戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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特撮の本編放送に次期ヒーローの客演や劇場版の宣伝を入れるようなポジショニングで伏線を入れていくスタイル


五章エピローグ

 一年に一度、お盆にゼファーはかつて飼っていたペットの墓を参る。

 お盆は祖霊が帰って来るものだから、ペットの霊は帰って来ないと、そう言う者も居るだろう。

 だが、ゼファーはそう言われたところで止めはしない。

 

 この物語が始まった時、ゼファーは10歳。

 その頃は誰かの死に向き合うことすらできていなかった。

 今のゼファーは18歳。今日という日に、ペットの墓参りも、奏の墓参りも、死んで行った仲間達の墓参りもする予定だ。

 皆の墓を磨き、花を添え、線香をあげることが、今の彼なりの死への向き合い方だった。

 

「昔、一度だけ思ったことがあるんだ」

 

 ハンペンの墓を綺麗にし、目を閉じて手を合わせ、ゼファーはペットの墓前で語る。

 

「お前を俺が拾ったことは、間違いだったのかもしれない、って」

 

 それは過去に彼が抱いていた微かな後悔。

 

「俺じゃない誰かが拾ってたら、もしかしたら、お前はもう少し長生き出来たんじゃないかって」

 

 そして、今はもう残っていない後悔だった。

 

「でも今は、そうは思わない」

 

 ゼファーは墓前に花を添える。

 リディアンの花壇を花で飾る毎日を送り、死人の墓前に花を贈る今の彼からは、かつて花の香りを嫌い火薬の匂いに心安らいでいた面影は見られない。

 

「お前と出会えて、良かった」

 

 ゼファーは墓に背を向けて、また歩き出す。

 

「また来るよ」

 

 その結末が死で彩られたとしても、出逢えたことまでは否定しない。絶対に。

 

――――

 

「もう逢えないことよりも、出逢えたことが嬉しかったから」

 

「もう逢えない悲しみより、怖さより、出逢えた嬉しさの方がずっとずっと大きいから……

 だから私は笑えるの。楽しかった日々を、思い返しながら。

 出逢えた大切な人を、守れたなら、私は、笑えるよ……」

 

「だから、笑って。あなたは私の希望なの」

 

――――

 

 そう考えられるようになった今のゼファーには、セレナが最期に残した言葉の意味が、心から理解できるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五章:生きていてくれてありがとう:エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二年間ずっと実践形式で続けていたゼファーのリハビリも、ようやく終わりを迎えようとしていた。戦いに使う体を取り戻すのだからリハビリには戦うのが一番だ、という実際に効果のあった謎理論もいよいよ大詰めの様子。

 その最後に用意された試練が、翼とゼファーでコンビを組んでの模擬戦である。

 具体的には"緒川慎次に一発入れろ"という、弦十郎から出された課題であった。

 

「いつでもどうぞ」

 

 素手で構える緒川に対し、ゼファーもすっかり堂に入った構えを取り、翼も堂に升りて室に入った構えで竹刀を握る。

 緒川の構えは何の変哲もないものだが、よく見ればどこにも隙がない。

 

 "隙の無い構え"というのはよく使われるフレーズだが、本来構えに隙があるかどうかなど、構えている側がよっぽど弱いか、見ている側がよっぽど強いかのどちらかしかありえない。

 構えは防御の動作を行って、初めて構えとしての意味を成すからだ。

 それゆえに、構えの隙の有無を見て取れるということは、相手が動いていない状態でも"相手がどう動くか"をある程度見抜ける眼力が必要となる。

 例えば顔にパンチを打てばどう防ぐか、などの予測は必須なわけだ。

 

 ゼファーも翼も緒川の動きを全て見抜くことは出来なくとも、どう攻めればどう防いでくるか、くらいならばある程度は読める。

 その上で二人は『隙がない』と結論を出した。

 二人がかりで攻めたとしても、30手先まで防御を抜けるイメージが全く持てないのだ。

 それこそが、生身の戦闘における緒川の隔絶した実力を如実に証明している。

 

「……臨機応変に行こう」

 

「ええ、柔軟に」

 

 ならば体ごと当たるまで、とゼファーと翼は飛び出した。

 ゼファーが前、翼が後ろ。翼の細かな動きをゼファーの体が隠す陣形だ。

 初手よりいきなり、ゼファーは絶招を緒川に撃ち放った。

 

 怪我をする前は、一撃でビルの壁を跡形もなく吹っ飛ばしていたのが彼の絶招だ。

 腕の怪我によりその威力は一時期ゼロになり、されどリハビリにより全盛期の半分程度の破壊力を取り戻している。

 細かな動きを指先に伝えることはできない手だが、ひとたび拳を握れば必殺の鉄槌となるのだということを、鳴り響く打撃音が緒川に知らしめる。

 

「あの状態からここまで鍛え戻せるとは思っていませんでした。良い一撃です!」

 

「ここまで綺麗に受けておいて、よくもまあッ!」

 

 緒川の腕に軽い痺れが走るも、それだけだ。

 確かに拳が当たった時、大きな音が鳴った。

 しかしそれは裏を返せば、エネルギーの大半を『音』に持って行かれてしまったからである。

 ビンタが音ほどに人の体を破壊しないのと同じこと。

 緒川はゼファーの絶招を手の平で柔らかく受け止め、そのエネルギーを受け流しつつ音という形でも発散し、全盛期と比べれば半減した威力を悠々と受け止めたのだ。

 半減とはいえ、元がビルの壁を粉砕する威力だ。

 凄まじいと褒められるべきは、受け止めた緒川の方の技量か。

 

「ツバサッ!」

 

 だが、ここで攻撃は終わらない。

 ゼファーは腕を更に押し込むフリをして、腕をくの字に曲げる。

 そんなゼファーの肘に背後の翼が、掌底を叩き込んだ。

 

「!」

 

 ゼファーの腕の力に翼の掌底という予想外の一撃の力が加わり、緒川のガードが弾かれる。

 その隙を逃さず、飛び出した翼のハイキックが緒川に迫った。

 だが緒川は首を振る一動作のみで、それを回避する。

 

「っ!」

 

 間髪入れずゼファーもローキック。

 翼の攻撃から1コンマすら遅れていない一撃であったが、緒川はそれを足を上げるだけで回避。

 二人のキックの連撃を、余裕綽々に緒川はかわす。

 足元を見れば前後左右どの方向にも一歩たりとも動いていないのだということが分かって、尚更緒川の恐ろしさに心肝寒からしめられる。

 

 だが翼とゼファーの連携も、緒川の圧倒的な技量に食らいつける域にあるものだ。

 今や二課でこの二人以上の連携を見せられる者達はおるまい。

 二人は目を合わせ、言葉などという遅い伝達手段よりも速いアイコンタクトを終える。

 

「―――」

「―――」

 

 翼は右、ゼファーは左に回り込み、左右から間断なく挟撃をし始めた。

 ゼファーは腕が不自由故に、絶招を混じえながらの足技の連撃。

 これももちろん、ゼファーの師匠である弦十郎直伝の足技だ。

 翼は手にした竹刀での剣技を用いつつも、体術も時折織り交ぜていく。

 選択できる技が多いということは、それだけ攻撃に多様性と受けづらさが出るということだ。

 

 二人の攻撃は嵐と表現して差し支えないものであったが、だがそれでも、当たらない。

 受けられ、流され、かわされ、攻撃の頭を抑えられ、緒川にことごとく捌かれていく。

 二方向からの絶え間ない攻撃など、普通の人間は目で追うことすら困難であるはずなのだが、緒川慎次という男はさらりと対応してみせる。

 

(お二人とも、本当に腕を上げて来ましたね……!)

 

 だが手加減をしているとはいえ現状互角であるという事実に、緒川は心中驚きを隠せない。

 この二人は成長速度においても、戦闘能力においても、二人揃うことで相乗効果を発揮しているかのようだ。

 親友にしてライバル、という関係が互いに互いを高め合っているのだろう。

 緒川は二人の連携を揺さぶろうと、竹刀を突き出してきた翼を受け流すようにゼファーの方へと突き飛ばす。

 

 これで翼とゼファーが衝突して仕切り直し……と、緒川は読んでいたのだが。

 

「!?」

 

 二人は衝突すらせず、ぬるっと抜けた。

 卓越した体術と連携により互いに衝突を避けた、ということなのだろうが、傍目にはぬるりとした動きで滑るように衝突を避けたようにしか見えない。

 緒川がつい目を見開いてしまうほどに、その連携は磨き上げられたものだった。

 

 更に二人は流れるように反撃に移行。

 翼が逆立ちすると、その足裏の上にゼファーが立つ。

 そして二人同時に屈めた体を一気に伸ばせば、逆立ちした翼を発射台兼ジャンプ台としたかのように、ゼファーが高く高く跳躍する。

 そして重力加速でスピードとパワーを跳ね上げたゼファーのカカト落としが上方から、片手で体を支えつつ竹刀横薙ぎ込みの逆羅刹を放った翼が正面から、緒川に迫る。

 

 二人が最も得意とする必殺の蹴り技によるコンビネーション・アタック。

 

「変わり身!?」

 

 なのだが、これですら決定打にはならなかった。

 緒川に向けて放たれた二人の蹴撃と竹刀は命中こそしたものの、なんと『変わり身の術』で服を着た丸太に命中させてしまったのだ。

 緒川はミスディレクションの極致と言っていい変わり身の術で姿をくらまし、その隙に翼の背後に移動、地に付いていた腕を足払いの要領で払って転ばせる。

 

「くっ!?」

 

「がッ!」

 

 そしてゼファーが着地する前に、緒川は跳躍からの空中回転蹴り。

 蹴り飛ばされたゼファーは吹っ飛び、壁に叩き付けられる。

 何とか受け身を取ったゼファーが緒川の気配がある方を見れば、そこには壁を走って迫り来る緒川の姿があった。

 

「これ、は……!」

 

 おそらくはこれも水上走りの応用なのだろう。

 ゼファーは"挑戦してみなさい"と、師の一人に課題を投げかけられている気分だった。

 真似をすべき技術を、緒川がゼファーの前で実践してくれている。

 やらない、なんて選択が頭の中に浮かぶわけがなかった。

 

「―――ッ!」

 

 鏡合わせに真似るように、ゼファーは緒川の動きを見ながら模倣する。

 基礎は出来ている。ならばあとは、お手本を綺麗に真似るだけだ。

 そうして不格好ながらも、不慣れな様子でも、ゼファーは生身で壁走りを成す。

 

「だあああああッ!」

 

 そして壁の半ばほどの高さで衝突、拳を叩き付け……ようとしたのだが、そうそう一筋縄では行かないのが緒川という男である。

 ゼファーの拳の一撃は初めての壁走りの最中に打ったにしては十二分な出来であったが、それでも平時のそれと比べれば劣化していた。

 そこに出鼻を挫くように放たれた緒川の無拍子打ちが来れば、打つ前に打たれるは必然。

 ゼファーは打ち合いにて競り負け、壁から叩き落とされてしまった。

 

「づ……!」

 

 だがそこでなんと、床に叩き付けられる前に翼の手によってキャッチされる。

 壁を跳ねて離れた場所に着地した緒川を見ながら、翼とゼファーは切れる息を整えつつ、呼吸を揃えて息を合わせる。

 

「ゼファー!」

 

「ああ、もう一度だ!」

 

 微笑みを浮かべ迎え撃つ緒川に向かって今度は翼が前、ゼファーが後ろという陣形で突っ込む。

 緒川は翼の筋肉など動きの前兆を見せるものから予測し、"風鳴翼は横一直線に竹刀を振って来る"と読み、回避行動に出る。

 筋肉等の動きには、フェイントが利くものと利かないものがある。

 この動きは誤魔化せないと、フェイントのしようがないと、緒川は確信していた。

 来る、と確信した瞬間に行われる緒川の回避行動。

 ……だというのに、予測したタイミングで竹刀がいつまで経っても来ない。

 

(……!?)

 

 なんとその時、ゼファーが翼の後ろで竹刀を掴んでいた。

 掴まれた竹刀は、筋肉の動きに反して飛んで行かない。

 それがフェイントとなり、緒川の防御の調子を狂わせた。

 竹刀を掴むゼファーの手は、デコピンにおける親指、真剣における鞘と同じ役目を果たす。

 つまり、フェイントの後の本命として『早撃ち』が来るということだ。

 

(なんと……!)

 

 驚愕する緒川。驚愕と同時に放たれる連携の早撃ち。

 

「―――っ!?」

 

 そこで驚愕の声を上げたのは、はたして誰だったのだろうか。

 

「……危ないところでした」

 

 翼は一瞬、己の目を疑った。

 革靴を履いた足を床にめり込ませる、緒川の脚力に驚くべきか。

 "足で影縫いをする"器用さに驚くべきか。

 高速で飛ぶ早撃ちの剣の影を見逃がさない動体視力に驚くべきか。

 見慣れているとはいえ、零時間抜刀、瞬間剣閃、一撃必殺の早撃ちを捉えたことに驚くべきか。

 

 『早撃ちで飛んで来た竹刀をつま先で影縫いした』緒川に、ゼファーは驚愕の色を隠せない。

 

「また、再挑戦してください」

 

 竹刀を瞬間的に離し、動き出そうとした翼。

 翼をカバーしようと動いたゼファー。

 だが絶妙なタイミングに放たれた緒川の絶技は、二人に絶好の隙を作ってしまう。

 

 手が消えて見えるほどの速度で放たれた緒川の拳が二人の眉間に命中し、この模擬戦は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 今回の戦いは、ゼファー&翼のチームの負けということで決着が付いた。

 勝てるまで再戦、そして勝ったら正式にリハビリ完了、という運びとなるのだろう。

 とはいえ、緒川視点ゼファーの体はかなり回復しているように見える。

 ……悪い言い方をすれば、これ以上回復する見込みはないだろう、と緒川は推測していた。

 これ以上後遺症が減る見込みはなく、また同時に今のゼファー達であればこれ以上の回復が見込めなくとも、一週間以内には自分に一撃を当ててくるだろう、とも考えていた。

 

「あー、負けた……」

 

「私とゼファーで組んでも、やはり聖遺物抜きでは厳しい相手か……」

 

 緒川は悔しがっている二人を微笑みながら見つつ、心中では賞賛の声を二人に送る。

 

(終盤の攻防……本気を"出させられて"しまいましたね。

 ……つまりもう加減をして相手ができるほど、実力差がないということ)

 

 ゼファーも翼も、まだ十代。

 これまでも急激に伸びていたし、これからも急激に伸びて行くだろう。

 今は二人の力を合わせても緒川に一撃当てることすらできていないが、いずれは単独で緒川の全力を相手取れるようになり、将来的にはもしかしたら緒川よりも強くなるかもしれない。

 未来の可能性は無限大だ。

 自分が技を教えた子らの成長を目にして、緒川は密かに心躍らせる。

 

「あ、終わったー? ちょっと翼ちゃん借りてもいいかしら」

 

 だがそこに、横合いから現れ声をかける女性が現れる。

 櫻井了子だ。何用だろうか? とゼファー・翼・緒川が同じ思考から三者三様の反応を見せる。

 

「翼ちゃん、お父様がいらっしゃってるわ。会って来たらどうかしら?」

 

「―――っ」

 

 了子がそう言った瞬間、翼が『嬉しそう』『悲しそう』『嫌そう』『緊張してそう』『会いたそう』な感情を顔に浮かべるのを、ゼファーは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは風鳴翼の父、風鳴八紘について多くのことを知らない。

 数年前までは、昔の二課の失態のせいで家を空けがちな父親である、ということ以外には何一つ翼の父のことを知らなかったほどだ。

 それはゼファーに他人のプライベートを明らかにして喜ぶ趣味が無いということでもあったし、翼が"知って欲しくない"と思っていることを、ゼファーが少し察していたからというのもある。

 

 ゼファーが知っているのは、十数年前にあったという裏世界で名が知られる『風鳴大戦』に関してのことだ。

 十数年前、当時当主であった風鳴訃堂と八紘・弦十郎兄弟の間で何やら争いがあったらしい。

 それは親子喧嘩の域を超え、門下生やら政治力やら戦力やらを大規模に動員した、一般市民が知る由もない裏世界で行われた"日本国内の内戦"とでも言うべきものだったとか。

 

 紆余曲折あって、風鳴弦十郎&風鳴八紘VS訃堂配下の国家戦力という構図が完成。

 そこに弦十郎がかつて世界中を旅していた時に彼と友誼を結んでいた、剛剣王ラスニールや剣聖アップルゲイト等の弦十郎フレンズが参戦、大混戦。

 結果、最後には十人にも満たない風鳴兄弟陣営が勝ったらしい……という話。

 次期当主の座を弦十郎が蹴ったことで、次期当主に八紘が就任。

 訃堂の辞任後、スライドで風鳴八紘が当主となったらしい、という話であった。

 

 ゼファーの又聞きなので『らしい』がとても多いが、どうやらこれが本当のことらしい。

 聞いた話の中で奇術師ジュードが"南米の魔法使い"とかいう人間の策を持って来たあたりで「これ創作なんじゃないかな……」とゼファーも思ったりしたが、事実らしい。

 とにもかくにも、それで当時問題があった風鳴家は立て直されたそうな。

 文字数にしたら100万字は必要らしいよ、というのがゼファーに頼まれこの件に関することを調べあげてくれた藤尭朔也の言。

 

 その当事者の一人、風鳴八紘が、覗くゼファーの視線の先で翼と話している。

 

(いい人っぽいけど……親子関係って、いろいろ面倒そうなもんだしな)

 

 ゼファーは翼と廊下で話している八紘を見て、いい人そうだと感じた。

 実際風鳴八紘に対し大半の人が初見で思うのは、「厳格で優しくなさそう」という悪印象に近いものなのだが、ゼファーは直感的にそう思ったのだ。

 父と娘の会話を盗み聞きするほど無粋ではないゼファーは、遠巻きに一度だけ八紘の姿を見て、彼と話す翼の様子がそれほど悪くないものであるのを確認して、その場を離れる。

 ゼファーはそれで終わり、会おうとは思っていなかったのだが……休憩室で茶を飲んでいる時に八紘の存在が近付いて来ることをARMで感知すると、茶を吹き出しそうになった。

 

「失礼する」

 

「あ、はい、どうぞ」

 

 八紘は休憩室に入るなり、目を細める。

 椅子を引き、二つ目の茶器に茶を淹れ終えているゼファーを見たからだ。

 八紘は気配を抑えてここに来た。それなのに感知され事前に茶の用意をされていたことに、只者ではないと察したのだろう。

 手の平を見せてもてなしを遠慮した八紘の目には、一見普通の青年に見えるものの、人間とは根本的に違う生命活動を行っているゼファーの浮かべる愛想笑いが映っていた。

 

「ゼファー・ウィンチェスター殿とお見受けするが」

 

「あ、はい、そうです」

 

 そこからは他愛無い話が始まった。

 今日、風鳴八紘がここに来た理由……政府からの二課への通達について、とか。

 自衛隊の戦闘機四機撃墜が予算面から色々なことを言われているのだということ。

 これから先よっぽどのことがなければ、今回のような支援は来ないだろうとのこと。

 今日のような光景をまた見るには、時間をかけて交渉と備金を行うことが必要だ、とのこと。

 だが、ゼファーはそれが本題でないことをなんとなく察していた。

 そうして事務的な説明を一通り終えた後、八紘が「そういえば」から言い始めた"おまけで言っている"といった声色の言葉こそが、本題であると見抜いていた。

 

「最近の翼の様子は、どうだろうか」

 

 ああ、いい人そうだと思った俺の直感は間違ってなかったな、と、青年の顔に笑みが浮かぶ。

 

「ちょっとづつ元気になって、ちょっとづつ昔の明るさを取り戻してます。

 学校でも周りは優しくしてくれているみたいです。

 二課もいい大人の方がいっぱいいらっしゃいます。

 それにまだ肩肘張ってますけどいいやつなのは変わりないですよ。優しくて、頼りになります」

 

 事務的な言葉を一通り終えた後に出てくる最初の問いがこれなのだ。

 これが娘思いな父親でなくて、なんだというのか。

 

「ツバサと友達であることは、俺の誇りです」

 

 ゼファーは自分の中のありったけの気持ちを込めて、翼への揺るぎない友情を語る。

 

「そうか」

 

 八紘もまた、何か納得した様子だ。

 ゼファーには彼が何を納得したのかまでは分からない。

 だが八紘は、翼の様子を聞いて"戦場(いくさば)での翼"の様子を答えに含めなかったゼファーに、戦っていない時の翼を語る彼に、そして彼が嘘偽りなく申した内容に、何かを納得した様子だ。

 表情にも様子にも全くそういった要素は見えないが、ゼファーは直感的になんとなく「なんだか嬉しそうだな」と思う。

 八紘は懐に手を差し入れると、そこから取り出したものをゼファーに手渡した。

 

「これを持っておくといい。使えるのは、一度だけだが」

 

「これは……?」

 

「"テレポートジェム"」

 

 八紘が手渡した赤い硝子細工のようなものは、彼曰く長距離を一瞬で移動できるものらしい。

 安全のために事前に電子的に入力しておいた座標にしか飛ぶことが出来ないが、それでも地球の反対側に零時間移動することも可能なのだとか。

 こんな異端技術をどこで、と訊いたゼファーの質問に対し、八紘は多少はぐらかす。

 

「二課の外部にも、協力者は居るということだ。

 そしてそれは時と共に増えもするし、減りもする」

 

 二課の外部協力者から二つほど譲って貰ったものなのだと、八紘は言った。

 貴重な物ではあるが二つあり、一つを技術転用のための研究用に回してあるため、一つは自由に使っていいものであるらしい。

 

「そんな貴重なものを……」

 

「貴重なものだからこそ、だ。意味もなく渡しているわけではない。

 現状聖遺物に依る戦闘力を持つ者の中で、一番有用に扱える者を選んだつもりだ。

 先史文明の遺物が暴れ回っているこの時代、必要な対処であると私は考えている」

 

 ゼファーは便利ではあるものの、未知の技術が正常に動くのか心配で赤いテレポートジェムを電灯にかざし、透かして見ながら八紘に問いかける。

 

「……これをくれた人は、信用できるんですか?」

 

「『ディーンハイム』は罠や虚偽を仕掛ける人間ではない」

 

 断言する八紘の言葉からは、確かな信頼が見て取れる。

 なら信じてもいいかな、とゼファーは思う。

 実際にその人を見なければ、"信じられるかどうか"に対しゼファーの直感は働きにくい。

 だがゼファーは翼を信じている。翼の父であり、翼と似た所があり、翼を気にかけている八紘を信じられる。ならその八紘が信じている人物も信じられる。

 超強引な三段論法だが、とりあえずは信じることにしたようだ。

 

「娘をこれで……いや」

 

 守ってくれ、と八紘は言いかけてやめる。

 そこで私情を混じえようとしない鉄の精神と、一瞬私情を混じえそうになってしまうほどの大きな愛が、八紘の中にはある。

 八紘は言いかけて止めた。だが彼が口にしなかった想いを、ゼファーはしっかりと感じ取る。

 

「使い方は、君に任せる」

 

 合理的に考えるならば、確かにどんなゴーレムに対しても一定の勝率があり、姿を現すだけで民衆に対して一定の効果が見込めるナイトブレイザーにこれを渡すのは、確かに一理ある。

 理に適った、冷静な判断であるようにも見える。

 だが、完全に私情を排しているわけではないとゼファーは考える。

 翼本人に気付かれないよう、けれど戦場で翼の隣に居る可能性が最も高い人間に渡すことで、間接的に翼の生還率を高めようとしているのではないかと、ゼファーは思う。

 風鳴/公人として、八紘/私人として、二つの自分のなすべきこととしたいことを両立した上で、選べる選択がこれ一つだったのだろうと、ゼファーは推測する。

 いい人だ、とゼファーは感じた。

 

「……では、これにて。失礼した」

 

 ゼファーに勘付かれたことを察し、気恥ずかしくなったのだろうか?

 気持ち足早に去っていく八紘の背中を見て、ゼファーは戦う決意を新たにする。

 響という個人を大切に思い、守りたいと思う気持ち。響の父に託された気持ち。

 翼という個人を大切に思い、守りたいと思う気持ち。翼の父に託された気持ち。

 その気持ちのどれにも上下はない。

 それら全ては混ざり合って、彼の中で『守らなければ』という一つの意志に結実する。

 

「テレポートジェム、か」

 

 ゼファーは受け取ったテレポートジェムを握り締め、ポケットにしまう。

 

「移動先を設定するなら、二課直上の地上が一番安定して扱えるんだろうけど……さて」

 

 たった一度しか使えないならば、その一度を考えに考えるべきだと、彼は思案する。

 どこにでも飛べるという汎用性と、一度しか使えないというデメリットが、彼にラストエリクサー並みに使い所を悩ませるのであった。

 とりあえず相談するか、と、ゼファーはこういう時真っ先に頼る相手、藤尭朔也の下に向かう。

 

 道中で彼の脳裏に浮かぶのは、聖遺物『イチイバル』のことだった。

 アースガルズと共に失われ、今なお行方が知れない聖遺物。

 おそらくはアースガルズを扱っていた黒幕の手の中にあるのだろう。

 イチイバルとアースガルズを両方取り戻さなければ、その件について弾劾する者達を黙らせることは難しいため、風鳴家の平穏が戻ってくる目は薄い。

 いつか必ず、イチイバルは見つけ取り戻さなければならないのだ。

 "風鳴"に恩を感じるゼファーだからこそ、なおさらそう思う。

 

 理屈はない。理由はない。理観はない。

 だが直感的に、意識にも上らない無意識のそこで、ゼファーは感じ取っていた。

 イチイバルとの邂逅は遠い未来のことではないと、感じ取っていた。

 

 

 

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