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『【防壁】』
薄い膜が、空間に立ち上がる。
火球が衝突した。
衝撃と熱が弾け、廊下の空気が焼ける。防壁は辛うじて耐えた。もう一撃来れば、持たない。
彼と目が合う。
フレッド。エインの友人。そして今、ショートの支配に抗い続けている、学園で唯一の存在。
彼の手が、止まっている。
白い体を、私は無意識に前に出していた。同胞を庇う位置。考えたわけではない。体が勝手に動いていた。
「……アルノン」
低い声。
その声は、決して友好的ではなかった。
私は、直接、思考を繋ぐ。
『お願いします。攻撃をやめてください』
しかし、伝えるしか無い。
言葉ではない。命令でもない。
焦り、恐怖、切実さ。それだけを、そのまま流した。
「支配しておいて……今さら何を……」
当然の反応だ。
彼の魔力が、まだ張り詰めている。次の一撃は、いつでも来る。
『私は敵ではありません』
間を置かず、続ける。
『それに、これ以上殺しても、意味がない』
彼の魔力が、わずかに緩む。
出力が落ちた。だが、構えは解かれていない。
「……話だけは聞く」
短いが、十分だった。
私は動かない。逃げもしない。
『……ありがとうございます』
焼けた空気が、廊下に滞留している。魔力の残滓が、場に重さを残している。
ここに留まれば、ショートに見つかる。
『……場所を変えましょう』
彼は即座に頷いた。
「……わかった」
判断が早い。迷いがない。
「移動しよう。僕の部屋だ」
必要なことだけを、短く。
『……分かりました』
私は向きを変える。
ここからが、本番だ。
────
小さな机の上。白い体は動かないまま、思念だけが満ちている。
アルノンは、間を置いてから語った。
かつて4匹の仲間とともに、エインに飼われていたこと。
そして実験で知能を得たこと。自分が群知能の起点であったこと。
人間社会への適用を考えた計画が、かつて存在したこと。
だがそれは、エインとの対話で自ら破棄したこと。
そして今、制御権の大半は別の個体、ショートに奪われていること。
感情を煽る言い方は、どこにもない。事実だけが、順番に置かれていく。
『……これが、真実です』
沈黙。
『今の貴方には、信じてもらえないかもしれませんが』
「信じるよ」
フレッドの声は低いが、さっきまでよりも角が取れている。
「君の言ってることが、全部本当かどうかは……正直、まだ分からない」
一拍。
「でも。少なくとも、今の君の気持ちは本物だと思う」
フレッドは視線を落とす。
「あの時、感染したから……いや、君と繋がっているからこそ、分かるんだ」
「だから、協力する」
『……ありがとうございます』
短い返答だったが、安堵がはっきりと伝わってきた。
小さく息を吐く。
「で、どうすればいい?」
現実的な話に戻る。
「ショートから、制御権を取り戻せば止められるんだよね」
『……理論上は、そうです』
フレッドは頷く。
「分かった」
頭の中で、状況を整理していく。起点はアルノン。制御権は奪われている。動かしているのは、ショート。つまり、ショートを止めれば。
「……ショートを、無力化すれば」
「……そのショートを」
言葉を選ぶ。選びながら、分かっている。この先に続く言葉を。
「殺せば、君が制御を取り戻せるんじゃ」
その瞬間、アルノンが強く遮る。
『その言葉は、言わないでください』
思念が激しく乱れる。
「……でも、この状況で他にどうすればいいんだ」
フレッドの声に、焦りが滲む。
「学校中が支配されてる。時間もない」
『それでも』
アルノンの思念が、震える。
『殺す以外の方法が、必ずあるはずです』
「……本当に?」
フレッドの声が、小さくなる。
「殺したネズミのことは、悪いと思ってる」
「でも……」
『盗賊を、あなたは殺さなかった』
言葉が、遮られる。フレッドは、息を呑む。
『「殺さずに済むなら、その方法を探す」と』
机の上の小さな体は、動かない。
『私は……友人に、人殺しをしてほしくない』
その言葉が、胸に刺さる。フレッドの中で、光景が蘇る。帰郷の道中。縛られた盗賊。彼らを殺そうとするエインを、思わず制した瞬間。
「……あれは」
フレッドは、言い返そうとする。
「あれは、もう無力化されてた」
「今の状況とは、違う」
『同じです』
アルノンが、静かに遮る。
『ショートも、他のネズミも、一匹のネズミです』
『殺さずに済む方法があるなら、その方法を探すべきではないのですか』
フレッドは、返す言葉を失う。あの時と、同じだ。盗賊を殺そうとしたエイン。それを止めた自分。今、自分がエインと同じ立場に立っている。人間だった、ネズミだ。そんな言い訳は、通らない。机の上のアルノンを見る。小さな白マウス。でも、そこには確かに、知性がある。意志がある。友を思う心がある。
フレッドは、人を殺すわけではない。
だが、問われているのは、種族の区別じゃない。
沈黙が落ちる。フレッドは、答えを探す。殺さずに止める方法。
「……研究室に行こう」
フレッドが、ゆっくりと口を開く。
「エイン君の実験記録を見れば……ショートや、君のことが何か、分かるかもしれない」
『……はい』
フレッドは、机の上のアルノンを見る。
「絶対殺さない、という約束はできない」
正直に言う。
「でも……試してみる」
アルノンの思念が、わずかに温かくなる。
『ありがとうございます』
殺す以外の道。それを、探す。
────
(`・ω・´)
旧校舎の研究室。扉を開けた瞬間、空気が変わった。
埃の匂い。紙とインクが混じった、懐かしい匂い。
室内を見回す。
棚、机、床に積まれた書類の山。
エイン君の助手をやっていて見慣れた光景だった。
「……相変わらずだな」
独り言が漏れる。
僕は棚の前に立ち、背表紙を上から順に追う。
『ネズミでもわかる!精神魔法の使い方!』
「分かるわけないだろ」
タイトル通り、中身も過剰に丁寧だ。精神魔法の基礎から応用まで、無駄に網羅してある。今回の事態の遠因ではあるが、対処法は書いていない。
『……私は、分かりますよ』
横から、アルノンの思念が差し込んできた。
「分かるネズミは、君だけだよ」
即座に返す。
次。
『高級食材食べ放題!インスタントクローンの作り方!』
「……クローンって、なんだ?」
『姿形がまったく同じ生き物のことらしいです』
アルノンの思念が、わずかに感心を含む。
『まだ研究中の技術だと聞いていましたが……エインは、もう完成させていたんですね』
「ろくでもない技術の予感しかしない」
直感的にそう判断し、僕はそのまま棚に戻す。
次。
『対消滅には気を付けよう!反物質を生成する魔法!』
「……読むの、やめとこう」
言葉の意味はよく分からないが、とにかく物騒だ。
次。
『フラクタルと立体トラスで最強の【防壁】を作ろう!』
「……これは、ちょっと読んでみたいな」
【防壁】は、僕がよく使う魔術だ。最強、という言葉にも、正直ロマンを感じる。
「時間があるときに、ね」
そして、最後。
『これが俺の生得術式だ!己の内側に生体魔法を刻み込め!』
「……刻む、か」
レオナルド先生の言葉が、頭をよぎる。内側に、刻まれている。
ページをめくる。
《"生物の肉体に常時発動する魔法を刻み込む技術、それが生体魔法です。永続する呪いのような性質で、【解呪】で打ち消されないという利点があります。刻み込むと言っても概念的なお話なので、銭湯や温泉にも安心して通えます"》
「……やっぱり、これか」
生物の肉体そのものに魔法を刻み込む技術。【解呪】では消えない。永続する、呪いに近い性質。
読み進める。
次のページに、補足の一文。
《"なお、出力自体は弱い魔法ですので、同系統の魔法をぶつけることで、一時的に無効化されます"》
僕は、そこでページを押さえた。
「……消せない。でも、止められる」
重要なのは、そこだった。
さらに読み進める。
《"生体魔法は保持者が任意でも発動できますが、条件付けをして自動で発動させるのが基本的な使い方です。これを利用することで自己増殖魔法、つまり感染する魔法が使えるようになります"》
条件付け。自動発動。感染。嫌な単語が、淡々と並んでいる。
そして、具体例。
《"以下に例を示します。実験用マウスに使用した【精神伝播】の術式です。この術式は、思考をトリガーに、周りの生物への思考と術式を転送します"》
術式図。構造。転送条件。一目で理解できた。今回の群知能は、これを土台にしている。
その先は、流し読みで十分だった。自己増殖、条件付け、感染。危険であることは、もう確認済みだ。
完全に消す方法はない。でも、止める余地はある。
「沈黙させることは、できる」
論文を閉じる。
「道筋は見えた」
その直後だった。
紙束の下から、薄い別紙が一枚、滑り落ちた。
拾い上げる。
《"実験中、助手の友人に「なんの役に立つのか」と聞かれた。やはり実利的でないとすごさは理解されないのだろうか。せっかくなので実用方法を考えてみた。以下に【解毒】の感染術式を記す。従来の【解毒】は既にある毒のみに効果を発揮する対処療法的な使い方しかできないが、生体術式として刻むことで、体内に毒素の発生を検知してトリガーにできる。これにより、病原体の出す毒素を自動的に分解する。病院嫌いのお子様にどうぞ"》
「……あれ?」
思わず、声が出る。
普通にいいじゃないか。医療向け。病気の予防。まっとうな使い道。
拍子抜けする。
さっきまで並んでいたのは、感染だの、刻み込みだの、物騒な話ばかりだったのに。
「……回復魔法いつもこういう研究してればいいのに」
ぽつりと呟く。
助手の友人、って多分僕のことだよな。あの時、研究室で質問したやつ。
エイン君は、それに答えるために、わざわざ実用例を考えてくれたのか。
僕は薄い別紙を、元の位置に戻す。そういえば、エイン君は部位欠損の回復魔法なんてのも研究してたような。彼もたまには、まともなことも考えるのかもしれない。
そう思った瞬間、アルノンが反応する。
『……動き出しました』
「何が?」
即座に聞き返す。
『ネズミたちが、一斉に』
アルノンの思念が、緊張を帯びる。
『学校全体から、外へ。王都へ向かって、等間隔に配置されていきます』
「……どういうこと?」
声が、自然と硬くなる。
『計画が、最終段階に入ったということです』
アルノンの思念が、震える。
『魔法学校の人間たちの魔力を借りて、王都全体を一斉に支配する』
『それが……間もなく始まります』
「……!」
息を呑む。今すぐ行動を起こさなければ、学校だけじゃない。王都全体。街に住むすべての人間が、支配下に置かれる。
時間がない。僕は扉に手をかける。
「行こう」
向かう先は、一つしかなかった。
────
ショートの位置は、既にわかっていた。
アルノンが探知した結果、校長室にずっといるようだった。
校長室へ続く通路には、誰もいなかった。見張りも、配置もない。ネズミの気配すら薄い。不自然だった。
これまでの動きから考えれば、ここが最重要拠点のはずだ。にもかかわらず、守りがない。露骨なほどに、ない。
罠だ、と即座に理解する。でも、それでも、進むしかなかった。立ち止まった瞬間に、外で進行している計画は完成する。
時間は、こちらの味方ではない。
フレッドは歩調を落とさず、扉の前に立った。アルノンは、肩の上で沈黙している。
ノックはしない。扉を開けた。
校長室。
室内は、異様なほど静かだった。人間の気配はない。教師も、生徒もいない。
机の上に、一匹。白マウス。
小さな体。魔力の奔流は感じられない。見た目だけなら、ただのマウスだ。
だが、一歩踏み込んだ瞬間。空気が変わった。
説明できない圧迫感。思考が、わずかに歪む感覚。
怒りでも、憎悪でもない。言葉にするなら、嫌悪。
フレッドは歯を食いしばる。
(……集会のときと、同じだ)
理由のない感情が、内側に流れ込もうとする。思考を塗り替えるほど強くはないが、確実に、削ってくる。
アルノンの気配も揺れている。
『……話しかけてきません』
ショートは、何も語らない。命令もしない。視線すら向けてこない。ただ、そこにいるだけだ。
沈黙そのものが、攻撃になっている。
フレッドは、即断した。
「
繊細な制御はしない。思考を書き換えるつもりもない。
押さえつける。感情の奔流を、力で止める。
ショートの動きが、止まった。
その瞬間を、アルノンは逃さなかった。
『今です!』
アルノンが、群知能ネットワークに深く介入する。ショートが握っていた制御権を、強引に引き剥がす。
流れが変わる。ばらばらだった思念が、再び一つの方向へ揃えられていく。
ショートは、小さく痙攣し、机の上から転げ落ちた。
沈黙。
重かった空気が、嘘のように薄れる。
フレッドは、【精神支配】を解除した。頭の奥に違和感は残るが、先ほどまでの圧迫はない。
「……終わった、はずだよね」
────────────────
以上おまけ!
次は本編!
────────────────
【悲報】財布落とした
1:元引きこもり転生者
ホテル代払えない、詰んだ。このままだと犯罪者になってしまう!
2:名無しの転生者
お前は元から犯罪者だから気にするな
3:名無しの転生者
いつもみたいに造幣すればいいじゃん
4:元引きこもり転生者
>>3
だから、財布を落としたって言ってるだろ。無理なんだよ
5:名無しの転生者
どういうことだよ
6:元引きこもり転生者
正確には、造幣スクロールを無くしたんや。
ほら、財布って結構重量あるしかさばるやろ?
スクロールならペラ紙一枚で済むから財布として持ち歩いてたんや、会計のときに錬成すればいいからな。
7:名無しの転生者
えぇ……
8:名無しの転生者
店員の目の前で贋金作るって頭おかしいだろ
9:名無しの転生者
金ないなら結局どうすんの?服役する?
10:元引きこもり転生者
>>9
するわけ無いだろ。
誠に遺憾ながら仕事をしてお金を稼ぐことにしたよ。
11:名無しの転生者
おお
12:名無しの転生者
えらい
13:名無しの転生者
ついにニート脱却か
14:名無しの転生者
仕事場はもう決めたの
15:元引きこもり転生者
>>14
カジノ
16:名無しの転生者
何故にカジノ?
17:名無しの転生者
学生なのによく採用されたな
18:元引きこもり転生者
>>17
いや採用されてないよ、客としてカジノに行ってるから
19:名無しの転生者
は?
20:名無しの転生者
仕事ってギャンブルのことかよ
21:名無しの転生者
もっと真面目に働け
22:元引きこもり転生者
>>23
ホテル料金クソ高いのにちまちま稼いでなんかいられないやろ、
小銭は少し残ってるからこれを元手に一発逆転や!
23:名無しの転生者
うーんこの
24:名無しの転生者
完全にギャンブル中毒者の思考
25:名無しの転生者
そもそもギャンブル経験無いならやめとけ
26:元引きこもり転生者
>>25
賭ケ○ルイとかカ○ジとか嘘○いは読んだことはあるから大丈夫!
27:名無しの転生者
それは経験って言わねぇよ
……
150:元引きこもり転生者
勝った!、銀貨1枚が金貨5000枚に化けた。
いやー、働いて金を稼ぐのもたまにはいいね
151:名無しの転生者
ファッ!?
152:名無しの転生者
嘘やろ?
153:名無しの転生者
稼ぎスギィ!
154:名無しの転生者
初心者がよくそこまでやれたな
155:元引きこもり転生者
>>154
言ったやろ経験あるって。
参考書読んどいてよかったわ
156:名無しの転生者
参考書……ギャンブルマンガ……あっ(察し)
157:名無しの転生者
イカサマかよ
158:元引きこもり転生者
せや、魔法でチョチョイのちょいや
159:名無しの転生者
ガッツリ犯罪やんけ
160:名無しの転生者
服役しろ
161:名無しの転生者
犯罪者になりたくないから金稼いでんじゃないのか?
162:元引きこもり転生者
いいんだようちの国だと元々カジノは非合法だから、
それにバレなきゃイカサマじゃないんだぜ
163:名無しの転生者
なおさらあかんやんけ!
164:元引きこもり転生者
お、換金しようとしたら金額多いからってVIPルームに案内してくれるみたいやな。
サービスええなぁ
165:名無しの転生者
あっ
────────
どうせなら金を賭けて謎を解け
「つまりこういうことか?」
少年が口を開く。
「俺は身の潔白を証明しない限り、ここから帰れないと」
オーナーは、ゆっくりと指を組んだ。口元には薄い笑み。だが、その目は笑っていない。
「Exactly(そのとおりでございます)」
「あんたには、自分がイカサマ師でないことを証明してもらいたい」
少年はオーナーの視線から逃れるように、部屋を見回した。
薄暗い。窓はなく、換気口すらない。唯一の扉には鍵がかけられ、その前には屈強な警備員が二人、腕を組んで立ちふさがっている。
テーブルの上には、使い込まれたトランプの山と、白いチップが積まれた皿。
一枚で金貨百枚分。
少年は部屋を一巡した視線を、再び正面の男――カジノのオーナーへ戻した。
獣のような目だった。獲物を見定める、研ぎ澄まされた視線。
空気が、重い。
──
────
オーナーの脳裏に、数時間前に受けた報告が蘇る。
最初、店側はこの黒髪の少年を、ただの冷やかしだと思っていた。持ち込んだ資金は少なく、服装も粗末。どうせ数ゲームで負けて、すごすご帰っていくだろう。むしろ常連客に軽く揉んでもらい、早々に追い返した方が効率がいい。
その程度の客だと思っていた。
ところが、少年は勝った。
一度や二度ではない。何度も、何度も。卓を移っても、相手が変わっても勝ち続けた。
最初は銀貨一枚程度だったチップが、気づけば金貨に変わり、それが十枚、百枚と積み上がっていく。最初に顔色を変えたのはフロアスタッフだった。次いで、金を巻き上げるつもりだった常連客たちが苛立ち始める。
そして、誰もが同じ結論へ辿り着いた。
「こいつ、何かやってる」
イカサマだ。そうでなければ説明がつかない。
だが、肝心の手口が見えなかった。カードに細工をした形跡はない。袖への隠し札も、怪しい動きも、仲間からの合図もない。
何も見つからないまま、店の金だけが少年の前へ積み上がっていく。
このまま放置するわけにはいかなかった。
オーナーは即座に決断した。
金額が大きいので確認が必要だ――そんなもっともらしい理由をつけて少年をVIPルームへ呼び込む。そして、ここで決着をつける。
逃がさない。
オーナーは、にやりと笑った。
────
──
「しかし、証明しろと言われても、どうしろっていうんだ?」
少年が訊ねた。口調は落ち着いている。焦りらしいものは見えない。
「簡単だ。あんたが俺とポーカーで勝負すればいい」
「どういうことだ?」
「あんたがイカサマをしていないと言うなら、先程の連勝はあんた自身の腕前によるもの。つまり俺以上の腕前のはずだ」
オーナーは一度言葉を切った。
「だったら今よりさらに金を増やして、堂々と換金できるだろ?」
「だが」
その声から、わずかに温度が消える。
「もしあんたがイカサマをしていたというのなら、あんたは確実に負ける。イカサマを見破られるか、あるいは使えなくなるせいかは知らないがな。それと、先に言っておく。イカサマがバレたらチップは全部没収だ」
少年は少しだけ笑った。
「いいだろう。俺の腕前を見せてやるよ」
──
オーナーがカードを取り出し、勝負の準備を始める。
「ところでオーナーさん、コンコルド……いや、埋没費用効果というものを知ってるか?」
オーナーの目が細められた。
「こんな商売やってるからな。もちろん知ってるぜ。一度負けが立て込むと、無理に取り返そうとする心理のことだろ。それがなんだ?」
少年は、ゆっくりと顔を上げた。
「あんたらは今まさにそういう状況じゃないですか。このまま勝負しても“絶対に負ける”のに、“勝てるだろう”と思い込んで俺に勝負を仕掛けている」
そう言いながら、少年はテーブルのトランプを手に取り、オーナーへ差し出した。
「何のつもりだ?」
「ゲームの前にちょっと試したいことがあるんだよ。そのカードを切って、何枚か引いてみな」
「何をしようっていうんだ?」
「当ててみよう」
少年の目が、鋭く光った。
オーナーは黙ってカードをシャッフルし、一枚、また一枚と引いていく。
「左端から、♡の6、♤の5、♢のQ、♤のJ」
一枚ずつ確認する。
合っている。次も、その次も。一枚の狂いもない。
オーナーの手が止まった。
「……!」
隠しきれなかった動揺が、その表情に浮かぶ。
少年は、にやりと笑った。
「俺の“目”は特別製でね。簡単にイカサマで勝てると思わないことだな」
オーナーはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口元を歪める。
「いいね。燃えてきたよ」
──
テーブルの上に、白いチップが積まれる。一枚が金貨百枚。
少年、五十枚。オーナー、五千枚。
全財産と店を賭けた勝負が、始まった。
──
オーナーは、まず少年のイカサマを見抜くことに集中した。
勝つのは後でいい。まずは、あの“特別製の目”の正体を暴く。
カードを配りながら、少年の指先を見る。視線の動き、呼吸、カードを覗く角度、チップへ手を伸ばすタイミング。
だが、不自然な動きはなかった。
むしろ――別の意味で妙だった。
少年のプレイは、明らかに素人臭い。ベットの前に迷い、チップを置く手つきにも慣れがない。表情の作り方も洗練されていない。
それなのに、判断だけが異様なほど正確だった。
「オールイン」
少年が上限までチップを押し出す。
次のゲームでは、あっさりフォールド。その次も降りる。
そして、再びオールイン。
賭けるべき手では賭ける。危険な手では、こちらが誘うより先に降りる。
迷い方は素人なのに、結論だけは間違えない。
まるで――こちらの手札を知っているようだった。
(なぜ、この手札でオールインできる?)
(なぜ、ここで降りる?)
オーナーは目を凝らした。
カードへの細工はない。隠し札もない。仲間からの合図もない。
強いて言えば、少年は時折こちらの目をじっと覗き込んでくる。
だが、瞳に手札を映すような初歩的なミスはしていない。
分からない。
分からないまま、少年の勝利だけが積み重なる。
気づけば、オーナーの前に積まれたチップが、じりじりと高さを失っていた。
──
その後も、同じ流れが続いた。
少年は勝てる時だけ大きく張り、危険を感じれば迷わず降りる。偶然で片づけられる回数は、とっくに過ぎていた。
オーナーは、自分の前から減っていくチップを眺め、判断を切り替えた。
(見抜けないなら、こっちもやるまでだ)
イカサマ解禁。
カードの積み込み、袖に仕込んだ隠し札、ディーラーとの合図。この店で生き残るために磨いてきた技術を、惜しみなく使う。
次のゲーム。
袖のカードへ指を滑らせた、その瞬間。
「おっと」
少年が軽く笑った。
「その袖、飴ちゃんでも入れてるのかな?」
指先が止まる。
(……!)
少年はこちらの袖を見ていない。それなのに、正確に刺してきた。
オーナーは何事もなかったように手を戻す。
偶然。
そう片づけて、次の手を試す。
──
次のゲーム。
今度はセカンドディール。山札の一番上ではなく、その下からカードを抜く。
指を動かそうとしたところで。
「あんたは指を折られたいのか? ドMなんだな」
まただ。
(こいつ……)
オーナーの額に、じわりと汗が浮かんだ。
手口を知っているだけではない。こちらが何をやるのか、実行する前から分かっている。
まるで――頭の中を覗かれている。
(……まさかな)
──
結果として、イカサマはことごとく封じられた。
オーナーのチップは、さらに減っていく。
やがて、二人のチップの枚数が逆転した。
さすがに笑ってはいられない。このまま同じペースで削られれば、本当に店を持っていかれる。
だが、それ以上に――妙な熱が、腹の底から込み上げていた。
(この店を奪った時以来か)
忘れていた感覚が蘇る。
一つ読み違えれば、全部失う。一つ上回れば、相手の全てを奪える。
勝てば天国。負ければ地獄。
安全な勝負を何年も続けるうちに薄れていた、ギャンブラーとしての血が沸き立っていく。
気づけば、オーナーの口元には笑みが戻っていた。
(なぜ、手札が分かる?)
(なぜ、こちらのイカサマまで分かる?)
(しかも、やる前から)
そこまで考えたところで、一つの可能性が浮かぶ。
思考を読む?
(……まさかな)
馬鹿馬鹿しい。
だが、魔法まで存在する世界で、最初から切り捨てる理由もない。
証拠はない。
なら、試せばいい。
──
次のゲーム。
今度は勝つためではなく、確かめるための一局だった。
カードが配られる。
少年が手札を見る。
オーナーはカードではなく、その顔を見ていた。目、口元、呼吸、カードを持つ指先。全てを逃さない。
少年は五枚すべてを交換した。
新しいカードを受け取った、その瞬間。
ほんの一瞬、口元が緩んだ。
大喜びするほどではない。だが、最悪は免れた――そんな小さな安堵。
続いて浮かんだ、かすかな期待。
(役ができた)
強い役ではない。もし強ければ、あの程度では済まない。逆にブタなら、安堵する理由がない。
(ワンペアだ)
オーナーは自分の手札を確認した。
ブタ。
何の役もない。最低の手札。
普通なら、フォールドする場面だ。
だが。
オーナーは、五枚すべてを交換した。
五枚すべて。
新しいカードが配られる。
オーナーは、少年の顔を見た。
そして――
「レイズ」
少年は、店のチップ枚数限度まで、すべてを賭ける。
オーナーも、にやりと笑った。
「オールイン」
少年の表情が、わずかに変わる。
「いいのか?」
「ああ。いいとも」
──
ショーダウン。
少年――5のワンペア。
オーナー――8のワンペア。
オーナーの勝利。
少年は一瞬だけ黙り、それから軽く、
「へえ」
と呟いた。
「なんでブタじゃないのかって、言いたそうだな?」
オーナーが言う。
「だが、こっちもまいったぜ。あんたの“特別製の目”がブラフだったとはな。まさか読心なんてイカサマが使えるとはね。精神魔法か? 証明できないからチップを没収できないのが残念だ」
少年は、しばらく黙っていた。
「で、あんたの方はどうやった?」
オーナーは、にやりと笑った。
「チェンジした後は手札を見なかった。その後はブタの手札を想像した。それだけだ」
「なるほど。それで、チェンジ後もブタだったらどうするつもりだったんだ?」
「そん時は俺の負け」
オーナーは肩をすくめた。
「ギャンブルってのは、そういうもんさ」
「なるほど」
──
次のゲームが始まる直前、オーナーが片手を上げた。
「ちょっと待ってくれ」
そう告げると、席を立ってバックヤードへ向かう。
しばらくして戻ってきたオーナーの手には、小さな指輪があった。
黒い石が嵌め込まれた、見た目だけなら質素な指輪。だが、その石からは微かな魔力の波動が滲んでいる。
「まさか、これを使う日が来るとはな」
オーナーは指輪をゆっくりとはめる。
「以前、魔法庁の職員から賭けで取り上げた特別製の魔道具でね。魔法庁の人間にしか配られない耐精神魔法用指輪《サーキュラ・アメジスト》」
口元を歪める。
「これでもう、読心は通じないぜ」
少年の表情が、わずかに険しくなった。
──
次のゲーム。
オーナーは今度こそ、堂々とイカサマを使った。
カードの積み込み。袖への隠し札。
先ほどまでなら、そのたびに少年から牽制が飛んできた。
だが、今度は何もない。
少年は見抜けない。
オーナーは確信した。
(やはり、精神魔法だったか)
少年は最小賭けで様子を見るしかなく、じりじりと負けを重ねていく。
だが。
(……?)
オーナーは、ふと眉を寄せた。
負けが込んでいる。このままなら、少年のチップは確実に尽きる。
それなのに、その顔にはまだ余裕が残っていた。
何かを待っているような顔だった。
(何を考えている?)
──
数ゲームが過ぎた。
少年のチップは、もうほとんど残っていない。
なのに少年は、突然椅子を引いた。
「ちょっとトイレ行くから、その間にシャッフルしといて」
オーナーは、一瞬返事を忘れた。
(……正気か?)
今の少年は、こちらがイカサマを使っていることを知っている。その相手を一人残し、山札まで預ける。
負けたいのでなければ、あり得ない。
つまり。
罠だ。
オーナーは少年の目を見る。そこには挑発と、こちらが必ず何かをするという確信があった。
(何を企んでいる?)
いくつもの可能性が浮かんでは消える。
だが。
オーナーは、にやりと笑った。
(いいだろう。乗ってやろうじゃないか)
少年が部屋を出る。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
オーナーは一度だけ深く息を吸うと、山札を手に取った。
そして、積み込みを始める。
慎重に。確実に。
ロイヤルフラッシュ。
最強の手札。
オーナーは、完成した山札をじっと見つめた。
(奴は、これを読んでいる)
(俺がイカサマをすると)
(そして、何らかの方法で対抗してくる)
そこまで計算して席を立ったはずだ。
なら、その読みごと利用してやればいい。
オーナーの唇が、かすかに歪んだ。
(好きに仕掛けてこい)
やがて、少年が戻ってきた。
その表情は穏やかだった。まるで、何も企んでいないかのように。
オーナーがカードを配る。一枚、また一枚。乾いた音が部屋に響く。
全てを配り終え、オーナーが手札へ指をかけようとした、その瞬間。
「待った。このまま手札を見ずに、お互いにオールインしないか?」
オーナーの手が止まった。
「正気か?」
警備員たちも、明らかに驚いている。
「どうした?」
少年が挑発するように言う。
「自信がないのか?」
オーナーは黙り込んだ。
長い、長い沈黙。
部屋に、時計の秒針の音だけが響く。
カチ、カチ、カチ。
「いいだろう」
──
お互いに、手札を見ずにショーダウン。
少年――ブタ。
オーナー――ロイヤルフラッシュ。
オーナーの勝利。
少年の表情が固まった。
「……!」
「あり得ない」
少年が呟く。
「いや、まさか……あんたは」
その顔が、何かに気づいたものへ変わる。
「そうだ。そのとおりだ」
オーナーが頷く。
警備員の一人が、たまらず口を挟んだ。
「どういうことですか?」
「奴がトイレに行って、その間にシャッフルしてくれって言ったのは、もちろん罠だ。山札に積み込ませるためのな」
オーナーは続ける。
「俺が指輪をつけた段階で、奴は読心を使えなくなった。だからイカサマの“方法”を限定させるために席を立った。誰も見てないなら、山札を積み込むのが一番“確実な方法”だからな」
「俺が山札を積み込めば、当然、俺には強い役、奴には弱い役が配られる。だが、奴はそれを望んでいた。つまり奴には、手札を交換する手段がある」
にやりと笑う。
「だから、“お前に”ロイヤルフラッシュを仕込んだ。お前が手札交換のイカサマをしたから、俺は勝てたんだよ」
間を置く。
「ただ、それをお前に感づかれていたら、確実に負けてただろうけどな。マジに危なかったぜ」
──
「それで、参考までに聞きたいんだが、あんたはどうやって手札を入れ替えたんだ?」
少年は、悔しそうに答えた。
「入れ替えたのは手札じゃなくて、あんたの思考だ。指輪の効果を|【魔路切断】で打ち消して、逆の順番で積み込めと命令した。精神魔法でな」
「なるほどな。さすがの腕前だ」
オーナーは素直に感心した。
だが。
「だが、な。お前は精神魔法に頼りすぎだ。お前には、他にも方法があったはずだ」
少年は黙っている。
「過程を重視しすぎるな。勝負で最も大事なのは、結果だ」
──
少年は、しばらく黙っていた。
視線を伏せ、指先でテーブルの木目をなぞる。
負けを噛みしめているようにも、何か別の計算を始めているようにも見えた。
やがて、顔を上げる。
「もう一勝負」
静かな一言だった。
オーナーが眉を上げる。
「何を言っている? お前にはもうチップがない」
「いや、まだある」
少年は懐へ手を入れ、黒い物体を取り出した。手のひらに収まる程度の、どこか異質な魔道具だった。
「なんだそれは?」
「これは、帝国のヴォルフ将軍と直通の通信魔道具だ。将軍は俺に恩がある。だから対価として帝国の身分を貰う約束をして、今はそれを待っている」
少年はそれをテーブルに置く。
「次に俺が負けたら、これをやる。そして将軍に連絡して、俺の代わりにお前の頼みを聞くよう言ってやる」
「デタラメ言うな!」
警備員の一人が、即座に怒鳴った。
だが、オーナーは少年の顔をじっと見ていた。
虚勢を張る人間なら腐るほど見てきた。
これは違う。
直感が、そう告げている。
「そしたら、お前はどうなるんだ?」
「俺は」
少年は真っ直ぐにオーナーを見る。
「行き場を失って、生き恥晒して、田舎に帰ることになるだろうな」
オーナーの胸の奥が、じわりと熱を帯びた。
すべてを捨てる覚悟。強敵の予感。そして、抗いがたい興奮。
「いいだろう。勝負だ」
オーナーは深く頷いた。
「お前が勝ったら、好きなだけ金を持っていけ」
──
カードを配り始めた瞬間、オーナーの意識から余計なものが消えた。
金額も、店も、目の前の少年への苛立ちも。
考えることは一つだけ。
この一局で終わらせる。
手札はロイヤルフラッシュ。
一切の妥協も、遊びもない。これ以上ない、完全な形。
しかも、今回使っているカードは特別製だ。
マークドカード。
裏面には、一枚一枚を識別できる微細な印が刻まれている。山札の並びは把握している。すり替えられても、積み直されても分かる。
逃げ道はない。
オーナーは、ゆっくり息を吐いた。
(これで終わりだ)
「チェンジはなしでいいな?」
少年は一拍置き、頷いた。
「ああ、いいよ」
イカサマをする人間ほど、相手のイカサマを疑う。
自分だけが汚いことをしているとは思わない。相手も当然、同じことをしていると考える。
だからこそ、ここまで潰した。
「じゃあ、ショーダウンだ」
二人の手札が、テーブルの上に伏せられている。
オーナーは自分の勝利を疑っていなかった。
この一局に、すべてを詰め込んだ。
「見せてやるよ」
余裕の笑みでカードをめくる。
一枚目、10。
二枚目、ジャック。
三枚目、クイーン。
四枚目、キング。
そして五枚目、エース。
全て同じスート。
「ロイヤルフラッシュ」
自信満々に言い放つ。
「これに勝てるものがあるなら、勝ってみろ」
少年は何も言わない。
ただ、ゆっくりと手札に指をかけた。
一枚目。
ジョーカー。
オーナーの眉が、ぴくりと動いた。
「は?」
おかしい。
今回の勝負は普通のポーカーだ。ジョーカーなど、最初から使わない。
二枚目。
ジョーカー。
「はあ!?」
三枚目。
ジョーカー。
あり得ない。
四枚目。
ジョーカー。
あり得ない!
そして五枚目。
もちろん、ジョーカー。
オーナーの思考が完全に停止した。
あり得ない。
あり得るはずがない。
規則上の問題ではない。確率でもない。
概念の段階で、おかしい。
オーナーの喉が、ひくりと鳴った。
「ジョーカーが、五枚?」
「そう。ジョーカーが五枚のファイブカード」
少年が得意げに胸を張った。
「ジョーカーは、エースより強い最強の数字。ファイブカードは、ロイヤルフラッシュより強い最強の役。だから、ジョーカーのファイブカードは絶対に負けない。あんたの言う、最も大事な――“結果”だ」
数秒の沈黙。
オーナーは口を開けたまま固まっている。
瞬きが一度、二度、三度。
視線が自分の手札から、少年の手札へ移る。
ロイヤルフラッシュ。
ジョーカーが五枚。
誰も、何も言わない。
やがてオーナーはゆっくりと口を閉じ、独り言のように呟いた。
「……出禁だな」
一拍。
「お前、うちの店出禁」
──
「は? 何で?」
オーナーはテーブルに散らばったカードから目を逸らし、心底嫌そうに顔を歪めた。
「こんなバカみたいな負け方するアホとは、これ以上相手したくないからだよ」
「負けてねぇだろ! ファイブカードで勝っただろうが!」
「勝ってねえよ! ファイブカードがありなのは、ジョーカーを使うワイルドポーカーだけだ!」
「ジョーカー使ってるだろうが! 五枚も!」
「だからおかしいんだろうが! 何でジョーカーがある!? 何で五枚もある!?」
「きっと印刷ミスだ! 不良品だったんだろ!」
「そんなわけあるか! いや、ちょっと待て!」
オーナーは少年の手札を凝視した。
他のトランプからジョーカーを抜き取り、すり替えたのか?
裏面を確認する。
五枚ともマークドカードだ。しかも、そのマークはジョーカーを示していない。
つまり、すり替えではない。
ということは。
「まさかお前!」
オーナーが勢いよく立ち上がった。
「カードそのものを書き換えやがったな!? 魔法で!?」
少年は否定しなかった。その態度が何より雄弁だった。
「だったらなんだって言うんだ?」
「こんな無茶苦茶なイカサマされたら、勝負もクソもねぇだろ! 魔法なら何やってもいいって思ってんじゃねぇぞ!」
「これだからロートルは」
少年が呆れたように言う。
「新しい技術を受け入れろ。お前もやればいいだけだろ」
「出来るかそんな魔法! とにかく、カードを書き換えたお前の負けだ!」
「証拠は〜!? 証拠はあるのか〜!?」
「あるよ! このカードはマークドだ! お前の手札にジョーカーのマークはついてないんだよ!」
少年の目が鋭く光った。
「あ」
「……あ?」
少年が、びしりとオーナーを指差す。
「今、マークドって自分で言った!」
オーナーの表情が完全に固まった。
「あんたのイカサマが先にバレたから俺の勝ち!」
「は?」
オーナーは、しばし言葉を失う。
「ちょっと待て、お前だって――」
「俺の書き換えより先に、お前のマークドが先にバレた! だからお前の負け! ルール違反はルール違反! イカサマはイカサマ!」
オーナーは反論しようと口を開き、閉じた。
もう一度開き――。
「……あー、もういい!」
突然、頭を掻きむしる。
「わかったわかった! お前の勝ちだ! 最強だよ最強! お前が最強! あんたみたいなのがいたら商売にならねぇ!」
乱暴に金貨袋を掴み、テーブルへ放り投げる。
「金は好きなだけ持ってけ!」
「やったぁ! じゃあ一枚でいいよ!」
「は?」
「いや、今更気づいたんだけどさぁ、お金なんて複製元の金貨一枚があれば済む話だったんだよね。楽しくてつい忘れちゃったんだけど、あんなに稼ぐ必要なかったわ」
少年は金貨を一枚だけ摘まみ上げ、そのままもう片方の手をテーブルへ押し当てる。
「あ、ついでにこのテーブル借りるね」
木が軋んだ。
次の瞬間、テーブルの輪郭が崩れ、脚が形を失い、見る間に無数の金貨へと変わっていく。
「はあああああああ!?」
「もういい! もうたくさんだ! お前はもうこの店には来るな!」
オーナーは扉へ向かって怒鳴った。
「警備! こいつを追い出せ!」
──
その瞬間。
警備員たちが、立ち上がった。
いや、それは「立ち上がった」という生易しい動きではなかった。
床を蹴り、少年へ飛びかかる。
「――え?」
次の瞬間、少年の身体が吹き飛んだ。
「ギャース!!」
情けない悲鳴を上げ、床を転がる。
「!? 待て、やりすぎだ!」
オーナーが叫ぶ。
しかし、警備員たちは止まらない。
「おい! やめろ!」
完全に無視している。
その目には、何の感情もなかった。
人形のような、空虚な瞳。
そこでオーナーは、自分の指にはめた指輪が淡く光っていることに気づいた。
(これは――)
少年も鼻血を流しながら身体を起こし、警備員へ手を向ける。
「正当防衛だからな!
だが。
警備員たちの動きは止まらない。
「効かないだと!?」
少年は、虚ろな瞳を見て目を見開いた。
「こいつら、俺より先に支配されている!!」
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「……終わった、はずだよね」
確信はない。だが、成功したと判断するだけの材料は揃っていた。
アルノンも、同じ結論に至る。
『……ええ』
だが、次の瞬間。
『総員、講堂に集合せよ』
思念波が、学校全体を貫いた。
ネズミだけではない。人間の意識にも、はっきりと届く、冷え切った命令。
フレッドは、即座に理解する。
これは、目の前の個体のものではない。
視線を落とす。床に転がるショートは、動かない。
命令を発した側ではない。命令を受け取った側だ。
「……違う」
アルノンの思念が、震える。
『群知能の中心が……ここではありません』
結論は、一つしかなかった。
『「ショートは、囮……」』