シグレ諦観剣~異世界不老少女交刃譚~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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14.まどろみの中のリンゴとイチゴ

 

 薄らと意識が浮上してくる感覚。

 

 いつから意識を失っていたのかは分からないけれど、自分の意識がようやく浮上してきたような、そういう感覚を覚えた。

 

 だけどまだ浮上してきただけ。

 完全に覚醒したワケではない。

 目は開かず、身体が起き始めた自覚もなく、だけど外部の刺激だけはなんとなく感じとれる――そんな感覚。

 

 そんな、まだまだ深いまどろみの中で、最初に感じたことがあるとすれば――

 

(……畳の、匂い……?)

 

 正確には畳に似た匂いなのかもしれない。

 しかし、まどろみの中にいるシグレには、それを判断する能力がない。

 

(……帰って、これたの、かな……)

 

 自宅に畳があった記憶はない。

 だが、この世界で畳を見た記憶は無い。

 

(だとしたら、地球、日本の……どこかに……わたしは……)

 

 そんなもの、所詮は夢想。夢物語。

 現実はどこまでも残酷であるのだとずっと味わってきた。

 

 とはいえ、意識は浮上してきても、まだまだまどろみに揺蕩(たゆた)っているシグレには、普段の思考はない。

 

(……日本に戻っているのなら……まずは、家に帰らないと……)

 

 十五年経っているのだ。

 両親もご近所さんも、きっと老けていることだろう。

 

(ああ、でも……わたしは、老けてないんだ……)

 

 そういえば、帰ってきたのは自分だけなのだろうか。

 ウェザール・シソナリアで結婚している子たちもいるのだ。

 子供も出来てる子もいたはずだ。

 

 そんな中で、強制的に地球に戻されるのは、それはそれで可哀想だ。

 

(それは、二度目の強制転移と、変わらない……)

 

 二度も味わっていい経験じゃあない。

 なら、家庭を得て帰る必要のなくなった子以外が、地球に帰れるのだとしたら――

 

(……もしかして、もう晴花(せいか)には、会えないの……?)

 

 ――それは、だいぶ悲しい。

 

 大事な友人だった。

 老けない自分が、老けた友人と会いたくなくて、ここ数年は連絡すら絶っていたけれど。

 

 それでも、大事な友人だったのだ。

 

(わたしだけ帰ってるとか……それはそれで、悲しいな……)

 

 はっきりしない意識の中で、散漫な思考が、そんな結論を作り出す。

 

(そっか、今更帰ろうとするっていうのは、そういうコトなのかも……)

 

 師匠の言っていた通りだ。

 階段を上ればリンゴがある。階段を降りればイチゴがある。

 

 選べるのは片方だけ。先に進めば引き返せない。

 

 リンゴを食べれば、食べれなかったイチゴに思いを馳せずにはいられない。

 イチゴを食べれば、食べれなかったリンゴに思いを馳せずにはいられない。

 

 人間なんてそんなものだ。

 

(地球に帰るのは……友達との永遠の別れでもあるんだ……)

 

 リンゴを食べることを選んだのであれば、イチゴに思いを馳せ続けながらでも、階段を上り続ける必要がある。

 イチゴを食べることを選んだのであれば、リンゴに思いを馳せ続けながらでも、階段を降り続けなければならない。

 

(ああ、そうか……だからわたしは、『どっちも選ばない』を選んだ気になって、ずっと踊り場の片隅で、しゃがみこんでいたんだ……)

 

 自覚はなくとも気づいていた。

 でも今、まどろみの中で自覚してしまった。

 

 その自覚は、ちゃんと目を覚ましたあとも、覚えているだろうと直感する。

 

志紅(しぐれ)……」

 

 声が、上から振ってくる。

 ぼやけた意識と視界では、声のした方向が分からない。

 

 だけど優しく、シグレの目元に触れる何かがある。

 温かくて、優しくて、懐かしくて……。

 

 冷たくて辛い涙を拭って、温かいモノに変えてくれるような、そういう指が、自分の目元に触れている。

 

 無意識に流していたらしい涙を、拭ってくれている。

 

「きっとずっと、志紅は泣いていたんだよね。

 こっちに来てから、冷静で頼もしい志紅に、みんなが頼りっぱなしで……。

 そのクセ、それぞれに生き方を決めたら、お礼も言わずにみんなで離れていって……」

 

 落ちてくる声に、シグレは声にならない声で「違う」と告げる。

 声の主には届かなくても、シグレは「違う」と宣言する。

 

 みんながこの世界で生きる道を見つけたことを、否定なんてしたくない。

 お礼なんていらない。みんなが生きていてくれるというのは、何にも代えられないくらい嬉しいことなんだ。

 

 単に自分が勝手に、この世界で輝くみんなを見たくなくて離れただけだ。

 未だに地球への未練を抱いて、この世界に呪詛を投げる自分を見られたくなくて。

 

「気づいてあげられなくてゴメンね。

 生きるのに、この世界に馴染むのに精一杯で、みんなの為に一番身体を張っていてくれた志紅や剣ヶ淵くんのコトなんて、気にする余裕がなかった。

 二人だって、私たちと同じくらいの不安でいっぱいだったはずなのに、弱音を言わずに引っ張っていってくれる二人に、私たちは甘えすぎてたね」

 

 誰の声だか分からない。

 だけどその優しい声は、申し訳なさいっぱいにそう口にしている。

 

(違う……剣ヶ淵くんは分からないけど……少なくともわたしは、わたしが勝手に……自分を追い詰めてるだけだ……)

 

 ああ、届かない。

 届けなければならない。

 

 この世界で生きると決めたキミが、未練の煮凝りのような自分の為に、そんなに気を遣わなくていいのだと――

 

 意識が浮上する。

 深いまどろみの中から、意識が一気に浮上していく。

 

 同時に、酷い頭痛を感じる。酷い身体の痛みを感じる。喉がガラガラになっている気もする。

 だけど――そんなことはどうでもいい。

 

 この懐かしくも優しい声の主に、ちゃんと言わなければならない。

 

 貴方は何も悪くない――と。

 

 バチっという音を錯覚しながら、目が開く。

 天井から部屋を照らす天石灯(てんせきとう)の灯りに、目を細める。

 

 細めた視界はまだぼんやりと滲んでいる。

 けれど、自分を覗き込んでいる女性がいるのは分かった。

 

 そのぼんやりとしたシルエットは懐かしい人のもの。

 

「……晴花(せいか)……?」

「そうだよ。久しぶりだね志紅(しぐれ)

「……うん」

 

 少し老けてしまっているけれど、だけどシグレのよく知るその顔が笑顔を浮かべる。

 

 どうして晴花がいるのか――というのも気になるが、それ以上に……。

 

「あれ? ここ、どこ?」

 

 畳の上に、敷き布団が敷かれて、シグレはそこで寝かされていた。

 

「私の家の私の部屋」

「……なんでそんなところに……」

「シグレが泊まっている宿の前でね、レインさんとリーラさんに会ったのよ。

 寝てるシグレをどうやって運ぼうみたいに、二人が困っててね」

 

 声を掛けた上で、宿ではなく晴花の家へと連れてきてもらったらしい。

 一応、治療院の先生にシグレの具合は確かめてもらったら、ただの疲労だと診断されたので、安心して連れてきたそうだ。

 

「ここなら男手もあったからね」

「そう……ところで、何で和室なの?」

「この家を建てる時にね、旦那さんにワガママ言って、和室にしてもらったんだ」

「……だから、畳の匂いがしたのね」

「地球のそれとはちょっと違うみたいだけどね」

「違いが分からないなら一緒でしょ?」

「うん。私もそう思う」

 

 春樹(はるき) 晴花(せいか)

 シグレにとって常に一番会いたくて、常に一番会いたくなかった友人。

 この間、ちょっとだけ顔を合わせて思わず逃げてしまった相手。

 

「それにしても、旦那様か……ね。結婚してたんだ」

「そうだよ。そういう報告したいのに、全然連絡取れないんだもん」

「……ごめん」

「私を射止めた旦那様に嫉妬してくれてもいいのよ?」

「そんな資格わたしにはないよ」

「そっか」

 

 仰向けになっている自分の目の上に、右腕を乗せるようにしながら、シグレは小さく告げる。

 腕を目の上に置いていたせいで、シグレの言葉に、晴花が一瞬だけ辛そうな顔をしたのに気づけなかった。

 

「そういえば、シグレのお仲間さんから聞いたよ。あの神様に会ったんだってね」

 

 そうだ。

 自分はミラリバスを斬って、あいつが逃げて……そして自分でもワケが分からなくなって叫び声を上げて倒れたのだった。

 

 ようやく、倒れた時の記憶が戻ってきた。

 同時に怒りもふつふつと沸いてくる。

 

 左腕が、掛け布団を力強く握りしめる。

 

「あいつ……二人を手に掛ければ帰してあげるって言われた……」

 

 震えた声で、それを口にする。

 全身が強ばっているのを自覚していると、晴花がとても優しい声をかけてきた。

 

「よく耐えました」

 

 子供をあやすように、晴花はシグレの頭を撫でる。

 

「……うん」

 

 優しく、労るように、慈しむように、自分を撫でる手が、とても気持ちよかった。

 強ばる身体と心がほぐれていくような感覚に、また眠たくなってくる。

 

「したいお話はいっぱいあるけど、まずはもう一眠りかな?」

「……でも……」

「気にしなくていいから、まずは身体も心も休めて。

 でも次に目が覚めた時――昨日みたいに、逃げ出されちゃうのは、私もちょっと傷つくから止めてね」

「……ゴメンね。心の準備もなく晴花の顔を見たら、今の自分は見て欲しくないって……なっちゃったから……」

「どうしてそう思ったのかも含めて、また後でにしよう」

「うん。もう少し、寝る」

「そうして」

「ねぇ、晴花」

「なに? 志紅?」

「……寝るまで、撫でて貰ってもいい?」

「泣き虫の次は甘えん坊?」

「……撫でて貰ってる間、少し辛いコトが和らぐの……」

「そう。わかった。それで志紅がラクになるっていうなら」

「ありがとう」

 

 そうして、シグレの意識は再びまどろみの中に沈んでいく。

 

 でもそれは、絶望や苦渋の果てに意識が途切れるような辛いまどろみではなく……優しく気持ちの良い、包み込まれるようなまどろみのだった。

 

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