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ある日いつものようにジャイアンやスネ夫にいじめられたのび太。
いつものように家出を決意するが、タイミングよくジャイアン、スネ夫、しずかも家出を考えていた。

「家出と言えば原始時代!」
と以前訪れたヒカリ族の村へタイムマシンで向かう4人だったが大きな次元の裂け目の存在によって行先は大きく変わってしまう。

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ドラえもん のび太のサピエンス全史

「野ー比ーくん!!!」

 

空間が揺れた。いや、マジで揺れた。

大気を裂くような怒声とともに、のび太の名前が教室中に響きわたる。

 

――今日もまた、のび太がやらかしたのである。

 

「遅刻をしてきたうえに、授業中は堂々と居眠り! 挙句の果てにはテストで……0点!!!」

 

教壇の前で、先生が鬼のような形相で叫んでいた。

いや、これはもう鬼を超えてる。煉獄さんも真っ青である。

 

「ククク、三連コンボきたよジャイアン」

「おお、まさかのトリプルプレイ。これは表彰モンだな、スネ夫」

 

教室の隅っこでは、スネ夫とジャイアンがまるで実況席のように盛り上がっていた。

ちょっと黙っててくれないかな。割と今、命の危機なんだけど。

 

「野比くん!君は本当に反省しているのか!?ちゃんと努力しているのか!!」

 

先生の怒りに満ちた問いかけに、のび太は――なぜか堂々と手を挙げて答えた。

 

「もちろんです先生!僕だって努力はしてます!」

 

「ほう?ではその“努力”とやら、聞かせてもらおうじゃないか」

 

よし、ここだ。ここで誠実な姿勢を見せて減刑してもらおう作戦――開始!

 

「昨日の夜、ちゃんと勉強しようと思ったんです!だって今日テストでしたから!」

 

「それは感心だ。で、結果は?」

 

「疲れてたんです……昼間、野球やってたから」

 

「……」

 

「だからですね、効率よく勉強するにはまず体調を整えるべきだと思いまして!で、仮眠を取ろうと――」

 

「取ろうと?」

 

「気がついたら朝でした!」

 

「……」

 

「で、寝すぎたせいで頭がボーッとして、気がついたら遅刻してて……授業中にうとうとしてしまって……」

 

「……」

 

「つまりですね!結論から言うと!悪いのは、野球なんです!あれがなければ、全て上手くいってた!」

 

「……」

 

「しかも先生、人間って寝すぎると逆に眠くなるって言うじゃないですか!?これはもう本能!自然現象!育ち盛りの僕には不可抗力です!ね!ね!?」

 

――その瞬間、教室内の空気がピキリと音を立てた。

 

「バカモーーーーン!!!!!」

 

案の定、先生の怒りゲージが振り切れた。

 

そして、のび太は教室の外――廊下へと放り出された。

 

「チッ……僕だって、頑張ろうとはしてるんだ……ただ、世界が僕に冷たいだけで……」

 

小さくつぶやきながら、廊下に立つのび太の背中は、どこか達観していた。

まるでこの世界の理不尽を悟った賢者のように。

 

 

 

「のび太さん、今日は大変だったわね」

 

夕暮れの帰り道。茜色の空の下、しずかちゃんが優しく声をかけてくれる。

 

その一言だけで、ボクの心はちょっぴり救われた。

……やっぱり天使かもしれない、この子。

 

「しずかちゃんは優しいなぁ~……ありがとう!」

 

思わず感極まって泣きそうになったところに、不協和音が割り込んでくる。

 

「にしても、今日はいつにも増してダメだったな、のび太!」

 

ガハハハと笑うジャイアン。うん、知ってる。自覚はしてる。

でも傷口に塩を塗るのやめてくれ。

 

「仕方ないよジャイアン、だって“のび太”だもん!」

 

スネ夫のドストレートな追い打ちに、ボクのHPがゴリッと削られていく。

 

「考えてもみなよ!ボクたちとのび太はね、もう“遺伝子”から違うんだから!ほら見てよ、ボクのテスト、80点!」

 

ドヤァッと答案用紙を掲げるスネ夫。悔しいけど、成績は意外と良かったりするのがまた腹立たしい。

 

「……イデンシ?なんだそれ?」

 

テスト30点のジャイアン、話の内容にはまったく食いつかない。

だがそれが逆に癒しまである。

 

「人間の能力はね、全部“遺伝情報”で決まってるんだよ。運動ができるか、勉強ができるか、全部遺伝子でバッチリ決まってるってわけ!」

 

「へぇ……私はどんな遺伝子を持ってるのかしら?」

しずかちゃんが目を輝かせて聞く。

 

「しずかちゃんはね、きっとアイドルかお姫様の遺伝子だよ!ほら、今日のテストも90点だったし、パパが大学教授でしょ?頭脳明晰、才色兼備、文句なし!」

 

「まぁ素敵♡」

しずかちゃん、まんざらでもなさそう。スネ夫のくせに……やりおる。

 

「おいスネ夫!俺は!?俺の遺伝子は!?」

 

目を輝かせて迫るジャイアン。

スネ夫は一瞬、「ゴリ……」と言いかけて、慌てて言葉をつなぐ。

 

「えーと、ジャイアンは……そう!パワー系の遺伝子だよ!プロレスラーとか、プロ野球選手とか!」

 

「おぉぉ~!さっすがスネ夫!心の友よぉ!!」

 

バンッ!!

背中に豪快な感謝の鉄槌が落ちる。泣きそうな顔のスネ夫が、ちょっとだけ面白い。

 

そして――ついに来た。ボクのターン。

 

「ねぇスネ夫!ボクは!?ボクはどんな遺伝子持ってるの!?ねぇ!」

 

キラキラと希望の目で見上げるボクに、スネ夫がニッコリと笑った。

 

「あー、のび太はねぇ……」

 

「うんうん!」

 

「せいぜい、チンパンジーとナマケモノのハイブリッド。あと原始人も追加で!」

 

「チンパンジー!原始人!のび太っぽいなぁガーハハハハ!!」

 

まさかの原始時代にまで戻された。

進化ってなんだっけ。

 

スネ夫は自分を指さして得意気にこう言う。

 

「ちなみにボクは、ザッカーバーグかイーロン・マスク系ね!」

 

……いや、自己評価高すぎない??

 

そしてボクは――

沈黙したまま、3人から少し距離を取った。

 

ぽつん、と一人、道の端っこを歩きながら心の中で叫ぶ。

 

「なんだよ……なんだよなんだよ!チンパンジーとか原始人とか、バカにしやがって!」

 

口をへの字に曲げて、目には涙がにじむ。

夕日がまぶしいのか、それとも――

 

ボクは叫んだ。

 

「どらえも~~~~~~ん!!」

 

 

 

~劇場版だとここで主題歌(笑)

 

 

「どらえも〜〜〜〜ん!!」

 

玄関を突き破らん勢いで帰宅したのび太は、リビングでどら焼き片手にくつろいでいたドラえもんに――

 

ドガッ!!

 

「わあっ!? のび太くん!? やめ、ぐぇっ!!」

 

猛烈なタックルをかました。

 

一回転して壁に激突。どら焼きがぽーんと飛んで、床に落ちた。

 

「ねぇねぇドラえもん!『遺伝子とりかえ機』出してよーっ!!」

 

涙目で抱きつき、ベソをかくのび太。

 

「なんだいなんだい、藪から棒に……一体どうしたっていうんだよぉ」

 

「だってさっ! スネ夫とジャイアンがさっ! ボクの遺伝子はチンパンジーとか原始人とかナマケモノとか言うんだよぉ!」

 

「ぷっ……」

 

「……ぷ?」

 

ドラえもんの脳内に、毛むくじゃらで木に登る“のび太・チンパンジーバージョン”が出現。

 

「うん、似合ってるじゃないか……ハハッ、チンパンジー! 原始人! ハハハハハ!」

 

「ドラえもんまでぇええ!!」

 

ブチギレて頬を膨らませるのび太。さすがに悪ノリしすぎたドラえもんが、慌てて手を振る。

 

「ご、ごめんごめん、言いすぎたよ。でもね、遺伝子なんて、そう簡単には取り替えられないんだよ?」

 

「どうして?」

 

「だってさ、のび太くんはパパとママの子供だろ? 二人の遺伝子が合わさって、のび太くんが生まれたわけ」

 

「だから?」

 

「その二人からさ……スーパースターが生まれると思う?」

 

「……」

 

「メジャーリーグの二刀流とか、世界的ピアニストとか、ノーベル賞級の科学者とか……」

 

「……」

 

浮かべてみた、世界に羽ばたく“スーパーのび太”。

でも、どうがんばっても部屋の隅で居眠りしてるいつものボクしか想像できなかった。

 

「……なんか、ちょっと納得しかけてる自分がイヤだ」

 

「でものび太くんが言うことも、実はまったく間違ってるわけじゃないよ」

 

「え?」

 

ドラえもんがトコトコと押入れをゴソゴソしながら説明を始める。

 

「最近の研究ではね、集中力とかスポーツ適性とか、ある程度は“遺伝子”に関係してるって分かってきてるんだ。勉強ができる子、運動が得意な子、その裏には“集中しやすい”遺伝子があるんだってさ」

 

「じゃあ! やっぱり“遺伝子とりかえ機”出してよ! 今のボクには集中力が欠けてるってハッキリ分かったもん!」

 

「うーん……未来の医学では、確かに“遺伝子編集”が可能になってるよ。でもね、それを使ったら……」

 

ドラえもんがぴたりと動きを止め、真剣な目でのび太を見る。

 

「のび太くんは、“パパとママの子供”じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ。それでもいいの?」

 

「――!!」

 

その言葉に、のび太の表情が変わる。

 

「……嫌だよ。パパもママも、大好きだもん」

 

「だよね」

 

ぽん、と頭をなでてくれるドラえもんの手があたたかかった。

 

「だったら、あとは“努力”しかないんだよ。遺伝なんか関係なく頑張って、偉くなった人だっていっぱいいるんだよ」

 

「努力って……なにさ……?」

 

どこか不穏な空気を察知して、のび太が警戒を強める。

 

「まずは――宿題だね。今日も忘れて怒られたんでしょ?」

 

「うっ……」

 

ぐうの音も出なかった。

 

「これに懲りたら、今までの人生をちゃんと反省して、よりよく生きるための努――」

 

「うるさいうるさい! 遺伝子で人生決まるなんて間違ってるって言ってるだろぉおお!」

 

 

 

 

 

「どうしてパパとママは、ボクみたいなのが生まれる遺伝子しか持ってなかったの? ねぇ、ドラえもん!」

 

のび太が両手を広げて問い詰めるように叫ぶ。

 

「そんな、自分を卑下するもんじゃないよ、のび太くん。キミにだって、良いところはあるんだ」

 

「じゃあ言ってみてよ!ボクの“良いところ”ってなにさ!」

 

ドラえもんは言いかけて――止まった。

 

「ええっと……えーっと……うーん……」

 

沈黙が、妙に長い。

 

「……やっぱり無いんじゃないかぁぁぁぁ!!」

 

のび太、完全崩壊。

そのままカーペットに顔を突っ伏して、じたばたバタ足。

 

「ほらね!ボクはやっぱりダメなんだ!なにもできない、なにもない、チンパンジー以下なんだよぉぉ!」

 

「いやいや、そんな極端な……」

 

「どうせボクは、へんてこな遺伝子をくれたパパとママのせいでこうなったんだ!!パパとママの意地悪ぅぅ!!」

 

「その言い方はさすがに失礼だよ!パパとママにも!」

 

でも聞いちゃいない。

 

「ボク、家出するから!」

 

「……は?」

 

「意地悪なパパとママの力になんか頼らず、ボクは立派な大人になってやるんだ!」

 

「ぜんぜん話つながってないよ!? いやもう、宿題やりなよ、のび太く――」

 

「いーや、ボクの決意は固い!ボクは一人で生きて、ボクだけの“最強の遺伝子”を作るんだ!誰にも頼らず!誰にも負けず!強く自由に!!」

 

「……急に中二病が発症してる……」

 

ドラえもんは完全に呆れ顔。のび太はというと、部屋の隅からリュックを引っ張り出し――

 

「よし、準備完了!」

 

中には、アンパン2つ、チョコレート、マンガ、予備のメガネ。

一泊すらできそうにない「全力の家出セット」だった。

 

「ボクは生まれ変わるんだ!新しいボクに!新しい人生に!さようなら旧世界!」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

「止めてよぉぉぉおお!!」

 

だがドラえもんは止めなかった。

タケコプターを取り出すと、あっさり窓から飛んでいく。

 

「ミィちゃんと約束あるから。またね〜」

 

「ちょっ……マジで行った!?」

 

ひとり取り残されたのび太は、床に突っ伏して転がり――そしてムクリと立ち上がった。

 

「いいさ……ボクにはボクの道があるんだ……!」

 

気取った表情で階段を下りると、そこにはエプロン姿のママが。

 

「のびちゃん、どこに行くの?」

 

「……家出だよ!!」

 

するとママは、フライパンを片手に振り返り、ほんの一瞬考えたあと――

 

「そう。夕飯までには帰ってきてね」

 

「軽いっっ!!!」

 

こうして、壮大な決意と共に、のび太の“家出”は始まったのだった。

ボクの遺伝子は、今、自由を求めて歩き出す――!

 

 

 

「ボクの、決意は……か、堅いんだ……!帰らないぞ!絶対に……!」

 

夕日が赤く染める帰り道。のび太はリュックを背負い、意気揚々と足を踏み出す。いや、気持ちだけは勇ましいが、すでに足は少し痛い。

 

そんな中――

 

「あれ?」

 

空き地の土管に、見慣れたシルエットが3つ。

 

リュック、風呂敷、帽子、弁当箱。

完璧な「家出セット」装備のスネ夫、ジャイアン、しずか。

 

「みんなも……家出?」

 

のび太が声をかけると、スネ夫が驚いたフリで身を乗り出す。

 

「うわっ、のび太も!?なんという偶然!」

 

「なんだか……前にもこんなこと、あったような気がするわねぇ」

と、しずかちゃんが苦笑する。

 

「でも俺はもう……もう母ちゃんのとこなんか帰んねぇぞ!」

と、ジャイアンが拳を握り締め、土管に頭を打ち付けながら叫ぶ。

 

「店番、店番、また店番!ガキに働かせて!これはもう……児童虐待だろ!?労働基準法違反だろ!?」

 

目元がうるんでいるジャイアンは、今日だけちょっと人間臭い。

 

「ボクだってもうイヤだよ!全教科家庭教師とか、拷問だよ!もはや教育じゃないよ!これは“戦争”だよ!」

 

スネ夫もスネ夫で、家庭教師によるハードスケジュールに精神をすり減らしていたようだ。

 

そして、同時にふと何かを思い出す四人。

 

「これからどうするの?」

と、しずかちゃん。

 

のび太はパチンと指を鳴らした(鳴ってない)。

 

「思い出したぞ!家出といえば――!」

 

「原始時代!!」

スネ夫・ジャイアン・しずか、ハモった。

 

「ククルの村に行こうよ!」

 

「どうせのび太には現代より原始のほうが似合ってんだしな!」

「ハハハハ!」

「またそれを言うーっ!」

 

軽口を叩きながら、四人の決意は固まった。

 

――そう、目指すは太古の地。

誰にも干渉されず、自由に暮らせる“はず”の場所。

すべてのストレスから解放される理想郷、それが「ククルの村」!

 

ただひとつ問題があった。

タイムマシンを出せるのは、あのネコ型ロボット――

 

「……って、ドラえもん今どこ?」

「さっき『ミィちゃんと約束がある』って言って出かけてったけど……」

「ええ~~~!?」

 

「よしボクの家に行こう!タイムマシンで原始時代へ!」

 

 

 

そして、のび太の家。

 

「おじゃましまーす!」

「お邪魔しますのび太さんのお母さん!」

「こんにちわー、今日も素敵なエプロンですね!」

 

靴を脱ぐ音が連続して響く。もはや親戚の集まりである。

 

「まぁまぁ、みんな来てくれたの?のび太ったら、お友達に恵まれてるわねぇ」

 

テレビの前でせんべいをかじりながら微笑むママ。

家出の空気感ゼロ。

 

「……あら、おかえり、のび太。早かったのねぇ」

 

「いやいや、まだ帰ってないから!これから家出するの!原始時代に行くの!!」

 

「そう。夕飯までには帰ってきてね」

※テンプレ対応

 

 

 

その背中には、希望と、ちょっとだけ不安と、あんパンの袋が揺れていた。

 

 

 

 

「よし、行こう!原始時代へ!」

 

のび太が拳を振り上げる。

その後ろでスネ夫が眉をひそめる。

 

「わかるのか?……のび太?」

 

「大丈夫よ」

しずかがスッと運転席に入る。

流れるような動作でタイムマシンのコンソールを操作し始めた。

 

「メモリにちゃんと残ってるわ。原始時代、前に行った時のデータ!」

 

ピ・ポ・パ、と端末を操る指が美しい。

 

「さすがしずちゃん!」

「のび太とは大違いだな!」

のび太だけはむすっとしていたが、タイムマシンは力強く起動音を上げた。

 

「行くわよ、7万年前の世界――」

 

「ぼくらの家出の楽園!」

「よっしゃ!行こうぜ!」

「行こう行こう~!」

 

希望と開放感に満ちた4人を乗せて、タイムマシンは時空を翔ける。

きらめく時の渦、流れる星々のような過去の痕跡。

 

「久しぶりだね~!みんな元気にしてるかな!」

「ククルにグスに、あの石のお風呂また入りたいなー!」

「ウホホーイ!もう現代に未練なんてねぇよ!」

 

……しかし。

 

ブーブーブー!

突然、機体に警告音が鳴り響く。

タイムマシンの天井に赤く警告が点滅した。

 

「ナ、ナニ!?」

「コノサキ ユレマス!しっかりツカマッテ!」

機械音声が淡々と告げる。

 

「キャーーー!!」

しずかの悲鳴がトンネル内に響く。

 

「わ、わ、わあああ!」

のび太の手が空を掴むが、腰が浮いてしまっている。

 

「なんだなんだ!?これ乱気流か!?」

ジャイアンも浮かび上がりながら叫ぶ。

 

そのとき、スネ夫が窓の外を見て凍りついた。

 

「……見て……あそこ……!」

 

4人が視線を向ける。

 

そこにあったのは、赤黒い裂け目――

まるで生き物の爪が引き裂いたような、異常な亀裂。

 

通常、タイムトンネルの内部は“青い光の流れ”に包まれている。

けれどもその場所だけ、心臓の鼓動のように蠢(うごめ)いていた。

 

ズゥン……ズゥン……

と音すら感じるような、不気味な波動。

 

「アレ……なんか、変だよ……」

のび太の声が震える。

 

「ま、まさかタイムトンネルが……壊れてるのか!?」

「いや、それだけじゃない……時間が、何かに“喰われてる”みたい……」

しずかが指先で震える裂け目を指しながら言った。

 

「そんなの聞いてないぞ!のび太の家出がこんなスケールになるなんてぇぇ!」

スネ夫の声が裏返る。

 

 

「本当だ……なんだろう、あれ……!」

 

赤黒くうねるタイムトンネルの裂け目。

それはまるで時空そのものが悲鳴を上げているかのようだった。

 

「ユレマス!しっかりツカマッテ!」

 

ブーブーブー!

 

警告音が鳴り響くなか、タイムマシンは揺れに揺れた。

ギガゾンビの遺した“亜空間破壊装置”によって一部損壊した時空――

タイムパトロールによる修復作業も追いつかず、トンネルは不安定なまま。

 

「やっと……揺れが収まった……」

のび太が汗をぬぐいながら、ほっと息をつく。

 

「危なかったな~。あとちょっとで時空の割れ目に吸い込まれるところだったぜ」

ジャイアンが腕を組みながらふうっとため息をつく。

 

「みんな無事?」

しずかちゃんが周囲を見回す。

 

「OKOK!さぁ、気を取り直していこう!」

スネ夫が無理やり明るく言った。

 

ぐらつきは消え、タイムマシンは再び安定飛行に戻った。

計器を覗き込んだしずかが声をあげる。

 

「もうすぐよ!まもなく7万年前のポイントに到達するわ!」

 

「いよっしゃ!行くぜ、原始時代!」

 

「ククルや皆、元気かなぁ~!」

 

高鳴る鼓動とともに、タイムマシンはまばゆい光に包まれ――

そして次の瞬間、彼らは7万年前の世界へと降り立った。

 

だが、その“原始時代”は、のび太たちの記憶にあったものとはまるで違っていた。

 

「――わぁ~~~~っ!!」

 

「すご……村が、村じゃない……!」

 

目の前に広がっていたのは、かつて彼らが訪れた素朴な集落――ヒカリ族の村。

しかしそれは、もはや「集落」などという規模ではなかった。

 

整然と並ぶ竪穴式住居、石畳の広場、井戸、広場、さらには大きな集会所らしき建物まで……

人々の姿も多く、数十人だったはずの村は今や数千人規模の大都市へと変貌を遂げていた。

 

「こ、ここ……ほんとにあの時の場所?」

のび太の声が震える。

 

「間違いないわ。あの湖……」

しずかが指差す先、かつて彼女が作った湖のほとりには、今でも美しい花畑が広がっていた。

 

そこでは子どもたちが笑い、踊り、追いかけっこをしている。

風にそよぐ草花の香りと、焚き火で焼かれる獣の肉の匂いが、どこか懐かしくも新しい。

 

「なんかさ……まるで未来に来たみたいだな……」

スネ夫がぼそりと呟く。

 

「でも、ここは……原始時代だよな?」

ジャイアンの眉がぴくりと動いた。

 

「歴史が……変わってる?」

 

しずかがタイムマシンのメモリを確認するが、記録されているのは“未開の地”のままだ。

なのに、目の前には立派な都市と、それを営む人々がいる。

 

「こ、これは……タイムトンネルの裂け目の影響……?」

のび太が、思わず背筋をのばす。

 

文明の急激な進化。時空の異常。

どこかで何かが狂っている――その感覚だけが、確かにあった。

 

だが次の瞬間、それを忘れさせるような声が響いた。

 

「のび太――!!」

 

はっきりとした、しかしどこか懐かしい声。

 

振り向けば、そこに立っていたのは――

背丈も、声も、面影さえもすっかり変わってしまった、かつての友人。

 

「……ククル……?」

 

青年となったククルは、まるで夢の中のように微笑みながら、彼らの前に現れた。

 

 

 

「うわぁ~、すごい……まるでひとつの国みたい!」

 

のび太の声が、広大な風景に吸い込まれる。

 

「別天地だね……見て、あの子たちの笑顔!ほんとに幸せそう……」

しずかの瞳がきらきらと輝いた。

 

「すげぇ数の人だ……昔は村だったのにな」

ジャイアンが額に手を当て、遠くまで続く竪穴住居群を眺める。

 

「みんな元気かな?ククルのとこ、行ってみようよ!」

のび太が我に返ったように言い、4人はわくわくと胸を高鳴らせながら、村の入口へと足を進めた。

 

が。

 

「待てッ!怪しい奴らめ!」

 

鋭い声とともに、巨大な棍棒を構えた門番たちが行く手を阻んだ。

 

「えっ!?ボクたち、怪しい!?」

のび太がぎょっとする。

 

「のび太だよ!?ククルはどこにいるのさ!」

必死に訴えるが、門番は一歩も引かない。

 

「ククル族長様のお名前を軽々しく口にするとは……貴様、何者だ!」

 

「お、おい待て……その顔……まさか……!」

 

門番のひとりが目を見開き、仲間と顔を見合わせる。

 

「のび太……のび太様、だと!?」

 

次の瞬間、一人の門番が駆け出した。

 

「直ちに族長様にお知らせを!」

 

4人がぽかんとしている間にも、村の中から誰かが走ってくるのが見えた。

 

「おーい!おーい!」

 

「……誰だろう、あの人?」

しずかが目を細めてつぶやく。

 

「全然知らない奴に見えるけど……」

 

土煙を上げながら近づいてきたその人物は、立派な獣皮の衣をまとい、鍛え上げられた腕と背筋を誇示するように揺らしながら全力で駆けていた。

 

そして――

 

「のび太さーん!みなさーん!!」

 

その声が、時間を超えて心を打った。

 

「えっ……今、オレたちの名前を呼んだよな?」

 

「知ってる……のか?オレたちのこと……?」

 

ゼーゼーと肩で息をしながらも、男はまっすぐのび太の前に立つと、深々と頭を下げ、強く手を握った。

 

「のび太さん……!本当にお久しぶりです!ようこそおいでくださいました!」

 

「え……君……ククル?」

 

驚きに目を見開くのび太。

目の前の大人の顔に、確かに見覚えがあった。

あの時一緒に笑い、泣き、戦った友――

 

「……ククル……なのか?」

 

「はい!ボクは、いえ――私は今、ヒカリ族の族長を務めております。ククルです!」

 

「うっそぉ!?」

スネ夫の声が裏返った。

 

「すごい……めちゃくちゃカッコよくなってる……!」

しずかが思わず声を漏らす。

 

「マジで……背も俺より高ぇし、筋肉すげぇな……」

ジャイアンが悔しそうに腕を見比べた。

 

大人になったククルの胸板は厚く、日焼けした肌と力強い眼差しには、かつての無邪気な少年の面影がわずかに残るだけだった。

 

「ククル、こんなに立派になって……すごいよ……!」

のび太はじんわりと目頭が熱くなった。

 

「皆さんのこと、ずっと忘れていませんでした。あの戦いの後……みなさんの助けがあったからこそ、私たちはここまで来ることができたのです」

 

そう語るククルの背には、ひとつの“時代”を背負った者の風格があった。

 

変わっていないものと、変わってしまったもの。

再会の喜びと、時の流れの重みが交差する――。

 

そして、この大きくなった村のどこかに、まだ語られていない新たな「物語」が待っている。

 

「ちょっと未来に来ちゃったみたいね」

しずかがにこりと微笑む。

 

「もしかして、あの時の揺れのせいかも?タイムマシンがぐらぐらしてたじゃない」

のび太が首をかしげる。

 

「そうね、多分10年か15年くらい到着がずれちゃったんじゃないかしら」

しずかが操作パネルを確認しながら答えた。

 

「へぇ、そうなんだ」

スネ夫が興味深そうに言う。

 

「そんなことよりさ!俺たち、また家出してきたんだぜ!しばらくここでいさせてくれよ、ククル!」

ジャイアンが豪快に胸を張った。

 

「いいとも!この村は皆さんのおかげでこんなに大きく発展したんだ。いつまでも歓迎するよ!」

ククルの笑顔は輝いていた。

 

「さすがククル!話が早いな!」

のび太も感心しつつ声をかける。

 

「よろしくね、ククル!」

しずかが手を振った。

 

「わーい!家出サイコー!」

みんなの声が空に響く。

 

その夜――

 

「今夜は宴会だ!僕たちの救世主様に感謝の宴を捧げよう!」

ククルの掛け声で焚火を囲む村人たち。

 

四人はゲスト席に案内され、豊かな食事が次々と運ばれてくる。

ウズメとウタベも陽気に歌い踊り、彼らの間には小さな男の子と女の子が寄り添い、手を振っていた。

子どもたちは次々と花輪をしずかにプレゼントし、ジャイアンの前には香ばしく焼きあがった獣肉がどんどん積まれていく。

 

「すっごく豊かな国みたい!」

しずかが目を輝かせる。

 

「ここは温暖で獣も豊富。海には取り切れないほどの貝や魚、山には栗やドングリが実り放題なんだ」

ククルが誇らしげに説明する。

 

「食料の心配なんてまったくいらない。だからこそ、周辺の部族から次々と我々の村に人が集まってきてくれたんだよ!」

ヒカリ族の男たちも、のび太たちに感謝の眼差しを向ける。

 

「全てはドラゾンビ様のおかげさ!この守護神の加護があるからこそ、この土地は安全で豊かなのさ!」

村の長老が深々と頭を下げ、口々に感謝を伝える。

 

のび太は心の中で思った。

「ここに来てよかった……きっと、ボクたちもこの未来の一部なんだ」

 

煌めく焚火の灯りの中で、友情と絆がますます深まっていくのだった。

 

 

 

 

「ところで、今日はドラゾンビ様はいらっしゃらないんですか?」

村の長老が静かな声で尋ねた。

 

「うん、今日は僕たちだけで来たんだよ!」

のび太が元気よく答えると、長老はにっこりと笑った。

 

「それはそれは……それにしても、皆さん全然年を取らないんですね!さすがは恩人様方!とにかく、よくいらっしゃいました!」

細かいことは気にせず、宴はますます盛り上がっていった。

 

「どうぞ!これは花の蜜を集めて作ったジュースです!」

「こちらは栗の実を焼いて、ハチミツをかけたお菓子ですよ!」

村人たちの手作りのもてなしが次々と並べられた。

 

「わぁ!すっごく甘くて美味しい!」

「こんなに美味しいお菓子が、原始時代で食べられるなんて!」

「こんな楽しい家出は初めてだよ!」

のび太もジャイアンもしずかも、すっかり笑顔になった。

 

「お気に召していただけましたか、皆さん!」

もてなしに喜ぶ4人を見て、ククルの顔も晴れやかだった。

 

「よーし、それじゃあ宴のお礼に、オレが一曲歌っちゃうぞ!」

ジャイアンが熱く声をあげるも、しずかとスネ夫が慌てて止めに入る。

 

そんなやりとりを尻目に、のび太はふと村の中央にある像に目を奪われた。

 

「あれ?あの像は……?」

のび太が指差したのは、村の英雄「ドラゾンビ」の石像だった。

 

かがり火の赤い炎に照らされ、石像は不気味なほど凛とした佇まいを見せている。兵士たちが像を固く守っていた。

 

「それは私たちを救ってくださった時に、村の皆で作らせていただいたものです」

長老が静かに説明する。

 

「ドラえもんの像だ!」

「すごくよくできてるなあ」

「懐かしいなあ……」

4人は像の前に集まり、それぞれ胸の奥に熱い思いを抱いた。

 

「のび太さん、どうですか?懐かしいでしょう?」

ククルが笑顔で話しかけてきた。

 

のび太はじっと像を見つめて、心の中で誓った。

「いつか、このドラゾンビ像みたいに、ボクたちも誰かの英雄になりたいな……」

 

 

「私たちはドラゾンビ様に救われて、この地に加護を受け、大いに栄えました。近隣の部族たちにもそのことを伝え、一緒に暮らすようになったんです。ほら、見てください!」

ククルが胸を張って言うと、ヒカリ族の村人たちが一斉に「ワァーーー!」と盛大な拍手を送った。

 

「すごいじゃないか、ククル!」

「お前は勇敢な戦士で、偉大な族長だ。いずれこの村の長老の座を譲ろうと思っている」

長老の言葉に、ククルは少し照れくさそうに目を伏せた。

 

「まぁ、素敵!」

「いや、僕なんてまだまだですよ……」と謙遜しつつも、誇らしげな顔をしている。

 

その時、ククルの隣にモジモジとした女の子が近づいてきた。

「あ、紹介します。娘のククリです」

 

「娘!?ククル結婚してたのか!」

「まぁ、かわいい!よろしくね、ククリ!お友達になろうね!」

村人たちが一斉に声をかける。

 

「ククルの娘さんだ!」

「よろしくな、ククリ!」

元気いっぱいに挨拶を返す少女。

 

「あなたたち、ドラゾンビ様のお仲間でしょ?お父さんたちからよーく話を聞いているわ!」

ククリは明るく、気さくな雰囲気で続けた。

 

「伝説のドラゾンビ様の仲間って聞いて、どんなすごい人たちかと思ったら、意外と普通なのね!でも、お父様や長老様が言うなら歓迎してあげるわ。ようこそ、私たちの村へ!」

彼女は少し強気な口調で言ったが、その笑顔には温かさがあふれていた。

 

「こら!ククリ!この村はドラゾンビ様が与えてくださった村だ。口を慎みなさい!」

ククルが優しく注意すると、

 

「はーい!わかったわよ、お父様!」

ククリはいたずらっぽく笑いながら、でも素直に返事をした。

 

 

 

 

 

あの時のドラゾンビとギガゾンビの壮絶な戦いは、村の誇りとして壁画に刻まれ、伝承として語り継がれていた。

 

ドラゾンビの像の奥、巨大な岩壁に描かれた壁画の前に集まる4人。

 

そこには空を駆ける真っ白な馬、鷹とライオンが融合したような巨大な獣、そして空を翔る竜と、4人の従者たちを従えた英雄ドラゾンビの姿が描かれている。

 

時間を操り、サーベルタイガーと激闘を繰り広げ、最後には巨大なマンモスの精霊をけしかけてギガゾンビを討ち果たし、ヒカリ族を楽園へと導いた──そんな壮大な物語が今も鮮やかに残されていたのだ。

 

「わぁ…みんな、ちゃんと絵になってる!」

「グリも、ドラも、ペガもいるよ!」

のび太の瞳はキラキラと輝き、壁画の世界に心を奪われていた。

 

「元気かなー?会いたいなぁ!」

「ねぇ、今度さ、未来の空想動物公園に会いに行こうよ!」

スネ夫が目を輝かせて言うと、

 

「うん!絶対行く!みんなにまた会いたいよ!」

のび太も満面の笑みで答えた。

 

「皆さんのお住まいは、ずっときれいにお掃除させて頂いております。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ!」

長老が穏やかな声でそう告げる。

 

「えっ、もう10年以上もずっと掃除してくれてたの?」

「当然ですよ。いつか戻って来られると思っていましたから!」

 

「それにあの洞窟は俺が作ったんだぜ!」

「なんと!さすがは従者の皆さま。入口は村の兵士が守りますので、ご安心くださいね!」

 

ククルの村の心からの歓迎に包まれ、4人はふかふかのベッドに身を沈めた。

 

「ふんふん…♪」

あの時しずかが作った部屋には、ちゃんとお風呂やシャワーも完備されていて、しずかはすっかり上機嫌。

 

スネ夫もジャイアンも、気持ちよさそうにいびきをかきながら眠りについている。

 

しかし、のび太だけはなかなか寝付けずに、天井をじっと見つめていた──。

 

 

(英雄ドラゾンビの物語、4人の従者と聖獣たちの壁画、そしてドラゾンビの加護を受けたククルの村の幸せそうな人々と村の様子……)

のび太は今日あった出来事を思い返しながらも、どこか心の奥にチクリと刺さる小さなトゲを感じていた。

 

「ま、いっか!寝よ!」

 

そう言った1秒後には、すべてを忘れてすうっと深い眠りに落ちていったのだった。

 

――翌朝。

 

4人は元気いっぱい、ククリたちと村じゅうでたっぷり遊ぶことにした。

 

原始時代の頃に着ていた衣装と槍は、洞窟にそのまま残されている。着替えを済ませて、みんなで村へ繰り出す。

 

「畑のレストラン開店!」

 

洞窟に残してあった「カツ丼」「スパゲッティ」「カレー」の種を畑に植えておいたら、なんと大根みたいな形の実ができていた。

 

パカッと割ると、中から熱々の料理がふわっと湯気を立てて現れる。

 

「どうぞ召し上がれ!」とスネ夫が得意げにみんなにふるまうと、

 

「わぁ!こんな美味しいもの、初めて!」とククリが目を輝かせた。

 

「だろ!何杯でもいけるって!」とジャイアンも大満足。

 

のび太はそのまま大根ごとパクッと食べてニッコリ。

 

一方、しずかは子どもたちと一緒に町のあちこちに花の種をまいて回っていた。

 

「もっとお花でいっぱいの村にしましょう!」

 

やがて芽が出て、色とりどりの花が咲き乱れると、村の女の子たちは大喜びで花輪を編み、ドラゾンビの像に次々とかけて感謝の歌を歌い始めた。

 

「ここに井戸があったら便利だろ?俺様が掘ってやる!」

 

ジャイアンはラクラクスコップを手に、村の中心で井戸を掘り始める。

 

水が湧き出すと、村の娘たちが花輪を持って駆け寄り、

 

「ありがとう!たくましい従者様!」

 

ジャイアンはそんな視線にすっかりデレデレで、顔がにやけっぱなしだった。

 

 

「よーし、ククリ!ボクたちと一緒に空を飛ぼうよ!」

のび太が笑顔で手を差し出す。

 

「空を?やったことないよ!どうやって飛ぶのさ?」

少し不安げなククリの頭に、のび太はそっとタケコプターをつけてスイッチを入れた。

 

「キャーッ!!!」

 

「ククリ、落ち着いて!バランスを取って!」

「ほら、手をつないであげるから。練習すればすぐ慣れるよ!」

スネ夫は子ども扱いがうまく、優しくククリの手を握って飛び方を教える。

 

しばらく練習すると、ククリはタケコプターにすっかり慣れてきた。

 

「わあ……村がこんなに小さい……人が豆粒みたい……」

上空から見下ろす小さな村は、まるでおもちゃの世界のようだった。

 

「ね、空を飛ぶって気持ちいいだろ?」

「俺たちはもう慣れっこだけどな!」

 

四人の顔を見ると、ククリも満面の笑みで答えた。

 

「うん!空を飛ぶの、すっごく楽しい!」

 

「……あれは何?」

のび太が指を差した先には、たくさんの人が集まり戦士たちが剣を振るっている広場があった。

 

「あそこはね、ヒカリ族の戦士たちが戦いの練習をしているところだよ!」

「ふうん」

 

「ヒカリ族には強い戦士がたくさん必要なんだ。お父さまたちが苦労したようなことが二度と起きないようにね」

 

のび太たちも納得した。確かに、ヒカリ族は十年前にクラヤミ族に村を焼かれ、連れ去られる悲しい経験をしているのだから。

 

「それじゃあ、次はあの山のてっぺんに行こう!」

「おー!」

 

元気よく叫び、4人はさらに空高く舞い上がっていった。

 

 

 

しばらく遊び疲れて、みんな村へと戻ってきた。

空を飛んで冒険していた娘・ククリが無事に帰ってくると、ククルとキリコはほっと胸をなでおろし、ぎゅっと抱きしめた。

 

「お父さま!お母さま!とっても楽しかったよ!」

「空を飛ぶなんて、すごいことだよ!」

ククリは両親にぴったりとくっついて、嬉しそうに自慢している。

 

それを見守る4人は、少しだけ胸の奥がキュンと熱くなった。

 

「そろそろ……ねぇ」

「うん、一旦お家に帰ろうか」

「賛成!」

「お母さん、心配してるかもしれないしな……」

 

4人の意見はすぐにまとまった。

 

「心配ないさ!タイムマシンなら俺たちが出発した1時間後に戻ればいいんだ!」

「そうだな!またすぐに遊びに来ようぜ!」

「うん!」

「原始時代、最高だな!」

「俺様には力強くてピッタリの世界だぜ!」

「ジャイアン、女の子にモテモテだったしな!」

 

ククリとククルに向かって、のび太たちは明るく手を振る。

 

「そろそろ一度、家に帰るよ。またすぐに遊びに来るからね!」

「えっ!もう帰っちゃうの?もっと歓迎したいのに!」

 

そのやりとりを見ていた長老が穏やかに口を開いた。

 

「ククル、皆さんに無理を言ってはなりませんよ」

「わかりました、のび太さん。またいつでも遊びに来てくださいね!」

 

「うん!次はもっとみんなで一緒に遊ぼうね!」

 

 

こうして、笑顔と約束を残して、4人は再びタイムマシンの旅路へと戻っていった。

 

 

「着替えを取りに戻らなきゃ!」

4人は洞窟へと戻り、自分たちの服を取りに行った。

 

しずかちゃん、スネ夫、ジャイアンはちゃちゃっと原始服に着替え終わったけど、のび太だけはちょっと違う。

 

「僕はこのままでいいや。だって日本はまだ冬で寒いんだもん」

エアコン機能付きの原始人服を脱がずに、一人そのまま残るのび太。

 

「もう!面倒くさがりなんだから、のび太は!」

「のび太は原始人だから、その格好が恋しいのかもね!」

「まぁ、スネ夫さんったら!」

 

そんなやりとりをしながら、4人は村を後にした。

 

でも、のび太の心には、あの村を囲う木の柵や、ものすごい数の石槍や弓矢がぼんやりと引っかかっていた。

 

槍をぶつけ合って訓練する戦士たち。そこには子供や女性の姿も混じっていた。

 

「前に来た時はもっと平和で、穏やかな村だったのに……」

過去に見たのとは違い、女たちは石を砕いて槍を作り、男女問わず弓矢の練習に励んでいる。

大人の男たちは石槍や石斧を振り回して模擬戦に汗を流していた。

 

「ねぇ、みんな?ちょっと思うんだけど……」

タイムマシンの中で不安そうに話しかけるのび太に、

 

「石槍や弓矢なんて狩りに使うんだろ!」

とスネ夫。

 

「マンモス狩りか?うおおお!俺も血が騒ぐぜ!」

「ジャイアンは原始人並みだからね!」

 

スネ夫が余計なことを言い、ジャイアンは「うるせえ!」とスネ夫の頭をバシンと殴る。

 

「次元流の不安定な所を通過します。シートベルトを締めてください」

タイムマシンのアナウンスが流れる。

 

「スネ夫!おい!逃げるなよ!誰が原始人だよコラ!」

「いやだよ!殴るなら僕じゃなくてのび太!あっち!」

 

わちゃわちゃと騒がしい4人のタイムマシンは、再び時空の狭間へと飛び込んでいった。

 

 

後ろでスネ夫とジャイアンがまたケンカを始めているので、のび太は狭いタイムマシンの隅っこにちょこんと座っていた。

 

「もう、狭いんだから暴れないでよ!」

「なにおぅ!のび太のくせに!」

 

ジャイアンが手を振り上げたその瞬間——

 

「キケン!キケン!オオキナ次元震キマス!ツカマッテ!」

 

「え?」

 

ブゥンンンンンン……!

 

大きな衝撃波がタイムマシンを襲った。

 

「うわああああ!」

「捕まって!みんな!」

 

ガタガタガタ……大揺れに、みんな必死でタイムマシンにしがみついて目を閉じた。

 

……が、のび太はいつの間にか音もなく、ゆっくりと落ちていた。

 

「え……?あれ?ボク、もしかして落ちちゃった?」

 

手を伸ばしてもジャイアンもスネ夫も目をつぶって必死にしがみついていて気づいていない。

 

「ああ、やっぱり落ちちゃったか……ボク、ドジだなあ……」

 

そう思いながら、のび太はゆっくりと、あるいは一瞬で──次元の隙間に吸い込まれていった。

 

次元震が収まった頃、タイムマシンの上で目を開けた3人。

 

「……みんな無事?」

「うん……なんとか」

「すげえ揺れだったなー!おい、のび太、大丈夫か?」

 

キョロキョロと探すけど、のび太の姿はない。

 

「あれ?のび太、いなくない?」

「本当だ!おーい!のび太!落ちたのか!」

「のび太さーん!」

 

タイムマシンの上から必死に呼ぶけど、返事はない──。

 

 

「のび太!おーい!返事をしろー!」

「いるんだったらいる!いないんだったらいないって言えー!」

 

必死に叫ぶけれど、すでに次元の流れに飲み込まれたのび太には声は届かない。

 

「くそ!俺がしっかりのび太を抑えていれば!俺の馬鹿!バカ!」

ジャイアンは責任を感じて自分の頭を叩きながら叫ぶ。

 

「たけしさんのせいじゃないわ!」

「そうだよ!あんなに揺れたんだから、自分のことで手いっぱいだったんだって!」

とスネ夫がなだめる。

 

過去にドラえもんが言っていた言葉がふとよみがえる。

 

「次元の流れに飲み込まれたら、時間の流れに巻き込まれて消滅するか、永遠に亜空間をさまようかのどちらかだ……」

 

その言葉に3人の顔は真っ青に染まった。

 

「「「どらえも~~~~ん!!!」」」

 

3人は急いでタイムマシンを操り、日本ののび太の家に戻った。

 

タイムマシンから飛び出すと、ドラ焼きを食べながら漫画を読んでいるドラえもんを揺さぶりながら叫ぶ。

 

「ドラえもん!ドラえもん!ドラえもん!」

「ねえドラちゃん!のび太さんが大変なの!」

「ドラえもん!どうにかしないとぶっとばすぞ!」

 

きょとんとした顔でドラえもんは3人の話を聞く。

 

「ええええええ!なんだって!のび太君がタイムマシンから落ちた?!」

これまでそんなことは一度も起きたことがなかった。驚きを隠せないドラえもんだった。

 

 

 

 

 

 

「大変だー!のび太くんが、のび太くんが死んじゃうよー!」

ドラえもんがパニック全開で大騒ぎする。

 

「ちょ、ドラえもん落ち着いてよ!」

慌てふためくドラえもんに、スネ夫もジャイアンも顔を見合わせる。

 

「でも、マジでヤバいだろ!早く探さないと!」

ジャイアンが声を張り上げると、みんな一斉にタイムマシンへ向かう。

 

「ほら、早く乗れって!」

ジャイアンが怒鳴りながらスネ夫を無理やり引っ張る。

 

「ちょっと待ってよ!ジャイアン!狭いんだからさ!」

スネ夫が机の引き出しに頭を突っ込んだまま抗議。

 

「うるせえ!のび太が命かかってんだぞ!そんなもん我慢しろ!」

ジャイアンが無理やりスネ夫を押し込むと、スネ夫が悲鳴をあげた。

 

「ぎゃああああ!落ちちゃう!ボクも落ちちゃう!な、なんでこんなことに!」

 

そんな無茶苦茶な4人は、震える心を押さえながら、あの凶悪な“次元の渦”へ向けてタイムマシンを飛ばすのだった。

 

 

 

 

ポツリ…ポツリ…

雨粒が静かに森の葉を叩く音で、のび太は目を覚ました。

 

「う…ん?ここは…どこだろう?」

見知らぬ寒々しい森の中。凍てつく空気が肺を刺す。

 

7万年前、後期更新世の氷河期──

もしあのとき面倒くさがらずに未来のエアコン服から現代の服に着替えていなければ、のび太はとっくに凍死していただろう。

 

「まずは…ククルの村に戻らなきゃ」

ぼんやりした頭でそう考え、足元に落ちていた電気石槍を手に取り、ポケットからタケコプターを取り出す。

 

空を飛び、煙の立つ村を見つけて急降下。

 

「やーやー!ぼくはのび太!ククルはどこですか?」

しかしそこは──ククルたちヒカリ族と対立する、暗く冷たい雰囲気の漂うクラヤミ族の集落だった。

 

あっけなく捕まったのび太。

ぐるぐるにロープで巻かれて連れて行かれる。

 

「ここは…ククルの村とは真逆の世界だ」

薄暗く荒れ果てた村に、どよめきが響く。

 

言葉を交わすために、翻訳こんにゃくをクラヤミ族の族長と思しき男に渡す。

 

「なんだお前は!ヒカリ族の者か!」

「違います!ぼく、のび太です!」

 

しかし、彼らには何も通じない。

 

「殺せ!ヒカリ族は死罪だ!」

「先祖の祖霊と英霊に生贄を捧げるのだ!」

「生贄を!生贄を!」

 

怒号と叫びが響き、クラヤミ族の村は騒然となった──。

 

 

「ちょっと待って!おかしいよ、みんな、よく考えて!」

クラヤミ族の村は騒然となる中、ひとりの少女が父である族長を前に強く訴えた。

 

「デル?どうしたんだ?」

族長が眉をひそめて問いかける。

 

「ここはヒカリ族の村からはるか西よ。こんな小さな子供が一人で歩いて来られるはずがないじゃない!」

 

少女デルは強い口調で続けた。

 

「まだ子供よ!こんな迷子を殺したって、何の意味もない。ご先祖様だって、こんな間抜けな顔の子供を捧げられても迷惑なだけよ!」

 

その言葉に、族長も取り巻きたちも押されるように黙り込む。

 

「たしかに……」

「デルの言う通り、こんな間抜けな顔じゃな」

「こんな弱々しい子を生贄に捧げたところで、我らの武勇に傷がつくだけだ」

「生贄にするなら敵の勇者か、美しい女がふさわしい」

 

「そうでしょう!こんなのを捧げるなんて、勇敢で気高いご先祖様に失礼よ!」

 

デルの熱意に、クラヤミ族の空気は一変した。

 

そう、のび太はこの少女の説得によって、命を救われたのだと――なんとなく伝わってきた。

 

「この子は私が預かるわ。いいわね!」

 

そう言うとデルはのび太を連れて、自分の洞穴へと歩き出した。

 

彼女はのび太より少し年上、勝気で頼もしい少女だった──。

 

 

寒さに震えるクラヤミ族の村では、誰もがオオカミの毛皮をまとっていた。

自分の部屋に戻ったデルは、厚手の毛皮を脱ぎ捨てて、のび太に顔をぐっと近づける。

 

「あなたは私の奴隷になったの。いいわね?これからは何でも私の言うことを聞くのよ?」

 

彼女の鋭い目に見つめられ、のび太は黙って軽く頷く。

命を救ってもらったことはちゃんとわかっているのだ。

 

「…本当にわかってるのかしら?」

デルはそう言うと、少し間を置いてから、手にしていた獣の骨を差し出した。

 

「お腹、減ってるでしょ。食べなさい」

 

その骨にはわずかに肉のかけらがこびりついていた。

飢えたのび太は迷わずかぶりつき、むしゃむしゃと食べ始める。

 

「なんだか……あなた、本当に間抜けな顔ね」

 

三角座りをしながら、のび太をじっと見つめるデル。

子供だからと勢いで助けたものの、あまりの間の抜けた顔に少しだけ後悔の色も見え隠れしていた。

 

食べ終わったのび太のお腹が「グー」と鳴る。

量が少なかったことを悟ったデルは、一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。

 

 

 

「ごめんね、最近猟がうまくいってなくて」

デルは自分の分の食事を取りながら言った。その量はのび太とほとんど変わらない。

 

小さな焚火のそばで薪をくべながら、ぽつりと続ける。

「もう少し東に行ければ獣もたくさんいるんだけどね」

 

「どうして東に行かないの?」のび太が尋ねる。

 

デルは寂しそうに目を伏せて答えた。

「東に行くと、ヒカリ族に襲われるの。ヒカリ族には数で勝てないから…」

 

「話し合えばいいじゃないか!助けてくれたお礼に、僕がヒカリ族と話をしてくるよ!」

 

その言葉に、デルの瞳が鋭くのび太を睨む。

「…やっぱり君はヒカリ族なの?」

 

「違うよ!僕はヒカリ族じゃない!ただののび太だよ!」

 

ため息をつきながら、デルは肩をすくめる。

「わかったわ。でも、ほかの人の前でヒカリ族のことは話さないほうがいいわ」

 

「どうして?」

 

デルは親指で自分の胸を突き刺すような仕草をして、低く囁いた。

「本当に生贄にされちゃうから。…そして、そのあとは…」

 

「そのあとは?」

 

「みんなに食べられちゃうのよ」

 

のび太は、洞窟のあちこちに並ぶ頭蓋骨を思い出した。

それがただの脅しじゃないことは、誰の目にも明らかだった。

 

「そんなの嫌だよ!生贄なんて絶対になりたくない!」

 

デルは優しく微笑みながら言った。

「それならおとなしくしていて。私のそばにいれば、悪いようにはしないから」

 

そう言うと、デルは草でできた簡素なベッドにのび太を誘う。

「もう寝ましょう。寒いから、一緒に寝ましょう」

 

「え!いいの?女の子なのに!」

 

「こんなに寒いとあなたも眠れないでしょ。ほら、早くいらっしゃい」

 

デルはまるで抱き枕のようにのび太を包み込み、身体を寄せて眠ろうとする。

 

これはこの寒冷な地域では当たり前の風習だった。

夜の凍える冷気から身を守るため、抱き合って眠るのだ。

 

大人のクラヤミ族の誰よりも、間の抜けた顔をしたのび太の方が、安全だとデルは確信していた。

 

 

「あれ?どうして?あなた……」

 

デルがのび太に抱き着いた瞬間、不思議なことが起きた。

寒さがまったく感じられず、むしろ暖かく柔らかな空気に包まれているのだ。

 

それはのび太が着ている未来の服が、自動的に周囲の温度を調節していたからだった。

けれど、そんなことをデルに言っても絶対に理解できないだろう。

 

「なんだか不思議ね……こんなに暖かい夜なんて、私、初めてかも」

 

そうつぶやきながら、デルはすやすやと眠りについた。

 

大きなおっぱいのデルに抱きしめられ、のび太の頭はパニック寸前。

だけど寝ることに関しては定評のある彼、緊張しながらもなんとか眠りに落ちた。

 

――翌朝――

 

クラヤミ族は狩りに出るため、日の出前に起こされた。

 

のび太は目が「33」状態でボーッとしている。

デルに連れられて、石槍を手に狩りに参加することに。

 

「のび太、狩りの経験はある?」

 

「ないよ!一回も!」

 

答えたのび太は、その直後に足を滑らせて転倒。

 

「でしょうね……よく村までたどり着けたわね」

 

デルは半ば呆れ顔で言う。

直感で、この子は何もできない子だと悟ったらしいが、その直感は見事に的中していた。

 

 

 

 

 

せめて狩りの役に立てれば、ほかのクラヤミ族の見る目も変わるかもしれない――。

そう思いながらも、獲物を目指してひたすら歩くクラヤミ族の列に、のび太はまったくついていけなかった。

 

「ごめんね、僕が不甲斐なくて……」

 

弱気なのび太に、デルは厳しくも優しい口調で答える。

 

「あなたは、私の、奴隷なんだから。私が、面倒は、見るわよ」

 

そう言うとデルはのび太を背負い、雪深い荒野をひたすら歩き続けた。

 

「氷河を超えるぞー!」

「吹雪が来るぞー!」

 

吹雪に耐えながら凍えるクラヤミ族たち。

だが、のび太を背負うデルだけは寒さをほとんど感じていなかった。

 

(不思議な子を拾ったわね……)

 

そう心の中で呟きながら、彼女は雪煙の中を力強く進んだ。

 

やがて先頭の見張りから叫び声が響く。

 

「マンモスだ!でかいぞ!」

 

「マンモス……あれを狩れば、しばらく皆食べていけるわ」

 

デルはつぶやいた。

 

のび太は遠目にその巨体を見て、驚きよりもどこか呑気に声をあげる。

 

「うわぁ!大きいなぁ!」

 

「行け!クラヤミ族の勇敢な戦士達よ!」

 

族長の号令とともに、石槍を手にした戦士たちが一斉に襲いかかる。

 

だが、マンモスの固い毛皮は石槍の攻撃を跳ね返し、戦士たちは次々と吹き飛ばされていく。

 

「皆の者、恐れるな!戦え!」

 

指揮を執るのは、クラヤミ族の勇敢な戦士・ネア。

彼は一族の中でも信頼厚いリーダーの一人だ。

 

「俺に続け!でえええええい!」

「ネアに続け!」

「足を狙え!」

「谷底に追い落とすんだ!囲め!」

 

戦士たちは次々にマンモスに襲いかかるが、その長い鼻で吹き飛ばされるばかり。

戦いは一進一退の激しい攻防を繰り返していた。

 

 

(私が・・・やらなきゃ!)

 

デルは覚悟を決め、渾身の力を込めて石槍を握りしめた。

「えええええい!」

 

鋭く放たれた石槍は、マンモスの右目に見事に命中した。

 

「パオオオオオン!」

 

怒り狂った巨獣が、血走った目でデルとのび太に向かって猛突進を開始する。

 

(・・・いけない!ノビタ!)

 

のび太をかばうように、デルはその突進をまともに受けて宙を舞い、谷の底へと落ちていった。

 

「デル!」

 

「族長の娘が落ちたぞ!」

 

「この谷は深い!もうだめだ!」

 

動揺し慌てふためくクラヤミ族たちを尻目に、のび太の頭は冷静に動いていた。

 

「タケコプター!」

 

装着すると、全速力で空を切り裂き、落下するデルを追いかける。

 

「奴隷が空を飛んだ!」

 

「まさか、あれはデルの奴隷か!」

 

驚きの声が集落中に響き渡る。

 

「もう少し・・・!デル!」

 

のび太は必死に手を伸ばし、地面すれすれのところでデルをしっかりとキャッチした。

 

茫然とした表情でのび太を見上げるデル。

 

「大丈夫?」

 

のび太が優しく声をかけると、赤らんだ顔をそむけながら小さく頷いた。

 

「え・・・あ・・うん・・・大丈夫」

 

抱きかかえられたデルの姿は、のび太の胸にまぶしく輝いていた。

 

 

谷底の岩場にデルをそっと降ろすのび太。

「よし、あのマンモスを倒せばいいんだね?」

「え、ええ……ありがとう、ノビタ」

 

デルはかすかに微笑む。

「ちょっと待っててね!」

 

そう言い残し、のび太はタケコプターを羽ばたかせて崖の上へと飛び立った。

 

空から見下ろす巨大なマンモス。

「ううう……怖いなぁ。でも、やらなきゃ!」

 

意を決し、のび太は勇敢にもマンモスの背中へ飛び乗る。

「この!大人しくしろってば!」

 

マンモスの激しい暴れに必死でしがみつく。

 

その一瞬の隙を逃さず、のび太は懐から取り出した電気石槍を首筋に押し当て、スイッチを入れた。

 

「ビビビビビビ!」

 

激しい電撃がマンモスを貫き、やがて巨大な巨獣はうなだれ、その場に倒れ込んだ。

 

「マンモスが倒れたぞ!今だ!」

 

族長の号令と共にクラヤミ族の戦士たちが群がり、石槍を次々とマンモスの急所に突き立てる。

 

「やったぞ!」

「マンモスを倒した!」

「これで子供たちに肉を食わせられる!」

 

アオオオオオオオン!

 

戦士たちの喜びの雄たけびが、冬山に響き渡った。

 

崖下でデルを背負い戻ったのび太を、クラヤミ族の族長が迎える。

 

「お前は一体……?」

「僕はのび太!さっきから言ってるじゃないか!」

 

族長は目を見開き、息を呑んだ。

「空を飛ぶとは……まさかギガゾンビ様と同じ術が使えるというのか!お前があのマンモスを倒したというのか!」

 

「ギガゾンビなんて知らないよ!僕の名前はの!び!た!」

 

その言葉に戦士たちは歓声を上げる。

「これはきっとギガゾンビ様の再来だ!」

「ノビゾンビ様だ!」

「ノビゾンビ様がマンモスを倒した!」

 

かくして、のび太は一日でクラヤミ族の英雄となったのだった。

 

 

 

その夜、久しぶりの大物を仕留めたクラヤミ族は小さな集落でささやかな宴を開いた。

子供も含めて総勢50人ほどの人数は、先日のヒカリ族の豪勢な宴と比べるとずっと控えめだが、皆の顔には笑顔があふれていた。

 

「ノビゾンビ」として一躍英雄に祭り上げられたのび太の前には、昨日とは打って変わって極厚のマンモスのステーキが堂々と捧げられる。

肉の芳ばしい香りが会場に満ち、クラヤミ族の者たちは久しぶりの大物に舌鼓を打っていた。

 

そんな賑わいの中、のび太はふとデルに尋ねる。

「クラヤミ族って、どうしてこんなに人数が少ないの?」

 

デルは少し遠い目をして答えた。

「私たちは部族同士であまり集まらないの。ギガゾンビ様がいらした時にはみんなで集まったこともあったけど、今はもうバラバラになっちゃった。」

 

「そうなんだ……みんな一緒にいればいいのにね。」

 

のび太はそう言いながら、よく焼けたマンモスのステーキを頬張り、思わず「おいしい!」と声を上げた。

 

その時、族長が高らかに声をあげる。

「本日は見事であった!ノビゾンビ殿よ!」

「できれば我らとずっと共に歩んでほしい!よければ我が娘デルと結婚し、子を成してはいかがかな!ワッハッハ!」

 

のび太はその言葉に戸惑い、ふにゃふにゃになってしまった。

それを見たデルはにこりと微笑み、静かに言った。

「疲れたみたい。先に寝かせてくるわね。」

 

デルはのび太を自分の寝所に連れて行き、優しく寝かせた。

のび太の穏やかな寝顔を見つめながら、デルはこっそりと洞穴を抜け出す。

 

向かったのは、村の外れにある秘密の温泉。

 

服を脱ぎ捨て、冷たい空気を切り裂くように温泉に身を沈めると、デルは深いため息をついた。

氷河期の厳しい寒さを忘れられる唯一のひととき。

 

チャプ……と手でお湯をすくい、髪を浸して汚れを洗い流す。

不思議な少年、のび太のことが頭をよぎる。

 

「ノビタさんって、不思議な子……」

 

チャプリ……顔までお湯に沈め、あの時の彼の表情を思い出す。

 

「でも……なんだか……かっこ……よかったな」

 

頬が淡く染まり、少しだけ笑みを浮かべた。

 

温泉から上がると、湯冷めしないように体を拭いて洞穴に戻る。

寝息を立てるのび太をそっと抱きしめるデル。

 

「……あったかいな、ノビタ……」

 

まるで子供のように無防備で安らかな表情を浮かべながら、デルは静かに眠りについた。

 

 

翌日――

クラヤミ族の村をデルに連れられ、のび太はゆっくり歩いていた。

 

ふと、一人のクラヤミ族が岩の塊を前に石槍の材料を割ろうと格闘しているのが目に入った。

 

「ねえ、あれは何をしているの?」

 

のび太が尋ねると、デルが答える。

「新しい石槍を作っているのよ、のび太。」

 

のび太は興味深そうに近づくが、石を割るその作業は思うように進んでいない。

 

「ねえ、ちょっと試してみてもいい?」

 

そう言うと、のび太は手にした石を砕こうとしているクラヤミ族の手元から石を受け取った。

 

「砕けた石は磨いてみたらどうかな?」

 

のび太は少し照れくさそうに説明する。

 

「磨製石器っていうんだ。昔、授業で習ったことがあるんだよ。」

 

デルは不思議そうな顔でのび太を見つめる。

 

のび太は石と石をこすり合わせ、丁寧に表面を削っていく。

 

「ほら、こうやって削っていくと、石が綺麗な刃物になるんだよ。」

 

しばらくの努力の末、彼の手元に滑らかで鋭利な石包丁が完成した。

 

「できた!」

 

周囲にいたクラヤミ族の女たちが驚きの声を上げる。

 

「すごい!こんな方法があったなんて!」

 

のび太の頭の中にある未来の知識が、まさかの時代の人々に新たな技術をもたらしたのだ。

 

(実は、磨製石器は約2万5千年前のものが最古とされ、のび太がいるこの時代からは約4万5千年も後の発明だ。)

 

そんなことは誰も知らず、ただ目の前に現れた新しい道具に目を輝かせている。

 

クラヤミ族にとって、この小さな石包丁は、明日への大きな進化の一歩となるだろう。

 

 

 

村の中を歩きながら、のび太はふと気づいた。

「あれ?これだけ?あんなに大きなマンモスを倒したのに、吊るされている肉がすごく少ないよ?」

 

デルが答える。

「あまりたくさん持ち帰っても、すぐに腐っちゃうからね。」

 

「冷蔵庫は無いの?」

 

デルは首をかしげて言った。

「れいぞうこ?何それ?」

 

「もう一度マンモスのところに行こうよ!」

 

そう言って、のび太は数人のクラヤミ族とデルを連れて、倒したマンモスの死体がある場所へ戻った。

 

「やっぱりだ!ここを掘ってみて!」

 

クラヤミ族の男が半信半疑で石槍を氷に突き立てて穴をあける。

 

「この中に肉をしまっておくんだ!」

 

穴の中に肉を入れて、上から雪をかけて覆う。

 

「目印の木を刺して…っと。」

 

のび太が手際よく作業を進めるが、周囲のクラヤミ族たちはまだ理解しきれていない様子だった。

 

「ここは氷河だから、ずっと氷のままなんだ。だから肉をここに埋めて凍らせておけば腐らないし、獣にも食べられない。たくさん埋めておいて、必要なときに掘り出せば、いつでも食べられるよ。」

 

食料を保存する――クラヤミ族にとってもデルにとっても、まるで魔法のようなこの言葉。

 

これまで彼らは、大きな獲物を仕留めても、食べきれる分だけ持ち帰り、あとは放置された死体を野生動物に食い荒らされ、骨になるか腐らせてしまうかしかなかった。

 

のび太の言う「冷蔵庫」は、彼らの生活にとって画期的な発明だったのだ。

 

「ええ!氷に埋めておけば腐らないの?ほかの動物にも食べられないの?」

 

「ちゃんとフタをして、目印を立てておけば大丈夫だよ。そうすれば必要なときに掘り出せるんだ。」

 

「それなら、このマンモスの肉も無駄にならなくて済むわ!」

 

「色々なことを知っているのね、ノビタ!」

 

デルが抱き着くと、のび太は照れくさそうにデレデレな表情を浮かべた。

 

 

「ぉぃ…のび太!ぉぃ!」

かすかに、聞こえるか聞こえないかの声。のび太はふと顔を上げ、草むらの中から手招きするジャイアンの姿を見つけた。

 

ジャイアンは「たずねびとステッキ」でずっと探していたが、声をかけられずにいたのだ。

 

「ぉぃ!のび太!こっちだ!こっちへ来い!」

 

のび太は「ジャイアン!」と呼びながら振り返る。

 

「ちょっとごめん!氷の穴掘りを続けてて!切り出した肉は雪で埋めて目印を立てるんだよ!」

 

「わかったよ、ノビゾンビ様!」

 

屈強なクラヤミ族の男たちに指示を出しながら、のび太はジャイアンの方へ向かった。

 

「どこに行くの?ノビタ!」

 

デルが心配そうに声をかけるが、のび太は照れ臭そうに、

 

「おしっこ!」

 

と言い残し、ジャイアンの元へ走った。

 

「おお!無事だったか、心の友よ!」

 

ジャイアンはのび太を強く抱きしめ、目には涙が浮かんでいる。

 

「お前!死んじまったと思ってたんだぞ、心の友よ!さあ、早く日本に帰ろうぜ!」

 

のび太は抱きしめられながらも、離れて言った。

 

「ちょっと待ってよ、ジャイアン!僕はまだ戻らなきゃいけないんだ。」

 

 

「戻るってどこにだよ!」ジャイアンが怒気を含んだ声で叫ぶ。

「クラヤミ族の村さ。まだちょっと戻れないんだ。戻るならちゃんと挨拶もしたいし!」のび太は決意を込めて言った。

 

「お前!クラヤミ族ってギガゾンビの手下だろ!ヒカリ族の敵じゃないか!」ジャイアンは眉をひそめる。

「敵じゃないよ!話せばわかる人達だよ!」のび太は譲らない。

 

頑として帰ろうとしないのび太にジャイアンはため息をつき、

「わかった、勝手にしろ!俺たちは日本に帰るからな!」と言い、ポケットからドラえもんのスペアポケットを取り出して渡した。

 

 

 

「何かあったらこれを使えって言われたんだ!さっさと用事を済ませて帰ってこいよ!」

 

のび太はそれをしっかり受け取り、力強く答えた。

「ありがとうジャイアン!これで100人力だ!みんなにもうちょっと待っててって伝えておくよ!」

「早く帰って来いよ!のび太!」

「うん!もう少しだけ!ありがとうジャイアン!」

 

 

 

スペアポケットをおなかに貼り付け、のび太は照れ隠しのように「はー出た出た」と言いながら、デルの元へ戻っていった。

 

村に戻ると、クラヤミ族は大歓声で迎えた。

「肉を腐らせずに保存する方法を授けてくれたノビゾンビさま!万歳!」

「マンモス狩りのノビゾンビ様!」

 

のび太は照れ臭そうに笑いながら、

「まるで僕、英雄みたいだな!」と浮かれていると、デルがそっと近づいてきて、優しくささやいた。

 

「これからもずっとこの村にいてね。あなたは私のものなんだから、ノビタ」

 

デルのほっぺにキスされ、のび太は顔を真っ赤にし、ヘロヘロになった。

 

その日の宴もほどほどに、のび太はデルに連れられ自分の洞窟に戻った。

 

 

 

 

 

しかしその時だった。見張りのクラヤミ族が叫び声をあげた。

「敵襲だ!ヒカリ族が攻めてきたぞ!」

 

慌てて洞窟から飛び出すデル。闇の向こうに見えるのは無数のたいまつの火。

10…20…30…50…それ以上の数の火が揺らめいている。

 

クラヤミ族はわずか50名ほど。戦える男は20名。残りは女子供だ。

彼らはヒカリ族に追われ、どんどん西の寒冷地に追いやられてきた。

この先は野生動物も薪も少なく、飢えと寒さで滅びるしかない、厳しい未来が待っている。

 

「ヒカリ族だ…!」デルが強く叫んだ。

 

 

松明が投げ込まれ、炎が集落の家々を飲み込む。

「もうダメだ…あの数じゃ勝てるわけがない」デルの声に、クラヤミ族たちの顔が硬くこわばる。

 

「退却!退却だ!西の氷河へ逃げろ!」長老の叫びが響く。

「ヒカリ族が迫っている!ノビゾンビ様を連れて逃げろ!」

 

デルは目を覚まさぬのび太を背負い、振り返らずに走った。

「ノビタ、何があったの?教えてよ!」のび太が不安げに問いかける。

「黙ってて!おとなしくしてて!」デルの声は震えていた。

 

集落では、退却を助けるために残った男たちが必死に足止めしていた。

「逃げろ!デル!ノビゾンビ様を守れ!」ネアの声が暗闇を裂く。

石槍一本で数十のヒカリ族を相手に戦う彼女は、血と傷だらけの壮絶な姿。

 

「ネア!みんな!」デルは心配そうに声を張り上げる。

 

夜を越えて走り続けたクラヤミ族の女と子供たちは、氷河の入り口でやっと息を整えた。

そこへ、死闘の末に足止めを続けた男たちが、ぼろぼろになりながらも戻ってきた。

 

「戦える男は…あと15人だ」ネアの声がかすれて響く。

「五人が犠牲に…だが、まだ…」彼女は決して諦めていなかった。

 

 

「くそう!ヒカリ族の奴らめ!」

男たちの怒声がこだまする。泥だらけの顔に、憎しみと悔しさが刻まれていた。

 

その様子を見て、のび太は静かに呟いた。

「お医者さんカバン!」

 

スペアポケットから取り出した不思議な箱から、

「ウチミ!キリキズ!ヤケド!」と声が響く。

 

ポンポンと湿布薬のようなシートが次々と飛び出し、

「みんな、これを貼って!」のび太は指示を出した。

 

半信半疑の男たちだったが、貼った途端に驚きの声が上がる。

「あっという間に怪我が治った!」

「骨折してたのに!痛みがない!」

「これで、また戦える!」

 

まるで魔法のように回復していく男たち。

 

長老はその光景に目を見開き、

静かに頭を垂れた。

 

「ノビタ!」デルが駆け寄り、抱きつく。

 

「ノビゾンビ様!」

男たちの熱い視線がのび太に注がれる。

 

「アオオオオオン!!」

 

戦士たちの雄叫びが荒野に轟いた。

 

しかし、遠く見張りのクラヤミ族から合図ののろしが上がる。

「追手が迫っている!ここも危険だ!」

 

「どこに逃げる!?この先は獣も住まぬ死の地だぞ!」

 

デルは固く唇を噛みしめる。

 

「でも……戦うしかない!」

 

「最後の一戦をやろうじゃないか!クラヤミ族の誇りを示すんだ!」

 

「ノビゾンビ様のおかげで、俺たちは戦えるんだ!」

 

男たちの気迫が渦巻く。

 

「俺たちが足止めをする!デル、もっと西へ逃げろ!」

 

「わかったわ、ネア!」デルは力強く頷いた。

 

刻一刻と迫るヒカリ族の影。

だが、彼らの心は燃えていた。

 

ここで倒れてたまるか――

彼らはまだ戦士だ。

 

 

 

 

 

燃え残る村の外れで、のび太は黙って立ち尽くしていた。

 

「ヒカリ族と……話し合いじゃ、解決できないんですか?」

 

 勇気を振り絞って口にしたその言葉に、長老はギロリと鋭い視線を向けた。顔には怒りと哀しみが入り混じる。

 

「話だと? あいつらの姿を見ただろうが! いきなり襲いかかってきて、村を焼いたんだ! 勇敢な戦士が五人も……二度と帰らぬ人になった……」

 

 長老の拳が震える。

 

「ギガゾンビ様に従っていたとはいえ、昔ヒカリ族を無理やり働かせた……あれは過去のことじゃ。だが、今回の仕打ちはあまりにも残酷じゃわい……」

 

 のび太は覚えていた。かつてクラヤミ族がヒカリ族にしてきたことを。

 村を襲い、捕らえ、ギガゾンビの命令で常闇の宮を築かせた。

 あのとき、ククルも……。

 

「僕が……相手をします!」

 

 静かに、けれど決然と立ち上がるのび太。その目には迷いがなかった。

 

「なっ……何を言ってるの!? 危険すぎるよ!」

 デルが声を荒げて止める。

 

「大丈夫、僕には……これがあるから」

 

 のび太がカバンから取り出したのは、銀色に光る小さな銃――《ドリームガン》。

 かつてモルグ・シティで凶悪な悪漢たちを一瞬で眠らせた、夢のような道具だ。

 

「僕はノビータ! クラヤミ族をいじめる奴らは……絶対に許さない!」

 

「そんなの持ってたって……何ができるの? お願いだからここに隠れていて! 私たちが“あなたを捕まえてた”って言えば、きっと許してもらえるから!」

 

「でもそれじゃ……デルたちがやられちゃう!」

 

「ノビタ……!」

 

 デルは迷った末に、肩から外していた毛皮を差し出した。

 

「だったら……これを着て。村で一番偉大だった狼の毛皮よ。祖先の霊が、きっとあなたを守ってくれるはず……」

 

「ありがとう。後で、ちゃんと返しに来るからね!」

 

 のび太は毛皮を頭からすっぽり被る。

 その姿は、まるでクラヤミ族の子どもそのもの。

 

 風が吹く。

 燃え残った村の灰が空を舞い、少年の決意を包んだ。

 

 

 「それじゃ、行ってくるよ! ハイヨー、シルバー!」

 

 毛皮のフードを目深にかぶったのび太――いや、《ノビータ》がそう叫ぶと、どこからか陽気な音楽が鳴り響き始めた。

 

 「せっかくだから、これも出しとこう!」

 

 スペアポケットから取り出したのは、三体の小さなロボットたち。

 《ムード盛り上げ楽団》が西部劇ばりのテーマを奏でながら、トコトコと彼の背後に続いていく。

 

 テンポのいいバンジョーの旋律、口笛とハーモニカのリズムに背中を押されるように、ノビータの足取りが軽くなる。

 まるで舞台に上がった主役のように、彼の中のスイッチが入った。

 

 かつて何度も修羅場をくぐり抜けた少年の手には、銀色の《ドリームガン》。

 このときだけは、のび太の射撃センスと反射神経は、まるで西部の名うてのガンマンのように鋭く、正確に研ぎ澄まされていた。

 

 ──そして、戦場はやってきた。

 

「いたぞ! クラヤミ族の子供だ!」

 

「子供でも容赦するな!」

 

 ヒカリ族の戦士たちが叫び、石槍を構えて突撃してくる。

 ノビータはその先端に、迷いなくドリームガンを構えた。

 

「ピロン」「ポロン」

 

 優しい電子音が響くと同時に、前線の戦士たちがバタリと地に倒れる。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 眠りの弾丸が正確に命中していた。

 次々と眠りに落ちていくヒカリ族の戦士たち。

 

「どんなもんだい♪」

 

 ノビータはくるりと銃を回し、肩の上でカシャリとホルスターに戻す。

 完璧なガンマンの所作だ。楽団の音楽がさらにボルテージを上げていく。

 

「二人やられた! 挟み撃ちにしろ、いっせいにかかれ!」

 

「ふふん♪ 遅い、遅い!」

 

 四方から押し寄せる敵に、ノビータは冷静に銃を構え直す。

 躍動する毛皮、風を切るドリームガン。

 

「ピロン!」「ポロン!」

 

 電子音が連続して響き、ヒカリ族の戦士たちが一人、また一人と夢の世界へ落ちていった。

 まるでその銃口には魔法が宿っているかのように。

 ドリームガンは身体に当てるだけで効果があるが、今のノビータには《頭部》を正確に狙う余裕すらあった。

 

 ──彼は、ただのび太ではない。

 この瞬間だけは、夢と勇気を携えた小さなヒーロー、《西部のノビータ》だった。

 

 

 「ねえ! ヒカリ族のみんな! 話をしたいんだけど!」

 

 のび太――否、今や《ノビータ》と呼ぶべき少年が声を張り上げる。しかし返ってきたのは冷たい怒号だった。

 

「クラヤミ族が、話だと!?」

 

「問答無用! 死ねッ!」

 

 茂みの影から現れた二人のヒカリ族戦士が、槍を構えて襲いかかってくる。

 

 ──だが、遅い。

 

 ノビータは振り向きもせず、まるで背中に目があるかのように、ドリームガンを撃った。

 

 「ピロン」「ポロン」

 

 即座に地面に倒れ込む戦士たち。ノールック・バックショット。見事すぎる一撃だった。

 

「10人以上で一斉にかかれ!」

 

「こいつ……手ごわいぞ!」

 

 足音が地鳴りのように響く。敵は数で押しつぶそうと迫ってくる。

 

 そのとき、背後で《ムード盛り上げ楽団》が高らかにクライマックスのテーマを奏で始めた。バンジョーとドラム、そしてハーモニカが戦場を一つの劇場に変える。

 

 ノビータが叫ぶ。

 

「僕はノビータ! クラヤミ族をいじめる奴は絶対に許さない!」

 

 次の瞬間、乱戦が始まる。

 

 ──だが、ノビータの動きは速い。速すぎる。

 

 「ピロン!」「ポロン!」「ピロン!」

 

 次々とヒカリ族の戦士たちが、目を見開いたまま夢の中へ落ちていく。ノビータはまるで踊るように身を翻し、弾丸を的確に放っていく。

 

 ──彼の姿は、西部劇の主人公そのものだった。

 

 バタバタバタ……!

 

 最後の一人が崩れ落ちると、ノビータはくるりと銃を回し、口元に笑みを浮かべる。

 

 「フッ」

 

 ドリームガンの銃口に軽く息を吹きかけるその姿は、あまりにも堂々としていた。

 

「くっ、こいつ……妖術を使っているぞ!」

 

「眠らされた戦士を連れていけ! ここは引き上げる!」

 

「撤退! 撤退だァッ!」

 

 ヒカリ族の残党が雪原を駆けて去っていく。

 

 その背に重なるように──

 

 パパパラッパパッパー!

 

 《ムード盛り上げ楽団》による、勝利のファンファーレが吹き鳴らされた。

 

 その様子を、氷河の上から見つめていたクラヤミ族の男たちは、言葉を失っていた。

 

「本当に……ノビタが……一人で……?」

 

「助かった、のか……?」

 

 かつて何度も挑んでも敵わなかったヒカリ族を、たった一人で退けた少年。

 それは、誰の目にも奇跡だった。

 

 そのとき、風が鳴いた。

 

 「ワオーーーーン!」

 

 最初の遠吠えが空に昇る。続いて二つ、三つ、やがて無数の声が重なって──

 

 「ワォーーーーーーーーン!」

 

 クラヤミ族の勝利の遠吠えが、凍てついた大地に轟いた。

 彼らにとってそれは、祖霊への感謝であり、そして新たな英雄への賛歌でもあった。

 

 毛皮を身にまとい、ゆっくりと戻ってくるノビータ。

 

「ただいま、みんな!」

 

 その声に、誰よりも早く駆け寄ったのはデルだった。

 

「ノビタっ!!」

 

 涙を浮かべながら、彼に飛びつくように抱きつくデル。

 

 「ありがとう……ありがとう……!」

 

 クラヤミ族の歓声と遠吠え、そして音楽隊の勝利の調べに包まれながら、ノビータは小さく笑った。

 

 

「ノビゾンビ様、ばんざーいっ!」

 

「ヒカリ族め、これで思い知っただろうが!」

 

「ワオーーーン!!」

 

 勝利に沸き立つクラヤミ族の村。焚き火の火が空を照らし、雪解けのように凍っていた人々の表情がほころんでいく。

 その声に合わせて、のび太──いや、ノビータも照れくさそうに遠吠えしてみせた。

 

「……わ、ワオーーン!」

 

 皆が笑い、さらに焚き火の炎が高くなる。夜はまだ長く、宴は始まったばかりだった。

 

 村に戻ったクラヤミ族は、盛大な祝宴を開いた。ムード盛り上げ楽団が楽しげなリズムを奏で、男も女も子供も踊りだす。

 

 「ノビータ、こっちこっち!」

 

 デルが手を引いてのび太を焚き火の前に連れてくる。その隣にぴったりと寄り添い、まるで恋人のように寄りかかってくる。のび太は顔を赤くしているが、まんざらでもない。

 

 そんなふたりを、少し離れたところからじっと見つめる少年がいた。ネアだ。

 デルに思いを寄せる彼の表情は、炎の揺らぎの中で複雑にゆがんでいた。

 

「いつもああやって襲ってくるの?」

 のび太がデルに問いかける。

 

「……うん。私たちは何もしていないのに。でも……10年前、ヒカリ族にひどいことをしたのは、事実なの」

 

 デルの声が、焚き火のパチパチという音に混ざって小さくなる。

 

「でもその時、私はまだ子供だった。何も知らなかったの。命令されるままに、ただ……」

 

 言葉に詰まるデルの肩を、そっと抱くように長老が現れる。

 

「あれは、ギガゾンビ様の命令だったのじゃ。今はお姿を隠されてしまったが、我々がどれほど謝っても、ヒカリ族は許してくれなかった……」

 

 その表情はどこか悔しげで、同時に深い悲しみに覆われていた。

 

 のび太はポツリと呟く。

 

「そうなの? 仲良くすればいいのに……」

 

 「そうね、本当に……そうよね」

 

 デルはそっと立ち上がり、のび太の手を取る。

 

「でも! ノビタのおかげで、私たちは初めてヒカリ族を追い払えたのよ。だから今日は、歌って、踊りましょう!」

 

 「うん!」

 

 「いいぞー! やれやれー!」

 

 「デル、ノビゾンビ様を離すんじゃないぞ!」

 

 誰かが手拍子を始めると、それはすぐに全体へと広がっていく。

 のび太とデルは笑い合いながら踊り始め、まるで西部劇のエンディングのような陽気な夜が続いた。

 

 やがて、宴も少し落ち着いてきたころ。

 

「なんだか……踊ったら眠くなっちゃった……」

 

 のび太があくびをしながら呟くと、デルはやさしく微笑んだ。

 

「そりゃそうよ、あれだけのヒカリ族を眠らせたんだもの。今日は、ゆっくり休んで」

 

 彼女はのび太の手を取ると、いつもの草のベッドまで連れて行った。

 

 そして、何も言わず、当たり前のようにその隣に身を沈めた。

 

「えっ……一緒に寝るの?」

 

「当たり前でしょ? ノビタは、私たちの英雄なんだから」

 

 のび太は照れくさそうに笑いながら、疲れのせいもあり、すぐに目を閉じた。

 

 ──無垢で、静かな寝顔。

 

 デルはそっとその頬を見つめ、ふわりと笑みを浮かべた。

 

 「ふふっ……子供みたいな顔……」

 

 そして、そっと、頬に小さなキスを落とす。

 

 「大人になったら……ね」

 

 その言葉は誰にも聞こえないように、焚き火の残り香に紛れて、そっと宵闇へ消えていった。

 

 

一方その頃──ヒカリ族の村は、騒然としていた。

 

「ええっ!? なんだって!? 遠征隊がやられたですって!?」

 

ククルの声が集会場に響き渡る。焚き火の煙が静かに上がるなか、緊迫した空気が村を包み込んでいた。

 

「はい……クラヤミ族の中に“狼の毛皮を纏った少年”が現れ、たった一人で我らの戦士を……全員、眠らせました」

 

報告する戦士の声は震えていた。誇り高いヒカリ族が、クラヤミ族──それも子供一人に敗れたなど、信じがたい事実だった。

 

「不思議な銃を持っていたそうです、音を鳴らして撃つだけで、次々と……」

 

「そんな馬鹿な……!」

 

 拳を強く握りしめるククル。その額には汗がにじみ、冷静さを装いながらも、内心は大きく揺れていた。

 

 その会議の場から少し離れた場所、焚き火のそばで、スネ夫とジャイアンがこそこそと話をしていた。

 

「なぁなぁ聞いたかよ、クラヤミ族にヒカリ族が負けたんだってよ!」

 

「マジかよ!あの怖〜い原始人どもに!? しかも、たった一人の狼の子供に!?」

 

「信じられないよな、あいつらギガゾンビの手下だったじゃん?」

 

「うん、ゴリラみたいなヤツらだよな!怖くて乱暴で、やっつけちまえばいいのに!」

 

 まるで悪口大会だ。

 

「でも……狼の子って……もしかして……のび太じゃないよな……?」

 

 スネ夫がぽつりと呟いたその時──

 

 

 

 ピピピピ! 

 

 ドラえもんのポケットから、けたたましいアラート音が鳴り響いた。

 

「……未来から通信? えっ……はい、ぼくドラえもん。……え? ……ほんとに? えぇぇ!? そ、そんな……!」

 

 その顔が見る見るうちに青ざめていく。何か、とても深刻な内容を聞いているようだった。

 

 そして──通話が終わるや否や、ドラえもんは振り返り叫ぶ。

 

「……のび太くんを、明日までに連れ戻さなきゃいけない! 絶対にだッ!」

 

「ど、どうしたんだよドラちゃん!?」

 

「なんだよ教えろって!」

 

「のび太がどうかしたのか!?」

 

 スネ夫もジャイアンも詰め寄るが、ドラえもんは一言だけ残し、くるりと背を向けた。

 

「……とにかく、今日は寝よう。明日のために、休むんだ。いいね?」

 

 そのまま、焚き火の光を背に洞窟の奥へ消えていった。

 

──そして、夜は明けた。

 

 朝焼けに染まる谷の奥、ドラえもんたちは「どこでもドア」で、のび太とジャイアンが別れた谷間へと降り立った。

 

「ここが、昨日のび太が消えた場所だよな……」

 

 スネ夫があたりを見回す。

 

「のび太ー! おーい!」

 

 ジャイアンの大声も、山々に反響して帰ってくるだけだった。

 

「……やっぱり、いないな」

 

 ドラえもんが険しい表情で呟いた。

 

 だが、彼には分かっていた。この先にある、クラヤミ族の洞窟集落。そこに、のび太がいるということも。

 

 問題は、そこがただの集落ではないということだ。

 

「……やっぱり正面から入るのは無理だね。敵意を持った原始人たちに囲まれた洞窟都市、無許可で忍び込むのは危険すぎる」

 

「どうするんだよ、ドラえもん……」

 

「……僕に、考えがある。今日は一度戻ろう。そして、準備を整えてからまた来るんだ」

 

 ドラえもんの目は、ただならぬ決意に満ちていた。

 

(未来からの警告……のび太くんをこのままにしておけば、取り返しのつかないことが起きる……)

 

 ──それが何を意味するのか、まだ誰も知らなかった。

 

 

「石ころぼうし!」

 

ポンッと音を立てて、4人の姿が煙のように景色に溶ける。

気配を完全に消した彼らは、クラヤミ族の洞窟集落の入口をすり抜け、静かに足を踏み入れた。

 

「どこだろう、のび太君……」

「尋ね人ステッキを使ってみて」

スネ夫の声にうなずき、ドラえもんがポケットから取り出したのは一本のステッキ。

 

「よし、のび太君、のび太君……」

先端の矢印がピクピクと動き出す。

「──あっちだ!」

 

 ステッキの指し示す方向へ、4人は慎重に進みながら集落を観察する。

 

焚き火の煙が立ち昇る広場。

女たちが笑いながら大きなマンモスの肉を串刺しにして焼いていた。

 

「ノビゾンビ様には一番いいところを食べてもらわなきゃね!」

「この石包丁もノビゾンビ様が作ってくれたのよ。信じられないくらいよく切れるの!」

「槍や弓矢も強くなったって。ヒカリ族とも互角に戦える日が来るかも!」

「ノビゾンビ様がいてくれれば、クラヤミ族はもう負けない!」

 

 焚き火の周囲はまるで祝福の祭壇のようだった。

 

「ノビゾンビ、だってさ」

「……のび太がゾンビ?何そのセンス……」

「でも、すごく尊敬されてるみたい。あののび太さんが、英雄に……」

 

 静かに呟いたしずかの声に、誰もが言葉を詰まらせる。

 

だが、ドラえもんだけは違っていた。

その瞳は、どこか焦りと警戒に満ちている。

 

「……あれは、磨製石器だ」

 

 ドラえもんの目が、肉を切っていた石包丁へと向けられる。

 

「のび太君……君、それをもう作っちゃったの……?」

 

 石器時代の技術的飛躍。

それは本来もっと未来に起きるべきものだった。

それを彼は、持ち前の発想力と“ちょっとしたひらめき”でやってのけてしまったのだ。

 

(歴史が、動いてしまう……!)

 

 その時だった。

 

「おい、見ろ!」

「他の部族が来てるぞ!」

 

 集落の外れから、複数の影が現れる。

逞しい体格、異なる毛皮の装い──明らかに外部のクラヤミ族だ。

 

「ここに、ヒカリ族に勝ったという“ゾンビ様”がいらっしゃると聞いた!」

「そうだ!俺たちクラヤミ族の救世主だと!」

 

 集落の入口がどよめく。

中から長老たちが迎えに出る。

 

「おお、よくぞ来られた!ノビゾンビ様は今、休まれておる。だが間もなくお目通りがかなうはずだ!」

「ふはは、これからは“ノビゾンビ連合”だな!」

 

「……やばいよドラちゃん……のび太、このままだと……」

「“原始時代の王”になっちゃうんじゃ……?」

 

 スネ夫の呟きが、奇妙な現実感を帯びていた。

 

ドラえもんは拳を握りしめ、顔を伏せた。

 

(のび太君……このままじゃ、君は歴史の“修復不可能点”になってしまう……!)

 

 

 

ドラえもんの恐れていた未来が、音を立てて現実になりつつあった。

 

「ノビゾンビ様の元に集結するんだ!」

「ヒカリ族を倒せ!」

「俺は北の部族に知らせる!」

 

集落の外れで声を張り上げる各地のクラヤミ族の代表たち。

その熱気と信仰めいた勢いに、ドラえもんの全身が凍りつく。

 

「――クラヤミ族に認知革命が始まってる……!」

 

のび太という“存在”に神話性を持ち始めたクラヤミ族。

言葉が情報を超えて観念を作り出し、彼らはついに**“想像上の共同体”**という次のステージへと進もうとしている。

 

「このままじゃ、のび太君が“神”になってしまう……!」

 

そのころ、村の奥深く――。

 

「う、ううん……」

陽の光が差し込む中、のび太がまどろみから目を覚ます。

草の香りと、隣で眠っていた少女のぬくもりが残っている。

 

「やっと起きたのね、お寝坊さん」

 

目を開けた瞬間、至近距離にデルの優しい笑顔。

一瞬、心臓がバクンと跳ねたのび太は慌てて顔を背ける。

 

「あ、ああ……デル、おはよう! 顔洗ってくるね!」

 

ぱたぱたと逃げるように洞窟の外へ出ていくのび太。

 

残されたデルは、ふと枕元にあったのび太の道具に気がつく。

 

「これは……昨日の“魔法の鉄の棒”?」

 

のび太が「ドリームガン」と呼んでいたそれを、そっと手に取る。

でも標的も、敵もいない洞窟の中で、この道具は沈黙したまま。

 

(彼は、こんな不思議な道具で、たくさんの人を守ってくれた……)

(ノビタ……あなたは、やっぱり、狼の神様の使いなのかもしれない)

 

デルはそのままドリームガンを抱きしめるようにして、そっと胸に当てた。

 

その頃、洞窟の入り口では、他部族の使者たちがすでに踊り始めていた。

クラヤミ族が、ただの生存集団ではなく、意志をもった“国家”に変わろうとしている。

 

その中心に、“ノビゾンビ様”という象徴を据えて――。

 

 

 

のび太が顔を洗って洞窟へ戻ると、デルがドリームガンを手にしていた。

 

「……デル?なにしてるの?」

 

「これで戦っていたのよね?ノビタ?……触ってみたけど、何も起きなかったわ」

 

「そりゃあ当然だよ。ここには、僕とデルしかいないもん。貸してごらん」

 

のび太はドリームガンを受け取り、洞窟の外にいたクラヤミ族の戦士へ向かって軽く引き金を引いた。

 

――ピロンポロン♪

 

「グー……」

 

間抜けな音とともに、クラヤミ族の戦士がその場で気を失って倒れる。

 

「えっ!?い、今の……!?」

 

「昨日のヒカリ族と同じだろ?」

 

「まるで……夢を見ているみたい」

 

「デルにも使い方、教えておくよ。僕がいなくても、クラヤミ族を守れるように」

 

「……な、なんでそんなこと言うの?行かないでよ、ノビタ!」

 

突然、デルがのび太に抱きついた。

 

その瞳には、怯えと不安、そして……一途な想いが宿っていた。

 

「ノビタは……私のものなの。ずっと一緒にいたいの……!」

 

その言葉は、まるで一撃の矢のように、のび太の心に突き刺さった。

 

でも――。

 

「デル……ありがとう。でも、僕には帰る場所があるんだ。

 君のために、ちゃんと道具のこと、教えるから」

 

ぽろぽろと涙をこぼしながら、デルは黙って頷いた。

 

「ここに指をかけて、狙いを定めて――それから、引き金」

 

「こう?」

 

――ピロンポロン♪

 

「グゥ……」

 

もう一人、外の戦士が眠りについた。

 

「……できた、できたわ!ノビタ!私にもできたの!」

 

「すごいよデル!うまいじゃないか!」

 

デルは信じられないといった顔で、ドリームガンをまじまじと見つめた。

 

「これって……ノビゾンビ様の、ご加護……?」

 

「ご加護かどうかは分からないけど、危ないときはこれで仲間を守って」

 

「うん!」

 

そう言って、デルはドリームガンを――まさかの――胸の谷間に挟んだ。

 

「……っっ」

 

のび太の顔が真っ赤になる。

 

「ど、どうしたの?ノビタ?」

 

「な、なんでもないよ!!」

 

――だがその微笑ましい空気の裏で、4つの影がじっと様子を伺っていた。

 

「ジャイアン、今だ」

 

「任せとけ!」

 

静かに忍び寄ったジャイアンが、のび太の体を担ぎ上げる。

 

「へ……?ムグッ!」

 

そしてスネ夫が素早く口をふさぎ、そのまま草むらへと運び去っていった。

 

「ノビタ……?トイレかしら。洞窟で待ってましょう」

 

デルは不思議そうに首を傾げ、再び洞窟へ戻っていった。

 

草むらの中で、のび太がドラえもんたちに囲まれる。

 

「のび太君!君は――なんてことをしてくれたんだ!」

 

怒気すら帯びたドラえもんの声が、森に響き渡る。

 

「えっ!?な、何もしてないよ!」

 

「してないわけないだろ!胸に手を当ててよーく考えてみな!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ、ドラちゃん!昨日からなんかおかしいよ!」

 

しずかが間に入る。

 

「そうだよ!ちゃんと説明してくれなきゃ分かんないだろ!」

 

スネ夫も続けた。

 

ドラえもんは、眉間にしわを寄せながら、深く息を吐く。

 

「……分かった。全部話すよ。のび太君がここにいたら、未来が……取り返しのつかないことになるんだ」

 

 

――時空を揺るがす、真実の扉がいま、ゆっくりと開かれようとしていた。

 

 

 

 

ドラえもんは、ゆっくりと皆の前に歩み出た。

その表情はいつもよりも一層厳しく、緊張感が漂っている。

 

「このままだとのび太君、タイムパトロールに捕まるかもしれない――!」

 

「えええっ!?」

「タイムパトロールってなに?!」

「ボク、何も悪いことしてないよ!」

 

のび太の顔は青ざめ、困惑の色が濃い。

 

だがドラえもんは首を振り、声を強める。

 

「いや、してるんだ。のび太君が何も気づいてないだけで、世界はもう、取り返しのつかないことになりかけている――」

 

「とんでもないことって?」

ジャイアンが身を乗り出す。

「ドラえもん、ちゃんと説明してくれよ!」

 

ドラえもんは軽く咳払いをし、一息ついた。

 

「ちょっと難しい話かもしれないけど、これを見たことはあるかい?」

 

そう言って差し出されたのは、サルから猿人、旧人、新人、そして現代人へと進化していく図。

 

「うん、見たことある!」

「社会の教科書に載ってたよね!」

「のび太はこのあたりだな!」

スネ夫が図の猿人あたりを指差して笑う。

 

「もう、からかわないでよ!」と、のび太は怒り混じりに叫ぶ。

 

「実はね、22世紀ではこの図は教科書から消えているんだ」

 

「え?なんで?間違いだったの?」

 

「そう、間違いだと証明されたんだよ」

 

「だって先生が言ってたよ!」

「嘘ついてたのかよ!」

 

「そういうこともあるんだ。科学が進歩すると、今までの常識が覆されることもあるんだよ」

 

「それって……動画で見たことある!歴史上の人物の肖像画が全然違ってたりする話だよね!」

 

しずかが嬉しそうに頷いた。

 

「そうだ。それとタイムパトロールがどう関係するか、説明するよ」

 

ドラえもんは画用紙を取り出すと、ゆっくりとペンを走らせ始めた。

 

「これをじっと見ていてくれ――」

 

そこに描かれたのは、あの進化の図に似ているが、途中から枝分かれし、歴史の流れが大きくねじれているような、不穏な図だった――。

 

 

 

ドラえもんは画用紙に絵を描きながら、静かに説明を続けた。

 

「この絵はね、原人までは正しいんだ。でもここから先、人類は多様に枝分かれして進化していったんだよ」

 

画用紙には次々と、サピエンスやネアンデルタール、フローレシエンシス、デニソワ、ソロエンシス――さまざまなホモ属の人類が枝分かれした図が描かれていく。

 

「この中で、クラヤミ族はたくましく、体格もがっしりしているから、この『ネアンデルタール族』に近いんじゃないかと考えられる」

 

「そうそう!ヒカリ族とは全然違う体つきだよね!」とジャイアン。

 

「じゃあ、ヒカリ族は?」としずか。

 

「特徴から考えると、あれはサピエンス族だ。つまり、のび太君やしずかちゃんたちのご先祖様ってわけだ」

 

「やっぱり!ククルたちが僕たちの先祖なんだ!」のび太が目を輝かせた。

 

「ジャイアンはクラヤミ族がご先祖様かもね!」スネ夫がからかう。

 

「うるせぇ!」ジャイアンの拳がスネ夫の頭を叩いた。

 

のび太は少しもやもやしながらも続けた。

 

「で、そのご先祖様がどうしたのさ?」

 

ドラえもんは息を整えて言う。

 

「ホモ・ネアンデルタール族は、実はサピエンスよりもずっと強い。力もあって頭も良くて、言葉を話し、石器を作っていた記録もあるんだ」

 

「なのに、なんでヒカリ族のほうが強くなったんだろう?」

 

「それはね、『認知革命』っていうものがサピエンスにはあったからなんだ」

 

「ニンチカクメイ?」

 

「うん。みんなで心を一つにして、同じ目的のために信じ合う力――つまり言葉だけで信じられるチカラが、サピエンスには他の種族よりずっと強かったんだ」

 

「どういうこと?」

 

ドラえもんはにっこりして言った。

 

「例えばね、『神様の元に集まれ!』とか『みんな同じ仲間だから一緒に戦おう!』とか、そういう感情が強かったんだ。他の種族はそれが薄くて、小さな集団でしかまとまれなかったから、サピエンスに負けてしまったんだよ」

 

のび太たちは言葉の意味を噛みしめるように、ドラえもんの話をじっと聞いていた。

 

 

 

ドラえもんの声はどこか切迫感を帯びていた。

 

「だから、ヒカリ族はあんなに村人がたくさんいたんだ!」

 

「そういえば、デルの一族と他の一族は一緒に暮らしていないって言ってた!」

 

のび太が思い出したように言う。

 

ドラえもんはうなずいた。

 

「そこなんだよ、でものび太君!君が一人でヒカリ族をやっつけたりするから…」

 

「するから?」

 

「ネアンデルタール族にも、認知革命が起き始めているんだ。キミ、ノビゾンビという英雄の存在を核にして、一族が集まり始めているんだよ!」

 

のび太は息を飲んだ。

 

「……すると、どうなるの?」

 

ドラえもんは続けた。

 

「それに、のび太君!この時代には存在しない磨製石器の作り方を教えただろ?あれはどんなに古くても2万5千年前にしか発掘されていない。つまり、この時代から4万5千年も後にならないと存在しないものなんだ」

 

「それがどうなるっていうの?」

 

「このままだと、ネアンデルタール族がサピエンス族を滅ぼしてしまうかもしれない。そうなったら地球の歴史がめちゃくちゃになって、キミも僕もジャイアンも生まれなくなってしまうんだよ!」

 

ジャイアンが強く拳を握った。

 

「だからってどうすればいいんだよ!デルたちに滅びろって言うのかよ!」

 

ドラえもんは一呼吸置き、表情を曇らせて話し始めた。

 

「いいかい、のび太くん。生命の生存競争っていうのは本当に残酷なんだ」

 

「オーストラリアに住んでいたホモ・ソロエンシスは、約5万年前に滅んだ」

 

「なんだか……かわいそうだね」

 

「そして、オーストラリアのデニソワ人は約4万年前に。クラヤミ族であるネアンデルタール族は3万年前に滅びている」

 

のび太の目に不安が浮かぶ。

 

「そして最後に残った人類、ホモ・フローレシエンシスはインドネシアのジャワ島に住んでいたけど、約1万3千年前に全て滅んでしまった。これらは全て、サピエンス族、つまりのび太君たちのご先祖様が滅ぼしたんだ」

 

「な、なんだって!」

 

「ククルたちが、他の人類を滅ぼしたんだ!」

 

「そんなの……ひどいよ!かわいそうじゃないか!」

 

 

ドラえもんは深いため息をついた。

 

「でも、それが現実なんだ……ククルたち、ご先祖様のおかげで人類は一つの種として統合された。今の地球に残っているのは、ほんのわずかにネアンデルタールの遺伝子が混ざった人間がいるってくらいだよ」

 

しずかが不安そうに問いかける。

 

「じゃあ、クラヤミ族はどうすればいいの?ククルたちに滅ぼされる運命の他の人類を助けることはできないの?」

 

ドラえもんの顔が曇った。

 

「どうすることもできないんだ……ネアンデルタール族の弱点は認知革命を持たないこと。その弱点を、のび太君が補ってしまった。しかも、何万年も後にしか存在しないはずの磨製石器まで持ってしまった。これは歴史を守るタイムパトロールに目をつけられても仕方がないことなんだ」

 

しずかもようやく事の重大さを理解したようにうなずいた。

 

「でも、今のところタイムパトロールはボクにのび太君の行動を一任してくれている。だから、のび太君。この『わすれろ草』でクラヤミ族からのび太君と磨製石器の記憶をすべて消して、日本に帰るんだ。そうすれば、すべて丸く収まるから」

 

のび太は強く首を振った。

 

「できないよ!デルたちを見捨てろって言うの?クラヤミ族のみんな、顔は怖いけど本当は優しい人たちなんだ。どうしてククルたちは他の人類を滅ぼそうとするんだよ!」

 

ドラえもんは俯きながら答えた。

 

「それは、わからない……遺伝子のなせる本能としか言いようがない」

 

のび太の瞳に熱い決意が宿った。

 

「そんな遺伝子なんていらない!ボクはデルたちを守るんだ!ノビゾンビとしてクラヤミ族のみんなを守る!」

 

ドラえもんは必死に止めようとした。

 

「そんな勝手はさせないぞ、のび太君!ボクと一緒に帰るんだ!」

 

ジャイアンも怒鳴りながら割って入った。

 

「のび太!落ち着け!」

 

スネ夫も声を荒げる。

 

「てめぇ、帰らないとぶっとばすぞ!」

 

しずかも必死に呼びかける。

 

「のび太さん!」

 

けれどのび太はドラえもんの手から『わすれろ草』をひったくると、4人に勢いよく撒き散らした。

 

(ノロマなのび太にしては、かなりのファインプレーだ……)

 

ドラえもんは苦笑を浮かべた。

 

「え?のび太君、どうしたの?」

 

「おう、のび太!」

 

「何か大事なことを話してたみたいだけど……」

 

「やだなぁ!これからヒカリ族の村に帰るって言ってたじゃないか。ほら、どこでもドア!」

 

のび太はスペアポケットから鮮やかにどこでもドアを取り出し、4人を送り出した。

 

バタン、とドアを閉じて消えると、のび太は一人、深く息をついた。

 

 

のび太は全力でクラヤミ族の村へ駆け込んだ。

 

「デル!ヒカリ族が攻めてくる!戦争の準備を急げ!」

 

洞窟に響き渡る、クラヤミ族の慌ただしい声。

 

「「「「あああああ!」」」」

 

――一方、ヒカリ族の村に戻ったドラえもんたち4人は、すべてを思い出し衝撃を隠せなかった。

 

「思い出した!完全にのび太君にやられたんだ!」

 

「くそ……のび太のくせに、まさかここまでやるなんて!」

 

「このままじゃ、のび太君は時間犯罪者になってしまう!」

 

「絶対にのび太さんを助けなきゃ!」

 

意気込みを新たに、4人は再び行動を開始しようとした。

 

「よし、もう一度行くぞ!どこでもドア――あれ?」

 

ドラえもんがポケットに手を突っ込むが、どこでもドアの感触はまったくない。

 

「どうしたんだよ、ドラえもん!早くクラヤミ族の村に行かないと!」

 

「のび太君にどこでもドアを取られた!ポケットにないんだ!」

 

「ええっ!」

 

「どうすんだ、ドラえもん!」

 

「とりよせバッグもない、どこでも窓もない……くそっ、のび太のくせに頭が回る!」

 

焦りばかりが募るドラえもんたち。

 

――その頃、クラヤミ族の洞窟の中。

 

のび太はスペアポケットから道具を片っ端から取り出していた。

 

「ドラえもんに使われたら、クラヤミ族のみんなに迷惑がかかるからな……」

 

「これだけ出しておけば、ドラえもんももう取り返せないだろう」

 

手に握っていたのは「取り寄せバッグ」。

 

のび太の策士ぶりに、洞窟の空気が一層引き締まる。

 

「ねぇデル!」

 

のび太は真剣な眼差しで声をかけた。

 

「どうしたの、ノビタ?」

 

デルが振り返る。

 

「いいことを思いついたんだ!ちょっと手伝ってくれよ!」

 

のび太の目が強く輝いた。

 

 

その1日後──

 

「戦争の準備よ!皆、集まって!」

 

デルの声がクラヤミ族の集落に響き渡る。東西南北から、数百人のクラヤミ族が集結していた。

 

「これから皆に作戦を伝えるわ!私たちの村を、一族を守るのよ!」

 

「ノビゾンビ様と共に!」

 

「ノビゾンビ様と共に!!」

 

のび太――いや、「ノビゾンビ」の名は、今や村中に知れ渡り、彼の存在がクラヤミ族をひとつに結びつけていた。ドラえもんが危惧していた「認知革命」はここに完成してしまったのだ。

 

一方、ヒカリ族の村でも再侵攻の準備が整いつつあった。

 

「ドラゾンビ」の加護を受け、集まった戦士たちは1000人を超える。ククルを中心に武器や矢を整え、村は緊迫した空気に包まれていた。

 

「ククル!クラヤミ族への攻撃をやめられないの?」

 

しずかちゃんが必死に食い下がる。

 

「そうよ!昔のことは水に流して、仲良くすればいいじゃない!」

 

スネ夫も声を上げるが、ククルの表情は変わらない。

 

ドラえもんは重い気持ちで思考を巡らせていた。

 

(ネアンデルタール族の認知革命は、のび太君を中心に既に出来上がってしまった。これが成立すれば、一致団結したクラヤミ族は強力な武器と身体能力で、ヒカリ族を圧倒するだろう。そうなれば未来の歴史はめちゃくちゃになる…)

 

頭を振りながらも考えは進む。

 

(だけどヒカリ族に磨製石器を教えたのはまずかった。歴史を大きく変える恐れがある。のび太君、こんな時ばかり勉強したことを覚えてるなんて…)

 

「しずかさん、みなさん、クラヤミ族との戦を止めることはできません。僕が戦士として生まれたその時から、宿命として決まっているのです」

 

ククルは静かながら強い声で宣言する。

 

「だからって…!」

 

「今、僕がやめたくても、皆が許してくれません。見てください」

 

ククルが指差す先には、彼の部下であるマムクがヒカリ族の民を前に熱く演説している姿があった。

 

——戦火の前夜、すべての運命が交錯し始める。

 

 

「この地上は我々だけのものだ!クラヤミ族のものではない!10年前の苦しみを忘れたか!」

 

「忘れてない!」

 

「クラヤミ族をやっつけろ!」

 

ヒカリ族の戦士たちの声が轟き、村は熱狂の渦に包まれていた。

 

「我らにはドラゾンビ様のご加護がある!ヒカリ族の戦士は勇者揃いだ!この戦いは必ず勝利するぞ!」

 

「おおおおお!」

 

「ドラゾンビ様!我らに勝利を!」

 

ククルは遠くを見つめ、燃え上がる戦士たちの熱気を鎮められない自分に苛立っていた。

 

「どうするんだよ、ドラえもん!このままじゃ手がつけられないぞ!」

 

スネ夫が声を荒げる。

 

「おいドラえもん!いいアイディア出さなきゃぶん殴るぞ!」

 

「お願い、ドラちゃん!」

 

三人に背中を押されて、ドラえもんも決意を固めた。

 

「こうなったら…僕たちが、のび太君を止めるしかない!」

 

「のび太さんと戦うの?」

 

「そうだ。クラヤミ族に磨製石器のことを“わすれろ草”で忘れさせて、僕たちは未来に帰るんだ。今ならまだ間に合うはずだ!」

 

「相手はのび太だろ?楽勝だよ!」

 

「おう!俺がぶん殴ってでも目を覚まさせてやる!」

 

だが、ドラえもんの顔には不安が浮かんでいた。

 

(でも…こういう時ののび太君は、めちゃくちゃ手ごわいんだよな…)

 

余計な時に余計な頭が回るのを知っているだけに、彼の表情は複雑だ。

 

「とりあえずスペアポケットにはロックをかけておいた。これでのび太君は自由に道具を出せないはずだ」

 

「さすがドラえもん!」

 

「でも、ずいぶん道具を持っていかれたな…もう!のび太君め!」

 

 

「どらちゃん!」

 

ドラえもんが呼びかける。

 

「たぶんクラヤミ族は必死に抵抗してくるだろう。僕たち4人で、ヒカリ族が遠征してくる範囲の向こう…あの氷河の向こう側までクラヤミ族を追い出すのが目標だ!」

 

「のび太をやっつけてこい!」

 

「そうそう!僕たちに任せて!」

 

3人に空気砲、ひらりマント、指でっぽうを手渡すドラえもん。

 

だが、その動きは全部のび太に読まれており、彼の掌の上で踊っているに過ぎなかった。

 

 

「とりあえず西に進もう!タケコプター!」

 

ドラえもんが取り出した瞬間、焦りが顔をよぎる。

 

「あれ?スペアが全然ない!一人一個ずつしか残ってない!」

 

「なんだよ、ドラえもん!」

 

「くそ…のび太の野郎!」

 

「これじゃ行ったっきりで電池切れになるかも!」

 

「アレだろ、のび太を倒したら返してもらえばいいんだよ!」

 

 

ブォー!!!!ドンドンドン!

 

村に響き渡る太鼓と角笛の音。

 

戦士たちが出陣の時を迎えていた。

 

「ヒカリ族が出発しちゃうよ!時間がない!とにかく西へ行こう、ドラえもん!」

 

スネ夫の声に

 

「行こう!」

 

「おう!」

 

4人はタケコプターでヒカリ族より早く西へ向かう。

 

 

クラヤミ族の村までは空路で3日かかる。

 

果てしなく広がる針葉樹林の上を飛んでいると、突然吹雪が襲いかかる。

 

「一旦地面に降りよう!」

 

「何も見えないよ!」

 

「ジャイアン、穴掘って!らくらくシャベル!」

 

「おう!まかせとけ!」

 

4人は降り立った地面にジャイアンが掘った洞窟の中で焚火を囲み暖をとる。

 

「この服着てても寒いわね」

 

「ほんと、クラヤミ族はどうしてこんなに寒い場所に住んでるんだろう」

 

スネ夫の呟きに、

 

「こんなに寒くて狩りの獣も少ない場所に、きっと他に居場所がなかったんじゃないかしら」

 

しずかが言う。

 

「私、考えたの。悪いのはヒカリ族の方かもしれないって」

 

「なんだって?しずかちゃん、のび太の肩を持つつもりか?」

 

「だって、クラヤミ族は何もしてこないじゃない!ククルもヒカリ族のみんなもどうしてそんなに争いたがるの?一緒に仲良く暮らせないの?」

 

 

「それはわかるけど…しずかちゃん」

 

ドラえもんが静かに言った。

 

「私、のび太さんと話してみるわ。戦うのはそれからにしましょう、ね?ドラちゃん」

 

しずかの言葉にドラえもんもうなずく。しずかなら、のび太もきっと聞き入れてくれるかもしれない。

 

「……わかったよ、しずかちゃん。でも無理はしちゃだめだよ」

 

「のび太さんならきっとわかってくれる。きっと一緒に解決の道を探せるはずよ」

 

外の吹雪を見ているスネ夫がつぶやく。

 

「外の吹雪は止まないみたいだね。今日はここで休もうよ」

 

「そうだね、今日はこのまま寝よう」

 

ドラえもんはポケットから「ミノムシ式寝袋」を取り出し、皆に配った。

 

「それじゃ、また明日ね」

 

「うん、おやすみドラえもん」

 

「おやすみなさい」

 

「おう、また明日な」

 

吹雪の中の行軍で疲れ切った4人は、まるで泥のように深く眠った。

 

翌朝――

 

「みんな、おはよう」

 

「おはよう…なんだかミノムシになった気分」

 

「ゆっくり寝られて気分爽快だぜ!」

 

「もう、ジャイアンのいびきは凄いんだから」

 

キョロキョロと周囲を見回すドラえもん。

 

「あれ?しずかちゃんは?」

 

「おトイレかも」

 

「あれ、しずかちゃんの寝袋が畳まれてる…それにタケコプターもひらりマントもない!」

 

「しまった!僕たちより先に行って、のび太君を説得しようとしてる!」

 

「こうしちゃいられない!急いでしずかちゃんを追わなきゃ!」

 

「急げ!」

 

ミノムシ式寝袋を片づけると、3人は一斉に飛び出した。

 

一方、その頃。

 

しずかは静かな森の中を歩いていた。

 

「もう、もう少しで電池切れだなんて…」

 

てくてくと歩くしずかの足元には、クラヤミ族の縄張りの影が忍び寄っていた。

 

 

「お前は誰だ!ヒカリ族か!」

 

見回りのクラヤミ族に見つかったしずかは、必死に答えた。

 

「違うの!のび太さんと話をしにきたの!」

 

だが、群がるクラヤミ族はそうは認めなかった。

 

「こいつもヒカリ族だ!殺せ!」

 

「新しい槍の切れ味を思い知れ!」

 

しずかはひらりマントで応戦し、必死に逃げ回った。

 

「もっと仲間を呼べ!」

 

「囲んで疲れたところを一斉に襲うんだ!」

 

「逃げ道を塞げ!ヒカリ族は敵だ!」

 

息を切らしながらも抵抗するしずか。

 

「ハァ…ハァ…のび太さん…」

 

しかし、ついに限界が近づく。

 

「もう…ダメかも…のび太…さん…」

 

その瞬間、不意に「ピロンポロン」と間の抜けた音が響き渡り、しずかはそのまま眠りに落ちてしまった。

 

「デル!」

 

「ノビゾンビ様のご加護だ!動きが止まったぞ!」

 

トドメを刺そうと石槍を振り上げたクラヤミ族の前に立ちはだかったのはデルだった。

 

「この子、まさかね…」

 

デルは低く呟き、周囲のクラヤミ族に命じる。

 

「この子を縛り上げて村に連れ帰れ!戦争の前のいけにえに、心臓を捧げるのだ!」

 

「生贄だ!」

 

「ノビゾンビ様に心臓を捧げよう!」

 

「きっと喜んでくださる!」

 

事態は一気に悪い方向へと動いていた。

 

――

 

ドンドコドンドコ――

 

東西南北のクラヤミ族が合流した村は、狂喜の渦に包まれていた。

 

「ヒカリ族を倒せ!奴らは我らよりも弱い!」

 

「デルの作戦は完璧だ!我らが集まればヒカリ族など物の数ではない!」

 

「いっそ奴らを滅ぼしてやろう!」

 

「ノビゾンビ様の名のもとに!」

 

十年ぶりに集まった各部族が酒盛りに興じ、その数はのび太が来た時の五倍以上にも膨れ上がっていた。

 

来るべきヒカリ族との最終決戦を前に、村は熱気に満ちていた。

 

 

 

 

そんな中、今日もいつものんびりと起きてきたのび太。

 

「おお!ノビゾンビ様!」

「我らをお守りください!」

「ノビゾンビ様万歳!」

 

村人たちが敬虔なまなざしで彼を見つめる。のび太は気恥ずかしそうに、

「いや、どーもどーも」

と照れ笑いを浮かべつつ、族長の隣の席に案内された。

 

「狩り?またマンモスでも取ったのかな?」

ぼんやり考えながら椅子に腰掛けるのび太。

 

「デルは?」と尋ねると、

「デル様が自ら狩った獲物でございます!ささ!」

と言われ、眠い目を擦りながら冷たい雪解け水を飲み待つ。

 

その時、急にざわめきが起きる。

 

「獲物が届いたぞ!」

「生贄の儀式だ!」

 

運ばれてきた「獲物」を見て、のび太は言葉を失った。

 

「これよりこのヒカリ族の娘の心臓をノビゾンビ様に捧げます!」

「おおおおおおお!」

 

「えええええ!しずかちゃん!?」

 

のび太の叫びはクラヤミ族の怒号にかき消される。

 

「美しい娘だ!ノビゾンビ様への生贄に相応しい!」

「殺せ!殺せ!殺せ!」

 

しずかの寝かされた胸にナイフを突き立てようとするデル。

 

「ちょっと!やめさせてよ!デル!」

必死に叫ぶのび太。しかし、周囲の屈強な戦士たちに阻まれ声は届かない。

 

「心臓を捧げるのだ!クラヤミ族に勝利を!」

ナイフがグッと胸に刺さろうとした、その刹那——

 

「しずかちゃんを離せ!!!!」

 

秘密道具ではない。普段ののび太では考えられない力強さで、屈強なクラヤミ族の大人たちを次々と突き飛ばしていく。

 

倒れこむ戦士たちにデルの視線が鋭く揺れた。

 

その隙をついて、のび太は叫ぶ。

 

「しずちゃんは僕が守るんだ!」

 

一歩、二歩、三歩——のび太は誰も追いつけない速さで生贄台へ駆け抜けていった。

 

 

 

「ノビタ・・・?」

デルが戸惑いの表情を見せた。

 

「その子はボクの友達だ!将来のお嫁さんになる人だ!だから離せ!」

のび太の声は真剣そのものだった。

 

(オヨメサン・・・?妻?ノビタの?)

一瞬、動転するデル。

 

「しずちゃんを離すんだ!デル!」

(嫌だ・・・!ノビタは私のもの!誰にも渡さないわ!)

デルの心は強く揺れていた。

 

ぽつりとつぶやいた。

(ノビタは私と結婚するの、ワタシは強い子供をたくさん産んで・・・一族の母になるの)

 

「デル!」のび太は強く呼びかける。

 

(ノビタをヒカリ族の子となんて結婚させやしない!この子を殺せば!!!!!)

デルはナイフに力を込め、しずかの胸へ刺そうとしたその瞬間・・・

 

パチン!

 

のび太の平手がデルの頬を強く打った。

 

「デル、しずちゃんはボクの大事な人なんだ。」

のび太は手を差し伸べ、しずかの手を優しく取った。

 

「しずかちゃんはね、とっても優しくて、かしこくて、いつもこう言ってくれるんだ。」

黙って聞き入るデルに、のび太は続けた。

 

「『ノビタさんって本当にダメね、私がいないと』だって。そんなしずちゃんが僕は本当に大好きで」

 

「・・・・・」デルの瞳に涙が光る。

 

「だから、ボクからしずかちゃんを奪わないでおくれよ、お願いだよ!うわあああん!」

のび太は涙をこぼしながら叫んだ。

 

その優しさを感じたデル。しかしその優しさが、目の前にいるヒカリ族の少女に向けられていることが彼女にとって、とても残酷なことだった。

 

「うわあああああああああああ!ごめんなさい!私!とんでもない事を!」

デルはナイフを落とし、泣き崩れた。

 

「いいんだ、しずちゃんを助けてくれたデルは優しい女の子じゃないか」

のび太は微笑んだ。

 

「でも!でも!うわあああああ!」

デルは泣き続けた。

 

しばらくして泣き止み、目を覚ましたしずか。

 

「しずちゃん、大丈夫?痛いところはない?」

のび太が優しく声をかける。

 

「私は大丈夫・・・ここは?」

しずかはキョロキョロと周囲を見回した。

 

「クラヤミ族の村さ。みんな優しい良い人ばかりだよ」

のび太が答える。

 

のび太の隣でピッタリと寄り添うデルを見たしずかは戸惑った。

 

「その人は?」

 

「デルって言うんだ。しずかちゃんの命を救ってくれた人だよ!」

 

泣き止んですっきりしたデルは笑顔で、

 

「ノビタのお友達でしょ!それなら私とも友達になりましょう、シズカ!」

としずかの手を握った。

 

「え、え、ええええ!」

ついさっきまで殺されかけていたのに、急展開にしずかの頭は混乱していた。

 

 

 

洞窟の薄暗い中、デルのベッドのそばに三人は腰を下ろした。

「ノビタと毎晩一緒に寝てるのよ?当然よね、ノビタは私のものだもの」

とデルがしずかに小悪魔のようにマウントを取る。

 

「まぁ!のび太さんったらエッチ!」

しずかがからかうと、のび太は慌てて否定する。

「違うんだ!しずかちゃん、話を聞いて!」

 

しかしそれは置いておき、しずかは本題へ戻った。

 

「・・・クラヤミ族は何もしていないじゃない!攻めてくるのはヒカリ族の方が悪いのよ!」

「でも、ドラちゃんが言っていたよ、デルの一族はいずれ滅ぼされる運命だって」

「そんなの、認められない!」

 

デルの表情が険しく変わる。

「私たちの一族が滅ぼされる?どういう意味よそれ!」

立ち上がるデルに負けじと、しずかも目を真っ直ぐにして言い返した。

「どういう意味も何もないわよ!それが歴史なの!」

 

滅びの運命を受け入れられず、二人の感情は激しくぶつかり合う。

 

その時、デルがナイフを握り締め、しずかに詰め寄ろうとした。

「やっぱりこの子はヒカリ族だ!ノビタ!やっぱり心臓を一突きに!」

 

「やめてよデル!」のび太が割って入り、二人の間に立ちはだかる。

「どいてよ、ノビタ!」デルが押し返そうとするが、のび太は毅然とした声をあげる。

 

「でも、クラヤミ族の皆は今もここで生きてるんだよ!それがどうして悪いんだ?」

のび太の言葉は揺るがぬ正論だった。

 

しずかは一瞬言葉を失う。

確かに、過去の争いはあっても今ここに暮らすクラヤミ族の存在を消し去るのは、彼女の感覚では違和感があった。

 

「昔はどうあれ、今動いているのはヒカリ族の方なのよ」

しずかは静かに、しかし力強く続けた。

 

デルはその言葉を受け止め、表情を複雑に変える。

のび太としずかの言葉が、少しずつだが、氷のように凍りついたデルの心の壁を溶かし始めていた。

 

 

のび太の熱い言葉が洞窟に響いた。

 

「いくら歴史だってあんまりだ!しずちゃん!」

「ボクは今まで弱いからずっといじめられてきた。だからクラヤミ族の気持ちが痛いほどわかるんだ!」

「のび太さん……」

 

しずかは優しくうなずく。

 

「どうしてジャイアンは僕をいじめるんだろう?どうしてスネ夫は僕に意地悪をするんだろう?ボクが何もしなくても現実はそうじゃないか!」

「それはそうだけど…」

 

「たとえ歴史がそうだとしても、こんなに優しいデルさんやクラヤミ族のみんなを滅ぼしていい理屈にはならない!運命なんてクソくらえだ!」

 

のび太の言葉には真っ直ぐな優しさと強い意志があった。

しずかは、その姿を見ながら、彼の持つ魅力の深さに気づかずにはいられなかった。

勉強は苦手でも、のび太は心で何が正しいかを選び取れる。

 

少しうつむいて考え込むしずか。

 

「わかったわ、のび太さん。私、協力する」

「本当!?しずちゃん!やったー!これで百人力だ!」

のび太は喜びで手を取って踊り出した。

 

「のび太さんには私が一緒じゃなきゃ本当にダメな人なんだから!」

そう言いながら、デルがのび太を優しく奪い返すように見つめていた。

しかしもう、彼女はしずかとのび太を争おうとは思っていなかった。

 

だが、先ほどの会話の意味を知りたがるのは当然だろう。

「ねぇ、ノビタ?さっきの話だけど…私たちが滅ぶ運命ってどういうこと?」

口ごもるのび太に、しずかが静かに促す。

 

決心を固めたのび太は話し始める。

「ボクたちは未来から来たんだ。デルたちネアンデルタール族は、未来の世界では絶滅してる。数で勝るサピエンス族が他の種族を滅ぼしてしまったんだ」

 

ドラえもんから聞いていた「歴史」の真実をのび太としずかは語った。

 

「そう……なの、未来から……うん……」

デルは寂しげに頷き、涙をこぼした。

たとえどんなに抵抗しても、4万年後には自分たちの一族が絶滅してしまう事実は、彼女の胸を締め付けた。

 

「歴史」が決めた運命、

それを前に、デルの瞳から涙が溢れ落ちる。

 

 

 

のび太の決意が洞窟に響き渡った。

 

「ボクが何とかするから!泣かないで、デル!」

 

突然立ち上がるのび太の姿に、しずかは言葉を失う。

「のび太さん!そんな無茶を…!」

一つの人類種の未来を、一人の少年が背負うと言う現実は、あまりにも重すぎて彼女の心は揺れていた。

 

しかし、のび太の目は揺るがなかった。

本気で、絶対に諦めない強い意志がそこにあった。

 

「もう少しだ!手伝ってよ、しずかちゃん!」

「うん!」としずかが力強く応えた。

「私も!手伝うわ!」デルも笑顔で頷く。

 

「それじゃあ、しずかちゃんにはお願いしたい事があるんだ!デルはネアと二人でこっちの準備を!」

 

 

「まかせて!」デルが力強く返事をする。

 

「それじゃ、行ってくるわね!」のび太の言葉に、二人の少女の心は一つになった。

クラヤミ族のために、そしてみんなのために、今できることを全力で。

 

――そして翌日。

 

ドラえもん、スネ夫、ジャイアンの3人がヒカリ族の先発隊として辿り着いた先には、信じられない光景が待っていた。

 

「なんだあれ!」

「すごい!」

「うぬぬぬ…くそ!のび太君!」

 

目の前にそびえ立つのは、あの伝説の「風雲ドラえもん城」だった。

 

クラヤミ族の全員がその城の中に身を隠し、堅牢なバリアが外敵の侵入を阻んでいる。

 

「ドラえもん!どうするの?あんなの、どうしようもないよ!」

「やい、のび太!そこから出てこい!」

 

ドラえもんは空気砲を構えながらも、その効果の無さに意気消沈していた。

「あの城のバリアの前じゃ、こんな道具じゃ手も足も出ない……」

 

ヒカリ族の前に立ちはだかる巨大な壁。

のび太の決意は、果たしてこの絶望的な状況を打ち破れるのか——。

 

 

 

「のび太君!今すぐ日本に帰るんだ!でないと!」

ドラえもんが必死に叫ぶ。

 

しかし、のび太は動じず答えた。

「嫌だね!そっちこそ日本に帰れ!」

 

風雲ドラえもん城の天守閣に立てこもり、一歩も退かないのび太。

「しずちゃんはどうした!」

「しずちゃんはわかってくれたよ!こっちの味方だ!」

 

「うるせえ!早くそこから降りて来い!降りてこなければぶん殴るぞ!」

 

「やってみろよ、ジャイアン!ベロベロバー!」

 

 

 

「なんだと!この!のび太のくせに!」

 

ジャイアンをなだめるスネ夫を横目に

ポケットから「ジャンボガン」と「ウルトラクラッシャー」を取りだした。

ジャンボガンは戦車を一撃で破壊し、ウルトラクラッシャーはビルを粉々にする最強の秘密道具だ。

 

「これならドラえもん城のバリアを貫通できるはずだ!」

「ジャイアン、スネ夫、頼む!」

二人に道具を手渡す。

 

「お、おい!本当にいいのかよ!のび太死んじゃうぞ!」

 

 

二人は一瞬ためらうが、のび太の徹底抗戦の決意に負け、攻撃を決意する。

 

「のび太君が最後まで抵抗するなら、力づくでも連れて帰る!」

「のび太君!最後の忠告だ!今すぐ城を出ないと恐ろしい目にあわせる!」

 

ジャンボガンの照準は遠くの山を狙い、発射される。

轟音とともに火柱が上がった。

 

「くそ!ドラえもんめ…!」

のび太は身構え、ドラえもん達の攻撃が始まる。

 

「行くぞ!撃てー!」

「おう!」

 

ドン!ドン!

 

ドラえもん、ジャイアン、スネ夫が城のバリアに攻撃を仕掛けるが、なかなか破壊できない。

 

だが、ついにバリアの一部にひびが入った。

「あそこだ!撃て!」

「おう!」

「まかせて!」

 

しかし、バリアの裂け目に狙いをつける3人の前に、ひらりマントを翻してしずかが現れた。

 

「ひらりマント!こっちも手伝いに来たわ!」

しずかがバリアの裂け目をかすめる光線を見事にかわし、近くの山に当てて大爆発が起きた。

 

「たけしさん!ドラちゃん!やめて!」

「しずちゃん!」

 

「くそ!どけ、しずちゃん!」と叫ぶドラえもん。

 

その隙をついてのび太が叫ぶ。

「復元光線!」

 

傷ついたバリアに復元光線を放つと、みるみるうちにひびが消え、バリアは完全に修復された。

 

「ふぅ、間に合った」とため息をつくのび太。

 

その瞳は決して諦めてはいなかった。

この戦いは、まだ終わらない。

 

 

「あーもうちょっとだったのに!」

「なんだよ!のび太の野郎!」

 

ドラえもん、ジャイアン、スネ夫の3人の前に、タケコプターでしずかが降り立つ。

 

「お願い!のび太さんの話を聞いて!」

しずかが必死に懇願する。

 

「ダメだ!もうタイムパトロールの我慢は限界だ!いつのび太君を時間犯罪者として捕まえに来てもおかしくないんだ!」

ドラえもんは厳しい表情だ。

 

「そう!話を聞くならのび太の方だ!」

「ぶん殴ってでも連れ帰ってやるからな!のび太!」

 

「ジャイアンはいつもぶん殴ってるじゃない」

「うるせえ!」

 

余計な口を挟んだスネ夫がジャイアンにまた殴られる。

 

 

 

「しずかちゃん、のび太君は何をしようとしているんだい?」

ジャイアンが問う。

 

「そんなのわかりきってるじゃない!のび太さんはクラヤミ族を助けたいだけなのよ!」

 

「そんな事言ったって・・・歴史はそうなってないんだ。諦めるしかないんだよ」

 

「でも、のび太さんは諦めてなんかいないわ!今だってのび太さんは・・・」

 

しずかはそう言いながらくるりと後ろを向く。

 

「じゃあね、ドラちゃん、タケシさん、スネ夫さん。私、のび太さんの傍にいないと・・・時間が無いの。ここは私に任せて、ヒカリ族の村に帰って、お願い」

 

 

 

「だめだ!しずかちゃん!」

 

ドラえもんが引き止めようとするも、しずかはタケコプターでドラえもん城を飛び去る。

 

「くそ!どうなってるってんだ!しずかちゃん!」

ジャイアンが悔しそうに拳を握った。

 

 

「あれ?これは?」

しずかが立ち去った後、スネ夫が地面に落ちていた小さな箱を見つける。

 

「なんだろうこれ?」

「なんか間抜けな顔してんな」

スネ夫とジャイアンが覗き込む。

 

 

 

突然、大音量で「蛍の光」のメロディーが流れ出す。

 

「うにゃうにゃ・・・それはゴーホームオルゴール・・・」

ドラえもんは慌てて箱を手に取り言うが、オルゴールの魔力に逆らえず、うっとりした表情のまま3人は夢見心地で歩き出し、来た道を引き返し始めた。

 

「うまくいったみたいね・・・これで少しは時間を稼げるわ」

しずかは上空からドラえもん達の様子を見守りながら呟く。

 

 

 

「急がなきゃ・・・のび太さん」

そう言うとしずかは城へ戻り、のび太の手伝いをするために飛んで行った。

 

 

 

――

 

「だめだ・・・わかってるのに・・・帰らざるを得ない・・・」

「くそ!のび太のやろう!バカにしやがって!」

「どうにかならないの?ドラえもん」

「どうにもならない!どうしようもない!」

 

ぼうっとしながら、ゴーホームオルゴールの力に引き寄せられて家路を歩くドラえもん達。

 

するとその途上、彼らの前に千人ものヒカリ族の兵隊たちが現れた。

 

 

 

「あれ!ドラゾンビ様!こんな所でどうされたのですか!」

兵たちは歓声を上げて迎える。

 

その瞬間、オルゴールの効果が切れ、ドラえもん達は我に返る。

 

「ククル!もうこんな所に!」

「この先にクラヤミ族が集まっていると報告があったのです!」

「東西南北のクラヤミ族の集落は空っぽだ!」

「全員まとめてこの地から追い出してやる!」

「この数なら絶対に勝てる!ドラゾンビ様万歳!」

 

ヒカリ族の戦士達の戦意は最高潮に達していた。

 

 

「ドラゾンビ様が合流なされた!これでこの戦争の勝利は約束されたぞ!」

「おー!」

マムクが声を上げ、ヒカリ族の戦士たちの戦意はさらに高まった。

 

「ドラゾンビ様!」

「ご加護を!」

 

「とにかく戻ろう!早くのび太君を止めないと!」

ドラえもんの声に被せるように、ククルが鬨の声を上げる。

 

「皆行くぞ!クラヤミ族をやっつけるんだ!ドラゾンビ様と共に!」

「オー!」

 

こうしてヒカリ族の戦士たちと合流したドラえもん達3人は、再びクラヤミ族の待つ風雲ドラえもん城へと向かった。

 

――道中――

 

「大丈夫なの?ドラえもん?」

「このバリアは砲弾には強いけど、人を跳ね返すものではないんだ。」

「ならこんなに人がたくさんいればひらりマントがあっても楽勝だね!」

「のび太の野郎!捕まえてギタギタにしてやる!」

ジャイアンが拳を振り上げる。

 

「うん・・・そうなんだけど・・・」

ドラえもんはこういう時ののび太の「手ごわさ」を十分理解していた。

「何をしてくるのかわからない、のび太君・・・」

 

「ところでククル?この戦争をやめてクラヤミ族と和解することは本当にできないのかい?」

ダメ元で隣を歩くククルに、事態の収拾を求めるドラえもん。

 

「やっぱりそれはできません、ドラゾンビ様。」

ククルはきっぱりと断りを入れた。

 

 

 

「10年前の私たちの恨み、故郷を追い出された恨み……僕たちにも故郷はあったのです!それをあのクラヤミ族に追い出されて、どんなに苦労をしてきたか……」

ククルの声は震えながらも強い決意に満ちていた。

 

「そんな!水に流して仲良くなろうって気は無いのかい?今はあの楽園が君たちの故郷じゃないか!争う必要なんてもうなくなっているじゃないか!」

ドラえもんは必死に訴えかける。

 

「ありません!ボク達ヒカリ族とクラヤミ族とは戦わなければならない宿命にあるのです!」

ときっぱり断言するククルの目はまっすぐ澄み渡り、ヒカリ族の正義を疑うことは一切なかった。

 

「ククル族長の言う通り!」

「今度は俺たちの番だ!」

「クラヤミ族をやっつけろ!」

ヒカリ族の戦士たちも彼の言葉に賛同し、声を上げた。

 

「ボク達の子供のためにも、子孫たちのためにもクラヤミ族は倒さなければいけません!」

 

ククルの言葉は歴史的事実とも合致し、彼を支持するヒカリ族の心情も理解できた。

何よりククル自身、10年前に時間犯罪者ギガゾンビ率いるクラヤミ族に村を焼かれ、家族を労働力として連れて行かれた被害者の一人であった。

 

その真っ直ぐな瞳を見つめながら、ドラえもんは言葉を失い、ただ「それはそうだけど……」とつぶやくしかなかった。

 

――一方、その頃のび太は多忙を極めていた。

迫り来るヒカリ族の大軍に備え、一度は追い返したものの、次はより激しい攻撃が来るのは明らかだった。

 

「時間が……時間が無いんだ」

そう呟きながら、のび太はロックされたスペアポケットから取り出した秘密道具の山で、デルとネアの助けを借りて防衛準備を進めていた。

 

この時ののび太は、普段とは違う頭脳明晰さを見せていた。

目の前の人々を救うためなら、彼は自分の能力を遥かに超えた力を発揮するのだ。

 

そんなのび太の横顔を見つめて、しずかは静かに言った。

「それじゃ、そろそろ戻るわね」

「うん、しずちゃん、一人で悪いけどよろしくね!」

 

そう言うと、しずかはどらえもん城から姿を消した。

 

 

風雲ドラえもん城の前に立ち並ぶ、数千に迫るヒカリ族の兵士たち。

その圧倒的な数に城内のクラヤミ族も身を固めて対峙していた。

 

──ククルが静かに声を張り上げる。

 

「のび太さん!そこから出てきてください!ボクたちは友達じゃないですか!」

しかし、のび太の答えは硬い。

 

「ダメだ!ヒカリ族はこのまま村へ帰って平和に暮らすんだ!クラヤミ族はもう君たちを襲うことはない!ボクが保証するからここから立ち去ってくれ!」

 

だが、ヒカリ族はその言葉に耳を貸さない。

 

「信用できるか!」

「クラヤミ族は敵だ!」

「元々ここいらはヒカリ族の領土だ!」

 

ヒカリ族の声は揺るがず、のび太の説得を跳ね返した。

 

「どうしても、というなら力づくでものび太さんを止めなければならない!」

ククルが鋭くのび太を指差す。

 

「ヒカリ族の勇敢なる戦士たち!」

「おおおおおおおお!」

 

彼の声に応えて、角笛と太鼓の轟音が響き渡る。

 

「いざ、あの城を落とせ!そしてクラヤミ族をこの地上から完全に滅ぼすのだ!」

 

開戦の宣言がなされた。

 

「来るなら来てみろ、ククル!勝負だ!」

城内ではネアとデルが中心となり、徹底抗戦の構えを固めていた。

 

──人類種の大虐殺。

 

これは過去にサピエンス族が自ら以外の全ての人類種を滅ぼした悲劇の再来だった。

 

「認知革命」によって圧倒的な情報共有能力を得たサピエンス族は、

匂いや生態が異なる他の種族を敵視し、地球のあらゆる場所に広がる勢力で彼らを絶滅へと追いやった。

 

今、まさにその因果はこの地で繰り返されようとしていた。

 

 

 

戦の火ぶたが切られ、ヒカリ族とクラヤミ族の運命をかけた激突が始まった。

 

ククルの力強い叫び声が戦場に響き渡る。

「ボク達の妻と子供と家族のために!戦え、戦士たち!」

 

それに応えるかのように、デルも咆哮する。

「私たちの狼の子らのために!戦ってくれ、戦士たち!アオオオオオオオオン!!」

 

両陣営の戦士たちは己の種族の存続を賭け、渾身の力でぶつかり合う。

 

──攻撃側のドラえもんが先手を取る。

「重力ペンキだ!これで城壁を歩いて上るんだ、ククル!」

「わかりました、ドラゾンビ様!城の壁に塗ります!」

 

だがクラヤミ族も迎え撃つ。

「そうはさせるか!即席落とし穴だ!」

 

城の周囲に無数に仕掛けられた落とし穴にヒカリ族の戦士たちが次々と転落する。

 

「なぜ……あんなにたくさん……」

落とし穴の多さに首をひねるドラえもん。

 

「あ、そうか!」

ポケットを探るも秘密道具の「フエルミラー」が見当たらない。

「しまった!フエルミラーを奪われた!こういう時に限ってのび太君!!」

 

背筋に冷たい悪寒が走る。

 

 

フエルミラーがないという事実は、のび太が万全の準備をしている証拠だった。

 

その直後、ネアが指示を飛ばす。

「撃て!ヒカリ族を近づけるな!」

 

城の天守閣から大量の矢が雨のように降り注ぎ、ヒカリ族は退却を余儀なくされる。

 

「矢が尽きることはない!どんどん撃て!」

ネアの声が響く中、クラヤミ族の女性たちがフエルミラーを駆使し、矢を大量生産していたのだ。

 

「ヒカリ族が危ない!ククル!」

ドラえもんが急ぎ駆け寄る。

 

「皆を引き返させるんだ!全滅してしまう!」

ドラえもんの叫びに、ククルは即座に返す。

 

「できません!矢の死角から城壁に取りつき始めています!」

 

ドラえもんは冷や汗をかきながら、のび太の恐ろしさを思い出す。

 

「だめだ!こういう時ののび太君は、とんでもなく頭が回るんだから……!」

 

戦況は一気に緊迫し、次の一手が戦の行方を左右しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

戦場は緊迫の極み。

 

「ノビタ!ヒカリ族が壁を歩いてくるわ!凄い数!」

デルの叫びが響く。

 

「重力ペンキだな?ドラえもん!」

「ノビタ!」

 

のび太はすかさず秘密道具を取り出す。

「大丈夫!この道具を使おう!重力調節器!」

 

 

 

無重力に設定された城壁を歩くヒカリ族は、ふわふわと浮いてしまい、足がペンキから離れた瞬間に次々と地面へ落下していった。

 

「どんなもんだい!ドラえもん!」

「ノビタ、後ろからも!凄い数が迫ってる!」

デルの声が戦場を走る。

 

「そっちはネアさんに任せてある!どんどんシズメダマを投げさせて!」

のび太が命じたのは、フエルミラーで大量生産された「シズメダマ」。

 

投げられたシズメダマにより、ヒカリ族の戦士たちは次々と地中に沈んでいく。

 

「後ろは大丈夫そうだな…さて、次はどう出る?どらえもん!」

 

のび太の徹底抗戦に手も足も出ないヒカリ族を眺めながら

「くそ!のび太君…君のためなんだ!」

 

と悔しがるドラえもん。

 

 

 

──その時、ジャイアンが叫ぶ。

「もぐら手袋!これで城の地下から侵入するぞ!」

「任せとけってんだ!うりゃああああああ!」

 

ジャイアンは猛スピードで地下を掘り進み、抵抗なくドラえもん城の地下に到達。

 

「通り抜けフープだ!これで城内に侵入する!」

30人ほどのヒカリ族を従えて天守閣へ向かうジャイアン。

 

その頃、のび太の後ろでは「虫のしらせアラーム」が鳴り響く。

 

「来たな!どこからだ…スパイ衛星で確認!」

 

既に打ち上げていたスパイ衛星を操作し、城内を監視するのび太はジャイアンたちを発見。

 

「ジャイアンか!もう3階まで来てる!」

 

人数は多くないと読み、のび太はデルに指示を送る。

「デル、下層のクラヤミ族に通り抜けフープを外させて、増援を防げ。輪っかを持ち上げれば外せるはずだ」

 

「わかったわ!」

 

急ぎクラヤミ族は指示通り動き、通り抜けフープを外す。

 

のび太の読みは的中し、後続の100名ほどのヒカリ族戦士たちは城内への侵入を阻まれた。

 

戦況は刻一刻と変化し、まだ終わりの見えない壮絶な戦いが続いている。

 

 

「さて、入って来たジャイアンをどうするか・・・そうだ!」

のび太はデルに

「入って来たヒカリ族はここまで誘導して、いい考えがあるんだ」

「わかったわ、通路のクラヤミ族は隠れてそのままヒカリ族を通して、ノビゾンビ様の作戦よ」

誘導されているとは知らずに悠々と天守閣にたどり着くジャイアン達。

 

「はぁ……はぁ……ついに、ここまで来たぞ、のび太!てめぇをぶん殴って、無理やり連れ帰ってやるからな!」

ジャイアンが荒い息をつきながら、気合いを込めて拳を振り上げた。

 

だが、のび太は涼しい顔で言った。

「やあやあジャイアン君、ようこそ『のび太城』へ!」

 

「うるせぇ!早く戦争をやめて、日本に帰れってんだよ!で、でないと……!」

ジャイアンの叫びに、のび太はにやりと笑いながらカメラのシャッターを切った。

 

「これが『瞬間固定カメラ』さ。今、ジャイアンの動きは完全に止まってるんだよ?」

ジャイアンは思わず怒りの声を心の中であげるが、声に出すこともできない。

 

「クラヤミ族の皆、ジャイアンとヒカリ族の連中を部屋に案内してくれ!」

「了解、ノビゾンビ様!」

 

動けないジャイアンは担ぎ上げられ、部屋に閉じ込められた。ドアにはしっかりと鍵がかけられている。

 

「のび太!ふざけんな!ここから出せ!」

瞬間固定カメラの効果が切れ、ジャイアンはドアを蹴飛ばすも、びくともしなかった。

 

そのとき、城の前にスネ夫が颯爽と現れた。

「やあ、のび太!少し話があるんだ。実は俺もこの戦争には反対なんだよ!」

 

「スネ夫か……本当かな?調子良すぎる気もするけど。デル、クラヤミ族にスネ夫を迎えに行かせて!」

「はい、ノビタ様!」

 

クラヤミ族に囲まれて、スネ夫は天守閣へと案内される。

「さあ、話をしよう、のび太!」

スネ夫はポケットから催眠術用の「さいみんグラス」を取り出した。

 

「これを使えば、のび太はだんだん日本に帰りたくなるんだ!」

グラスをのび太に向けると、彼はまるで眠りに落ちたかのようにまどろみ始めた。

 

「ふふっ、ほら見ろよ!のび太はもう催眠術にかかった!さあ、帰るぞ!」

スネ夫は得意げに笑う。

 

 

 

しかし、のび太は静かに言った。

「本当にそうかな、スネ夫?」

 

その瞬間、のび太の姿が徐々に透明になり、消えていく。

「行け、『アラビンのランプ』!スネ夫を捕まえろ!」

のび太の声が響いた。

 

「かしこまりました、ご主人様!」

煙の魔人ロボットがスネ夫を包み込む。

 

「な、なんでだよ!なんでこんなことに!」

スネ夫が慌てる中、のび太は狸の尻尾を見せつけた。

 

「これが『たぬ機』。あれは幻覚を見せる装置なんだ。煙の魔人、スネ夫を部屋に連れて行って、外から鍵をかけてくれ!」

「了解しました、ご主人様!」

 

そうして、スネ夫もジャイアンと同じ部屋に閉じ込められたのだった。

 

ジャイアンとスネ夫が捕虜になったと知ったドラえもんは

 

「もう!こんな時ばっかり頭が回るんだから!のび太君は!」

 

と地団駄を踏んだ。

 

 

「ヒカリ族の様子はどう?」

「ノビタのおかげで、まったく近づけてないわ!さすがノビタ!」

デルがのび太に抱きつき、頬に軽くキスを落とす。だが、のび太は冷静そのものだ。

 

「でもまだ油断はできない……だって、あのドラえもんがいるからね」

「ドラえもんって……ドラゾンビのことよね?ヒカリ族の神様」

「そう。ドラえもんが一番手ごわい。気を引き締めなきゃ」

 

 

 

その時、城の正面から声が響く。ククルの声だ。

「ノビタさん!聞こえますか?ボクです、ククルです!」

 

「ククル……もう帰ってくれよ。クラヤミ族にはちゃんと言い聞かせてあるんだ。もう二度とヒカリ族を襲わせたりしないって!」

のび太は必死に説得を試みる。

 

 

 

「それは無理です!僕たちヒカリ族は、クラヤミ族と戦う運命にあるんです!」

「なんでだよ!仲良くすればいいじゃないか!」

だが、その声を遮るククルの決意は揺るがない。

 

「ドラゾンビ様から聞きました。ノビタさんもみんなも、僕たちの祖先なんだと!僕たちがクラヤミ族を絶滅させなければ、未来が変わってしまうんだと!だからこの戦いはのび太さん達の為でもあるんです!わかってください!」

 

 

 

その事はのび太だって知っている。だが、それでも今、劣勢に立つクラヤミ族の仲間を守りたいと願っている。

 

「そんな勝手は許さないぞ、ククル!」

「ノビタさんは未来がどうなってもいいんですか?なぜそこまでクラヤミ族の味方をするんですか!」

「うるさい、うるさい!ククルたちヒカリ族が戦争を始めたから、こんなことになったんだ!」

「戦争を始めたのはクラヤミ族だ!」

 

マムクが敵対心を丸出しで二人の間に割って入った。

「そんなことは関係ない!これ以上戦争を続けるなら、僕にも考えがある!」

 

そう言うと、のび太は手元のボタンを押した。

 

「――無敵砲台!」

 

 

ボン!ボン!ボボボボん!

無敵砲台の猛攻がククルの周囲の戦士たちを次々と蹴散らしていく。

「無敵砲台だって!?のび太君……君はそこまでやるのか!」

ドラえもんは驚きを隠せなかった。

 

正直、のび太がここまで徹底してヒカリ族と戦うとは思いもしなかったのだ。

 

 

 

「これだけでもボクが何とかしないと……ええい!」

ドラえもんのポケットから現れたのは、未来動物園から連れてきた三頭の動物、グリ、ペガ、ドラゴだ。

 

「行くぞ!グリ!ペガ!ドラゴ!」

ペガの背に乗り、城の至近まで飛び込むドラえもん。

 

「グリ!ペガ!ドラゴ!そんな!君たちを撃つわけにはいかない!」

「だろうね、のび太君!どんな手を使ってでも君を取り戻す!!」

 

 

 

天守閣に到着したドラえもんは、必死の形相でのび太の手から無敵砲台のリモコンを奪い取ろうとする。

 

「やめろよ、ドラえもん!」

 

 

「やめるもんか!絶対にやめない!」

 

 

 

「僕は――」

 

 

「君と――」

 

 

「日本に帰るんだ!みんなで!」

 

 

 

涙をにじませながら、ドラえもんは叫んだ。

 

「いやだ!僕はここに残る!」

 

 

「わからずや!」

 

二人は激しくもみ合う。だがドラえもんの気迫が勝り、リモコンを奪い取った。

 

 

 

「これで形勢逆転だ!のび太君!家に帰らないとひどい目にあわせる!」

 

「……ノビタ!」

「来ちゃだめだ、デル!」

 

辺りに沈黙が広がった。

 

ドラえもんはリモコンを手に、ゆっくりとのび太に近づく。

「帰る気になったかい?のび太君」

 

無敵放題のリモコンを構える。

 

 

 

しかしその瞬間――のび太のポケットの中で、ひみつ道具のスイッチが押された。

 

「タンマ……ウォッチ」

 

動きを止められたドラえもんに、のび太は冷静に近づき、奪われた無敵砲台のリモコンを取り戻す。

 

「切り札が一つのはずないだろ?相変わらず抜けてるなぁ、ドラえもんは」

 

のび太はグリ、ペガ、ドラゴの頭を優しく撫でながら言った。

「君たちも久しぶり!全部終わったら、一緒に遊ぼうね!」

 

その言葉の直後、突然、周囲の時空がゆがみ始めた。

 

 

 

「何さ!」

 

時空の震えが静まり、のび太が顔を上げると、目の前には幾機ものタイムパトロールのタイムマシンが浮かんでいた。

 

その後ろにもタイムパトロールの船が続々とワープアウトしてくる。

 

 

「のび太君、もうタイムリミットだ!これ以上クラヤミ族に加担するなら、僕たちがキミを逮捕する!」

 

「タイム……パトロールが、僕を?」

泣きじゃくりながらも煙ロボットのアラビンに押さえられているドラえもんが叫ぶ。

「だから言ったんだ!のび太君の馬鹿!のろま!グズ!もーうおしまいだ!」

 

「早く降参しなさい、のび太君!無敵砲台のリモコンを置くんだ!」

 

タイムパトロールの声が響く。

「のび太君!」

 

沈黙が訪れ、うつむくのび太。だが、やがて決意の光が瞳に灯り、静かに顔を上げた。

 

「それでも、クラヤミ族を……デルを裏切れない!ボクは最後まで戦う!」

 

「ノビタ!」

 

「いっけええええ、無敵砲台!」

 

轟音とともに、無敵砲台の攻撃が内側のバリアを突き破り、タイムパトロールたちを襲う。

 

「ドン!ドン!」

 

2機のタイムパトロールが煙を上げて地面に落下した。

 

――戦いは、まだ終わらない。

 

 

 

「やったな!応戦しろ!」

タイムパトロールたちの指示が飛ぶ。

 

「天守閣に乗り移れ!」

数多のタイムパトロールが空を飛び城の壁を伝い、内部へと侵入してくる。

 

「ノビタ!私も戦うわ!」

「デル!」

 

轟くデルの雄たけびが城内に響き渡る。

 

ワオオオオオオオオン!

 

ワオオオオオオオオン!

「ニッ」と不敵に笑むクラヤミ族たちが一斉に遠吠えを上げた。

 

「ええい!」

デルがタイムパトロールの目前に降り立つ。

目にも留まらぬ速さで、ドリームガンを撃ちタイムパトロール達を眠りに誘う彼女の技に戦場は静寂に包まれる。

 

「さすがデル!いいぞ!」

 

「今よ!ネア!」

 

デルの声が響く。

 

 

 

突如起こる激しい地響きに、皆がバランスを崩した。

 

「何だ?今のは!」

「隊長、あれを見ろ!」

 

目を凝らした先には――ビッグライト。

身長30メートルを超える巨大なクラヤミ族が続々と姿を現す。

 

その数は増え続け、フエルミラーの力で増殖したのび太の槍を手にした彼らは、一斉に稲妻を放った。

 

「ボン!ボン!」

 

爆炎と煙が立ち込め、タイムパトロールの船は次々と爆発し沈んでいく。

 

「やばい!撤退だ!」

「我々も退くぞ!逃げろ!」

 

「くそっ、のび太君!」

ドラえもんもヒカリ族とともに慌てて後退する。

 

戦況は一変し、タイムパトロールとヒカリ族は退却を開始した。

 

 

 

「敵が逃げていくわ!」

「勝利は我らのものだ!ワオオオオオオン!!」

 

しかし撤退するヒカリ族に対してのび太は冷静な判断。

 

 

 

「クラヤミ族の皆、鎮めたヒカリ族にウカビ玉を投げておいて!一緒に帰ってもらわないと!」

 

天守閣から放たれたウカビ玉が地中に埋もれたヒカリ族を呼び起こすと彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

落とし穴に落ちていた者も、残ったヒカリ族のロープの手助けで次々に救い出された。

 

静まった戦場に、次なる嵐の予感だけが漂っていた――。

 

 

 

 

「ノビタ!すごい!ドラゾンビを退けたの!」

そこにしずかが帰ってくる。

「ただいまのび太さん!ドラちゃん達は帰ったの?」

「うん、今日の所はね。」

「それは良かったわ、少し時間ができたのね」

「ジャイアンとスネ夫も来てるよ」

「まぁ!二人を捕まえたの?」

信じられないといった表情でのび太を見つめるしずか。

普段ののび太はドジでノロマなのだが、ここぞという時には誰よりも強く、優しくなれる男だという事を彼女は肌感で感じていた。

 

「うん、部屋で休んでもらってる」

「私が話してみるわ、いいかしら?」

「うん、でも気を付けてね二人とも嘘つきだし狂暴だから」

 

しずかが、ジャイアンとスネ夫の待つ部屋へと向かったのは、城の空が夕日に染まり始めた頃だった。

 

「行ってくるわね!のび太さん!」

足音もなく、彼女の原始人服がふわりと揺れる。

 

のび太はそれを黙って見送った。

 

(……大丈夫、しずかちゃんを信じよう)

 

しかし、それからわずか三十分後。

――三人は、跡形もなくドラえもん城から消えていた。

 

 

翌日――。

 

空を覆うように現れたのは、昨日の倍にも膨れ上がったタイムパトロールの船。

 

整然とした編隊の足元には、鋭い眼光を光らせたヒカリ族の戦士達が並び立つ。

 

その最前線、パトロール指揮官が怒声を上げた。

 

「のび太君!いい加減にしなさい!君を公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」

 

だが、のび太は眉一つ動かさず、砦の上から叫び返した。

 

「やれるもんなら、やってみろ!無敵砲台、起動!」

 

ゴゴゴゴゴ――ッ!

 

 

 

ドラえもん城の砲塔が唸りを上げ、無数の砲門が敵を狙う。そして、次の瞬間――!

 

ズドォォン!

 

一斉射撃がタイムパトロールの部隊へと降り注ぐ。しかし――

 

「防御バリア、展開!」

 

パトロール部隊の前に透明の防御バリアが発生し、すべての砲撃を弾き返した。

 

タイムパトロールの本気をのび太は感じていた、昨日までの子供を相手にした優しいタイムパトロールではない。

 

 

 

「なっ……!効かない!?」

 

のび太が愕然とした瞬間、別の声が戦場に響く。

 

「そこだ!」

 

空中から身を翻して現れたのは、ドラえもん。

手には懐かしの道具、手投げミサイルが握られていた。

 

「食らええええぇいっ!!」

 

ポケットから何発も何発も取り出し飽和攻撃を続けるドラえもん。

 

数発のミサイルは途中で迎撃されたが、そのうちの一発が――

 

ズドォォォォン!!

 

無敵砲台の中央部に直撃し、轟音と共に爆発。煙と炎が天に舞い上がる。

 

「無敵砲台が……ッ!くそ、ドラえもんめ!」

 

 

 

のび太が唇を噛んだその時、通信機からデルの切迫した声が響く。

 

「ノビタ!ヒカリ族が地下から侵入したわ!」

 

「なにっ!?……通り抜けフープを使われたか!」

 

敵はすでに城の内側へと入り込んでいた。

しかも、巨大化していたクラヤミ族の兵士たちは、スモールライトによって次々と無力化されていく。

 

――まるで包囲網が狭まってくるように、状況は悪化していた。

 

「諦めなさい、のび太君!道具を捨てて出てきなさい!」

 

再び、タイムパトロールの拡声器が鳴り響く。

 

しかし、のび太は拳を握り締め、応じない。

 

 

 

「ノビタ!敵が多すぎる、もう守りきれない!」

 

デルの叫びとともに、彼女はドリームガンを片手に前線を駆け抜ける。けれど、数の暴力には抗いきれず、徐々に押し込まれていた。

 

「戦え!狼の戦士たちよ!」

 

デルが力強く命じると、マントを翻したクラヤミ族の戦士たちが雄叫びをあげて突撃していく。

 

だが――。

 

「君たちが我々に勝てるとでも?」

 

タイムパトロールの重力攻撃にネア達クラヤミの戦士は体の自由を奪われていた。

 

 

「ご主人様ぁぁっ!」

 

悲痛な叫びがこだまする。振り返るとのび太の目に映ったのは、アラビンの召使ロボットが拘束されていた。そしてグリ、ペガ、ドラコたちがタイムパトロールに拘束されている姿だった。

 

「くっ……!」

 

 

 

のび太はゆっくりとポケットに手を入れた。

 

その動きを見逃さず、指揮官らしきパトロール隊員が鋭く声を上げる。

 

「おっと、タンマウオッチは効かないよ、のび太君。僕たちは仮にも“時間の番人”だからね」

 

にやりと口元を歪めるその顔に、のび太は乾いた笑みで返す。

 

「……ですよね。ハハハ」

 

そして――左のポケットから、タンマウォッチを取り出し、わざとらしく地面へポトリと落とす。

 

「右手をポケットから出して!両手を挙げて投降しろ! いい加減にしなさい、のび太君!」

 

怒号が飛び交い、複数のタイムパトロールが手錠を手にじりじりと近づいてくる。

 

だが――

 

「……」

 

無言のまま、のび太の目が細められる。

 

「……なんだね? のび太君?」

 

訝しげに声をかけたその瞬間。

 

――シュンッ!

 

耳元をかすめる風。まるで空気が抜けるような音とともに、目の前のパトロール隊員が、一人、また一人とこの世界から消えていった。

 

「――っ!? な、何を……!」

 

のび太の右手が、ゆっくりとポケットから現れる。そこには黒くて不気味な、そして見覚えのあるスイッチがあった。

 

「……独裁スイッチ」

 

冷えきった声が、空気を切り裂く。

 

「のび太君……っ! 君って奴は!!」

 

叫ぶドラえもんの声に、怒りと恐怖、そして信じられないという感情が入り混じっていた。

 

――まさか、そこまでやるとは。

 

 

 

「クラヤミ族をいじめる、悪い奴らは……全部消えてしまえ!タイムパトロールなんて、大っ嫌いだ!!」

 

――シュンッ、シュンッ。

 

時空の底に吸い込まれるように、タイムパトロールの兵士たちは次々と姿を消していった。

 

「これでも……ボクの邪魔をするのか、ドラえもん!!」

 

のび太の怒りに満ちた叫びが、虚空に響き渡る――その直後。

 

――スッ。

 

背後から、白い影が駆け抜けた。

 

風を切るその速度、気配の無さ。まさに一閃。

のび太の背後に、まったく気配なく“何か”が現れたのだ。

 

(――しまっ……)

 

振り向くより早く、何かがのび太に迫る――!

 

 

「ノビタ君!もらったっ!」

 

飛びかかってきたのは、勇敢なヒカリ族の長――ククル。その瞳には怒りも恐れもない。だが――。

 

「ククル!!」

 

のび太の指が、独裁スイッチに触れた瞬間だった。

 

――シュンッ。

 

目の前からククルの姿が、煙のようにかき消える。

 

「っ……ク、ククルまで……! な、なんてことを……っ! のび太君!!」

 

悲鳴にも似た声で、ドラえもんが叫んだ。

 

 

 

しかし、のび太の表情はもう――あの優しかった少年のものではなかった。

 

「うるさいっ!! ククルが悪いんだ……! みんな、ボクを責めるくせに……! そんなこと言うなら、ドラえもん、お前も消しちゃうぞ!?」

 

その目は燃えるように赤く、心の奥底に積もった怒りと孤独を叫んでいた。

 

「帰れ!ヒカリ族の村へ!! ボクは……ボクはみんなを消したくないんだ!!」

 

 

 

叫びながら、のび太は独裁スイッチを連打した。

 

――シュンッ。シュンッ。シュンッ……。

 

すでに城内に侵入していたタイムパトロールたちも、ヒカリ族の戦士たちも、ひとり、またひとりと静かに消えていく。

 

静寂が、あまりにも唐突に訪れた。

 

「……仕方ない。のび太君の言う通り、いったん退くしかないね」

 

ドラえもんは悔しそうにうつむきながらも、静かに決断を下す。

 

「ドラゾンビ様!」

 

「……ヒカリ族は村へ帰す。だが、のび太君。君がいま使った力……その代償は、いずれ必ず君に帰ってくる、我々は必ず君を逮捕する。」

 

 

 

そう言い残すと、タイムパトロールの隊長とドラえもんは、消え残った数人のヒカリ族を引き連れてどこでもドアへと向かった。

 

扉が開き、青く澄んだ光があふれ出す。

 

「……のび太君、自分のしたことを……よーく考えるんだ」

 

バタン、と音を立てて閉じられるドア。

 

そして、ドラえもん達は消えた。

 

残されたのは、誰もいない、静まり返ったドラえもん城と、手の中のスイッチを握りしめる少年――野比のび太、ただひとりだった。

 

 

 

後に残されたのは、デルとクラヤミ族の面々だけだった。

 

タイムパトロールも、ヒカリ族も――そして、ドラえもんももういない。

 

その沈黙の中、ただのび太がひとり、独裁スイッチを手に立ち尽くしていた。

 

「……ノビタ……」

 

デルが静かにのび太の名を呼ぶ。その声には震えが混じっていた。

 

事の成り行きをすべて見ていた彼女たちには、ククルの最後の言葉も、ドラえもんの叫びも、痛いほど刺さっていた。

 

「私たち……やっぱり、滅びるのが歴史なの……よね?」

 

どこか寂しげに、デルがのび太に問いかけた。

 

のび太は首を振る。

 

「違うよ!……そんなことない!歴史は変えられるんだ!」

 

しかしその瞬間――

 

「うっ……!」

 

のび太の体に異変が起きた。彼の腕が、胸が、徐々に透けていく。

 

「なんだか……透明になって……見える……」

 

デルの瞳が見開かれる。

 

「……まさか、歴史が……変わり始めてるの?」

 

震える声でつぶやくデル。

 

「そう…私達が生き残る未来には……もうノビタは存在しないのよ……」

 

彼女はそっとのび太を抱き寄せ、肩を震わせながら言った。

 

「……そうか……そう、だよね……」

 

のび太は静かに微笑む。

 

「でも……なんだか……安らかな気持ちなんだ。君たちのために……ほんの少しでも役に立てたなら、それで……」

 

透明になりつつある彼の瞳には、悲しみではなく、どこか満ち足りた光が宿っていた。

 

「ノビタ……! ノビタァ……!」

 

デルが声を上げて、のび太にすがりつく。

 

「大好きなの!だから……お願い……私たちの前から……消えないでノビタ……!!」

 

その叫びは、誰よりものび太の心を打った。

 

 

 

「……あったかいな……デル、みんな……ごめんね……ありがとう……」

 

その声は、もうかすれていた。

 

ポワン……ポワン……。

 

のび太の体から淡い光が抜けていくたびに、彼の輪郭が薄れていく。

 

皮膚が、髪が、表情が―ー透明という名の新しい歴史に溶けていく。

 

最後に彼の手から、カラリ、と独裁スイッチが落ちた。

 

 

 

力の抜けたのび太の手から独裁スイッチをそっと取り上げ、デルは地面に転がったそれを拾い上げた。

そして、静かに顔を上げると――そこには涙をこらえながら、じっと彼女を見つめるクラヤミ族の仲間たちがいた。

 

「デル!お前の思うままに、我らの行く末を決めるがいい!」

「お前にすべてを任せる。俺たちは決してお前を恨んだりしない!」

 

長老とネアの言葉に、デルの表情は晴れやかになった。

 

 

そのまま、だんだんと色が薄れていくのび太の上半身を、そっと抱き上げる。

 

「ノビタ……わたしの、大好きなノビタ……」

 

のび太は目を閉じ、弱々しく呟いた。

「力が……あまり入らないんだ……だんだん自分が溶けていくみたいで……」

 

「私たちは、あなたの恩を決して忘れないわ。あのとき、本当なら……ヒカリ族に奪われていた命だったの」

 

その瞬間、遠くから一斉に響き渡る雄叫びが。

 

「アオーーーーン!アォーーーーーーン!」

 

クラヤミ族の戦士たちが、未来を守ってくれた王様――のび太へ向けて、力強く遠吠えを始めた。

 

「キミが守ってくれた、私たちのすべて、未来……」

 

 

 

ひときわ大きな声で、デルが叫ぶ。

 

「あなたに、未来から来た私たちの王様に……!」

 

 

 

背後で、ネアは「仕方ないな」と微笑みを浮かべていた。

すべてをデルに託した覚悟を決めた男の顔だった。

 

 

 

「アオオオオオオオオオオオオオオン!」

 

最強のクラヤミ族戦士たちの遠吠えが、地響きのようにこの地球に響き渡る。

まるで自分たちの存在を深く深く刻み込むかのように。

 

「さよなら……私のノビタ、私の大好きなノビタ……」

 

デルはのび太の頭を優しく抱きしめた。

 

 

 

「優しいキミの心を……私たちクラヤミ族は、決して忘れない」

 

「デル……やめ……」

 

 

力なく、のび太が手をあげる。

 

 

「クラヤミ族は歴史の勝者たるヒカリ族の末裔に!私達の王ノビタに全てをお返しする!」

「デ・・・ル・・」

 

「私たちの覚悟を!矜持を!世界よ!歴史よ!受けとって!私たちクラヤミ族の咆哮は未来永劫に気高く響く!クラヤミ族!万歳!」

 

アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

アオオオオオオオオオオオオオオン!

ネアの雄たけびと重なり、他のクラヤミ族も雄たけびを上げだした。

 

ポチ

 

デルがどくさいスイッチを押すとのび太を残してクラヤミ族は続々と消えて行く。

「ネア!」

シュン・・・

「長老!」

シュン・・・

「みんな!!!!」

シュン・・・シュシュシュン・・・

 

自分の順番を待つデルはどこか誇らしそうに微笑みをたたえてのび太を抱きしめていた。

「デル!デル!なんてことを!せっかく仲良くなれたのに!」

 

「ノビタ・・・私のノビタ・・・いいの。これで・・・私たちを・・・忘れないで・・・・」

 

「忘れるもんか!デル!消えちゃだめだ!」

アオオオオオオオオオオオオ!アオオオオオオオオオオオオ!

城内にのび太とデルの雄たけびが響き渡る

「ほんとうに・・・あり・・・」

 

シュン

デルは消えてしまった。

 

のび太以外の全員が消えてしまったドラえもん城。

存在が消えかけていたのび太の姿は元に戻っていた。

 

一人取り残されたのび太はいなくなったクラヤミ族を思い出し一人で泣いた。

 

「のび太君!」

キュルルルル──。

目の前に突如、どこでもドアが現れ、ドラえもんとタイムパトロールが姿を現した。

 

「のび太君……」

俯くのび太に、タイムパトロールの手が伸びる。手には冷たく光る手錠が握られていた。

ドラえもんも完全に諦めた表情を浮かべている。

 

 

のび太が時間犯罪法に照らせば有罪であることは、誰の目にも明らかだった。

一歩間違えれば歴史そのものが崩れてしまう。

それを取り締まるのが、彼らタイムパトロールの役目だった。

 

「ごめんなさい……でも、最後にひとつだけ見てほしいんだ」

 

 

「何だね、のび太君?君は罪を償わなければならない、公務執行妨害、時間犯罪防止法に照らして……」

 

その言葉を遮るように、のび太がズボンのポケットから取り出したのは──

 

「悪魔のパスポート!」

 

その機転に、ドラえもんも思わず目を見開いた。まさかそこまで先を読んでいたとは。

 

 

 

「……!本当に!本当に君って奴は……のび太君……」

 

しかし重々しい声で説教を続けるタイムパトロールの隊長。

「のび太君……君の行動は本来許されざるものだ。しかし……」

 

「すみません、反省しています」

 

ピカッ!

悪魔のパスポートが光を放つ。

 

「うむ。反省しているようだな。許そう。次はこんなことをするなよ。皆、引き上げるぞ。ドラえもん、独裁スイッチの効力を解除するんだ!」

 

そう言って、隊長は重い空気を断ち切った。

 

 

「どれどれ…うん?ふむ!ほう!!!よし!」

ドラえもんがどくさいスイッチの裏についているつまみをくるくると調節すると、消えていたタイムパトロールたちと、のび太に消されたククルも無事に元通りに戻ってきた。

 

「時間旅行はほどほどにな!歴史を変えてはいけないぞ!」

そう言い残し、タイムパトロールは帰っていった。

 

「みんなは?ヒカリ族はどこにいるんだ?」

「大丈夫、ヒカリ族のみんなは無事に村に帰しましたよ」

ドラえもんが出したどこでもドアによって、ククル達はそのまま村へと送り返された。

 

「お父様!」

「ククリ!」

娘を抱き上げているククルを見て、ドラえもんは微笑みながらそっとどこでもドアの扉を閉じた。

 

 

 

「のび太さん!」

「のび太!」

「待たせたな、のび太!」

 

ドラえもん城の天守閣から、タケコプターに乗ったしずかたちが戻ってくる。

「準備は?」

「万全だぜ!」

スネ夫とジャイアンは腕まくりをしながら胸を張っている。

 

「そうだ!ドラえもん!みんな!行こうぜ!」

「いったいどこへ行くんだい?もういい加減、日本に帰ろうよ、のび太君」

 

「いやいや、ドラえもんも気づいてるくせに!」

 

 

「やっぱりキミって奴は……もう!」

 

「行くよ、ドラえもん!」

そう言って、どこでもドアを開くと、そこに広がっていたのは緑が深く風が清らかな大地。

 

森では動物たちが元気に跳ね回り、湖には魚たちが群れを成して泳いでいる。

一年中温暖で、まるで楽園のような場所だった。

 

「わあ……すごく綺麗な所だね、のび太君……」

「だろ!俺たちが作ったんだ!」

「ボクも手伝ったんだよ!すごいでしょ!」

 

「ここは一体どこなんだ?月の大きさからして地球じゃないみたいだけど」

見上げると、そこには地球の何倍も大きく見える衛星が浮かんでいた。

 

 

 

「えーっと、つまりαケンタウルスの近くに新しい地球を作ったってわけか。ずいぶん遠いなあ」

 

現在の場所を確認しているドラえもんにのび太が胸を張って言う。

 

 

「ここなら、みんなが何をしても元の地球には影響ないはずだよね、ドラえもん!」

 

「まぁそうだけど…本当に大丈夫?」

ドラえもんは少し心配そう。

 

「地球一つ分の大きさを作るのに、ずいぶん時間がかかったんだぜ!」とジャイアン。

「ボクも手伝ったんだよ!すごいでしょ?ね?ね!」とスネ夫も得意げ。

 

「創世セット」を地球から遥か遠くで使ったのだ。

 

 

 

ドラえもんが独裁スイッチの効力を解除すると、消え去っていたクラヤミ族が次々と姿を現した。

 

「ノビタ!」

 

「デル!!」

 

のび太に抱きつき、ワンワンと泣き出すデル。その様子を見守る一同。

 

「この土地は・・・まさか、我々にも楽園を授けてくれるということか?」

 

「うん!」

 

「おお・・・何という豊かな大地、暖かい気候だ・・・」

 

 

希望に満ちたその光景に、誰もが胸を躍らせていた。

 

クラヤミ族の村人たちは、豊かな大地と暖かな陽光を浴びながら歓声を上げた。

 

「これならもう、飢えに苦しむこともない!」

 

 

 

「寒さもないから、子どもたちも元気に育てらる!」

 

子どもたちが走り回り、大人たちは穏やかな笑顔で互いに肩を叩き合う。

 

「ノビタ様のおかげで、我々に新しい未来が開けたんだ!」

 

「デル、ありがとう!私たちの希望そのものだ!」

 

 

空には鳥たちがさえずり、風は優しく木々を揺らす。

村人たちの喜びは大地に響き渡り、平和の調べとなってこの地を満たしていた。

 

 

 

その時、のび太の頭に何かひらめく。

「そうだ!ドラえもん!地球で生き残っている他の人類も連れてこよう!」

「そうだよ、みんなで仲良く暮らせるはずだ!」

 

「もちろん!」とデル

 

「よし、行こう!」

そう言うと、どこでもドアで地球各地を巡り始めるドラえもんたち。

 

ジャワ島からは身長1メートルほどのフローレシエンシス族を。

オーストラリアからは4万年前に絶滅したデニソワ人を。

インドネシアからはソロエンシス族を連れてきた。

 

 

 

「ここには動物も魚も豊富!氷河期も来ないように調整したんだ!」

「ずっと温暖な気候だから、みんな安心して暮らせる!」

「人類みんなで仲良く楽園を作ろう!」

 

その声に応えて、人々も笑顔を見せた。

 

 

飢えや寒さがなければ、争う理由なんて本当はないのだ。

 

「ところで…ヒカリ族、つまりサピエンス族はどうするの?」

ドラえもんがつぶやく。

 

「あいつらは好戦的すぎる。ここには呼ばない方がいいよ」

 

とスネ夫

「でも、仲間外れっていうのもなあ…」

 

とジャイアン。

 

「ククルと話をしてみようよ」

 

とのび太の提案でまとまった。

 

 

 

ヒカリ族の村に赴き、ククルや長老たちと対話を試みる。

 

「私たちは行けません!クラヤミ族と一緒に暮らすなんて!」と強く拒むククル。

「でも、あそこに行けば争う必要もない。みんなで仲良く幸せに暮らせるんだよ?」

 

硬い態度の長老たち。そんな中、意外な声があがった。

 

「アタシ、行きたい!」

 

「ククリ!」

 

「クラヤミ族なんてお話の中でしか知らなかった。実際に会って話してみたいの!」

 

「私も!」

「僕も!」

 

次々と手を挙げるヒカリ族の子供たち。

その中には、ウズメとウタベの息子と娘の姿もあった。

 

 

「お前ら、子供たち!」

ククルやマムクが制止しようとしたが、ヒカリ族の族長が静かに手を挙げて制した。

「クラヤミ族への恨みは、我々の世代で終わらせる。子供たちには自由な選択と、明るい未来を与えよう」

 

その言葉にククルは小さくうつむいた。

 

「やったー!」

「早く連れてって!」

「いろんな人がいるんでしょ?すっごく楽しみ!」

 

「でも、父様や母様と別れるのはちょっと寂しいかも…」

「大丈夫!たまにどこでもドアで会わせてあげるから!」

「それならわーい!」

 

「グリ!ペガ!ドラコ!キミたちも行きたいのか?」

「地球上じゃなければ…大丈夫だろう」

ドラえもんの許可も出て、ヒカリ族の子供たちと3頭の獣たちは、のび太が作ったパラダイス星へと向かった。

 

「わーい!」

「みんな!よろしくね!」

様々な人類に向かって、サピエンスの子供たちは元気いっぱいに駆け出した。

 

 

 

そんな幸せな光景を眺めるのび太たち。

 

「ねぇ、ドラえもん。そろそろ日本に帰ろうか」

「そうだね。もうずいぶん帰ってない気がするよ」

 

そんな話をしていると、手を振りながらデルとネアが走り寄ってきた。

 

「ボクたちは一旦家に帰るね、デル」

「もっと一緒にいたいのに…ノビタ」

デルは少し寂しそうに言いながらも、軽く頭を振った。

 

そして後ろに立つしずかに近づき、優しく囁く。

「シズカ、ノビタはあなたのことが大好きなの。未来に戻ったら、私のノビタをよろしくね」

 

そう言って、のび太をしずかの方へ歩かせるデル。

 

「うん!のび太さんのことは私に任せて!」

しずかは笑顔でのび太の腕を取り、のび太は恥ずかしそうにエヘヘと笑った。

 

 

 

 

そんな二人を見守りながら、デルたちクラヤミ族、ヒカリ族の子供たち、そして助け出してきた様々な人類たちがほほ笑んだ。

「全部ノビタ!お前のおかげだ!ありがとう!」

ネアはデルの肩に優しく手を置いた。

 

アオオオオオオオオン!

のび太が遠吠えをすると、クラヤミ族の仲間たちも一斉に応える。

アオオオオオオオオオオン!

アオオオオオオオオオオオオン!

 

それはまるで、平和の歴史の到来を告げる神の国の鐘の音のようだった。

 

 

 

数日後の日本――すっかり普通の生活に戻ったのび太。

今日も宿題を忘れて先生に廊下に立たされ、スネ夫に嫌味を言われ、ジャイアンには殴られ、しずかちゃんには「のび太さんのエッチ!」と頬を叩かれる、いつもの日常がそこにあった。

 

「やっぱり僕の遺伝子はダメなんだ~原始時代なら僕はヒーローなのに!」

と散々泣き喚いた後、晩ご飯を食べながらニュースを眺める。

 

「また宇宙から謎の電波が届きました!これは宇宙人からの信号なのでしょうか!」

テレビのニュースがそう伝えると、のび太は

「へー、不思議なこともあるんだね」

と呟いた。

「そうだね。遠くの星には宇宙人がいるかもね」

ドラえもんはそっけなく答え、食事を終えたのび太はいつものようにゴロゴロし始めた。

 

 

 

その電波の発信源は――ヒカリの速さで進んで約4.3万光年先にある遠い星、αケンタウルスの地球型惑星「ノビタ」。

天文学の学会でも話題となった、わずか7万年前に突然誕生したとされる地球型惑星だった。

 

そこでは、地球よりもはるかに高度に発展した「宇宙人」が平和の歌を地球に、そして宇宙に向けて発信していた。

様々な人類が手を取り合い、混ざり合い、真のパラダイスと呼べる世界がそこに実現していたのだ。

 

 

 

「ねぇ、ドラえもん?」

「なんだい、のび太君?」

「明日の日曜日、デルとククリのところに遊びに行こうよ!」

「うん!賛成!ペガたちにも会いに行こう!」

「だったらしずかちゃんも呼ぼうよ!」

「しょうがないからジャイアンとスネ夫もね!」

「わぁい!楽しみだなぁ!!!」

 

季節は桜のつぼみが膨らみ始め、春の訪れを告げようとしていた。

 

 




目を通して頂いて誠にありがとうございました!

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