シグレ諦観剣~異世界不老少女交刃譚~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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18.心剣抜刀ッ!斬り還せッ!

 

「少しばかリ、夢の中から失礼するヨ」

「…………」

 

 どこともしれない空間の中、自分の正面に姿を見せたミラリバス。

 

 紫色のシルクハットと同色のスーツに身をくるむ糸目の胡散臭い紳士を、シグレは無言で睨みつける。

 

「チカラと筋肉は多少ついてモ、この世界に来た時と同じピチピチの肉体美が保ててるのニ、何かご不満があるのかナ?」

「…………」

 

 宇宙を思わせる暗くも様々な輝きが瞬く空間。

 その見えない床の上にシグレは、全裸のまま立っている。

 

 羞恥心が無いといえば嘘になるが、ミラリバス相手にはそんな素振りを見せるワケにはいかない。

 だからこそ――ただ無表情に、機械的に、事務的に、熱を入れずに睨むことだけをするように、シグレは自分に言い聞かせている。

 

 身動(みじろ)ぎすると、足下が水の波紋のような動きを見せる。

 しかし、床があるように見えないこの場ではあまり動かない方がいいだろう。

 

 何せ相手はミラリバス。

 例えここが夢の中とはいえ、迂闊な動きをすれば足下をすくわれかねない。

 

「まったク、キミは友人と再会してかラ、どんどん詰まらない女になっていくネ」

「…………」

 

 友人――セイカのことだろう。

 だが、反応はしない。すればミラリバスは間違いなく調子に乗る。

 

 煽って、挑発して、揶揄(からか)って――そうしてこちらが怒ったり取り乱したりするのを待っている。

 

 黙ってても、反応しても、最終的には同じことを仕掛けてくるだろうけれど、調子づかせた時の方が厄介なタイプだというのは、シグレも理解しているのだ。

 

 先日は熱くなった。なりすぎた。

 だが、今はその熱も落ち着いている。

 

 凪の心のまま、睨むくらいのことは出来る。

 

「ただでさエ、キミのクラスメイトたちが面白みがなくなってるのニ、キミまで面白くなくなるのハ、よろしくないんだヨ。ボクにとっては最後の希望みたいなモノだしネ」

 

 とはいえ――だ。

 ミラリバスが大嫌いで、鬱陶しくて、殺したくて殺したくて、惨殺したくて、瞬殺したくて、嬲り殺したくて、(くび)り殺したくて……。

 

 そういう感情はまだまだ残っている。

 

 しかし、それを行う為には凪の感情のまま、それを成せる機会を伺い続けることがもっとも近道であると、シグレは判断している。

 

「そこでダ。本当に乱れがなくなったキミの為ニ、ボクから些細なプレゼントを用意したんだヨ」

 

 どうせロクでもないモノだろう。

 そう判断したシグレは、肩幅程度に足を開けるかどうかを確認すると、小さく息を吐く。

 

 それから左手を腰元に、右手を左手近くの虚空に添える。

 まるでそこに、愛刀があるかのように構えて、膝を曲げ腰を落とす。

 

「剣も無いのに構えるとか馬鹿なノ?

 ともあレ、ともあれだヨ。プレゼントの話をしないとネ」

 

 耳障りだ――と思いつつ、シグレは構えたまま目を伏せる。

 

「キミとボクの想い出溢れる森の奥。そこにネ、キズを癒しにドラゴンが来てるんだヨ。

 グリーンドラゴンの中でも結構な年齢のドラゴンだヨ」

 

 嘘は言っていなさそうだ。

 だとすれば、最近になって妙に魔獣討伐依頼が多かったのはそれのせいか。

 

 ドラゴンを恐れて、深層の魔獣たちが外へと出てきていたのだろう。

 

 歳を重ねれば重ねるほどドラゴンは強くなっていくことを思えば、それも仕方がないだろう。

 

「ボクはそのドラゴンを暴走させル。

 そして魔獣たちの心理的ニ、クロス・コーサー方面へと逃げるように誘導するヨ」

「…………」

「分かるかナ? 魔獣たちの一斉暴走。いわゆるスタンピードってヤツだネ。

 しかも森の深層の魔獣たちもいっぱいいる大規模スタンピート。町が飲み込まれたらだ~れも助からなイ」

 

 恐らくこれも事実。

 コイツはこれから、それをするのだろう。

 あるいはすでに、下準備は終えている可能性もある。

 

「その光景ヲ、ボクはウェーノ丘陵にあるアルトラン遺跡の辺りから眺めさせてもらうヨ」

 

 ウェーノ丘陵は、森とは逆方面。

 つまり、ミラリバスを斬りに行こうとすれば、必然的に町を守る戦いには参加できなくなる。

 

 これも一種の揺さぶりだろう。

 シグレの感情と理性の狭間で苦悩させること。それ自体がミラリバスの目的のはずだ。

 

「…………」

 

 だから、シグレは反応する素振りを見せない。

 目を伏せたまま、存在しない愛刀を構えたまま、微動だにしない。

 

 そんなシグレの姿に、ミラリバスが感情を露わにする。

 

「本当に詰まらないナッ! なんで何の反応も見せてくれないんだヨッ!!」

 

 そのタイミングで、シグレは訊ねる。

 興味なさげに、面白く無さそうに、退屈そうに、あるいはどうでも良さげに。

 

「……お喋りはもう終わった?」

「ナ……ッ?!」

 

 鼻白(はなじろ)むミラリバスというのは、それなりに溜飲が下がる姿だが、その素振りすらこいつには見せるつもりはない。

 

 少なくともこの夢の中においてシグレがミラリバスに見せるのは、凪の自分だけだ。

 

「なら、私の夢から出てって貰える?」

「オ、お前はァ……ァッ!!

 

 珍しく糸目を見開くミラリバスは大変滑稽で愉快な姿だ。

 だけど、そんな様子を見て喜ぶ自分というのも見せるつもりは一切ない。

 

 凪の心のまま、シグレは手元に心剣(シンケン)を見る。

 

 師匠や、それに類する腕利きたちとの特訓の際に、時々やっていた鍛錬法。

 そこにまるで剣があるモノとして、試合を行う。

 

 心の剣。すなわち心剣(シンケン)

 それによって打ち合う試合とはつまるところ心剣試合(シンケンじあい)

 

 腕利き同士でやれば、そこに本当に剣が存在しているかのようなリアルさを感じられるのだ。痛みも重みも、イメージがそのまま錯覚になるほどに。

 

 あるいは、武器だけに留まらず、衣服や装備などの衣擦(きぬず)れる音すらも錯覚させるほどのリアリティをもって動く達人すらいる。

 

 そして、そこから派生して生まれた技が存在する。

 存在しない剣を用いて、武の心得のない素人ですらも斬られたと錯覚させるそんな技が。

 

 これからシグレがやるのはその技だ。

 シグレが習った流派におけるその無刀技群(むとうわざぐん)を、無刃技(むじんぎ)と呼ぶ。

 

 これから使うのはその無刃技の一つ。

 無刃(ムジン)心烈破(シンレツハ)

 

 あるいは、夢の中で、神に向かって繰り出すのだから――

 

「もう私が貴方を楽しませるコトはないわ。

 この場だけでなく、これからずっと……ね」

「人間風情が生意気ヲ――……」

 

 ミラリバスが全てを言い終えるより先に、シグレは動く。

 

 愛刀の間合いへと踏み込む。

 数歩の間合いを刹那に詰める。

 

「……ッ!?」

 

 神を自称するミラリバスすら、驚きの余りに目を見開くほど高速――いや神速の踏み込み。

 

「破ァァ――……ッ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、存在しないハズの愛刀を抜き放つ。

 本物の剣を用いていたならば、抜いた刃が目にも映らぬ速度の居合い。

 

 踏み込みだけでなく、左手で鞘を握る手の強さ、右手で剣を握る手の強さ、それだけでなく、シグレの全身の筋肉の繊維、髪の毛の一本一本に至るまでが、愛刀を抜いた時と同じ動きをするからこそ、強烈なリアリティとなってミラリバスを襲う。

 

 ――夢刃(ムジン)神烈破(シンレツハ)

 

 見えない刃が、存在しない刃が、まるでそこにあるかのように閃いて、斬撃を放つ。

 

「はハッ……少し驚いたガ、キミの手には剣なんてないんだヨ?」

「でも――想像はしたでしょう? 自分が斬られたって?」

「…………え?」

 

 瞬間、ミラリバスの身体が逆袈裟に大きく裂けた。

 現実ではないからか、血などが噴き出すことはなかったけれど。

 

 そもそも現実でも、血は流さなかった気もするが。

 

「あ、レ……? どウ、しテ……? イ、いたイ……!?」

 

 不思議そうな顔と苦痛を同居させたような表情のミラリバスを前に、残心を終えたシグレが存在しない刃を納刀する。

 

 その瞬間、蒼空を思わせる青い光が煌めいたような気がした。

 

(また、斬鉄の時のような変な感覚があったけど、今はいいか)

 

 重量、筋肉、衣擦れ――納刀の動きすらも、その全てを再現されているからこそ、ミラリバスが襲われたリアリティがより現実感を伴う。

 

「お帰りの時間よミラリバス。そして、私の目覚めの時間も来たみたい」

「シグレェェェ……トネザキィィッ、シグレェェェェェ……ッ!!」

 

 ミラリバスが口の端から泡を飛ばしながらシグレを睨む。激昂する。

 

「どうやっテッ! どうしテッ! ボクに痛みを与えタァァァァ――……ァッ!!」

 

 しかし、シグレはその様子に対しても凪いだ様子のまま告げる。

 

「余裕が無くなってるわよ、道化の神。

 みんなで町を守る。わたしは貴方を斬る。あまり人間をナメないでちょうだい」

「キサマァァァァァァァ――……ッ!!」

「さぁ、お帰りはあちらよ」

 

 そして、光が周囲を包み込み、何も見えなくなると、現実のシグレがゆっくりと目を開けるのだった。

 

 

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