エーテル・レコード ーかつての少年兵が英雄と呼ばれるまでー 作:蒼色ノ狐
「一体何なの、コイツら!」
愛機の持つ大剣でビーストを薙ぎ払いながら、アイシャは答えが返ってこない事を理解しつつもコックピットで吠える。
吹き飛ばされたビーストはしばらく倒れていたが、しばらくすると立ち上がってきた。
「くっ! キリがない!」
実体兵器もエーテルを使用した兵装も致命打を与える事は出来ない敵に、苛立ちを隠す事が出来ないアイシャ。
ビーストと睨み合いの状況となる中、カゲロウから通信が入った。
「ウェルズ少尉」
「ブレイン艦長? いま動物の相手で忙しいんだけど」
アイシャは艦長であるエリカが自ら通信して来た事に疑問を感じつつも、普段と変わらない様子を見せる
だがエリカは態度を気にした様子もなく、淡々とした様子で指示を口にした。
「白兵部隊の撤収が間もなく完了します。完了しだいMT部隊も後退。この領域から離脱します」
「……行方不明者を残して?」
「……ええ」
ユーリを見捨てるという結論に対し、アイシャは激高する事無く静かに問いかける。
艦長としてエリカは正しい事をしている事は、重々承知しているからだ。
「そう。だけど」
「残る事は許可できません。例え誰であってもです」
言おうとした事を先に否定され、ようやくアイシャはエリカが直接通信してきた理由を察する。
初めから残ると言い出す事を読まれていたらしい。
「追撃は?」
「艦の推力ならば逃げ切れます。それに残りたいのは殿が理由ではないでしょう?」
「……探さないと」
「……正直に言えば、探したいのは一緒です。ですが未知の脅威が現れた以上、生き残らねばなりません。私も、少尉あなたも」
エリカの言葉に対し、アイシャは何も言い返す事が出来ない。
個人としての意思か、それとも軍人としての矜持か。
既に歴戦のパイロットの域に達しつつあるアイシャの決断は、か細くもしっかりと聞き取れた。
「……了解」
「恨んでもらって結構です」
そう言い残し通信を切るエリカ。
目の前のビーストを警戒しつつ、少しだけため息を吐いて文句を言うアイシャ。
「それが出来れば、悩まないんだけど」
だが決まった以上は従う他にない。
気持ちを切り替えたアイシャは、一先ずどう動くかを考える。
部下たちはMTの損傷が酷いため、既に撤退しているため問題はない。
他の小隊も他のビーストを警戒しつつも、膠着状態が続いている。
(とりあえず目の前の敵を振り切ればいい。……けれど、どうすべきか)
一先ず一撃を与えようと考えたアイシャは、大剣を改めて構え突撃準備を開始した。
「っ!」
その時ユーリを飲み込んだような大穴が、再び空中に現れた。
思わずそちらに注意が行くアイシャの隙を突くように、ビーストが飛びかかる。
気づいて得物を振るうが、質量もあり間に合いそうにない。
(……隊長!)
心の中でユーリの姿を思い浮かべるアイシャ。
ビーストの牙が、コックピットに届くまで僅かという時であった。
穴から一筋の赤い光が降り注ぎ、ビーストの体を貫いたのである。
「……え?」
思わぬ状況に呆けた声が出てしまうアイシャ。
穴を凝視する彼女の目に続けて飛び込んで来たのは、ジークフリートによく似ている白いMTであった。
「ようアイシャ。無事か?」
「た、隊長……? それにそのMTは?」
「悪いが説明してる間もない。こいつ等は片付けるから、先にカゲロウに帰ってろ」
言うが早いか、尋常ならざるスピードで戦場を駆け抜け始めたユーリ。
両手に赤いエーテル光を放つサーベルを構え、片っ端からビーストを切り裂いていく。
味方ですら状況が把握できない中で、瞬く間にビーストは五匹ほどになっていた。
「強い」
アイシャが思わず呟くのも無理は無く、他のパイロットたちも呆然と眺めているだけである。
不利を悟ったビーストたちは、やがて新しく現れた穴に逃げ帰るように消えていった。
傷一つ負う事無く勝利を収めたユーリは、自身が現れた穴が小さくなっていくのを見届けながら小さく決意を口にする。
「……守り切ってみせるからな」
―こうして謎の存在であるビーストとの初邂逅は終わりを迎え、希望の火は英雄によって人類に届けられたのであった
九章を無事に書き終える事が出来ました。
ここから十章に突入しますが、幕間が入るかは未定です。
どのような物語になるか?
ご期待ください!