エーテル・レコード ーかつての少年兵が英雄と呼ばれるまでー 作:蒼色ノ狐
―それは寒さも見え始めた十一月のこと
特務大佐という特殊な立場もあり、各地を忙しく飛び回るユーリ。
だがこの日は珍しく、連邦の首都であるエリンの病院に姿が見えた。
数ある連邦所属している中でもトップクラスの医療レベルを持つ大病院。
白く清潔にされた院内を、ユーリは小さな花束を手に歩いていた。
花束を手にしてる事からも分かる通り、ユーリの目的は見舞いである。
既に何度も通っているようで、その足取りは迷う事がない。
だが目的の病室から人が出てくるのを見え、立ち止まった。
一瞬引き返す事を考えたが、知り合いなのを確認すると小声で話しかける。
「お久しぶりですね。バドル秘書官」
「アカバ特務。……直接顔を見るのは一年ぶりか」
病室から出て来たのはかつて世話になったライアンであった。
出会った頃は勿論、以前会った時よりも白髪も皺も増えた様子で彼は力なく笑う。
「秘書官も見舞いに?」
「ああ。飲み物を買いに出て来たのだが、君が来たならばしばらく待っていよう」
「そう気にしなくても」
「気にするさ。今の立場は君の方が圧倒的に上だ」
軍部で幅を利かせられる立場であるユーリに対し、今のライアンは一介の秘書官に過ぎない。
過去に上官であったとしても、ライアンが遠慮するのも無理からぬ事である。
だが当の特務大佐は気にした様子もなく、以前のように話しかけていく。
「まあ立場だけ考えればそうでしょうけど、個人的に背中が痒くなるので止めてもらいません?」
「……君は変わらないな。なら少し歩かないか? 状況を話しておきたい」
「いいですよ」
目的地を近くの自動販売機へと変え、ユーリはライアンの後を追いかける。
時折すれ違う看護師や医師に気を使い、二人は小声で共通の人物たちの今を話していく。
「そうか。いまジェイドさんは輸送艦の艦長をしているのか」
「ああ。以前巡洋艦へ転属の話も来ていたらしいが、後方支援の方が性に合ったらしい。ローランドも初孫が生まれたようだ」
かつて所属していたカゲロウの艦長であるローランド。
彼は連邦樹立の軍再編の際に退役し、今は一般市民として暮らしている。
以前ユーリにも家族写真が送られており、非常に幸せそうな姿が映っていた。
同じくカゲロウの副艦長であったジェイドは各地を転々としていたが、現在は輸送艦の艦長として落ち着いているのを聞き少し安心するユーリ。
その後もカゲロウのクルーであった者の話題は尽きない。
メインオペレーターであったレコは、手腕を評価され別の艦へと転属したがその後お見合い結婚。
子育てに苦戦しているようであるが、そこそこに幸せのようであったと最近あったアイシャが口にしていた。
メカニックの主軸であったバーナードは卓越した技術を後世に残すべく、かなりの高齢となった今でも教鞭を振るっている。
初め前線を離れる事に抵抗していたが、度重なる学校側からの説得に加え家族の後押しもあり渋々受け入れた。
だが若者が自分の技術を受け継いでくれる事にやりがいを感じ、初めての卒業式は周りが引く程に泣いたらしい。
ちなみに情報提供者は孫のクリスだが、本人は必死に否定しているとの事。
その後も会話を続けていく二人は、目的である飲み物を買うべく自動販売機の前で立ち止まる。
何を買うか迷うユーリの横で、突然ライアンが口を開く。
「初めて会った時、君の事が嫌いだった」
「知ってます」
何の脈絡もない言葉、いや懺悔にもユーリは動ずる事無く返す。
「だろうな」
対するライアンも肩を竦める程度で、特に反応をする事もない。
「今だから言えるが、あれは完全に嫉妬だったな」
「まあ状況を考えればしない方が可笑しいですよね」
「だが今は心から言える。……君が来てくれて良かった」
「……光栄です」
二人は適当に目についた飲み物を買うと、来た道を戻り始める。
先程とは違い、会話もない非常に静かな歩み。
話題がない訳でも、気まずい訳でもない。
ただ静かに思い出に浸っていたい。
ユーリもライアンも、口にはせずとも同じ思いであっただけ。
だが目的地である病室の近くまで来ると、ライアンはユーリに道を譲る。
「会話を邪魔したくない。先に入ってくれ」
「……そういう事なら」
ライアンに導かれるまま、病室の扉を開け足を踏み入れるユーリ。
見舞いの品も特に見当たらない、白が強調された病室。
その中心にポツンとある広めのベットの上で、老人が窓の外をただ見つめていた。
声を掛けずに近づいていくユーリであったが、足音に気付いたのか老人がユーリに振り向く。
躊躇なく傍まで寄って来たユーリに、老人は疲れを滲ませながら口を開く。
「また活躍したようだな。誇らしいよユーリ」
「そっちは一段と老けたな。スコット・オーウェン議員」
「……」
ユーリの返しに対し、スコットは生気の感じさせない笑みを浮かべるのみであった。
本来は1エピソードに収めるつもりでしたが、思ったよりも長くなり分割する事にしました
物語からフェードアウト方々にも、それぞれの物語がある事が書けたので個人的には満足してます
次回は続きから書いていきますので、読んで頂ければ幸いです