残響は水底より   作:くにゅたろ

57 / 60
Episode 57「二律の心臓」

 

 白と黒の百合が交互に咲く一本道の先、光の心臓は鼓動を刻み続けていた。

 

 それは生き物のようでありながら、どこか無機的でもあった。

 脈動する光球の中心からは、周期的に波が放たれている。

 その波は、目には見えず、しかし皮膚を通して確かに伝わってきた。

 

 ドクン――。

 

 波形のひとつは、温もりを帯びていた。心を満たすような、静かな幸福感。

 もうひとつの波形は、冷たく鋭く、あらゆるものを裂いていくような痛みを含んでいた。

 

「救済と……破壊?」

 

 ミリが囁いた。

 

「希望と絶望、再生と喪失。どちらもこの球の中にある」

 

 フィノは慎重に分析装置を操作し、波形の特性を確認していた。

 この光球は、都市の“選択”を最終的に集約・調律するための“共鳴核”だった。

 すなわち、門の最終形態に融合する前段階――都市と人々の総意を波形として記録するための媒体。

 

「でも今のままだと、ふたつの振動がぶつかりあって、共鳴が不安定すぎる……」

 

 波形が激しく揺れはじめる。

 調和していたはずのリズムが崩れ、幸福感の波が過剰に増幅していく。

 

 突如、球からあふれ出した光が都市全域を包み込んだ。

 

 笑い声。歓喜。癒し。再会。祝福。

 それらが洪水のように押し寄せ、街の人々の脳を直接刺激していく。

 

「ダメよ……これ、強すぎる!」

 

 ミリが絶叫する。

 幸福の過剰投射は、やがて人の判断を奪う。

 笑い続ける顔。涙を流しながら歓声を上げる声。

 意識が麻痺し、行動が止まり、都市がゆっくりと“停止”しようとしていた。

 

「このままじゃ、皆が“溺れる”……!」

 

 ミリは迷わなかった。

 彼女は自らの周波数生成器にアクセスし、自分の記憶から“恐怖”を抽出した。

 

 恐怖――それは彼女がこれまでに救えなかった人々の顔。

 夜の病棟、誰にも見せられなかった血の記憶。

 誰かを失うことへの絶望。そして、それでも立ち続けてきた自分。

 

「お願い……これも必要な感情なの」

 

 ミリはその記憶を、まるごと球に向けて放出した。

 

 光球が悲鳴のような高周波を上げる。

 一瞬、全体が揺れ、崩壊の気配を漂わせた。

 

 だが、直後に波形が落ち着いた。

 

 幸福と恐怖、救済と痛みが――静かに、等価となったのだ。

 

 ドクン。

 

 心臓の鼓動は再び整い、その音が都市の空に反響する。

 人々の瞳が、少しずつ正気を取り戻していく。

 

「ミリ……君の記憶が、この都市を救った」

 

 フィノの声に、ミリはただ小さく頷いた。

 そこに言葉は要らなかった。必要だったのは、ただ“痛みを否定しないこと”だった。

 

 「完全な救済」は、幸福だけでは成立しない。

 人は、失ったこと、怖かったこと、向き合えなかったことを抱えたまま、進んでいく。

 

 球の中心から、光の筋が伸びた。

 

 それは門の中心へと吸い込まれ、ゆっくりと形を変えていく。

 

 まるで人のかたち。

 あらゆる波形を抱いた“人型の光”へと――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。