引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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昨日投稿した出題編の続きです。
未読の方は、そちらを先にお読みください。


そして誰も被れなくなった【解答編】

「俺の予想が正しければ、カツラも犯人も見つかるはずだ」

 

「本当ですか!?」

フィーネの目が輝いた。

 

「ああ」

 

ロイスが身を乗り出す。

「カツラはどこに? 犯人は誰です?」

 

「まぁ落ち着け」

グレアムが訂正する。

「正確には、見つけ出す方法が分かったんだよ」

 

「だが、手作業では時間がかかりすぎる」

グレアムは言った。

「もう一度、あの魔法を使わせてもらおう」

 

会場の隅へ歩き出すと、壁にもたれたステインの姿が目に入った。腕を組み、どこか退屈そうに会場を眺めている。

 

「ステイン」

グレアムが声をかける。

「もう一度、【隠形看破】を使ってもらいたい」

 

ステインが面倒くさそうに顔を向けた。

「怪しい奴らは全員検査したはずだぞ」

 

グレアムは会場の隅を指差す。

「いや、まだ調べてない奴らがいる」

 

指先を視線で追ったステインの動きが止まる。

そこにいたのは、自然美推進協会のメンバーたち。ハゲ頭の集団だった。

 

「は?」

ステインがきょとんとした顔になる。

「あいつら、ハゲてるんですけど」

 

「それでも、検査してくれ」

 

「ハゲがカツラ被ってるわけないだろ。常識で考えろよ」

 

「常識が通用するなら」

グレアムが静かに返した。

「そもそもカツラなんて盗まれていない」

 

「まあ、確かに」

ステインは立ち上がる。

「いいだろう。やってやるよ」

 

手をかざすと、会場に静寂が広がる。誰もが、この奇妙な検査を見守っていた。

 

最初の男に魔力を流し込む。【隠形看破】が発動。

反応なし。

 

次の男も反応なし。

 

また次も。反応なし。

 

グレアムは腕を組み、煙草を咥えたまま会場全体を観察している。

カルヴァンが不安そうにこちらを見つめ、宰相の視線は鋭いまま。

ロイスとフィーネは固唾を呑んでいた。

 

ステインは次々と検査を続ける。何人調べても反応はない。

 

そして、最後の一人。

中年の男。つやつやと光るハゲ頭。他のメンバーと何も変わらない。

 

ステインが魔力を流し込む。【隠形看破】が発動した、その瞬間──

 

ビリッ、と雷が走ったかのような感覚。

 

「え?」

ステインの動きが止まる。

 

信じられない表情で男を見つめた。

「こいつ」

男を指差す。

「ハゲなのに、カツラを被ってる」

 

会場が、一瞬で静まり返る。

 

「何だと?」

ロイスが呆然と呟いた。

 

「そんなはずはない!」

男が叫ぶ。

「私がカツラを被っているわけがない!」

自分の頭を指差した。

「見ろ、この頭を! どこにカツラがある!?」

 

協会の一人が前に出る。

「そのとおりだ」

抗議するように言った。

「そいつは協会の新人で、我々の同志だ。カツラなんか欲しがるわけない」

 

別のメンバーも頷く。

「そうだ。ハゲを誇りに思う我々が、カツラを盗むはずがない」

 

確かに。

その頭は完全にハゲている。

髪の毛一本すらない。

つやつやと光っている。

どう見てもカツラなど被っていない。

 

「だが、【隠形看破】が反応している」

ステインは男を見つめた。

「お前の頭皮の下に、カツラが──」

言いかけて、自分の言葉の矛盾に気づく。

頭皮の下にカツラ?

それは、おかしい。カツラは頭皮の上に被るものだ。

 

「お前さんの言うことは間違っちゃいない」

グレアムが前に出る。冷静な声には確信が宿っていた。

「その男は確かに、頭皮の下にカツラを被っている」

 

続けて指先が男のハゲ頭を指す。

「正確には、その“ハゲ頭のカツラ”の下にな!」

 

会場が爆発した。

「ハゲ頭のカツラ!?」

「そんなものがあるのか!?」

「なんのために!?」

驚愕の声があちこちから上がり、誰もが信じられない表情で男を見つめていた。

宰相すら目を見開き、カルヴァンは口を開けたまま固まっている。

 

フィーネが首を傾げる。

「どういうことですか? ハゲ頭のカツラって」

 

「文字通りだ」

グレアムが説明する。

「犯人は盗んだ黄金のカツラを、まず自分の頭に装着した。そして、その上から、ハゲ頭のカツラを被った」

 

「つまり、二重のカツラ!」

ロイスが声を上げる。

 

「ああ」

グレアムが頷く。

「黄金のカツラをハゲ頭のカツラで隠し、協会のメンバーに紛れ込んだ。俺たちには『ハゲはカツラを被らない』という思い込みがあった。だから、協会のメンバーは持ち物検査だけで済ませた」

 

ロイスが続ける。

「でも、ステインの【隠形看破】は会場にいる全員を検査したはずです。なぜ、その時は見つからなかったんですか?」

 

グレアムがステインを見る。

「【隠形看破】は、『対象がカツラを被っているか』を探す魔法だったな」

 

「ああ」

ステインが渋々答えた。

 

「だが、お前は」

グレアムが静かに言う。

「ハゲの人間を、検査対象から外していた」

ステインの顔がわずかに強張った。

「『ハゲはカツラを隠していない』という前提で」

 

ステインは言葉に詰まった。確かに、そうだ。【隠形看破】をかける際、無意識に「カツラを被っている可能性がある人間」だけを対象にしていた。ハゲの人間は最初から除外していた。当たり前だと思っていた。ハゲがカツラを被るはずがないと。

それが、盲点だった。

 

「言い逃れはできないぞ」

グレアムが男に詰め寄る。男は後ずさる。背後の警備員にぶつかり、逃げ場はない。

 

「証拠は」

男が叫ぶ。

「証拠はあるのか!? 私がそのカツラを被っているという証拠は!」

 

グレアムが冷たく言い放つ。

「証拠なら、今から見せてやる」

フィーネに視線を向けた。

「フィーネ」

 

「はい!」

 

「そいつの“ハゲ頭”を剥がせ」

 

「了解です!」

フィーネが駆け寄る。顔には、いつもの無邪気な笑顔。

 

「待て!」

男が抵抗しようとする。

だが、フィーネが腕を掴み、あっさりと動きを封じた。

 

「え?」

男の顔が驚愕に染まる。力が入らない。フィーネの握力が尋常ではない。骨が軋む。

 

「じっとしててくださいね!」

フィーネがニコニコしながら男の頭部に手を伸ばす。

 

「や、やめ」

男の叫びは──

ベリッ。

という音に飲み込まれた。

 

「ぐあああああああああッ!!」

悲鳴が会場に響き渡る。

 

フィーネの手には、ハゲ頭のカツラが握られていた。ぐしゃりと皺が寄り、まるで剥がれた人間の頭皮のようだ。

「取れましたー!」

無邪気に振り返る。

 

その下から現れたのは──

光。

まばゆい輝き。

黄金。

 

スポットライトを受け、それは眩いばかりに輝いていた。まるで太陽を頭に乗せているかのような、圧倒的な存在感。

黄金のカツラだった。

 

会場が再び驚愕のどよめきに包まれる。

「本当に!」

「黄金のカツラが!」

「あんな方法で隠していたのか!」

ざわめきが広がる。誰もがその輝きに目を奪われていた。

 

宰相が小さく息を吐き、カルヴァンは顔を覆った。

 

男──いや、犯人は頭を押さえてうずくまり、痛みに顔を歪める。

その表情の奥に、追い詰められながらも不敵な笑みが浮かんでいた。

 

グレアムが煙草に火をつけ、深く吸い込む。

紫煙が静かに立ち上る。

「言い逃れはできないぞ」

静かに言った。

 

犯人が顔を上げた。目にはまだ諦めの色がない。

 

────

 

ロイスが一歩前に出る。

「カツラを返せ!」

怒りに満ちた声だった。

「それは盗品だ。お前のものじゃない」

 

犯人は笑った。

黄金のカツラを被ったまま、悠然と立っている。

「返す? 何を言っているんです」

カツラに手を添える。

「これは私のものですよ。最初から」

 

「何?」

ロイスが眉をひそめる。

 

「カルヴァンに盗まれていたんです」

堂々と言い放つ。

「私はただ、取り返しただけ」

 

会場がどよめいた。宿泊客たちが顔を見合わせ、警備員たちも困惑した表情で視線を交わす。

「盗まれた?」

「カルヴァンが?」

ざわめきが波のように広がっていく。

 

カルヴァンが前に出た。

「ふざけるな!」

怒りと焦りが混じった顔は真っ赤で、額に汗が浮かんでいる。

「そのカツラは私が作ったんだぞ! 裏を見ろ、ルミナス家の刻印がある!」

 

「ああ、刻印ですか」

犯人はあっさりと言った。

「盗んだ後で、勝手に彫り込んだんでしょう」

 

「証拠もないくせに!」

ロイスが詰め寄る。

「そんな出まかせが通用すると思うのか!」

 

「出まかせ?」

犯人の声がわずかに低くなった。

「では、証拠をお見せしましょう」

 

その言葉に、会場が静まり返る。

全員が犯人の次の言葉を待っていた。グレアムは煙草を咥えたまま、静かに観察している。

 

犯人はゆっくりとカルヴァンを見た。

「カルヴァン。あなたは発表会で、こう言いましたね」

「【強固固着】は、登録者本人以外、絶対に外せないと」

 

カルヴァンは黙っている。その沈黙が会場の緊張を高めた。

 

「では、お聞きします」

指が、自分の頭を指す。

「このカツラは、どうやって、あなたの頭から外れたんです?」

 

カルヴァンの顔が強張る。

 

「もし本当にあなたが登録者なら」

犯人の声には確信があった。

「誰にも外せないはずだ。物理的にも、魔法的にも」

 

「それは」

カルヴァンが言いかけ、口ごもる。視線が泳いでいる。

 

「つまり」

犯人は会場を見回した。ゆっくりと全員の顔を見渡す。

「カツラが外れたという事実そのものが、カルヴァンが登録者ではない証拠なんです」

 

ロイスが反論しようと口を開くが、言葉が出てこない。

確かに、その通りだ。論理として、完璧だった。

【強固固着】が絶対なら、外れるはずがない。

 

「そして」

犯人は自分の頭を指した。

「私はこうして、完璧に装着できている」

 

「待て」

ステインが前に出た。

「【固着】でくっつけてるだけかもしれない」

犯人に近づき、手をかざす。魔力が流れる。

【魔路切断】(パスサンダー)

カツラと頭皮の間に魔力の刃が走る。

 

何も起きない。

「外れない。【魔路切断】が効かない」

ステインが眉をひそめ、再度魔力を流し込む。結果は同じだった。

「こいつ、本当に【強固固着】の登録者だ」

 

「だから言ったでしょう? 私が登録者だとね」

犯人は、勝ち誇った笑みを浮かべている。

 

グレアムは煙草を取り出し、火をつけて深く吸い込む。

【強固固着】が外れないという事実が、所有権の証明になっている。

ならば、どこに、穴があるのか。

煙草を灰皿に置いた。

考えるのに魔力は要らない。必要なのは、論理だ。

 

グレアムがカルヴァンに視線を向ける。

異様な焦り。発表会での動揺。「ただの試作品ではない」という言葉。

そして宰相。ハゲでもないのに発表会に参加し、「私的な理由」と言い淀んだ。

 

グレアムは煙草を咥えた。

「カルヴァン」

警戒した様子で視線を向ける。顔には汗が光っている。

「一つ、確認したい」

静かな声だった。

 

「本当にお前が、このカツラを作ったのか?」

 

「当たり前だ!」

即座に答えるも、声が上ずっている。

「私が作った! 何度も言わせるな!」

 

グレアムは動じず、静かに見つめる。

「では、【強固固着】は、本当に絶対に外れないのか?」

 

「ああ」

苛立った様子で答える。視線が泳いでいる。

「何度も言っている。ハーゲンとの検証で確認済みだ。登録者本人の意志以外では、絶対に外れない」

 

煙草の灰を落とす。

紫煙が静かに立ち上る。

「最後の質問だ」

カルヴァンの顔がわずかに強張る。何かを悟ったのだろう。手が震えている。

 

静かに問いかけた。

「黄金のカツラは、誰のものだ?」

 

「私が作ったんだから」

焦りながら答える。額の汗が増えている。

「私のものに決まっている」

 

「いや」

グレアムは首を振った。

「聞き方が悪かったな」

カルヴァンを見据える。

「誰のために作ったんだ。誰が着用するために」

 

カルヴァンの顔から血の気が引いた。

「それは」

言葉が詰まり、視線が宰相に向く。すぐに逸らす。

「発表会でも、見ただろう」

声が震えている。

「それは、私が、付けるために」

 

グレアムは畳みかける。

「もう一度言うぞ、【強固固着】には、誰の魔力を登録したんだ」

カルヴァンは、完全に沈黙した。

答えられない。その沈黙がすべてを物語っている。

 

宰相が小さく息を吐いた。諦めたような、苦々しい表情。

会場が息を呑む。ロイスが何かに気づいたような表情をし、フィーネが首を傾げた。

 

グレアムは犯人に向き直る。

「あんたの言う通り」

静かに言った。

「たしかに黄金カツラは、カルヴァンのものじゃなかったようだな」

 

「ふざけるな!」

カルヴァンが叫ぶ。絶望的な声だ。

「私が作ったんだぞ! 私のものだ!」

 

グレアムは無視し、犯人を見据える。

「だが、お前のものでもない」

 

会場がざわめく。

カルヴァンのものでもない。犯人のものでもない。

では──

 

グレアムは深く息を吸い込んだ。

そして。

 

「このカツラは、国王陛下のものだ」

 

会場が凍りついた。

完全な静寂。時間が止まったかのような、静寂。

誰もが息を呑み、動きを止めている。

一人の宿泊客が思わず椅子から立ち上がり、警備員の一人が警棒を取り落としそうになった。

 

国王。

その言葉が、会場に響いた。

 

「国王、陛下?」

ロイスが呆然と呟く。震える声だった。

 

「そんな」

フィーネが目を丸くし、口を開けたまま固まっている。

 

ざわめきが波のように広がる。

「国王陛下が、カツラ?」

「つまり、ハゲてるってこと?」

「まさか、そんな」

驚愕、困惑、信じられないという声。誰もが隣の人間に確認するように囁き合っている。

 

宰相の顔が蒼白だった。拳を強く握りしめ、唇を噛んでいる。

何も言えない。否定もできない。その様子が、すべてを肯定していた。

 

グレアムが続けた。

「黄金のカツラは、ただの試作品じゃなかった」

その声は会場全体に響いた。

「これは国王への献上品だ」

 

カルヴァンが力なく項垂れる。膝が笑っている。もう、隠しきれない。

 

「だから」

グレアムは宰相を見る。

「カツラを必要としないあんたが、発表会に参加していた。性能を確認するための、代理人としてな」

 

宰相は何も答えられなかった。ただ、歯を食いしばる。目には悔しさと、諦めと、怒りが混じっていた。

 

「そして献上品である以上」

グレアムがカルヴァンに視線を戻す。

「カルヴァン自身の魔力を登録することはできなかった。登録は一度きり、国王陛下のために取っておく必要があるからな」

 

ロイスが息を呑む。

「では、発表会でカルヴァンが被っていたのは」

 

「一般的な【固着】の魔術だ」

グレアムが頷く。

「自前で唱えて、暫定的に装着していただけ。お前は混乱の隙に、魔術で干渉して【固着】を解除した。そしてカツラを奪い、その場で自分の魔力を登録したんだろう」

 

犯人は静かに立っていた。

仮面も変装もない、ただの協会員の姿。

浮かべた笑みはどこか満足そうだった。

 

「お見事です」

ゆっくりと拍手を送る。

「完璧な推理だ。流石は王都調査局」

 

そしてローブを裏返す。

パサリ。

黒と金の漆黒の装束が露わになる。

 

犯人は、優雅に一礼した。

「改めまして、怪盗ファントムです」

 

────

 

宰相が前に出た。

会場の空気が変わった。

「カツラを返せ」

その声は、威厳に満ちていた。

「それは国王陛下のものだ。お前に所有する権利はない」

 

怪盗は、静かに首を振った。

「返せと言われても、困りますね」

怪盗は自分の頭を指した。

「カルヴァンの説明を思い出してください。【強固固着】は、登録者の意志以外では外れない。私の意志で外す気はありませんし、物理的にも、魔法的にも、外すことはできないはずです」

 

宰相の顔が、さらに蒼白になった。

 

「そして」

怪盗は会場を見回した。

「魔力登録は一度きり。私の魔力で登録したため、これは本当に私の所有物になっているのです」

 

カルヴァンが絶望的な表情で項垂れる。

宰相が拳を握りしめる。

会場に、重苦しい空気が広がった。

ロイスが唇を噛む。フィーネが困惑した表情を浮かべる。

 

もう、取り返す手段はない。

 

その時。

「それはどうかな」

声が響いた。

ステインだ。ステインが前に出てくる。

 

怪盗が振り向く。

「君か」

仮面の下から、笑みが見える。

「カツラを発見した魔術の腕前は認めますよ。ですが、今更何ができるんです?」

 

ステインは不敵に笑った。

「俺の職業を知らないのか?」

その目には、確信があった。

「俺は、カツラ剥がし職人なんだぜ」

 

怪盗の動きが、一瞬止まった。

 

ステインは手をかざした。

魔力が、流れ込んだ。

【魔力変調】(モジュレーション)

 

怪盗の体が、わずかに震える。

魔力の流れが、変わる。

体内を循環する魔力のパターンが、ステインの魔力によって、わずかに、ずらされる。

 

その瞬間。

ズルリ、と。

黄金のカツラが、怪盗の頭から滑り落ちた。

 

「何!?」

怪盗が叫ぶ。

ロイスが素早く駆け寄り、カツラを回収した。

「確保した!」

 

怪盗は頭を押さえ、その頭には、髪の毛はない。

ハゲているわけでもない。

綺麗に剃られた、坊主頭だった。

 

「どうなってる!」

怪盗が動揺した声を上げる。

「【強固固着】は絶対に外れないはずだ!」

 

「いいや、それには弱点がある」

ステインは説明する。

「【強固固着】の術式は、あくまで所有者の魔力によって結びついている。だから、魔力が変わったり、失われたりすれば、効力を失ってしまう」

怪盗を見据える。

「だから、お前の魔力の波長を変調して、結びつきを断ち切ったのさ」

 

会場が、再び、驚愕のどよめきに包まれた。

「そんな方法が」

「【強固固着】まで破られるなんて」

「カツラ剥がし職人、恐るべし……」

 

怪盗は、悔しそうに唇を噛んだ。

 

ロイスが前に出た。

「お前の負けだ、ファントム」

その声には、勝利の確信があった。

「カツラは奪えなかった。そして、お前は捕まる」

 

怪盗は、何も答えなかった。ただ、静かに立っている。仮面の下の表情は見えない。

 

ロイスが続ける。

「言い訳はできないぞ。お前は失敗したんだ」

 

「失敗、ですか」

怪盗が笑った。小さく。確かに。

「面白いことを言いますね」

その声のトーンが変わった。ロイスが眉をひそめる。

 

怪盗は顔を上げた。仮面の下から、笑みが見える。

「もう一つの目的は、達成しましたよ」

グレアムが、わずかに目を細めた。

 

怪盗は会場を見回した。

「私の予告状、何と書いてありましたか?」

 

ロイスが戸惑う。「何?」

 

「『今宵、秘密を覆うヴェールを頂きに参上する』」

怪盗はゆっくりと、会場を見回した。

「ヴェール。それは何を隠すための布でしょうか。カツラは、何を隠していますか?」

 

ロイスの顔が、強張った。

「ハゲを、隠す」

フィーネが呟く。

 

「そう」

怪盗は頷いた。

「カツラは、ハゲという"秘密"を隠すヴェールです」

 

グレアムが息を呑んだ。煙草を咥える手が、わずかに止まる。

 

「私が盗もうとしたのは」

怪盗の声が、会場全体に響いた。

「カツラという"物"ではありません。隠されていた"秘密"、それ自体です」

 

会場が凍りついた。誰もが息を呑んでいる。宰相の顔が、さらに蒼白になった。

 

「エルディス国王、ハロルド・エルディスはカツラである!」

怪盗は大きな声で宣言した。

「その秘密を、王国中に広めること。それが、私の真の目的でした」

 

ざわめきが、波のように広がる。宿泊客たちが顔を見合わせる。警備員たちが困惑した表情で視線を交わす。

「全部、計画だったのか」

「カツラを盗んだのも」

「捜査で真相を暴くため?」

 

「カツラを盗めば、必ず捜査が始まる」

怪盗はグレアムを見た。

「優秀な探偵が推理すれば、必然的に真相に辿り着く。予告状を王城にも送ったのは、カルヴァンから物理的なヴェールを、王城からは情報としてのヴェールを、二つの秘密を同時に盗むためです」

 

グレアムは煙草に火をつけた。紫煙が静かに立ち上る。

 

カルヴァンが前に出た。

「貴様!」

その顔は真っ赤だ。汗が滴り落ちている。

「これは献上品だぞ! 国王陛下への」

 

「ええ、知っています」

怪盗はあっさりと答えた。

「だからこそ、盗む価値があった」

 

「貴様!」

カルヴァンが詰め寄ろうとする。

 

「国王陛下の秘密は、もう王国中に広がるでしょうね」

怪盗は身を翻した。逃走しようとする。

 

「捕らえろ!」

ロイスが叫ぶ。警備員たちが怪盗に向かって駆け出す。

 

その時。

協会のメンバーたちが動いた。

怪盗の周りを取り囲む。警備員たちとの間に、人の壁を作る。

 

ロイスが警戒した表情で身構える。グレアムが煙草を咥えたまま、状況を見守る。

「どけ!」

ロイスが怒鳴る。

「お前たち、こいつをかばうのか!」

 

「違う」

協会のリーダーが前に出た。白髭の老人。その顔には、深い怒りが刻まれている。

「話がしたいだけだ」

 

────

 

会場が静まり返った。

警備員たちが動きを止める。誰もが、次の展開を見守っている。

 

リーダーはゆっくりと、怪盗に向き直った。

その視線は鋭い。

「まず聞かせてもらおう」

声は静かだ。だが、その奥に怒りが燻っている。

「発表会のことを我々に知らせたのは、お前だな」

 

怪盗は動じなかった。

仮面の下で、わずかに頷く。

「ええ、そうです」

その声には、皮肉が混じっていた。

「あなた方の妨害行動は、大変役に立ちました。感謝しますよ」

 

協会のメンバーの一人が、拳を握りしめた。

「ふざけるな!」

怒りに震える声。

その男は怪盗を指差した。

「毛根の健在なお前が」

声が裏返る。

「また生えてくる髪を剃って、ハゲカツラまで被って、ハゲのフリして潜り込むのはさぞかし気分が良かっただろうな!」

 

別のメンバーも声を荒げる。

「我々を利用したのか!」

 

さらに別の声が重なる。

「我々の理念を、お前の犯罪に使ったのか!」

 

怒りが、波のように広がっていく。

協会のメンバーたちが、怪盗に詰め寄ろうとする。

 

リーダーが手を上げた。

メンバーたちの動きが止まる。

 

会場の隅で、カルヴァンが笑った。

嘲りの笑い。

「いい気味だ」

その声は、会場全体に響いた。

「ふざけた活動をして私の邪魔をするからこうなるのだ」

カルヴァンは腕を組んだ。

「お前たちも騙されたというわけだ」

 

リーダーの顔が、怒りに染まった。

その視線が、ゆっくりと、カルヴァンに向けられる。

会場の空気が変わった。

 

「お前たちのような愚か者が」

カルヴァンは続ける。その声には優越感が滲んでいる。

「カツラを否定し、私の発表会を妨害するから、こんな詐欺師に利用されるのだ」

カルヴァンは満足げに腕を組んだ。

 

リーダーの拳が、震えた。

一歩、前に出る。カルヴァンに向き直った。

「ふざけるな」

リーダーの声が低く響く。

「罪を犯しているのは」

声が、会場全体に広がった。

静かで、力強い声。

「お前の方だ、カルヴァン・ルミナス」

 

会場がざわめいた。

カルヴァンの笑みが消える。

「何?」

眉をひそめる。

「どういうことだ」

 

リーダーは、カルヴァンをまっすぐに見据えた。

「お前がカツラを作っていることが罪だ」

その言葉には、深い確信があった。

「お前らがカツラを生産して、ハゲは恥ずかしい、という風潮を作るから、我々ハゲは被害を被っている」

 

カルヴァンの顔が赤くなった。

「因果関係が逆だ!」

声を荒げる。

「ハゲは恥ずかしい、という風潮があったから、私はカツラを生産しているのだ」

カルヴァンは怒りに震えていた。

「お前たちも恥ずかしいならカツラを買えばいいではないか」

 

リーダーの表情が、悲しみに変わった。

「すべてのハゲがカツラを買えると思っているのか?」

その声は、会場全体に響いた。

「カツラは高価な魔道具だ。庶民がおいそれと買えるものではない」

 

カルヴァンが反論する。

「魔道具なのだから高価なのは仕方ないだろう」

その声には、苛立ちが混じっている。

「何度も言うが因果関係が逆だ。私はハゲが恥をかかないようにカツラを開発したのだ」

 

「違う」

その一言には、深い確信があった。

会場が静まり返る。

リーダーの目には、遠い記憶が浮かんでいた。

 

「私が若い頃は」

声が、静かに響く。

「ハゲていたとしても、誰もそれを恥だとは思わなかった。酒場で冗談のネタにされることはあった。友人に弄られることもあった。だが、それだけだ」

 

彼は遠くを見つめた。

「本人も笑って自虐できた。そこには、まだ余裕があった。ハゲている者も、そうでない者も、同じように笑い合えた」

その声音には、深い悲しみが滲んでいた。

 

「だが、カツラが発明されてからは違う」

顔が、苦しげに歪む。

「ハゲは隠すべきもの、恥ずべきものになった。ハゲ差別が加速した」

 

懐から、一冊の本を取り出す。

「これを見ろ」

 

表紙には、でかでかとタイトルが印字されていた。

 

『引きこもり、魔法学校にぶち込まれる』

 

「今度出版される、私達ハゲやカツラを馬鹿にした小説だ」

「元は素人の落書きだったのを、どこかの編集者が目をつけたらしい」

わずかに声が震えていた。

「主人公が他人のカツラを剥がして笑いものにする場面が何度も出てくる。悪趣味な内容だ」

 

「ひどい!」

「こんなものを書籍化するなんて!」

「編集者と出版社はイカれてる!」

協会のメンバーたちが怒りの声を上げた。

 

彼は本を仕舞い込み、カルヴァンを鋭く睨む。

「それもこれも、お前たちがカツラなんか作ったせいだ」

 

怒りをあらわに続ける。

「発表会でも見ただろう、カツラを剥がされた者たちの嘆きを。ハゲがバレただけで、あの様になる」

 

そして会場を見渡した。

「お前達は、ハゲを隠すためにカツラを被るのではない。お前たち自身が作った"恥"という幻想を隠すために被っているんだ。そのせいで、今の社会はおかしくなったんだ」

 

再び、会場全体に向けて声を張る。

「故に、我々は主張するのだ。カツラなど不要だと」

 

場内が静まり返った。誰もが、その言葉に聞き入っている。

カルヴァンは何も言えなかった。困惑、怒り、そしてほんのわずかな罪悪感が、顔に滲んでいた。

 

間。

長い、沈黙。

 

そして。

リーダーは、怪盗に向き直った。

その表情が、変わった。

怒りが、消えている。

「だから」

その声のトーンが変わった。

穏やかで、感謝に満ちた声。

「怪盗ファントム。あなたには感謝している」

 

会場が、再び、驚愕に包まれた。

「何!?」

協会のメンバーたちが声を上げる。

「リーダー、何を言って」

「こいつは我々を騙したんですよ!」

 

ロイスも呆然としている。フィーネが首を傾げる。グレアムが煙草を咥えたまま、興味深そうに見守っている。

一人のメンバーが前に出た。

「説明してください」

その声には、困惑が滲んでいた。

 

リーダーは深く息を吸い込んだ。

「国王陛下がカツラだと、王国中に知れ渡った。おかげで、我々は救われる。」

その声には、不思議な落ち着きがあった。

協会のメンバーたちが、困惑した表情を浮かべる。

「なぜ、それで救われるんです?」

一人が問いかける。

 

リーダーは静かに答えた。

「考えてみろ、国王陛下もハゲだ。我々と同じだ」

 

宰相の顔が、さらに蒼白になった。

拳を握りしめている。

 

「では」

リーダーの声が、力を帯びる。

「ハゲを馬鹿にする者は、国王陛下をも馬鹿にすることになる。そんな不敬を誰ができる?」

 

協会のメンバーたちが、息を呑む。

「そうか」

「陛下を侮辱することになる」

気づきが、波紋のように広がる。

 

リーダーは続けた。

「そして人々は思い出すだろう」

その目には、遠い記憶が宿っていた。

「ハゲることは、恥ではない。しわができる。髪が白くなる。それと何も変わらない。ただの老いだ」

 

メンバーたちが、頷き始める。

何人かの目に、涙が浮かんでいる。

 

リーダーの声が、震えた。

「今日、この日」

拳を握りしめる。

「我々は、奪われた尊厳を取り戻す第一歩を踏み出したのだ」

協会のメンバーたちが、感動に震えた。

 

リーダーは、ゆっくりと、怪盗に向き直った。

その視線には、複雑な感情が混じっていた。

「あなたは、我々を利用し、騙し、道具にした」

静かな声。

「だが、それでも」

リーダーの目に、涙が浮かんだ。

「結果として、あなたは我々に希望をくれた」

 

会場が、静まり返った。

誰もが、その言葉の重みを感じていた。

 

リーダーは、メンバーたちに向き直った。

「だからお前たち!」

その声は、命令ではなく、呼びかけだった。

「怪盗ファントムをお守りし、逃がせ。髪は失っても、誇りと義を失うな」

 

協会のメンバーたちが、感動に震えた。

何人かの目に、涙が浮かんでいた。

「リーダー!」

一人が叫ぶ。

「分かりました!」

別の声が続く。

 

メンバーたちが警備員たちに向かって駆け出す。

取っ組み合いが始まる。会場が、再び混乱に包まれる。

 

「やめろ!」

ロイスが叫ぶが、メンバーたちは止まらない。

「今のうちに逃げろ!」

リーダーが怪盗に言った。

 

だが。

「やめなさい」

怪盗の声が、静かに、はっきりと響いた。

その声のトーンが変わっていた。

シリアスで、真剣な響き。

 

取っ組み合っていたメンバーたちが、動きを止める。

会場が、再び、静まり返った。

 

怪盗は仮面の下で、静かに言った。

「勝手に恩を着せるんじゃない」

リーダーが息を呑む。

 

怪盗は続けた。

その声には、強い意志があった。

「あなた方の正義に、私の罪を混ぜるな」

仮面が、わずかに揺れる。

「私はただの盗人です。誇りを守る手段に、私を使わないでください」

 

協会のメンバーたちが、呆然と怪盗を見つめる。

 

怪盗は、さらに続けた。

「あなた方は、世紀の大犯罪者に騙されただけの哀れな被害者なのだ」

その声には、自嘲が混じっていた。

「それに、逃げるのにあなた方の手を借りる必要はない」

 

協会のメンバーたちが、呆然と怪盗を見つめる。

誰も、言葉を発することができない。

 

怪盗は、優雅に一礼した。

「ですが、感謝します」

深く、頭を下げる。

「そして、謝罪します。あなた方を利用したことを」

そう言い残すと。

 

怪盗は懐から何かを取り出した。

小さな球体。

煙幕弾。

「それでは、失礼」

怪盗はそれを床に叩きつけた。

破裂音。

白い煙が、爆発的に広がった。

 

「逃がすな!」

ロイスが叫ぶ。警備員たちが煙の中に飛び込む。

 

だが。

煙が晴れた時には。

怪盗の姿は、どこにもなかった。

 

────

 

会場には困惑と混乱だけが残っていた。

まるで、嵐が通り過ぎた後のような静寂。

 

警備員たちが慌ただしく出入り口を封鎖する。周辺を捜索する者もいる。靴音が響く。命令の声が飛び交う。

だが、怪盗の姿はどこにもない。

 

「逃げられた」

ロイスが悔しそうに呟く。拳を握りしめている。その顔には、無念の色が浮かんでいる。

 

カルヴァンは黄金のカツラを見つめて、呆然としていた。

ロイスの手には、まだカツラが握られている。その輝きが、カルヴァンの顔を照らしている。まるで、呪われた宝物のように。

 

カルヴァンが呻いた。

「だめだ。もう、だめだ」

絶望に満ちた声。膝が震えている。

 

「どういうことですか? カツラは取り返したでしょう」

フィーネが首を傾げる。

 

カルヴァンは力なく首を振った。

「国王陛下がカツラであるという事実は、もう王国中に知れ渡ってしまった」

震える声。

「これでは、献上どころではない」

 

会場のざわめきが大きくなる。

宿泊客たちが顔を見合わせる。警備員たちが困惑した表情を浮かべる。

 

「問題ない」

宰相が前に出た。

その一歩で、会場の空気が変わった。まるで、冷たい風が吹き抜けたかのような感覚。

会場を見回す。

その視線は、冷たく、権威的だった。一人一人を射抜くような視線。

「私の権限において、ここにいる全員に命じる」

宰相の声が、会場全体に響いた。

「今日あったことを、誰にも言うな」

 

会場が、静まり返った。

有無を言わさぬ力がある。まるで、鋼鉄の鎖で口を縛られたかのような感覚。

「怪盗ファントムなど来なかった。協会の妨害もなかった」

宰相の声が続く。

「発表会は滞りなく成功した。以上だ」

 

会場の空気が、凍りついた。

警備員たちが顔を見合わせる。宿泊客たちが困惑した表情を浮かべる。

誰もが、ドン引きしていた。

 

「ちょっと待ってください」

ステインが前に出た。

その声には、怒りが滲んでいた。

 

宰相が、ステインを見下ろした。

「何?」

冷たい視線。まるで、虫けらを見るかのような視線。

 

「協会の思いを無駄にするんですか?」

ステインの拳が握りしめられている。

「あの人たちは、ハゲ差別をなくすために活動していたんだ」

声が震えている。

「国王陛下がカツラだと知れ渡れば、差別がなくなるかもしれない。ハゲの名誉が回復するかもしれないんだぞ」

 

宰相は、冷たく笑った。

「だから何だ」

侮蔑が混じっている。

「国王陛下の品位を下げられるものか。庶民の名誉なぞ、どうでもいい」

 

会場の空気が、さらに険悪になった。

ロイスが眉をひそめる。フィーネが困ったような表情を浮かべる。グレアムが煙草を咥えたまま、宰相を鋭く見つめている。

警備員たちも、宿泊客たちも、呆れと怒りの混じった表情だ。

宰相はそれを気にせず、カルヴァンに向き直った。

「とにかく、後日予定通りに献上しろ」

 

「いや、それは……」

カルヴァンが答えようとして、口ごもる。顔は蒼白だ。

苛立った様子で宰相が問う。

「どうした」

 

「怪盗の魔力で登録されてしまった」

カルヴァンの声には、絶望がにじんでいた。

 

ロイスが眉をひそめる。

「それは問題なんですか?」

 

「問題に決まっている!」

カルヴァンが声を荒げる。

「【強固固着】は、一度登録したら書き換えられない!」

 

まるで死刑宣告を聞いたかのように、会場がざわめいた。

宰相の顔が再び蒼白になり、その手がわずかに震えている。

 

やがて宰相が前に出る。

「どうにかならないのか! 初期化は、出来ないのか!?」

 

カルヴァンは首を振った。

「できません……【強固固着】は、絶対に書き換えられない」

その声は希望を失い、絶望が会場を覆い始める。

まるで、重い霧が静かに降りてきたかのようだった。

 

「俺ならできますよ」

ステインの声が響いた。会場の視線が、一斉に彼へと向く。

 

【構文再編】(リライト・スクリプト)の魔法を使えば、登録情報を消去できます」

ステインはあっさりと告げた。

 

「そんなことが……」

カルヴァンが息を呑む。そして、すぐさま頭を下げた。

額には汗が滲み、顔は必死の形相だ。

「頼む! カツラを……」

 

カルヴァンがカツラを手渡すと、ステインはそれを受け取り、床に座り込んだ。

両手をかざし、魔力を流し込む。

 

【構文再編】。

 

会場が静まり返る。

誰もが固唾を呑んで見守っている。宰相が祈るように両手を組んでいる。カルヴァンの額に、汗が浮かぶ。まるで、外科手術を見守る家族のような緊張感。

 

ステインの魔力が、カツラに浸透していく。

登録された魔力パターンを読み取り、一つずつ、丁寧に、解除していく。繊細な作業。一歩間違えれば、すべてが台無しになる。

 

数分後。

「できたぞ」

ステインはカツラをカルヴァンに差し出した。

震える手でカツラを受け取る。不安の色が濃い。

カツラを見つめる。確認するように、何度も。

「登録情報は消去した。もう一度、登録し直せる」

 

カルヴァンは、まだ不安そうだった。

「本当に大丈夫なのか? 他に、何か問題は」

 

「あなたは魔道具職人でしょう」

ステインは立ち上がった。

「俺もあんたと同じ職人だ」

あっさりとした口調。

「ちゃんとプロとしての仕事はしたぜ。完璧に初期化してある」

 

カルヴァンはステインの顔を見つめた。

真剣な表情。嘘をついているようには見えない。

ゆっくりと頷く。

「わかった。ありがとう」

安堵の息を吐いた。職人として、プロの仕事を信じる。他に選択肢はない。

 

会場は解散の雰囲気になっていた。警備員たちが動き回り、宿泊客たちが部屋に戻っていく。カルヴァンと宰相も、カツラを持って出口へ向かっている。

 

グレアムはステインに声をかけた。

「ステイン」

 

「何です?」

 

「事件解決の礼を言っておく」

グレアムは煙草を咥えた。

「お前の魔法がなければ、犯人は見つからなかった」

 

「別に」

肩をすくめる。

「昔、剥がせなかったカツラを剥がした。それだけです」

 

グレアムは火をつける。

煙を吐き出す。紫煙が静かに立ち上る。

「それにしても、お前の魔法の腕前は大したものだ」

ステインを見た。

「カツラの修復も見事だった。まさか、魔道具職人としての実力もあるとはな」

 

ステインの表情が、わずかに変わった。

「俺は魔道具職人じゃないですよ」

 

グレアムが眉をひそめる。

「お前、カルヴァンに『俺もあんたと同じ職人だ』と言ったじゃないか」

 

「ええ、だから職人ですよ」

笑った。

「俺の職業、知ってるでしょ?」

 

グレアムの動きが止まった。

目が、鋭くなる。

「お前、まさか──」

 

「何をやっている」

突然、宰相の声が響いた。

グレアムが振り向く。

宰相が、苛立った表情でこちらを見ていた。

「今日は協会のメンバーなど来なかったんだ、さっさと奴らを追い出せ。余計な噂を広められる前に」

 

グレアムは歯噛みした。

仕方ない。今は、宰相の命令に従うしかない。

 

協会のメンバーたちは、警備員に囲まれていた。

その表情は、暗い。

宰相の命令で、すべてが無かったことにされる。

怪盗ファントムの行動も、国王の秘密も、すべて隠蔽される。

彼らの希望は、潰えた。

 

グレアムは、協会のメンバーたちを連行しながら、やるせない思いを抱えていた。

だが、宰相の権限は絶対だ。

逆らうことはできない。権力の重さを、改めて感じる。

 

彼は、ふと、ステインのことを思い出した。

ステインは、部屋に戻ろうとしている。

「ステイン」

グレアムは、今別れたばかりの少年を呼び止めた。

 

()()として、ちゃんと仕事はしたんだろうな」

グレアムの声には、複雑な響きがあった。

 

ステインは、笑顔で答えた。

「バッチリだよ」

その笑みには、確信があった。自信に満ちた笑み。

「楽しみにしておけ」

そう言い残して、去っていった。

 

グレアムは煙草を咥えたまま、その背中を見送った。

 

フィーネがグレアムの隣に歩み寄った。

「グレアムさん、なんか楽しそうですね」

 

彼の口角は、いつの間にか上がっていた。

自分でも気づかなかったらしい。

 

「そのうち、面白いショーが見れそうだからな」

グレアムは、表情を変えずにそう言った。

 

────

 

宰相の権限により、この日の出来事は公式には「なかったこと」として処理された。

自然美推進協会のメンバーたちは釈放され、罪に問われることはなかった。

国王がカツラであるという事実は、闇に葬られた。

王城への予告状も、愉快犯のイタズラとして記録された。

そして、黄金のカツラは予定通り国王へと献上された。

 

だが。

人の口に戸は立てられない。

この日以降、王都の市井では、密かに噂が広まり始めた。

国王がカツラであるという噂。

 

最初は誰も信じなかったその噂は、やがて、小さな希望の種となる。

その種が芽吹き、光り輝く日が来るかどうか。

 

それは、まだ誰にも分からない。

だが、その日は、もしかしたら、そう遠くない未来かもしれない。

 

──そして誰も被れなくなった・了──




次回は更に長くなるので、投稿に時間がかかるかも。
今度のお話は、可愛い動物がたくさん出てくるほのぼの回です。
お楽しみに。
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