば剥がれている。ミリは隣で棚を探り、錆びたフィルム缶を見つけて棚板に並べた。

 

古い実験ノートを開くと、そこには手書きの図版とともに英語と古代文字が混ざった走り書きが続く。ページの隅には、ミリの母親――アディリア・コーレンの名前が記されていた。彼女の筆跡らしき曲線は、母が深淵病研究の中核にいたことを示している。ミリの胸が締め付けられ、視界が一瞬揺れた。

 

「あなたの母さん……ここで何を?」

言葉にならず、ミリは母の名を呼んだ。フィノはフィルム缶を開け、埃を払いながら映写用リーダーにフィルムを装填した。五つの缶にはそれぞれ異なる日にちとコードが書かれ、どれも母の名前を参照するメモが貼られている。

 

フィノがリールを回すと、暗闇が画面に映し出された。暗い実験室、機材の影、そして母の姿。彼女は無言で何かを調整し、濃い瘴気を帯びた試験管を手に取る。その瞬間、画面がちらつき、背後に幾何学的な紋様が光って映った。ミリは手を伸ばし、スクリーンの奥を指差した。

 

「見て……母さんがあの紋様を」

スクリーンに投影された模様は、白百合のようでありながら無機質だった。母の指がその中を辿るたびに、黒い粒子が浮遊し、淡く脈打つ。ミリの胸に痛みが走り、背徳の実感が全身を貫いた。

 

「真実はこんなにも……残酷ね」

フィノは映像を一時停止し、暗号化されたノートの頁と照らし合わせた。ノートの中には、深淵覚醒儀式の構築手順が記され、母の研究が単なる治療ではなく、覚醒の一部だった事実が浮かび上がる。

 

映写機のランプが赤く点滅し、切迫した警告音が響いた。フィノは慌てて映像を止め、フィルムをリールから外した。ミリは両手で胸を押さえ、目を閉じた。

 

「母さんは……私を救うために、ここまでしていたの?」

問いかけは宙に消えた。フィノはそっとミリの肩に手を置き、静かな声で言った。

 

「母親は最善を尽くした。でもその先に、予期せぬ結末が待っていたのかもしれない」

ミリは深く息を吸い込み、揺れる心を落ち着けた。胸の奥で疼く痛みは、やがて決意の炎となる気配を孕んでいた。

 

「この真実を無駄にしない。母さんが見たもの、見つめたものを、私が終わらせる」

フィノは頷き、古い実験ノートとフィルム缶をまとめた。二人は互いに視線を交わし、書庫を後にした。背後の暗闇に、再生ランプの余韻のように淡い光が残り、彼女たちを次の闘いへと誘った。

 

 

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