引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

42 / 46
昨日の続きです。


おかあさんといっしょ

「……私の身代わりが、来た」

 

 セレナは膝をついたまま、母の顔を見上げていた。石床の冷たさはとっくに服越しに染みていたが、立ち上がることさえ思いつかなかった。

 

 ようやく会えたのだ。

 

 死んだと聞かされていた母が、生きていた。

 

 それなのに、目の前のセレスは娘との再会を喜んではいない。長い監禁生活で肉の削げた頬をわずかに緩め、張りつめていたものがようやくほどけたように、細く息を吐いている。

 

「お母様。今のは、どういう……」

 

「……言われてたの」

 

 セレスが、声を絞り出した。

 

「誰に、ですか」

 

「陛下に」

 

 その呼び方だけで、セレナの背筋に冷たいものが走った。

 

 セレスは壁にもたれたまま、視線を定めずに続けた。

 

「王家の血を引いた子を産めば……その子が育てば、私はもういらないって」

 

 一度、喉につかえたように息を継ぐ。

 

「代わりが出来れば、ここから出してやるって……」

 

「……それが、私……?」

 

「そうよ」

 

 答えは早すぎるほど早かった。迷いも、間もなかった。

 

「だから、やっと」

 

 セレスの口元が、ほんの少し持ち上がる。

 

「やっと、自由になれる」

 

 セレナは何も言えなかった。

 

 目の前にいる母は、自分の無事を喜んでいるのではない。娘が来たことで、自分が解放される――母が喜んでいるのは、その一点だけだった。

 

「お母様……」

 

 思わずそう呼ぶと、セレスの顔から表情が消えた。

 

「……やめて」

 

「え……」

 

「その呼び方、やめて」

 

 拒絶の強さに、セレナは言葉を止めた。

 

 セレスは今度こそまっすぐこちらを見ていた。

 

 いや――見ているのは、顔ではなかった。焦点のあやふやな瞳が、青い瞳の色だけを捉えている。

 

「その目……」

 

 セレスの顔が嫌悪に歪む。

 

「気持ち悪い。あの人と、同じ……憎たらしいくらい、そっくり」

 

 誰を見ているのか、聞くまでもなかった。セレスの奥に映っているのは、娘ではなく国王の面影だった。

 

「その目で私を見ないで。ずっと見られてるみたいで……おぞましい」

 

 セレスは耐えかねたように顔を背け、自分の肩を痩せた腕で抱いた。

 

 セレナも視線を落とした。自分ではどうすることもできないことを責められているのに、口から出たのは反論ではなかった。

 

「……すみません」

 

 謝ってから、何に謝ったのか自分でも分からなくなった。生まれたときから持っていた目だった。今まで疎ましく思ったことなど、一度もなかったのに。

 

 母はもうこちらを見ようともしなかった。自由になれる、これで終わる、と同じ言葉を繰り返している。その声を聞いているうちに、このまま黙っていれば本当に母娘ではなかったことにされてしまうような気がした。

 

「お母様。……私には、少しだけ覚えていることがあるんです」

 

「知らない」

 

「小さい頃のことです。はっきりとはしていませんけど……抱いていただいたことや、歌を――」

 

「知らないって言ってるでしょう!」

 

 声を荒らげた直後、セレスは苦しそうに咳き込んだ。肩が大きく上下する。セレナは思わず近づこうとして、足を止めた。今の母に、触れていいのか分からなかった。

 

「……私に娘なんていない」

 

 荒い息の合間から、セレスが吐き出す。

 

「あんたは私の娘じゃない。私の代わり。それだけよ」

 

 セレナは胸元へ手をやった。

 

 服の下に隠していた、小さな硬い感触。

 

 これなら、母も覚えているかもしれない。

 

 そう思ってしまった。

 

 首元から細い鎖を引き出し、掌へブローチを載せる。古びてはいるが、何度も手入れしながら大切に持ち続けてきたものだった。

 

「では……これは、覚えていませんか? お母様が私にくださったものです」

 

 セレスの目が見開かれた。

 

 それまでどこか曖昧だった視線が、初めて一つのものへ吸い寄せられる。

 

「……それ」

 

 か細かった声が、一変した。

 

「なんで、あんたが、それを」

 

「お母様が、私にくださったものです」

 

「違う」

 

 セレスの手が伸びてきた。勢いはない。痩せた腕は震え、指先さえ満足に動いていないのに、その手はまっすぐブローチへ向かってくる。

 

「それは私のよ。母様からもらったの。ずっと大事にしてたのに……なくなって……」

 

「でも、これは確かに、お母様が私にくださったものです」

 

「渡してない!」

 

 セレスは首を振った。何度も、何度も。

 

「代々、受け継いできたものなの。私の、母から……私が、娘に渡すはずが」

 

 セレナの記憶と、母の記憶が噛み合わない。

 

 嘘をついているのなら、まだ分かる。けれど、セレスは本気でそう信じているように見えた。

 

「返して」

 

 伸びてきた指が、ブローチごとセレナの胸元を掴んだ。

 

「返しなさい。それは、お前が持っていいものじゃない」

 

「お母様、やめてください……」

 

「返してよ。それ、私のだから……」

 

 腕にはもう大した力など残っていない。痩せた指先も、力なく揺れている。それなのに、ブローチを握り込んだ手だけは離れず、セレナが身体を引けば、セレスまで石床を擦るようについてくる。

 

「どうして……どうしてあんたが……返して……」

 

 怒っているというより、怯えているようだった。

 

 一度失ったものを、また誰かに奪われることだけは耐えられない。そんな焦りが、見開かれた目にも、ブローチへ食い込む指にも滲んでいる。

 

「返して……!」

 

「痛っ……」

 

「はいはい、そこまで」

 

 二人の間に、場違いなほど穏やかな声が割って入った。

 

 入口に、一人の中年男性が立っている。四十をいくらか過ぎたくらいだろうか。手提げ鞄を持っている以外に目立ったところもない、ごく普通の男だった。

 

「すみませんね。ちょっと眠っててもらいますよ」

 

「何を――」

 

 セレスが振り向くより早く、男は液体を染み込ませた布を鼻先へ当てた。

 

 ブローチを握っていた指から、ゆっくりと力が抜けていく。やがて崩れかけた身体を男が支え、そのまま床へそっと横たえた。

 

「お母様!」

 

「大丈夫。眠ってもらっただけですよ」

 

 そう言ってから、男はセレナへ目を向けた。

 

「怪我は? 随分強く掴まれてたでしょう」

 

「あ……大丈夫、です」

 

「それならよかった」

 

 本気で安堵したらしく、柔らかく笑う。

 

 こんな場所には、ひどく似つかわしくない笑顔だった。

 

「あの……あなたは?」

 

「僕?」

 

 男は少し意外そうに自分を指差した。

 

「おじさんは、ただのお医者さんだよ」

 

「……お医者様?」

 

「様をつけるほどのものじゃないですけどね」

 

 男はセレスの傍らへしゃがみ込み、鞄を開いた。布を広げ、瓶を置き、小さな刃物と薬を取り出していく。どこへ何を置くかまで決まっているような、慣れきった手つきだった。

 

「じゃあ、今日の分を済ませちゃいますね。すぐ終わりますから」

 

「今日の分……?」

 

 眠るセレスの腕を取り、手首を押さえる。そのまま皮膚を浅く切ると、滲んだ血が細く瓶へ流れ始めた。

 

「……何をしているんですか?」

 

「採血ですよ」

 

 あまりに平然と答えられ、セレナは男の横顔を見つめた。

 

「いつもこのくらいです。取りすぎないようにはしてますから」

 

「いつも……?」

 

「ええ。毎日です」

 

 必要な量が溜まると傷を手当てし、今度は別の薬を取り出して、眠るセレスの口へ少しずつ流し込んでいく。

 

「これは……?」

 

「造血を助ける薬ですよ。毎日血を取ってますからね。何もしないと身体がもちませんし」

 

 血を抜き、傷を塞ぎ、また血を作らせる。

 

 その作業を何度繰り返してきたのか、男の手からは窺い知れなかった。

 

「はい。これで今日の仕事は終わ――」

 

 男の動きが止まった。

 

「あ」

 

 何かを思い出したようにセレナを見る。

 

 それから鞄の中を探り、空の瓶をもう一本取り出した。

 

「そうか。今日から二人分なんだった」

 

「……二人分?」

 

「あの、申し訳ないんですけど」

 

 男はひどく言いづらそうに空瓶を掲げた。

 

「あなたも少し、血を分けてもらえます?」

 

 セレナは反射的に後ずさった。壁に背中がぶつかる。

 

「ああ、ごめん、ごめん。そりゃ怖いですよね」

 

 男はすぐに両手を上げる。

 

「説明もなしに、いきなり血をくれじゃ駄目だよなぁ。僕、こういうの昔から下手でして」

 

 困ったように頭を掻き、ふと思い出したように苦笑した。

 

「この前も洗濯当番の日に、娘へ『使用済みの下着を貸して』って言ったら、ものすごい顔をされましてね」

 

「……」

 

「『パパの変態』って」

 

 セレナは、どう返せばいいのか分からなかった。

 

 男は沈黙をどう受け取ったのか、慌てて首を振る。

 

「いや、違いますよ? 本当に洗濯ですからね。洗うから出してくれって意味です」

 

「……それは、最初に洗濯のお話をされた方がよかったのでは」

 

「やっぱり、そうですよねえ」

 

 心底納得したように頷き、それから小さく肩を落とした。

 

「妻からも、言葉が足りないってよく言われるんです」

 

 だが、その手にはまだ採血用の瓶が握られていた。

 

 娘の下着を洗おうとして失敗した父親と、監禁された人間から毎日血を抜く男が、どうしてもセレナの中で一つに重ならなかった。

 

「……ご自分が、何をしているのか分かっていますか?」

 

「え?」

 

 男が目を瞬く。

 

「お母様から毎日血を取っているんですよね。その血が、何に使われているのかは……ご存知なんですか?」

 

「ああ、そっちの話ですか」

 

 男は少し考え込み、やがて足元を指した。

 

「もっと下にある魔法陣へ運んでます。国を維持するために必要不可欠な魔法だ、と聞かされてますけど……詳しいことまでは、僕も知らないんですよ」

 

 国を維持するために必要な魔法。

 

 その言葉に、セレナは対抗戦で見た光景を思い出した。

 

「もしかして……【啓導の光輪】のことではありませんか?」

 

「……?」

 

「人の意思を支配する魔法です。父は、それを使って王国だけではなく、他国の人々まで支配しようとしています。そのために、お母様の血を使っているのだとしたら……」

 

 男の眉が上がった。

 

 しばらく考えたあと、何かが繋がったらしい。

 

「ああ。じゃあ、あの放送で言ってたこと、本当だったんだ」

 

「放送?」

 

「知らないんですか?」

 

 セレナが首を振ると、男は少し驚いたようだった。

 

「昨日の昼頃ですよ。王都にいる人間が一斉に、同じものを見たんです。映像っていうのかな。目を閉じても見えるし、耳を塞いでも聞こえるし……突然だったから、街中大騒ぎで」

 

 昨日。

 

 自分がこの地下へ連れて来られてからも、地上では時間が進み続けていた。

 

「何が、見えていたんですか?」

 

「鉱山ですよ。正確には、鉱山が消し飛ぶところです。跡形もなく」

 

「鉱山が……」

 

「そのあと、国王陛下が人を支配しているとか、帝国がどうとか王国がどうとか、いろいろ話してましたね。王国側は、放送とやらの内容は全部でたらめだって否定してますけど」

 

「では、王都の方たちは……」

 

「信じてない人の方が多いんじゃないですかね。何しろ、王都中の人間が同時に同じものを見せられたわけですから」

 

 男は瓶を片付けながら、ごく自然に続けた。

 

「しかも、それをやったエインとフレッドって子達が、王都へ戻ってくるらしくて」

 

「……エインさん達が?」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 男が手を止めて振り返る。

 

「知り合いですか?」

 

「はい」

 

「そうなんですか。じゃあ、あまりいい話じゃないなぁ」

 

 男は困ったように頬を搔いた。

 

「今の王都じゃ、その二人は随分怖がられてますよ。鉱山一つを跡形もなく消せるなら、次は王都そのものを消されるんじゃないかって」

 

「あの人達は、そんなことをしません」

 

 考えるより早く、言葉が出た。

 

 男が目を丸くしたので、セレナは少しだけ声を落とす。

 

「……すみません」

 

「いやいや、謝らなくても。僕も本当に王都を吹き飛ばすとは思ってませんよ」

 

 男は気にした様子もなく手を振る。

 

「できることと、実際にやることは別でしょう」

 

「……はい」

 

 エイン達がなぜ鉱山を消したのかも、なぜ今こちらへ戻ってきているのかも、セレナには分からない。

 

 ただ、自分がこの地下で母との失われた時間に縋っている間にも、地上では国王の計画が暴かれ、鉱山が消え、エイン達は王都へ向かっている。

 

 ほんの一日ほどのはずなのに、外の世界だけが遠く先へ進んでしまったように感じた。

 

「では、そろそろ」

 

 男の声で顔を上げる。

 

 いつの間にか、その手には新しい瓶が握られていた。

 

「腕、出してもらえます?」

 

「……今のお話を聞いても、まだするんですか?」

 

「はい」

 

「私たちの血が、人を支配する魔法に使われているかもしれないんですよ?」

 

「そうみたいですね」

 

「それなら――」

 

「でも、仕事なので」

 

 あまりにも迷いのない返事だった。

 

 セレナは一瞬、言葉を失う。

 

「仕事なら、何をしてもいいんですか」

 

「よくは、ないでしょうね」

 

 そこで初めて、男の顔から笑みが消えた。

 

「僕も、やりたくてやってるわけじゃないんです。できれば、こんな仕事は辞めたい」

 

「でしたら、なぜ……」

 

「辞められないからです」

 

 男は自分の右手を見た。

 

「この仕事、父から引き継いだんです。詳しい中身を知ったのは、引き継いでからでした。嫌でしたよ。だから、断ろうとしました」

 

 淡々とした声だった。

 

「次の日も、ここに来ました」

 

「……」

 

「辞めようと思いました」

 

 男は苦笑した。

 

「やっぱり、ここに来ました」

 

 手に持った瓶を、軽く振ってみせる。

 

「毎日ここへ来い。中にいる人間から血を取れ。地下の魔法陣へ運べ。……身体が、勝手に動くんです」

 

 セレナの口から、続く言葉は出なかった。

 

「頭の中じゃ、嫌だって思ってるんですよ。今日は行かないって決めた日もありました。でも時間になると、着替えて、道具を持って、ここへ来てる」

 

 セレナは、眠っている母へ目を向けた。

 

 母もこの場所にいたいわけではない。

 

 目の前の男も、自分の意思でここへ来ているわけではなかった。

 

「あなたも、父に支配をされて……」

 

「多分、そうなんでしょうね」

 

 本人はどこか他人事のようだった。

 

 長い間そうして生きてきたせいなのかもしれない。

 

「あなたにも、もう何か入ってるんじゃないですか?」

 

「私にも?」

 

「ここ、ろくに見張りがいないでしょう」

 

 言われて初めて気づいた。王族を閉じ込めている場所とは思えないほど、人の気配が少ない。出入口も、開いたままだった。

 

「必要ないんですよ。逃げられないから」

 

 セレナは入口を見つめた。

 

 ほんの数歩先にある。

 

 男は自分を押さえるどころか、すでに道具を片付け始めていた。

 

「……確かめても、いいですか?」

 

「僕は止めませんよ。止めろとは命令されてないですから」

 

 セレナは立ち上がり、入口へ向かった。

 

 一歩目は何事もなく踏み出せた。二歩目も同じで、身体のどこにも違和感はない。

 

 あと一歩で、部屋の外へ出られる。

 

 もしかすると、自分にはまだ何も――。

 

「逃げるな!」

 

 背後から声が飛んだ。

 

 その瞬間、足が止まった。

 

「……え?」

 

 前へ出ようとしているのに、踏み出しかけた片足が床から離れない。

 

 今の言葉に止められたのか。

 

 それとも――。

 

「行くな……逃げないで」

 

「お願いだから」

 

 振り返ると、いつの間に目を覚ましたのか、セレスが床を這ってこちらへ来ていた。

 

 細い腕を伸ばし、セレナの足へしがみつく。

 

「行くな……!」

 

「お母様、私は――」

 

「逃げないで!」

 

 先ほどまでセレナを拒み続けていた声が、今は怯えたように震えている。

 

「お願い……行かないで。お前がいなくなったら、私は……」

 

 言葉がそこで詰まり、セレスが顔を上げた。先ほどまでの嫌悪も怒りも消えてはいない。それでも今は――。

 

「私を、ここに残さないで……」

 

「お母様……」

 

「違う!」

 

 縋りついた腕はそのままに、激しく首を振る。

 

「あんたは娘じゃない……私の代わりなの。私をここから出してくれるんでしょう……? だから、行かないで……」

 

「……」

 

「だから、一緒にいて」

 

 一緒にいて、と母に言われた。

 

 そんな言葉を、昔ならどれほど欲しかっただろう。

 

 けれど、足に巻きついた腕が求めているのは娘ではない。自分の代わりにここへ残り、母を自由にするための人間だった。

 

「ああ、まいったなぁ」

 

 男が頭を掻いた。

 

「もう起きちゃったか。薬、一回分しか持ってきてないんですよね。耐性ついちゃったかな」

 

 こんな状況でも、困っているのはそこらしい。

 

 セレナは足へもう一度力を込めてみた。

 

 動かない。

 

 セレスの腕を振りほどく以前に、自分の身体そのものが、部屋の外へ出ることを拒んでいる。

 

 先ほどの男の言葉が、遅れて意味を持った。

 

 ここに見張りがいない理由。

 

 逃げられないから。

 

 それを理解した瞬間、不思議と恐怖は湧かなかった。ただ、曖昧だったものが一つ、確かな事実へ変わっただけだった。

 

 そのとき、入口の向こうから足音が聞こえた。

 

 一定の間隔で近づいてくる、聞き慣れた足音。

 

 セレナは顔を上げた。

 

 暗がりの向こうから現れた姿を見た瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気にほどける。

 

「イレーネ!」

 

 見間違えるはずがない。

 

 幼い頃から、いつもそばにいた。どれほど困ったときでも自分を守り、何かあれば一番に頼ってきた人だった。

 

「イレーネ……助けてください」

 

 自分でも分かるほど、声に安堵が滲んでいた。

 

「お母様も……ここから出してください。お願いします」

 

 イレーネはセレナを見た。

 

 いつもの顔だった。冷静で、ほとんど感情を表へ出さない。けれど長く一緒にいたセレナには、その僅かな違いまで分かる。

 

 返事がない。

 

「イレーネ?」

 

「……それは出来ません」

 

 セレナの表情が固まる。

 

「私は国王陛下より、セレナ殿下の監視を命じられています。あなたがこの場所から離れないよう監視する。それが、私に与えられた役目です」

 

「何を……言っているんですか?」

 

「申し訳ありません」

 

「イレーネ」

 

「私は、あなたを助けられません」

 

 声音は平坦で、表情にも揺らぎはなかった。

 

 いつものイレーネも、もともと感情を表に出す方ではない。それでもセレナには分かっていた。困ったときにほんの少し眉を寄せることも、二人きりなら声が僅かに柔らかくなることも。

 

 今は、そのどれもない。

 

 呼びかけても、縋っても、目の前のイレーネには何も届かない。

 

 助けたいのに助けられないのではない。

 

 今のイレーネには、セレナを助けようとする意思そのものがなかった。

 


 

【ワザップ】王国で指名手配されたときに手配度を下げる裏技!

 

1:元引きこもり転生者

まず、全人類を感染魔法で支配して、自分たちに逆らわないように命令を先にします!

すると王都にいる人間が敵対しなくなるので、簡単に王城へカチコミできます!

あとは王権を奪取して新しい王様になって、公権力で自分の指名手配を解除すれば成功です!

 

2:名無しの転生者

いや、そのりくつはおかしい

 

3:名無しの転生者

それは裏技じゃなくてクーデターっていうんだよ。

 

4:名無しの転生者

大は小を兼ね過ぎ!

 

5:元引きこもり転生者

国王だって、支配の呪いでみんなを脅迫して世界征服しようとしてるんやぞ

それに比べたらワイのやることなんてかわいいイタズラやろ

 

6:名無しの転生者

言うほどイタズラの範疇に収まってるか?

 

7:名無しの転生者

Chu! 可愛くてごめん

 

8:名無しの転生者

そこはごめん程度じゃすまないよね

 

9:元引きこもり転生者

ありがとう、だね。ワイが新しい国王になれば指名手配も消える、ついでに元国王の計画も止まって世界も平和になる。皆ワイに感謝すべき。

 

10:名無しの転生者

世界平和がついでなの草

 

11:名無しの転生者

元国王とかもう勝った気でいるぞこいつ

 

12:元引きこもり転生者

いや実際もう勝ってるんだよなぁ

全人類に【精神支配】が感染してて、ワイらに敵対できないんやぞ

どうやったって負けようがない

 

13:名無しの転生者

お、そうだな

 

14:名無しの転生者

実際それだけ聞くと勝ち確ではある。

 

15:名無しの転生者

完璧な作戦ほど失敗する前フリってそれ一番言われてるから

 

16:名無しの転生者

負けフラグ乙

 

17:元引きこもり転生者

>>16

フラグで負けるなら苦労せんわw

作戦が完璧だったら失敗する理由もないやろw

 

18:名無しの転生者

おっ、そうだな

 

19:元引きこもり転生者

お、そろそろ王都の入口見えてきたで~、なんか人がいっぱいいる雰囲気

 

20:名無しの転生者

ん?

 

21:元引きこもり転生者

すげえ!

中入ったら兵士も住民も道の両側にずらっと並んどる!

これもう凱旋パレードやろ!

 

22:名無しの転生者

勝ったな、風呂入ってくる

 

23:元引きこもり転生者

命令もしてないのにこんだけ集まってくれるとか、王国民にもワイらが英雄だっておもってるってことだよな?ほんま誇らしいわ

 

24:名無しの転生者

鉱山爆破した時点で恐怖の大魔王だと思われてるんだよなぁ……

 

25:名無しの転生者

そもそも命令でもされないとイッチを見送りになんか来ないと思いますけど

 

 

    ◆

 

 帝国からエインを引き渡す――その名目で王国へ戻った一行は、すでに王都の城門を抜けていた。

 

 ここまでは予定どおりだった。

 

 フレッドの命令が行き渡った今、国王から先に別の命令を受けている者を除けば、王都の人間はこちらへ敵対できないはずだった。

 

 だが、城門をくぐったところから様子がおかしい。

 

 王城へ続く大通りの両側に、王国兵が並んでいた。

 

 数十人程度ではない。馬車が進んでも列は途切れず、一定の間隔を保ったまま、通りの先まで続いている。

 

 捕虜一人を帝国から引き取るための警備としては、明らかに多すぎた。

 

 しかも彼らは馬車を囲むでも、行く手を塞ぐでもなく、武器を手に左右へ分かれて道を空けている。

 

 その後ろには、一般の住民までいた。

 

 商店の軒先、路地の入口、住宅の窓。前掛け姿の商人、杖をついた老人、子供を連れた女――兵士の列に沿うように、王都で暮らす人々が延々と並んでいる。

 

 これだけの人間が集まっているというのに、通りは妙に静かだった。

 

 歓声も罵声もない。隣同士で話す声さえほとんど聞こえず、石畳を打つ蹄と車輪の軋む音ばかりが響いている。

 

 そして、誰もが馬車を見ていた。

 

 ヴォルフは城門を抜けてから、ずっと窓の外へ目を配っている。兵士の配置を追い、交差点へ差しかかれば横道の奥まで確かめていた。

 

 フレッドも、何度も左右の窓を見比べている。

 

 そんな二人をよそに、エインは窓際へ身を寄せた。

 

「すげぇなぁ。やっぱり歓迎されてるじゃん」

 

 沿道の人々へ、機嫌よく片手を振る。

 

 誰も手を振り返さなかった。

 

「……あれ?」

 

 エインの手が止まった。

 

 こちらを見てはいる。道端の男も、窓辺の女も、視線だけは確かに馬車を追っている。

 

 エインは少し首を傾げると、今度はさっきより大きく手を振った。

 

 やはり反応はない。

 

「……みんな緊張してるのかな」

 

「全員?」

 

 フレッドが窓の外を見たまま返した。

 

「人気者を目の前にしたらそういうこともあるだろ」

 

「ないと思うよ」

 

 エインはまだ腑に落ちない様子だったが、フレッドは笑えなかった。

 

 兵士。その後ろに並ぶ住民。二階の窓からこちらを見る家族。馬車が横を過ぎたあとも、首だけを巡らせて視線を追ってくる店主。

 

 城門をくぐった時から引っかかっていたものが、少しずつ形を持ち始めていた。

 

「……さっきから気になってたんだけど」

 

「ん?」

 

「これ、僕の命令じゃない」

 

 エインが振り返った。

 

「僕が入れたのは、『僕たちに敵対しない』って命令だけ。ここに集まれとも、道に並べとも、僕たちを見てろとも言ってない」

 

「だろうな」

 

 ヴォルフは驚かなかった。

 

「国王が先に何か命じてるんだろう」

 

 そういう人間が王都に混じっていること自体は、想定していた。

 

 だが、問題はその数だった。

 

「……待って」

 

 フレッドは改めて窓の外を見た。

 

 兵士だけではない。その後ろの商人も、老人も、住宅の窓にいる人間も、同じように馬車を見ている。

 

「これ、何人に命令してるんですか?」

 

 ヴォルフも反対側の窓へ目を向けた。

 

「……少なくとも、俺たちが想定してた数じゃねえな」

 

「ですよね……」

 

 王立魔法学校に設置された【啓導の光輪】による支配は、卒業生やその子孫まで含めれば相当な人数になる。

 

 それでも、多すぎた。

 

「お前らが逃げたあと、増やしたんだろうな」

 

「支配する人間を?」

 

「ああ」

 

 フレッドは窓の外へ目を戻した。

 

 店先に立つ男も、杖を握った老人も、その隣で母親に手を引かれている子供も、変わらずこちらを見ている。

 

「……この人たちまで?」

 

「そう考えた方が自然だろうな」

 

「いや、なんでそこまでやるんだよ」

 

 エインが口を挟んだ。

 

「こっちみたいに、感染魔法が使えるわけじゃないんだぜ? わざわざ手間ひまかけて一般住民まで支配して、何がしたいんだよ」

 

「だから分からねえ」

 

 ヴォルフは窓の外を見たまま答えた。

 

「兵士なら王として命令すりゃ動く。住民を集めるだけでも同じだ。なのに“命令”までしたってことは……」

 

 ヴォルフはそこで言葉を切った。

 

「……僕たちの作戦、知られてないですよね?」

 

「ああ。そのはずだ」

 

「じゃあ、何をしてくるかも分からないのに……?」

 

 言葉の続きは、誰も口にしなかった。

 

 何への備えになるかも分からないうちから、これだけの人間を支配していた。

 

 馬車が次の交差点を越えても、人の列は途切れない。エインは諦めずに手を振っているが、誰もが黙ってこちらを見つめているだけだった。

 

 やがてヴォルフが、沿道に並ぶ兵士たちへ目を細めた。

 

「……その割には、もう一つ妙だな」

 

「何が?」

 

「国王は、そもそもエインを殺したがってたはずだろ」

 

 フレッドが顔を上げる。

 

「鉱山を爆破した光景も向こうは見てる。今じゃ、こいつがどれだけ危険かも分かってるはずだ。だったら本来、王都まで来させる理由がねえ」

 

「王国に入ったところで兵を差し向けてもいい。城門で止めてもいい。王都に入ってからだって、これだけ人間を揃えてるならいくらでもやりようはある。なのに、今まで一度も仕掛けてこなかった」

 

 それでも、ここまで一度も仕掛けてこなかった。

 

「……じゃあ、止められないんじゃなくて」

 フレッドは前方へ視線を移した。

 

「止めてない……?」

「ああ」

 王城は、もうかなり近い。

 

「国王は、エイン君を生きたまま城まで来させたい?」

 

「ああ。少なくとも、今はそう見える」

 

「何のために?」

 

「そこまでは分からん。話がしたいのかもしれねえし、城の中まで連れていかないとできないことがあるのかもしれねえ」

 

「……それでも、このまま行くんですよね」

 

 フレッドが尋ねた。

 

「ああ。元から目的地は王城だ。向こうが通すっていうなら、今は通らせてもらう」

 

 ヴォルフは周囲の通りを一瞥する。

 

「それに、戦闘になったとしても、こんな開けた場所より城の中の方がまだマシだ。廊下や階段なら、一度に相手する人数を絞れる」

 

 そこまで言うと、話の矛先を変えた。

 

「エイン、【啓導の光輪】の本体は、王城で間違いないんだな?」

 

「ああ。学校にあった方から魔力の流れを追った時、こっちに繋がってた」

 

「場所までは?」

 

「城の中ってところまで。どの部屋かは知らん」

 

「探すしかねえか」

 

 ヴォルフが低く呟いた。

 

「……いや」

 

 エインが少し考えた。

 

「まず、国王本人と交渉してみりゃよくね?」

 

 ヴォルフが眉を上げる。

 

「交渉、だと?」

 

「だからこうして呼ばれてるんだろ? 話が通じりゃ一番早い」

 

「通じなかったら?」

 

「そんときは、国王を支配しちまえばいいだろ。そいつが元凶なんだからさ、本人に『今支配してる奴らを解放しろ』って命令すれば済む話だ」

 

「だが、ここまで仕込む奴だ。国王本人も自分自身を支配して、先に“命令”を入れてるはずだ」

 

「それこそ無問題だ」

 

 エインはすぐに答えた。

 

「隙を見て、俺が【双剋解呪】(ツインディスペル)で国王の支配を解く。で、同時にフレッドが【精神支配】(ブレインウォッシュ)を入れ直せば済む話だ」

 

「……理屈は通るな」

 

「うん」

 

 フレッドも頷いた。

 

 その直後、馬車がゆっくりと速度を落とし始めた。

 

 窓の外から商店や住宅が消え、代わりに巨大な石壁が視界を埋めていく。

 

 王城に着いた。

 

    ◆

 

 城門の内側では、数人の兵士が待っていた。

 

「国王陛下がお待ちです。こちらへ」

 

 馬車を降りた三人へ、先頭の兵士がそれだけ告げて歩き出す。

 

 ヴォルフも馬車を降りる。背には、帝国からここまで携えてきた大剣があった。王城へ入るというのに取り上げられる様子もなく、案内役の兵士も一瞥しただけで先へ進む。

 

 三人は案内役のあとに続き、王城へ入った。

 

 大通りでは、大勢の人間がいるのに声がしなかった。

 

 城の中では、人そのものが少ない。

 

 磨かれた石床に、四人分の足音がよく響く。

 

 壁際には警備兵が立ち、時折、使用人ともすれ違った。それでも誰一人として三人を呼び止めず、案内役が近づけば衛兵は黙って道を空ける。閉ざされていた扉も、何の確認もないまま一行の前で開かれていった。

 

 広間を抜け、階段を上り、さらに奥の廊下へ入っても、それは変わらない。

 

 案内役は迷いなく先へ進み、次の扉、その次の曲がり角へと三人を連れていく。

 

 こちらが敵の城へ踏み込んでいるというより、向こうが通したい場所へ誘導されているようだった。

 

 ヴォルフは案内役との距離を保ちながら、曲がり角の先や衛兵の位置を確かめている。

 

 フレッドも周囲へ目を配り、ほとんど口を開かなくなった。

 

 エインも、もう軽口を叩かなかった。

 

 やがて廊下の先に、それまでとは明らかに造りの違う大扉が見えてきた。

 

 両脇に控える衛兵の数も増えている。

 

 謁見の間が近い。

 

「フレッド」

 

 エインが声を落とした。

 

「何?」

 

「ここから先、俺はなるべく魔力を温存したい。国王に【双剋解呪】を使うとなると、かなり持ってかれるからな」

 

「うん」

 

「だから、【隠形看破】(ピカー)はフレッドに頼む。謁見の間に入ってからも切らさないで」

 

「分かった」

 

 フレッドはすぐに魔法を発動した。

 

「【隠形看破】」

 

 もとはエインがカツラを暴くために作り、フレッドにも教えた魔法だ。

 

 今ではフレッドが、相手の攻撃意思やそこから伸びる射線を捉え、不意打ちを察知するためにも使っている。

 

 一度周囲を確かめるフレッドをよそに、エインは何も確認せず、そのまま前へ進んだ。

 

 三人が大扉の前まで来ると、案内役が足を止めた。

 

「この先に、国王陛下がお待ちです」

 

 左右に控えていた衛兵が、それぞれ扉へ手をかけた。

 

 重い金具の擦れる音が、静かな廊下へ響く。

 

 二枚の大扉が、ゆっくりと開き始めた。

 

    ◆

 

 高い天井の下、左右に太い石柱が並び、その先に玉座が据えられていた。

 

 国王はそこに腰を下ろし、近づいてくる三人をじっと見ている。壁際には近衛兵が控えていたが、誰一人として動こうとはしない。

 

 三人が玉座の手前まで進むと、ヴォルフが一歩前へ出た。

 

「帝国将軍、ヴォルフ・アイゼンフェルトだ。このたび、王国より引き渡しを要請されていたエインを――」

 

「そういうのはいい」

 

 国王が片手を上げ、途中で遮った。

 

「どうせ従う気はないんだろう。さっさと要件を言え」

 

 ヴォルフは一瞬だけ国王を見据え、それ以上は続けなかった。

 

 代わって、フレッドが前へ出る。

 

「……あなたの計画は間違っています」

 

「ほう」

 

「人を無理やり支配して、国も、他国も、自分の思い通りにしようとするなんて許されない。だから、計画を止めてください。今支配している人たちを解放してください」

 

 国王は玉座に肘をつき、興味なさげにフレッドを見下ろした。

 

「嫌だと言ったら?」

 

 予想していた答えだった。それでもフレッドは、一拍だけ息を止めた。

 

「……あなたも、鉱山が消えたのを見たでしょう」

 

「ああ」

 

「僕たちには、あなたを力ずくで止める手段もあります。でも、そうなる前に止めてください」

 

 国王の口元がわずかに歪んだ。

 

「我を脅すつもりか?」

 

「……」

 

「武力で国家を脅そうとするなんて、まっこと野蛮だの。ああ、恐ろしや」

 

 芝居がかった声音だった。

 

「僕だって、やりたくない」

 

 フレッドは国王から目を逸らさない。

 

「でも、あんたの計画を止めるためだ。仕方ないでしょう」

 

「そうだ」

 

 返事はすぐに来た。

 

「仕方ないのだ」

 

「……何?」

 

「ようやく理解したではないか。物事が大きくなればなるほど、人への思いやりとか、倫理観とか、そのくだらない物の考え方が命取りになる!」

 

 国王が身を乗り出す。

 

「お前もそう思うだろう? 嫌だ、やりたくないと言いながら、結局は目的のために武力で我を脅した。そうせざるを得なかったからだ!」

 

「一緒にするな」

 

「何が違う?」

 

「お前が私利私欲で動いてるから、こっちが止めにきてるんだろうが」

 

 フレッドの声が低くなる。

 

「私利私欲だと?」

 

 国王は鼻で笑った。

 

「フン! くだらんなあ~。我が成そうとしているのは、そんな矮小な話ではない。大いなる目的のためには、過程や……! 方法なぞ……! どうでもよいのだ!」

 

「何が大いなる目的だ!」

 

 フレッドは吐き捨てるように返した。

 

「自分のやりたいことを、他人の気持ちも無視して押し通してるだけじゃないか! そんなの子どもの癇癪と一緒だ!」

 

「そうだそうだ!」

 

 そこへエインが勢いよく乗っかった。

 

「世界征服ごっこが趣味のサイコパス野郎が、テメーの都合だけでしゃべくってんじゃねーぞこのタコ!」

 

 国王の視線が、フレッドからエインへ移る。

 

「……よりにもよって、お前が言うのか?」

 

「はぁ?」

 

「あの後、学校の連中からお前のことを聞かせてもらったぞ。いつもいつも、ろくなことをしないではないか」

 

「はぁぁ?」

 

 エインが眉を吊り上げた。

 

「厨房くらいのガキがやってたことに何言ってんねん? それにワイはもうそういうの卒業したんや」

 

「……厨房?」

 

 エインの奇怪な言葉遣いに、フレッドは引っかかる。

 

「なのにお前ときたら、いい年して大真面目に世界征服とか恥ずかしくないんか? ワイみたいに、争いをなくして世界平和とか、もっと崇高な考え持てないんか?」

 

「……ワイ?」

 

 国王はそんなフレッドをよそに、エインの言葉から一つだけ拾い上げた。

 

「世界平和、か」

 

「ん?」

 

「争いのない世界。いいじゃないか」

 

 エインの勢いが止まる。

 

「ならば、あらためて問おう。我に協力する気はないのか?」

 

「……俺が?」

 

「望むものは何でも与えよう。恩赦でも、爵位でも、領地でも、研究施設でも、金でも、地位でもよい。王国最高の魔導師として遇してもよいぞ」

 

「いや、最初殺そうとしたくせに」

 

「当然だ」

 

 国王は否定すらしなかった。

 

「反物質の生成、だったか? あの魔法は恐ろしい。だが、それ以上に使える。制御できぬ怪物なら殺すしかないが、制御できるなら話は別だ」

 

「怪物って……」

 

「そなたの反物質魔法があれば、【啓導の光輪】など使わずとも、海の向こうの大陸すら容易に制圧できるだろう。港を消し、艦隊を消し、都を消すと告げれば、大抵の国は戦う前に膝をつく」

 

 身を乗り出し、エインへ語りかける。

 

「一度その力を見せれば、以後は本当に消して回る必要すらない。消せると分かっていれば、それだけで十分だ」

 

 エインは何も返さない。

 

「最初は、全人類を支配できている、と言っていたな。結局はそうではなかったが、お前にはそれができるということだろう?」

 

「まあ……やろうと思えば」

 

「ならば、なおさらだ」

 

 国王は続けた。

 

「我とお前の目的は似ている。お前にも権力を与えよう。協力してくれれば、争いを起こさずに、我は世界を支配できる」

 

 先ほどエイン自身が口にした言葉を、そのまま返す。

 

「お前も、争いのない世界を創造できるぞ」

 

 しばらく返事はなかった。

 

「……それは、望むところだな」

 

「エイン君?」

 

「もともと俺は、お前が世界征服しても構わなかったんだよ」

 

 エインは少し考えてから続けた。

 

「俺達庶民からしたら、統治者が誰なんてどうでもいい。戦争がなくなるなら、なおさらな」

 

「ならば――」

 

「だが断る」

 

 国王の言葉を、エインが切った。

 

「……なぜだ」

 

「アンタ、覚えてるか」

 

 エインは玉座を見上げた。

 

「対抗戦の時、急に色々ベラベラ喋りだしただろ。あれ、俺の仕業なんだよ」

 

「何?」

 

「国王陛下に納められるカツラに触れる機会があってな。その時に、とあるいたずらを仕込んだ」

 

 一拍置いて、にやりと笑う。

 

「ズラにね」

 

「……」

 

「あれは若気の至りってやつだな。アンタは若くないし、毛もないけどね」

 

 国王は答えなかった。

 

「合言葉を聞いたら一時的に発動する【精神支配】の魔法を入れてたんだ。あのとき俺が命令したのは二つだけ。世界平和の計画を話すこと。それと、ズラであることを告白すること」

 

 そこまでは、いたずらの種明かしをするような調子だった。

 

「それだけだ。それ以外のことまで話せとは命令してない。プライバシーの問題もあるからな」

 

 そこで、エインの声から軽さが抜けた。

 

「だが、お前は余計なことを話した。余計なことをした」

 

「セレスって人をなんで娶ったとか、セレナをなんで産ませたとか、母親を地下に閉じ込めてどう使ってるとか――そこまで喋れなんて、俺は命令してない」

 

 国王は何も言わない。

 

「あれは俺の命令じゃない。お前が自分で喋ったことだ」

 

「……それがどうした」

 

 エインはまっすぐ国王を見た。

 

「セレナは俺の友達だ」

 

 今度は誰も口を挟まない。

 

「そのセレナを、悪意を持って傷つけたことは許せない」

 

 国王はしばらくエインを見返したあと、鼻を鳴らした。

 

「あんなものがよいのか?」

 

「……あ?」

 

「ならば、こう言えばよいのか」

 

 わざとらしく問いかける。

 

「娘はやらん、と」

 

 父親らしい言い回しをわざとなぞる声には、情の欠片もなかった。

 

「もっとも、今は母親と一緒だがな」

 

「……何?」

 

「地下にいる」

 

 国王は平然と続ける。

 

「計画を進めてみれば、セレス一人の血では足りなくてな。王家の血を引く代用品がもう一人いるのだ。使わぬ手はあるまい」

 

「セレナからも、血を取ってるのか」

 

「そうだ」

 

 短い返事だった。

 

「だが、お前が我に協力するなら話は別だ。反物質生成の魔法があれば、【啓導の光輪】に頼らずとも世界を従わせられる。そうなれば、セレナも使い道はなくなる」

 

 国王はエインを見据えたまま言った。

 

「欲しければ、くれてやろう」

 

 そして、何事もないように続ける。

 

「どうだ?」

 

 返事はなかった。

 

 先ほどまで絶えず言い返していたエインが、ただ国王を見ている。

 

 やがて、低い声が落ちた。

 

「……それが、親の言うことかよ」

 

 国王は答えない。

 

 エインも、答えを求めなかった。

 

「てめえは、このエインがじきじきにブチのめす」

 

    ◆

 

 国王は、その言葉を鼻で笑った。

 

「……交渉決裂のようだな」

 

「ああ」

 

 エインは短く頷いた。

 

「だから、ここからは実力行使で行かせてもらうぜ」

 

「【双剋解呪】!」

 

 ほぼ同時に、フレッドも魔法を放つ。

 

「【精神支配】!」

 

 二つの魔法が、ほぼ同時に成立した。

 

「立て!」

 

 エインが試すように命じると、国王は無言のまま玉座から立ち上がった。

 

「お」

 

 思わず声が漏れる。命令は、確かに通っている。

 

「これで――」

 

「その程度の作戦を、我が予想していないとでも思ったか」

 

 別の声が、言葉を遮った。

 

 玉座の脇に控えていた宰相だった。

 

 顔には何の感情も浮かんでいない。それでいて、その口調には聞き覚えがある。つい先ほどまで玉座から自分たちを見下ろしていた、あの尊大さ。

 

「……どうなってるんだ?」

 

 エインが、立ち尽くす国王と宰相を見比べる。

 

 フレッドも一瞬、理解が追いつかなかった。

 

 目の前の男は命令どおり立ち上がり、それ以外は指一本動かそうとしない。

 

 それなのに、「国王」は今も宰相の口から平然と話している。

 

 何かがおかしい。

 

 フレッドは、もう一度玉座の前に立つ男を見た。

 

 そして、気づいた。

 

 謁見の間へ入ってから、【隠形看破】はずっと使い続けている。ただし、意識を向けていたのは不意打ちや敵意の方だった。

 

 ただ一つだけ、見ていなかったものがある。

 

「……あ」

 

「何だ?」

 

「この人、国王じゃない」

 

「は?」

 

「カツラがない」

 

 エインの目が丸くなる。

 

「本物なら、頭にカツラの反応があるはずだ。でも、この人にはない」

 

 フレッドは確信した。

 

「影武者だ」

 

 一拍置いて、エインの顔つきが変わった。

 

「おい、フレッド」

 

「何?」

 

「お前、【隠形看破】使ってなかったのか?」

 

「使ってたよ!」

 

「じゃあなんで気づかないんだよ!」

 

「不意打ちされないように、射線とか敵意がないか見てたんだよ! まさか国王のカツラを確認しろって意味だとは思わないだろ!」

 

「はぁ?」

 

 エインが本気で呆れた顔をする。

 

「【隠形看破】はカツラを見るための魔法だぞ」

 

「それは知ってるよ!」

 

「知ってるならカツラ見ろよ!」

 

「普通は敵の攻撃を見るだろ!」

 

「だから前の試合の時も言っただろ! なんでカツラを見る魔法で射線とか敵意ばっか見てんだって!」

 

「そっちの方が役に立つからだよ!」

 

「で、肝心なカツラ見落としてんじゃん!」

 

「う……」

 

 言い返せなかった。

 

 普通なら、間違いなくフレッドの使い方の方が有用だ。カツラを見抜くためだけの魔法で、敵意も射線も不意打ちも察知できる。それなら戦闘に使わない理由がない。

 

 ただし今回に限っては、そのカツラを見なかったせいで国王本人を見誤った。

 

「俺、誰がカツラなのか知りたくて、お前に使うよう頼んだのに」

 

「そんな理由だったの!?」

 

「他に何があるんだよ! 俺がいつもそうしてるの知ってるだろ!」

 

「こんな時までやらなくていいでしょ!」

 

「……もうよい」

 

 低い声が、二人の言い争いを断ち切った。

 

 宰相の口を借りて、国王が告げる。

 

「どうやら、口で誘っても従う気にはならんようだな」

 

「まだ何かあんの?」

 

「当然だ。先日の対抗戦では、随分と恥をかかせてくれたからな」

 

「カツラのことまだ根に持ってんの? 毛根はないのに?」

 

「黙れ!」

 

 即答だった。

 

 しばしの沈黙のあと、国王は続ける。

 

「少し……話し方を変えよう。ちょうど、特別な客も呼んである」

 

 その言葉とともに、謁見の間の脇にある扉が開いた。

 

 兵士に付き添われ、一人の女性が姿を現す。

 

 エインの表情が止まった。

 

「……母さん?」

 

「エイン?」

 

 エインの母親、アリアも足を止めた。

 

 互いに、なぜ相手がここにいるのか分からない顔だった。

 

 宰相の口を借りた国王が、静かに言う。

 

「お前ほどの力を持つ者だ。できれば殺さず、手元に置きたい」

 

 その視線がアリアへ移った。

 

「だが、自分から従わぬと言うなら仕方あるまい」

 

「……何が言いたい?」

 

「我に従え。そうすれば、この女には何もしない」

 

 ようやく、エインにも母親がここへ連れてこられた理由が分かった。

 

「逆らえば――」

 

「エイン」

 

「ん?」

 

「久しぶりね」

 

 国王の言葉が途中で途切れた。

 

 強張っていたエインの肩から、少しだけ力が抜ける。

 

「……うん。母さん、こんなとこで何してんだよ」

 

「元気にしてた? 随分背が伸びたじゃない。前はまだこれくらいだったのに」

 

 アリアが、覚えている限りの高さを手で示す。すっかり大人びた顔つきになった息子を、まじまじと眺めていた。

 

「元気だよ。母さんは?」

 

「見ての通り、元気よ。それより、学校はどう?」

 

 国王が本気で用意したはずの人質劇は、肝心のアリアが脅しに怯えるより先に息子との再会を喜んだせいで、いつの間にか久々の親子の近況報告へ取って代わられていた。

 

「ああ。首席になったし、教師にもなったし、帝国の一年代表にもなった」

 

「まあ……」

 

 アリアの目が、驚きと誇らしさで丸くなった。

 

「本当にすごいじゃない。ちゃんと頑張ってるのね」

 

 それ以上、詳しい事情を問いただすこともなく、息子の言葉をそのまま受け取る。

 

「あら」

 

 アリアの視線が、エインの隣へ移った。

 

「その子は、もしかして……?」

 

「ああ。友達のフレッドだよ」

 

「え」

 

 突然紹介され、フレッドの方が固まった。

 

 アリアは、ぱっと顔を輝かせる。

 

「まあ、まあまあ! あなたがフレッド君!」

 

「は、はい……?」

 

 名前まで知られていることに、フレッドはますます戸惑う。

 

「エインのお友達に会うなんて、初めてだもの。お手紙で少しだけ聞いてたのよ。フレッドって子と同じクラスになったって」

 

「て、手紙……」

 

 そんなものを書いていたのか。フレッドはエインを見たが、当のエインは素知らぬ顔をしている。

 

 アリアは嬉しそうに頭を下げた。

 

「息子がお世話になってます」

 

「あ、いえ、こちらこそ……」

 

「迷惑かけてないかしら? この子、昔からちょっと変わったところがあって……」

 

「……」

 

 思い当たることなら、山ほどあった。

 

「……いい友達ですよ」

 

 アリアが柔らかく笑った。

 

「よかったわね、エイン。村にはあなたと同じくらいの子がほとんどいなかったでしょう。あなたは一人でも平気そうだったけど、お友達ができるのかなって、お母さんずっと心配してたのよ」

 

「別に一人でも平気だったけど」

 

「そういうこと言う子ほど心配なの。ほら見て、こんなに立派なお友達ができたじゃない」

 

「立派かどうかは知らないけど」

 

「立派よ。だって、あなたの隣にいるんだもの」

 

 理屈になっているのかいないのか分からない理由で、フレッドは立派認定された。

 

「他にもお友達はいるの?」

 

「後は、セレナって子がいるんだけど」

 

「セレナ?」

 

 アリアの声がわずかに弾む。

 

「女の子?」

 

「うん」

 

「可愛いの?」

 

「まあ、めちゃくちゃ可愛いけど」

 

「へええ」

 

 アリアの声が、明らかに一段階弾んだ。

 

「その子とはどういう関係なの?」

 

「どういうって、友達だけど」

 

「本当に、それだけ?」

 

「それだけだよ」

 

「一緒にお茶したりするの?」

 

「まあ、するけど」

 

「二人きりで?」

 

「フレッドも一緒のこともあるし……」

 

「二人きりのこともあるのね?」

 

「揚げ足取るなよ!」

 

「取ってないわ、確認しただけよ」

 

 アリアは楽しそうに続ける。

 

「で、セレナちゃんとは、どこまで行ったの?」

 

「はぁ!?」

 

 エインの声がひっくり返った。

 

「どこまでって何だよ! 行くも何もないだろ!」

 

「あら、そんなに焦らなくても」

 

「焦ってねえよ! ただの友達だって、本当に!」

 

「またまたぁ」

 

 声には、ただ息子をからかう楽しさだけが滲んでいた。

 

 だが、ふとその調子が少しだけ柔らかくなる。

 

「でも、そうやって誰かの話を楽しそうにするの、初めて見た気がするわ」

 

「……別に、普通だろ」

 

「村にいた頃のあなた、あんまり他人に興味なさそうだったもの。一人で本読んで、一人で魔法いじってばっかりで」

 

「そりゃ、村だと話す相手いなかったし」

 

「そうね。だから、ちゃんとお友達に囲まれてるの見られて、お母さん嬉しいのよ」

 

 エインは、なんと返せばいいのか一瞬分からなくなる。

 

「……そりゃどうも」

 

「またまたぁ」

 

「今のは素直に返しただけだろ!」

 

 短くそう答えるのが精一杯だった。

 

「いい加減にしろ! 我の話を聞け!」

 

 謁見の間に、怒声が響いた。

 

 アリアまで驚いて宰相を見る。顔は無表情のままだが、声には国王の苛立ちがはっきり滲んでいた。

 

「さっきから何なのだ! 母親を人質に取られているのだぞ!」

 

「せっかくの親子との再会に水を差すなよ」

 

 エインは呆れたように返すと、すぐアリアへ向き直った。

 

「というか母さん、なんでここにいるんだ?」

 

「お城から遣いの方が来たのよ。あなたが大きな功績を上げたから、表彰することになったって。それで家族も招待するからって」

 

「……功績?」

 

 エインが首を傾げる。

 

「俺、最近なんか国に褒められるようなことしたっけ……」

 

 しばらく考えて、ふと思い当たる。

 

「……鉱山?」

 

 すぐにヴォルフを見た。

 

「いや、でもあれ、功績じゃないって言ってたよな」

 

「ああ」

 

「だよな」

 

「私も何をしたのかまでは聞いてないわ。あなたが功績を上げたって、それだけ」

 

 エインは宰相、影武者、アリアを順に見比べた。

 

「……あ」

 

「何?」

 

「これ、もしかしてドッキリ?」

 

「……何が?」

 

 フレッドが思わず聞き返す。

 

「世界征服するとか、俺を殺すとか言ってたの、全部表彰のためのドッキリだったんじゃね?」

 

「いやいやいや」

 

 フレッドが即座に否定した。

 

「待て。何を勝手に話を作っている」

 

 国王が割って入るが、エインは聞いていなかった。

 

「本当は鉱山の件、王国じゃ功績扱いになったとか。だって母さん、功績の表彰だって言われて王城まで呼ばれてんだぞ?」

 

「それはそうだけど……」

 

 フレッドが言葉に詰まる。

 

「ほら!」

 

「何が『ほら』なんだよ!」

 

 エインは急に肩の力を抜いた。

 

「なんだよ。マジで焦ったじゃん」

 

「でも、表彰って聞いたのは本当よ?」

 

 今度はアリアまで、不思議そうに二人を見比べる。

 

「ずいぶん大がかりなことをするのねえ」

 

「だろ?」

 

 事情を知らないまま、アリアは息子へ微笑んだ。

 

「でも、お国から表彰されるくらい立派なことをしたのね。すごいじゃない。さすが私の息子ね」

 

 褒められたエインは、満更でもなさそうに口元を緩める。

 

 そのまま機嫌よく宰相へ向き直った。

 

「なかなか粋なことするじゃないか。やっぱり恩赦を与えて、ついでに報奨もくれるつもりだったんだな」

 

 一拍置いて、もっともらしく付け加える。

 

「まあ、俺も途中からそんな気はしてたんだよ」

 

「違う違う違う!」

 

 とうとう耐えきれなくなった国王の絶叫が、謁見の間に響いた。

 

「お前には交渉が通じないということがよく分かった! もうたくさんだ!」

 

 そして、吐き捨てるように言い放つ。

 

「今すぐに、お前を、母親の目の前で殺してやる!」

 

「はああああ!?」

 

 宰相が片手を振り上げた。

 

 その瞬間、それまでほとんど反応のなかった【隠形看破】に、大量の射線が浮かび上がった。

 

 左右の柱、壁際、高所――あらゆる方向から、こちらへ狙いが集中する。

 

「【防壁】(シールド)!」

 

 フレッドは考えるより早く防御魔法を展開した。

 

 同時に、エインが影武者へ命令する。

 

「母さんを守れ!」

 

 影武者は即座にアリアの前へ回り込んだ。

 

 防壁へ一斉に攻撃が殺到する。

 

 光が爆ぜ、立て続けの衝撃が響く。その最中、頭上から重い破砕音が轟いた。

 

「上!」

 

 天井の一部が崩れ、巨大な岩塊が落ちてくる。

 

 だが、フレッドが顔を上げた時には、ヴォルフが既に動いていた。

 

 大剣が唸り、落下してきた岩が空中で砕け散る。

 

 破片が床へ落ちきる前から、火球や光槍、矢や無数の飛び道具が四方から防壁を叩いた。一つを受け止めた直後には別方向から魔法がぶつかり、【隠形看破】で射線を捉えていても、対応するので精いっぱいだった。

 

 その猛攻に紛れ、小さな魔道具が石床を転がってくる。

 

 強烈な閃光が弾けた。

 

 視界が白く染まり、間を置かず濃い煙が謁見の間を覆う。

 

 フレッドは防壁を維持したまま、次の衝撃に備えた。

 

 だが、来ない。

 

 ほんの一瞬前まで絶え間なく続いていた攻撃音が、煙が広がった途端、ぴたりと止まっていた。

 

「……攻撃が止まった?」

 

 その静寂を破って、ヴォルフの声が飛ぶ。

 

「エイン! 煙を飛ばせ!」

 

 直後、突風が謁見の間を吹き抜け、充満した煙を一気に押し流す。

 

 視界が開ける。

 

 正面に、攻城用の大型バリスタが据えられていた。

 

「バリスタぁ!?」

 

 城壁や城門を撃ち抜くための兵器だ。人間相手に、それも王城の中で使うようなものではない。

 

 すでに巨大なボルトは、こちらへ向けられている。

 

 普通の【防壁】では受けきれない。

 

「【分形防壁】(フラクタルシールド)!」

 

 幾重にも重なる防壁が、正面へ展開される。

 

 ほぼ同時に、バリスタが発射された。

 

 杭のような巨大なボルトが空気を引き裂き、防壁へ激突する。凄まじい衝撃に、足元の石床まで震えた。

 

 それでも、防壁は抜かれない。

 

 ボルトの先端から亀裂が走り、巨大な杭そのものが耐えきれずに砕け散る。

 

「防いだ……!」

 

「フレッド!」

 

 エインの声が飛んだ。

 

「後ろだ!」

 

 振り返る。

 

 背後の壁が、なくなっていた。

 

 砕け落ちた石壁の向こうに、もう一基。同じ大型バリスタがこちらを向いている。

 

 しかも、もう撃たれている。

 

 巨大なボルトが、真正面から迫っていた。

 


 

【質問】脳内に知らない掲示板が浮かんでくるんですが……?

 

1:フレッド

すみません、ちょっと相談です。

数時間前に、攻城バリスタで撃たれたと思ったら、気づいた時には眼の前が真っ暗になってました。

で、さっきからこういう掲示板?だけが見えるんですが……これ、何なんでしょう?

 

2:名無しの転生者

お、新人か

 

3:名無しの転生者

テンプレはよ

 

4:名無しの転生者

ようこそ転生者掲示板へ

ここは魂を転がされた我々が、世界の壁を越えて愚痴ったり情報共有したりする場所です

 




次回、転生者掲示板に新たな住民が増えます。
お楽しみに
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。