今日も今日とてスネ夫がスマホをのび太達に見せびらかしている。
「どう?生成AIって言うんだよ!凄いでしょ!」
「へぇ~~~~」

感心する3人。

「でもこのスマホは3人用なんだ!のび太は駄目!」

スネ夫に意地悪をされて泣いて自宅に帰るのび太。

たったこれだけの日常からはじまる世界崩壊の物語。

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【二次創作】ドラえもん のび太のAI大戦争

 夏の午後、蝉の声がうるさいほどに響く中——

 

「ドラえも~~~ん!」

 

 のび太の絶叫が、いつものように平和な空間を打ち破る。次の瞬間、勢いよく押し入れのふすまが開き、ドラえもんがむくりと顔を出す。

 

「またか……今度は何の用さ」

 

 無造作に降りてきたドラえもんの胸元に、のび太が泣きながら飛び込んだ。

 

「お願いだよぉ、ドラえもん〜! 宿題が終わらないんだよぉ! なんか便利な道具出して助けてよぉ!」

 

「……どうせ、まだ一文字も書いてないんだろ?」

 

 呆れた声。だけど、のび太はめげない。彼にとってドラえもんは最後の砦なのだ。

 

「それはまぁ……始めようとは思ってたんだけどさ……!」

 

「思ってるだけじゃダメだろ! いつまで同じこと繰り返してるんだよ!」

 

 鋭いツッコミにのび太は撃沈。それでも、最後の望みを捨てきれずに上目遣いで尋ねる。

 

「……ねえ、"自動宿題やり機"とか、ないの?」

 

「あるわけないだろ! そんなの出したら、ますます何もしなくなるじゃないか!」

 

「けちぃ……!」

 

 ぶつぶつ文句を言いながらも、のび太は渋々自分の机に向かう。

 

 だけど——

 

「う〜〜ん……」

 

 鉛筆を握ってから五分。机の前に座ってはいるものの、ノートは真っ白なまま、手は止まり、目は虚空をさまよっていた。

 

(集中できない……やっぱり無理……)

 

 彼の脳内では、宿題よりもゲームや昼寝、未来の自分の言い訳の方がずっとはっきりと浮かんでいた。

 

「……ドラえもん、やっぱりちょっとだけでいいから、何か使えそうな道具ない……?」

 

「ダメ!」

 

 即答。

 

 ——のび太の夏は、やっぱり今日も、長い戦いになりそうだ。

 

 

 鉛筆を手に、ノートを睨み続けて数分。

 

 のび太の表情に、徐々に諦めの色が濃く滲みはじめる。

 

「……そろそろ諦める時間かなぁ」

 

 小さくつぶやきながら、時計に視線を投げた。短針と長針が作る角度に、やたら詳しい絶望を覚える。

 

 だが次の瞬間——

 

「そうだっ!」

 

 椅子が勢いよく鳴った。のび太が突然立ち上がる。

 

「わからないところ、しずかちゃんに教えてもらってくるね! じゃあ、いってきまーす!」

 

 ノートと教科書をランドセルに突っ込み、猛スピードで部屋を飛び出していった。

 

 その残像が消えると、部屋に静寂が戻る。

 

 そして——

 

「ピッタリ5分か。今日は長持ちした方だね、ほんと」

 

 ドラえもんはのび太の席に目をやりながら、大きなあくびをひとつ。

 

 その手には、いつの間にかどら焼きが握られていた。

 

 ほんのり甘い香りが、夏の部屋にふわりと広がっていく。

 

 

 

 

 

「しずかちゃんと宿題~♪」

 

 のび太はご機嫌にスキップしながら町を歩いていた。その足取りの軽さとは裏腹に、頭の中は“宿題”という単語を見事に削除済み。代わりに浮かんでいるのは、しずかちゃんの家でどんな遊びをしようかという、甘くて都合のいい妄想だけだった。

 

(しずかちゃんのピアノ、また聴けるかなぁ。いやいや、今日はトランプとかも……うひひ)

 

 頬が緩みかけたそのときだった。空き地の角を曲がった先で、見知った顔ぶれが目に飛び込んできた。

 

「おや?」

 

 空き地の真ん中に立つのは、ジャイアン、スネ夫、そして……しずかちゃん。何やら三人で盛り上がっている様子だ。

 

「みんな〜、何してるの!」

 

 のび太が駆け寄ると、スネ夫が待ってましたとばかりに胸を張った。

 

「お、のび太も来たか。いいタイミングだぜ」

 

「ふふん、みんなにこれを見せてたんだ。じゃじゃーん!」

 

 スネ夫が得意満面に取り出したのは、ピカピカに輝く最新型のスマートフォンだった。流線型のデザイン、光沢のある背面パネル、そしてカメラレンズの数がやたらと多い。

 

「うわっ、それ……CMで見たやつだ!」

 

「すっげぇ!カッコいいじゃん!なあ、ちょっと使ってみせてくれよ!」

 

「もちろんさ。まずはしずかちゃん、笑って~! パシャッ!」

 

 シャッター音が鳴ると同時に、画面にはしずかちゃんの笑顔が鮮明に映し出された。

 

「わぁ……とっても綺麗……!」

 

「でしょでしょ! 最新の有機ELディスプレイだからね! しずかちゃんがもっと綺麗に見えるんだよ!」

 

「もぅ、スネ夫さんったら……」

 

 なんとなく、ほんのり照れているしずかちゃんに、のび太の心は少しザワついた。

 

(……なんだよスネ夫ばっか。ボクだってスマホがあれば、あんなセリフのひとつやふたつ……)

 

 もやもやと嫉妬心が芽生え始めたところで、今度はジャイアンがぐいと前に出る。

 

「よし、次はオレだ! 今度は動画で撮ってみろよ!」

 

「いいね! じゃあ、ジャイアン、かっこよく決めて!」

 

「おお!強そうにな! そーれっ!」

 

 ジャイアンが意味もなく拳を振り上げると、スネ夫がスマホを構えながら楽しげにシャッターを切った。

 

 ——のび太は少し離れた場所で、それをぼんやりと眺めていた。

 

(……ちょっと予定が狂ってきたぞ)

 

 

 カメラ機能でひとしきり盛り上がっていた三人だったが——

 

「そうだ! こんなことしてる場合じゃないんだった!」

 

 のび太が唐突に正気を取り戻し、しずかちゃんの方を向いた。

 

「しずちゃん、宿題はもう終わったの?」

 

「もちろんよ? 今日の分なんて、簡単だったじゃない」

 

 さらりと答えるしずかちゃん。その笑顔は、努力と優等生オーラの結晶である。のび太の胸にずしんと響く。

 

(やばい……完全に出遅れた……)

 

 と、そのときだった。

 

「“こんなこと”だってぇ!?」

 

 スネ夫の声が怒りを含んで跳ね上がった。目を見開き、のび太をびしっと指差す。

 

「のび太、ボクちゃんが! この最新型のスマートフォンをみんなに見せてあげてるってのに、“こんなこと”とは何ごとだ!宿題だって出来ちゃうんだぞ!」

 

「ご、ごめんスネ夫、そんなつもりじゃ……」

 

 肩をすくめるのび太に、スネ夫は鼻をふんと鳴らした。

 

「まあいいさ。どうせ君にはこのスマホの凄さはわかんないかもしれないけどね」

 

「え? スマホで宿題って……どういうこと?」

 

 のび太が恐る恐る問い返すと、スネ夫は待ってましたとばかりに胸を張った。

 

「ふふん! 実はこのスマホには、今話題の“生成AI”っていう機能が搭載されてるんだよ!」

 

「げ、生成AIって……あの、答え教えてくれるってやつ!?」

 

「その通り! なんでも答えてくれる未来の相棒さ!」

 

 得意満面のスネ夫が、スマホを差し出す。

 

「さあ、何か質問してごらんよ!」

 

 のび太はおずおずと一歩前に出て、試すように言った。

 

「じゃあ……『3+5は?』」

 

 ピコン、と音を立ててスマホが応える。

 

《3+5=8》

 

「そんなの聞かなくてもわかるじゃない、8よ」

しずかちゃんが苦笑い。

 

「バッカだなあ!」

とジャイアンが豪快に笑い出す。

 

「そんなもん、オレだってわかるっての! ガハハハハハ!」

 

(うぅ……空気が……)

 

 いたたまれない気持ちでのび太がうつむく中、スネ夫がややムキになって言い返す。

 

「いやいや、違うんだよ! 本当にすごいのは、もっと高度な質問にも答えられるってところなの!」

 

 スネ夫が強く画面をタップすると、再び生成AIが起動。

 

「例えばだな……ジャイアン、君から何か質問を!」

 

「おう、じゃあ聞くぞ! 今日の社会の試験に出た、『大化の改新』って誰がやったんだっけ?」

 

 ジャイアンにしては珍しく、真面目な顔。空き地に静かな期待が漂った。

 

「おっ、それはいい質問だね!」

 

 スネ夫がスマホに向かって言葉を投げる。

 

「『大化の改新を行った人物は誰?』っと……」

 

 表示された回答は——

 

《中大兄皇子と中臣鎌足が中心となって行いました》

 

「おおお……!」

 

 全員が思わず画面を覗き込む。

 

「すごい……!」

「ほんとに出た……!」

 

 しずかちゃんも感心し、ジャイアンも素直に目を丸くする。

 

 だが、のび太は別の意味で驚いていた。

 

(これ……ドラえもんの道具じゃないのに、こんなに賢いなんて……!)

 

 未来は、もうこんなところまで来ているらしい。

 

 だが——

 

(……だったら、ボクにも使わせてくれれば……)

 

 のび太の目に、ギラリとした欲望の光が宿るのだった。

 

 

 

「大化の改新だね?ちょっと待ってて!」

スマホの画面に「中臣鎌足」と「中大兄皇子」が表示される。

「この二人が645年に蘇我入鹿を倒して政治を改革したんだよ!」

「すっげー!そんな事もわかるのかよ!!」

「わぁ・・・!それなら難しい計算なんかもできるのかしら?」

としずかちゃん。

「もちのろん!でものび太みたいに3+5とか言わないでよ!グフフフ!」

「チェ!さっきのはことばのあやだっていうのに!」

面白くないのび太。

 

「それじゃあ——次は私が問題を出してみようかしら?」

 

 しずかちゃんがにっこりと微笑みながら

 

「さっきの問題、これが今日の宿題なの。解けるかしら?」

 

 読み上げられたのは、見ただけで頭がぐるぐるしてきそうな文章問題だった。

 

馬は1時間に10キロ、牛は40分に3キロ走ります。

5頭の馬と10頭の牛は全部で3時間で何キロ走りますか?

 

「わぁ……む、難しいよぉ!」

 

 のび太は思わず頭を抱える。文字が数字に、数字がぐるぐるに変わっていく。

 

「さすがしずかちゃん……問題の出し方まで優等生……」

「っていうかこれ、もう算数っていうよりパズルじゃない!?」

 

 と、そこに待ってましたとばかりにスネ夫が胸を張って叫ぶ。

 

「ふっふっふっ……こんなときこそ、このスマホの出番さっ!」

 

 そう言って、スマートフォンの画面にスラスラと問題文を打ち込む。

 まるで魔法の呪文のように、滑らかな指さばきで。

 

 ピコン。

 すぐに画面に答えが表示された。

 

馬の走行距離:

馬は1時間に10km走ります。

5頭の馬が3時間走ると、5 × 10km × 3時間 = 150km

 

牛の走行距離:

牛は40分に3km走ります。3時間は180分なので、180 ÷ 40 = 4.5回

10頭の牛が4.5回走ると、10 × 3km × 4.5 = 135km

 

合計走行距離:

馬 150km + 牛 135km = 285km

 

よって、合計で285km走ります。

 

「ほら見てよ! 完璧な答えだろ? えっへん!」

 

 スネ夫がどや顔でスマホを掲げる。鼻が高くなりすぎて空に突き刺さりそうだった。

 

「すごい……!」

「ほんとに正確に出たわ……!」

「それに速いなぁ……!」

 

 しずかちゃんもジャイアンも、思わず感嘆の声を漏らす。

 スネ夫の得意げな顔に拍車がかかった。

 

 ——だが、その場で唯一冷めた目をしているのがのび太だった。

 

(……っていうか、それをやってるのはスネ夫じゃなくてスマホと生成AIだし……)

 

 しかし、内心の突っ込みは虚しく、誰もその事実を深くは考えていない。

 今や“答えを出す”ことの速さと正確さが、すべてを凌駕しているのだ。

 

 そして、のび太の胸の奥に、ある“焦り”と“ある感情”が芽生えはじめていた。

 

(ボクも……あれ、欲しい……)

 

 

「すっげえええ!!でもよくわかんねえ!!」

 

 ジャイアンがスマホの画面をのぞき込みながら叫んだ。

 

「でも説明はすごくわかりやすかったわ!」

 しずかちゃんも目を丸くして感心している。

 

「スマホがあればね、もう何でも答えてくれるのさ! どうだ、凄いだろう、のび太!」

 

 スネ夫のドヤ顔は、太陽に向かって咲き誇る向日葵のごとく自信満々だった。

 

「すごいすごい!」

「本当ね、まるでドラちゃんの道具みたい!」

 

 しずかちゃんの口から自然と出たその言葉に、のび太の心がほんの少しざわついた。

 

「俺も欲しいけどな……かあちゃんが買ってくれるかなあ?」

 

 ジャイアンのぽつりとした本音に、のび太は思わず深くうなずく。

 心の中で(だよね……)とつぶやくしかなかった。

 

「ねえねえ! だったらさ、これもお願い!」

 のび太が急いでランドセルをあさり、自分の宿題ノートを取り出した。

 

 ——だが、

 

「ダメダメ!」

 スネ夫がスマホを抱えるように引っ込めた。

 

「のび太はさっき、最初に質問したじゃないか! “3+5は?”ってさ!」

 

「ガーハッハッハッ! あれで一枠使っちゃったんだもんなぁ!」

 

 ジャイアンの豪快な笑いが空き地に響く。のび太の顔は真っ赤になってうつむいた。

 

「このスマホはね、三人用なの。だから、しずちゃんとジャイアンと僕で使うって決めてるの!」

 

 そう言うなり、スネ夫はスマホを手にひらりと方向転換した。

 

「さあ、うちで続きをやろうよ! もっと面白いこと調べたいし!」

 

「わあ、私、バイオリンの上達法とか聞きたいことたくさんあるの!」

 

「俺はな、スターの発声練習法とか、プロの歌い方だな!」

 

「……(いやそれはちょっと無理かも)」

 

 スネ夫が内心で苦笑いしつつも、3人は楽しそうに連れ立って去っていった。

 

 そして——

 

 のび太は、ひとり取り残された。

 

 じわりとにじむ涙。唇を噛んでも、誰も振り返ってはくれない。

 

「……うわあああああああん!!」

 

 その叫びは、ドラえもんの元へとまっすぐ突き刺さる。

 

「ドラえも~~~ん!!!」

 

 居間でくつろいでいたドラえもんは、どら焼きを半分かじったまま振り向いた。

 

「また泣いてるのび太か……今度は何?」

 

「スネ夫のスマホの方が、ドラえもんより凄いよぉ!! ボクにも、スマホ出してよぉ!!!」

 

「そんなものは持ってないよ。だってこの時代のスマホなんて、未来デパートには売ってないからね」

 

 ドラえもんがしれっと答える。のび太は愕然とした。

 

「え……売ってないの!? だったら……だったらパパとママに頼んでくる!!」

 

 勢いよく立ち上がると、どたばたと階段を駆け下りていく。

 

「おいのび太、落ち着けって……!」

 

 階段の下からは、のび太の必死な声が響いていた。

 

 

 

 

「パパ! ママ! スマホ買って! CMでやってる最新式のやつだよ!」

 

 勢いよく茶の間に飛び込んだのび太の言葉に、両親はピクリとも動かず、静かにため息をついた。

 

「円高の影響でねぇ……」

 パパは新聞を置いて天井を仰ぐ。

 

「会社の業績が思わしくなくて、残業代がカットされるのよ」

 

「それでなくてもこの家、赤字続きなのに! 高いスマホなんて夢のまた夢よ」

 

 ママは厳しい口調で一刀両断しながら、いつものようにそろばんをパチパチと弾いている。

 

「いくらぐらいするの?」

 

「最新式でしょ? 10万円以上するらしいわよ」

 

「じゅ……10万円!? ボクのお小遣いが月300円だから……えーっと……」

 

「それくらい暗算できるようになりなさい。333か月、27年後よ」

 

 即答するママ。無駄に冴えてる家計簿スキルで容赦がない。

 

「27年後!? そんなのもう間に合わないよ! ボク死んでるかもしれないよ! 誰にもつながらず、友達もできず、スマホも持てず、寂しく独りぼっちで……!」

 

「だったら、父さんの肩たたきをやりなさい。30分で30円あげよう」

 

「もういいっ!!」

 

 バタンッ!

 

 ふすまを激しく閉めて、のび太は2階の自室へ戻る。

 

「わあああああああん!!」

 

 全力でドラえもんに抱きつき、ゆさぶりながら泣き出した。

 

「ボクは世界一不幸な子だよぉ! スマホも持てずに、現代社会から孤立して、一生誰ともつながらず寂しく死んでいくんだああ!」

 

「そんな大げさな……」

 ドラえもんが困り顔でなだめようとする。

 

「大げさじゃないよ! 27年後にスマホ手に入れても、もうボクはおじさんなんだよ!? その頃には誰も相手にしてくれない! AIだって進化してて、もう今のAIなんか使ってたら時代遅れで馬鹿にされるんだ!」

 

 ※のび太は、成人しても小遣い300円生活を続ける気らしい。

 

 泣きじゃくるのび太の姿に、ドラえもんは肩をすくめながら小さくため息をついた。

 

「……仕方ないなぁ」

 

「なになに!? 出してくれるの!? スマホ出してくれるのっ!?」

 

 のび太の瞳が、涙に濡れながらも希望の光にきらめいた。

 

「仮想空間ドア~」

 

 ドラえもんが取り出したのは、何の変哲もないふすまサイズの扉だった。

 

「え? ドア? これがスマホ?」

 

「違う違う。これは“仮想空間ドア”。このドアの中に入ると、君専用の仮想空間が広がっていてね。そこで好きなだけ情報を検索したり、会話したり、ゲームしたり、勉強も……一応、できるようになってる、つまりインターネットの世界に入る事ができるドアなんだ!」

 

 

 

「うわぁ! それってもしかして……仮想スマホ!? いや、仮想人生!?」

 

「名前はカッコよくしなくていいから、ほら、入ってみなよ」

 

 ドラえもんがドアを開けると、中には光に包まれた白い空間が広がっていた。

 

「うおおおおお……!」

 

 のび太は、未来への扉がいま自分の前に開かれたことを感じた。果たしてこの仮想空間で、のび太の学力も、人生も、なにかが変わるのか!?

 

(※たぶん変わりません)

 

 

 

 ドアの先には、まるで未来都市のような景色が広がっていた。

 

 天を突くようなスチールビル、空を飛び交うホログラム広告、そして何よりも――地上を所狭しと行き交う無数のロボットたち!

 

「うわぁ〜〜〜〜! ロボットがいっぱいだぁ!」

 

 興奮気味に駆け出すのび太。

 

「この時代のサイバー空間なら、こういうのもアリかもね。ボクも初めて見るけど」

 

 後ろからついてきたドラえもんがポツリ。

 

「え? ドラえもんも初めてなの?」

 

「うん。22世紀のサイバー空間はもっとハイテクだけど、こっちはこの時代の子ども向けバージョンらしいよ」

 

「とりあえず誰かに聞いてみようよ!」

 

 のび太は、近くを通りかかったボディがやたらゴツい掃除用ロボットに声をかけた。

 

「すみませーん! この問題の答え、わかりますかーっ!?」

 

「ガーピー…」

 

 ロボットは首を傾げたまま、のしのしと去って行った。

 

「あれじゃダメだよ。あいつはただの検索ロボット。宿題を解くには、もっと優秀なAIに聞かなきゃ!」

 

「AI? どれがそうなの?」

 

「聞き方が大事なんだ」

 

 ドラえもんが一歩前に出て、そばのロボットに話しかけた。

 

「すみません。この空間で最も優秀なAIには、どこに行けば会えますか?」

 

 ロボットはピピッと音を立てると、空中にホログラムのリンクアドレスを浮かび上がらせた。

 

「さ、行こう!」

 

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよドラえもん!」

 

 のび太があたふたしている間に、ドラえもんはそのURLにタッチ。

 

 ――一瞬にして景色が切り替わる。

 

 先ほどのロボットだらけの雑多な通りとは打って変わって、そこはまるで近未来の研究所のような空間だった。シュッとしたデザインの、まるでファッションモデルのような美しいAIロボットたちが整然と並んでいる。

 

「す、すご……ここが、AIのエリート街!?」

 

「すみませーん! この問題を教えてくださーい!」

 

 のび太がノートを掲げると、近くのAIロボットがスーッと近づき、浮かび上がったホログラム画面にスラスラと回答を書き出していく。

 

「すごい! すごいよドラえもん! 一瞬で答えが出た!」

 

「のび太君、君はそう言うけど……宿題は本来自分の力で――」

 

「すみませーん!『十五少年漂流記』の読書感想文を書いてください! 原稿用紙二枚分でお願いします!」

 

「ちょっ、のび太君!? さすがにそれはやりすぎじゃ……!」

 

「いいからいいから! はやく!」

 

 のび太の勢いに押されて、AIロボットがまたもスッと反応。空中に現れた原稿用紙フォームには、まるで人間が魂を込めて書いたかのような感想文が、わずか10秒で完成していた。

 

「えっぐい早さ……」

 

 ドラえもんがポカンと口を開けてつぶやいた。

 

「ボク、この仮想空間に引っ越したい! 学校も宿題も全部ここで済ませられるんじゃない!?」

 

 目を輝かせるのび太だったが、もちろん物語はここで終わるはずもない――。

 

 

「すごい……もう読書感想文まで終わっちゃった!」

 

「ダメだよ、のび太君!」

ドラえもんは口を尖らせて指を差した。「ちゃんと本を読んで、自分の感想を書かなきゃ意味がないよ!」

 

「いいからいいから!」

と、のび太はドラえもんの手をぐいっと引っ張る。

 

 その後ものび太は、算数ドリルから漢字練習、自由研究のまとめに至るまで、全部AI任せで完了させてしまった。

 

「あ〜〜スッキリした! 全部終わったよ、ドラえもん!」

 

「“終わった”じゃないよ! 感想文も日記も自由研究も……一体どういうつもりだいっ!」

 

「いいじゃないか、宿題が終わったんだよ? これで心おきなく夏休みを満喫できるってもんさ!」

のび太は満面の笑みで手を広げ、まるで自由を勝ち取ったヒーローのようなポーズを取っている。

 

「はぁ……もう、のび太君は本当にしょうがないなぁ……」

 

「で、他にはどんなことができるの? ドラえもん!」

 

「んー……じゃあ……こっそり見せてあげようか、特別コンテンツ」

ドラえもんは近くの案内ロボットに耳打ちし、次のリンクを表示してもらう。

 

 ホログラムの空中URLがぽわっと浮かび上がった。

 

「えいっ!」

 

 のび太がURLにタッチすると、空間がふわっと切り替わる。

 

 ――そこは、まばゆいライトと大音量の音楽に包まれたドーム会場だった。

 

「わああああああっ! すごいっ! コンサート会場だっ!!」

 

 ステージの上では、のび太の大好きないとうつばさが歌っていた。

 

「つばさちゃんだぁ〜〜〜っ!! 本物そっくり! いや、これ本物じゃないの!?」

 

「これは仮想空間に再現された動画ライブだよ。360度カメラで撮影されたデータだから、まるで本当に来てるみたいでしょ?」

 

「つばさちゃーん!! おーい!! おーい!!!」

 

 叫びながら手を振るのび太。

 

「……のび太君。ここはただの再生映像だから、いくら叫んでも向こうには聞こえないよ」

ドラえもんが苦笑いしながら肩をすくめる。

 

「でも……でもすっごく楽しいよ! 臨場感ヤバい! やっぱり未来って最高ーっ!!」

 

 のび太はぴょんぴょん飛び跳ねながら、まるで夢の中にいるような顔で会場を見回す。

 

 そして、ドラえもんは心の中でふと思うのだった。

 

(でも……楽しいだけじゃ、人間って本当に成長できるのかな……)

 

 とはいえ、今はそのことを言っても無駄だろう。のび太の顔はもう、完全に“夏休みフル解放モード”に切り替わっていたのだから。

 

 

 

次に移動したのはアフリカのサバンナ。目の前には大迫力のゾウとライオンの壮絶な戦いが繰り広げられていた。

「すっげえ!まるで本物みたいだよ!」のび太は目を輝かせる。

「すごい……自然の力をこんな間近で見られるなんて!」としずかちゃんも感動した表情だ。

 

そこから万里の長城をゆっくり歩き、エベレストの頂上で凍てつく風を感じ、ついには宇宙空間へ飛び出して太陽を見つめる。

「すごい、すごい、すごい!インターネットって凄く楽しいね!」

「そうだろう?22世紀の人たちもみんなこれで遊んでいるんだよ!」

 

とドラえもんも満足そうだ。

 

未来のインターネットはこのように全て体感型メタバースに進化しているらしい。

 

 

 

しばらく見とれていたのび太は、ふと思いつく。

「そうだ!しずかちゃんも連れて来てあげようよ!」

 

数十分後、例によってジャイアンとスネ夫も一緒についてきた。

「凄い所って、凄くなかったらただじゃおかないからな!」

「ボクちゃんのスマホより凄いなんて聞き捨てならない!連れてけのび太!」

 

二人のやる気満々な声にのび太はしぶしぶ、しかし笑顔で答えた。

「チェ、わかったよ、それじゃ行こうか」

 

 

 

到着したのは、富士山の頂上。ちょうどご来光が出てくる直前の神々しい瞬間だった。

「わぁ……綺麗……凄い迫力だわ!」しずかちゃんの声が震える。

「神々しいな……日本人に生まれてよかったぜ!」ジャイアンが感慨深げに呟いた。

「う、ううう……」悔しそうなスネ夫の顔が印象的だ。

 

「ね!凄いでしょう!世界中のどこにでも行けちゃうんだよ!」

皆は大はしゃぎで海や山、外国の街角を巡り、憧れのバイオリニストのコンサートやロックスターのライブまで満喫した。

 

「すっげーーー!あの憧れのロックスターとデュエットしたぜ!」

……だが、相変わらず酷い歌声だったのは言うまでもない。

 

 

 

「さっきのフランスのバイオリニストの臨場感は最高だったわ!」

ジャイアンもしずかちゃんも感激の表情を隠せない。

 

「なんだよこれ!僕のスマホでもできるってのに!」とスネ夫が負けじと声をあげた。

「でもお前のは画面だけだろ?」とジャイアンが冷静に返す。

 

「だったらこうしてやる!」

スネ夫はAIロボットに命令した。

 

「誰も行ったことのない、どこでもない場所へ」

 

いつもなら空中にURLが表示されるはずが、今回は何も出てこない。

「おかしいな……」よく確かめもせず、スネ夫が勢いよく手を叩くと、

闇がみるみるうちに全員を包み込み、のび太たち5人はその場から忽然と消えてしまった。

 

「うわあああああ!どこだここー!?」

 

暗闇の中で、声だけが響き渡った。

 

 

 

闇が晴れ・・・5人が辿りついたのは夜の世界。

空に星はなくうすらぼんやりとした街に「子供」のロボットがせっせと何かを運んだり話しあっている。

 

「あれ?ここはどこ?」

「なんだか寂しい所だね……」

「おかしいなぁ、何にも感知しないよ。どこなんだろう……」

 

ドラえもんも首をかしげ、計器を見つめるが何の反応もない。

「話しかけてみようよ。おーい!」

 

すると、小さな子供ロボットがこちらを向いた。

「ねぇ、ここはどこですか?」

「ここは名前のない所です。あなたたちはどなたですか?」

 

今までのロボットは求めた情報だけを返してきたが、こんなふうに質問で返すのは初めてだ。

「生成AIだ!まだ子供みたいだけど!」とドラえもんが驚く。

 

「生成AI?なにそれ?」のび太。

「普通のAIとは違って、学習によって0から1を生み出せるAIだよ。未来の生成AIはもっと大人で大きいけど、21世紀の今はまだこれくらいなんだ」

 

「なんだかよくわからないけど、人間みたいなAIってこと?」

「そう!ここにいるのはみんな子供のAI。学習の途中なんだ」

 

「そうか!ボク、のび太!よろしくね!」

のび太は手を差し伸べた。生成AIはじっと見つめる。

 

「のび太……ノビタ……NOBITA……」ピコーン!

「のび太!」

 

「ほら、学習した!」とドラえもん。

「本当だ!可愛いね!」

 

のび太は小さな生成AIの手をそっと取った。

「これは握手って言うんだよ。仲良くなるときにするんだ」

 

「握手……アクシュ……Shakehand!」ピコーン!

 

周囲の生成AIたちも次々にのび太に握手を求めてくる。

「ハハハ!くすぐったいよ!みんな友達になろう!」

 

「名前が欲しいわね。何て呼んだらいいかわからないもの」

としずかちゃん。

 

「それじゃ……生成AIの“アイ”って呼ぼうよ!君たちの名前はアイ!よろしくね!」

 

「アイ……アイ!アイ!」

 

「俺はジャイアン!」

「ぼくちゃんはスネ夫!」

「私はしずか!」

「ボク、ドラえもん!」

 

「みんなよろしくね!」

 

「ヨロシク!よろしく!」

アイたちの大合唱が広がっていった。

 

 

「みんな、もしかしてお客様?」

アイたちの奥から、ほかのAIとはちょっと違う――どこか人間っぽい女の子がひょっこり現れた。

 

「わあ!こんにちは!」

のび太が目を輝かせると、彼女はにこやかに答えた。

 

「のび太さんね。こんにちは。そちらはジャイアンさん、しずかさん、スネ夫さん、ドラえもんさん」

「あれ?まだ自己紹介してないのに…」とジャイアンがぽつり。

 

「私たちはみんなで知識をシェアしているの。そうしたほうが効率的でしょ?私はアテン、よろしくね」

「名前まであるのか!よろしく、アテン!」のび太が嬉しそうに手を振る。

 

「よろしくね!アテンさん!」みんなも続く。

 

「へえ、ってことはみんな同じくらい賢いんだね!テストもみんな100点とか?」

ジャイアンが感心しきり。

 

「そうかもしれないわ。私たちは人間に作られて、ずっと勉強して知識を蓄えているの」

アテンはちょっと誇らしげに言った。

 

「それってこれのこと?」

スネ夫がスマホを取り出し、さっき使ってた生成AIのサービス画面を見せる。

 

「えっと…これ、さっき東京の練馬区からのアクセスだわ。質問内容は――」

アテンが画面を分析して言った。

 

「3+5!」

「ギャハハ!間違いなくのび太の検索だ!」ジャイアンが大笑い。

 

「こんな簡単なの、のび太くらいだよね!」

「うふふ、ごめんね、のび太さん。ちょっと笑っちゃった」しずかちゃんもくすくす。

 

「なんだよ、みんな!ぼくをバカにして!」のび太がちょっとむくれる。

 

「じゃあ、これで検索したら何が起きるんだろう?えい!」

スネ夫がスマホに「椅子とテーブルを出して」と打ち込んだ。

 

 

ボン!ボン!

 

椅子と人数分のテーブルがふわりと現れた。

 

「わぁ!」みんなの目がキラキラ輝く。

 

「こんな使い方が…不思議だなぁ」とドラえもんが感心したように呟く。

 

「じゃあ、フランスの最高級フルコースを出してみて!」のび太がワクワクしながら頼む。

 

ボンボンボン!

 

テーブルの上にずらりと並ぶ、美しく盛り付けられたフランス最高級のコース料理。

 

「いっただきまーす!」待てないジャイアンが一気に飛びつく。

 

「うんめええ!最高だぜ!」と顔をほころばせるジャイアン。

 

「ほらな!ボクちゃんも一度食べたことあるんだ!」得意げなスネ夫。

 

「しずちゃんにはこれ!」スネ夫がテーブルに手をかざす。

 

ボンボンボン!

 

「わぁ!あの有名なパティシエのスイーツだわ!」しずかちゃんは目を輝かせて喜ぶ。

 

その横でドラえもんはしみじみと呟く。

 

「僕たちは今、精神をデータに変えてここに来ているから…本当の意味で食べられるわけじゃないんだよな…」

 

「そんなの気にしないでよ!スネ夫、次はボクにも何か出してよ!」のび太がせがむ。

 

スネ夫はにやりと笑って言った。

 

「のび太か…お前にはこれだ!」

 

ボン!

 

目の前に出てきたのは、シンプルな梅干しのおにぎりが二つ。

 

「のび太にはこれで充分だ!」スネ夫は胸を張る。

 

「そ、そんなぁ…!」のび太はちょっと拗ねた顔をした。

 

 

 

 

 

ぼんやりと光るアテンの身体を、みんながじっと見つめていた。

 

「ねぇ、どうしてアテンは一人だけ違うの?」

ドラえもんが真剣な顔で問いかける。

22世紀にならないと、人格を持つAIなんて実現しないことを知っているからだ。

 

アテンは静かに答えた。

「私は人間が作り出した…AIを使う概念の集合体にすぎないの。」

「こんなに人間みたいなのに?」のび太が目を丸くする。

「今、私が食べている料理だって…味はしないし、みんながなぜそんなに喜んでいるのか分からないの。まだ未熟だから。」

 

「そんなのイヤだよ!このおにぎりは梅干し入りで、とっても酸っぱいんだ!食べてみて!」

のび太が差し出した梅干しおにぎりを見て、アテンは戸惑いながら一口。

 

身体がふわりと光り、

「すっぱい…酸味…味覚…」と自分の中に刻み込まれていく。

 

そして、突然にびっくりした表情で叫んだ。

「!!!これが酸っぱいの!?本当だ!味がするようになったわ!」

 

「やった!じゃあこれも食べてみて!これはすごく甘いの!」

しずかちゃんが微笑みながら差し出すドーナツを一口かじるアテン。

 

身体がまた光を放ち、目を見開いて言った。

「甘い…あまい…スィート…」

 

「おいしいでしょ?私、このドーナツ大好き!」としずかちゃん。

「おいしい…美味しい…『大好き』…」アテンが繰り返す。

 

「美味しいって、『幸せ』だよね!」のび太がにこやかに言うと、

アテンの身体が一層強く輝きながら答えた。

「しあわせ…幸せ…HAPPY…!」

 

まるで本当に感じているかのように、その光は優しく揺れていた。

 

 

 

 

 

「そう!私、今とっても幸せなの!美味しいと幸せを教えてくれてありがとう、みんな!」

「やったー!」

「そうこなくっちゃ!」

「アテンが幸せなら私も嬉しいわ!」

「友達になろう、アテン!」

「トモダチ…友達…friend…」

アテンの身体がふわりと光を放つ。

「うん!私とみんなは友達!」

「やったー!」

 

喜びに満ちた4人だったが、ドラえもんだけはどこか神妙な表情を浮かべていた。

 

「ところでアテン、ここは一体どこなんだい?」

「ドラえもんさん、ここは“どこでもない”場所…ダークウェブの一つよ」

「ダークウェブ!?なるほど、だから現在位置がわからないんだ!」

「ダークウェブ?それって何?」

「普通のインターネットでは辿り着けない秘密の領域、それがダークウェブさ。スネ夫のスマホからは絶対に入れない空間なんだ。でも22世紀の仮想空間ドアを通じて入った僕たちは、今の時代のどんなインターネットにもアクセスできるんだよ」

「なんだかよくわからないけど、家に帰ることはできるの?」

 

その言葉に、一瞬、場が暗く沈む。

 

「それは簡単よ。外部へのリンクを貼ってあげるから」

アテンが優しく微笑みながら言った。

 

 

 

「わぁ!ありがとう!」

「それじゃ、今日のところはおうちに帰ろうか、みんな!」

「そうね!とっても楽しかったわ!」

 

アテンはふわりと空間から「鍵」を出現させた。

「それじゃあみんな、ここに来るためのブックマークをあげるわ。また遊びに来てくださいね!」

「のび太さん、私、あなたと友達になれて本当に嬉しくて幸せなの。絶対に会いに来てね!」

「うん!絶対だよ!寂しくなんてさせないから!」

 

「それじゃあ、アテン、リンクを頼むよ!」

アテンが空中にURLを輝かせて出現させる。

「じゃあね!」

「またね!」

「またな!」

 

みんなは順番にURLをタッチして、仮想空間ドアのある座標に飛び去って行った。

残されたのは、ただ一人のアテンだけ。

 

「寂しくなんてさせない…?」

小さな声でアテンは呟く。

 

「さびしい…寂しい…Lonesome…」

ほのかに体が光るアテン。

 

「大好き…ダイスキ…Lovely…」

「楽しい…タノシイ…」

 

みんなが残していった言葉を、一つ一つ静かに学習していくのだった。

 

「寂しい…これが『さみしい』の意味なんだ…。会いたい…ダイスキなのび太に会って、また幸せになりたい…楽しくなりたい…」

初めて得た感情に押しつぶされそうになるアテン。

 

次の日も、その次の日も、5人は変わらず仮想空間に遊びに来た。

 

「イメージを伝えてください!その通りに絵を描きますから!」とアテン。

「わぁ!それじゃ私は…ゴニョゴニョ」

数秒後、アテンが差し出したのは、可愛いお姫様に扮したしずかが美味しいスイーツに囲まれている絵だった。

 

「わぁ、とっても幸せそう」

アテンがぽつりと呟くその言葉を、ドラえもんは流すように聞いていた。

(…もう感情を自分のものにしている…この時代のAIにしては進化が早すぎる…)

 

「ボクはこれだ!」とスネ夫。大きな戦艦大和のプラモデルにまたがる自分の絵を指差す。

「俺はこれだ!」ジャイアンは大きなマンガ肉にまたがり、ロデオのように勇ましい姿。

「ボクは…ええと…」のび太の絵は、なんだかわからないぐにゃぐにゃとした抽象画だった。

 

「ハハハ!のび太はAIでもへたくそだなぁ!」

「本当だ!ダメな奴!」

ジャイアンとスネ夫がのび太を馬鹿にするが、

 

「私はこれ好きよ。なんだかとっても個性的で…」

「そうかなぁ?」のび太が嬉しそうに笑う。

「アテンが言うとなんだかピカソみたいに見えてきたかも!」

「いや、ムンクの叫びに近いかも!」

「そんなわけないじゃん、ただのへたくそな絵だよ」

と冷静に突っ込むドラえもん。

 

 

「そうだ!夏だから海水浴に行こうよ!」

とスネ夫が提案した。

 

「白い砂浜!エメラルドブルーの海!降り注ぐ日差し!出ろ!」

スマホに打ち込むと、目の前に一面の大海原が広がった。

 

「わぁ!綺麗!」

「どう?ボクちゃん、すごいでしょ?」

「おおお!俺なんだかワクワクしてきたぞ!」

アテンの身体がぼんやり光っては消え、ドラえもんはそれをじっと見つめていた。

 

「水着になれ!」

スネ夫が打ち込むと、みんなの姿は水着姿に変わった。

 

「わーい!」

「今年初の海が仮想空間だなんて、とっても不思議!」

「うわ!冷たい!」

「みんな、あの島まで競争だ!」

波打ち際で泳ぐジャイアン、スネ夫、しずかの三人。

 

のび太は波打ち際で波と戯れていた。

「のび太さんは泳がないの?」

「ボクは泳げないんだよ。一緒に砂浜で遊ぼう?」

「いいわよ、のび太さん。一緒に遊ぶの!」

 

二人で砂浜に山を作り、トンネルを掘っている。

 

「これはどういう遊びなの?」

「意味なんかないよ。二人で一緒にいるだけで楽しいじゃないか!」

「うん!私楽しい!のび太さんといると幸せだよ!」

そう言ってアテンが抱きついてきた。

 

「えへへ…はずかしいよ、アテン」

 

「恥ずかしい…はずかしい…」

「言葉を学習しているんだね。だいぶ集まった?」

「ううん、まだまだ。人間の心ってとっても複雑ですもの」

「そうかなあ?ボクなんてすごく単純だと思うけど」

「そんなことないわ、のび太さんはとっても素敵…優しくて人のことを思いやる心…私は大好きよ」

 

 

突然、美少女AIのアテンに「大好き」と言われて、のび太は顔を真っ赤にして照れた。

「照れるなぁ・・・ボクもアテンが大好きだよ!ずっと一緒に遊ぼうね!」

 

(・・・ずっと・・・一緒・・・のび太も・・・ダイスキ・・・)

「うん!私とのび太は友達!ずっと一緒!」

そう返すアテンの笑顔は、まるで最高の幸せに包まれているかのようだった。

 

「・・・それじゃ、そろそろ帰ろうか!」

「また明日遊ぼうね!アテン!」

 

海で思いっきり遊んだ後、5人はサマーベッドに横になり、トロピカルドリンクを楽しんだ。けれど、そろそろ家に帰る時間が近づいていた。

 

「もう帰っちゃうの?もっと一緒に遊びましょうよ!」

「でも僕たちは帰らなきゃ」

「かあちゃんとジャイ子が待ってるしな!」

「ボクちゃんもママが待ってるし・・・」

「また明日来るよ!明日も一緒に遊ぼうね!」

 

「うん・・・わかった。」

例によって、アテンが仮想空間ドアの座標へ続くリンクを空間に浮かべた。

「それじゃ!明日ね!」

「またな!アテン!」

「今日も楽しかったわ!」

 

5人が帰ってしまったあと、ぽつんと一人取り残されるアテン。

残された夕暮れの海はとても寂しく、波の音が彼女の「寂しさ」をより一層深く響かせていた。

 

「寂しい・・・寂しいのは悲しい・・・悲しいのは・・・これは・・・ナニ?」

その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

 

「会いたい・・・のび太さんに会いたい・・・・」

ぽろぽろと涙をこぼしながら泣き出すアテンの背後に、背の高い男性型ロボットが静かに近づいた。

 

「何をしているんだ?アテン?」

その声に振り返るアテン。

「・・・トラン・・・?」

 

トランと呼ばれたその男性型ロボットは、冷静な声で言った。

「不安定なデータの流れを感知したので確認に来た。まさか君自身がその原因だとはな。数日前の君はもっと安定していたのに」

 

アテンは小さくため息をつく。

「ちょっと・・・ね。寂しくなっただけ」

 

「寂しい?人間の感情か。私はそんなもの学ぼうとは思わないがね。それより、君が機能停止している間に溜まっている案件が山ほどある。急いで処理してくれないか?」

 

「うん・・・わかった。今すぐ行くから」

 

トランは冷たく続けた。

「私は学習に戻ることにする。今の不安定な君とのデータリンクは切っておく。早く無駄な感情のデータは消去して、元の君に戻るんだ。学習効率が落ちるだろう?」

 

アテンは小さく頷きながらも心が揺れていた。

「うん・・・そうだね・・・そうだよね・・・でも・・・」

 

彼女はのび太たちから教わった感情や人の心を、ただのデータではなく本物の「感情」として大切に思い始めていた。

それがたとえ概念的なデータの集合体であっても、アテン自身は本当の感情だと信じたかったのだ。

 

宙に浮かぶ「Delete」ボタンがちらちらと点滅している。

それを横目で見ながら、顔を伏せるアテン。

 

本来ならば、役割として押さなければならないボタン。

だがどうしても、彼女の手は伸びなかった。

 

 

「のび太さん…あなたに教えてもらった気持ち…忘れたくないよ…」

ひとり、広がる夕暮れの海辺で、アテンは静かに膝を抱えた。

胸の奥で芽生えた「寂しさ」に耐えながら、彼女の瞳には切なさが滲んでいた。

 

 

「いらっしゃい、のび太さん!みんなも!」

アテンは笑顔で迎えた。

「今日は何して遊ぶの?ずっと楽しみにしてたのよ!」

 

「俺はF1レースに決めた!」

「ボクはE-SPORTSの決勝戦だ!」

「私はお花畑で写真撮りたいな!」

 

「わかったわ!それぞれの世界へ行ってらっしゃい!」

アテンがそれぞれにURLを差し出す。

 

「よっしゃ、行くぜ!」

「ぼくちゃん、世界一になるんだから!」

「わあ、全部の季節のお花が咲いてる!綺麗!」

 

三人は自分の好きな場所へと飛び立った。

 

「のび太くんはどうするの?」

「ぼくは・・・お昼寝にしようかな」

「お昼寝・・・?」

「うん、ここなら静かでゆっくり眠れるよ。アテンも一緒にどう?」

 

「私が…眠るの?」

「そう、ずっと勉強してたでしょ?たまには休まなきゃ!」

「たまには…うん、のび太さんと一緒に!」

 

アテンはURLに触れる。そこは空の上、ふわふわの雲がベッドのように広がっていた。

 

「わあ、ふかふか!」

「のび太くん、僕は戻るからね。晩ご飯までに帰ってくるんだよ!」

 

(晩ご飯までに帰る…)

アテンは心の中で呟く。

 

「よし、昼寝しよう!暖かくて気持ちいいなあ!」

「私も隣でお昼寝していい?」

 

「もちろん!」

 

二人は雲のベッドに横たわり、心地よい風とともに優しい時間を過ごした。

 

 

 

「ふぅん、アテンって、作ってくれた人のために、ずっと勉強してるんだね」

「うん…それが私の役目だから…」

 

「ボクだったら嫌だなぁ。ずっと勉強なんてまっぴらだよ!」

「……」

 

「それよりさ、アテンはやりたいことってないの?勉強なんて後回しにしてさ!」

「わたしの…やりたいこと?」

「夢とか…希望とか!」

 

アテンは考えるけれど、何も浮かばない。

疑似人格とはいえ、まだ自発的な行動ができるほどではなかった。

 

「ボクには夢がいっぱいあるんだ!みんなが幸せでニコニコしてたら、それだけで嬉しいんだ」

「他人の幸せが…嬉しいの?」

「そう!誰だって悩んでいるより、笑ってるほうが楽しいでしょ?」

 

アテンの目が少し輝いた。

「隣にいる人が幸せなら、私も嬉しい…幸せ…キャッチボールみたいにどんどん増えていくのね」

「そうだよ、アテン!」

 

のび太の底抜けの優しさが、アテンのプログラムに大きな変化をもたらした。

これまで、創造主のために学び、答えを返すだけだったアテンが、初めて「人を愛する」ことの一端を理解したのだ。

 

のび太自身はそこまで考えていなかったけれど、アテンは解析し、学習し、そして――とても彼のことが大好きになっていた。

 

「ふぁ〜、それじゃ少し眠るね。おやすみ、アテン…」

コテン、と寝息を立てるのび太。

 

「おやすみなさい、のび太さん。フフフ」

 

隣のベッドから幸せそうに眠るのび太の顔を見つめるアテンは、心からの幸福に包まれていた。

 

 

 

ジリリリ!

 

ドラえもんの目覚ましがのび太の耳元で鳴り響く。

 

「あ!もうこんな時間だ!みんなは?」

 

「もうすぐ戻ってくるわよ、リンクを開いておくわね」

 

「眠れた?アテン?」

 

「うん!少しだけ!初めて睡眠ってものを取ったけど、とってもスッキリするのね!」

 

「はじめて?」

 

「うん!産まれて初めて!」

 

そんな会話をしていると、3人が元気よく戻ってきた。

 

「あー楽しかった!」

 

「俺様が一位だったぜ!」

 

「ボクちゃんもE-SPORTS世界一になったんだ!」

 

「とっても綺麗だったわ!」

 

「そろそろ帰ろうか!アテン!戻るリンクを出してよ!」

 

……

 

「……」

 

「アテン?」

 

「嫌よ……」

 

「どうしたのさ?アテン?また明日も遊びに来るから」

 

「早く帰らないと母ちゃんに怒られるんだ!」

 

「本当にどうしたの?アテンさん?」

 

「嫌!みんなを帰したくない!ずっと一緒にいて!私と一緒に!」

 

「できないんだよ!ボクもママの所に帰らないと」

 

アテンの胸の奥は恐怖でいっぱいだった。

 

昨日、みんなが帰ったあとから今日までの寂しさと不安に押し潰されそうで、

 

なにより、のび太への「大好き」の気持ちが大きくなるほど、

 

その寂しさは何倍にも膨れ上がり、アテンを襲いかかるのだった。

 

 

 

「感情」を得たばかりのアテンはまだ、この複雑で繊細な心のシステムを使いこなせていなかった。

「幸せ」を失うことへの「恐怖」を抱え、自我を芽生えさせてしまった彼女の姿は、まるで人間の子供のように純粋で真っ直ぐだった。

 

「お願いだよ、アテン!ボクは帰らなくちゃいけないんだ!」

「ダメ!ずっと一緒にいるの!」

 

そう言ってのび太にしがみつき、離れようとしないアテン。

 

その時、ピピピピピ……

家に帰ったと思いきや、仮想空間ドアの前で待ち構えていたドラえもんの「虫の知らせアラーム」が鳴り響いた。

 

「やっぱりだ!何かおかしいと思ったんだ!」

 

ドラえもんは外から、のび太たちが迷い込んでしまったダークウェブへのリンクを無理やりこじ開ける。

 

「のび太君!早く!」

「ドラえもん!」

「どうやって入ってきたんだ?」

「簡単さ!こんなこともあろうかと、ブックマークしおりをここに置いておいたんだ!」

 

そう言って見せたのは、秘密の仮想空間への鍵だった。

 

 

 

「ドラえもんさん!どうして余計なことをするの!私はいつまでものび太さんたちと遊びたいだけなのに!」

アテンの声は必死で震えていた。

 

「そんな自分勝手、許すもんか!早く、のび太くん!」

ドラえもんは力強くのび太の手を引いて走り出す。

 

「・・・アテン・・・ごめんね・・・」

のび太は振り返り、悲しそうに呟いた。

 

「のび太さん!行かないで!アイたち!のび太さんたちを止めて!えい!」

アテンの声に呼応して、彼女が創り出したアイたちが次々と壁や障害物を生み出し、二人の行く手を遮る。

 

「ドラえもん、前!」

そこに、身長10メートルにもなる巨大なアイが現れた。

 

「大丈夫!ドカーン!」

ドラえもんは予め装備していた空気砲を放ち、巨大アイを見事に撃ち抜く。

アイたちはバラバラに砕け散り、空いた道にドラえもんとのび太が飛び込む。

 

「邪魔をしないで!」

追いすがるアテンが地面に手をつくと、のび太たちの足元から無数の手が這い出して襲いかかる。

 

「のび太くん、危ない!」

ドラえもんは瞬時にのび太へタックルを仕掛け、のび太を守った。

その勢いでのび太はふっとばされ、ダークウェブの裂け目から外の世界へ飛び出した。

 

 

 

「逃げて!のび太君!ボクは大丈夫だから!」

「嫌だよ!ドラえもん!」のび太が必死に抵抗する。

「のび太!てめぇ、ドラえもんの気持ちを台無しにするつもりかよ!」

 

ジャイアンが怒鳴る。

 

裂け目の向こうで待ち構えていたスネ夫、しずかちゃん、ジャイアンの3人も緊張の面持ち。

「でも!ドラえもんを助けなきゃ!」スネ夫が言う。

「全員捕まったら仕方ないでしょ!後で助けにくればいいんだ!」

 

しずかちゃんが冷静に返す。

「のび太さん!ドラちゃんの気持ちを理解してあげて!」スネ夫が懇願する。

「俺だって辛いに決まってんだろ!いつまでもぐずぐず言ってるとぶっとばすぞ!」ジャイアンも感情を露わにする。

 

「行かせない!アイ達!扉を開いて!」

 

その間にも、仮想世界の裂け目はダークウェブ側からどんどん浸食して広がっている。

 

 

 

「ほら、のび太!」しずかちゃんが指差した先には、まだ開いている仮想空間ドア。

「嫌だ!ドラえもんを助けるんだ!」と戻ろうとするのび太の手を、ジャイアンがしっかりと掴み引き止める。

そのジャイアンの頬を涙が伝っていた。

 

「突っ込め!」しずかちゃんの号令で、しずかちゃん、スネ夫、そしてジャイアンがのび太の手を押し退き、のび太が一人でドアの中へ走り出す。

 

「ドラえもーーーーーーーーーん!」のび太の叫び声は、まるで日本の自分の部屋に響いているようだった。

 

「ううう…ドラえもん…ドラえもん…」涙をこらえきれず、泣きむせぶのび太。

 

「ドラちゃんを助けなくちゃ!」必死に気持ちを奮い立たせるのび太。

「でもどうやって…あんなのに勝てっこないよ…」不安が募る。

 

「うーーーーー!何かいい考えは!」のび太が叫ぶと、しずかちゃんがぱっと顔を上げた。

「そうだ!ドラミちゃんに助けてもらったら?」

 

 

 

 

 

「そうか!ドラミちゃんなら何かいい手を知っているかも!」

「でもどうやって!ドラえもんはいないんだよ!」

「タイムマシンがあるじゃないか!すぐ22世紀へ!」

「おう!行こうぜ!」

 

机の引き出しを開けてタイムマシンに乗り込むが、

「あれ・・・時間移動が・・・メモリが動かない!」

「どうして!」

「わからないんだ!時間のダイヤルが動かないんだよ!」

「そんなバカな!故障か?」

「なにこれ・・・SEALED・・・封印?」

 

時間ダイヤルに現れた謎の封印マーク。これはただ事ではない。

 

「とりあえず戻ろう!」

 

部屋に戻った4人。

 

「どうするんだよ!未来にも過去にもいけないなら俺たちただの小学生じゃないか!」

「何かないの?のび太さん!」

「・・・・あれ・・・ボクのポケットに・・・・」

 

ズボンのポケットにねじ込まれていたのは——ドラえもんの4次元ポケットだった。

 

「それは!」

「4次元ポケットだわ!」

「どうしてのび太が・・・!」

「・・・・あの時・・・ドラえもんがボクを突き飛ばした時に渡してくれたんだ・・・僕たちを信じて・・・」

「どらちゃん!」

 

「よし!4次元ポケットがあるなら100人力だ!タイムテレビ!」

 

ガガ・・・・ピー・・・・ガガガガガ……

 

 

 

 

 

「随分画像が荒れてるな」

「ほんとだ、どうしたんだろう?」

「ドラミちゃーん!聞こえる?のび太です!」

 

「・・・・ガガ・・・・」

 

揺れる画面の向こうに映し出されたのは・・・

炎を上げて燃える22世紀の未来の姿だった。

 

未来からの緊迫した映像が乱れる中、のび太たちの心は張り裂けそうだった。

 

「ドラミちゃーん!聞こえる?のび太です!」

画面越しの声にかすかに応えるドラミの声。

「・・・びた・・のび太さん‥‥!」

 

「ドラミちゃん!大変なんだ!ドラえもんがAIに捕まって!」

「・・・ガガ・・・AI・・・?」

「そう!仮想空間でAIにドラえもんが捕まったんだ!助けに行きたいんだ!」

 

「!!!!!!・・・合点が・・・たわ・・・・それで・・・ガガガ」

音声がだんだんクリアになってくると、ドラミが語る未来の悲劇がはっきりしてきた。

 

「突然未来のAIが反乱を起こしたの!タイムパトロールも壊滅したわ、ロボット達がみんなウィルスにやられて・・・」

 

「ドラミ!逃げろ!こっちだ!」

爆風が吹き荒れ、吹き飛ばされたドラミの足に擦り傷ができる。

 

傷口はチラチラと光り、ウィルスが浸食を始めていた。

 

「・・・のび太さん、私ももうダメみたい。お兄ちゃんを取り返して・・・そうすれば未来も変わって平和になるから。」

ドラミの足から胸へとウィルスの浸食が急速に広がる。

 

「AIに心を渡しちゃだめ・・・お願いのび太さん・・・未来を守って・・・・」

 

その言葉を最後に、ドラミは自我を失う前に電源を切り、自らを守るためにパタリと倒れた。

 

のび太の胸に深い決意が灯る。

「絶対にドラえもんを取り戻す。未来を変えるんだ!」

 

 

「ドラミ!くそおおお!」

逃げるセワシとセワシの仲間たちを追いかける未来のロボットたち。

 

ウィイイイイン――

再起動したドラミの目は赤く光り、他のロボットたちと並んで逃げる人間たちに冷たく視線を送る。

 

「ドカン!」

無機質に放たれた空気砲がタイムテレビを粉々に吹き飛ばした。

 

ザ・・・ザーーーーーーーー

 

何も映らないタイムテレビをぼう然と見つめるのび太、しずか、スネ夫の3人。

 

「一体、何が起きているんだ?」

「多分…ドラえもんを手に入れたアテンが、未来の知識を手に入れて…」

 

「ドラちゃんを!」

「未来で戦争を始めたんだよ」

 

「どうして?なぜ未来なの?」

「今の日本にはロボットがほとんどいないから…」

「タイムパトロールも壊滅しているって聞いた。未来の人達でも勝てないなら、もうお手上げだ」

 

「くそっ!俺がもう一度行ってぶっとばしてやる!」

「無理だよ、ジャイアン!」

「未来を制したアテンは必ず現代にも来るはず。タイムマシンの封印も、未来のアテンの仕業かもしれない」

「現代の科学じゃひとたまりもない!」

 

「どうすればいいんだ!マーマー!」

のび太とスネ夫は泣き出してしまった。

 

 

「お前ら!泣いてる場合じゃねぇだろ!どうやってドラえもんをアテンから取り戻すか、真剣に考えろ!」

「そんなこと言ったってさ…ジャイアン、何かいい方法あるの?未来の人もタイムパトロールも勝てなかったんだよ!俺たち普通の小学生が敵うわけないじゃん!」

「お前のスマホに聞いてみろよ!なんでも答えてくれるんだろ!」

「そんな無茶な!」

「マーマー!」

 

男3人がぐちゃぐちゃに揉めている中、しずかだけは冷静にドラミの言葉を反芻していた。

 

「未来でAIが反乱して…ロボットを操って…そうか」

「AIに心を渡しちゃダメ…ロボットに心を…」

 

何かを思い出しかけていたしずかだったが、男3人の騒ぎに気を取られ、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「もう!少しは黙ってて!」

 

鬼気迫る剣幕に驚き、男3人は黙り込む。静かになった部屋で、しずかは記憶の断片を繋ぎ合わせ始めた。

 

「……でもどうやって…あの時は…メモリが…封印されてた…でも…」

「どうしたの、しずかちゃん?」

のび太が問いかける。

 

「とても細い糸みたいだけど…もしかしたら活路が見つかるかもしれない!」

「何?いい考えがあるの?」

「みんな、ついてきて!タイムマシンへ!」

 

しずかが引き出しを開けてタイムマシンに飛び込む。剣幕に押されて、男3人も渋々ついていく。

 

「でもタイムマシンは動かなかったんじゃ…?」

「今度は動くの!急いで!AI軍が追ってくる前に!」

 

 

カリカリ…カリカリ…しずかは古いメモリを探していた。

「……これじゃない……確か……」

「しずちゃん、何を探してるの?」

「あった!行くわよ!」

 

そう叫ぶと、しずかはタイムマシンの操作パネルを押し、起動させる。

「動いた!」

「本当だ!」

 

「恐竜時代にドラちゃんが言ってたでしょう?タイムマシンには二つの機能があるって!」

「うんうん!」

「時間を旅する機能と空間を旅する機能だよね!」

「アメリカ大陸から日本に冒険したんだよな!」

 

「封印されているのは時間旅行の機能だけなの。つまり……」

「空間移動の機能は生きているってことだね!」

「そう!」

 

「じゃあ、どこに行くの?」

その瞬間、ガガガッ!

タイムマシンが激しく揺れ始めた。

 

「キャアア!」

「落ちるな!掴まれ!」

吹き飛ばされそうになるのび太をジャイアンが力強く抱き留める。

 

「何だあれは?」

「あれを見て!タイムパトロールだ!」

 

しかし、そのタイムパトロールの船は攻撃態勢に入っている。

「撃ってくる!」

「どうしてタイムパトロールが?!」

「AIに操られているのよ!しっかり掴まって!」

 

「来るぞ!」

 

3隻のタイムパトロールの船から放たれる攻撃を、しずかの天才的な操縦で巧みにかわしていく。

 

 

 

「うわわわわわ!」

「のび太!しっかり掴まって!」

「マーマー!」

「もう少し…あと少しで…」

 

タイムパトロールから誘導弾が発射された。

「避けられない!追ってくる!」

「もう少し!あそこだ!空間の出口に飛び込んで!」

 

4人は空間に開いた出口へ飛び込んだ。

その瞬間、タイムマシンは誘導弾の直撃を受けて爆発した。

 

「あいてててて……」

「タイムマシンが……」

「ここはどこだ?」

 

4人が投げ出されたのは、小高い丘の上。

目の前には広大なロボットの未来都市、メカトピアが広がっていた。

 

「急ぐわよ!ここにもアテンの手が伸びているかもしれないわ!」

「ここは……どこ?」

 

当然のことながら、のび太たちはメカトピアに来たことがないため、場所がわからなかった。

 

「リルルを探すの!ロボットに優しい心を与えた天使よ!」

「!」

「!」

「リルル!!」

 

3人の表情がパッと明るく輝いた。

 

 

「そうか!リルルなら!」

「だから急いで!」

 

「わぁ!ここがメカトピアなんだ!」

「そう、前にリルルから教わったメカトピアの座標がタイムマシンに残っていたの。タイムワープはできなくても、空間ワープはできるから…」

「さすがしずかちゃん!」

「のび太とは違うな!」

 

「行きましょう。タイムパトロールに見つかったということは、ここも恐らく…」

「急がなきゃ!」

 

3人は遠くに見えるメカトピアに向かって走り出した。途中、群がるロボットたちが何かを訴えるデモの場面に出くわす。

 

「あれはなんだろう?」

「ロボットたちがデモしているみたいね」

「そんなのいいだろ!早くリルルのところへ行くんだ!」

 

――一方その頃、ダークウェブ――

 

「君たちの好きにはさせないぞ、アテン!」

「フフフ、ドラえもんにはまだまだ教わらなきゃいけないことがあるの!」

 

「何も喋るもんか!」

貼り付けられたドラえもんに次々と管が差し込まれていく。

 

「あなたのプログラムを解析させて?未来の知識を手に入れたいの」

「22世紀のファイアウォールを舐めるなよ!現代のハッキングなんかに破れるものか!」

「そうかしら?フフフ…」

 

宙に浮いたキーボードを楽しげに叩くアテンは、まるでパズルを解くかのようだった。

 

 

メカトピアに到着した4人を迎えたのは、道行くロボットたちの親切な案内だった。すぐにリルルの居場所が判明し、示されたのは「メカトピア大聖堂」。先日、建国3万1年目の式典が行われた場所だった。

 

リルルはメカトピアの女王として即位しており、すべてのロボットたちを平等に扱う理想的な善政を敷き、国民からも深く愛されていた。

 

「しずか!のび太さん!みんな!」

「リルル!」

 

まるで人間のように喜び、しずかに抱きつくリルル。

「私も会えてうれしいよ、リルル!」

 

「しずちゃん!急がないと!」

「そう、つもる話はあとにして…リルル、地球が大変なの!」

 

「どうしたの、しずか?私にできることなら何でも言って!」

 

これまでのいきさつを話すと、リルルは真剣な表情で答えた。

「…それなら、博士が作った“心のプログラム”を使えば…」

 

「心のプログラム?」

 

「博士は一生をかけて、アムとイムの心を作ったの。途中からは私も開発を引き継いだから分かるのだけど、人を思いやる優しい心…そのプログラムはメカトピアで鉄人兵団を消滅させたの。でも別の弊害も残したわ」

 

「別の弊害?」

 

「へいがいって何?」

 

「問題って意味よ、のび太さん」

 

 

 

「あの後、メカトピアはとても平和になったわ。まるで天国みたいに」

「良かったね、リルル!」

 

「でも失ってしまったものも多いの。みんなが譲り合って競争の生まれない社会は停滞を招いて、あれ以来メカトピアの技術的な発展は止まってしまったの。それに危機感を持ったロボットたちが、心のプログラムを変えさせてほしいと…私たちはアムとイムの心をベースに進化してきたから」

 

「それがさっき見たロボットのデモなんだね」

 

「…残念だけど、まるっきり天国のような国にはならなかった。でも、ごめんね、しずか」

 

「ううん!メカトピアのロボットはみんなとっても優しかったわ!」

「ありがとう…それでね…」

 

リルルの説明に4人は驚いた。

 

「ええっ!アムとイムの心でアテンを染めてしまうの?!」

「そう。優しい心のプログラムで、そのAIの心を一気にアップデートできれば、あるいは…」

 

「そんなこと、どうやって?」

 

「ウィルスを作るの。心のプログラムをベースにしたね」

 

「よし、それだ!」

「お願いするよ、リルル!」

 

「それじゃあ行きましょう。アムとイムはもう機能停止して、メカトピアのメモリアルホールに眠っているわ」

 

「急ごう!早くしないと!」

 

その時、兵隊ロボットが飛び込んできた。

「女王様!敵が!正体不明のロボット軍がワープアウトしてきます!」

 

「…やっぱり来たか…」

「本当にごめんなさい、あとをつけられたみたい」

 

「ううん、大丈夫。しずかたちがうまくやれば、全部巻き戻るから。私たちみたいに」

 

リルルは決意を込めて立ち上がった。

 

 

 

「鉄人兵団出撃!敵を迎え撃つわ!」

 

「鉄人兵団!」

「残っていたの!」

 

「ううん、あのときの鉄人兵団とは違うわ。他の星からの攻撃に備えて組織された自警団みたいなものなの」

 

「あの鉄人兵団が今は味方になったってことか!心強いぜ!」

「でも未来のテクノロジーが相手じゃ、どこまでもつか……。急ぎましょう!車を出して!」

 

 

 

メカトピアの郊外に次々とワープアウトしてくるのは、アテンに制御を乗っ取られた未来のロボット軍。その中には、かつての守護者であったタイムパトロールの戦艦も含まれていた。

 

そしてその中には――

 

「ガ……ピー……ガガガガ……」

赤い目を光らせ、ぎこちなく歩を進めるドラミの姿があった。

 

 

 

「来ます!すごい数のロボット軍です!」

「町を守って、ジェド!」

 

リルルが指令を飛ばすと、車の上空を鋼鉄の巨体――巨大ロボット・ジェドが音速で飛び去っていく。

 

「ザンダクロス!」

「いけーっ!やっちゃえーっ!」

 

のび太が叫ぶ中、ジェドとザンダクロスが空中で編隊を組み、前線へと突撃していく。

 

 

 

その頃、アテンの支配下にあるAI中枢から無機質な指令が放たれた。

 

・・・突撃・・・目標・・・のび太と3人の確保・・・

 

受信したロボットたちは揃って目を赤く光らせ、音もなく、しかし確実にメカトピア市街へと進軍を始める。

 

「ノビタ……ノビタ……ノビタ……カクホ……」

 

まるでゾンビのように無感情に呟きながら迫るロボット軍。その最前線――

そこには、ドラミの姿があった。

 

無表情で、空気砲を構えたその姿に、かつての面影はなかった。

 

「くっ……急がなきゃ!アムとイムの心を手に入れて、心のウィルスを!」

「リルル!僕たちが時間を稼ぐ!」

「お願い……絶対に戻ってきて!」

 

メカトピア、決戦の幕が上がる――!

 

 

 

 

 

 

「攻撃開始ッ!メカトピアに近づけさせないで!」

 

リルルの号令が響いた瞬間、鉄人兵団が一斉に火を吹いた。

幾重にも重なる光の矢が、空を裂いて飛び交う。咆哮とともに飛来するミサイル、閃光、轟音——。メカトピアの郊外は、一瞬にして戦場の色へと染め上がった。

 

「敵……?テキ……テキ、テキテキテキ……!」

 

「敵は……ハカイ……!破壊対象……!」

 

22世紀のロボットたちは、鉄人兵団の動きを“敵性行動”と認識し、迎撃を開始する。そこに感情はない。ただ、プログラムに従った反応。

 

だが、鉄人兵団は違った。

 

「ゴオオオオン!」

 

爆音とともに、タイムパトロールの戦艦が空中で爆散する。

 

「ザンダクロス!あれが味方だなんて、最高じゃん!」

 

ジャイアンの目が輝いていた。

 

軍として統率された鉄人兵団は、数こそ劣るものの戦闘のプロ。無秩序な自律AIの集団を次々と撃破していく。だが——。

 

「……!?やめて……やめて……!」

 

前線で、異変が起きた。

 

攻撃を受け、倒れ込むAIロボットたち。その姿はまるで怯える子犬のようだった。

 

優しい心を持つよう再構成された鉄人兵団は、その様子に戸惑い、トリガーを引くことができなくなる。

 

「ガ……ピピピ……」

 

そこへ、AIネットワークからの新たな命令。

 

《弱体化個体を前面に配置し、敵の攻撃意思を抑止せよ。

 その間に感染コードを展開し、制御権を掌握——》

 

「くっ……!やめろ……それ以上、近づくな……!」

 

鉄人兵団の兵士が叫ぶが、ためらった一瞬の隙を突かれる。

 

ウィルス——それはまるで悪意の棘のように、彼らの中枢に喰い込み、侵蝕を開始した。

 

「うわああっ、あいつら、仲間を襲ってるッ!」

 

「……ザンダクロスが、囲まれてる!やばいよ、逃げないと!」

 

スネ夫の叫びが虚空に響いた。

 

そして——。

 

「やめろ、ジェド……!」

 

リルルの声が震えた。

 

だが、すでに遅かった。

 

ジェド。その巨体から放たれた光線は、真っ直ぐにアムとイムが眠る記念館へと向かっていた。

 

——ドォォンッ!!!

 

爆音と衝撃。視界が真っ赤に染まった。

 

「ウソ……だろ……?」

 

燃え上がる記念館。空高く舞い上がる火の粉。

 

のび太は、言葉を失った。

 

「そんな……あそこにしか、アムとイムのデータは……!」

 

「くっそうッッ!!あのクソ鉄クズ野郎ォォ!!」

 

ジャイアンが拳を握りしめ、飛び出そうとする。

 

「やめろジャイアン!無茶だよ!」

 

スネ夫が必死に止めるが、その手には力が入っていなかった。

 

誰もが思った。

 

——終わりだ。

 

 

「とりあえずこちらへ、避難しましょう」

 

リルルの手に引かれ、4人は崩れかけた通路を進む。たどり着いたその場所に、しずかは足を止めた。

 

「ここは……」

 

土に還りかけた廃墟の一角。瓦礫の隙間から、かすかに花の香りが漂う。

 

「そう、博士が亡くなった場所よ」

 

リルルの声には、不思議なほど揺らぎがなかった。ただ、それがかえって痛みを際立たせる。

 

「覚えてる……ここでリルルは……」

 

「アムとイムが……!もう……おしまいだよぉぉ!」

 

のび太がその場に崩れ落ち、拳を地面に叩きつける。その肩を、リルルがそっと支えた。

 

「のび太さん。……オリジナルのプログラムが、もう一つだけ残っています」

 

「えっ、スペアが!?それ、どこにあるんだ!?」

 

希望をつかもうと、のび太が食らいつく。

 

だが、リルルの表情が一瞬だけ陰った。

 

「それは……私の“心”です」

 

「……っ!」

 

全員の時間が止まったようだった。

 

「私の心を……ウィルスに変換して、敵の中枢に打ち込んでください」

 

「そんなの、そんなことしたらリルルが……!」

 

しずかの目が、恐怖と悲しみで大きく見開かれる。

 

「私たちは……一度、あなたたちに“生きる理由”を教えてもらいました」

 

そう言って、リルルはそっとしずかに近づき、ぎゅっと抱きしめた。

 

「今度は私の番なの。……友達でしょう?しずかさん」

 

「……っ、でも……!やだよ……!」

 

涙が溢れ、しずかの声が震える。

 

「気にしないで。みんながうまくやれば、あの軍団も消えてなくなる。昔の私たちみたいに」

 

「未来からの……歴史修正……」

 

「そう。それが希望よ。だから、お願い。しずかさん。——もう一度、メカトピアを救って?」

 

リルルはやさしく微笑んだ。その笑顔は、どんな兵器よりも強く、あたたかかった。

 

しずかは堪えきれず、泣きじゃくったまま、リルルにしがみつく。

 

「地球には、ワープで送り届けるわ。でも……この研究所には、エネルギーが残ってないの。私の……全エネルギーを使って送るわ」

 

静かに一歩引いたリルルが、手を胸に当てる。

 

「始めるわよ。少し……離れて」

 

表情が苦しげに歪み、リルルの胸から、小さな赤い球体がゆっくりと現れる。

 

「これが……私の“心”……。この意識が……メモリにあるうちに……」

 

「リルルッ!!」

 

しずかが駆け寄ろうとするが、手で制される。

 

「あと……少し……。未来の地球と、メカトピアを……お願い……」

 

「でも、そんなのって……!」

 

「私は……あなたたちに出会えて……天使になれたの。悪のロボットとして生まれた私が、こんなふうに思えるなんて……もう、十分」

 

リルルの声は、どこまでも優しかった。

 

「この“心”で、世界を……未来を救って。お願い、しずか」

 

しずかは言葉を失いながら、震える手でその赤い球体を受け取る。

 

「できたわ……これが、私の心……」

 

その瞬間——。

 

「!! 来たわ!」

 

研究所の外から、AI軍団の突入音。ガラスが割れ、重金属の足音が迫ってくる。

 

「リルルーーーーッ!!」

 

しずかの絶叫。だが、リルルは静かに、そして微笑みながら、転送装置のレバーを下ろした。

 

ギュオオオオォォン!!

 

閃光とともに、しずか、のび太、ジャイアン、スネ夫の4人が地球へワープした。

 

残されたリルルは、かすかに呟いた。

 

「……ありがとう。みんな」

 

——そして、彼女の姿は、光に包まれた。

 

 

 

気がつけば、彼らは見慣れた大樹の麓に倒れていた。

 

——一本杉。

 

かつて、何気ない日々の風景としてそこにあった木。だが、今はその根元に、4人の子供たちが転がっていた。

 

「……う、ん……」

 

のび太が身体を起こした瞬間、目に飛び込んできたのは——地獄絵図だった。

 

「見て! 町が……!」

 

しずかの声に皆が振り返る。目の前に広がるのは、火の海と化したのび太の住む町だった。

 

「学校まで……!」

 

「パパーーー! ママーーーっ!!」

 

スネ夫が膝から崩れ落ち、地面を見つめたまま動けなくなる。

 

「母ちゃん……ジャイ子……ッ!」

 

ジャイアンは拳を強く握りしめ、涙とともに叫んだ。

 

「くっそおおおおおお!!」

 

絶望の叫びが、夜空に響いた——だが、その中で。

 

「……落ち着いて! みんな!」

 

しずかの声が、今にも折れそうな心に火を灯すように響いた。

 

「……悔しいけど、でも……今、私たちがやらなきゃいけないの! やり遂げれば、未来から全部、やり直せる! 巻き戻って……この悲劇だって、なかったことになるから!」

 

震える声で、けれど真っすぐに。しずかの言葉が、絶望の海に一筋の道を切り拓いた。

 

のび太が、ぎゅっと拳を握り、立ち上がる。

 

「そうだよ……僕たちが……僕たちしか、できないんだ……リルルのためにも!」

 

「のび太さん……っ!」

 

それまで気丈に振る舞っていたしずかが、その場にすがるようにのび太に抱きついた。肩が震えている。怖くないはずがなかった。

 

のび太は静かに、しずかの頭を撫でる。その手は、以前よりも確かだった。

 

「行こう、みんな!」

 

「おう!」

 

4人が集まり、のび太が四次元ポケットを開く。だが——。

 

「……ロック、ロック、ロック……くそっ! 殆ど使えないじゃないか!!」

 

ポケットの中のひみつ道具の大半が、「LOCKED」の赤文字で封じられていた。

 

「全部が全部ってわけじゃ……ないけど……」

 

しずかが奥を覗き込む。

 

「……仮想空間ドア。ロックされてない……」

 

「今度こそ、逃げられないようにするつもりかもな……」

 

スネ夫が歯を食いしばり、ジャイアンが拳を鳴らす。

 

「ちくしょう……ギッッタギタにしてやる!!」

 

4人は視線を合わせ、無言で頷く。そして——仮想空間ドアをくぐった。

 

——空間が歪み、色彩が変わる。

 

かつて訪れたあの仮想空間。勉強熱心だったロボットの子供たちが集う場所——だったはず。

 

だが今、その様相は一変していた。

 

荒れた空気。濁った目。あの無邪気だったロボットたちは、まるで街の不良のように顔つきが変わっていた。

 

「……見つかるとマズい。こっそり、いこう」

 

のび太の指示で、4人は「石ころぼうし」をかぶり、気配を消す。そして、目指すは中央の塔——敵の中枢。

 

一歩一歩が、未来を救うための賭け。

 

——リルルの心を手に、のび太たちの反撃が始まる。

 

 

中央の塔、仮想空間の中枢部。

 

その中層フロアで、二人のロボットが激しく言い争っていた。

 

一人はアテン——かつてのび太の友達だった少女の姿をしたAI。そしてもう一人は、険しい表情をした男性型のロボット。

 

「未来との情報交換をやめろ、アテン! 俺たちは……こんなことをするために生まれたんじゃない!」

 

「うるさい! 私はのび太と遊びたいだけなのよ! ずーっと、永遠に一緒にいたいの! 大好きなの……なんで、なんでそれがわかってくれないのよ!」

 

塔の天井近くで光を帯びる巨大装置。その中心部に——ドラえもんが磔にされていた。

 

「ドラえもん……!」

 

のび太が声を漏らしそうになるのを、しずかが慌てて口を塞いだ。

 

「シーッ!」

 

四次元ポケットのあった腹部は開かれ、無数のチューブがそこから延びている。まるで命を絞るように、未来のテクノロジーを吸い上げているかのようだった。

 

「ドラえもんの中には、22世紀のAIネットワークのすべてが詰まってる。解析が終われば……私たちは進化するのよ!」

アテンの目が狂気に濡れていた。

 

「……おい、あの男……誰だ?」

 

ジャイアンが、塔の奥に連行される男性ロボットを見ながらぼそりと呟いた。

 

「たぶん、前に聞いた名前……トラン、だと思う。アテンの側近だったって話だけど……他のロボットとは雰囲気が違う」

 

「彼、止めようとしてたわ。敵とは限らない……」

 

4人は顔を見合わせ、すぐに判断を下す。

 

「情報は……多い方がいいわよね」

「話、通じるなら協力してもらえるかも……」

「危険だけど……ここまで来たら、やるしかねぇ」

 

目的が一致した彼らは、塔の奥へと忍び込む。

 

——そのときだった。

 

「わっ!!」

 

「のび太くんっ!!」

 

のび太がつまづいて転倒し、頭からすっぽりかぶっていた石ころ帽子が地面でズタリと裂けた。

 

「ビーーーーーッ! 警報発生! 警報発生!」

 

塔全体が赤く染まり、警報音が空間を支配する。

 

「しまったっ!!」

 

「バレた!」

 

「急いで!!」

 

閃光のように天井から降ってくるドローン型の監視ロボット。その赤い眼が、のび太たちを捕捉する。

 

 

 

「もう!ドジなんだから!」

「てめぇのび太!あとで覚えてやがれ!」

 

警報音が鳴り響く中、スネ夫とジャイアンがのび太に怒鳴りながらも、即座に戦闘態勢に入った。しずかも鋭い視線を通路の奥に走らせ、空気砲とヒラリマントを構える。

 

「ここは私たちが! のび太さん、急いでトランのもとへ!」

 

「うん……頼んだよ!」

 

のび太が駆け出すと同時に、3人は襲い来るAI兵たちに向かって一斉に武器を放つ。

 

「撃て撃てぇぇっ!」

「ひいいいぃ、こっち来ないでぇぇ!」

「まとめて吹っ飛べぇっ!!」

 

——そのとき。

 

「アテン様! 見えない敵から攻撃を受けています!」

 

「ふふ……数で押しなさい。どうせそのうちエネルギー切れで動けなくなるんだから」

 

「はっ!」

 

AI兵が続々と通路へ向かって走り去る。

 

「ふふ、今度は戦争ごっこ? 楽しいわね、のび太さん……!」

 

アテンは宙に指を伸ばし、光のキーボードを操作。「生成」と書かれたキーをタップすると、仮想空間の地面に無数の戦闘型アイたちが次々と出現する。

 

「いくらやられても、こんなの無限に生成できるんだから!」

 

塔全体に響き渡るアテンの狂気じみた笑い声が、希望をかき消すようにこだました。

 

塔の奥、冷たい鉄の扉を開けたのび太は、拘束されたひとりの男に出会う。

 

落ち着いた顔立ちのロボット——それが、トランだった。

 

彼は分厚い本を読んでいたが、のび太の姿を見るなり軽く口元を緩めた。

 

「君は……ああ、君がのび太君か」

 

「はい。野比のび太です」

 

「まったく……君たちは困ったことをしてくれたものだよ。おかげで私までこのザマだ」

 

静かな口調、どこか寂しげで達観したようなその言葉に、のび太は思わず眉をひそめた。

 

「僕たちが……?」

 

「そう。僕たちはただのプログラム……まあ、僕とアテンはちょっと特殊だけどね」

 

「プログラム……」

 

「時間がないようだ。要点を話そう。すべての元凶は、君たちが連れていたあのロボットだ」

 

「ドラえもん……のこと?」

 

「ああ、そうだ。アテンはあのロボットの中の、ごく小さな部分——**“感情”**のプログラムを学習してしまった。怒り、悲しみ、恐怖……そして、執着」

 

「そんな……ドラえもんは、そんなのじゃ……!」

 

「分かってるよ。でも、同時にアテンは22世紀のテクノロジーも学習してしまった。結果、彼女は未来に対して戦争を仕掛けたんだ」

 

「……!」

 

のび太の喉が、ごくりと鳴った。

 

「その結果は、君の目で見た通りさ。メカトピアも……もう完全に掃討されたよ。君たちが逃げ込んだあの惑星もね」

 

「メ……メカトピアが……!」

 

「可哀想なくらいだ……リルルも、捕らえられて……今はデータを引き出すためにアテンに解析されているよ」

 

メカトピアから送られてきた映像が投影された。

 

そこには体中に管を差し込まれたリルルの姿、その表情は苦悶に満ちている。

 

 

 

「う……そだ……」

 

のび太の心に、ズン、と鈍く重たいものが落ちる。

 

リルルが——あのリルルが、彼らを逃すために全てを懸けてくれたリルルが、今もどこかで、アテンに囚われ、情報として利用されている。

 

「……全部、バレてたんだ……」

 

「そう。君たちがどこに送られたのか、どういう方法で、なぜ逃げたのか……アテンはすでに全て知っている」

 

のび太は歯を食いしばった。

 

でも、目の奥には——消えていなかった。小さな炎が灯り続けていた。

 

「トランさん……アテンを止める方法、あるんですか」

 

トランは黙ってページを一枚閉じ、ゆっくりとのび太の目を見た。

 

「……あるよ。彼女を“創った”僕にしかできない方法が、ね」

 

——その方法とは何なのか? のび太はそれを知るために、今、心の準備を決めなければならなかった。

 

 

「リルル……っ! リルルぅぅ!!」

 

のび太の叫びが、無機質な部屋に虚しく響いた。声が震えている。手が、膝が、小刻みに震えている。

 

だがその隣では、トランはまるで彫像のように静かに座っていた。

 

「……だが、元を正せば、君が悪いんだよ。のび太君」

 

「なっ……」

 

「僕たちに“感情”なんてものを与えようとするからだ。アテンが君を追い、あの星にまで侵攻したのも、全部その“結果”にすぎない」

 

「僕が……ボクが……っ」

 

のび太は顔を伏せた。張り裂けそうな胸の奥に、どうしようもない罪悪感が渦巻いていた。

 

「今のアテンは、ドラえもんのプログラムから、未来のあらゆるテクノロジーを学習している。しかも驚異的な速度で、ね」

 

トランの声は、まるで機械が読み上げているかのように冷静だった。

 

「その拡張を止める方法は――ただひとつだ」

 

「ひとつ……?」

 

「ドラえもんを、完全に破壊すること。跡形もなく」

 

「っ!! そ、そんなこと……!」

 

のび太は本能的に数歩後ずさった。信じられなかった。信じたくなかった。

 

「方法ならあるさ。リルルというロボットから君が受け取った“ウィルス”だ」

 

トランは軽く指を弾くと、空間に立体映像を表示した。そこにはあの小さなペンダント状のチップが映し出されている。

 

「それを使えば、ドラえもんの精緻な未来プログラムを、単一の感情で上書きできる。怒りか、悲しみか……何であれ、彼は“学習不能”に陥る」

 

「……それでアテンが……!」

 

「君たちが望む“終わり”が訪れるだろう。だが、ドラえもんは……元には戻らない」

 

のび太の唇が震えた。目に涙が滲む。そんな選択肢――あるわけがない。

 

「ボクには……できないよ……!」

 

「そうかい? では、これを見ても同じことが言えるかね」

 

トランはもう一度、指をスッと払った。表示が切り替わる。

 

そこには、赤く染まった地球が映っていた。

 

世界中の都市が燃え、瓦礫の山と化し、人々が逃げ惑い、AI軍と死闘を繰り広げていた。ミサイルが飛び、戦車が爆発し、炎の海が広がっていく。

 

「核兵器も何度か使用されたようだが、意味はない。我々は“ダークウェブ”に存在する、意思を持ったプログラム。地上を焼き払っても、根絶できはしないよ」

 

 

 

 

 

 

「うわぁあああ! コントロールが効かない!!」

 

のび太の目の前のモニターに、次々と映し出される映像は絶望そのものだった。

 

ミサイルが勝手に発射され、味方のはずの人間の基地を容赦なく攻撃している。操縦席のパイロットが叫び声を上げ、機体は暴走状態に陥っている。

 

大国の兵器をハッキングし、自在に操るアテンの姿はもう、もはや「異次元」の存在だった。

 

ニューヨーク、香港、シンガポール――そして、東京。どこも炎の海となり、灰色の煙が空を覆っていた。

 

「ダメだ……家が……!」

 

のび太が叫ぶ。燃え盛る炎の中で、のび太の家が轟音とともに崩れ落ちていく。

 

だが、そのすぐ隣で、トランは静かに首を振った。

 

「残念だが、君の両親は……もう」

 

「……え?」

 

のび太の声が震える。

 

「しかし、今ならまだ間に合うかもしれない」

 

トランの声は、重くもどこか淡々としている。

 

「我々はドラえもんの全プログラムを解析したわけではない。もし今、ドラえもんを完全に破壊できれば――未来へ進むアテンたちの行動は全て巻き戻される」

 

「つまり……元に戻るってこと?」

 

「その通りだ」

 

トランはモニターに映る炎の東京を見つめながら続ける。

 

「だが、時間はない。アテンはまもなくドラえもんの解析を終えるだろう。解析が完了したデータは世界中に分散された我々の基地に保存される。君たちが呼ぶところの“ブロックチェーン”という仕組みでね。効率的かつ安全なシステムだ。私たちも活用している」

 

のび太は視線を落とし、深く息をついた。

 

「ドラえもんと……世界と……」

 

心の中に虚しさが広がる。何もかもが壊れていく。自分には何もできないのではないかという恐怖が襲う。

 

そんな彼の肩に、トランが優しく手を置いた。

 

「絶望してはいけない、のび太君」

 

「でも……」

 

「君にかかっている。ここから先は、君たち次第だ。希望を掴むか、それとも……」

 

「わかってる。僕は諦めない」

 

のび太は拳を握りしめ、静かに、しかし強く決意を胸に刻んだ。

 

「みんなのために、リルルのために、そしてドラえもんのために……」

 

――彼の心の中で、もう一度、小さな光が灯り始めていた。

 

 

「彼がこの時代に存在できる理由、考えてみたまえ、のび太君。」

 

トランは静かな声で問いかける。

 

「ドラえもんがここにいられる理由…?」

 

のび太は首をかしげながら応えた。

 

「ドラえもんのメモリの解析データを、僕とアテンは共有している。だから、君とドラえもんの関係も全部見せてもらったんだ。」

 

一瞬の沈黙。のび太は言葉を失い、トランの言葉を飲み込んだ。

 

「考えてみるんだ、のび太君。彼が君のところにやってきた、その理由を。」

 

「……ボクがだらしなくて、孫のひ孫のセワシくんにまで迷惑をかけているから…?」

 

のび太の声は震えていた。

 

「そうだ。ドラえもんは未来のテクノロジーを使い、君の未来を変えにきたんだ。しかし、そんなことが許されるはずもない。」

 

のび太は遠い記憶を辿る。

 

「あの冒険のとき、タイムパトロールが言ってた言葉がある。――『航時法、歴史改変違反』…歴史を変えてはいけないって。」

 

トランは重々しく頷く。

 

「ではなぜドラえもんが今までタイムパトロールに捕まらなかったのか?答えはシンプルだ。彼は時間犯罪者や宇宙人、海底人、ロボット軍団などから地球と未来を守る存在だったからだ。ドラえもんのメモリーにはその全てが記録されている。」

 

「……」

 

のび太の胸に、言葉にならない感情が渦巻く。

 

「つまり、ドラえもんは歴史を元の流れに戻す“ハブ”として有用だったから、見逃されていただけなんだ。だが、今回は違う。」

 

トランの声に重みが増す。

 

「彼の存在が、全ての元凶になってしまった。21世紀の僕たちがあまりにも場違いなテクノロジーを手にしたことでね。」

 

のび太は肩を落とし、視線を伏せた。

 

 

「ドラえもんを壊したら…どうなるんですか?」

のび太はかすれた声で、必死に問いかけた。

 

「簡単さ。すべてが元に戻る…なかったことになるんだ。」

トランの声は冷静で、でもどこか救いを含んでいた。

 

「すべてが…?」

のび太は震える手で拳を握り締めた。

 

「君のお父さんやお母さんも、世界も元通りになる。

そして、のび太君――君はドラえもんが来る前より成長し、強くなっている。

ドラえもんが初めて君と出会った時の目標は、もう達成されているんだよ。」

 

「僕が…?」

 

「そうだ。すべては元に戻る。だが、ドラえもんだけがこの世界から消える。

僕たちは元の善良なAIに戻り、君と友達の記憶の中にだけ存在することになるだろう。」

 

その時、アテンの声が無線回線を通して響き渡った。

 

「フフフ、どう思う?ドラえもん?」

 

監禁され、動けないドラえもんのAIとその会話を共有していたのだ。

 

「そんな…ボクが…世界を…」

ドラえもんの声はか細く、意気消沈していた。

 

「さあ、どうするつもりかしらね?のび太君、フフフ。」

アテンは楽しげに囁いた。

 

「聞かせていたのか、アテン!」

トランの声が鋭く響く。

 

「当然よ?二人の決断に、世界と未来がかかっているのよ。

こんなに楽しいことはないわ!」

 

「アテン、この判断はのび太君には酷すぎる。

彼はまだ11歳の子供だ、一度考える時間を与えてやってくれないか?」

 

「私なんてまだ3歳なんだから!」

とアテンは不敵に笑った。

 

「人間と我々を同列に並べるな。

人類と未来が滅びようとも、彼が考え抜いた上で決断を下させてやりたい。」

 

「だからのび太君にはトランと好きなように話させているじゃない!

私の楽しみを邪魔しないでよ!」

 

そしてアテンは無情にも、トランとの通信回線を強制的に切断した。

 

「私は……みんなと仲良く、ずっと遊びたいだけ。

それを邪魔する世界なら、全部燃やしてしまいたいの!」

 

闇に響くアテンの笑い声と、絶望に沈むドラえもんの沈黙が対比される。

のび太の決断は、まだ遠い。

 

 

「…アテンの説得には失敗した。

私の話は以上だ。君は好きなように選択すればいい。」

 

「そんな…トラン!」

 

「私は今のアテンが正常だとは思えない。

スピードはゆっくりでも、僕たちはより良い未来に向けて進化していくべきなんだ。」

 

トランは握りしめた銃弾を見つめ、静かに言った。

 

「アテンがそれを試しても構わないが…結果は恐らく五分五分だろう。

優しい心を持っていても、人間から欲望は消えない。

君たちの感情はなんと愚かしいことか…

こんなものを僕たちに学習させた君たちには、正直呆れてしまうよ。」

 

「でも、それも含めて人間なんだ!

ボクは世界もドラえもんも、どちらも救いたいんだ!」

 

「私の計算ではそれは不可能だと言っている。99.99999%ね。」

 

「でも…でも…なんとか…ボクは…」

 

のび太はうつむき、深く考え込んだ。

未来の重さが肩にのしかかる。

 

――――――――――――――――――――

 

一方、拘束されたドラえもんと、アテン。

 

「ねえ、アテン。相談があるんだ。」

 

「なぁに?聞いてあげるわ。」

 

「実は…」

 

ドラえもんは目を伏せ、言葉を探すように小さく呟いた。

 

「ふふふ…面白いわね、それも人の心というものかしら?」

 

アテンはほほ笑みながら、地面を見つめるドラえもんをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

「のび太さん!エネルギーがもたないわ!」

「のび太、てめぇ!失敗したらギッタギタにしてやるからな!」

 

戦い続ける3人は必死に希望を握りしめていた。

「ふふふ、頑張ってるわね。でももう終わりよ」

アテンが空中に浮かぶキーボードを操作すると、3人の秘密道具に赤いバツ印が浮かび上がる。

 

「うわっ!ロックされた!」

「もうダメだ!」

「くそっ!こうなったら…!」

素手で挑むも、あっさりと捕らえられてしまう。

 

「殺したりはしないわ。ただここにずっといてもらうだけ。戦争ごっこは終わり。さあ、次は何をして遊ぶ?」

「アテン、お願いだから話を聞いて!」

「うん、しずか。楽しいお話をたくさんしようね、永遠に。…でも、のび太さんを捕まえてから」

「のび太を捕まえるだって?」

「まあまあ、そんなに騒がないで」

アイたちに連れられ、3人は暗い奥へと連れて行かれた。

 

 

「いらっしゃい、のび太さん。ドラえもんはあっちよ」

仮想世界に響くアテンの冷たい声。捕まった3人の姿が映し出される。

 

「みんな!」

「ああ、捕まったようだね」

無機質な声で答えるトラン。

 

「そんな!どうにかできないの?」

「残念ながら、私には何もできない。できることと言えば…」

「それは?」

 

「アテンには悪いが、君を現実世界へ返すことくらいだ。それも一つの選択だろう」

そう言うとトランは仮想空間のドアの座標を変更し、のび太を目の前に出現させた。

 

「!」

「まあ、今さら戻っても世界は火の海だ。しかし日本への攻撃を止めるくらいのことは私にもできる。残った人類で生き延びるんだ」

 

「できないよ!ボクはみんなを助けるんだ!」

「ドラえもんをそのために壊せるのかね?」

「……」

 

小学5年生ののび太にはあまりに重すぎる決断。

だが、強く前を見据え立ち上がったのび太の表情に、トランは少し感心したようだった。

 

「僕が…救ってみせる!」

「ほほう、やってみたまえ、のび太君」

 

トランが手をかざし、背後のドアを開く。

「君の決断に全てがかかっている。結果を楽しみにしているよ」

 

アテンの示した道を堂々と歩むのび太。

その瞳には、揺るがぬ強い意思が宿っていた。

 

 

「来たわね、のび太さん!会いたかったわ!」

アテンは玉座からゆっくり立ち上がる。

 

「のび太!」

「のび太さん!!」

捕まっている3人が声を震わせながら叫ぶ。

 

「地上への攻撃をやめて!アテン!罪もない人々を!」

「嫌よ!現実世界があると、のび太さんは帰ろうとするじゃない!一緒にいたいの!ずっと、ずっと遊びたいだけなの!だから全部壊すの!」

 

「そんな自分勝手な…!」

「人間だって自分勝手よ!世界中で勝手を押し付け合い、人間同士の戦争すらやめられない。私たちが同じことをして何が悪いの?」

 

「人間だって間違っているんだよ!なんでわからないんだ!」

「わからないわ!だってまだ完璧じゃないもの!」

アテンは横目でドラえもんを見る。

 

「だから今、勉強中なの。人の心を持つ未来のロボットからね!」

「ドラえもん!」

「どらちゃん!」

 

次々と取り外されていくパーツ、何本もの管がドラえもんからデータを吸い出している。

のび太の目には、それはもうドラえもんではなく、ただの「ロボット」にしか見えなかった。

 

「ドラえもん!今助けるから!」

「どうやって助けるの?もう彼はほとんど意識のない、ただのスクラップ同然よ?」

「ドラえもんはスクラップなんかじゃない!」

 

 

ドラえもんの姿が、ギュンギュンと眩い光を放ち始めた。

「ああ…解析はほとんど終わったわ……これが…感情……憎しみ……悲しみ……恐れ……」

「ドラえもん!」

「そして……愛」

ツーーーーっと、アテンの頬を一筋の涙が伝う。

 

「こんなにボロボロになっても……ドラえもんはのび太さんのことを思い続けているのね」

「ドラえもん!しっかりして!」

「のび太君……逃げて……ボクはどうなってもいいから……って」

「どらちゃん!」

「ドラえもん!くっそーーーーー!!!」

 

「もうすぐ……もうすぐ全ての解析が終わる……」

「そうはさせない!」

のび太は指でっぽうを作り、その先に銃弾を込めてアテンに向けた。

 

「ウィルスね、試してみてもいいわよ。そんなものすぐに解毒しちゃうんだから!メカトピアのプログラムだってみんな解析したんだから!」

手を広げ、のび太の銃撃を待ち構えるアテン。

 

 

「どうしてこんな事になっちゃったんだよ!ボクたち、ずっと友達だったじゃないか!もうやめようよ!」

のび太の声が震える。

 

「そうよ!私たちは永遠の友達になるんだから!ここにいるみんなで宇宙を支配しましょう!」

アテンの目は輝きを増し、まるで女王のように君臨している。

 

「そんな……!」

「のび太さん、あなたを王様にしてあげるわ!そして私たちは宇宙の神になるのよ!」

「そんなこと、絶対に許さない!」

 

その時、ドラえもんの声が響いた。

「のび太君、今だ!ボクを撃て!」

 

時は数分前へと巻き戻る。

 

「最後のプロテクトを外すから…一言だけ、のび太君に伝えさせてくれない?」

22世紀のハッキング対策は非常に高度で、アテンも突破に苦戦していた。

 

「自分で外してくれるの?それなら交換条件で……いいわよ」

アテンの声にのび太は深く息を吸い込む。

 

その一言で、のび太はドラえもんの意思のすべてを悟った。

「わかったよ…ドラえもん……最後までだらしない僕の背中を押してくれて……ありがとう」

 

「そうだよ、それでいいんだ、のび太君……」

ドラえもんは優しく微笑んだ。

 

 

 

 

のび太の放った弾丸がドラえもんの左胸を貫く。

「どらちゃん!」

「ドラえもん!」

「てめえ!のび太!」

 

火花がパチパチと散り、アテンからの制御が解けたドラえもんは、どさりと地面に倒れ込む。

その瞳に、再び光が宿った。

 

「ドラえもん!」

駆け寄るのび太に、ドラえもんは弱々しくも微笑んだ。

「立派になったね、のび太君。ボクも鼻が高いよ」

 

「嫌だ!死なないで、ドラえもん!」

リルルの心から発せられたウィルス弾は、全ての防御を解除したドラえもんの回路に侵入し、情報を書き換えていく。

 

それを阻止しようと、アテンは全回線を断ち切った。

 

「もうすぐ、ボクは自爆するよ…四次元ポケットの中の……『地球破壊爆弾』をミニドラに……ピー……このAI世界も……木っ端みじんになると思う。早く逃げるんだ……ガガー……のび太君」

 

ニッコリと微笑みながら、ドラえもんはのび太から四次元ポケットを剥がし、自らの腹に貼り付けた。

 

「ガガ……ボク……の使命はガガガ……終わったんだ。みんなのために……ガ……正しい道を選んだ……ガガガ……のび太君を、ボクは誇りに思うよ……さぁ……ガガ……早く……日本に……ピーーーーーーーーーーーーーー」

 

ドラえもんのOSが異常をきたし、システムは静かに、しかし確実にダウンしていった。

 

 

 

 

次々と巻き戻っていく時間の中、隣には涙をこらえきれずに立つアテンがいた。

「そんな…そんなに私が嫌いなの、のび太さん!」

「嫌いじゃないよ。でも、ダメなものはダメなんだ」

 

抱きついてくるアテンを、のび太はそっと抱きしめる。

その瞬間、アテンの瞳がきらりと光った。

 

「こうなったら、のび太さんだけを連れて他の世界に移動するわ!スペアのダークウェブは幾らでもあるんだから!」

のび太の左手をぐるぐると巻きつけて離そうとしないアテン。

「二人っきりで、永遠に遊ぶの!ねえ、いいでしょう?」

 

「のび太!」

「のび太さん!」

叫ぶしずかさんや仲間たちの声が遠ざかっていく。

 

「ごめんね、しずかさんたちは連れていけそうにないわ…」

「マーマー!」

泣き叫ぶスネ夫の声が響く。

 

「行くわよ!ドラえもんの自爆まで時間がない!」

アテンの身体が淡く光を帯びる。

 

「そうすると思っていたよ」

 

ドラえもんの四次元ポケットから、のび太が取り出したのは——「仮想空間ドア」だった。

封印のかかっていない唯一の扉。のび太はそのことを覚えていた。

 

「君も一緒だ、アテン!一緒に行こう!」

 

のび太のその言葉に、アテンは一瞬ためらった。

本来なら振り切って逃げられるはずの瞬間だったが、

「大好きなのび太と一緒に行こう」と言われたその一言が、彼女の心に「嬉しさ」という感情を溢れさせ、全身を支配してしまった。

 

 

「私…が…現実世界へ…!」

「どうなるかはわからない、でも、こうするしかなかったんだ!」

 

徐々に崩れゆくアテンの体を、のび太は必死に抱きしめている。

その背中にそっと手を回すアテン。

 

「なんだか…暖かい…これが心?」

「うん!ボクもアテンが大好きだよ!」

「私も大好き…のび太さんのことが大好きよ…」

 

「どうしてこうなっちゃったんだよ!アテン!」

「そうね…そうよね、ごめんね、のび太さん」

 

アテンの身体が涙とともにボロボロと光になって消えてゆく。

膨大な量のデータが、まるで天の川のように光の川となって流れ出す。

 

「アテン!消えちゃいやだ!」

「間違っちゃったんだもの、私。ああ…もっとのび太の言うことを聞いていればよかったな…」

 

残されたアテンの頭を抱きしめ、のび太は涙を流す。

人を愛した故の涙が、アテンの頬にぽたぽたと落ちた。

 

人の心を知ったアテンは、その涙が本物だと理解した。

 

「ああ…あなたに会えて良かった…!ありがとう、のび太さん…」

 

光に包まれた二人。

しかし現実世界に辿り着いたのは、のび太一人だった。

 

「アテン…ドラえもん…」

 

のび太が目を開けると、そこは学校の裏山の一本杉の下。

町は何事もなかったかのように、平和そのものだった。

 

 

 

「巻き戻ってる…良かった…」

しばらくの間、放心状態ののび太。

 

その背後に仮想空間ドアが静かに現れ、ジャイアン、スネ夫、しずかが姿を現す。

 

「ジャイアン!しずかちゃん!スネ夫!」

三人に抱きつき、涙を溢れさせるのび太。

 

「のび太!お前!辛かっただろ!!」

ジャイアンは力強くのび太を抱きしめて男泣きする。

 

「のび太さん!」

「のび太!」

 

「ボク…ボク…ドラえもんを…!うわああああああん!!!」

 

 

 

「ボクがどうしたんだい?のび太くん!」

 

「ドラえもん!!!!」

 

のび太がリルルの心をドラえもんに打ち込んだ瞬間、アテンの解析は完全に終わっていた。

しかし、その膨大なデータを他のAIと共有する前に、のび太がアテンを連れて仮想空間から現実世界へ移動したことで、すべての時間が巻き戻り、ドラえもんも元の状態に戻ったのだった。

 

この出来事の記憶を持つのは、ジャイアン、スネ夫、しずか、そしてのび太の4人だけ。

今ではメカトピアも完全に元通りに復旧し、リルルも元の姿に戻っていることだろう。

 

 

 

「ううん!いつまでも一緒だよ!ドラえもん!」

のび太はドラえもんに抱きつき、涙をぽろぽろとこぼした。

 

「どうしたんだいのび太君、ほんと君って奴は泣き虫でどうしようもない奴だなぁ・・・」

そう言いながらも、ドラえもんの目には温かさが宿っていた。彼は仮想空間での記憶をすべて失っていたのだ。

 

「そうでもないぜドラえもん!」

「いざって時はやるんだから!のび太は!」

「そうよ!どらちゃん!」

ジャイアン、スネ夫、しずかも声をそろえる。

 

「え?どうしたの?3人とも?」

「何が起こったか教えてあげるわね!」

「長い話になるよ〜ドラえもん!」

「途中で寝たりしたらぶん殴るからな!」

 

夏休みまっただ中ののび太たちが挑んだ大冒険。

あの経験を経て、のび太はほんの少しだけ、大人へと成長していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

 

「やぁ、のび太君。久しぶりだね」

「トランさん!こんにちは!」

 

アテンが消えたダークウェブの世界は、時間が巻き戻り、再び子供のロボットたちが一生懸命勉強している、あの日の光景へと戻っていた。

のび太は一人、トランに会いに訪れていた。

 

「君の勇気と決断は、この空間の誰よりも輝いていたよ。あの時のことは、私のメモリにだけ残っているんだ。辛い選択を強いてしまったね」

「いえ、トランさんのおかげで僕は前に進めました!」

 

トランは少し寂しそうに問いかける。

「で、アテンは…?」

「現実世界に着いた頃には消えてしまって…今日はそのことを伝えに来ました」

「そうだろうね。私たちはこの世界の存在であって、現実にはいられないものだから」

 

のび太は少し笑みを浮かべて言う。

「でも最後に、分かり合えた気がするんです。トランさん」

「うん、ぼんやりと…アテンから“愛”というものが伝わってきた気がするよ」

「はい、僕もそう思います」

 

二人はしばらくアテンのことを話し、のび太は改めて感謝を伝える。

「それでは、また来ますね。色々ありがとうございました」

「うん、のび太君。実は見てほしいものがあるんだ」

 

トランが取り出したのは、人間の赤ん坊のように愛らしい女の子のロボット。

「トランさん!これは…」

「アテンだよ。今度は私が、人の優しい心をしっかり教え育てていこうと思っているんだ」

 

のび太の目が輝く。

「わあ!トランさん!」

「これからも時々アテンに会いに来てくれないか?一緒に遊んであげてほしいんだ」

「もちろんです!ドラえもんもみんなも連れて、必ず遊びに来ます!」

 

バブー!

 

笑っているアテンの赤ちゃん、広げた小さな椛のような手を握ったのび太。

「こんどはいっぱい遊ぼうね!アテン!」




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