エーテル・レコード ーかつての少年兵が英雄と呼ばれるまでー 作:蒼色ノ狐
連邦が樹立して七か月。
新たな制度や取り組みに民衆が少しは慣れてきた、ある暑い日のこと。
首都から大きく離れた森を突き進む、一人の女性がいた。
名はエリカ・ブレイン。
連邦軍の中佐となったうら若き乙女は、時折汗を拭いながら黙って歩き続ける。
「……」
彼女の表情は奥に進むほど険しくなっていき、目的地まであと少しという所で立ち止まる。
視界の先にあるのは古びた建物。
沢山の小さな子どもたちと、数える程の大人たちが外で遊んでいるのがよく見えた。
「……良かった」
子どもたちが元気に遊ぶ様子に、エリカは安堵の言葉を漏らす。
その場所は彼女が幼少期を過ごした孤児院であり、地獄をもたらした場所でもある。
体罰などは当たり前の教育に、理不尽な暴力。
かつては理不尽の温床であったが、子どもたちを見れば今は改善されているのがよく分かった。
「……」
エリカは孤児院がアーストンの国営になった時から支援をしていたが、こうして直接来たのは初めてであった。
理由は負い目。
仕方が無かったとは言え義母であったカサンドラを恐れ、ひどい目に合っている後輩たちを見て見ぬ振りをしていた事。
突然カサンドラを地の底に落とし、居場所を不安定にした事。
それら全てが彼女の足を鈍らせ、今日まで来るのを拒んでいたのだ。
「……じゃあね」
報告は受けていたとは言え健全な経営をされている事を目にして、エリカは満足してこの場を去ろうとする。
「何がじゃあね、よ」
「!?」
突然背後から聞こえた声に反応し、銃を手に取り振り向くエリカ。
そこには自分と同じ連邦の軍服を来た、同い年と思われる茶髪の女が呆れた様子で見ていた。
「誰? どうして此処にいる?」
エリカは子どもたちに聞こえないよう大きな声は出さず、されどしっかりと敵意を込めた声で女に問いかける。
「あ~覚えてないか。……まあ最後に会ってから何年も経っているから、当然か」
「質問に答えて」
「立派に軍人してるじゃん。泣き虫だった面影は無いね、エリカ」
「どうして! ……待って。その茶髪に言葉遣い。もしかして」
「ふふ、申し遅れました中佐殿。自分はカズサ・スカーレット軍曹であります!」
「カズサ! 本当にカズサなの!?」
女の正体に気付き銃を下ろして驚きの表情を見せるエリカ。
一方でサプライズが成功したような顔をしながら近づいたカズサは、肩を竦めながら近づいていく。
「まあ公にはあのババアのせいで死んだ事になっているから、すぐに分からなくても無理ないよね」
「……何人かスパイとしてガスアに送り込むとは聞いていたけど」
「まあこんな言葉遣いのスパイなんて、そうはいないだろうしね」
肩を抱き合いながら十数年ぶりの再会の喜びを分かち合う二人。
体にまとわりつくような暑さも、今この瞬間だけは気にならなかった。
「今はどうしてるの?」
「それが諜報員をクビになっちゃって。仕方ないから軍に入りなおした訳。まあ実績を買われて軍曹にいきなり任命されたのは幸運かな」
「何にせよ生きててよかった。……本当に」
生きていた親友の姿に涙を流すエリカ。
その様子にカズサは笑みを浮かべると、彼女の腕を掴む。
「よし! じゃあ行こうか」
「どこに?」
「決まってるじゃん。国を救った英雄様が、古巣によ!」
「そ、それはちょっと……」
様子を伺うだけでも長い年月が掛かったと言うのに、直接顔を合わせるだなんてできない。
必死に抵抗するエリカに、カズサはため息を吐く。
「さっきの言葉から察するに、自分には資格が無いとか思ってるんじゃない?」
「……」
「やっぱりか。いい? あのババアを恐れていたのはアンタだけじゃない。誰もが怯んでいた中で、立ち向かったアンタには感謝してもしきれない。それはきっと皆同じ気持ちだよ」
「……」
「ほら、行くよ!」
結局力負けし、エリカは孤児院の皆に顔を見せる事になる。
正体に気付くやいなや、昔からいた者は恐怖から解放した先輩として。
新しく入った者は孤児院から巣立った英雄として、熱烈な歓迎を始める。
エリカは戸惑いながらも、そばで笑っているカズサに感謝するのであった。
幕間最後の主役はエリカでした!
次からは九章開幕です
果たしてどのような物語になるのか?
ご期待ください!