残響は水底より   作:くにゅたろ

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Episode 32 「煉獄の声」

 

二人は逆回転する鐘の余韻を追い、崩れかけた路地から地下へと続く亀裂を見つけた。赤い閃光で焦がれたコンクリートの壁が割れ、底なしの闇が口を開いている。石畳が崩れ落ち、鉄くずと埃が渦巻く中、ミリはフィノの手を離さずに一歩を踏み出した。

 

地下に足を踏み入れると、湿った空気に混じって、遠い昔の悲痛な声が漏れ聞こえた。最初は単なる風のささやきかと思いきや、次第に無数の苦しみが折り重なるように濁声となり、二人の鼓膜を震わせる。壁に刻まれた古い紋様が赤い光を帯び、わずかな揺らぎで呼吸するように脈打っていた。

 

「……これが、煉獄の声?」フィノの声は震えていた。ミリは頷きながら、声の発生源を探して進む。足下を照らす懐中電灯の光が、巨大な遺構の断片を浮かび上がらせた。柱の残骸、崩れたアーチ、そして中央にそびえる石の台座。そこには、かつて封印を示す符号が彫り込まれている。

 

ミリは近寄り、手袋越しに苔むした台座を触った。冷たさは深淵の底から伝わるようで、不気味に背筋を走る。振り返ると、フィノは手元の端末で解析を続けている。「この符号……封印の鍵だわ」とつぶやく。すると、地鳴りのような低い轟音が響き、遺構全体が共鳴し始めた。

 

声はさらに大きく、囁きから叫びへと変貌し、二人の意識を揺さぶる。“我を解き放て”“救済を求む”“永遠を閉ざせ”――無数の声が入り乱れ、理性を侵食していく。ミリは耳を塞ごうとしたが、声は骨の奥深くまで届き、策略的に心を揺さぶる。恐怖が心を絞り上げるが、同時に抗いたいという意志が彼女を支えていた。

 

フィノは端末を握りしめ、「急ごう、解読はあとだ」と叫び、二人は台座の周囲を調べ始めた。壁面には鮮やかな赤い花粉が点々と付着し、まるで何者かの血脈を示すかのようだ。ミリは花粉を一握り取り、そっと息を吹きかけると、粉は空中で瞬間的に舞い、視界に幻影を描いた。そこに映ったのは、学園都市の未来と過去が重なり合う映像だった。

 

映像は断片的で、破壊された塔を見上げる群衆、救護を施すミリの母、そして暗い儀式室で黒い花粉を撒き散らす研究者たちの姿を次々と映し出す。恐怖と怒り、悲しみが渦巻く映像は、一瞬のうちに消え去り、赤い瘴気だけが残った。ミリは息を呑み、目の前の現実に打ちのめされる。

 

フィノが端末を握り直し、符号を解読し始める。「この符号は──犠牲の代償を示している。生命のエネルギーを刻印に変える、深淵への扉を開く鍵だわ」ミリの胸が凍りつく。自分が知らず知らずのうちにその鍵を手にしていた恐怖が広がる。

 

背後で轟音が強まり、遺構の壁が軋む。落盤の危険を知らせるかのように、煤けた天井から小さな破片が降り注ぎ、二人を直撃する。ミリはとっさにフィノを庇い、二人は裂け目を駆け抜ける。足元の亀裂が広がり、底なしの闇へと続いている。

 

再び地上への階段が見えた。ミリは深淵の囁きがまだ耳に残る中、力強く一歩を踏み出し、フィノとともに闇を抜けた。振り返ると、亀裂の向こうで赤い符号が静かに光を失い、何事もなかったかのように闇へ沈み込んでいく。

 

二人は階段を駆け上がりながら、意を決して囁き合った。「次は……最後の問いを」「覚悟を持って、答えを見つけましょう」赤い空はまだ消えない。だが、二人の心には確かな火種が灯っていた。深淵に抗い、世界を取り戻すための小さな光が。

 

 

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