戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 自分の口から全てを語りたかった。

 だからゼファーは、翼と響に全てを語った。

 友ともう一度同じ道を歩むため、友の協力を仰ぐために。

 

「―――で、それが最後の会話。

 俺達はその会話を最後に、この前の戦いまでずっと会ってなかったんだ」

 

 彼らは奇妙な形で話していた。

 椅子に座るゼファーの肩を、その後ろに立つ未来が両手で上から抑えている。

 未来は彼が響や翼に語る内容を、過去に既に全て聞いていた。

 だから彼女がここに居る意味は無い。

 だがその行為に意味はある。

 ゼファーの肩を抑える未来の手は、彼の中の"やっぱり何も言わずに頼むのを止めよう"という気持ちを抑え込み、彼の気持ちの後押しをして力をくれていた。

 

「雪音クリスは、俺の友達だ」

 

 何故ゼファーは、打ち明けて頼もうとしているだけなのに、こんなにも気後れしているのか?

 それはゼファーが私情で、響と翼の力を借りようとしているからだ。

 世のため人のためではなく、自分のために、二人に危険が伴うかもしれない頼みをしようとしているからだ。

 自分が友達とまた分かり合うために、ゼファーは響と翼の助力を乞うている。

 

 そんなゼファーの背中を、未来はその手で後押ししていた。

 

「だから……クリスを止めるために、二人に力を貸して欲しい」

 

 二年以上前、都市伝説の中で語られた『騎士の剣』と『騎士の槍』。

 またの名を、天羽々斬とガングニール。

 二人は『騎士の鎧』の頼みを聞き届け、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十話:繋いだ手だけが紡ぐもの 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の公園で、ゼファーとクリスが対峙しているのを見て、翼は携帯電話を手に取った。

 その横には響の姿も確認できる。

 コール音が鳴り、携帯電話を通して翼と二課本部の弦十郎の間に通話が繋がった。

 

『翼、響! お前達今どこに……』

 

「司令、勝手をして申し訳ありません。

 今私の眼下では、雪音クリスとゼファーが一対一で相対しています」

 

『何だとっ!?』

 

「私と翼さん、頼まれたんですよ! "友達を止めたい、力を貸して欲しい"って」

 

―――先日の事。

 

「だから……クリスを止めるために、二人に力を貸して欲しい」

 

 ゼファーは二人に頭を下げてそう頼んだ。

 自分とクリスとの関係、過去、抱いた想いを全て二人に口にして。

 短くも万感の想いを込めて紡がれた言葉達は、二人にゼファーがクリスをいかに大切に思っているかという事を響かせた。

 しかしその言葉に感じ入る気持ちが何も無かったとしても、返る答えは変わらなかっただろう。

 立花響も、風鳴翼も、共にゼファーの友であり。共に熱い少女であったから。

 友誼を伴い共にあるからこそ、友である。

 

「無論だ、手を貸そう」

「うん、まっかせて!」

 

 二年以上前、都市伝説の中で語られた『騎士の剣』と『騎士の槍』。

 またの名を、天羽々斬とガングニール。

 二人は『騎士の鎧』の頼みを聞き届け、力強く頷いた。

 

(ゼファーの、仲直りのために)

 

 翼は奏と喧嘩をし、響と喧嘩をし、そのたび彼に促され生涯の友を得て来た。

 響は未来と仲直りする間、彼が一人で戦うことを選んでくれたから、未来と仲直りができた。

 友達と喧嘩して、思ってる事を吐き出して、仲直りして、仲良くなって。

 そんな『当たり前』を守ろうとしてくれた友への恩を、二人は忘れない。

 

「ありがとう、ツバサ、ヒビキ」

 

 あの二人の仲直りを。雪音クリスとゼファー・ウィンチェスターが仲直りするために必要な喧嘩を、誰にも邪魔させたりはしない。

 ゼファーの感謝を聞いて、翼と響はそれを固く決意した。

 そしてこの夜の戦いに至るまで、こっそりと弦十郎達に知られないよう準備していたのである。

 

「戦闘が始まります。重ね重ね苦労を押し付けて本当に申し訳ありませんが、人払いの手配を」

 

『……お前ら、一時間や二時間の説教で済むと思うなよ?』

 

「了解しました。新たな仲間と一緒に、三時間でも四時間でもご随意に」

 

 翼が通話を切る。じき二課の部隊も動き出すだろう。

 そして、響が翼の服の裾を引き、夜の闇の中の一方向を指差す。

 

「来たか」

 

「はい、ゼっくんの予想通り」

 

 そこには、ゼファーとクリスが居る場所に向かって来るノイズの大群が駆けていた。

 

「無粋な輩が群れているな」

 

「ゼっくんとクリスちゃんの二人もデートしてますし、私達もしちゃいますか?」

 

「……ふふ、なら立花にエスコートを頼もうか」

 

「任せて下さい!」

 

 驚きもせず、迷いもせず、翼と響は肩を並べてノイズの軍勢へと突っ込んで行く。

 響が先んじて突っ込み拳を振るえば、ノイズを海面に見立て大津波を起こしたかのように、ノイズの海に大きな波紋が広がり、波紋が伝わったノイズ達は全て黒色の塵へと変わった。

 「待った?」という問いに「待たされた分ぶん殴る」という回答を返すがごとき、ド派手な拳の一撃を開幕の合図とするデート。

 殴り、切り、殴り、切り、ふた色のシンフォギアはノイズの全てを駆逐していく。

 

「あの二人の!」

 

「邪魔はさせない!」

 

 二人は一つ残らずノイズを破壊し、道を作り、ノイズの壁の向こう側に佇む黒幕……このノイズ達をソロモンの杖で操る指揮者の前に、辿り着く。

 ノイズの向こうのアースガルズの手の上に、『それ』は立っていた。

 

 一枚の黒い布を切って縫って合わせただけのものにすら見える、服に飾り気や価値を見出していない意志が見える服。

 黒いサングラス。黒蝶の飾りの付いた黒のソフトハット。

 夜の闇に溶けそうな黒一色の服装に、透き通るような白い肌と黄金のような金髪が映え、夜の闇に溶けているような、夜の闇に浮かんでいるような、二つの対極する印象を受ける。

 この世ならざる者の気配が、その女性の雰囲気に僅かに入り混じっていた。

 人が人である以上必ず持っていて然るべき何らかのパーツを捨て、人が人である以上辿りつけない位階にて得られる何かをはめ込んだような、そんな異様な雰囲気を彼女は内包している。

 

 フィーネ・ルン・ヴァレリア。

 神に仕える光の巫女(ルン・ヴァレリア)の名を戴いてから今日までの日々、人類史や物語の節目に姿を現すも、表舞台の中心には立っていなかった者。

 そして、クリスの背後で糸を引いていた者。

 翼はフィーネの名を知りもしないし、クリスから黒幕の容姿を聞いていたわけでもないが、武人としての勘からその女性に剣先を向けて凄む。

 

「お前が黒幕か」

 

 翼が問うも、フィーネは何も応えない。

 超然とした雰囲気を纏っていたフィーネは、翼を無視してゼファーとクリスの戦闘に目をやり……その雰囲気を、突然厭世的なものへと変えた。

 

「無意味な戦い、無意味な喧嘩、無意味な争い……本当に醜いわね」

 

 フィーネは疲れきった老人のような、擦り切れた者特有の雰囲気をにじませる。

 

「あの二人ほどの信頼関係があれば、戦う必要なんて無かった。

 言葉だけで相手を味方に引き込む事も不可能ではなかったはず。この戦いは完全に無価値よ」

 

 そんな彼女の言葉に、響は真正面からぶつかって行った。

 

「分からないんですか? 本当に?」

 

「……何が言いたいの?」

 

「私達は簡単には分かり合えない。すれ違い、憎み合い、いがみ合う事もある」

 

 響の言葉に続き、翼も言葉を重ねて行く。

 

「それでも私達は!

 言葉を尽くして、想いを尽くして、ぶつかり合えば分かり合える! 手を取り合える!」

 

「争わずに分かり合えるのが一番だが、それでも人は争うのだろう。だが」

 

「ぶつかり合うから分かり合えないなんてことはない!

 私達はぶつかり合う中で分かり合うことだってできる!」

 

「「 衝突もする、喧嘩もする、それでも仲直りできるからこその『友達』だッ! 」」

 

 二人揃って上げられた声は、フィーネの厭世的な響きの言葉とは対極的な、血の通った力強く熱い言葉であった。

 フィーネは二人に対し、小馬鹿にしているかのような表情と言葉で応える。

 

「それは若さゆえの無知と言うのよ、おこちゃまさん達。

 それに確信したわ。私には……

 フィーネ・ルン・ヴァレリアには、もうあの二人の関係の破綻が見えたから」

 

「破綻……?

 あの二人のことはあの二人が一番良く知っているだろう。

 貴様が外様の立場から、訳知り顔で語れることではないと知れ!」

 

「さて、どうかしら」

 

(……こやつ、何を知っている……?)

 

 訝しむ翼をよそに、響はフィーネに対しても"響らしく"踏み込んで行く。

 

「フィーネさん、私達本当に分かり合えないんでしょうか!」

 

 翼はフィーネの言葉の意味を考えることすら中断して、「しょうがないな」とでも言わんばかりの呆れた顔をする。

 だがどこか、嬉しそうですらあった。

 最初は嫌っていた響に、今は信頼を向けている翼を見て、フィーネは感情が読み取れない表情を浮かべる。

 

「私達だって、お友達とかそういうのになれると思います!」

 

「……お友達、ね。あなたに一つ、真理を教えてあげましょう」

 

「え?」

 

「片方が『分かり合いたくない』って思ってる場合はな……

 どんなに頑張っても分かりあえやしないのだッ! 過去も、現在も、未来もッ!」

 

 口調を女性的なものから、威圧的なものへと変えるフィーネ。

 そして彼女の叫びに応えるように、彼女を手に乗せたアースガルズが動き出す。

 ネフシュタンも居ない。ディアブロも居ない。デュランダルも振るわれてはいない。

 だというのに、操作者がクリスからフィーネに変わったというだけで、アースガルズから感じられる『脅威』の度合いが桁違いに膨らんでいく。

 

 それは昨日までのネフシュタン一味の脅威を総合した脅威に匹敵、あるいは凌駕するかもしれないほどの、強者の存在感。

 

「翼さん!」

 

「行くぞ、立花!」

 

 それを肌でピリピリと感じつつ、二人は脅威が押し付けて来る恐怖を勇気で跳ね除けて、神々の砦に戦いを挑んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスの歌を聞きたかった気持ちも本当だ。

 けれど、こんな形で聞きたくはなかったという気持ちも本当だった。

 ゼファーは今、雪音クリスの心象を形にした歌を銃火の音と共に聴いている。

 

《《        》》

《 魔弓・イチイバル 》

《《        》》

 

 クリスの声は、雪がしんしんと降る様子を思わせる、優しく可愛らしい声だ。

 透き通って、沁み行って、儚さと可愛らしさと美しさが同居しているその声は、必然的に優しい曲調に向いている声であると言える。

 だが、『魔弓・イチイバル』はそういった歌と対極にある歌だった。

 

 曲調は激しく、歌詞も荒っぽい。

 なのにこの曲、空恐ろしいほどにクリスの声とマッチするのだ。

 トップアーティストである翼がギア装着時に歌う歌と比べても、引けは取るまい。

 それに何より、この曲は"銃火器の発砲音"と極めて相性のいい歌だった。

 銃火器の発砲音ですら、BGMの一部として組み込めるほどに。

 

 『銃火器』。

 そう、雪音クリスの心の形を武器にしたアームドギアの形は……『銃火器』であった。

 

「~~~♪!」

 

 弓の聖遺物を、戦争の銃火を憎む心象に寄せ、二丁銃のアームドギアを形成したクリス。

 彼女が放った銃弾を、ゼファーは縦横無尽に駆けることで回避していた。

 

(元々才能のある奴だったが……まさかここまで伸ばしていたとはッ!)

 

 回避に跳躍し、着地したタイミングで膝の先を銃弾で叩かれた瞬間、ゼファーは痛みと寒気と驚愕を同時に覚え、姿勢を崩されながら戦慄する。

 銃の神に愛されたかのようなクリスの才能は、銃を24時間握っていなければ生きていけない紛争地域での数年間を経て、完全に開花していた。

 

 二丁銃は狙いが付けづらいため精密射撃は不可能だ、とかつて言った者が居た。

 理由は二つある。

 銃はどうしても発射時にブレるため、両手で持つことが望ましいということ。

 そしてもう一つが、銃は一つだけ使うことを想定した照準であるということだ。

 

 人の目線は一つ、基本的に一直線。

 銃の照準器は基本的に、その一つの直線に重ねるように使うものなのだ。

 なればこそ、二丁拳銃というスタイルでは照準器の効果が十全には発揮されない。

 精密射撃は不可能だ、と考える者がほとんどだろう。

 そして拳銃で射撃の命中率が引き下がるのであれば、サブマシンガンなりなんなり使えという話になってしまう。

 が。

 

「ッ……!」

 

 クリスはそんな理屈は知ったことじゃないとばかりに、二丁の拳銃で精密射撃を実行していた。

 ゼファーのスピードと反応速度は、時間加速の恩恵もあって異常な域に達しており、クリスの弾丸ですらその半分以上はかわされる。

 しかし、あくまで半分以上だ。

 ゼファーの回避行動を誘導し、クリスが狙いすまして放った弾丸がナイトブレイザーのつま先で跳弾して跳ね上がり、彼の顎を打った光景など、誰もが目を疑うだろう。

 

 物理回避だけでは厳しいと判断したのか、ゼファーは焔の膜を形成して銃弾を燃やそうとする。

 だが弾丸は、平然とこの焔の膜を貫通して来た。

 ゼファーは足を止め、両の腕を高速で動かし、何とか全ての銃弾を弾く。

 

(手元から離れた弾丸に、これだけのバリアコーティングを維持できるのか……!?)

 

 何故、ナイトブレイザーのネガティブフレアはシンフォギアには通用しないのか?

 それはシンフォギアのバリアフィールドが、ネガティブフレアの天敵であるからだ。

 まるでネガティブフレアを弾くことを最初から主眼に置かれていたかのように、シンフォギアのバリアは魔神の焔を完璧に弾いてしまう。

 

 そしてシンフォギアのバリアは、歌の波動が物質の表面に纏わり付くことで形成される。

 クリスは歌手見習いがよく意識して鍛錬する、"大きな声を出すのではなく声を遠くに飛ばす"という分野の技を、練習もせずに超一流以上の域にまで届かせていた。

 結果、手元から離れた銃弾にまでバリアコーティングが成されていたのである。

 こんなこと、奏も翼も響もやったことはない。

 やろうと思ってもやれるはずがない。

 練習もせずにできる者となれば、この天地の間にクリスただ一人だけだろう。

 

 つまりクリスは、『歌う者』としても飛び抜けた天才であり過ぎるがために、歌の才能が戦闘の中で効果的に働くという意味の分からない事象が成立するほどの天才なのである。

 

 絵に描いたような天才、という言葉があるが、クリスは絵で表現できないレベルの天才だった。

 戦闘者としても、歌女(うため)としても。

 

「うらァッ!」

 

 クリスが両の手の拳銃を左右二門づつ合計四門の三連大型ガトリング砲へと変形させる。

 ゼファーはそれを、焔の膜ではなく頑丈な焔の壁を形成して防御する。

 しかしクリスは防御されたのを確認するやいなや、ガトリング砲をクロスボウへと変化させ、そこから16の赤い光の矢を発射した。

 赤い光の矢は曲線の軌道を描き、焔の壁を左右や上から回り込むように飛び、ナイトブレイザーへと迫る。

 されど黒騎士は焔の壁で視界が塞がれているにもかかわらず、視界が塞がれた隙を突いて来たクリスの矢を、後方宙返りで大きく後方に跳んで回避した。

 

 ゼファーはクリスの戦闘技能に驚愕していた。

 だが同様に、クリスもまたゼファーに対し同じ気持ちを抱いていた。

 

(攻めづれえ……!)

 

 ナイトブレイザーは移動速度も速く、反応速度も早く、装甲も硬い。

 中途半端な攻撃ではダメージすら通らないのに、大技は直感的な動きで察知して回避してくる上に、そもそも攻撃が当たらない。

 それだけなら、いくらでも打つ手はある。

 かつてのゼファーの強さの延長だからだ。

 

 だが、クリスと一緒に居た頃と違い、今のゼファーには『武術』がある。

 弦十郎に教わり、翼と共に競うように鍛え上げ、響に教えるという過程を経て彼の身に付いた理に沿った動きがある。ゼファーの技、柔はよくクリスの剛を制していた。

 ゼファーの戦い方は、クリスのそれよりもはるかに"巧い"。

 それがクリス視点では、戦いづらさとなって感じられていた。

 

「ッ!」

 

 クリスの腰部ミサイルユニットが展開される。

 そこから、一発一発が分厚い城壁を粉砕するほどの威力を秘めた、小型ミサイルが無数に放たれた。小型ミサイルは信じられない速度で個別の軌道を描き、黒騎士の下へと飛んで行く。

 ゼファーはそれに、手の平の中で圧縮した焔の矢による精密射撃を、迎撃として向けた。

 

 焔の連射はそれぞれが正確に小型ミサイルに向かっており、一瞬後に小型ミサイルの全てが落とされることは確実……で、あるように見えた。

 当てる、とクリスは目を細める。

 すると小型ミサイルは"事前にクリスが入力した通りの軌道"で、焔を回避した。

 

 ゼファーが迎撃に放つであろう攻撃ですら完全に先読みした、才能任せの荒っぽい未来予測によるトリッキーなミサイル群。それらがゼファーに命中することは確実……で、あるように見えた。

 当てる、とゼファーもまた、仮面の下で目を細めた。

 クリスの小型ミサイルによる回避行動は、実に的確だった。

 それこそミサイルと焔が触れることなく、すれ違いそうになっていたくらいに。

 すれ違うその過程で、必然的に焔とミサイルが横に並んだ、その瞬間。

 

 焔が減速無しに直角に軌道を変更し、全ての焔が全てのミサイルに直撃・爆散させていた。

 

「!?」

 

 クリスの才能は凄まじい。

 ミサイルをどういう軌道で飛ばすかを決めた瞬間、ゼファーがどういう攻撃で迎撃してくるかも100%の精度で予測し、ミサイルに事前に回避行動を入力していたのだから。

 だがゼファーの反応も凄まじい。

 クリスに完全に上を行かれながらも、超速反応と食らいつこうとする気持ちだけで、全ての焔の軌道を後出しで変更しミサイルを全て撃墜してみせたのだから。

 

 かつて戦闘力という一点において、成長するクリスに置いて行かれるだけだったゼファー。

 されど今は、互角に戦えている。

 クリスが才能で戦うのと対照的に、何年も積み上げた努力を武器に戦えている。

 

「後出しで間に合わせてくるかよ!」

 

「そうじゃなきゃとてもクリスには追い付けないからな!」

 

 ゼファーが攻撃を回避し、迎撃しながら、距離を詰めようとする。

 対しクリスは火力を叩き込んで突き放しつつ、自分も移動して距離を開かせる。

 両者の距離は10~20mの間で、近寄ったり遠ざかったりを繰り返していた。

 

 ゼファーは焔を攻撃にも使っていたが、やがてクリス相手には小細工にもならないと判断し、防御と補助のみに使って格闘戦を仕掛けに走る。

 クリスは大型ガトリング砲を両手に持っていたものの、やがてゼファー相手には相性が良くないのと、重量で動きが鈍り距離を詰められる可能性を危惧して、拳銃に持ち替える。

 銃弾が撃ち出される音と、それが殴り落とされる音が、戦場に何度も何度も響き渡っていた。

 

「俺が、お前をッ!」

「あたしが、お前をッ!」

 

 ゼファーは両の手に焔のガングニールを形成。

 小型ながらもガングニールだ。

 彼が乱舞のように振り回すのに合わせて、360°から迫り来る全ての銃弾を切り裂いていく。

 

 クリスは両手の二丁拳銃のみならず、なんと腰部武装ユニットから『隠し腕』を出し、それにまで二丁拳銃を持たせて発砲させていた。

 合計四丁の拳銃を全て個別の生き物のように動かし、それら全てに精密射撃を行わせ、四つの銃口を流動的に連携させるなど、普通の人間には到底不可能だ。脳の機能が根本的に足りない。

 だが、クリスにはできる。できるのだ。

 

 銃弾に纏わせたバリアを上手く使って木々や地面で銃弾を跳弾させ、クリスはゼファーを360°全てから攻め立てる。

 されどゼファーは、見えていないはずの背後からの銃弾をも容易に両断していく。

 クリスが片手の銃をクロスボウに変え、宝石に近い見てくれの物質矢を上空に撃てば、空中で分裂した宝石の矢が雨のように戦場に降り注いできた。

 ゼファーはそれを時間加速・超反応・焔の爆発移動によって潜り抜け、一気に接近して格闘戦で決め……ようとしたが、クリスの右肩に大型ミサイルが形成されているのを見て、罠と気付く。

 ミサイルが発射、飛翔、そして大爆発。

 全力のネガティブフレアをバリアとして使ったナイトブレイザーは何とか無傷であったが、爆風だけで地面や周囲の木々が根こそぎ吹っ飛ばされてしまっていた。

 

「聞いてみて分かった」

「歌ってみて再確認した」

 

 一進一退、二人の力は互角に近い。

 それも二人が自分の得意な戦い方をして、相手の得意な戦い方を封じるのではなく自分の力を出しきることに全身全霊を懸ける―――そんな戦いをしているという前提で、互角なのだ。

 

「俺、お前の歌好きだよ」

「あたしは自分の歌が大っ嫌いだ!」

 

 二人は、七年の溝を埋めていく。

 はたから見れば会話が成り立っているようで成り立っていないようにも見える、互いが聞きに徹さず同時に喋るという会話方法で。

 

「意地張ってるだけで、悪ぶってるだけで、俺の知ってる優しいクリスだ」

「平和のためだ、他人のためだ、そんな気持ちがない……何かを壊すだけしかできない歌だ!」

 

 かつて双載銃騎(クロスファイア)と呼ばれたコンビであった、ゼファーとクリス。

 二人はゼファーとセレナのように、一度もぶつかり合わずに仲良くなった相棒ではない。

 一度本気でぶつかり合うことで、戦場で背中を預け合えるだけの絆を結んだ相棒だ。

 昔、翼と奏がそうであったように。

 

「壊すだけしかできないなんて言うな!」

「あたしを優しいだなんて言うな!」

 

 何度でもぶつかればいい。そう二人は思っている。

 

「俺はクリスが優しいってことを知っているッ!」

「優しい奴に優しいとか言われても、惨めになるだけなんだよッ……!」

 

 何を言ったっていい。そう二人は思っている。

 

「自分を卑下するなッ!」

「あたしを持ち上げるなッ!」

 

 だって何を言ったって、その相棒は自分を嫌ったりしないだろうと、確信しているのだから。

 だから全力でぶつかり合える。

 遠慮なんてない。要らない。

 思ったままを言うだけで、思いをぶつけ合うだけで、二人は分かり合えるのだから。

 

 だからこそ、ゼファーはその生涯でクリス以外の人間を相棒と呼んだことはない。

 だからこそ、クリスはその生涯でゼファー以外の人間を相棒と呼んだことはない。

 互いに対して紛うことなく唯一無二。

 それが、この二人の関係。

 

「あたしと同じものを目指せ、ゼファーッ!」

 

「俺と同じものを目指してくれよ、クリスッ!」

 

 弓の聖遺物・イチイバルは、クリスの要望に応えありとあらゆる銃火器を吐き出していく。

 アガートラームの肉体は、ゼファーの求めに応え更に出力を引き上げていく。

 戦いは加速度的に過激化し、スピードを指数関数的に上昇させ、火力を倍加させていく。

 

「「 こっちに来い、一緒に戦うんだよッ! 」」

 

 懸命に生きるという事は、人生を誰よりも長く生きるという事だ。

 だらしなく生きる人間が、一秒一秒を大切にせずだらだらと生きるように。

 真面目な人間が、分単位でスケジュールを組んで無駄無く人生を生きるように。

 懸命に生きる人間は、一秒の重さを知っている。

 

「クリス!」

 

 スポーツ選手は、試合中のほんの一秒の間に普通の人間が数分かける思考と判断を終える。

 頭の良い人間は、頭の悪い人間が数時間かける計算を一分以内に終わらせるだろう。

 ただ一つの事に打ち込む人間は、一瞬をどれだけ長く引き伸ばせるかを知っている。

 ゼファーとクリスも、戦闘の中で一秒の間に数分に相当する思考を重ねていた。

 

「ゼファー!」

 

 相手の攻撃を避け、受け、詰みを回避する。自分の攻撃を当て、組み立て、追い詰める。

 一瞬一秒が限りなく引き伸ばされ、戦いに費やされる二人の体感時間は限りなく永遠へと近付いていった。

 イチイバルがクリスの神経の伝達速度を馬鹿げた域にまで加速させ、ゼファーの時間加速もそれに追随し、両者は脊髄反射すら超えた速度で思考による行動を為す。

 やがて二人の体感時間の一秒は数時間に相当し、そして一秒が一日に相当し、最後には一瞬が一生にも感じられるほどに引き伸ばされていく。

 そんな永遠を、二人は二人きりで過ごしていた。

 

「クリスッ!」

 

 一分の撃ち合い殴り合いが一年に、一瞬の中で交わされる無数の攻防が一生に。

 一生を共に過ごし、生まれ変わってもまた出会い、もう一度人生を共に過ごすこと幾星霜。

 どんな夫婦よりも、どんな親友よりも、どんな仲間よりも長き時を共に過ごしたような感覚。

 一種、アインシュタインが例として語ったという『精神の相対性理論』に近いものを、ゼファーとクリスは現実のものとしていた。

 

「ゼファーッ!」

 

 無論、感覚の問題でしかない。二人は一時間も戦ってはいないはずだ。

 それでも、それでもだ。

 それは二人の間に空いた溝、心の溝、時間の溝を埋めてあまりあるものだった。

 不器用で戦いの中に己の存在意義を見出してきた男と、自分の歌が何かを破壊することしかできないと思い込んでいる少女が、分かり合うには十分すぎた。

 

「生きていてくれて、嬉しかったッ! これだけは、あたしのマジだッ!」

「生きていてくれてありがとうッ! 何千回言っても足りないくらい、俺はそう思ってるッ!」

 

 クリスの右腕に、巨大な粒子砲が形成され、チャージが始まる。

 ゼファーの両腕のガングニールが解け、右腕に収束され、ありったけの力が込められる。

 

「だから!」

「また一緒に!」

 

 そしてクリスのビーム砲撃と、ゼファーの最大威力の絶招がぶつかり合う。

 

「「 だぁあらあああああああああああああああッ!!! 」」

 

 負けた方が勝った方に従うというこの勝負。

 両者が勝つ確率の偏りは、コイントスの裏表に等しい。

 その勝敗は、多くの知られざる真実を知るフィーネですら、予測できてはいなかった。

 

 

 


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