エーテル・レコード ーかつての少年兵が英雄と呼ばれるまでー 作:蒼色ノ狐
―新西暦六十年 五月初旬
エデン連邦が樹立して五か月という日数が経った、ある昼頃の事。
旧ガスア領内にある山岳地帯、そのエリアの一角に人知れず墓が建てられている。
山の中という事もあり打ち捨てられた古びた墓であったが、この日は珍しく花を手向ける人物がいた。
名はイレーナ。
かつてガスアに滅ぼされたバンデルの第二王女であり、今は連邦の議員として動いている女性であった。
そしてこの墓こそバンデルの王、彼女の親族が眠る地である。
「……」
風になびく髪を押さえながら墓を黙って見つめ続けるイレーナ。
只々草木が揺れる音だけが周囲に響く中、彼女の後ろにいた人物が声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「ええ。お気を使っていただき、ありがとうございます」
かけられた言葉に対し、どこかぎこちなく答えるイレーナ。
すると再び草木が風と戯れる音がこの場を支配する。
何とも言えない空気が二人の間に流れるが、それも無理からぬ事。
何故ならば声をかけた人物の名はエーヘンバッハ。
かつてガスア軍の大将として、イレーナの家族を打ち取った人物なのだから。
示し合わせた訳でなく同じ日の同じ時に来てしまった事は、おそらくどちらにとっても不運であったのだろう。
「……」
「……」
会話をするでもなく、されど無視するわけにも行かず。
何か行動を起こすべきとエーヘンバッハが思うと同時に、まずはイレーナから話しかけてきた。
「此処に来られたのは何度目ですか、エーヘンバッハ大将」
怒りも恨みも感じ取れない透き通った声で問いかける議員であるイレーナに、エデン軍の大将として任命されたエーヘンバッハも意を決して答える。
「暇を見つけては通わせてもらっています。敵ではありましたが、貴女の父上は尊敬に値する人物でしたので」
それはエーヘンバッハの噓偽りのない言葉であった。
こうして墓参りに来ているのも敬意を表すためであり、そもそも先祖代々の墓に弔ったのも彼の具申である。
「感謝します。王族としてではなく、一人の娘として」
するとイレーナは視線を墓から地面へと向けながら、淡々と言葉を紡いでいく。
「ようやく故地に帰ってきました。ここまでに三年近く。……長いような、あっけないほど短いような」
「……」
イレーナの独白に対して、エーヘンバッハは何も答えない。
求められてもないし、その資格も無いと考えていたからだ。
「国が滅ぼされた時は、どのような手段を用いてもガスアに報復する。そのような事ばかり考えていました」
「今は違う、と?」
そこでようやくエーヘンバッハが問いかけると、イレーナは自虐的な笑みをこぼす。
「いま復讐しても意味がない。そんな風に割り切れるぐらいには、大人になりましたから」
「……」
「より多くの人を救い導く。想像もしなかったでしょうが、父上も喜んでくれるでしょう」
そう答えるイレーナの表情は、心からの笑みが浮かんでいた。
「ええ。そう、願います」
エーヘンバッハも笑みを浮かべると、イレーナは再び墓に視線を向ける。
「父上。どうか見ていてください。恨みを乗り越え進む、ワタクシたちの姿を」
イレーナの言葉を肯定するかのように、一陣の風が吹き渡る。
―かつての亡国の王女は、恨みを乗り越え新たな道を進むのであった
季節も四月となり過ごしやすくなってまいりました。
そんな世間話はともかく、幕間はあと1エピソードあります。
頑張って書いてまいりますので、ご期待ください!