引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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先週の続きです。


【急募】友達と仲直りする方法!

1:元引きこもり転生者

助けて!ヘルプミー!

 

2:名無しの転生者

出たわね

 

3:名無しの転生者

こいついつも助け求めてんな

 

4:名無しの転生者

いつも何かしらやらかしてるからな

 

5:元引きこもり転生者

>>4

そう!またやらかした!だから助けて!

 

6:名無しの転生者

今日はずいぶん必死だな

 

7:名無しの転生者

友達ってフレッド君のことけ?

 

8:元引きこもり転生者

そうです!フレッドくんに絶交されちゃった!

今までで一番ヤバい!

 

9:名無しの転生者

言うほど一番か?

 

10:名無しの転生者

死刑になったり戦争が起こりそうになる方がヤバいと思いますけど

 

11:名無しの転生者

イッチにとってはそうなんでしょ

それでどういう経緯で絶交になったの?

 

 

……

 

17:元引きこもり転生者

って感じ!

 

18:名無しの転生者

要するにイッチのサイコっぷりにフレッド君が我慢できなくなったってことか

 

19:元引きこもり転生者

>>18

たぶんそう!ワイがサイコパスなせい!

 

20:名無しの転生者

>>19

いやお前サイコパスの自覚あったのかよ

 

21:元引きこもり転生者

>>20

だってお前らワイがスレ立てるたびにサイコパスとか倫理観がないとか言ってくるじゃん!

そこまで言われて気づかないほど鈍感じゃないわ!

 

22:名無しの転生者

自分でわかってていつもああいう異常な言動してたんだ

 

23:元引きこもり転生者

>>22

いやワイの言動自体はおかしくないだろ

周囲がワイをサイコパスとしてみてるってだけで、こっちの目線からいえば、周囲の連中のほうが異常だからな?

 

24:名無しの転生者

あーサイコサイコ……

 

25:名無しの転生者

そういうとこやぞ

 

26:元引きこもり転生者

というかサイコパスの話はもういいやろ!どうすればフレッドと仲直りできるか教えてくれ!

 

27:名無しの転生者

まず謝れよ

 

28:元引きこもり転生者

>>27

わかった!謝ってくる!

 

29:名無しの転生者

ちょいちょいちょいちょい!

 

30:名無しの転生者

行くの早いって!

 

31:名無しの転生者

イッチ!ステイ!ハウス!

 

32:元引きこもり転生者

なんだよお前ら!ワイは早く仲直りしたいんや!

 

33:名無しの転生者

お前は物事を焦りすぎる……

 

34:名無しの転生者

というか何も考えてないのでは

 

35:名無しの転生者

イッチさぁ、そもそもフレッドくんに何を謝ればいいか理解してるの?

 

36:元引きこもり転生者

>>35

どういうこと???

 

37:名無しの転生者

だから、単純にごめんなさいだけしても意味ないだろ

なにがごめんなさいなのか、そしてこれからどうするのかっていうのを先に考えないとだめだろ

 

38:元引きこもり転生者

あっ、そっかぁ……

 

39:名無しの転生者

マジでなにも考えてなくて草

 

40:名無しの転生者

自分のなにが悪いのかも理解してなさそう

 

41:元引きこもり転生者

>>40

えっ、俺悪いことしてたの?

 

42:名無しの転生者

えっ

 

43:名無しの転生者

ハァ?

 

44:名無しの転生者

あーサイコサイコ……(本日二回目)

 

45:元引きこもり転生者

なんだよお前らその反応は。

まさか俺が自分が悪だと気づいていない最もドス黒い悪だとでもいうのか?

 

46:名無しの転生者

Exactly(そのとおりでございます)

 

47:元引きこもり転生者

嘘でしょ!?

 

48:名無しの転生者

それはこっちのセリフなんだが

 

49:名無しの転生者

そもそもイッチは、何でフレッド君が絶交したのかわかってんの?

 

50:元引きこもり転生者

>>49

そんくらいはわかるよ。

ワイがいつも使ってる魔法が、たまたまフレッドにとっては許容できなかっただけでしょ?

他人を支配したり、痛めつけたりすることが悪いことなの?

 

51:名無しの転生者

あーサイコサイコ……(二度あることは三度ある)

 

52:名無しの転生者

なんなんだよこの吐き気を催す邪悪は

 

53:名無しの転生者

自分が他人に支配されたり、痛めつけたりされたりしたら嫌だと思わないのか?

どう考えても悪いことだろ

 

54:元引きこもり転生者

>>53

そりゃワイとか友達がそういう目に合うのは嫌だし、悪いことだと思うよ。

でも帝国の生徒は他人じゃん。フレッドにとって悪いことなんにもしてないじゃん。

 

55:名無しの転生者

あーサイコサイコ……(朝三暮四)

 

56:名無しの転生者

人を人として見ていないのかコイツは

 

57:元引きこもり転生者

何いってんの。人は人じゃん。

 

58:名無しの転生者

そういう意味じゃないんだが

 

59:名無しの転生者

おまえなんなんだよ!

 

60:名無しの転生者

わしらには救えぬものじゃ。

 

61:名無しの観察者

あのー、ちょっとよろしいでしょうか

 

62:名無しの転生者

いきなりなんだ?

 

63:名無しの観察者

わたくし、この道三十五年のプロの人間観察士です。

普段はROM専なのですが、話が進まなそうなので、こうして参上させていただきました。

 

64:名無しの転生者

人間観察にプロとかあるの?

 

65:名無しの観察者

ええ、通信講座で資格を取ればプロになれますよ。

2500時間くらいは試験勉強をしましたかね。

 

66:名無しの転生者

難関すぎるだろその資格

 

67:名無しの転生者

というかお前のせいで余計話が進まないんだが

 

68:名無しの観察者

失礼。では改めてイッチさんについて私が観察した所感を語らせていただきますが、

彼はおそらく、他人のことを「外の世界」、自分や友達のことを「内の世界」と認識しているのではないでしょうか

 

69:名無しの転生者

急にスピリチュアルな話になってきたな

 

70:名無しの観察者

内の世界とは、イッチさんが守るべき対象と認識している範囲です。

自分自身や家族、そして「友達」と認識した相手がここに入る。

外の世界とは、それ以外の全員です。

 

71:元引きこもり転生者

はぁ

 

72:名無しの転生者

それで?

 

73:名無しの観察者

彼にとって、内の世界は大切で、守るべきものですが

彼にとって、外の世界は、ただそこにあるだけの「環境」でしかない。

だから、他人に気を使う、という論理が彼には理解できないのです。

 

74:名無しの転生者

なるほどなぁ

 

75:名無しの転生者

要するにイッチは人外の思考回路をしてるってことだな

 

76:名無しの観察者

いえ、この認識自体は、誰にでもあるものです。

例えば、家族が病気になった、と聞かされたら普通はとても心配するでしょう。

それがちょっとした知り合いであれば?家族ほどではないですが心配はするでしょう。

ですが、それが無関係の他人であれば?ほとんど心配はしないのではないでしょうか。

彼は人間ですがその判断基準が極端なだけなのです。

 

77:名無しの転生者

なるほどなぁ

 

78:名無しの転生者

問題のホンシツが見えてきたよ

 

79:名無しの転生者

何でこんなヤバい思考するようになったんやろな

 

80:名無しの観察者

>>79

それはおそらく、彼の育った環境にあります。

イッチさんは田舎の村でずっとひきこもっていたとおっしゃっていましたよね?

彼の周囲には、そもそも「外の世界」というのが存在しない。いや、「外の世界」と関わる必要がなかったのでしょう。

 

81:元引きこもり転生者

あーなるほど、村だとそれで済んでたのが、

ワイが魔法学校にぶち込まれてからはそうもいかなくなったと

 

82:名無しの観察者

>>81

ええ、イッチさんは魔法学校に入学することで、物質的には村を脱出しましたが、精神的にはまだあの村の中にいる。

あなたはまだ、引きこもりのままなのですよ!

 

83:元引きこもり転生者

>>82

アッハイ

 

84:名無しの転生者

>>82

若干スベったな

 

85:名無しの転生者

>>82

今うまいこと言おうとした?

 

86:名無しの転生者

>>82

キメ顔で言ってそう

 

87:名無しの転生者

>>82

ちょっと自分に酔ってません?

 

88:名無しの転生者

>>82

調子に乗るなよ

 

89:名無しの転生者

>>82

赤くしたろ!

 

90:名無しの転生者

>>82

あと半年ROMってろ

 

91:名無しの転生者

でもまぁ、言ってることは正しそうだったよな。

イッチ、実際どうなの?

 

92:引きこもり転生者

多分>>82の言うことはあってる。

ワイはまだ、引きこもりのままだったんやな

 

93:名無しの転生者

おお

 

94:名無しの転生者

ついに認めたか

 

95:引きこもり転生者

そうですよ、認めますよ。今までワイが悪かったんですよ。

それで、これからワイはどうすればいいんですかよ。

 

96:名無しの転生者

急に拗ねてて草

 

97:名無しの転生者

ガキかよ

 

98:名無しの転生者

どうすりゃいいって、その今までの悪い性格を直せばいいだけじゃん

 

99:名無しの転生者

簡単な話だろ

 

100:引きこもり転生者

本当に簡単か?

自分で言うのもなんだが、今までずっとこうだったんだぞ?

お前らだって、ハゲは見苦しいから治せって言われて治せるのか?

 

101:名無しの転生者

>>100

すまん俺が悪かった。そりゃ無理だわ。

 

102:名無しの転生者

>>101

おハゲ戦意喪失で草

 

103:名無しの転生者

彡(´・ω・`)ミ また髪の話してる・・・

 

104:名無しの転生者

でも実際、性格直すのって難しいよな

 

105:名無しの転生者

いや別に性格まで治さなくてよくね?

 

106:名無しの転生者

え?

 

107:引きこもり転生者

>>105

どういうこと?

 

108:名無しの転生者

>>107

そもそも根本的に解決しようとするのが間違いなんだよ。

ハゲが見苦しかったらどうするか?普通はカツラを被せて隠すだろ。

性格が悪かったらどうするか?行動だけ変えて性格を隠せばいいんだよ。

 

109:引きこもり転生者

それってつまり、ごまかせばいいってこと?

 

110:名無しの転生者

そうだよ。

それが普通なんだよ。

人間は本来お前みたいに皆性格が悪いんだよ。この掲示板見てればわかるだろ。

だけどそのまま表に出せないから、外の世界では我慢していい子ちゃんぶってるだけ。

それをお前は知らずに、好き勝手振る舞ってるだけ。

要するにお前はわがままなだけのガキ。

村の中だけならそれでいいが、おまえはいまどこにいる?

強制的にぶち込まれたとしても、お前が学校という社会に出た以上、ガキを卒業して大人にならなきゃいけないんだよ。おわかり?

 

111:名無しの転生者

なるほどなぁ

 

112:名無しの転生者

一発で理解できたわ

それに比べたら人間観察士とか言うやつの説明はカスや

 

113:名無しの転生者

ほんまにな、バカみたいにカッコつけてたし、まんま掲示板始めたての厨房じゃん

 

114:名無しの観察者

>>112>>113

もう許してやれよ

 

115:名無しの転生者

>>114

あっ

 

116:名無しの転生者

>>114

これはやってしまいましたなぁ

 

117:名無しの転生者

>>114

赤くしたろ!

 

118:名無しの転生者

>>114

自演ミスってて草

 

119:名無しの転生者

>>114

もう許さねぇからなぁ〜?

 

120:名無しの転生者

>>114

もう二度と書き込めないねぇ

 

121:名無しの転生者

>>114

あと半世紀はROMるべきだったな

 

122:名無しの転生者

>>114

大体プロの人間観察ってなんだよ

何カッコつけてんのw

 

123:名無しの転生者

>>114

三十五年も人間観察やってきて、

素人の>>110より上手く観察できないってどういうことなんですかぁ~w

 

124:名無しの転生者

>>114

おーい!出てこい人間観察士!

僕たちにも君を観察させてよw

 

125:引きこもり転生者

お前らって本当に性格悪いのな

 

126:名無しの転生者

当たり前だよなぁ?

 

 


 

「君がずっとそのままでいるなら……僕は、君の親友ではいられない」

 

 その言葉を、僕は今も後悔していない。

 言うべきだったから、言った。

 

 ただ、その後に何が来るのかまでは、あまり考えていなかった。

 

 僕はエイン君の返事を待たずに背を向ける。

 

 後ろから、声は聞こえてこない。

 

 いつもなら、エイン君は何か言う。

 冗談でも、言い訳でも、妙に的外れな確認でもいい。

 でも、その時だけは何もなかった。

 

 僕は扉を開けて、訓練場を出た。

 

 それから数日、エイン君の姿をまともに見ていない。

 

 寮の隣の部屋には戻らず、授業にも出ない。

 完全に消えたわけではないらしく、構内のどこかにはいるという話だけは聞こえてくる。

 

 何をしているのかは分からない。

 ただ、学校の中にはいる。

 

 僕は、会いに行かなかった。

 

 あの日のことを、もう一度話すべきだったのかもしれない。

 けれど、何を言えばいいのか分からないまま、対抗戦の当日を迎えた。

 

 対抗戦の会場は、王立魔法学校の訓練場だった。

 

 普段の授業でも使われる広い土の床が、今日は二つの競技区画に分けられ、それぞれに結界が張られている。

 周囲には仮設の観客席が設けられ、王立魔法学校の生徒や教師だけでなく、帝国、聖教国、共和国の関係者も並んでいた。

 

 準決勝の二試合は、同時に行われる。

 

 左の競技区画に僕と共和国代表。

 右の競技区画にエイン君と聖教国代表。

 

 競技区画へ向かいながら、自然とエイン君の方に目が行った。

 

 向こうも、こちらを見ている。

 

 目が合う。

 

 ……気まずい。

 

 数日ぶりに目が合ったのに、互いに何も言えないまま、なんとなく視線を逸らした。

 

「……おい」

 

 声をかけられた。

 正面に共和国代表が立っている。

 

「対戦相手はこちらだが。目の前の相手に集中してもらえないか」

 

「すみません」

 

 素直に謝る。

 

 ただ、どうしてもエイン君のことが気になる。

 どう戦うつもりなのか。

 今まで何をしていたのか。

 彼は、変わったのか。

 

「両者、構えて」

 

 ……とにかく、さっさと終わらせてエイン君の試合を見よう。

 

「始め!」

 

【防壁牢獄】(プリズン)

 

「なっ……!?」

 

 よし。

 終わった。

 

 僕は隣の競技区画へ視線を向ける。

 

 だが、その時には、もう終わっていた。

 

 聖教国代表は、競技区画の床に倒れている。

 試合開始と同時に展開したらしい 【防壁】(シールド) がまだ残っていた。

 破られた様子はない。

 だがそれも、術者が倒れたことで、すぐに霧散していく。

 

 エイン君だけが、何事もなかったような顔をしていた。

 

「なんだこれは!【防壁】(シールド) で俺を囲っているのか!?」

 

 詠唱も聞こえなかった。

 大きな魔力の動きも見えなかった。

 光も、音も、衝撃もない。

 

 なのに、相手は倒れている。

 

「クソ、硬すぎて突破できん!」

 

 審判が聖教国代表に駆け寄り、状態を確認する。

 エイン君は、いつも通りの声で言った。

 

「心配しなくていい。怪我はしていない」

 

 怪我はしていない。

 

 その言い方だけが、妙に引っかかる。

 

「ならこの魔法で──!」

 

 防壁は壊れていない。

 外傷もなさそうに見える。

 それなのに、一撃で意識を奪われている。

 

「まずい! 魔法が内側に残って……!」

 

 外から見れば、ただ気絶しただけにしか見えない。

 だからこそ、怖かった。

 

 あの時、エイン君は言っていた。

 対象に激痛を与え、時間感覚を限界まで引き延ばし、外からは一瞬で気絶したようにしか見えない魔法。

 

 【痛覚体験】(ペインエクスペリエンス)

 

「もうだめだ! 降参する!」

 

 今の倒れ方は、あの魔法そのものに見えた。

 

 でも、分からない。

 

 結局、見えない形に変えただけなのか。

 それとも、違う方法を選んでいたのか。

 

「おい! 聞いているのか!」

 

 エイン君は、何事もなかったように代表席へ戻っていく。

 その途中で、一瞬だけ目が合った。

 

 けれど、互いに何も言わなかった。

 

「降参する! 降参するから早く出してくれ!」

 


 

 準決勝は終わった。

 

 結果だけ言えば、どちらも一方的な試合だった。

 観客がまだ状況を飲み込めていないうちに、決勝の二人が決まっていた。

 

 僕とエイン君は、競技区画の中央で向かい合う。

 数日ぶりに、ちゃんと向き合った。

 

 審判が試合開始の合図をかけようと息を吸った。

 その直前、エイン君が片手を上げる。

 

「ちょっと待ってくれ。フレッドに話したいことがある」

 

 審判の眉がぴくりと動く。

 

「手短にしろ」

 

「善処する」

 

 その返事の時点で、まったく信用できなかった。

 

 エイン君は、審判ではなく僕を見た。

 いつものようにふざけている顔ではなかった。かといって、深刻ぶった顔でもない。

 ただ、言うことを決めてきた顔だった。

 

「フレッド、聞いてくれ」

 

「……うん」

 

「はっきり言う。俺は他人がどうなろうと知ったこっちゃない」

 

 観客席のざわめきが、少し変な形で揺れた。

 審判も、今すぐ止めるべきか迷っている顔をしている。

 エイン君は構わず続けた。

 

「俺と、家族と、友達が無事なら、あとはどうでもいいんだ!」

 

 それは、否定でも言い訳でもなかった。

 自分の話をしている。ただ、それだけの声だった。

 

「だけど、それだけじゃだめだったんだよな!」

 

「……」

 

「自分のために、どうでもいい他人のことも考えないといけないんだよな!」

 

 言い方はひどい。

 でも、ふざけているわけではなかった。

 

「だから! これからはそうするよ!」

 

 エイン君は、胸を張った。

 

「フレッド! 今まで迷惑かけてごめん! 面倒くさいけど、これからはちゃんと考えるようにする! あと、面倒だからって逃げるのもやめる!」

 

 綺麗な言葉じゃない。立派な決意表明でもない。

 ただ、嘘がない。

 

 それで全部が元通りになるわけではない。

 でも、何も届いていなかったわけではなかった。

 なら、ここから先を見るべきだと思った。

 

「……うん」

 

「だから、まずはお前を全力でぶっ飛ばす!」

 

「……え?」

 

「逃げない、ってそういう話だろ」

 

 エイン君は、当然のように続ける。

 

「俺は、本当は対抗戦なんて出たくない。フレッドとも戦いたくない。めちゃくちゃ面倒くさい」

 

「……」

 

「でも、やらないといけない。俺は帝国代表ってことになってる。観客も来てる。審判もいる。帝国も王国も、なんか他の国の連中もいる。ここで面倒だから帰るって言ったら、前と同じだ。ただのわがまま言ってるガキのまんまだ」

 

 その言葉は、少し不器用だった。

 たぶん、何度も考えて、ようやくそこにたどり着いたのだろう。

 

「だから逃げない。俺は帝国一年代表のステインとして、お前をぶっ飛ばす! かかってこい!」

 

 僕は息を吸った。

 

「こっちこそ、王国一年代表として、君を倒す」

 

「言っとくけど、マジでぶっ飛ばすからな。さっきの奴みたいに一発でやられて白けた試合にしたら許さんからな」

 

「それはこっちのセリフだ。君だって、簡単に負けてくれるなよ」

 

 そして、念のため一つだけ確かめておくことにした。

 

「というか、さっきのあの魔法……まさか 【痛覚体験】(ペインエクスペリエンス) じゃないだろうね」

 

「今さら使うかあんな魔法!」

 

 エイン君は即答した。

 

「あれはもうやめた。【防壁】(シールド)で普通に防がれるし、何より相手に悪いからな」

 

「今回使うのは 【昏睡】(カーマ) だ。ただ単に気絶させるだけの魔法だよ」

 

「気絶させるだけ、って」

 

「最初っから、気絶させるという結果を持ってくりゃ良かったんだ。今まで無駄なことしてたよ」

 

「気づくのが遅すぎ!」

 

「直したんだからいいだろうが!」

 

「いい加減にしろ、お前ら!」

 

 審判の怒鳴り声が飛んできた。

 

「いつまで話している! さっさと試合を始めろ!」

 

 エイン君は肩をすくめた。

 

「怒られたな」

 

「君のせいだよ」

 

「お前も喋ってただろ」

 

「……そうだね」

 

 そう返しながら、僕は呼吸を整えた。

 エイン君も、こちらを見たまま一歩だけ足を引く。

 

 さっきまでの空気が、そこで切り替わった。

 親友として話す時間は、もう終わり。

 ここから先は、王国代表と帝国代表の試合だった。

 


 

 審判が試合開始を告げた。

 

【防壁牢獄】(プリズン)!」

 

 フレッドは開始と同時に魔法を詠唱した。半透明の障壁がエインの周囲を囲み、上下左右の逃げ道を塞ぐ。

 だが、エインは慌てなかった。

 

「デトロ! 開けろイト市警だ!」

 

 障壁の内側で一歩踏み出し、足を叩き込む。その瞬間、障壁はガラスのように砕け散った。

 

「……どうやって破ったの? まさか今まで筋トレでもしてたの?」

「んなわけあるか! 魔法の制御を奪っただけだ!」

【電撃】(ライトニング)!」

「うおっ、アブねぇ!」

 

 エインが片手を差し向け、走ってきた電撃を逸らす。紫電がエインの脇をかすめ、床を焼いた。

 

「すごい、本当に制御を奪えるんだ」

「テメッ、不意打ちとは卑怯だろ!」

「君の場合、いつも言動が不意打ちでしょ!」

「失敬な! 大体、最初に使った【防壁牢獄】だったか? さっきの試合でも使ってただろ。ワンパターンなんだよ。一回使った手が俺に通じると思ってんじゃねーぞ!」

「じゃあテンパターンだ!」

 

 フレッドが、【防壁牢獄】を十重に重ねて展開する。

 

「俺はマトリョーシカかよ!」

 

 エインが次々と障壁を蹴破る。

 一枚割れるたびに、次の障壁が現れる。割れた端から、フレッドが新しい障壁を貼り直す。

 

「いい加減にしろ! 無駄に疲れるじゃねーか!」

「そっちこそ諦めなよ! こっちだって別に、最初から君を一気に押しつぶすこともできるんだからね!」

「それで言ったらこっちだって最初に 【昏睡】(カーマ) を撃ってたら終わってたからな!」

「そんなの防いでみせるさ!」

「はぁ!? 言っとくけどこれガー不だからな! 【防壁】(シールド)でも 【精神防壁】(メンタルシールド)でも防げないからな! いくぞ!【昏睡】!」

 

 エインの指先から、光も音もない魔法が放たれる。

 

【土壁】(アースウォール)!」

 

 土の壁がせり上がり、魔法を塞いだ。

 

「あっ」

「魔法での防御が貫通されるなら、物理的に防げばいいだけでしょ。というか、【防壁】でも【精神防壁】でも防げないって、どんなふざけた魔法なのさ」

「魔法防御への対策を内蔵した、命令する精神魔法と、生体電流を流す電撃魔法の複合だよ。【防壁】には精神魔法として振る舞い、【精神防壁】には物理魔法として振る舞うようにしてある。これなら誰が相手でも勝てると思ったのに!」

「精神魔法、って、また……」

 

 フレッドは露骨に顔をしかめた。

 

「流石に今回は嫌とは言わせないぞ。単に気絶させるための精神魔法だ。ルールにも違反してない。なんの問題がある! 前から思ってたけど、フレッドは精神魔法を嫌悪しすぎだろ! お前に精神魔法の本質を教えてやる!」

 

 エインは競技中にもかかわらず、急に講義を始めた。

 

「精神魔法の基本は、精神に対する命令だ。【忘却】(メモリーイレース)は、忘れろと命令。【昏睡】は、眠れと命令。【精神支配】(ブレインウォッシュ)は、命令を聞けと命令。本来は同じ術式なんだよ。目的ごとに最適化されてるだけだ! ほら、もう一発【昏睡】!」

「うわっ!【土壁】!」

 

 講義の途中で、二発目が飛ぶ。

 フレッドの反応は遅れたが、土壁は間に合った。壁の向こうで、見えない魔法がまた弾ける。

 

「不意打ちやめなよ!」

「いやー悪いね、さっきのでおあいこだろ」

「一発なんて嘘つくのもね!」

「は?」

「【土壁】!」

 

 土壁が背後から生え、フレッドの背後から迫っていた魔法を遮った。

 

「なんで分かったんだよ!」

【隠形看破】(ピカー)を最初から使ってたからね! 君が魔法を撃とうとする射線がずっと見えてたんだよ!」

「はぁ!? 何だその使い方!」

 

 エインの声が、一段上がった。

 

「【隠形看破】はカツラを暴くための魔法だ! 神聖な魔法をそんな不敬なことに使いやがって! もう許さねえぞ!」

「カツラ暴きに使うほうがよっぽど不敬でしょうが! それよりいい加減降参しなよ! 君が撃とうとする魔法の射線はすべて見えてるんだ!」

「だったらどうした! 射線が見えてしまうなら、最初から射線が存在しなければいいんだ!」

 

 エインの魔力の流れが変わった。

 フレッドに見えていた、外から伸びる射線が消える。

 代わりに、フレッドの身体の内側に、魔法の発生点が結ばれた。

 

「えっ……これは、“僕の中だけ”に射線が存在する!?」

「そうだ! もう一度講義をしてやろうフレッド! 魔法の射程は二つある。それは、魔法が届く範囲の有効射程! もう一つが、魔法を発生させられる距離の発生射程だ!」

 

 エインは、指を突きつけた。

 

「本来は発生射程を伸ばすと馬鹿みたいに魔力食うんだぞ! それをお前は離れたところから俺をバカスカ【防壁牢獄】で何度も囲みやがって、魔力量多すぎだろ! どうにかしろよ!」

「そこはどうしようもないよ!」

「だが、俺も魔力を込めれば、お前に届く距離まで【昏睡】の発生射程を伸ばして直接ぶち込める! これなら魔法防御の対策も、精神魔法を複合させる必要もねぇ! ただの電撃魔法でケリを付けてやる!」

 

 フレッドは後ろへ跳ぶ。

 

 無意味だった。

 

 身体の内側に結ばれた発生点は、動いても消えない。

 距離を取ったはずなのに、それは最初からそこにあるように、胸の奥で揺れていた。

 

「なっ……」

 

「逃げても無駄だ! どこに動いても変わんねぇよ!」

 

 エインが指を突きつける。

 

「お前の中に電撃を発生させるんだからな! 今度こそガー不だ! さっさとおねんねしちまいな!」

 

「そうだ! だったら僕も……!」

 

 防げないなら、防がなければいい。

 エインが自分の内側に魔法を発生させる、眠らせてくるなら、こちらも同じことをすればいい。

 そして、精神魔法は精神への命令。それが本質だと、さっきエイン自身が教えてくれた。

 

 エインが唱える。

 

【座標昏睡】(ポイントカーマ)!」

 

 フレッドは詠唱しない。

 

『眠れ!』

 

 二つの魔法が、ほぼ同時に成立した。

 次の瞬間、二人は同時に、その場に崩れ落ちた。

 


 

 目を覚ました時、最初に見えたのは訓練場の天井だった。

 

 頭の奥に、眠気の残滓がまとわりついている。

 眠っていたというより、意識の芯を無理やり切られていたような感覚だった。

 

 少し遅れて、決勝戦の最後を思い出す。

 

 エイン君の魔法が、僕の内側に届いた。

 同時に、僕の魔法も、彼の内側に届いた。

 

「……起きたか」

 

 横から声がした。

 

 顔を向けると、そこにいたのはエイン君ではなかった。

 帝国の制服を着た少年。たしか彼は、帝国の、元一年代表の。

 

「ジーク君……?」

 

 上体を起こそうとして、少しだけふらついた。

 彼は手を貸さなかった。けれど、倒れたら支えられる距離には立っていた。

 

「そういえば、試合は……?」

 

「引き分けだ。お前とステインは同時に倒れた。前代未聞だが、見事な試合だった」

 

「そうなんだ……」

 

 引き分け。

 なんとなく、それが正しいような気がした。

 

「それで、どうして君はここに?」

 

 ジークは短く息を吐いた。

 

「お前に伝えることがあってな」

 

「僕に……?」

 

「俺がステインと戦った後の話だ。あいつが二つ、謝罪しに来た」

 

「謝罪?」

 

「一つ目は、ステインが俺に【痛覚刺激】(ペインシグナル)を使ったことだ。競技で使う魔法としては不適切だった。あいつはそう言って謝ってきた」

 

 ジークは、未だ眠るエイン君へ目を向ける。

 

「だが、勝負の形式を曖昧にした俺にも非がある。ステインが、ましてやお前が気にすることじゃない。奴にもそう言っておいた」

 

 そういえば、あの時、記憶を処理したのは帝国の上級生たちだけだった。

 ジークは倒れていただけで、あの時のことは覚えていたのだ。

 

「それで、もう一つは?」

 

「お前が【電撃】(ライトニング)で追撃してきた件だ。ステインが殊勝にも、お前の分まで謝罪しにきてくれたぞ」

 

「いや、それは君の痛みを打ち消すためで……」

 

「それが『余計なお世話だ』と言っている」

 

 彼の声が、少し低くなった。

 

「確かに痛かった。人生であれ以上の痛みを味わったことはない。本当に死ぬかと思った」

 

「だったら……」

 

「だが、俺はまだ負けていなかった」

 

 僕は口を閉ざした。

 

 ジークの目には、怒りと屈辱があった。

 それでも、折れてはいなかった。

 

「俺はまだ耐えていた。膝をついても、床に倒れても、意識までは折れていなかった。耐え抜いて、反撃するつもりだった。俺は帝国将軍ヴォルフ・アイゼンフェルトの息子だ。将来、戦場に立つ者として、この程度で倒れるわけにはいかなかった」

 

 そこで、ジークは僕を見据えた。

 

「その俺の覚悟を、お前は台無しにした」

 

 助けたつもりだった。

 あのまま苦しませてはいけないと思った。

 

「……ごめん」

 

「謝罪が欲しかったわけではない」

 

 ジークは、少しだけ眉をひそめた。

 

「軍人としては失格だ。戦場であんな真似をすれば、味方の覚悟も、自分の判断も鈍らせる。優しさは、時に命取りになる」

 

「……うん」

 

「だが、苦しんでいる他人を見てすぐに動いたことまで、恥じる必要はない」

 

 思わず顔を上げた。

 

「俺には余計だった。それは間違いない。だが、お前の行動そのものを恥じろと言っているわけではない」

 

「ジーク君……」

 

「勘違いするな。褒めて終わらせるつもりもない。お前は俺の覚悟を勝手に取り上げた。だから、余計なお世話だ」

 

「うん。……覚えておく」

 

 助けたことが間違いだったとは、今でも思えない。

 けれど、正しかったと言い切ることもできなかった。

 

 ジークは、今度はエイン君の方を見た。

 エイン君は、僕の隣で意識を失ったまま寝かされている。

 

「逆に、ステインは軍人としては完璧だったな」

 

「完璧?」

 

「戦場で最も邪魔になるのは迷いだ。倫理観や優しさも、時には足枷になる。あいつにはそれがなかった。自分がそうすべきだと思えば、誰にでも遠慮なく魔法を使う。必要だと判断すれば、敵を苦しめることにも躊躇しない」

 

 ジークの声には、苦々しさが混じっていた。

 

「親父がステインを欲しがったのは、魔法の実力だけでなく、そういう人格も見込んでいたのだろう」

 

 背筋が冷えた。

 

 僕が恐れていたものを、帝国は価値として見ている。

 止めようとしたものを、欲しがる人間がいる。

 

 エイン君がこのまま変わらなければ、いつか誰かに利用される。

 そんな予感がした。

 

「もっとも」

 

 ジークは、少しだけ口元を歪めた。

 

「お前のせいで、ステインは妙な遠慮を覚えてしまったがな。これでは、連れ帰る価値もなくなってしまった」

 

「……それは、喜んでいいのかな」

 

「少なくとも帝国としては損失だ」

 

 皮肉っぽく言って、ジークは背を向けた。

 

「もう行くの?」

 

「用件は済んだ」

 

 それだけ言って、彼は訓練場を出て行った。

 

 しばらく、その背中を見送っていた。

 

「……うう」

 

 小さな声が聞こえた。

 

 エイン君も目が覚めたのか、身じろぎをしていた。

 

 彼は仰向けのまま、しばらく目をしばたたかせる。

 それから、天井を見上げたまま言った。

 

「ここは……どこだ……? 俺は……勝ったのか……?」

 

「引き分けだよ」

 

「なん……だと……」

 

 妙に芝居がかった声だった。

 

 少しだけ、肩の力が抜けた。

 

「エイン君」

 

「ステインです」

 

「今さら?」

 

「今は一応、帝国代表だからな」

 

 エイン君は体を起こそうとして、途中でふらついた。

 僕はさっきの言葉を思い出す。

 

 余計なお世話。

 

 一瞬だけ迷った。

 

 でも、エイン君は普通にこちらへ手を伸ばしてきた。

 

「手貸して」

 

「うん」

 

 僕はその手を取って、起き上がらせた。

 

 二人で、並んで立つ。

 

 少しの間、何も言わなかった。

 互いに、どこから話せばいいのか分からないような沈黙だった。

 

「フレッド」

 

「うん」

 

「俺、結局中身は変わってないんだよ」

 

 声に、さっきの決勝前の勢いはなかった。

 自分を卑下するのとも、反省するのとも少し違う。

 ただ、事実を確かめるような言い方だった。

 

「自分と、家族と、友達が良ければそれでいい、今でもそう思ってる。今日だって、別に急に立派な人間になったわけじゃない。面倒くさいことを我慢して、やりたくないことをやっただけだ」

 

「……」

 

「相手を苦しめない魔法を選んだのも、お前と戦ったのも、大会を壊さなかったのも、根本から別人になったからじゃない。お前に言われたことを考えて、そうするべきだと思ったから、嫌でもそうしただけだ」

 

 それだけ言って、エイン君は黙った。

 

 胸の奥に残っていたものが、少しだけほどけた。

 嘘がなかった。

 綺麗な言葉でもなかった。

 

 でも、考えた。

 考えたうえで、別の手段を選んだ。

 

「それでいいと思う」

 

 エイン君が、少し意外そうに僕を見る。

 

「いいの?」

 

「うん。少なくとも、一瞬で全部変わる必要はないよ」

 

「でも、俺の性格は悪いままだぞ」

 

「それは知ってる」

 

「知ってるんだ」

 

「知ってるよ」

 

 エイン君は不満そうな顔をした。

 その顔を見て、ほんの少し笑いそうになった。

 

「でも、性格が悪いままでも、行動は選べるんでしょ」

 

「……まあ、できなくはない」

 

「なら、それでいいよ」

 

 エイン君は、少し照れくさそうに顔をそらした。

 

「じゃあ、仲直りってことでいい?」

 

「……うん」

 

「絶交は?」

 

「してないよ。まだ」

 

「まだ!?」

 

「今後次第かな」

 

「厳しいなぁ」

 

 僕は手を差し出した。

 

 エイン君は一瞬だけ見てから、握り返した。

 

「これからもよろしく。エイン君」

 

「ステインです」

 

「今だけでしょ」

 

「まあ、今だけだけど」

 

 握った手は、少しだけ土で汚れていた。

 僕の手も同じだった。

 

 そのまま、僕たちは少しだけ笑った。

 

 これで終わればよかった。

 

 本当に、そう思う。

 

 でも、エイン君は握手したまま、ふと真面目な顔になった。

 

「そういえば、まだやらなくちゃいけないことがあったな」

 

 僕の手が止まった。

 

「……何が?」

 

「俺は分かったんだよ、フレッド」

 

 嫌な予感がした。

 

「俺だけが我慢しても、何も解決しない」

 

 それは、エイン君が「いい方法を思いついた」と言った時の感覚に少し似ていた。

 けれど、もっと大きくて、もっと悪い。

 

「今の世の中は、間違ってる」

 


 

「……世の中?」

 

 思わず聞き返した。

 

「フレッド、田舎のネズミと都会のネズミって話、知ってるか?」

 

「……急に何の話?」

 

「知ってるか?」

 

「まあ、なんとなくは」

 

 田舎のネズミが都会へ行く話だ。

 都会には美味しいものがある。けれど危険も多い。結局、田舎のネズミは、豪華でも危ない都会より、質素でも安心できる田舎を選ぶ。

 

「俺は田舎のネズミが好き」

 

 エイン君は妙に納得した顔で頷いた。

 

「村にいた時は、飯食って、寝て、母さんが困ってなければそれでよかった。たまに税金とか役人とか面倒なのは来たけど、まあ、どうにかなったし」

 

「今、聞き流していいのか分からない言葉が混じってたけど」

 

「でも、こっちは違うだろ」

 

 エイン君は、試合場を見回した。

 

「飯食ってたら死刑になるし、教師になったら変な陰謀に巻き込まれるし、お出かけしたら戦争になりかけるし、帰ってきても友達と戦わされる」

 

「でも、俺だけじゃない。みんな何かしらで動かされてる。立場とか、面子とか、国とか」

 

 言い方は雑だった。

 

「そして俺が気づいたことは、都会はクソということです」

 

 エイン君は、それを全部まとめて都会と呼んでいる。

 

「だから田舎のネズミが好き」

 

 その言葉に、少しだけ胸が重くなった。

 

 エイン君は、ここに来たくて来たわけではない。

 無理やり村から連れ出されて、学校に入れられて、何度も面倒事に巻き込まれてきた。

 

 だから、もう嫌になったのかもしれない。

 安心できる場所に、戻りたくなったのかもしれない。

 

「まさか……、村に帰るつもりなの?」

 

「なんで?」

 

 エイン君は不思議そうに首を傾げた。

 

「都会は都会で、田舎じゃ手に入らないものが山ほどあった。美味い茶も菓子も、研究室も、お前みたいな友達も、全部こっちに来てから知ったんだよ」

 

 その言い方が少し意外で、僕は黙ってしまった。

 

 帰りたいわけではない。

 逃げたいわけでもない。

 

 エイン君は、ここで手に入れたものをちゃんと数えていた。

 

「だから、田舎のネズミは好きだけど、俺はそのネズミとは違う。帰れないし、帰る気もない」

 

「……うん」

 

「でも」

 

 エイン君の声が、少し変わった。

 

「田舎のネズミは帰れる。でも、都会に生まれたネズミは、帰る田舎がない」

 

 それは、エイン君らしくないくらい寂しい言い方だった。

 

「フレッドも、セレナも、学校の連中も、王都の連中も、みんなそうだろ。そいつらは、ずっと都会で嫌な思いをして、我慢し続けないといけないのか?」

 

「……我慢?」

 

「だってそうだろ。皆、自分のやりたいことを我慢してる。立場があるから。面子があるから。人に迷惑をかけないために」

 

 それは、間違ってはいない。

 社会で生きるなら、折り合いをつける必要がある。僕はそれを当たり前だと思っていた。

 

 でも、エイン君はそうではないらしい。

 

「俺も分かったよ。外の世界で好き勝手やったら、自分や身内にも返ってくる。だから行動は変える。痛めつける必要がないなら痛めつけないし、面倒でもやるべきことはやる」

 

「うん。それでいいんだよ」

 

「でも、それだけだと根本的に解決してない」

 

「エイン君。何の話をしてるの?」

 

「社会」

 

「……社会?」

 

「皆が我慢しないと動かないなんて、欠陥システムだろ。だったら、争わなくても済むように作り直せばいい」

 

「作り直すって、何を」

 

「だから、社会を」

 

 背筋が冷えた。

 

 エイン君は反省している。

 少なくとも、彼なりに考えている。

 

 ただ、その考えが向かっている先は、僕の想像とはまるで違っていた。

 

「待って。争いをなくすなんて、そんな簡単なことじゃない。人にはそれぞれ考えがあるし、立場もある。一人でどうにかできる話じゃ──」

 

「だから、そこなんだよ」

 

 エイン君が、僕の言葉を遮った。

 

 その目が、少しだけ輝いている。

 新しい魔法を思いついた時の顔だった。

 

「皆、それぞれ考えがあるから争うんだろ。だったら、争いが起きない仕組みにすればいい。そういう仕組みを、俺も最初は一人では無理だと思った」

 

「……思った?」

 

「でも、よく考えたら、俺には同士がいたんだよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが止まった。

 

 エイン君は、「同士」と言った。

 誰かを指している。この言葉には、既に相手がいる。

 

 僕が聞く前に、エイン君は観客席の方へ目を向けた。

 

「ちゃんと準備してた人間がいるんだよ、もともと。俺が来る前から、もうずっと計画を進めてた人間が」

 

「……誰なの」

 

 嫌な予感が、形を持ち始めた。

 

 エイン君は、少し間を置いてから言った。

 

「国王だよ」

 

 思わず、笑いそうになった。

 

 冗談だと思いたかった。

 また、いつものように変な方向へ話が飛んだだけだと。

 

 でも、エイン君は笑っていなかった。

 

 だから、僕も笑えなかった。

 


 

「……国王?」

 

 フレッドが聞き返すより早く、エインは歩き出していた。

 

 向かう先は、観客席だった。

 

「ちょっ、エイン君!?」

 

 フレッドも慌てて後を追う。

 

 試合場から観客席へ続く通路には、まだ対抗戦の余熱が残っていた。周囲の生徒たちは、決勝が両者戦闘不能の引き分けに終わったことで騒然としている。

 

 そのざわめきの中を、エインは迷いなく進んでいく。

 

「待って。何をするつもりなの」

 

「対抗戦は終わった。俺のやるべきことは、ちゃんとやり終えた」

 

「それで?」

 

「だから次に進む。楽しみにしておけ、フレッド」

 

 エインは足を止めなかった。

 

 王族専用の観覧区画の手前には、近衛兵が二名立っていた。エインが近づくと、彼らは無言で前へ出て、通路を塞ぐ。

 

「止まれ。ここから先へは通せない」

 

「大事な用があるんだよ! 話をさせてくれ!」

 

「ならん」

 

「国王!」

 

 止められたまま、エインは声を張った。

 

 近衛兵の肩越しに、その声が観覧席へ届く。

 

 エルディス王国の国王、ハロルド・エルディスは、特別席の中央に座っていた。王冠の下の髪まで隙なく整え、王族の礼服をまとった姿には、年齢相応の威厳がある。隣には宰相が控えており、周囲だけが対抗戦の観客席というより、謁見の間に近い空気を帯びていた。

 

 その空気の中へ、エインの声が遠慮なく割り込む。

 

「俺も計画に加えてくれ!」

 

 国王の眉が、わずかに動いた。

 

「……計画?」

 

【啓導の光輪】(ルクス・グノーシス)を使った計画だよ! 支配の術式を仕込んでいたのもあなたでしょう!」

 

 【啓導の光輪】

 

 その名前を聞いて、フレッドは入学式の日を思い出した。

 新入生が魔法陣に魔力を流し込み、天井に学校の紋章を浮かび上がらせる、王立魔法学校の伝統儀式。魔法を学ぶ者としての誓いだとか、祝福だとか、そういう意味があると説明されていた。

 

 今日も、三年生の優勝者が対抗戦の後の式典で行うと聞いていた。

 ただの、光るだけの魔法を。

 

 少なくとも、フレッドはそう思っていた。

 

 だが、あの日、エインはその魔法陣を勝手にいじった。魔力不足をごまかすために術式を改造し、結果として儀式を台無しにした。

 

 その時は、ただの問題行動だと思っていた。

 

 だが今、エインは言った。

 

 支配の術式、と。

 

 空気が変わった。

 

 国王の表情は大きくは動かなかった。

 

「お前は何を言っている?【啓導の光輪】は、王家に伝わる伝統的な儀式魔法だ。支配術式など、存在するはずがないであろう」

 

 国王の声には、まだ威厳があった。

 

 だが、完全な妄言として切り捨てるには、反応が強すぎた。

 

 エインは特に驚いた様子もなく、話を続ける。

 

「俺、入学式の時にあの魔法陣を解析したんですよ。最初は魔力を食うだけの邪魔な術式だと思ってたんですが、よく考えたら、あれが本体だったんです」

 

 声が、少しだけ弾んだ。

 

 フレッドはその調子に聞き覚えがあった。

 

 研究室で新しい魔法を思いついた時の声だった。

 

「古いし、雑だし、無駄も多い。でも発想はすごい。人間が争うなら、争わないように上から止めればいい。個人の善意や我慢に任せるより、ずっと確実で、安全で、優しい方法だ」

 

 優しい。

 

 エインは、本気でそう言っていた。

 

「……存在しない、と言っている」

 

「だから協力させてください。俺には技術があります。あなたが持っている発想を、もっと上手く実現できる」

 

 周囲がざわつき始めた。

 

 対抗戦の余韻が収まり、王族観覧区画の異変に気づいた生徒たちが、少しずつ視線を向ける。教師たちも動きを止め、帝国、聖教国、共和国の関係者たちも顔を上げた。

 

 国王は、近衛兵へ視線を向けた。

 

「この者を下がらせろ」

 

 近衛兵が動くより早く、エインは言った。

 

「もう取り繕う必要はありません! 【啓導の光輪】の支配術式は、既に王国の外へ、全人類へ届くところまで広がっています!」

 

 沈黙が落ちた。

 

 国王も、宰相も、近衛兵も、すぐには動かなかった。

 

「……どういうことだ」

 

 国王の声から、威圧が少しだけ消えていた。

 

 否定ではない。

 

 問い返しだった。

 

 エインは頷いた。

 

「【啓導の光輪】は大きな術式です。でも、全人類を掌握するには規模が小さすぎる。だから、対抗戦を使うつもりだったんでしょう」

 

「……」

 

「帝国、聖教国、共和国。国外の代表や関係者を招いて、国際交流とか儀式とか、そういう名目で【啓導の光輪】に触れさせる。そうすれば、王国の外へも少しずつ支配術式を広げられる」

 

 エインの声だけが、妙にはっきり響いていた。

 

「でも、それでは遅すぎる。代表になったり、式典に参加できる一部の人間にしか届かない。それじゃ、争いのない社会を作るには不十分だ」

 

 フレッドは、エインの口調を聞きながら、嫌な予感が形になっていくのを感じていた。

 

 その口調は、ただの推測を語るものではなかった。

 

 エインは、もう何かをしている。

 

「だから俺が改良しました」

 

 エインは言った。

 

「簡単に言うと、支配術式を感染するようにした」

 

 感染。

 

 その言葉だけで、フレッドの喉が詰まった。

 

 白いネズミ。静まり返った学校。自分の意思を失った生徒たち。

 

 あの時の光景が、頭の奥で一気に蘇る。

 

「エイン君」

 

 声が、思ったより低く出た。

 

「君、何をしたの」

 

「だから、【啓導の光輪】の改善だよ。支配術式が、他人にも感染するようにしたの。再発動もしなきゃいけないから、【啓導の光輪】の規模を、学校全体を覆うくらいまで拡張して、魔力消費も抑えて、俺でも起動できるように調整した。メチャクチャ大変だったんだからな」

 

 フレッドは、ここ数日エインの姿が見えなかった理由を理解した。

 

 気まずくて避けていたのではない。

 仲直りの言葉を探していたのでもない。

 

 エインはその間ずっと、学校中に支配術式を仕込んでいた。

 

「作業は昨日の夜遅くまでかかったけど、ちゃんと終わった。昨日のうちに、改良版【啓導の光輪】は起動済みだ」

 

「起動……済み……?」

 

「そう。学校にいた全員には、もう【啓導の光輪】による支配が行われている。感染性も高めにしたから、計算上はもう全人類に広がってるはずだ」

 

 国王席の周囲が騒然となった。

 

 誰かが立ち上がる音がした。近衛兵が一歩前へ出る。教師たちも、ようやく異変に気づいたようにこちらを見た。

 

 それでも、フレッドには遠く聞こえた。

 

 全人類。

 支配術式。

 感染。

 起動済み。

 

 冗談では済まない。

 

 対抗戦どころではない。

 

 王立魔法学校だけではなく、王国、帝国、聖教国、共和国。ここにいる人間だけではなく、世界そのものに関わる話だった。

 

「エイン君」

 

 フレッドは、エインに詰め寄った。

 

「本当なのか」

 

「本当だよ」

 

「ふざけてないよね」

 

「ふざけてない」

 

 エインは真顔だった。

 

 悪びれた様子はない。

 

 エインが、確かに変わろうとしていたことは分かる。

 だが、その変化の先は、ここまで来てしまっていた。

 

 エインは国王へ向き直る。

 

「だから、もう隠さなくていいですよ。俺たちは同じ目的を持つ同士なんだから」

 

「黙れ!」

 

 国王の怒声が響いた。

 

「これ以上、一言でも──」

 

「意外とシャイなんですね」

 

「……何?」

 

「言い出しづらいんでしょう? 理想の社会を作る計画なんて、急に言っても頭おかしいのかと思われますからね」

 

「貴様……!」

 

「だったら、俺が後押ししてやりますよ」

 

 フレッドは、エインが何かをしようとしているのに気づいた。

 

「それにしてもあの時ホテルで仕込んどいてよかったよ本当」

 

 止める間もなかった。

 

『王様の耳はロバの耳! 王様の髪は偽の髪!』

 

 その瞬間、国王の髪が、淡く光った。

 

「国王よ、己が隠していた秘密を語るがいい!」

 


 

 光は一瞬だった。けれど、それを見た者の目には確かに残っていた。

 

 エインの言葉。奇妙な呪文。国王の過剰な反応。そして今の、説明のつかない光。会場に広がっていたざわめきは、少しずつ方向を持ち始め、やがてすべての視線が王族観覧区画へ集まっていく。

 

 その中で、代表席の方から足音がした。

 

 歩み出たのは、第一王子・ベイルだった。

 

「父上」

 

 低く呼びかける声に、王族観覧区画の近衛兵が動きかける。だが、ベイルは視線だけでそれを制し、父王の前まで歩み出た。

 

 低く呼びかける声に、近衛兵が動きかける。だが、ベイルは視線だけでそれを制し、父王の前まで歩み出た。

 

「今の話は、本当なのですか」

 

「ベイル。今は下がっていろ」

 

「答えてください」

 

 ベイルは退かなかった。

 

「【啓導の光輪】に支配術式が組み込まれているという話。対抗戦を利用して、国外へ術式を広げようとしていたという話。すべて、事実なのですか」

 

「くだらん妄言だ」

 

 国王は即座に言い切った。

 

 しかし、その口元が不自然に震えた。

 唇を結ぼうとしているのに、声だけが勝手に続いていく。

 

「……とでも言うと思ったか?」

 

「父上!?」

 

 ベイルの声が鋭く響いた。

 

 国王は目を見開き、自分の口を押さえようとした。だが、言葉は止まらない。

 

「全てはステイン。いや、もう正体はわかっている。エインの言う通りだ。やっと能天気なお前達でも飲み込めたようだな」

 

 会場が静まり返った。

 

 宰相の顔色が変わり、近衛兵たちが一斉に国王を見上げる。国王自身もまた、自分の口から出た言葉に驚いたように目を見開いていた。

 

 だが、止まらない。

 

「こんな対抗戦には何の未練もない。周辺国の学生が集まることが分かっていたからこそ、この対抗戦を利用したのだ」

 

「陛下!」

 

 宰相が叫ぶ。

 

 それでも国王の口は動き続けた。

 

「我の狙いは、全世界をエルディスの名の元に支配することなのだからな」

 

 帝国の代表団がどよめいた。

 

 聖教国・共和国の関係者たちも互いの顔を見合わせる。王国側の人間でさえ、誰一人として国王を擁護する言葉を出せなかった。

 

 国王は自分の口を押さえようとする。だが、声は指の隙間から響いた。

 

「建国当時から代々引き継がれてきた秘匿式を維持し、利用することで着々と支配を進めることが、我の、エルディス王家の秘密の計画なのだよ」

 

 ベイルの表情が強張る。

 

 それでも国王は、抵抗するように肩を震わせながら、隠していた言葉を吐き出し続けた。

 

「支配を外国に広めるためでも、外国に魔法陣を設置するわけにはいかんからな。確実に支配するためにこんな対抗戦まで開催させて、この国まで呼び寄せたのだ」

 

 会場の空気が、一段重くなる。

 

 対抗戦を見に来たはずの者たちの顔から、観客の色が消えていった。

 

「【啓導の光輪】 が魔法を学ぶ者としての誓いなどと、その気になっていたお前達の姿はお笑いだったぜ」

 

 国王の口元が吊り上がる。

 

「ステインの言う通り既に全人類に術式がかけられているとすれば──」

 

 国王は両腕を広げた。

「──我の敵はもはや一人もおらん! 北の帝国はもちろん、東の聖教国も、西の共和国も訳なく支配でき、我とエルディス王国の名は、永遠に不滅になるというわけだ!!」

 

 高笑いが響いた。

 

 誰も笑わなかった。

 王族観覧区画で、国王だけが笑っている。

 

 その前で、エインが首を傾げた。

 

「え、国王も俺と同じで、世界から争いをなくそうとしてたんじゃないのか?」

 

 国王の笑みが止まる。

 髪の光は、まだ消えない。

 

「エインよ」

 

「はい」

 

「お前には感謝している」

 

「感謝?」

 

「最初は、王家の秘密を暴く厄介者だと思っていた。だが、結果として、お前は我ら王家の計画を一気に進めてくれた」

 

 国王の口元が歪んだ。

 

「こうなるのなら、わざわざセレスなどという娼婦を娶ることも、セレナという汚れた落胤を産ませる必要もなかったものを」

 

 観客席の一角で、第四王女・セレナが息を呑んだ。

 彼女は、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……どういうことですか」

 

 その声は小さかった。

 けれど、震えてはいなかった。

 

「母様と、私の名前が、どうして出てくるのですか」

 

 だが、国王の口はなおも止まらない。

 

「教えてやろう。【啓導の光輪】 の支配術式には、もう一つの機能がある」

 

 国王は、セレナへ視線を向けた。

 

「それは、支配を子孫に引き継ぐ呪いの機能だ」

 

 セレナの指が、胸元のブローチに触れる。

 その仕草を見た国王は、満足げに目を細めた。

 

「王家が国外への支配を確実なものとするために、この継承機能は設計された。だが、血筋に紐づいた術式は、同じ血筋の血でなければ維持できん。術式の補強には、王家の血が要る」

 

「……王家の、血」

 

「セレナ。お前は既に気づいているようだが、お前と、その母セレス・フォンメリアは、過去に分かたれた王家の血を引いている」

 

 セレナの手が、ブローチを握る。

 

「そのブローチが証明だ。古い王家の紋が、そこには隠されている。だからこそ、我はフォンメリアを見つけた。そして、娶った」

 

「愛情ではない。王妃として迎えるためでもない。【啓導の光輪】 の術式を維持する血を得るためだ。そして、お前を産ませた」

 

 セレナの顔から、血の気が引いていく。

 それでも彼女は倒れなかった。ただ、胸元のブローチを握りしめたまま、国王から目を逸らさない。

 

「そしていい知らせだ、セレナ」

 

 国王は、残酷なほど軽い声で言った。

 

「セレスは馬車の事故で死んだことになっている。だが、実際には死んでおらん」

 

 セレナの目が見開かれる。

 

「お母様が……生きて……?」

 

「そうだ。王城の地下でな」

 

 国王は笑った。

 

「術式維持のための血液タンクとして、今も役に立っている。お前も、そのために育ててきたのだ」

 

 セレナの指から力が抜けた。

 ブローチを握っていた手が、ゆっくりと落ちる。唇がわずかに動いたが、声にはならない。

 

「いや、結局はエインのおかげでその必要もなくなったのだったな。たった一つの使い道もなくなるとは、なんと無能で、哀れな母娘よ」

 

 彼女はその場に立っていた。

 立っているだけだった。

 

「……お母様は、今も、お城に」

 

 ベイルが、震える声で言う。

 

「父上……あなたは……」

 

 その先は、言葉にならなかった。

 

 エインは、国王の話を聞き終えて、一歩後ろへ引いた。

 

「な、なんて倫理観のないやつなんだ……」

 

 国王の目が、エインへ向いた。

 口を閉じようとしていた。だが、閉じられなかった。

 

「倫理観とは、なんとも耳に痛い言葉よな」

 

 国王は、自嘲するように笑った。

 

「ならば最後に、我が隠していた最大の秘密を語ろう」

 

「我は、カツラである」

 

 沈黙が落ちた。

 

 国王だけが、誇らしげに胸を張る。

 

「最初は、誰にでもあることだと思っていた。枕に残る数本の髪。湯浴みの後、排水口に絡まる細い毛。朝の整髪で、櫛に引っかかる頼りない一本。我はそれらを、季節の変わり目だと信じた」

 

 国王は、遠い目をした。

 

「だが、季節は巡っても、髪は戻らなかった。春が来ても芽吹かず、夏の日差しは頭皮を焼き、秋風は残る兵をさらい、冬には王冠の冷たさが直に染みた」

 

 誰も、何も言えなかった。

 

「王国の国境線は守れた。反乱も鎮めた。政敵も退けた。だが、額の戦線だけは守れなかったのだ」

 

 国王は拳を握った。

 

「ある朝、王冠を外した時、我は悟った。そこには、王冠の形に沿って失われた領土があった。もはや、地図を書き換えるしかなかった」

 

 宰相が顔を覆った。

 

「そこでカルヴァン・ルミナスに命じた。王権の威信を守る、究極の防衛魔道具を作れとな」

 

 国王は、自らの髪を指した。

 

「それが、ルミナス家が技術の髄を集めて作成したカツラ、『黄金の護り』だ。見てみろ!これは実に素晴らしい!」

 

 国王の手が、王冠の下へ伸びる。

 宰相が止めようとした。だが、間に合わない。

 

 国王は自らの髪をつかみ、そのまま上へ持ち上げた。

 

 王冠ごと、国王の髪が外れた。

 

 あまりにも自然に外れた。

 

 その下から現れた頭部は、眩しいほど滑らかだった。

 

 誰も声を出さない。

 

 それと同時に、カツラに宿っていた光が、ふっと消える。

 国王の動きが止まった。

 

 しばらく、国王は動かなかった。

 次の瞬間、彼は我に返ったように周囲を見渡した。

 

「……何を」

 

 手には、外れたカツラ。

 正面には、愕然としたベイル。

 観客席には、言葉を失ったセレナ。

 帝国、聖教国、共和国、王国の関係者たちが、国王を凝視している。

 

 国王は、自分が何を喋ったのかを理解した。どこまで暴露されたのかを悟った。

 

 その表情が、みるみるうちに歪んでいく。

 

 国王は、外れたカツラを握りしめる。

 その目が、ゆっくりと会場を見渡した。

 恥辱でも、狼狽でもない。何かが、国王の中で決まった顔だった。

 

「だが、よい。ならば計画を始めさせてもらう」

 

「父上、何を──」

 

「本来ならば、周辺国の要人を段階的に掌握し、慎重に支配を広げる予定だった。だが、エインよ。お前が術式を広げ、全てを繋いだ。ならば、もはや待つ理由はない」

 

 国王は、会場を見下ろした。

 そして、命じる。

 

『人類よ、我に従え』




というわけでラスボスが登場したので最終章開始です。
もう少しだけこの物語にお付き合いください。
次回もお楽しみに。
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