エーテル・レコード ーかつての少年兵が英雄と呼ばれるまでー   作:蒼色ノ狐

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第138話 その歩みは止まらない

「全く。いい歳をして遊びも覚えず仕事をし続けるから、老けるのも早いんだ」

「返す言葉もないな」

 

 近くに置いてあった花瓶に見舞いの品である花を挿しつつ、ユーリは苦言を口にする。

 だがスコットは生気を感じさせない顔を頷かせるのみで、反論する様子も見せない。

 その事に対しユーリは見えない様に、顔を曇らせるのであった。

 

 スコットが入院したのは、およそ二年前のこと。

 次の議会への意見をライアンとまとめている最中に突如倒れたのだ。

 原因は重度の過労と栄養失調、および睡眠不足。

 食事や寝る間も惜しまず仕事をしてきた反動であった。

 体が完全に衰弱しきっており、完治するには月日が掛かると言う事実も合わせて伝えられ、入院が決まったのである。

 

 だが仕事を取り上げられたスコットは益々衰弱。

 かつての友人や顔なじみが見舞いに来ても、一向に治る気配を見せない。

 唯一ライアンとユーリに対しては明るく会話する傾向があるため、二人ともよく顔を見せに来ている。

 特にライアンは秘書という立場もあり、一週間に数度というペースで見舞っていた。

 花を挿し終えたユーリは傍にあった簡易的なイスに座ると、スコットの力の感じさせない眼をみながら話し始めていく。

 

「細かい話は言えないが、もうすぐビースト狩りが始まる。しばらくの間は来る事はないだろう」

「……そうか」

 

 スコットは静かに頷くと、開けられた窓から青空を見上げながら消えそうな声を漏らす。

 

「こうして顔を合わせるのも、今日で終わりかも知れんな」

「……決まった訳じゃないだろう?」

「かも知れん。だが可能性もあるのは否定できんだろう」

 

 ―悪性の腫瘍

 それがスコットの心を蝕む、いま一番の問題であった。

 医療技術が進歩しているエデンの大病院であれば、大概の治療は可能だ。

 だがスコットの体力自体がかなり落ちており、加えて発見も遅くなったのも致命的となった。

 因みに発見が遅くなったのはスコット自身が検査の類を嫌がったという経緯があり、病院側が責められる事案になってない。

 とにかく取り除く手術が予定されているが、患者の体力気力ともに低いために困難。

 医師をして成功率は五分程度という低さに、周りからは諦めの声を上げる者も少なくない。

 

「まあ人は何時か死ぬものだ。例えそれが今日だとしても、何の問題もない」

 

 全てを達観したような、菩薩のような笑み。

 だがそんなスコットの笑みを見て、ユーリは苛立ちを隠す事もせずに言い募る。

 

「おかしいな。俺には死ぬ口実を見つけてラッキーとしか聞こえないんだが」

「……」

「別に死ぬも生きるも本人の自由だ。俺にどうこう言う資格はない。だがそれも生きる努力を尽くしてから、と言う条件があってこそだろう」

「……」

「こんな事は一切聞く気は無かったが、勢いのまま言わせてもらう。何故死に急ぐ? どうして生きる希望を失った?」

「……本当に。敵わないな、お前には」

 

 スコットは諦めたように苦笑すると、窓の外を見つめるのを止めユーリの顔をジッと見つめ話を始めていく。

 

「そもそも仕事に打ち込んできたのは、罪悪感から逃げるためだ。集中していれば何も考えずに済むからな」

「……」

「お前のような少年兵を生み出した事を始めとした、口には出せない様々な出来事。積み重なっていく責任と罪の重さは、凡人には耐えられるものでは無かったのだ」

 

 一人で戦ってきた男の独白に対し、ユーリは口を出さない。

 ひたすらに聞き続ける元少年兵に対し、スコットは締め括りに入る。

 

「もし死によって罪が帳消しになるのであれば、悪くないと思う自分がいるのだ」

「……言いたい事は終わりか?」

「ああ。終わりだ」

 

 椅子から立ち上がり背伸びをするユーリを、スコットはただ見つめている。

 どのような行動をするのか?

 そんな疑問が籠った視線を浴びながら、彼が発した言葉は実にシンプルなものであった。

 

「じゃあ帰るから。手術頑張って受けなよ」

「……それだけか?」

「他に何かあるか? 言っておくが見舞い品のリクエストは受け付けてないからな」

「いや、もっと何かあるだろう! 恨み事とか何かが!」

 

 感情のままに叫ぶスコットに対し、ユーリは非常に穏やかな表情を向け話しかけていく。

 

「ここで何か言った所で、あんたの罪は消えないぞ。それに罪悪感を解消するのは、何も仕事だけじゃないだろ」

「……!」

「分かったらさっさと治して退院してくれ。暇を見つけては来るのも疲れるんだからな」

「……一つだけ、いいか?」

 

 そのまま病室を去ろうとするユーリの背中越しに、少しだけ力が込められたスコットの問いかけが聞こえてきた。

 

「何だ?」

 

 足を止めて振り向きながら聞き返すユーリに、スコットは意を決して質問する。

 

「お前は……後悔した事はないのか?」

「はぁ、全く。何を聞くかと思えば。後悔をしない人間なんて、余程の大物じゃない限りは居ないだろうさ」

「……」

「ただ一つ言わせてもらうなら。これから先、後悔しても立ち止まる気はない。時間が勿体ないからな」

 

 質問に答えたユーリは、今度こそ病室を出て行こうと歩き始める。

 

「……強くなったな。ユーリ」

「何を今更」

 

 最後にそんなやり取りを交わし、ユーリとスコットは別れるのであった。

 その後スコットは手術を受ける事を決意。

 以前と違い、目には決意が込められていたと話す者もいた。

 

 スコット・オーウェンの結末がどのようなものであるか?

 ここでは敢えて触れない事とする。

 一つだけ言える事は、誰もが後悔しなかった。

 

 ―ただそれだけの事であった




予想より長くなり狐も驚いております。
次回もう一エピソードを挟んでから、オペレーション・ノヴァ開始の様子を書いていこうと思います。
皆さま次回もお楽しみに!
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