シグレ諦観剣~異世界不老少女交刃譚~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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19.風に向かう君だから

 

「シグレ!」

「分かってる」

「え?」

 

 シグレが寝ていた客室にセイカが慌てて飛び込んでくる。

 それに対して、身体を起こしながら冷静に返した。

 

「魔獣たちの一斉暴走の予兆でしょ? ご親切に、あの馬鹿魔神が夢枕に立って教えてくれたわ」

「それじゃあ……」

「ええ。状況的にはいずれ起きる可能性はあったけれど、それを大規模化させて強制的に発生させたのは間違いなくあの男よ」

 

 歯ぎしりするセイカに、シグレは落ち着いて――と笑いかけて、ベッドから降りる。

 シグレの心は凪いでいる。けれども、感情はそうでもない。

 

「シグレ?」

「どうあれ、わたしはアイツと決着を付けなければ前に進めないみたいなの」

 

 それは間違いなく本心だ。

 リンゴを取るかイチゴを取るか――その選択はすでに決まり、片方を諦める覚悟も出来た。

 

「セイカもみんなも。きっとそうでしょう?

 あいつが生きて存在している限り、きっとわたしたちの心は落ち着かない」

 

 だけどそれでも、ミラリバスはケリを付けるべき相手だ。

 本当に覚悟を決めて心中穏やかに生きていく為にも、シグレはミラリバスは斬らなければならない。

 

「洗ってくれたっていう私の旅装一式は乾いてる?」

「うん」

「ならお願い」

「……わかった」

 

 セイカは色々と言いたいことはありそうだったが、何かを自分に言い聞かせるとうなずいて部屋を出て行った。

 

(剣ヶ淵くんが手を貸してくれたって言ってたわね。

 この町のギルドに彼がいるなら、ドラゴンは彼に任せたいところだけれど……)

 

 彼もまたドラゴンバスターの称号を持っている。

 ドラゴン退治経験者がいるのは、町としても心強いはずだ。

 

(スタンピードだけなら町にいる流旅行者(ローディア)たちでなんとかなる?

 深層の魔獣も、レインやリーラならそこまで苦戦せずにイケるはず。

 それにまだヴァイスが町にいるなら、彼の相棒の脳筋ランドもいるはず……この町を守っている警邏隊も決して弱くはない……。

 原因のドラゴンと、扇動のミラリバスの両方が倒れれば、ある程度落ち着くだろうから、無理して全部倒す必要もないワケで……)

 

 自分を勘定に入れずに、戦力を計算していく。

 

(それにドラゴンが動き出せば、シュト・スプリントの方からも人が増えるはずよね?)

 

 夢の中で啖呵(たんか)を切っては見たものの、スタンピードとミラリバスを同時に相手するのは不可能だ。

 だから、戦力的に問題なければシグレはミラリバスを狙うつもりでいた。

 

「シグレ。持ってきた」

「ありがと、セイカ」

 

 旅装一式、装備一式を受け取って身につける。

 

「あと、レインさんとリーラさんが見えてるよ」

「ちょうど良かった。ギルドには顔を出したくない気分だったから伝言を頼める」

「シグレ……」

 

 恐らくセイカは気づいたのだろう。

 シグレが、スタンピードを止める方ではなくミラリバスの首を狙いにいく方を選ぶ気だと。

 

「クラスメイトの怒りや恨み辛み諸々を全員分、剣に乗せて首を()ねてくるから」

「そう、だね……。シグレが言った通りだよ。私たち全員が、あいつに倒れて貰わないと本当の意味で前に進めないのかもしれないね」

 

 きっと、自分たちだけじゃない。

 この世界へと呼び込まれたクラスメイトたち全員が、この世界で生きていく為にミラリバスを乗り越えなければならない。

 

 アイツが存在している限り、シグレたちは――今の生活もいずれミラリバスに邪魔されるのでは? という恐怖感と向き合い続けなければならないのだ。

 

 そんなもの、人生においては不要な不安である。

 だからこそ――シグレの剣をもって討ち払うべきなのだ。

 

「行ってくるわ」

「うん。ここで待ってるから、町もミラリバスもよろしくね。絶対、帰ってきてね」

「もちろん」

 

 うなずいてから――ふとした思いつきで言葉を紡ぐ。

 

「行ってきます。セイカ」

「うん! いってらっしゃい、シグレ!」

 

 微笑みを交わしあいながら、シグレは客室をあとにする。

 セイカが見送りについて来ようとしないのは、それをするとシグレを呼び止めてしまいそうな自分を抑える為だろう。

 

 シグレはそんなセイカの心情を理解し、胸中で感謝しながら玄関へと向かう。

 そこでは、クラウズが何とも言えない顔をしていた。

 

「クラウズ。セイカはここでわたしを待ち続けるだろうけど、ヤバそうなら殴って気絶させてでもあの子を連れて逃げて」

「……なんともうなずきづらい言葉を……ですが、了解ですよ」

「お願いね」

 

 告げて、背を向けたところで、クラウズに呼び止められた。

 

「シグレさん」

 

 彼が何かを放り投げてきて、シグレはそれを受け取る。

 

「二区画先にある屋根付きの駐車場。そこの23番にとめてある流旅行座車(ロードチェア)のカギです。自由に使ってくださって構いません」

「いいの?」

「あなたが無事に帰ってきてくれるのであれば、そっちは壊れてしまっても気にしませんので」

「わかった。ありがたく借りるわ」

 

 流旅行座車(ロードチェア)――いわば自動二輪。要するにバイクのことだ。

 

「武器として道化の神にぶつけても怒らないので気にせず使ってくださいね。むしろぶつけてきてくれると溜飲が下るというものです」

「了解。できるだけリクエストに応えさせて貰うわ」

 

 セイカから話を聞いているからだろう。

 クラウズの言葉の端々からも、わりと怒りが滲んでいるのを感じる。

 

 そのことに苦笑してから、シグレはクラウズに背を向けて玄関に向かう。

 

「行ってくるわ」

「はい。気をつけて」

 

 後ろ手にクラウズへと手を振ってから、玄関を出ればレインとリーラが待っていた。

 

「お待たせ」

「待っちゃいないさ。ただ急ぎではあるぞ」

「分かってる。ギルドに顔を出す気はないから、道すがら伝言をお願いしたいのだけど」

「あのなシグレ。今がどういう状況か分かって言ってるのか?」

 

 眉を顰めながら訊ねてくるレインにうなずいてから、シグレは歩き出す。

 

「知ってるわよ」

「何を知ってるんだよ」

 

 歩き出したシグレを追うようにレインとリーラも歩き出す。

 

「モンスターの一斉暴走――スタンピードでしょう?」

「え? シグレちゃんどうしてそれを?」

 

 驚くリーラに、事もなげにシグレは告げた。

 

「ミラリバスがわざわざ夢の中まで挨拶しに来たのよ」

 

 それだけで、レインとリーラは察する。

 

「あいつはわたしが絶望して諦観に染まるのを楽しんでるみたいなのよね」

「つまり、あいつの娯楽の為だけに魔獣を暴走させたのか?」

 

 レインはミラリバスへの嫌悪感を隠さずにうめく。

 それに、シグレはうなずいてから補足する。

 

「ミラリバスによると、あの森に手負いのドラゴンが養生しに来てたみたいなのよ。

 それを思えば、遅かれ早かれスタンピードは起きてたわ」

「そうは言ってもなぁ……」

 

 納得いかないという様子のレインに、シグレは告げた。

 

「ミラリバスが、アルトラン遺跡から様子を見ているみたい」

「…………」

 

 レインが真剣な顔をして口を噤む。

 それを見て、リーラがシグレに訊ねた。

 

「シグレちゃん。行くの?」

「ええ。わたしは――いいえ、わたしたちはあいつがいる限り、穏やかに過ごせない。

 それどころか、こうやって大勢を巻き添えにする事件の原因になりかねない。

 わたしたちが生きている限り、あいつがこういう事件を起こすというのであれば、わたしたちは、どこかであいつを倒さなければならない。

 そして今、わたしにその機会が来たのよ」

 

 シグレの言葉に、レインは大きく大きく息を吐く。

 

「ああ、もうッ! そんな顔してそれを言われちゃ止められねぇよ!」

「うん。私も止めないよ。でも、絶対に無事に帰ってきてよ?」

 

 二人の言葉にシグレは笑みを浮かべる。

 その笑顔に、二人は何も言えなくなってしまった。

 

 儚さはなく、悲壮はなく、気負いも無い。

 ただ純粋な笑みだ。

 

 先日までのシグレならきっと浮かべることはなかっただろう笑顔。

 

「二人もね。ドラゴンのコトはギルドへ伝えておいて。あと、剣ヶ淵くんがいるなら、彼もドラゴンバスターだし協力して貰えるかもよ? 居たならわたしが言ってたって伝えて。

 わたしたちが前や後ろに進む為、わたしは道化の首を()ねてくる。だから後顧(こうこ)(うれ)いと背中は任せたって」

 

 ああ、それと――とシグレは付け加える。

 

「言いそびれたのだけれど、二人とも森では迷惑かけてごめんなさい。

 そして、町までわたしを連れてきてくれてありがとね」

「気にするな」

「そうそう。シグレちゃんへの貸しってコトで!」

「ええ、そうして」

「貸しを返しにちゃんと帰って来いよ」

「言われなくても。わたしはそういうのとっとと片付けたいタチだからね」

 

 三人で笑い合うと、シグレは二人に手を振って、別の道へと歩き出す。

 

 クロスプリント街道とは逆にある町の出入り口へと向かうのだ。

 

 そんなシグレの背をみながら、レインは頭を掻いて仕方なさげに告げる。

 

「行きますか、リーラ。あいつの帰ってくる場所を守る為にさ」

「うん。あんな風に笑うシグレちゃんと、もっといっぱいお喋りしたいしね」

 

 そして二人も気負うことなく、ギルドへ向かって歩き出すのだった。

 

 

 

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