ある雪の降る早朝、いつものように豆腐の配達終わりで秋名山の下りを走っていた
「(何だ?あの車、この辺りじゃ見かけない。真っ白...いや銀色で変な形してる。)」
気高い威厳を湛える長く伸びたボンネット、なだらかな曲線のフェンダー、早朝の薄闇の中でさえその存在を主張する銀色のボディ、自動車という枠を容易く超えてしまう芸術が秋名山の峠を我武者羅に攻めている。
「(高級そうな車の割になんて乱暴な走り方だ。この後のカーブ、事故るかもな...。)」
減速して後方より様子を伺っていた藤原拓海は次の展開に思わず目を見張った。銀色の車は明らかにオーバーな速度を維持したままコーナーへ突っ込み、アウト側のガードレールすれすれで通過、しかし車体は微動だにせず、まるでレールの上を滑るように見事なラインでブレーキングドリフトを成功させてしまった。
「(タイミング的に事故ると思ったのに...。)」
前を走る車の走り方は乱暴の一言に尽きる。だが、コーナーを曲がる際に見せた完璧な荷重移動は物理法則を正確に理解した者のみが為せる業だった。滅茶苦茶な走りとは裏腹に運転手は理詰めで且つ精密、そして冷静に一連の動作を実行している。藤原拓海の直感はそのように答えを出していた。
「(まぁいいや、早く帰って二度寝しよ。)」
事故の心配はもうない。ならばと拓海は普段通りに86の速度を上げ、コーナーを曲がり切ってから妙に大人しくなった銀色の車の横を追い抜く。ほんの一瞬、すれ違いざまに運転席側の窓ガラスの中へ目線を移すと、信じられないほど端正な顔立ちをした銀髪の女が視界に入った。彼女の口元には狐が描かれており、拓海はその女が自分へ向かって微笑んでいるように思え、言葉にならない居心地の悪さを覚えた。
「(何だったんだ...あれ。)」
「拓海、何かあったのか?」
早朝、日の出前に配達から帰ってきた息子、藤原拓海の微妙に不自然な様子を目敏く察知した藤原文太は普段なら遣わない気を配り、今まさに二階へ上がろうとしていた拓海の背に質問を投げかけた。階段の途中で足を止め、数秒の沈黙の後、拓海は肩越しに軽く振り返りながら答える。
「......いや、ちょっと変な車とすれ違ったんだよ。」
「変な車?」
「高級そうな銀色の見た目で、やたらと速かった。運転はすげぇ乱暴なのに、なんかこう...カーブの時だけは計算され尽くしてるっていうか...。」
「へえ...そんなのが秋名を走ってたのか。」
「多分、運転してたのは女の子。真っ白な髪の...外国人。ハリウッドに出てくる女優みたいだった。」
「......なんだそりゃ。」
文太は煙草に火をつけて、ふぅと息を吐き、怪訝に呟く。海外からの観光客が態々群馬の郊外を訪れて峠を爆走するとは思えない。他県から来た金持ちの好事家か、単なる女の走り屋か。どちらにせよ藤原文太の気がかりはただ一つ。
「で、お前そいつに抜かれたのか?」
「は?いや、一応こっちが追い抜いたけど...。相手、カーブ曲がってからは妙に大人しかったから。」
「そうか。」
丁度その頃、秋名山の中腹、木立の間に件の銀色がひっそりと停車していた。ウインターシーズン朝方の冷え切った空気の中、ステアリングに肘をかけ顔を俯かせる女が、運転席で静かに朝焼けを待っている。はらはらと舞う雪華を彷彿とさせる白銀の髪、透き通るような白い肌に真紅の瞳、女の容姿を一言で表現するのなら、生の温もりを拒む精巧なビスク・ドールだろう。
肘掛けとして寄りかかっていたステアリングから離れ、シフトノブを軽く撫でた女は少し前に峠ですれ違った少年を思い浮かべる。そして、無意識の内に
誤魔化せない歓びに女の口角が次こそ確実に持ち上がる。彼女の視線はフロントウィンドウの先にある秋名山の頂上へ向けられている。しかし、その眼差しの焦点はそこにはない。銀色のボディを黄金の曙光が照らし、日の出を迎えたその時、エンジンが再び目を覚ました。
時代に取り残されたはずの直6エンジン*1は女の抑えきれない感情に呼応するように、どこか新しく研ぎ澄まされた音を響かせ、白銀の車───メルセデス・ベンツェ・300SLクーペは再び公道へ滑り出す。朝の峠を不朽の名車は白銀の美女───アイリスフィール・フォン・アインツベルンと共に走る。
続くとは言っていないので短編にしました。
Fate/Zeroでアイリ峠攻めてたよね?
尚、頭文字Dは原作開始前。
誰か書いてくださいお願いします...。